俺は飛んでいた。正確には落とされたんだ。身体を重力以外の何にも預けられず、無力に地面へ引きずられる。俺を放り出したあの機械は、俺が落ちたことなんて御構い無しに、俺が落ちることなんて考えもせずに回る。ごうごうと火を噴いて決められた軌道を走る。ぎらりと光って回る頭が俺に迫る。それは力任せに振り抜かれて・・・!!
「っはあ!!!」
激しい身体の緊張と自分の声にならない叫びで、俺は目を覚ました。しばらく何も考えられず、さっきまでのことを思い出そうとする。けど断片的にしか思い出せない。心臓が破裂しそうなくらいばくばく音を立てて、額から首元まで汗だくだ。
「ゆめ・・・か」
嫌な夢だった。自分が死ぬような夢は吉兆だなんて言う人もいるけど、目覚めは最悪だ。なんであんな夢見たんだ?こんな、ワケ分かんないところで寝てたからか?
全く見覚えのない広い机に、見覚えのない柔らかな椅子、見覚えのない階段に見覚えのない本棚、見覚えのない高い天井。ざっと見渡した感じ、どうやら図書館みたいだ。けど俺以外に人は一人もいなくて、窓から差し込む陽の光が寂しく揺れる。静かで荘厳な雰囲気があるが、同時に不安にもなってくる。こう広いと落ち着かない。
「んっ・・・!」
頭をはっきりさせるために一つ伸びをして、俺は席を立った。いま何時だ?腕時計で時間を確認しようと左腕を見ると、また見覚えのない機械が腕時計があるべきところに巻き付いてた。画面には今の時間が表示されてるが、もう時間よりこの機械の方が気になる。ちょっと触ってみると、どうやらタッチパネルになってるみたいだ。
「おおっ、すげ。なんだこれ?」
登山者やダイバーが使うような、歩数カウントや標高表示、タイマー機能とコンパスと、色んな機能が詰まってる。かと思えば、暇つぶし用かなんなのかかなりクオリティは低いけどパズルゲームも出来るみたいだ。さらにいじってたら、俺の顔写真と簡単なプロフィールが載った画面も出てきた。
『“超高校級のパイロット” 雷堂航(らいどうわたる)』
見たことない機械をいじってしばらく時間を忘れてしまった。いかんいかん。えっと、俺はなんでこんなところにいるんだ?
「えっと・・・」
なんとか寝る前の記憶を呼び起こす。確か俺は、希望ヶ峰学園の入学通知が届いて、入学式に向かってたはずだ。それがなんでこんなところで寝てたんだっけ?全然思い出せない。ダメだな。ここで一人で考えててもいい考えは浮かばなさそうだ。取りあえず、外に出てみるか。
自動ドアになってる入口には、本を勝手に持ち出されないように改札があった。腕の機械に反応して通れるようになったってことは、この機械とこの建物は関係してるってことか。妙な感じだ。
「んー、どこなんだここ」
図書館を出るとまだ建物の中だった。どうやら図書館はこの建物と併設されてて、建物の方に行くこともできるけど、横道に逸れて狭い廊下を進むこともできる。そっちの方がなんとなく気になったから、そっちを先に探索してみることにした。
陽射しを取り込んで照明代わりにしてた図書館と打って変わって、こっちは狭いし暗いしなんとなく息が詰まりそうな気がする。間接照明の色が青かったり紫だったりで、いくつかの個室に分かれて部屋が存在してる。一つの部屋を覗いてみたら、ソファと小さいテーブルとカラオケマシーンが設置されてた。どうやらカラオケボックスになってるらしい。
「図書館の横にカラオケって」
一人で何もない部屋に突っ込んだ。最も静かであるべき空間の真横に最も騒ぎ立てる空間を設置するなんて、なんかの皮肉か当てつけか?よく見たら奥にドリンクバーまである。カラオケは何度か行ったことあるけど、どの部屋からも何の音も聞こえない。これはこれで結構不気味だな。
「ん」
もしかしたら誰かいるんじゃないか、と思って個室の中をこっそり覗いて見てると、一番奥にある個室の中で何か動く影を見つけた。中が暗くてよく見えない。けど、確実に誰かがそこにいる。こんなわけのわかんない場所で、やっと人を見つけられた。俺はろくに考えもなく、扉を開けて中に入った。
「!」
「?」
俺が入った瞬間、その人は少しだけ身が強張った気がした。お互いに無言のまま動かない時間が続いて、ほんの数秒だったと思うけど、何分もそのままだったような気がした。
およそカラオケボックスには不釣り合いな、いかにも職人って感じの見た目をした人だ。ほとんど坊主の頭に捻り鉢巻をして、紺色の作務衣を着てた。がっしり足を開いて座り、腕を組んで袖口から筋肉質の腕が覗く。座ってても分かるくらいに身体がデカくて、たぶん2mくらいはある。
「あ・・・失礼。使ってましたか?」
「・・・いや」
相手を観察してて冷静になってきたが、カラオケでいきなり知らない奴が入ってきたら困惑するに決まってる。取りあえず謝っておいたけど、言葉短に返された。カラオケでただ座ってるだけだし、物静かな人なのか?
