『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」   作:城元太

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第百拾話

 大気のない虚空では、遠方の像でも鮮明に捉え易い。距離感を失った空間で、白い天空龍が次第にその大きさを増していた。

「ギルドラゴン接近。ビームスマッシャー、丑の方位より来襲」

「光輪を弾く。バリアーを解除し重力砲を撃て」

「機体を剥き出しにするのですか」

「出力不足のウィングバリアーで受け止めるのは無理だ。射軸固定。目標、敵ビームスマッシャー。時成、試射が実戦となる。心して掛かれ」

〝言うに及ばぬ。方位盤、敵弾道捕捉。砲撃準備完了〟

「宜候。斉射四連、撃て――」

 アーカディアの翼端に突き出た四門の砲身より、楕円の凹面鏡の如き歪んだ空間が放たれた。弾道は重力レンズ効果により射線上の空間を湾曲させたのだ。凹面鏡四枚が交叉する先、重力の塊は青い光輪二枚を見事に弾き出していた。

 理論上、光速と重力波の伝搬速度は等しい。だが荷電粒子を凝縮して形成されたビームスマッシャーは、その質量のため光速に遥かに劣る。純友が重力砲での迎撃を命じた理由もそこにあったのだ。

「命中です。迎撃成功しました」

「油断するな、敵は真正面より来る」 

 虚空の彼方に消え去って行く〝地獄の光輪〟の背後に、天空龍の本体がチタンクローを構えて迫っていた。

「辰方位へ回頭。チタンクロー展開」

 アーカディアは咄嗟に脚部をギルドラゴンに向け横回転をかける。爪には爪を。音速の数十倍で巨体同士が擦れ違い、互いに構えた爪が僅かに交錯し火花を散らした。無音の空間戦闘に初めての振動が響いた。

「敵は申に抜けます」

 天空龍の巨体が惑星曲面の稜線に芥子粒となって消えて行く。運動の第一法則に従う大質量は、容易に方向転換が効かないのだ。

「ウィングバリアー展開、高度を下げ大気制動をかけ旋回。今一度ギルドラゴンを迎え討つ」

 浅い下げ角を取り、アーカディアは惑星大気の壁に降下する。大気の粘性を利用し、一時的に高度を下げて減速、進路を変える方法を〝大気制動(エアロブレーキング)〟と呼ぶ。通常装甲であれば、大気との摩擦熱はゾイドが燃え尽きる程の高温となるが、大気圏外での作戦行動を想定するギルドラゴン、及びギルベイダーは対策としてのウィングバリアーシステムを装備している。アーカディアの周囲に断熱膨張と鬩ぎ合う灼熱の被膜が現れ、直接熱に晒されるのを防ぐ。やがて大気に跳ね上げられるように再浮上したアーカディアの左舷遠方に、天空龍の螺鈿色の輝きが捕捉された。

「戌方位にギルドラゴン確認」

 天空龍は惑星曲面の稜線際、遥かに離れた赤道上空付近にあった。ギルドラゴンは大気制動を利用し旋回する危険を冒さず、敢えて長大な半径を費やし反転していた。結果としてアーカディアに充分な時間を与えたのだった。

「秋茂、あの旗を上げろ。腑抜けたソラの奴らに見せつけるのだ」

「その言葉待っておりました。信太流海(霞ヶ浦)の湖賊、大宅弾正重房より受け取った旗、今こそ此処に掲げましょうぞ」

 魁師の一人紀秋茂は喜々として艦橋上層部に向かう。

 再度遠方より飛来したギルドラゴンが捉えたアーカディアの映像に、虚空には不釣り合いな物体がはためく光景が映っていた。右ツインメーザーの淵、白地に黒く染め上げた『南無八幡大菩薩』の文字がある。

「俺はカミと名がつくものは大嫌いだ。だがこの旗は、俺たち海賊衆と、坂東とを繋ぐ旗。俺たちはこの旗の下に戦う、新たな創世(ジェネシス)の為に。これが宇宙海賊藤原純友の、真なる旗揚げとなるのだ」

 アーカディアの艦内に割れんばかりの雄叫びが上がる。風のない虚空に『南無八幡大菩薩』の旗が翻っていた。

 

「正気でございますか。坂東独自にて除目を行うなど、帝に対する叛逆行為に他なりません」

 学者肌で、常に冷静な姿勢を保ってきた四郎将平が厳しい口調で詰め寄った。

「確かに今の兄上が飛ぶ鳥を落とす勢いであることは認めます。しかしこれは勢いに任せた暴挙です。恐らくは後々迄、人々の誹りを浴びることとなるに違いありません」

 小次郎は、聡明な舎弟の諫言をある程度予想していたが、その剣幕に多少なりとも驚かされた。

「兄上もゼネバス帝のことは御存知でしょう。彼の皇帝は、兄である小ヘリック(※ヘリックⅡ世)の、表面上は民主政治を謳いながら、実質は特権資産階級を優遇する部族差別政治に反旗を翻し、長い戦乱に挑みました。

