『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」   作:城元太

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第百拾四話

〝クラスターコア再起動。電源、回復します〟

 仄暗い船内に一斉に室内灯が点る。純友は眩しさに目を瞬かせ、ニ三度目を擦った。

「被害状況を報告、船内に浸水が無いか」

〝現在確認中……浸水箇所なし、被弾箇所なし、各関節の駆動部、異常無し〟

「秋茂、ギルドラゴンは見えるか」

 電探の操作席に這いあがった紀秋茂は、索敵波の乱反射で白濁する操作盤を一瞥し、頭上の風防越しに空を見上げる。豪雨が暴風に煽られ飛沫の風紋を描く。

「こうも雨脚が強くては目視できませぬ。ただ、周囲に殺気のようなものは感じませぬ。やはり奴はトライアングルダラスに突入することを恐れ引き返したのではないかと」

「警戒は怠るな。是基、機体は動けるか」

〝磁気振動装置の使用は無理ですが、各関節は稼動可能です〟

 純友が鼻息をついて嗤った。

「皮肉なものだ。ゾイドとして未完成ゆえ強磁界の影響を受けなかったとは。

 洋上作業を開始せよ。脚部を使い〝犬掻き〟でトライアングルダラスを脱出する。脱出次第エアウルフを発進させる、搭乗員は準備を」

 純友の下す指示により、各自が機敏に作業箇所へと移動する。紅玉の風防を叩く風雨の中、『南無八幡大菩薩』の旗は力強く靡いている。独り残った艦橋で旗を見上げる純友が、忌々し気に呟く。

「今日明日にでも惑星近傍を隕石群が接近する筈。手遅れに成らねば好いが」

 波の畝りに翻弄され、アーカディアは大きく機体を揺らす。立ち込める黒雲の先に、細い線となって横たわる蒼空の下へ、四肢で波浪を蹴立て緩やかに移動を開始した。

 

 ネオカイザーに即位した小次郎に、数多くの課題が突き付けられた。

一、不死山噴火の火山灰降灰による耕地の再生。

二、戦により曖昧となった耕地境界の再確認。

三、流入してくる浮浪の伴類の管理と治安維持。

四、そして、未だ所在の掴めない太郎貞盛の探索と下野の俵藤太の警戒。

 大まかに挙げても、一朝一夕に解決できない事ばかりである。官制に精通しているのは興世王と伊和員経のみであり、発足したばかりのネオカイザー政権にとっては重責となっていた。新たに「相馬御所」と名付けられた石井営所を駆け巡る三郎や好立を見ながら、小次郎は自分が思い描いていたものとの違和感を抱いていた。

「せめて、四郎と菅原景行公がいてくれれば」

 営所を去った学者肌の弟を惜しんだところで、事態は一向に変わりはしない。今は己に出来ることをする他ない。何より自分を頼り、信じて、営所で戦いに備える数多くの郎党がいる。基本に立ち返り、一刻も早く荒廃した耕地を立て直すことこそが重要であると感じていた。

「兵を、帰さねばならぬ」

 いつ襲ってくるとも知れぬ俵藤太に軍勢を構えていては、再生できる耕地も再生できない。ゾイドを使い、降り積もった火山灰を排除し、耕作を再開させなければ民を餓えの脅威に晒すことになる。日々の糧を確保することが統治の礎と、亡き父良持より繰り返し聞かされて来たのを思い出す。

「興世王殿が何というかだな」

 やたらと口喧しい重鎮の顔を浮かべ、小次郎は短い溜息をついた。家人が忙し気に行き交う中、回廊の縁に寂し気に座る少女の姿がある。

「どうした多岐、母上は小太郎に掛かり切りで遊んでもらえぬのか」

 雑務にかまけて暫く相手にしてやれなかった娘の前にしゃがみ込み、大きな掌で頭をなでる。多岐は微笑み父の腕を掴むと、首を横に振った。

「母上が小太郎のお世話をしなければならないのはしかたありません。それより父うえ、孝子姉さまのご様子が悪いのです」

 既に祖父良兼の死を看取っている多岐は、桔梗の命が間もなく尽きるということを察してしまっていた。幼いながらも、姉と慕う桔梗の身体を思いやる娘の顔が、小次郎は急に大人びて見えた。

「多岐が孝子にできる限りの世話をやってくれ。さすれば孝子も喜ぶであろう。ところで、久方ぶりに一緒にバンブリアンに乗ってみるか」

「ほんと?」

 回廊から飛び降りる娘を抱き留め、小次郎は肩に乗せた。

「父がバンブリアンを動かしてやろう。ゾイドには定期的な稼動が必要だ」

 一転して笑顔を輝かせ、肩の上で燥ぐ多岐と共に、小次郎はゾイドの駐機している車宿りへと向かっていった。

 到着した車宿りでは、バンブリアンはレッゲルの補給中であった。横目で見る村雨ライガーが「オレジャナイノカ?」という様子で小次郎親子を羨まし気に覗う。その時小次郎は、ソウルタイガーが不在なのに気が付いた。

