『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」 作:城元太
先陣を切って走るゴジュラスギガの中、源経基は噴煙を忌々し気に眺める。不死山噴火の
「必ず将門を倒し、汚名を雪がねばならぬ」
己の
征東軍本隊より突出するギガの前方に、青い機体に黄金の集光板を具えたゾイドの姿が現れる。
「凱龍輝、それにディスペロウか」
傍らに操縦者らしき武士が二人立ち、機体からは戦う意志は覗えない。経基はギガの速度を下げ、ゆっくりと青い竜へと接近した。竜の足元で、深々と頭を垂れる武士がいる。
「ゴジュラスギガを雄々しく駆る御様子、六孫王源基経様に相違ないと存じます。私は相模の棟梁を務める村岡五郎良文、これは愚息の忠光で御座います。征東大将軍が御出でになると聞きつけ、国の境までお出迎えに参りました」
「村岡五郎――確か将門の縁者だったな。我らの進軍を妨げる心算か」
ギガの機上より、眼下の良文親子に向け経基が叫んだ。
「滅相もない。血縁とはいえ、小次郎将門はネオカイザーを僭称し、ソラに謀叛を企てた一族の面汚しです。此度は我ら親子、凱龍輝、およびディスペロウを以て征東軍に加わり、小次郎将門の討伐に助力したいと思い、お待ちしていた次第です」
血縁より地縁が重視され、身内であっても相争う時代にあっては、良文の言葉に疑念を挟む理由はない。仮に良文が征東軍に参加せずとも、相模からも別のゾイドを徴発する予定でもあった。警戒を解いた経基が、ギガを格闘形態に変え更なる高みより良文を見下ろす。
「心がけ褒めてやる。征東大将軍忠文殿には俺から話をつけてやる。直ちに凱龍輝に搭乗し、部隊に加われ」
「お待ちくだされ。経基様の都での武勇をお伺いしたく存じます。手狭では御座いますが、何卒征東軍の皆様にも、藤沢の我が営所で暫し御休息されることを願います」
良文の提案に、経基は思案した。ゴジュラスにせよ、ギガにせよ、進撃途中での随伴ゾイドの徴発という理由で、ホエールキング等の輸送ゾイドを利用できなかった。為に、大型ゾイドを率いる征東軍にとって、整備点検とレッゲル補給は頻繁に必要であった。経基のギガのレッゲルも、若干心許なかったのである。
「その申し出、受け入れよう」
尊大な態度で応ずる経基のギガを筆頭に、遅れて到着した征東軍本隊がディスペロウに導かれるまま街道を離れ、良文の館へと向かって行く。
凱龍輝の傍らで、列を成す大部隊を良文が見送る。
「小次郎よ、叔父としてできる精一杯の時間稼ぎだ。せめてそれまでに兵を整えるのだぞ」
その時、噴煙を上げる不死の峰に、見慣れぬ一番星が輝くのに気付いた者は少ない。
『明日の夕刻までに、石井営所に参内せよ』
小次郎直筆の解文が、良持以来の所領である郷村の民と、坂東各地を統治する郡司達の元に届けられる。荒々しい筆致に只ならぬ気配を察し、召集を受けた土豪や郡司、里長達は、各々のゾイドを奔らせ「相馬御所」に集った。恰も、
ゾイドを降り、営所の矢倉門をくぐった先で見たものは、村雨ライガーを背にして立つ小次郎の姿であった。嫡子小太郎良門を抱き、多岐の手を取り微笑む良子が寄り添う。館の家人が車座になり、既に思い思いの酒宴を始めていた。村雨ライガーの奥では、渋面を浮かべる興世王と、達観し見守る伊和員経がある。ネオカイザーなどという仰々しさは微塵もない。
「よく来てくれた。さあ、お主たちも早く交ざれ。飲んで良し、食って良し。今宵は宴を楽しまれよ」
屈託なく笑う小次郎が、そのまま胡坐をかいて酒宴に入る。唖然として見守っていた郡司達も、やがて招かれるままに宴に加わっていった。
火山灰に覆われた土地で採れる食材だけでは、満足な料理には程遠いはずだった。だが、集った者たちは一様に感じた。
「酒が、料理が、なぜこれほどまでに美味いのだ」と。
しがらみを断ち切り、本音を以てもてなす小次郎の心配りが、宴に喜びを与えていたのかも知れない。
美しく慈愛に満ちた良子の姿が、彩を与えたのかも知れない。
格式ばって上目遣いに盃を運ぶ気遣いも必要ない。平将門という要によって、門地や格式を越えた人々との巡り合いが、料理を美味と変えたのかも知れなかった。
宴も
松明が碧き獅子を赤く染め上げる。
「みんな、夜も更け、長旅と酔いの回りで疲れも出てきたことだろう。皆が休む前に、俺の話を聞いて欲しい。田舎者ゆえに、上手く話せぬかもしれぬが、そこは許してくれ」
不味い酒を嗜んでいた興世王の渋面が益々険しくなるが、小次郎は気に掛けることはなかった。
「不死山の噴火は、俺たちの田畑を無残な荒れ地にしてしまった。少しでも早く、元の豊かな田畑に戻さなければならない」
自信に満ちた、雄々しい声であった。集う民たちも大きく肯く。
「その為には、ゾイドが必要だ。ゾイドを使えば、荒れた大地を掘り起こすのも簡単だ。そこで思ったのだ、俺たちは、長い間勘違いをしてきたのではないか、とな」
次第に、水を打った如く宴の場が静まり返っていく。小次郎は笑みを浮かべ、周囲をゆっくりと見まわした。
