『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」 作:城元太
大気の壁が轟音を上げる。無音の空間から幾層もの雲海を貫き、アーカディアの巨体は惑星重力に曳き寄せられた。灼熱の繭に覆われる怪竜を、白い影が追う。
「ギルドラゴン、依然追尾中」
加速に圧され、必死で舵輪に縋り付く小野氏彦が喘ぎつつ告げた。
「奴も大気圏突入のためにウィングバリアーを展開している筈だ。バリアーを解除し攻撃態勢に移られる前に、トライアングルダラスに突入する」
純友の言葉が終わると同時、アーカディアの機体全体が激しい振動に襲われた。操縦席周辺の備品収納庫の扉が衝撃で開き、中から幾つもの整備用具や操作書、私物の類が散乱した。
〝バリアー消失、磁気振動装置停止。クラスターコアの臨界停止しました〟
「機首を曳き上げろ、大気抵抗で落下速度をできる限り落とすのだ」
全身炎に包まれ、赤く尾を引く怪竜の先、奈落の黒雲が渦巻く。
純友は、散乱した私物の中に、小次郎からの伝文到着を示す赤い光を灯すタブレットに気付く。坂東で新皇即位を宣言した同胞の便りに一刻も早く触れたい衝動を抑え振り向く。
赤い風防越しに、大気の壁の灼熱の洗礼をものともせず『南無八幡大菩薩』の旗が力強く靡いている。
(将門よ。貴様にこの艦を見せずに沈めたら一生恨み言を言われるだろう。必ずや坂東に向かい、貴様の驚く顔を拝むのを楽しみとしよう)
青い光輪が飛来し、アーカディア後方に流れ行くのを見遣り、純友が叫ぶ。
「滑空状態のままトライアングルダラスに突入。全員衝撃に備えろ」
動力を失った怪竜は、湧き上がる黒い雲海に吸い込まれていった。
蔵人頭師氏を介した摂政忠平への書状に引き続き、小次郎は大いなる矛盾を帯びた書簡を、太政官としての藤原忠平に上奏していた。
――平小次郎将門 新皇(ネオ・カイザー)の位階を預かり、本天皇(※本来の帝、将門側による造語)に代わり坂東を統治致す――
表面ではソラの配下にあることを称しながら、実質は新皇として坂東を支配するという宣言であり、全くを以て辻褄の合わない政権樹立の報告である。これは、肥大化した官僚制の弱点を突き、優柔不断な評定によってソラの対応策を混乱させようとする興世王の強かな姦計でもあった。同時に、小次郎のネオ・カイザー即位・坂東政権樹立の宣言は、ソラの都を恐怖の底に叩き落とした。下総を根拠に、上総・常陸・下野・上野を実効支配し、関八州で残る武芝が管轄する武蔵、小次郎の叔父良文が管轄する相模、房総半島先端の小国阿波にも小次郎傘下の上兵と舎弟が鎮撫のため派遣された。ソラと同様に、小次郎の配下進出の報せは、残る各国衙の長官達を震い上がらせた。ある者は丘に上がった小心者のウォディックの如く驚き騒ぎ、またある者は怯えたプテラスがあたふたと飛び去るが如く早々に都に逃げ帰っていった。
巡検を名目に、統治者を欠いた武蔵・相模・阿波に入った小次郎配下の軍勢は印鎰を押収し、府庁に残っていた在庁官人にネオ・カイザー将門の銘で従来通りの公務を行うことを勅して、坂東統治の混迷化を見事に食い止めたのだった。
村雨ライガーを先頭に、坂東諸国の行く先々で、小次郎は熱狂的な歓迎を受ける。
「将門様万歳!」
「ネオ・カイザー陛下万歳!」
長年虐げられてきた坂東の民の声と、搾取のみに固執してきたソラへの不満が、怒涛の如くネオ・カイザー将門への支持に繋がった。俵藤太でさえ、小次郎に靡く時流を読んで沈黙を続け、当初から小次郎に好意的であった相模の良文と、武蔵武芝も動向を控えた。
村雨ライガー率いる小次郎の軍勢は、相模より下総石井の営所へ堂々の帰還を果たす。小次郎の――ネオ・カイザー将門の権威は、この時まさに絶頂に達していた。
慌てふためくソラの講じた策は、時の朱雀帝に僅か十日ばかりの猶予を天命に祈願させ、南都七大寺(東大寺・興福寺・西大寺・元興寺・大安寺・薬師寺・法隆寺)に跪き、伊勢神宮を筆頭とする各明神社に将門調伏の奉幣を願うという消極的かつ実効性の薄いものであった。
詔に残る帝の嘆きは「
昨日謀反の報を聞き、今日にも賊は都に襲来しようと企んでいるに相違ない。