「遂高は今日はどの方面に出ている」

 除目を辞退し、立場が一番身軽な坂上遂高は、絶えず領内を哨戒していた。レッゲル給入管を抱えた郎党が、額の汗を拭う。

「下野の方角で僦馬の党が騒がしいとかで、若干の手勢も引き連れて藤原玄茂殿と連れ立って出ていかれました。ソウルタイガーとランスタッグのことです、心配ないでしょう」

 小次郎も疑うことなく頷くと、バンブリアン搭乗の為の台座に多紀と共によじ登る。

「この後、戻ったら二人で孝子を見舞いに行くか」

「はい!」

 小次郎は燥ぎ続ける多岐を膝の上に乗せ、バンブリアンを起動させた。ソウルタイガーが向かったという下野の方角に、妙な胸騒ぎを覚えながら。

 

 漆黒の獅子を背に、地に額を擦り付け懇願する武士があった。眉目秀麗にして(みやび)な相好を誇った面影はない。

「この平太郎貞盛、藤原秀郷殿に伏して請う。何卒(なにとぞ)、何卒私に力をお貸しください」

 小次郎に追われ家臣を失い、所領を侵され妻さえも汚された貞盛だが、失うものを失った者の獰猛さが宿っていた。

 鬼気迫る様相にも動じず、秀郷が問う。

「程なく征東軍が到着する。将門討伐はそれからでも遅くはなかろう」

「この貞盛、幾度となく小次郎と村雨ライガーに煮え湯を呑まされて来ました。屈辱に報いるには、この手で、このライガー零で小次郎を討たねばならぬのです。

 それに秀郷殿は疾うに御存知の筈。ソラの討伐軍にて小次郎を鎮圧したところで、坂東の歴史は一切変わらぬということを」

「面を上げよ。詳しく話を聞こう」

 擦りつけた額は赤く擦れ、怒りと悲しみに満ちた貞盛の貌が現れる。

「小次郎の夢は坂東をソラより断ち切り、坂東に創世(ジェネシス)を記すことでした。だが奴は早まった。まだ夢は夢に過ぎぬことを見切れずに。

 奴は大馬鹿者です。得体の知れない海賊衆に煽てられ、ネオカイザーなどと持て囃されて有頂天となり、ソラと龍宮の本当の恐ろしさを見誤ったのです」

 貞盛の視線の先には、龍宮より送られた濃紅の獅子、〝避来矢〟エナジーライガーが聳える。首を巡らし秀郷を見ると、再度俯き加減となり続ける。

「小次郎は私の父や妻、叔父達の仇、宿世の敵であると共に、幼き頃よりの竹馬の友です。故に私の手で討たねばならない。それが小次郎の夢を叶えることにもなるのだから」

 秀郷が立ち上がり、平伏(ひれふ)す貞盛を見下ろした。

「黙って見ていれば好いものを、わざわざ自ら手を下し戦いを挑むとは。

 腰抜けの征東軍では将門は討てぬ。奴らが敗れるのを小気味よく見物しようと目論んでいたというのに」

「小次郎には奸智が無いのが為政者としては致命的です。ネオカイザー政権はじきに自ずと崩壊します。それを征東軍の手柄にされては堪りませぬ。何としても我ら坂東武者の手によって、引導を渡さねばならぬのです」

「敵である将門を讃え、その夢を叶えようなどと。大馬鹿者は貴公の方ではないか」

 秀郷は屈み込み、貞盛の視線の高さに合わせる。

「貴公と将門の因縁、浅からぬものと見た。

 よかろう、ネオカイザー相手ならばディグの初陣に申し分ない。

 下野掾兼押領使俵藤太秀郷、平貞盛殿に加勢し挙兵する。ディグのゾイドコアに火を入れよ。全艦脚部展開、下総石井へ向け進撃を開始する」

 貞盛が平伏していた大地一面がせり上がった。地平線を切り取り浮上する巨体の礎には、無数の大木の如き歩脚が備えられていた。揺れる飛行甲板に足を取られ(よろめく)く貞盛の肩を掴む。湧き上がる轟音に掻き消されぬように、秀郷が貞盛の顔を引き寄せ声を張り上げた。

「貞盛殿、貴公は配下に命じ喇蛄要塞(ドラグーンネスト)にて信太流海の湖賊衆を食い止めてくれ。連中のバリゲーター部隊がネオカイザーと合流すると厄介だ。

 宙に上がった海賊は、トライアングルダラスに突入したと聞く故、容易には脱出できぬであろう。艦載機受領にアイアンロックの里に立ち寄った後、貴公は〝最強の唐皮〟を伴い零での出陣を願う。儂に考えがある」

「承知致した」

 鋼鉄の巨大蜈蚣空母の甲板上、漆黒と濃紅の獅子が雄叫びを挙げた。

 

 都より征東軍が迫る。

 下野より超巨大蜈蚣空母ディグ及び避来矢エナジーライガーと小烏丸ライガー零が進撃する。

 そして純友の予想通り、宇宙からはこれまでにない規模の巨大隕石が迫っていた。

 悟る者の殆どいない不死山の溶岩流の中、死竜の脈動が激しさを増している。

 

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