『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」 作:城元太
雲海に紛れ、水晶型の六角柱が漂う。六角柱鏡面にはそれぞれ後方の景色が映し出され、視認を妨げる光学迷彩機能が施されていた。
何処ともなく湧出した青い細片が、水晶柱の周囲に舞う。鋭い瑠璃の細片は、天空レドラーの翼と目視された。芥子粒にも見えるレドラーとの対比により、浮遊する水晶柱の巨大さが際立つ。水晶は、地上を離れたアースポートに代わる施設、軌道エレベーターの下端であるスカイフック〝ソラシティ〟であった。螺鈿の機体を煌めかせるレドラーが十を超え、優雅に楔形の編隊を組み旋回する。
旋回しつつ、何かを待っている。続いて湧出した飛翔体は、黒鳶色の蝙蝠型ゾイドであった。無数の無人ゾイドの飛翔は雲霞の大群を想起させ、やがて天空レドラーの後方を黒雲然として追尾していく。
玻璃色の細片と、黒鳶色の黒雲が水晶柱の周囲を去ると、水晶の柱は再び輝きを雲海に融かし、何事もなかったかの様に漂い続けるのであった。
白昼堂々と摂津港に出現した巨大な黄金の繭は、編制を開始した追捕凶賊使麾下のゾイド群を前にして不気味な沈黙を保っていた。
「海賊共の魂胆が見えぬ」
須岐駅に置かれた臨時指揮所である商館より、灰白色の甲冑を纏った武官が、聳え立つ繭を睨み付ける。
「『グローサー・シュピーゲル』に大宅世継らの記していた大筏に相違ないが、何故あの様な未熟な形で我らの前に姿を現したのだ」
〝好古殿、あれなる繭など所詮虚仮威しに過ぎませぬ。ソラよりの航空部隊が此所に至る前に、早急に攻撃に移りたいが宜しいか〟
酷く無機的な声であった。土魂と称されるバイオゾイド特有の操縦服から、
〝得体の知れぬ繭玉は、間もなく接岸するとの報せを受けている。ソラの増援を待つ迄も無く、バイオトリケラの大毅を以て表面膜を突き破り、内部の正体を晒してみせましょうぞ〟
腕と覚しき金属棒の先端、同材質の爪がカタカタと冷たい音を鳴らす。感情の籠らない音声で、只管に殲滅を為そうと提言する。
「惟幹殿、バイオゾイドの稼働時間には限りがある。今は自重せよ」
途端に島田惟幹の軀が硬直し、間接を伸ばし直立する。
〝仰せの侭に〟
金属の傀儡と化した惟幹はそれきり動く事はない。好古は更に後ろに控えていた人影に目配せをした。
「子高殿、グリアームドの出陣準備を」
人影は無言で肯き、背後にある角竜の群れの中、緑の燐光を放つ獣脚類の骸骨竜に吸い込まれていく。小野好古は商館を出て、仮指揮所に設けられた矢倉門の上に立ち、微細に粟立つ金色の繭を見つめる。
「藤原純友よ、容易にお前の勝手にはさせぬぞ」
繭越しに広がる蒼空に、雲霞の如き黒い点が出現していた。
傀儡となった島田惟幹の言葉通り、黄金の繭玉は摂津に既に接岸していた。繭玉からは絹とは似付かぬ粘性の糸が滲み出て、地上に無秩序に張り巡らされる。黴の菌糸を思わせる繊維を渚に這わせ、須岐駅に向かって緩々と移動する姿は粘菌の移動体にも似ていた。ヒトの毛細血管を思わす放射状の糸が繭を中心に拡がり、卵殻の如き緩やかな楕円は歪な形となっていく。光の脈動も速さを増し、内部に潜む物体の輪郭を浮かび上がらせる。繭の膜の奥より、大きく湾曲した角を持つ頭部が透けて見える。中程から突き出す二つの峰は、その胎内に巨大な翼を持つ生命体が潜んでいることを顕していた。
生長し肥大化した内部の物体が、海上では自重を支えることが不可能になり上陸したことが推察できる。同時に海賊衆頭目・藤原純友は、敢えてソラの海上の玄関口である摂津に接岸し、編制途上の追捕凶賊使を圧倒しようとした意図が汲み取れた。
