『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第九部「ジェネシス」 作:城元太
酷く怯える使者が差し出した書状を、小次郎は破らんばかりに強く握りしめた。
「国衙の書状には何と」
「謀られた。後任の武蔵守
皺の寄った文書を四郎将平に手渡すと、遠く下野の方角を睨んでいた。
高木兼弘の医術所に、上野介藤原尚範の使者が
「天慶二年 師走 廿六日 備前介子高、摂津国須岐駅に於いて、前伊予掾にして海賊首領藤原純友率いる要塞級ギルベイダー及び飛行型ウルフ、アクアコングに包囲さる。
廿七日 下総豊田郡の武夫(≒武士)、平将門並びに武蔵権守五位下興世王らを奉じて謀反し、東国を慮掠すと、信濃国の飛駅奉ず。
廿九日 信濃国言す。村雨ライガー麾下ゾイドを附して、上野介藤原尚範・下野守藤原弘雅・前守大中臣定行を追い上ぐるの由なり。同日勅符を信濃国に賜い、まさにゾイドを徴発して境内を備え守るべきのこと。諸陣、三関(不破、鈴鹿、
記述から、小次郎は公儀により、純友と同列の謀反人と認識されていると判断できる。疑念を濯ぐには逃げ延びた国司達を全力で呼び戻し、印鎰を返還する必要がある。
だが、眼前で身震いして控える官吏を見下ろし、小次郎は思っていた。
――これがあの傲慢不遜だった上野国衙の役人なのか。
良兼の末期を看取る為、妻子と共に赴いた際には解文だけを寄越し門前払いした国衙が、今は管理者の象徴たる印鎰を下級官吏に委ね差し出している。
――この様な国司によって民に幸が得られるのだろうか。
国衙の前で小次郎に統治を願った上野の民を思い出す。不死山噴火の後始末もせず、それどころかバイオヴォルケーノに乗った権介藤原
――誰かがこの状況を破らねばならぬ。今の俺の威を以てすれば、それは容易い。興世王の謀略に乗せられるのは癪だが、好機と取るべきかも知れぬ。
幾多の符合が、破滅の淵へと小次郎を誘っていく。
「四郎、俺はこれから宮鍋に行く。暫し桔梗を頼む」
「お待ちください兄上。まさか大それた考えをお持ちではないですか」
鋭い観察眼を持つ弟の諫言を無言で躱し、小次郎は村雨ライガーに向かう。途中馬場で整備を行っている郎党に命じた。
「下野にいる全軍に、俵藤太への警戒を解き上野国衙に結集せよと伝えよ。加えて相模の六郎、七郎を呼び戻せ」
小次郎が見上げる蒼穹の先、軌道エレベーターのケーブルが天空に伸びていた。
闇の中、燐光を放つ骸骨竜の姿だけが浮かび上がる。
【バイオメガラプトル・グリアームドの転送完了。ディオハリコンの損耗率、許容範囲内】
【
【ハイゼンベルグ・コンペンテーター正常稼働、転送による体積及び質量の欠損を認めず】
【要塞級ギルベイダーは淡路方面へ高度を上げて飛行中、監視を継続する】
【不死山のスコリアよりパイロバキュラムを検出との報告。地中にて流体金属反応、バイオリーチングによるクリムゾンヘルアーマー自己増殖中。これは我らの管理下にある物質ではありませぬ】
【火山脈の鳴動依然継続。熱源、ゾイドコアと認む】
【オーガノイド・モルフォゲンを確認。成長形態、依然不明】
【土魂具足整備完了。藤原子高は小野好古と接触。グリアームドの再出撃可能】
【平将門の軍勢に動きあり】
【報告】
【下総・常陸・下野より麾下のゾイド部隊が上野国衙方面に向かい進軍、相模よりも小部隊が出撃】
【宣旨を下し要害十五箇所に
【ギルドラゴンの出陣をジオステーションに要請】
【幣帛使、及びハイゼンベルク・コンペンテーター準備完了】
骸骨竜の燐光が一際強まり、瞬時にして掻き消えた。
胴体後方磁気振動システム脇に並んだ噴出口から、六列の炎の柱を放ち、黒い怪竜は鏃となって蒼穹の彼方へ上昇を続けていた。空の青はいつしか薄紫となり、やがて極冠地域に赤と緑の極光を望む宇宙の渚に達する。
重力という惑星の柵を離れ、海賊衆の自由の海に漕ぎ出さんとした間際、怪竜の上昇速度が急激に衰えた。
乗り組んだ海賊衆達を押さえ付けていた重力加速も減退し、垂直上昇不能となった怪竜は、自動航行装置により水平飛行へと移行する。重力の井戸に捕らえられ、静寂な虚無の空間を慣性に任せ漂うほかなかった。
