『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」 作:城元太
酒も膳も無い、乾ききった宴であった。
下野国衙の車宿りに、鮮やかな色彩を為す鋼鉄の猛獣が対峙する。碧き獅子村雨ライガーと、濃紅の獅子エナジーライガー。二人の坂東武者は愛機の頭部に立ち、互いの気宇を探り合っていた。小次郎にとって、藤原秀郷を只の客人と看做せる筈もなく、また秀郷自身も、己が小次郎に如何様に認識されているかを知っていた。迂闊にゾイドを降りれば、小次郎はもとより、主君将門を慕う石井勢の家臣の暴走によって背後から斬り付けられる事態も想定される。対等な談判を行う為には、ゾイドを降りる訳にはいかない。一触即発の緊張の中、両雄の対談が持たれていたのだった。
「儂も全て手の内を明かすわけにもいかぬ。答えられることと、答えられぬことがあると、予め申し上げておく」
グングニルホーンに摑まり、紅の鬣に片足をかける秀郷が声を張り上げた。
「私が伺いたい事と、貴公が答えぬ事とが悉く重なれば、場合によっては圧してでも問い質さねばならぬやもしれぬ」
金色の
「儂が答えぬといったら、如何にする」
「児戯の如く、無為に貴公の条件を受け入れるつもりはない」
強硬な小次郎の答えに、しかし齢を重ねた武士の口角が僅かに上がっていた。秀郷は小次郎を一目見て看破していた。
この男は卑怯な真似は出来ない、と。
「将門殿と干戈を交えるのは望まぬ。出来得る限り、貴殿の問いにお答えしよう」
秀郷は巧みに衝突を逸らす。「出来得る限り」としか答えない。駆け引きでは、やはり老獪な秀郷に分があった。
エナジーライガーが紅玉の翼を閉じて戦闘姿勢を解くに伴い、主に忠実な濃紅の獅子は、グングニルホーンに摑まったままの秀郷の身体を揺らすことなく後肢を折って座り込む。獅子の尾が地に着き、緊張が解かれるのを機敏に察した村雨ライガーも、四肢の力を抜き僅かに伸び上がる。頃合いを見計らい秀郷が切り出した。
「将門殿は其処なる
機先を制せんとする問いに、小次郎は怯まず応じる。
「然らば秀郷殿に質す。先程貴公は、御自分を下野押領使として国の守りを
常陸国衙を焼いたのも、専らセイスモサウルスの荷電粒子砲によるもの。
戦を挑まれれば受けて立つのが坂東武者としての習い。下野に長居するつもりは毛頭ないが、この先アースロプラウネという百足の化け物が現れようとも、受けて立つまでである」
「平良正やらとは、唐沢山に来訪したアイスブレーザーに会うたのみ。バイオゾイドの一件とて、
貞盛なる輩とは、一切の面識もない。呉れ呉れも誤解無き様に願いたい」
秀郷は言を左右にして真相を語ろうとはしなかった。小次郎にしても物証はなく、多くは藤原純友や空也から聞いた話に過ぎず、問い詰めることはできない。
「貴公が申される通りであったとして、配下のゾイドが常陸と下総の民を苦しめた事に相違ない。私は守るために戦った。戦わねば守れなかったのだ」
「将門殿、青二才の如き世迷言を吐くのは止めた方が身の為であろう。民の平安を守ろうなど絵空事に過ぎぬ。所詮下賤な輩は、一時の熱狂に酔い痴れるものの、より強き力で抑えられれば忽ち掌返し裏切る。自ら考えることを放棄した愚鈍な烏合の衆に期待を抱いても無駄だ。全ては力、絶対の恐怖と畏敬によって愚民を統轄することこそ、為政者の務めよ」
静寂なる絶望が、秀郷の言葉には込められていた。
「到底同意できません、坂東はソラに見捨てられ、民もゾイドも無為に命を削られ続けているも同然。奇しくも私は常陸と下野の印鎰を入手し、間もなく総州も易く統治できるはず。ソラと並立する形で坂東を統括し、ソラとの共存を模索するのも叶うのではないか」
「貴殿もまた、権力に飼い馴らされる
秀郷が村雨ライガー上の小次郎にまで聞こえるほど、大きな溜息をついた。
「妹は――桔梗はまだ死なぬのか」
