『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」 作:城元太
配下の海賊衆が異様な姿となって帰還したことが、平将門蜂起の報せに色めき立っていた日振島に水を注した。
帰還した数人全員の頭部に血塗れの包帯が巻かれ、巻目の隙間から覗く眼からは恐怖と怒りがありありと浮かんでいる。
「摂津へ向かったバックミンスター・フラーレン輸送船団強襲部隊は、我らを除き全滅しました」
語る者が誰か判別し難いのは、顔が包帯で覆われていたからだけではない。
「
純友の問いに、血塗れの包帯が
「藤原恒利殿の搭乗するシーパンツァーは、播磨介島田
「長大な角を持つ骸骨の如きゾイドだと」
純友の脳裏に、小次郎と語り合った記憶が呼び起こされ、佐伯是基と顔を見合わせ肯く。
「龍宮のゾイド、バイオトリケラだ。坂東に続き、遂に瀬戸の海道にまで現れたか」
「殺しても死なぬような恒利のジジイが
毒づく
「島田もあの戦いで無傷ではありませんでした。ハンマーヘッドの爆発に巻き込まれ全身に火傷を負い、顔の爛れを隠す
奇妙に鼻に抜ける声であり息が荒い。顔の造作が平板になっており、本来そこに盛り上がっている筈の鼻梁と外耳が無く、代わりに包帯に血糊が滲んでいる。
「輸送船団は囮でした。ホバーカーゴ十数隻を擁し、備前介藤原
破壊され一命を取り留めた同胞もおりましたが、我ら以外は惨殺されました。惟幹達は残った我らを牢より曳きだし〝見せしめ〟と称し、このような屈辱を。
純友の殿、海賊衆の名を汚し、副将藤原恒利殿を含め同胞を救えなかったこと、お許しください」
すすり泣こうにも、鼻梁を削ぎ落とされた顔からは、穴の開いた
拱手した腕を解き、純友が低く腹から発する声で下令する。
「
「承知仕った」
恒利を失い、唯一の副将となった藤原三辰が機敏に純友の指示に応え行動に移る。
「藤原
「言うまでも無きこと、死にぞこないの惟幹と小賢しい子高共々、此度こそ葬って見せまする」
「是基、アーカディアの内部艤装の人員を増やし、如何にしても稼働可能となれるよう急がせよ。動かぬままでは敵の的になるだけだ。空戦用ウルフの改造と同時進行となるが、やれるか」
「是非もない事」
佐伯是基もまた、力強く肯く。純友は再度その場に集う海賊衆を見回し下令した。
「子高達は間違いなく攻め寄せてくる。〝神〟との戦いに挑む前に、俺たち海賊衆が受けた屈辱、必ずや返させてもらう」
純友の怒りに呼応するかの様に、黄金の繭の下の眼光が赤く灯る。巨獣に宿る魂の鼓動が、殷々と瀬戸の波浪に響いていた。
師走十一日。石井の軍勢は常陸の国境を越え、下野国に向かっていた。
常陸国府の戦いに於いて討ち漏らした宿敵、貞盛が下野に逃走したという出処不明の情報を得ていたからだ。確かに、常陸国府の支援を失った貞盛が向かう先が、下野に暗然と君臨する土豪、藤原秀郷の元である可能性は高い。世渡りに長けた貞盛が老獪な秀郷と手を組めば大きな脅威となる。逸早く下野に入り、貞盛の動きを封じる必要があると判断し、小次郎は軍勢を動かすに至ったのだ。
大毅(大軍)を以て越境の際には、本来であれば各国衙より通過の承認を受ける必要がある。だが既に、常陸国衙に管轄能力は無く、また下野国衙からの咎も無かった。小次郎の勢いを止める者は、坂東には藤原秀郷を除き存在し得なかったのだ。
石井勢は、小次郎の村雨ライガー、三郎将頼のソードウルフ、多治経明と五郎将文のディバイソン、更に修理相成った文屋好立のサビンガと、伊和員経のデッドリーコング、加えてエレファンダー・スカウタータイプを繰って興世王が参陣し編制されていた。良子のレインボージャーク、桔梗と多岐のバンブリアンは、藤原玄明達のランスタッグ部隊と共に後詰となり、下総の守りを固めるため帰郷していた。
出処不明の情報に謀られたと見せかけ、小次郎は真意を隠していた。
――遂に、藤原秀郷と逢い見える。
龍宮より与えられた避来矢エナジーライガーと、瀬田の唐橋よりスタトブラスト化を解き蘇らせた巨大要塞型ゾイド〝アースロプラウネ〟を擁し、密かに坂東の覇権を窺うと噂される土豪、藤原秀郷。
俵藤太秀郷は、群盗桔梗の前を都で跳梁跋扈させていた。
バイオゾイドを水守の平良正に貸与し、骨肉の争いの戦禍が広がるのを助長した。