「あの、ちょっと伺いたいことがあるんですけど、ここってどこなんですか?俺、気が付いたら向こうの図書館にいて何も分からないんです。あ、俺、雷堂っていいます」
「・・・」
「え〜っと、確か俺、希望ヶ峰学園ってとこに行こうとしてたはずなんですけど、ここって希望ヶ峰学園ですか?それとも俺何か間違えてるんですかね?」
「・・・少し、黙ってくれ」
矢継ぎ早に質問する俺に、その人は冷静に一言返した。冷静さを欠いてあれこれ質問したって、この人だって俺と同じ状況かも知れないし、知ってても答えに困る。よく考えたら最初にいた場所を動くのもあんまり賢明といえる判断でもない。俺としたことが焦ってたみたいだ。それに引き替え、この人はどうやらカラオケボックスから動かず、じっと考え混んでるみたいだ。俺よりずっと冷静に行動してるじゃないか。
「なにがなんだか分からんのだ。助けてくれ」
冷静じゃなかった。むしろパニック一歩手前だった。薄暗いから分からなかったがよく見ると顔は血の気が引いて目が泳いでた。嘘だろ。このガタイで、この見てくれで、カラオケボックスにいただけでパニクるのか?
「えっと、落ち着いて。取りあえず、名前教えてくれないか?」
「あっ・・・いや、うぅん・・・」
ダメだこりゃ。しっかりしてそうな見た目とは裏腹に、かなりナイーブらしい。自分の名前すらまともに言えないくらいには慌てふためいてる。取りあえず、ドリンクバーからお茶を持ってきてその人に差し出した。それを飲むまでにも結構時間がかかったが、一口飲んで、ようやく落ち着いたらしい。
話を聞けば、どうやらこの人もこのカラオケボックスで目を覚ましたらしい。見知らぬ場所にいてパニックになり、その場から動けずにいたら俺がやってきたらしい。個室の電話で助けを呼べばよかったのに、と思ったが人がいないから意味ないし、そもそもカラオケに行ったことがないから分からなかったという。
「すまない、世話になった。俺たちはどうやら全く同じ立場らしい」
「全く、か。起きたら知らない場所にいて、二人とも希望ヶ峰学園に入学するために学園に向かったっていうのは同じだ。ああ、俺、雷堂航だ。“超高校級のパイロット”で入学した。よろしく」
「パイロット?高校生でもなれるのか?」
「17になれば自家用機の資格は取れるんだ。実際のフライトはあんまり経験ないけど、操縦桿握ったことはある。コナミ川の奇跡って知ってるか?」
「ああ。墜落しそうになった飛行機を川に不時着させたというあれか。確か日本の高校生が操縦したとか言っていたな」
「正確には、ハイジャックしようとした奴のせいで機長も副機長も操縦ができなくなったから、とっさにって感じだけど」
「それで“超高校級”か。この上ない誉れではないか」
「ははは、ありがとう」
会話をするうちにだいぶ打ち解けてきて、ついクセで敬礼なんかしてしまった。話してた内容は事実だけども、変な奴と思われたんじゃなかろうか。まあ、ぶっちゃけ俺もこの人のことは変というか、変わった人だとは思う。だって作務衣だぞ?