早々に名高き神仏に幣帛し、斯くなる賊難を払い賜わんことを」と告げ、玉座を下って額の上で合掌し、百官の臣僚と共に精進潔斎し、千回の祈りを神仏に請いたという屈辱的なものであった。
帝の祈祷のみならず、密教の修法に通じた山間の阿闍梨(=この場合は修験道者)に降魔邪滅悪滅の法を唱えさせ、社の神祇官は頓死頓滅の式神を祀らせる。
七日に亘って焼かれた芥子は七石を越え、祭壇に備える五色の供物も測りきれない程であった。悪鬼の名号を書いた札を護摩壇の火中に焼き、〝賊人将門〟の形代を切り抜いて茨や楓の木の下に吊るし呪詛をかけ、八大尊官は神鏑を叛逆者将門の棲む方角に射放ち調伏を試みる。虚礼に縛られ、迷信に浸りきったソラと都の狼狽は、滑稽さを越えて悲痛悲惨であった。
以下『本朝世紀』に記す。
「今日、伊予国解状を進む。前掾藤原純友、海賊を追捕すべきの由の宣旨を蒙る。
将門と純友。追い込まれたソラは、しかし、その永年に亘って支配を続けてきた巧みにして老獪な統治機構を再生させるに充分な刺激となった。
西に牙を剝くのは、光装甲と量子転送能力を有する骸骨竜バイオメガラプトル・グリアームド。
東に向け咆哮したのは、嘗て小次郎に屈辱的な敗走を喫した暴竜、六孫王源経基が操るゴジュラスギガであった。
小次郎には気掛かりが三つあった。
一つは桔梗の病状である。だが小次郎に為す術はなく、唯一頼れるのは医師高木兼弘のみだった。桔梗は小次郎が病床訪れるたび、半身を起こして穏やかな笑顔で迎えてくれる。鋭敏な聴覚が小次郎の足音を聞き分け、無理を見せまいとして身なりを整えてしまうため、真の病状の進行がどれ程かと推し量ることはできなかった。
二つに、アーカディア號完成に際し、坂東を再訪すると宣言した藤原純友からの量子暗号が途絶えたことである。小次郎は知らない。強磁界トライアングルダラスに突入したアーカディア號は、磁気嵐に遮られ量子暗号さえ坂東に届かなくなっていたのを。碓氷の関を閉ざしたことにより、都よりの情報も途絶えた。ソラは巧みに、小次郎と純友の連携を寸断するよう街道を行く者達にも厳重な緘口令を布いていた。
三つめは、他ならぬ平貞盛の行方である。下野俵藤太の所領でのドラグーンネストらしき要塞級ゾイド出現の報せがあって以降行く先は知れない。小次郎が相模にまで巡検した理由の一つに、太郎貞盛探索の目的もあった。石井営所に戻っても、小次郎は悶々として貞盛の行方を追っていた。
折しも、常陸国の中程にある奈何・久慈に所領を有する藤氏(土着の藤原氏)より、「貞盛とその家人達が常陸に現れた」という報せに触れた小次郎が、即座に村雨ライガー、デッドリーコング、ソウルタイガー、そしてエレファンダー・ファイタータイプを率いて、残敵掃討を名目に出陣したのは言うまでもない。
本来であれば那珂・久慈両郡は源護の所領であるが、最早仇為す軍勢など残ってはいない。小次郎たちは郡境で出迎えた藤氏によって篤い歓待を受けることとなる。素朴な人柄の民衆が集い、村雨ライガー率いるゾイド群を囲み、忽ち賑やかな酒宴が催された。
どれ程の美酒佳肴で饗されようと、知りたいのは太郎貞盛の行方であるが、ネオ・カイザー将門としての地位が己の行動を縛り付けた。
「新皇としての立ち居振る舞いには留意して頂きたい」
付き添ってきた興世王は、微に入り細に入り口出しをする。鬱陶しく思う一方、解放者として現れた小次郎への民衆のひた向きな姿を無碍にするわけにもいかず、已む無く藤氏の歓待を受けねばならなかった。小次郎が問うことが出来たのは、酒宴も終わりに近づいた頃である。
「貞盛は何処で見たのだ」
空かさず興世王は口を挟む。
「ネオカイザー陛下、左様な下卑た物言いは控えて頂けねば……」
喧しい。
恐縮する藤氏を前に、小次郎は興世王への言葉を呑み込んだ。
「恐れながら申し上げます。貞盛の行方は浮雲の如く飛び去り飛び来たり、宿る処不定と聞きます。ドラグーンネスト発見の報も、当方の下人が見たものの即座に行方を晦ましたとのことです。ですが聞くところによると、貞盛は那珂郡吉田郷の
「員経、遂高、発つぞ」
酌をする美女を尻目に盃を投げ出し、小次郎は酒宴より即座に立ち上がった。応じた伊和員経、坂上遂高もゾイドに向かう。残された興世王が何やら叫んでいる。
今度こそ、今度こそ決着を付ける。
貞盛を追う小次郎の執着は、恩讐を超えていた。