 ゼネバスは自らもゾイドを駆って戦場に身を投じました。ゼネバスは勇者でした。ですが結果は、ガイロス国による併呑、そして彼の皇帝も虜囚となり命尽きます。

 後にゼネバスの娘にしてヘリック国の元首に就き、絶大な信望を得た太政大臣(ママ)エレナ姫も、その最期は戦乱に呑み込まれ行方知れずとなりました。

 英雄とか、勇者とか呼ばれる者は、混迷する時代の乱流より立ち上がり、最初は多くの民に讃えられ絶頂を迎えます。然れど混迷の時代故に、その地位は長続きしません。仇敵に討たれ華々しく散れるのであればまだ良き方で、大方は熱狂していた民の支持に見放され惨めに零落するか、或いは権力維持のために独裁と恐怖政治を敷き民を苦しめるかです。

 往古より、帝の位は一時の知力や武力によってのみ就ける業ではなく、積年培われてきた天命によって選ばれるもの。軽々しく我らが建議すべき事ではありません。どうか考え直しを願います」

 膨大な知識によって裏付けされた四郎の言葉に抗うなど不可能と悟っている。だが小次郎が意志を曲げることなどなかった。

「四郎よ、俺は考えたんだ。ソラに昇ったまま姿を現さぬ帝と、こうして地に足をつけて大地を耕す俺たちと、どちらが尊い存在かということを。

 俺は村雨ライガーを通じ〝無限なる力〟を得た。だから叔父達からの理不尽な戦や国司からの不当な要求も跳ね除け、民を守れたのだ。いまこの惑星は〝神々の怒り〟に準じる天変地異の洗礼を受けようとしている。だが帝もソラも、民を見捨て軌道エレベーターに籠っているだけだ。そんな為政者に何を頼り、何を願えというのだ。

 ゼネバス帝のことは俺も知っている。だが彼の公の振る舞いが後の世界を築く礎となったのも確かだ。ゾイドを操り、武力に優れた者は民も世界も救える。山を越えようと欲すれば心憚らず、飛来する隕石を打ち砕こうと欲する力は弱くはない。俺が闘いに勝利しようという思いはゼネバス帝をも凌ぐ。なにも俺はこの大陸全てを支配しようと云うのではなく、この坂東のみを独立させ預かろうと云うだけだ。凡そ坂東八ヵ国を領するには、足柄・碓氷の二関を固め禦げばいい。生憎だが、俺はお前の建議を受け入れるつもりはない」

 小次郎の断固とした意を知った四郎は、それ以上諫言を継ぐことはなかった。

「兄上のお考えよくわかりました。ですが私にも私の考えがあります。私はこれにて下総谷和原村に戻り、菅原景行公の元で只管に学問に励むことにします。最後の務めとして、先に兄上が(したた)めた小一条忠平様への書状を仕上げたものを残して行きます。兄上の大望が叶うこと、祈念して居ります」

 決別の辞を残し、四郎将平は背を向けた。日は傾き、松明が一層燃え上がる。程なくして飛び去って行くナイトワイズの機影に一抹の寂しさを感じつつも、小次郎は迷いを断ち切るが如く声高に郎党に命じた。

「除目を行うに際し、邪魔者が入らぬよう上野国衙の四方門をゾイドを以て固めさせよ」

 控えの間に松明の火を背負った人影が現れた。

「殿、宜しいのですか」

 穏やかで、それでいて責めるような口調であった。小次郎は夕闇に長く伸びる影の中、無言で立っていた。

「出過ぎた事とは存じますが、私も四郎様と同じく除目を行う事、首肯できませぬ」

「なぜだ員経。俺が坂東を束ねるのがそれほど不満か」

 幾分口調を荒げる小次郎の前に、松明灯りで表情を見せぬままの伊和員経が跪く。

「殿が坂東を束ねることに何ら異存は在りませぬ。然れどこの員経、謹みて申さば矢張り四郎殿が云われた通り、帝の権威に仇為す振る舞いは控えるべきと思いまする。

 俵藤太率いるエナジーライガー及び巨大蜈蚣要塞ディグを筆頭に、それを支援する龍宮、未だに行方を眩ます太郎貞盛のライガー零と、我らの先には強大な敵が残っております。ここで叛逆者の汚名を受ければ、我らは未来永劫朝敵となり、東方大陸辺縁に亘って寄手に付け狙われる事にも成りましょう。

 私は老いた武士が故に、古来より呼び習わされた謹言が思い浮かびます。

『天命に逆らえば忽ち災厄が降り、帝に叛逆すれば即座に刑罰がその身に加えられる』と。

 どうかこの老武士の諫言を心に留め、よくよく思案を巡らし裁断を下すことを願いまする」

 悲しさと虚しさで、小次郎の胸は一杯になった。「員経、お前までもが」という心情である。滝口の武士に出仕して以来の忠臣さえ、己の大望を理解してもらえぬ虚しさであった。自然に小次郎の口調も険しいものとなっていた。

