『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」   作:城元太

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第百六話

 茸に覆われた繭より、粘液に塗れた機体がずるりと抜け、折り畳んでいた翼を展開する。菌糸を引き摺る暗黒の巨体が白日の下に晒された。繭玉の軛からの解放を歓喜するが如く、紅玉の風防に覆われた頭部を空に向かって(もた)げる。天空を覆う黒雲の如き翼端に、赤い鋸刃が明滅しながら回転する。羅城門にも匹敵する程の規模の巨大な脚が大地を踏みしめると、須岐駅を圧倒し、黒い怪竜ゾイドが唸りを上げ聳え立っていた。

 個体差が著しく異なるも同種生物である場合、それぞれをその生物種の〝シノニム〟と呼ぶ。ゾイドでは空母型ウルトラザウルスや輸送艦ホエールカイザーなどで、同種でありながら突出して巨大化する個体がしばしば存在した。例を挙げれば、ウルトラザウルスの背部飛行甲板に多数のプテラスが搭載された記録映像があるが、通常個体であればプテラスは一機搭載するのが精々である。これは作戦行動に使用されたウルトラザウルスが同種の巨大シノニムであり、暗黒大陸第一次上陸部隊のマッドサンダー母艦や、キングライガーを空輸したウルトラザウルス型飛行艇なども巨大シノニムであった。嘗てガイロス国が開発した暗黒巨大ゾイド〝ギルベイダー〟の母艦型シノニムに、ソラに所属する天空龍ギルドラゴンがあり、『神々の怒り』の洗礼を生き延び、開発途上の軌道エレベーター・成層圏ジオステーションとアースポートとの物資運搬と連絡任務を行っている。ギルベイダーは旧大陸間戦争に於いて比類無き破壊力でヘリック国の軍勢を蹂躙したが、摂関家藤原忠平の座乗するギルドラゴンは、もはや敵対する相手がいない巨大さとも相まって、凶暴性は低くなっていた。

 一方藤原純友が生長させた海賊戦艦〝アーカディア〟は、海賊衆の怒りと、見捨てられたゾイドたちの怨念とが重なった怪物であった。ギルベイダーの姿を模しているものの、ギルベイダーのシノニムではない。機体の端々に血管を思わせるリゾモーフが盛り上がり、ツインメーザーやチタンクローの付け根にも有機生物的な意匠を漂わせる。純友は佐伯衆が厳島に潜ませたラウス肉腫ウィルスのサークゲノムと、形態形成(オルガナイザー)を司るグーズコードゲノムによってギルベイダーへの形態誘導を行った。ゾイドウィルスに罹患し打ち棄てられていた無数の個体を回収していたのも、アーミラリア・ブルボーザの菌苗に菌糸の束リゾモーフでゾイドコアを繋ぎ、一つの個体にして多数の個体でもある〝超個体〟ゾイドとして完成させるためであったのだ。

吉備火車(きびのかしゃ)だ」

 矢倉門上に呆然と立ち尽くす小野好古が吐き捨てる。俄に商館に戻ると、棒立ちをしたままの傀儡、島田惟幹に命じていた。

「此所を退去する。至急バイオトリケラの大毅を率い都に戻れ」

〝追捕使殿、面妖な物言いは承伏しかねまする。海賊衆を跳梁跋扈させてはおけませぬ〟

「わからぬのか、奴は吉備火車(きびのかしゃ)、またの名を温羅(うら)という異国(ガイロス)の鬼だ。虎狼の眼を持ち口から火を噴き山を焦がし、空中を飛ぶという『鬼の城』より飛来した怪物に相違ない。五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと)によって退治されたものの、十数年に亘って大和を祟った悪神、我らやバイオゾイド如きの大毅で敵う相手ではない」

〝面妖な物言いは承伏しかねまする〟

 傀儡の土魂は、好古の言葉も意に介せずバイオトリケラの待つ馬場に向かい歩き出し、引き留めようにも鋼の身体は留まることなく進んでいく。身体を寄せて抑えていた好古も、終いには惟幹の姿を見送った。

「心を持たぬ者が、ゾイドをまともに操れるはずも無かろう」

 金属の軋みを起てて歩んでいく傀儡の背中を一瞥し、好古は車宿に向かって駆けだしていた。

 

 繭より生れ出たアーカディアはしかし、凶悪な風貌と異なり、巨大な肢体が緩々と動くのみであった。展開した翼も羽搏かず、ただ静かに須岐駅を前にして佇む。

「末端への情報伝達処理に大幅な時間差が発生しております、これでは満足な戦闘は出来ません」

 アーカディア頭部の艦橋内で、操作盤を睨み付けながら佐伯是基が告げる。

「やはりそうか」

 複数のゾイドコアを接続した場合、干渉する可能性はあった。超個体ゾイドは、未だ個体としての統一性を欠いていたのだ。

「稼動可能な動作と使用可能の武器は何だ」

「単純歩行と、磁気反発装置(マグネッサーシステム)による飛行です。コアの同調が不安定なので、ビームスマッシャー、プラズマ粒子砲、ニードルガン、重力砲、ツインメーザー全て使用不能。チタンクローにしても四肢が自由に稼動せねば役立ちませぬ」

木偶(でく)か」

 純友が軽く鼻息で哂う。同時に、艦橋を鈍い振動が襲った。

 ザバットの群れが急降下爆撃を敢行する。抱いた誘導弾を次々と放ち、緩慢な回避運動しかできないアーカディアに殺到したのだ。急降下からの機体引き起こしに加え、両翼に装備されたレーザーガンを果敢に撃ち込んでいく。

「ウィングバリアーはどうした」

「作動しておりますが、まだ出力が上がりません」

 黒い機体の各部より、爆発の火花と硝煙が昇る。精密性に欠く無人機であっても外すことが難しい程、標的は巨大であった。

 爆発音を掻き消し、藤原三辰の声が艦橋に響く。

〝ストームソーダージェット、及びウルフの出撃準備、完了しました〟

「待ち兼ねたぞ」

〝ジャイロリフターと過燃焼装置(ターボブースト)の装備に手間取りました〟

〝紀秋茂、発進準備完了〟

〝小野氏彦、同じく準備完了にて〟

〝津時成、行けるぞ〟

(くせ)のある連中だが、ゾイドでの空中戦は初めてだ。三辰、助力を頼む」

〝頭、いや、船長。見縊られては困る〟

 割り込んだのは津時成であった。

〝陸戦用ゾイド改良であれば支障はない。これが此奴等にとっての初陣、存分に撃ち落としてくれる。それよりも『アクアコングの強襲、今度こそしくじるな』と文元達に念を押してくれ〟

「頼んだぞ。是基、格納庫の扉を開けろ。俺もアクアコングで出る」

 

 無数のザバットの急降下爆撃に晒され、全身硝煙に覆われたアーカディアの胸の中央がゆっくりと開いていく。格納庫内部より、マグネッサーシステムとは異なるローターの回転音が響き始めた。露払いに飛び出したストームソーダージェットにより、忽ち3機のザバットが切り裂かれる。後続の機体に合図し、翼を振る。

 ジャイロリフターのローター作動音が響く。格納庫の陰より、三機の飛行体が現れた。濃紺に、下面を白く塗り分けられている。頭部風防はコマンドウルフにも似ているが、機体全体が流麗な流線型となっている。機体両脇には銃架が設置され、後部には大加速を生み出す噴出口が二基装備されていた。機体を大きくヨーイングさせ、三機の濃紺の狼が宙に放たれた。

〝エアウルフ、出撃〟

 

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