だが、追捕山陽南海道両道凶賊使に任ぜられた小野好古に動揺はない。好古の視線の先、螺鈿と瑠璃色に彩られた飛翔体と、それを追う黒鳶色の雲霞の群が飛来していたのである。
繭が摂津沖に出現してより、ソラからの増援を請うには充分な猶予があった。度重なる懐柔策にも動じず、海賊行為を繰り返す前伊予掾純友に、最早ソラも見逃す訳にはいかなくなっていたのだ。ほぼ完成に至った水晶型空中都市〝ソラシティ〟より、自動防衛機能の一部である無人迎撃ゾイド〝ザバット〟の試験運用を兼ね、天空レドラーとの戦爆連合を組み摂津須岐駅に飛来したのである。
「小一条忠平様によるソラシティの航空部隊の手並み、篤と拝謁させて頂きます」
目を細める好古が呟くと同時、天空より韻々とした波動が伝わり、繭の直上に達した爆撃部隊が攻撃を開始した。
ザバットは装備してきたバインドコンテナを開き、黒い塊を落下させる。塊は落下途中で分裂し、更に微細な塊と化す。世に謂う
縛めを解かれた無数の子爆弾は、繭本体と繭中心に拡がる網脈状の繊維一面に降り注がれた。紅蓮の炎が噴き上がる。焼夷剤を含む爆薬は、全てを焼き尽くさんと燃え盛った。生命を宿す繭の表面が粟立ち、触手となった繊維の漣が全体に広がる。リゾモーフ(菌糸の束)の枝から新たな枝が生じ、更にその枝から次なる枝が生じるフラクタル構造の触手が伸び上がる。届く筈もない空中の敵に怨嗟を送るが如く直上に伸びるが、伸び上がる毎に、微細な触手は悉く炎に焼かれていった。
爆撃部隊は攻撃の手を緩めない。バインドコンテナを投棄したザバットの腹部から、より強力な
経過を見守る小野好古の眉間に深い皺が刻まれる。
「これで終わりとは思えぬ」
「派手な出迎えだな」
爆撃の振動に、僅かに声は揺れていた。
「表皮ラミートは順調に生長中。副交感神経系の情報処理能力には、未だ不安はありますが、吸収された熱量はジェネットを媒介し、プロトタキシーテスの剛性キチン生成を継続中です」
「是基、空戦用ウルフは出せるか。このまま一方的に嬲られるのは性に合わぬ」
「手筈は整っております。機体生成の臨界後に、出撃は可能となります」
「バイオトリケラの動きが気になる。俺は地上部隊を叩く。藤原三辰のストームソーダージェットを先達として、邀撃航空部隊を発進させよ。文元たちは接近しているな」
「アクアコング隊も間もなく上陸予定です。
拱手し、操作盤の背後に立っている人影が、フッ、と深い息を吐く。
「是基よ、これから俺はこの船の
計器を見る顔を上げ、佐伯是基は背後に視線を向け微かに笑う。
「
「臨界と同時に坂東の将門にも海賊戦艦浮上の量子通信を送れ」
「承知」
拱手した両手を解き、仄暗い機内灯に浮かび上がる藤原純友が言い放った。
「アーカディア號、発進」
硝煙が海風に流れ、炎に包まれていた繭が再び姿を現した直後、目標を凝視していた好古の眼が見開かれた。
「
視線の先、粟立っていた繭の表面に、人ほどの大きさの茸が一斉に、そして無数に傘を開いていた。
一般に「茸」と呼ばれる部分は末端である『子実体』で、本体は地中に潜む菌糸の集団であり、菌糸を盛んに分岐しながら成長し、繁殖範囲を広げていく。ときに茸は、生物の骸若しくは生きている個体さえも菌糸によって養分を乗っ取り、茸の傘を広げる。サークゲノムを有するラウス
炎を制し次々と薄茶色の茸が生え揃っていく光景は、悍ましくもありまた神秘的である。繭一面に薄茶色の茸の傘が覆う頃、撃ち込まれる誘導弾の爆発も吸収され、繭は茸の塊となって再び沈黙した。
茸の生い繁った繭の表皮に深々とした亀裂が奔る。
亀裂の奥、赤い眼が輝く。
「あれは」
好古の言葉は途切れたままとなった。
怪竜の唸り声が須岐駅に轟く。茸が覆った膜の中より、粘液に塗れた黒いゾイドが出現した。