『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」   作:城元太

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第百壱話

 地震竜の長大な尾が唸りを上げて迫る。

 回避の暇を得られず、1機の白い鹿が機体ごと弾き飛ばされていった。

〝各機セイスモサウルスの頚部と尾部の旋回半径より離脱、スラスターランス突入隊形を組め〟

 ランスタッグ5機が藤原玄茂(はるもち)の指示に従い間合いをとるが、攻撃法を見透かした地震竜は、全身に備えられた連装ビーム砲の一斉射撃を行った。放射状に広がる無数の光の雨を全て回避するのは為し難い。光の豪雨が過ぎ去った後、その場に残っていたのは、満身創痍の玄茂の機体のみであった。戦闘不能同然のランスタッグを一瞥すると、地震竜は再び長大な頸を振り上げ、炎上を続ける常陸国府へ向けゼネバス砲発射態勢を整える。腹部オーロラインティークファンが荷電粒子を吸収し、頚部の放熱板が鮮やかな輝きを放ち出す。小振りな頭部の咢より破壊の閃光が放たれようとする刹那、黄金の角が頚部中央より首を貫き、加速途中の荷電粒子を撒き散らした。

 ひときわ巨大なトゥインクルブレイカーを振り翳すランスタッグブレイクが、数十の群れを従えて地震竜の反対側より現れる。

玄明(はるあき)、なぜここに来た。お前は来るなと小次郎殿に止められていたはずだ〟

「元はと言えば俺が常陸の不動倉を破ったために起きたこと。それにこれだけの大戦(おおいくさ)に、兄者は俺がいつまでも黙って指を咥えて見ているとでも思ったか」

 トゥインクルブレイカーが根こそぎセイスモサウルスの頚部を砕き、続いて胴体中央に黄金のスラスターランスを衝き通し、即座に地震竜のコアを沈黙させる。

「俺が来たからにはソラの好きにはさせん。小次郎を援護する。次の竜を討つ、俺に続け」

 セイスモサウルス金鬼(きんき)を葬ったランスタッグ部隊は、新たに北でゼネバス砲を放つセイスモサウルス隠形鬼(いんぎょうき)に向かい突入していった。

 

『常陸国府の戦い』に於ける建築物への被害は以下の通り。

〇国府

 正殿;建物の一部への荷電粒子砲命中により半壊炎上。

 拝殿;ゾイドの戦闘により全壊(※ディバイソン、ソードウルフ、イクスによる破壊と推察)。

 後殿;損害無し。

 東脇殿;ゾイドの戦闘により全壊。

 西脇殿;炎上を免れるも、略奪行為によりほぼ半壊。

〇国分寺

 金堂;火災により全壊。

 講堂;被害はないものの、避難させた家財は全て略奪に遭う。

 舎利塔(七重塔);荷電粒子砲直撃により炎上全壊。

〇惣社;荷電粒子砲直撃により半壊、後に伴類ゾイド襲撃により全壊。

 

 常陸は親王任国のため、都に居座る遙任太守に直接被害が及ぶことは無い。しかし実質上の管理者たる常陸介藤原維幾(これちか)が蹂躙されたことにより、国衙の統轄機能は消滅した。

 一般にこの戦は、平将門による一方的な破壊と記される場合が多いが、被害状況を俯瞰した場合、実質的にはセイスモサウルスの超長距離集束荷電粒子砲による砲撃被害が大部分であり、石井勢の関わる破壊は拝殿及び東脇殿に限られる。

 公式記録は往々にして為政者側の立場で記述される。バイオヴォルケーノもろとも国衙を破壊し、坂東に混沌を生み出そうと画策した藤原秀郷の後の威光に、在庁官人側でもセイスモサウルスによる砲撃被害を上奏せずに済まし、破壊の責任を全て小次郎に負わせてしまったと思われる。

 通常であれば、(かなめ)を失い無政府状態となった地方民が一斉蜂起を起こしがちだが、国府焼失後の常陸・下総は平穏を保っていた。(ひとえ)に、民の小次郎への敬慕の念が存在していたからである。坂東は新たな統治者と時代(ジェネシス)を迎え入れようとしていた。

 

 焼け残った国府正殿の庇の下、陣幕を張った小次郎の前で、乱れて被った烏帽子を整えようともせず、常陸介(ひたちのすけ)たる藤原維幾(これちか)は嫡子為憲(ためのり)の躯に縋り嘆き続けていた。

「叔父上、三度に渡ってバイオヴォルケーノの量子転送の依憑(よりわら)とされた為憲殿の脳髄は、早急の回復は無理と思われます。幸いにして、先にヴォルケーノに搭乗し同様の症状となった小野諸興(もろおき)殿は快方に向かっております。時か経てば回復すると信じてお待ちください」

