『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」 作:城元太
常陸国の中程に位置する
ネオカイザー即位が転機であった。権力者に取り入ろうとする浮浪の伴類の小型ゾイドが蒜間の江に入り込み、頻りに貞盛配下の探索と残党刈りを始める。累が及ぶのを怖れた家船の民は、石田の家人達を放逐した。路頭に投げ出された彼らにとっての唯一の頼みは、貞盛率いるドラグーンネストが遊弋中との噂だけであった。
太郎貞盛とドラグーンネストは、確かに常陸国に潜んでいた。だが家人救出に出陣すれば、確実に小次郎にその居場所を察知される。情勢を見るに、今の小次郎に対し勝負を挑むのは得策ではないと判断した貞盛は、家人の危急にも救済の手を伸ばすことはなかった。つまり見殺しである。
浮浪の伴類に追い詰められた石田荘の家人達には、過酷な顛末が待っていた。
到着した蒜間の江の対岸に、小次郎は多治経明のディバイソンを遠望する。村雨ライガーを横付けし、操縦席より身を乗り出して状況報告を受ける。その際、経明の苦々しい表情が気になった。
「上野国鬼石村より、常陸で合流を試みる良兼残党のダークホーンを追って参りました。貞盛こそ発見できませんでしたが、途中その妻女達を捕縛したとの報を受け駆けつけたところ、既に……」
経明の報告の途中で、小次郎は激しい胸騒ぎを覚えた。
貞盛に非ず、貞盛の妻女とは。なれば、よもやあの
村雨ライガーの操縦席から慌ただしく飛び降りると、小次郎は経明が指し示す方向へと駆け出した。蕨手刀と、操縦席裏側に永年潜ませてきたリーオの櫛を手にして。
まさか、まさかあの
蒜間の江の畔、半身を水に漬けた小型ブロックスシェルカーンと操縦者の手前に横たわる、二つの白い肉塊が目に飛び込んできた。
「ネオカイザー陛下自らが御出でなさるとはありがたい」
下卑た嗤いを浮かべ、乱れた下半身の衣を直す浮浪らしき五人の伴類と、捕らえられ傍らで怯える子供と老人達の姿がある。
時折人は、弱き者に際限なく残虐となる。
虜となった若い女人を手籠めにするは、戦場での倣いであった。
二人の裸身は泥に塗れ、両目より流れた涙の筋が頬に幾つも刻まれる。横臥したまま荒々しく息する姿は、屈辱の炎が燃え盛っているのを示す。
嘗て見た光景。最初の桔梗――孝子を失った時と同じ状況である。異なるのは、今度は小次郎が辱めを行った側に立っていることに気付くと、俄かに怒りが沸き上がった。
「ネオカイザー陛下、貞盛の
物欲しそうに両手を差し出す伴類を、小次郎は反射的に蕨手刀で袈裟斬りにした。
一閃の業は左肩から右脇腹まで切断し、熟れ過ぎた果肉の如き血飛沫と
二人斬り。
三人斬り。
四人を斬り捨てる間に、残る一人がシェルカーンに遁れ、小次郎目掛けてゾイドの剛腕を振り翳した。
鋼鉄の獅子の慟哭。
シェルカーンもまた、操縦席ごと正中線に沿って切断されていた。
小次郎の背後には、太刀を振り下ろした村雨ライガーがあった。
女人を侮辱した浮浪の伴類が、奇しくも孝子を凌辱殺害した輩であることを知らず、小次郎は報復を成し遂げたのであった。
「
裸身のまま嗚咽を堪える女人は、宿敵貞盛の妻。そして互いの若き日に筑波の
「許してくれ。私がもっと早く勅令を出しておけば」
伊和員経が一累の衣を持参し、哀れな女人の裸体に羽織らせた。会話は進まず、無為に時が過ぎていく。
「員経、もう一人の女人は」
「源護の長女にして良兼の妾、
その名にも聞き覚えがあった。良子と多岐が上総に捕らえられた際、執拗に小次郎の潜伏場所を問い糺し、湯袋峠の戦いで良兼軍が敗走すると早々に源護の館に去って行った女である。彩同様に無残に弄ばれた身体と心に無数の傷跡が刻まれ、二人とも未だに小刻みに震え続けている。
追う者と追われる者。今は立場が逆転していた。彩との縁を成就させたい一心で都に登った小次郎であり、あの時は紛れもなく追う立場であった。バーサークフューラー、ジェノザウラー、ジェノブレイカーを率いる彩の兄、源家三兄弟との野本の戦い以降逢う機を失い、後に太郎貞盛と契ったと聞いていた。既に良子との幸せに満ちた暮らしを始めていた小次郎に、愛惜は無い筈だった。無い筈であったのに――。
