『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」 作:城元太
「遂に村雨ライガーが現れたか」
齢に似合わぬ隆々たる体躯をした
「下野国の
短くなる足元の影を蹴り、武士が立ち上がる。
「
「お待ちください父上。供の支度もなにも、未だ整っておりませぬ。せめて
「供などいらぬ。貞盛に伝える必要もない。この俵藤太秀郷自らが、単機にて国衙に乗りこむのだ。二連装チャージャーキャノンとチャージャーガトリングは外せ。無用な武装は相手を警戒させる」
白金の槍を備える濃紅の獅子が車宿より曳き出され、見る間に複数の銃身を有する物々しい武装が取り外された。エナジーチャージャー伝導管をチャージウィングへと繋ぎ換えられ、身軽となった獅子が荒々しく身を
「平小次郎将門。どのような男なのか……愉しみだ」
紅玉の翼に光を漲らせ、エナジーライガーは矢の如く国衙の方向へ疾駆していった。
開放された門扉より国の
一種の
「はぁ将門様は天子様の御子孫ださぁ、こんげ国府さ入っておわしてくださるか」
平身低頭し、嘲る素振りなく奏上する郡司の言葉は酷く訛っていて聞き取るには難しい。だが目の前に並べられた心尽くしの食膳を見れば、誠実な姿勢は覗い知れた。下野の山野に育まれた食材に舌鼓を打ちながら、暫しの寛ぎの時を味わおうとしていた時、座に列していた
「我らの目的は、越境と俵藤太との面会の承認を国衙に得る為であり、国司を放逐することではありませぬ。此度の所業は更なるソラとの衝突を生む原因ともなります。至急大中臣殿達を呼び戻し、国衙より軍勢を退くべきです」
口元に運ぶ箸を止め、小次郎は途端に沈鬱な思いに駆られた。
国衙占拠は結果論であった。決して望んで為したわけではなく、興世王の放った一報が常陸国衙の二の舞を恐れた下野の官人全員を震え上がらせてしまったのだった。国司達は印鎰を渡し「這う這うの体」という形容に最も相応しい姿で一斉に
主君の立場を憂い、責めを恐れず箴言する員経の存在は得難い。員経の言葉通り、一刻も早く誤解を解くために国司達を呼び戻すべき由は判っている。一方で、漸く辿り着いたばかりの下野で、臣下を含め郎党及び従類にも暫しの憩いを与えたくもあった。
「然る後にサビンガを東山道に向かわせよう。だが好立も到着したばかりだ、少し休ませてやってもよいだろう」
兵を
「郡司殿、百足型ゾイド〝アースロプラウネ〟を御存知か。そして俵藤太殿とは一体どの様な方なのだ」
その言葉が、更に宴の場を凍り付かせた。下野の者達が一斉に強張り動揺する。意を決した郡司が床上をそそくさと這い寄り、小次郎に近寄り声を低めて囁いた。
「藤太様が
「遊行の
半身を反らして大仰に掌を振り、郡司は必死の形相で否定する。
「滅相もない。そんなことを申さば命さ取られます。その空也上人様がどんなお方かわがんねが、将門様、どうか我らが言ったんじゃねえことは伝えてくだされ」
声が上擦り額に薄らと汗が滲む様子から、只ならぬ気配を察した。
民が恐れているのは国司ではなく秀郷だ。
小次郎は下野を厳然と牛耳る俵藤太の片鱗を垣間見た思いであった。
不意に国衙の回廊を荒々しく踏み鳴らす足音が響き、勢い任せに襖が開く。
「兄者、単機にて接近するゾイドを興世王のエレファンダーが察知した。凄まじき熱量を発する機体ゆえ、俵藤太に違いない」
三郎将頼より、珍客の来訪が告げられた。期せずして、小次郎が少年時代に憧れた武士との邂逅の機会は訪れたのだった。
「宴を閉じる。対ゾイド戦の備えをせよ」
臨戦態勢を告げる言葉に、正殿内には一斉に緊張が奔っていた。