セントゲイルを失う事も厭わず、再生された新たな桔梗を小次郎の懐に送り込んだ。
メガレオンを配下とし暗躍させ、時には貞盛を救出した。
そして常陸国府の戦いには、四匹の地震竜セイスモサウルスを派遣し、超長距離荷電粒子砲を以て、バイオヴォルケーノごと石岡の町を灰燼と化した。
高度な遺伝子工学技術を有し、生体を媒介とする物質転送装置をも操る未だに正体の掴めない俵藤太秀郷が、果たして大人しく会見に応じるだろうか。
武門の誉れ高く、嘗て少年時代の小次郎は、鎮守府将軍であった父良持に次いで、俵藤太秀郷に憧れていたのだ。
時は巡り、互いに坂東の覇権を競っている。
人がいつまでも少年のままではいられないことを、小次郎は噛締めていた。
思いに耽る小次郎の村雨ライガーの脇に、歩みを速めたデッドリーコングが併進する。僅かに開いた操縦席の隙間より伊和員経が合図を送り、矢文を射った。矢は微細な糸を曳き村雨ライガーに到達し、意図を汲んだ小次郎は手繰り寄せ操作盤に繋ぐ。
〝内密に申し上げたき義があり、通信索での手数を願うことお許しくだされ〟
直感的に悟る。
「興世王のことだな」
滝口の頃より付き従って来た老練な忠臣は、武蔵武芝の一件以来、興世王の動向に疑念を抱き続け、幾度となく小次郎に諌言していたからだ。
〝彼の君は、都に居る頃よりあまり好い噂は聞きませんでした。此度の国境越えも、不肖ながら承服致し兼ねます。せめて私がもっと早く戦陣に復帰して居ればお諌めしたものを〟
暴走したデッドリーコングでバイオヴォルケーノと赤いバイオメガラプトル3匹を撃退した代償に深手を負い、永らく戦線を離脱していた員経だが、療養期間中も的確に主君の心情を読み取っていた。小次郎の脳内で未だに、興世王の言葉が渦巻いていることを。
『坂東全域を手中に収め、ソラの出方を窺ってみては』
「員経の懸念は俺も判っている」
小次郎は操作盤に浮かび上がる〝村雨〟の文字を一瞥する。
「だが先に話したように、此度の下野入りの目的は貞盛の探索と秀郷への牽制だ。戦となれば受けて立つ覚悟はあるが、相手には未だ目立った動きは無い」
員経に語る言葉とは裏腹に、鬩ぎ合う小次郎の心情は、また別の憂いを描いていた。
――ソラは、坂東のことなど歯牙にもかけていない。
操縦席の中、員経に聞こえぬように舌打ちする。
「何も直接唐沢山に乗り込もうというのでもない」
――苛斂誅求なる圧政により、民は疲弊極まり、腐敗した国司達は尚も租税を搾り取ろうとする。
「まずは下野国衙に入り、正式に国司に承認を得てから領内を移動するとしよう」
――漸く大地に根付いたジェネレーター樹々の恵みは民に渡らず、なけなしのレッゲルさえ奪い去っていく。
「下野の国司は誰だ」
〝確か、
――ゾイドウィルスのワクチンプログラムが在りながら、施しを成す気配もない。
「誰が国司でも、俺が礼を尽くせば構わぬだろう。正式に解文を貰い、唐沢山に向かえば秀郷とて無下に会見を断ることもできぬだろうて」
――火雷天神であれば、何と答えるであろうか。このまま朴訥として、ソラに従っていることが正しいとは到底思えぬ。
〝殿の考えに従います。間もなく
通信索を裁ち、デッドリーコングが下がっていく。
進軍する街道沿いには見慣れた田畑の風景が途絶え、代わって俄かに人家が密集し始めていた。やがて進路の先に豪華な正殿と回廊を備えた下野国衙の棟が見えてきた。
――下総も上野も、武蔵も常陸も下野も同じだ。民より毟り取った財によって建てられ、無数の民が蔑ろにされ続けている。
無性に怒りが込み上げる中、小次郎は国衙の門前に跪く者達を目にした。
「国衙の役人どもではないか」
中央に平伏するのが国司大中臣全行に違いない。
「興世王め、またもや策を弄したな」
思い返せば、乗機エレファンダーをファイタータイプに非ずスカウタータイプで臨んだのか理由が解せなかった。背部に装備された強力なレーダービークルは強力な指向性を持った通信機能を備える。エレファンダーは逸早く下野国衙に石井勢到着の報を送り、出迎えの準備を整わせたのだった。
大凡の脅し文句は想像に難くない。
〝坂東の覇者、平将門公の御到着に当たり無礼の無いよう出迎えるよう手筈を整えよ〟
小次郎は期せずして、下野国衙の篤い出迎えを受けることとなる。
だがそれが、小次郎を更に追い込む事態に至るのを、小次郎自身まだ実感し得ていなかった。