「なぜ判らぬ。一度出来上がって動き続けるソラという巨体は、降りかかる隕石群の災厄と不死山の噴火被害を知りながらも、自分達の保身を優先するばかりだ。忠平公や師氏様がどれ程よいお方であっても、内にあっては滅びに向かう巨体の進路を変えることなどできない。最早誰かが外から力尽くで叩き付ける他に手段はないのだ。

 俺は坂東をソラの外に置いて殴りつけ、目を覚まさせてやるのだ。この惑星を愛し、この惑星に住む民を守るためには致し方なき事。除目を取り行う事、既に口に出してしまった以上成し遂げぬわけにはいかぬ。決議を覆すなど思慮の足らぬ事甚だしい。その言葉、二度と口にするな」

 員経は「承知しました」と残し静かに下がって行く。言葉とは裏腹に、度重なる諫言に小次郎の決意は揺らぐ。松明灯りの影に、興世王が潜むのにも気付かずに。

 

「是より宣旨として、諸国の除目を下す。

 下野守にソードウルフ、将門が舎弟、平朝臣将頼を除す。

 上野守にディバイソン、常羽御厩の別当多治経明を除す。

 相模守に同じくディバイソン、平将文を除す。

 常陸介にランスタッグ、藤原玄茂を除す。

 上総介にエレファンダー、武蔵前権守の我興世王を除す。

 安房守にサビンガ、文屋好立を除す。

 伊豆守にレオゲーター、平将武を除す。

 下総守にディメトロプテラ、平将為を除す」

 

 主宰となって取り仕切る興世王の朗々とした声が上野国衙の拝殿に響く。固唾を呑んで見守る郎党の中、着慣れぬ衣冠束帯を身に着けた三郎や好立の姿があった。除目に四郎将平と伊和員経の名はなく、また坂上遂高も「俘囚である故、我は器では御座らぬ」と固辞し、そこに名を連ねることはなかった。壇上で見下ろす小次郎の心中、やはり言い知れぬ虚しさが過っていた。

(これは興世王による茶番だ。俺はこの御仁に踊らされているだけではないか)

 ぎこちなく振る舞う三郎たちの格好は滑稽であった。どれ程厳かを気取ってみても、所詮は田舎者の模倣に過ぎない。

「――王城は下総石井の邸南に建設し、是に伴い、磯津の橋を以て都の山崎と捉え、相馬郡の大井津を以て都の大津とせよ。左右大臣、納言、参議、文武百官、六弁八史等は当方が全て選任決定し、追って沙汰を下すとする。印鎰の内印・外印のメタルZiによる鋳造に於いては――」

 嬉々として唱える興世王の声に反し、小次郎の心は益々乖離していく。

(俺はなにをしている。あの男が、藤原純友がこんな姿を見たら、俺をなんと云うのだろうか)

 視線の先、燃え盛る松明の炎が揺らめき、思わず除目の座を蹴って去ろうと腰を僅かに浮かした時であった。

 取り囲んでいた郎党衆と上野住民の人垣の一角が崩れ、人波を断ち割り駆け込んできた人影がある。長い髪を振り乱し、手製の大幣(おおぬさ)らしき棒切れを手にした若い女であった。除目を行う拝殿の正面に踊り出ると、丁度立ち上がった小次郎を睨み付けた。

「おお、神憑りではないか!」

 背後で興世王が大袈裟に驚嘆する。見守る一同が奇妙な納得をする。

(茶番の仕上げをする心算か)

 女の姿を凝視するも、振り乱した髪のため表情を窺い知ることはできない。

 女が告げた。

「我が名はフィーネ・エレシーヌ・リネ。

 イブポリスの巫女にて、八幡大菩薩の巫覡である。

 汝に命ず。朕が位を蔭子平将門に授ける。

 その位記は左大臣正二位菅原朝臣霊魂が捧げる処なり。

 今直ちに、三十二相楽を奏で、此れを迎え奉るべし」

 

 そういう事か。

 小次郎は興世王が仕組んだ茶番に瞠目した。

 図ったように、四方門を守っていた郎党達が挙って歓喜し、興世王が満面の笑みを浮かべる。己が策を見事成し遂げたという笑みである。

 女は続けた。

「此処に於いて汝平将門に自ら制して謚號(いみな=諱)を奏す。名付けて新皇(ネオ・カイザー)

新皇(ネオ・カイザー)将門様、降臨である。皆の者、将門公を崇め奉るのだ」

 一際高い声で興世王が叫んだ。

 一斉に上がる歓声。新皇(ネオ・カイザー)と唱える声が大合唱となり、上野国衙を包んでいく。

 最早後戻りは出来なくなった。

 宙と地に、八幡大菩薩の號が轟いた。

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