探知・索的能力に最も長けている興世王のエレファンダー・スカウタータイプが、石井勢にとっての臨時の指揮所代わりとなっている。
「寄せ手の数に間違いないのだな」
小次郎が村雨ライガーで近付いた際、車宿りに待機するエレファンダーの操縦席で、二重式の搭乗席装甲板と巨大な牙ツインクラッシャータスクを足場とし、五郎将文が懸命に操作盤を覗き込んでいた。興世王が思わず不平を漏らす。
「そのように顔を近付けられては索敵操作ができぬ。直接スカウタービークルに移りディバイソンに通信索を接続すればよいであろう」
「では、お言葉に甘えさせてもらいます」
いつの間にか横付けされた
「単機だと」
〝他の機影は見当たらぬ。だが油断召さるな、メガレオンやら零イクスとやらが随伴してきているやも知れぬ〟
〝その
小次郎と興世王の会話に割り込んだのは、やはり五郎であった。
〝小次郎兄上、接近するゾイドは自ら識別信号を発しております。奇襲及び強襲の企みあらば、わざわざ旗竿立てて接近してくるような真似はしません。戦意は無きものと考えるべきではないでしょうか〟
五郎の解釈は理に適っている。
「秀郷は、我らを見定めに来たのだ」
小次郎は、秀郷の目的を瞬時に理解した。であれば、坂東武者として受けて立たねばなるまい。
「村雨ライガーのみで迎える。他の皆は国衙の敷地内にて待機だ」
拝殿を背に村雨ライガーが突出し、陣屋門前に身構える。
小次郎はムラサメブレードの反りを打つ。エレファンダーの探知した情報が次々と操作盤に流れて行くが、小次郎の眼は遠く唐沢山の方向に延びる街道に据えられていた。
「来た」
光の翼を持つ濃紅の獅子が、炎天下の陽炎を纏い迫り来る。額の長大な一本角が乱反射し、装甲の金属光沢を紅色に煌めかせる。背部エナジーチャージャーより供給される光の粒子の脈動が翼を満たし、村雨ライガーを凌ぐ体躯を、村雨ライガー以上の速度で疾駆させている。
「避来矢エナジーライガー……好いゾイドだ」
称賛は、小次郎にとっての『手強い敵』を意味していた。
エナジーライガーが速度を落とし、村雨ライガーと六丈(≒20m)程の間合いを取り静止する。背部より放出される余熱に陽炎が立ち籠め、濃紅の装甲が揺らめく。微かな空気音と共に頭部装甲が開き、狩衣に大刀を携えた老練な武士が姿を現した。
「下野唐沢山俵藤太秀郷、または藤原秀郷と申す。坂東を束ねると唱える平将門殿に謁見したく、急ぎ唐沢山の営所より馳せ参じた」
周囲を威圧する途轍もない気迫が漂う。相手が生身を晒した以上、同様の礼を以て応じるのが筋である。小次郎もまた風防を開き、村雨ライガーの頭部に立ち上がった。
「下総石井、平小次郎将門である」
秀郷の眼光は小次郎を射貫かんばかりの鋭さで注がれる。棟梁として、臆することはできない。
「秀郷殿、貴公には予てより伺いたき義が多くある。仮の宿りとして逗留しているが、まずはこの国衙の域内に参内願えるか」
「是非もない」
腹に響くような肉声で、秀郷は応える。
暫し対峙した坂東の両雄は、互いに愛機とするゾイドに乗り込んだ。踵を返した村雨ライガーが先導し、濃紅の獅子が陣屋門を潜っていく。
拝殿から続く車宿りで、文屋好立、多治経明、坂上遂高が同時に驚嘆した。
「なんという無謀な真似をされるのだ」
村雨ライガーの太刀ムラサメブレードは、背を向けてしまえば背後の敵に無力となる。対してエナジーライガーは、頭部グングニルホーンの一突きで村雨ライガーの息の根を止められる。にも拘わらず、将門は無防備に背を晒し、エナジーライガーを先導して進んでいるのだ。
「平将門。敵として不足ない奴」
碧き獅子と轡を並べる濃紅の獅子の中、心ならずも俵藤太秀郷は呟いていた。