「そういえばまだ名前聞いてなかったな」
「ああ。まあ一応、包み隠さず言うが、笑わないでほしい」
『“超高校級のジュエリーデザイナー” 鉄祭九郎(くろがねさいくろう)』
「ジュエリー、デザイナー・・・?」
笑わないでくれ、って言った意味がなんとなく分かった。この見た目で、なんだその肩書き?ジュエリーデザイナーってもっと華奢で着飾った女の人がやるもんだと思ってた。まあ俺の偏見だと言えばそれまでなんだが、それにしても鉄の見た目でそれは似合わない。なんでそんなことになったのか理由が気になる。
「似合わんだろう。当然だ。俺は元々鍛冶屋だ」
「鍛冶屋って、あの刀とか造るあれか」
「ああ。実家の鍛冶の手伝いの合間に、姉の副業を手伝っていたら、そっちの方の“才能”で呼ばれてしまった。家名を広めるために受けはしたが、覚悟が足りなかった・・・!」
「いや、まあ意外と言えば意外だったけど、いいじゃんか。ジュエリーデザイナーだろ?鉄が造ったアクセサリー付けてオシャレしてる人がたくさんいるんだろ?良いことじゃんか!」
「俺は女の飾りより、日本が世界に誇れる刀を造りたいのだ。女の人気など興味がない」
「刀は刀でそれなりに人気あると思うけどな、今は特に」
まあ気持ちは分からんでもないが、不本意だとしても“超高校級”と呼ばれる“才能”なんてすごいじゃんか。欲しくても手が届かない人なんて世の中にごまんといるはずなのに、それで不平を言うのは贅沢ってもんだ。説教する気はないから言わないけど。
「そんなことより、ここが何処かだろう」
「このカラオケを出ると図書館ともう一つ建物があるんだ。俺は図書館の方は見たけど、誰もいなかった。ここに鉄がいることも意外だったんだ」
「ということは、そのもう一つの建物にも人がいるかも知れないな」
「探してみるか?」
「ああ、行ってみよう」
このままここでじっとしているわけにもいかないから、鉄も二つ返事で承諾した。メンタル的には脆いが、立ち上がるとやっぱり鉄はデカい。腕っ節もあるみたいだし、物理的に頼れる奴を仲間にできた。同じ境遇の人がいるってだけ以上に、ここから先は心強いな。
鉄と一緒にさっき来た道を戻って、また図書館ともう一つの建物の間に来た。図書館の方は相変わらず太陽光が差し込んでキレイだ。一方でもう一つの建物の方は、大理石の白い床が広く、天井には豪華なシャンデリアが煌めいてた。真っ正面に大きな自動ドアの出入り口がついてて、そこから先は外になってる。記帳台や公衆電話、アンティークなランプが並ぶカウンターも大理石でできてて、ぱっとみてそこが何の建物なのか分かった。
「ホテル、だな」
「間違いないな」
それも高級なやつだ。リゾート地にあるようなものというよりは、大都市にあるしっかりした一流ホテルみたいな印象を受ける。やっぱりカウンターには誰もいなくて、公衆電話は小銭を入れるところがない。誰かと連絡を取ろうと思ってもできないようになってるみたいだ。カウンターを調べてみたが収穫は何もない。カウンターの反対側、俺たちが入ってきた方から見て左手に、レストランがあることくらいは分かった。
「図書館とカラオケとレストラン付きのホテルか。ずいぶんと立派だな」
「こっちにトイレがあるぞ。普通ホテルのフロントにトイレなんか付いてるか?」
「客以外に貸す為だろう。気前がいい」
「こんなホテル来たら絶対忘れないはずだぞ。ホントにここどこなんだ?」
思わず考えこんでしまうけど、それでもやっぱり答えはでない。鉄もこの状況をなんとか説明しようと考えを巡らせてるみたいだけど、すぐに混乱して諦めてしまう。ワケ分かんなすぎるな。
「いっそ外出てみるか?そうしたら人がいるかも知れない」
「これだけのホテルに俺たち以外に人がいない時点で、外に人がいるかどうかも怪しいな・・・。そもそも外に人がいても、日本とは限らない。俺は英語は話せんぞ」