「これを覚えていますか」
幾分落ち着きを取り戻し、僅かに上げる視線の先、小次郎はリーオを鋳潰した
「あなた様は、未だにこの櫛を」
見上げた彩の瞳に、小次郎は静かに頷く。
彩の頬に、凌辱されたものとは別の涙が流れる。
「有難う……御座います」
涙と共に、互いに告げてはならない言葉を呑み込んだ。
(あなたと、一緒になりたかった)
遠き日の記憶が駆け巡る。互いに変わり過ぎた。変わらないのは、蒜間の江の湖面に拡がる坂東の景色と、背後に見上げる村雨ライガーの雄姿だけである。
小次郎が立ち上がり告げた。
「女人の流浪者は本籍の元に帰すことが慣例、また身寄り無き老幼に恵みを与えるのも古よりの帝の習い。ネオカイザーの命により、この者達に早々に恤救を施し石田に送り届けよ」
即座に員経、遂高、経明らが呼応し散った。程なくし、蒜間の江周辺の領民の婦女が、彩と小枝の穢れを洗う湯を用意したと伝える。
(こんな時に、何を言えばいい。やはり俺は凡庸な坂東武者に過ぎないのか)
小次郎の葛藤は続く。
咄嗟に歌が浮かんだ。滝口の武士として仕えた藤原師氏の手解きであった。彩との邂逅が、遠き日の記憶を混濁させ、自然と小次郎は歌を詠んでいた。
――よそにても 風の便りに 吾ぞ問う 枝離れたる 花の宿りを――
自身が驚くほど、雅な香りを漂わす歌であった。
歌の調べに彩は顔を上げ、涼やかな声で返歌を唱和した。
――よそにても 花の匂いの 散り来れば 我が身わびしと 思ほえぬかな――
小枝に付き添う蒜間の江の民の婦女が畏れつつ告げる。
「小枝様よりも、歌を託されました。代わって吟じさせて頂きます。
――花散りし 我が身もならず 吹く風は 心もあわき 物にざりける――
御無礼仕りました」
蒜間の湖水に夕日が沈む。
またもや太郎貞盛を討つことは叶わなかった。
赤光に照らされ去りゆく彩たちの列を見遣り、小次郎は改めて激しい怒りと憐憫にも似た感情を抱いた。
「妻女家人さえ見捨てて生き延びようとする太郎貞盛、お前に守るものは残っているのか」
蒜間の湖上が燃える緋色に染まっていた。
ソラは、本格的なネオカイザー討伐軍派遣を決定した。
摂政忠平は、太政官符をしての追捕状を叛逆者将門に対し発行すると共に、将門鎮撫に成功した者には
上総掾;平公雅 ダークホーン
下総権少掾;平公連 ダークホーン
常陸掾;平貞盛 ライガー零及びドラグーンネスト
下野掾;藤原秀郷 エナジーライガー及びディグ
相模掾;
(※武蔵は興世王によって追われた百済貞連が任じられたか? 上総と阿波の掾は不明)
翌週十八日、ソラは強力なる征東軍を編制し、坂東制圧を目的に下向させる。
征東大将軍;藤原忠文(参議修理大夫兼右衛門督)ジェノリッター
副将;藤原
同;藤原
同;平
同;源
同;源経基(散位)ゴジュラスギガ・バスターキャノン装備型
征東軍には、先に掾の位を拝命された平公連が伴い、坂東に導く手筈となっていた。多治経明のディバイソンが追跡したというダークホーンがそれであったのだ。加えて、
更にソラは、海賊衆にまで官位を与えた。
藤原
藤原
藤原文元(軍監)アクアコング
藤原遠方と成康は、アーカディア號に座乗せず、瀬戸の内海に残った者である。藤原文元は拝命の時期には純友と共にトライアングルダラスにて消息を絶っているが、ソラは構うことなく任命していた。海賊衆の結束を切り崩し、同時に海上戦に長けた兵を組み入れ精強なる征東軍編制を試みるのが目的であり、元来結束力の弱い海賊衆に於いて、頭目藤原純友を欠いていた分団は容易に寝返ってしまう。ソラの目論み通り、藤原遠方と成康は以降征東軍と行動を共にすることとなった。
万全を期す為に、征東軍は坂東に向かう途中の国々に於いて、律令制の軍団の枠組みと無関係の〝
戦闘ゾイド数百、兵士約一万人に膨らんだ大軍団が、ネオカイザー将門鎮撫の為に坂東に向かっていた。