「ゾイドは戦うためにあるのではない。人と共に生き、互いにこの惑星で励まし合って生きる仲間だ。
俺も、この村雨ライガーも、決して望んで戦をしてきたわけではない。
疾風となり、無限なる力を具えたとて、野を駆け、大地を踏み締める、この惑星に住むかけがえのない友なのだ」
それは、ゾイドを一度でも動かした者であれば理解できた。
「いつ来るとも知れぬ敵を待ち詫び、無駄な時間を過ごすことは我慢できぬ。
大地があり、人がいて、ゾイドがいる。
百姓がいて、坂東の暮らしは成り立つ。
俺はネオカイザーなどと名乗っているが、所詮はただの田舎武士だ。皆と共に大地を耕し、汗を流し、飯を食い、そして酒を交わしたい。それでいいではないか。それこそが、おおもとの坂東の暮らしではなかったのかと、俺は気付いたのだ」
松明の弾ける音だけが響く。辺りは静寂に包まれていた。
「戦いは何も生み出さぬ。荒れた土地と、悲しみが残るだけだ。
国司は去った。公は消えた。残ったのは何だ。
我らだ。
俺たち坂東の民が、残ったのだ。
俺はここに宣言する。皆はそれぞれのゾイドを引き連れ、郷に帰って田畑を耕すことを命じる。これはネオカイザー将門としてではなく、下総石井の棟梁、相馬小次郎将門の願いとして、聞き届けて欲しい。
なあに、いざ戦となれば、その時は駆け付けてくれればよい。
皆の郷が実りの季節を迎えられるよう願う。それだけだ」
――帰農宣言は小次郎の独断であった。宣言に先立つ評定の場で、反対意見が出たのは必然であった。
「ネオカイザーたるもの、常に八千から一万の兵力を常備し、相馬内裏の警固を怠らぬようにせねばならぬ。それを僅かに手勢一千程度で護ろうとは、どうにも承服致しかねる」
「興世王殿がそう言われることは承知していた。
だが俺は決めたのだ。兵は帰す」
有無を言わせぬ迫力に、興世王は口を噤む。
「されど兄者、都より征東軍の大部隊が接近しているとの報せがあります」
「加えて下野三毳山より、秀郷の大百足が出陣しました。何を思ったか、下総とは逆方向、蝦夷の地に向かってはおりますが」
三郎将頼と坂上遂高がそれぞれの状況報告を行う。
「征東軍の進軍の遅さは皆も知っておろう。あれこれと理由を付けて街道沿いの宿に逗留し、直接戦闘を避ける魂胆だ」
小次郎の言う通り、嘗てソラは武蔵武芝の騒擾の際、武蔵国問密告使の推問により、将門討伐の兵士徴発を要請したが、結局要請は有耶無耶となり討伐は叶わなかった前例があった。これもまた、肥大した官僚制の歪みであった。
「審議ばかりで体裁を重んじるのみのソラにはなにもできぬ。
俵藤太の動きは気になるが、奴も下野の棟梁。農繁期での徴兵は民からの反感を食らうであろう。それに武装の無い空母でどうやって戦う。乗せるゾイドがなければ意味などないだろう。
恐れることはない、俺には無限なる力が宿っている」
館に靡く『神兵降臨』『火雷天神』の幟を小次郎は見上げた。
小次郎の言葉に抗する者はなく、評定は押し切られた形で閉会した――。
静寂を破り、一人の民が立ち上がった。
「おれは郷に帰る。帰って畑を耕す」
「帰るぞ、おれたちの家へ」
「ゾイドがあれば、なんだってできるじゃねえか」
「そうだ、ゾイドと一緒なら、火山だってこわくねえ」
「やるぞ。ああ、やってやるぞ」
「小次郎様、小次郎様はやっぱり小次郎様だ」
座が一気に盛り上がり、歓声に包まれた。人の輪の中央で笑う小次郎がいる。これから散っていく者たちと、心が一つとなった瞬間であった。
村雨ライガーが伸びあがり吠える。人々の歓声に掻き消されぬように。
「今宵の星は、妙に明るいな」
歓声の中、夜空に浮かぶ、見慣れぬ明星が輝いていた。
「凶星か、いや吉兆星に違いない。俺の決断を讃え、火雷天神が寄越してくれたのだ」
明星が徐々に大きさを増しているのを、小次郎は気付かなかった。
翌日、小次郎の軍勢の八割が兵役を解き、故郷へと帰っていた。
良文の願いは届かず、貞盛の予想は的中した。
駿河での二日の逗留を経て、漸く兵を動かそうとした征東軍は、明け方に腹の底から突き上げる激しい地鳴りを覚えた。頭頂高の高いゴジュラスの頭部やバスターキャノンなどが振動により激しく揺れる。
「地震か、それとも噴火か」
真っ先に馬場に駆け出し、ギガの操縦席に収まった経基は、頭上に輝く星が異様な大きさに膨らんでいる事に驚愕する。
「まさか、あれが落ちるというのか」
一つの村を呑み込む程の小惑星は、既に惑星Ziの重力に捉えられ地表へ到達する軌道を描いていた。
藤原純友が、未完成ながらもアーカディアを出撃させた理由は、接近する小惑星の軌道変更、若しくは破壊をするためであった。
ギルドラゴンとの交戦により、目的を果たせなかった結果、落下の可能性があった小惑星は、可能性ではなく確実性へと運命を変えていたのだ。
唐突過ぎる事に、文明を崩壊させるには充分な大きさの小惑星が、宇宙の渚より迫っていた。
「不死山が……」
ギガの中で、経基はそれ以上の言葉を失った。
不死の峰が裂けた。
噴火ではなかった。
蠢く物がある。
巨大であった。
巨大なゾイドらしきものが蠢いていた。