「俺は多少・・・っていや、たぶん日本だろ。公衆電話の説明書きが日本語だ」
「本当だ」
心強いと言ったが、あれは嘘だ。物理的に明確な危険でもない限り、この鉄という男はあんまり役に立たないみたいだ。一人よりはマシだが、頼れるってわけでもない。俺がしっかりしないとダメだな。これじゃ一人の時とあんまり変わらないぞ。
ホテルのフロントをあらかた調べ終えると、次にどこを探索しようかの話になった。ホテルということは客室があるはずで、鉄みたいにそこに誰かいるかも知れない。フロントに併設されてるレストランも、一応探してみる必要がありそうだ。後は外に出て助けを呼ぶくらいだが、外に人がいる保証はないし、下手したら俺たち二人とも不法侵入で警察かなにかの世話になるかも知れない。いつの間にか、ここが希望ヶ峰学園だっていう選択肢は消えてたが、ホテルがある時点で学園じゃないだろう。
「外に出た方がまだ可能性があるかもな。少ししてから戻ってくれば、客室に誰かいても降りてきてるかも知れない」
「そうだ・・・ッ!!」
「ん?どうした鉄・・・ッ!!?」
ようやく次の行動がまとまりかけたその時、鉄が外を見て硬直した。見てはいけないものを見てしまったように目を見開いて、変な汗をかき始めた。何事かと思って俺も同じ方向を見たら、予想外の光景に心臓が握られたように身が強張った。
二層の自動ドアがある入口のガラスの向こう側から俺たちを見つめていた。あれは白衣か?それに片目が隠れるくらいに伸びた黒い髪が揺れて、大きいメガネの奥から吊り上がった目で狙われていた。しかも薄ら笑いを浮かべてるから余計に怖い。
「ゆ、ゆゆゆ、ゆ・・・幽霊・・・!?」
「お、落ち着け鉄!あれは人間だ!足がある!」
「いやしかし長い髪に白い服ときたら幽霊しか・・・」
「幽霊っぽい人間だ!こんな真っ昼間からあんな分かりやすく出てくるわけがない!」
俺と鉄が怖じ気づいて動けずにいると、幽霊女は自動ドアを開いてホテルに入ってきた。コツコツとハイヒールの音がロビーに反響して、その女は俺たちの前で立ち止まった。細身でスラッと足が伸びていて、本当に幽霊みたいだ。
「幽霊、か。フフフ・・・ずいぶん失礼なことを言ってくれるな」
「聞こえてた!?」
「ガラス一枚しか隔てていないのにあれだけ大声を出せばな・・・さっきはいなかったなお前たち。何者だ?どこから現れた?」
「お、俺たちは気が付いたらあっちの図書館とカラオケにいたんだ。ここがどこかは分からない・・・」
「気が付いたら。どこか分からない。フム・・・お前たち、もしかして希望ヶ峰学園の生徒か?」
「なっ!?なぜそれを・・・!?」
「フフフ・・・単純な推理だ。実は私も気が付いたらそこのフロントで寝ていてな。ここがどこか分からない。そして私とお前たちは年齢も近そうだ。故にそれ以外にも共通点があるのではないかと思っただけだ。この機械も二人とも装着しているようだしな」
「ってことは、あんたも同じなのか?」
「状況を把握しようと外を探索していたところだ。戻ったら見知らぬ男が2人も現れていたから、しばし様子をうかがっていた」
「うかがい方が怖いって・・・あんな化けて出たみたいに見てなくてもいいんじゃ」
「そんなつもりはなかった。だが見た目が恐怖心を煽るとはよく言われる」
俺はまだしも、鉄は完全にこいつにビビってるじゃんか。話した感じ、やっぱり変わり者ってだけで悪い人間じゃなさそうだ。それに俺たちと状況は同じだし、どうやら希望ヶ峰学園の生徒っていうのも同じらしい。この人も“超高校級”の“才能”を持ってるのか。
「では自己紹介くらいはしておこう。私は荒川。この世の真理を追究する王道にして外道の科学者だ」
『“超高校級の錬金術師” 荒川絵留莉(あらかわえるり)』
「れ、錬金術師・・・?」
「ああ。誤解のないように言っておくが、全身生身だ」
「どういう誤解すると思ったんだよ!」