小次郎の暗喩に答えず、秀郷はまたも機先を制した。拘り無くその名を告げた秀郷に、小次郎は途端に脳内が怒りで沸騰していた。
「貴公は……あなたは仮にも桔梗の兄なのか。
何度でも蘇ることのできる躰とはいえ、あの桔梗の命は一つ切り。プロジェリア症という重荷を背負わせてまで無理矢理に成長を促進させ、二度までも草として私の懐へと送り込み、動向を探らせていたとは如何なる了見か。
私は嘗て、坂東武者として貴公を尊んでおりましたが、桔梗の命を弄んだ卑怯な振る舞いはどうにも許せぬ。龍宮の技を以て、桔梗を助けてやって欲しい。策は無いのか」
「ない」
秀郷は無表情であった。
「『二度まで』とは言い掛かりであろう。将門殿と清涼殿で出会った、ロードゲイルを操る群盗桔梗の前は、なにも儂が仕組んで貴殿を慕わせたわけではない。勝手に貴殿を愛し、勝手に貴殿の為に散ったのだ」
「敢えて孝子の記憶を残し、セントゲイルを破壊してまで桔梗を私の元に送り込んだのはあなたの所業だ。言い逃れは見苦しい」
「失望したぞ、平将門」
エナジーチャージャーが急激に輝いた。粉塵を舞い上げ、濃紅の獅子が翼を開く。
「これ以上の談判は無駄である。儂は平将門という者が、真に坂東を纏められる男か見定める為に参ったが、たかが女一人の命を乞いて感情を剥き出しにするなど、棟梁に有るまじき振る舞いである。事と次第によっては貴殿に助力し、この坂東をソラより解き放つことも考えていたが、儂の夢は霧散したようだ」
濛々と立ち込める粉塵が、エナジーライガーの機体を覆い隠していく。
「待て、まだ話がある」
閉ざされていく視界の中、秀郷の叫ぶ声が響く。
「最後に伝えておく。三毳山の超巨大蜈蚣型ゾイド要塞はアースロプラウネに非ず。超巨大陸上空母〝ディグ〟と呼ぶがいい。将門よ、次に遭うのは戦場だ」
信じ難い加速で、濃紅の獅子が飛び去って行く。例え疾風ライガーにエヴォルトしたところで、追いつく相手ではなかった。
飛散した砂塵が小次郎の口内でざらつく。
「秀郷、やはりここで倒すべきであったのか」
茫然と立ち尽くす小次郎の視線の先、沈みゆく夕陽に溶け込んでいく獅子の残照が光っていた。
都では、連続連夜の放火騒動が発生していた。
出火場所は、焼失した鴻臚館跡地より放射状に拡大し、次第に新たに設けられたアースポート基部の清涼殿を取り囲み分布していた。
巷で囁かれるのは、海賊衆の暗躍である。
「伊予の純友が、備前介藤原子高さまと、播磨介島田惟幹さまへの報復として都に火を放っているのだ」
市井から内裏へ、そして清涼殿へ。海賊討伐に着手しようとした矢先の都の騒擾は、己の保身のみを優先させる官人の間で、ひいては二人の介へ非難を集中させた。朝廷は既に、海賊討伐を担う追捕凶賊使として、山陽道に小野好古派遣を内諾させていた。文筆家としても名高い小野家にあって、好古は殊更精強で知られた猛者である。
当初都での結団式を行い、海上戦に秀でた島田たちを伴い山陽道への征討を開始させようと目論んでいた部隊も、海賊衆の騒乱により都を離れざるを得ず、代替に摂津の港での出陣に及ぶことなる。
都からは小野好古が、播磨からは島田が、備前から子高が、それぞれに追捕使編制の為赴く。合流地に指定されたのは摂津国須岐駅。しかしいち早く、合流地は純友の放った傀儡に寄って察知されていた。
深夜、淀川河口に近い摂津の港の沖合に朧げな光が浮かぶ。
漁火、或いは夜光虫の群れか。
潮流穏やかな瀬戸の内海では、頻繁に見掛けられる光景である。デルポイ大陸からの荷受け作業を行う港湾業務者は、見慣れぬ光の出現にも関心を寄せることも無かった。
異常に気付いたのは、光の輪郭が鮮明となり、津波の如き光の壁となって迫って来きた時である。
「繭玉、まるで光の繭だ。それも島が切り取られて移動してきたような巨大な繭だ」
燐光を纏う巨大な繭が、摂津の港を圧して聳える。
光の点滅は、嬰児の胎動を思わせた。