 物腰穏やかな四郎将平が維幾の側に寄り語りかけるが、初老を迎えようとする介は悲しみの為何も聞こえない様子であった。受領(ずりょう)として無難に任期を終えようとしていただけの在庁官人には、渦巻く時代の奔流に抗う力は無かった。

「焼けてしまった以上、叔父上殿を国衙に残すわけにもいかぬ。皆にはこれより鎌輪(かまわ)に移って頂く。私の石井以前の営所だが、住まうに不自由はないはず。維幾叔父には此度の戦の責任の所在を明確化させるための過状を認めて頂くと共に、必要な家財を集め、為憲と共にグスタフに乗って頂く事とする」

 会話は無理と諦め、小次郎は平伏(ひれふ)したままの付き添い人に聞こえるように告げる。その際、付き添い人が携えた、焼け焦げた葛篭(つづら)を仰々しく小次郎に差し出した。

「なんだそれは」

 逡巡する小次郎の傍らより、何処よりか現れた興世王(おきよおう)が抜け目なく手を伸ばし、葛篭の中身を確認する。

「常陸国の印鎰(いんやく)だな。確かに受け取った」

「何のことだ」

 興世王の唐突な行動が腹立たしく、小次郎は幾分声を荒げて問い質す。

「お教えしよう。印鎰(いんやく)とは国印であるとともに国府に付随する正倉(しょうそう)の鍵。御覧なされ、『常陸国印』と陽刻されておるじゃろう。ソラへの上申文書には必ず捺され、国の管轄者を示す(しるし)。これを手に入れたということは、つまり国衙は、将門殿を常陸の統治者として受け入れたということである。

 いや、誠にめでたい。新たな坂東の覇者が誕生した祝いをせねばのう」

「お待ちくだされ興世王殿、私はそのような野心など毛頭有しておりません。私はただ、藤原玄明への追捕状撤回と、ここに寄宿していた太郎貞盛を討ちたいが為に出張って参っただけであり……」

「判っておる、判っておる。

 まずは将門殿、配下の兵達もお疲れじゃろう。詳しいことは私どもにお任せくだされ」

 頼みとなる伊和員経(いわのかずつね)が臥せっている以上、弁舌に関して小次郎は到底興世王に敵うものではない。そして確かに疲れ切った己の身体を、一刻も早く休ませたくもあった。

「三郎、四郎、遂高(かつたか)。後は任せる」

 未だに硝煙燻ぶる国府跡を、小次郎は泥の様に疲れ切った身体を引き摺り、陣幕の奥へと消えていった。

 

 頬に小さな掌が纏わり付く感触を受け、小次郎は目覚めた。

「お目覚めですか」

 見ると右脇腹に身を寄せ、多岐が穏やかな寝息を立てている。夜空には二つの月が真円を描いて昇り、廃墟と化した国府跡を浮かび上がらせていた。

 惑星南半球での霜月も廿日(はつか)を過ぎ、季節は梅雨入り前の初夏を迎えている。湿気を含んだ蒸し暑い夜に、何処よりか涼やかな風が送られていた。半身を起こせば、手にした団扇(うちわ)を扇ぐ桔梗の姿と、主を守るべく猫の如く(うずくま)る村雨ライガーの機体とが見て取れた。

「良子はどうした」

 桔梗が口元を押さえ静かに笑う。

「やはり奥方様は、小次郎様にとって最も愛しい方なのですね」

 光を失う代償に、全ての記憶を取り戻した桔梗は、既に以前の少女の如き桔梗ではない。

「俺は別に……そんなつもりで問うたわけではない。ただ、良子の所在が気になっただけだ。それに三郎達も……」

 押さえた口元の指を一本にし、声を潜めて桔梗が告げる。

「良子様は小太郎様と共にお休みです。三郎様達は交代でゾイドによる哨戒を行っております故、どうかご安心なさりませ。多岐様は、どうしても父上と一緒に寝るのだと仰いましたので、こうして私がついておりました」

「寝ずに、か」

 月明かりに、肯く仕草が見える。

「定めとはいえ、間もなく尽きる命です。寝る間も惜しまれる故、できるだけ目覚めていたいのです」

 宵闇に隠れ、桔梗の白濁した瞳を見ることはない。(とき)は着実にして残酷に、桔梗の身体を蝕んでいるに違いなかった。

「怖くないのか」

 起き掛けの朦朧とした意識からか、小次郎は無遠慮な問いを発し、直後に激しく後悔した。だがそんな小次郎の葛藤とは別に、桔梗は変わらず静かに応じていた。

「恐ろしゅうございます。でも、死ぬのが恐ろしいのではありません。

 蘇った私が――記憶を書き換えられた私が、再び貴方様の命を狙おうとするのではないかということが。

 もう、生き返りたくありません。ここでこのまま、命を終わりにしたい」

 桔梗の偽らざる心の叫びであった。

 月は何も言わず、白く闇夜を染め上げていた。

 