「機関、推力が第二宇宙速度に達しない。状況を知らせよ」
アーカディアの艦橋に、佐伯是基の悲痛な声が響く。
〝クラスターコアの共振不安定が原因です。ゾイドウィルスをベクターとしたコアの統合と調整には、まだ猶予が必要でした。惑星Ziの重力圏の突破は、現状では不可能です〟
艦橋に落胆の嘆息が漏れる。船長席で宇宙の渚を望んでいた純友は、是基に通じる伝声器を取る。海賊戦艦の船長として、艦橋内に響き渡る声で応じる。
「稼動実験も無しに、アーカディアの巨体を衛星軌道まで上昇させることが出来たのだ。それに狐火を放つバイオゾイドを討ち漏らしてきた無念もある。地上を離れるにはまだ早かっただけの事。
良い機会だ。このまま坂東へ飛び、平将門を驚かせるのも面白いではないか。さしもの坂東武者も、このアーカディアを目にすれば腰を抜かすぞ」
艦橋内に失笑が漏れる。伝声器の向こう側で安堵する是基の姿が窺えた。
〝では、針路を坂東に取ります。彼の地であれば、この巨体を休める場所もあるでしょう〟
「楽しみだ。あの男にまた会えるのだからな」
次第に高度を下げていくアーカディアの眼下に、緑に覆われた雄大な東方大陸の全貌が横たわる。純友は、坂東の北西に渦巻く雲海を見止めた。
「是基、坂東の北西の海上に野分(=台風)が発生しているようだが、大事無いか」
〝野分の暴風など物の数ではありません。寧ろ機体を隠す絶好の隠れ蓑となります〟
「そうか、任せた」
視線を前方に戻し、人知れず唇を噛み締める。
(必ず宙に戻って来る。そして神を討つ)
純友は、惑星の描く青い弧を見つめていた。
弧の境界に白い翼が現れた。
「前方に何かいるぞ」
艦橋にいる全員が、純友の指差す先を見つめる。白い翼の先端で、青い光が輝く。
純友が叫ぶ。
「回避、ビームスマッシャーが来る」
青い光輪が、艦橋間際の宇宙空間を掠めて飛び去って行った。アーカディアと同型の巨大要塞型ゾイドが虚空に浮かぶ。異なるのは頭部にドラゴントライデントを備え、全身が螺鈿色に輝いていることだった。
「遂にギルドラゴンを出撃させたか」
天空龍ギルドラゴンが惑星光を下面から受け、アーカディアの前に立ち塞がっていた。
中型ブロックス、レオゲーターの獅子形態より降り立った六郎将武は、凛々しい少年武者に成長していた。
「お久しぶりです小次郎兄上。下総での御活躍は兼々聞いていました」
元服を終えていた弟に幼さは消え去り、粗削りであるが坂東武者の片鱗を覗かせる。
「下総から声が掛かるのをずっと待っていました。これらブロックスゾイドは、良文叔父からの手向けだそうです」
同じく、翼竜形態のディメトロプテラより七郎将為が身を翻して降り立つ。鎌輪の営所で別離して以来の再会に、小次郎は時の流れの早さを噛み締めた。
「叔父上と母上は御健勝か」
「母は多少耳が遠くはなりましたが、日々朗らかに過ごされ、叔父も相変わらず凱龍輝にて海賊や群盗討伐に奔走しておられます。微力ではありましたが、私たちもこのゾイドに乗り、忠光兄のディスペロウ、忠頼兄のエヴォフライヤーと共に駿河、遠江、伊豆にて群盗鎮圧に出陣しました」
レオゲーター、ディメトロプテラの風防に誇らしく提示された九曜紋は、平良文の守護である北辰と太極であり、幾多の戦を重ねてきたことを示していた。
「それで、三郎兄達は何処に」
「皆間もなく此処に到着する。久方ぶりに兄弟が揃うのだ、楽しみだな」
自然に笑顔が零れた小次郎は、この時陸奥に下向した末弟八郎将種を思い返していた。幼かった八郎も、父良持が陸奥に遺したブレードライガーを乗りこなしているかもしれない。信頼に足る兄弟たちに囲まれ、いよいよ小次郎の意志は固まっていった。
「して兄上、此度はなにゆえ兄弟郎党集まってのことですか」
小次郎が村雨ライガーを背にする。
「
除目とは、官制大権を有する天皇のみが行える任官儀礼である。小次郎が除目を行うとは、天皇の地位に就くことを示す。それはもはや、言い逃れの出来ない叛逆行為である。村雨ライガーの背後に、エレファンダーの影が垣間見える。空の一角が鉛色の積乱雲に覆われている。
坂東に野分が近づいていた。