 藤原純友より託させたタブレット画面の一角が点滅していた。

 身形(みなり)を軽く整え、篝火(かがりび)の下で巡回を続ける兵に(ねぎら)いの言葉をかけると、小次郎は四郎将平の姿を探す。幸いにして、四郎は篝火を灯りにして書物を読み(ふけ)っていた。

「兄上、このような時刻にお目覚めですか。今宵は私や三郎兄にお任せされたはず。どうかお休みを」

「心遣い、礼を言う。お陰で英気を養うことができた。三郎は、それに玄明はどうした」

 軽く目を擦って書物を閉じ、四郎が大きく伸び上がる。

「玄明殿は玄茂殿と共に鹿島にお戻りになられました。兄上の戒めを破ったのが余程応えたのか、酷く意気消沈しておられました。

 (ことごと)くセイスモサウルスを討ち倒したのですから、何もあれほどお責めにならずとも宜しかったのでは」

「彼奴には良い薬だ。それに数日経てば涼しい顔をして現れる。同情は無用だ」

 粗野で髭面な藤原玄明が、背中を丸めて去って行く姿は滑稽であり、小次郎は思わず失笑していた。

「三郎兄上は剣狼(ソードウルフ)にて周囲を哨戒しております。貞盛殿の零イクスを仕留められなかったのが余程腹に据えかねたらしく、若しも再び襲撃があらば必ず決着を付けると息巻いておられました」

(やはり逃げ延びたのか)

 小次郎はまたも、心の何処かで安堵する感情を抱いてしまっていた。

「ところでこれを見てくれ。相変わらず俺はこれの扱いは苦手だ」

 四郎は小次郎が差し出したタブレットを受け取ると、点滅する一角の記に触れ、転送されていた量子暗号文を手早く画面に展開した。

「――純友様からの便りです――いけませんね、もう都を越えて伊予国日振島(ひぶりじま)にまで伝わっているとは」

 渋面を浮かべた四郎が手渡すタブレットには、喜々として常陸国府陥落を賞賛する言葉が連なっていた。

「相変わらず耳聡(みみざと)いお方だ」

「笑い事ではございません。兄上、都へ維幾叔父の過状を提出すると共に、至急兄上自身の書状も認めてください。滝口(の武士)時期の人脈を頼りに、関白藤原忠平様やその子蔵人頭(くらうどのとう)師氏(もろうじ)様に取り成しを願い、反逆者の汚名を拭っておくべきです。書面作成に関しては私もお手伝いします」

〝反逆者〟の言葉が、小次郎の胸を衝く。深夜にも関わらず目覚めてしまった理由でもあった。常陸国衙がソラの地方統轄拠点であることは言うまでもなく、それを襲撃してしまった以上、小次郎は既に反逆者の汚名を負っている。加えて先にゴジュラスギガで都へ逃走した源経基(みなもとのつねもと)の訴状や、貞盛の帯びた追捕官符が生きているのは、小次郎の地位を脅かすには充分であった。

「わかった。考えておく」

 深く頭を垂れる四郎を背に、小次郎は仮設の馬場に向かっていた。誰にも見られず思いに更けることができるのは、村雨ライガーの操縦席しかない。蹲る獅子の(たてがみ)を見上げ佇むと、人の気配を感じた。

「探しておりましたぞ将門殿」

「貴方まで。こんな時刻に何をなされていたのか」

 酒徳利を提げ、上気した顔色の興世王がまたもや何処よりか現れた。メガレオンやイクスより、ある意味神出鬼没とさえ思えた。

「人払いをした上で、一度深く談義したいと思っていたが、好い機会だ。

 将門殿に問う。貴公はこの先、如何にこの事態を収束させるお積もりか」

 正直なところ、小次郎は興世王に絡まれるのは苦手であった。寝首を掻くような事は無いが、武蔵武芝(むさしのたけしば)の件にせよ、印鎰の件にせよ、時折無分別な行動が見られる。都暮らしが長いため、人の世の汚れに浸り過ぎ破天荒な性情に偏っている節も思える。

 即答せず、無言で村雨ライガーを見上げていると、興世王は手にした椀を差し出した。

 白濁した濁酒(どぶろく)の色は桔梗の瞳を思わせ、到底口に運ぶ気分にならない。いつまでも受け取らない椀を引っ込めると、興世王は相変わらず無遠慮に語り出した。

「のう将門殿、我らは既に国府を一つ落としてしまった。一国を討つと(いえど)も、ソラの責めは重いだろう。

 然らばいっそ、坂東全域を手中に収め、ソラの出方を窺ってみては如何であろうか」

 獅子身中の虫。

 それは小次郎にとって、悪魔の囁きとなる。

 

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