「科学者なのに、肩書きは錬金術師なのか?」
「なんだ、知らんのか?現代科学の発展は錬金術無しには語れんのだぞ。目的こそ荒唐無稽だが、その研究技術と実験の数々は賞賛するべきものばかりだ。世に言う天才たちが、各々の信じる技法で神の所業を目指したのだ。素晴らしくないわけがあるまい」
「天才って」
「私は私の信じる方法で、私の目的を果たすために実験を重ねている。あまり賛同は得られないがな。故に王道にして外道だ」
「よく分かんないけど、とにかく頭良いんだな」
「雑にまとめてくれたな」
難しい話について行けなくなってきて、取りあえず自分に分かる形で納得することにした。錬金術なんて怪しい肩書きではあるけども、科学者ってことでいいんだよな?希望ヶ峰学園なんだしそういう生徒がいてもおかしくはないと思うけど、“超高校級”なんて呼ばれるくらいだからやっぱり一癖も二癖もあってアクが強い。ついていけるか心配になってきた。
「外を調べて来てくれたのか?」
「お前たちのためではない。私が気になったからだ。結果を話すと、まず外に出てもここがどこかは分からなかった。ホテルを出てすぐ屋根付きの駐車場があって、そこに乗り物が停めてあった。柵がついた3輪のセグウェイのようなものだ」
「セグウェイなんかあるのか。ってことはやっぱり誰かいるのかな」
「というより、まるで私たちのために用意されたようだったな。台数が17台と中途半端だ。おそらく、私たちと同じ状況の者たちがあと14人いるのではないか?」
「そんなにか?どこにいるんだ?」
「あくまで予測だ。いるかいないかは探してみないと分からない。箱の中の猫が生きているか死んでいるかは、蓋を開けるまで分からないのだ」
乗り物が17台も用意されてるなんて、それも俺たちのためだなんて、おかしな話だ。だって俺はここに来た覚えがない。鉄や荒川の話を聞いても、ここは全員にとって見知らぬ場所だ。なのに俺たちがいることが当たり前かのように物だけは存在するなんて、奇妙だ。
「外にも手掛かりがないとなると、いよいよどうしていいか分からなくなってくるぞ」
「客室を探せば良い。14人もいるならそこしかない」
「外の世界は無限に広がっている。時間はかかるが探せば人がいるはずだ」
見事にバラバラだ。まとまりがないのは俺も同じだが、こんな状況で意見が割れたらどうしたらいいか分からない。だんだん不安になってきた。どうしたらいいんだ。
「ん?」
「どうした?」
「いや、これは・・・油の臭いだ。それににんにくの臭いもする」
「確かに。レストランの方からだ」
荒川と鉄が鼻をひくつかせながら、併設されたレストランに目を向けた。俺も臭ってみると、確かに香ばしくて食欲をそそる良い香りが漂ってる。そこでやっと腹が減ってきていることに気付いた。こんな時でも腹は減るのか。でも、さっきまでしてこなかった臭いがしてきたってことは、レストランに誰かいるってことか。しかもにんにくとか油の臭いってことは、料理をしてるってことだ。
「決まりだな」
「ついでに腹ごしらえができれば言うことなしなのだが」
「っていうかレストラン使ってるってことはこのホテルの人ってことだろ?よかった、助かった!」
満場一致で臭いを辿ってレストランに入っていく。いくつものテーブルが並び、椅子がキレイに整列してた。テーブルクロスには染み一つなくて、燭台のろうそくは今は消えてる。ど真ん中のデカいテーブルは、たぶんバイキングをするときに大皿を置くところだろう。壁際の花飾りや大人っぽい雰囲気のする絵画、バーカウンターに並んだビンやグラスの色合いが美しくまとまっていて、このホテルの高級感に負けない気品にあふれていた。
臭いを辿ると客席を通り過ぎて、奥の厨房から漂ってきてた。仕切りの向こう側を覗くと、厨房が広がっていて、冷蔵庫やオーブンや流し台なんかが所狭しと並んでいた。壁際の一角にコンロが5つくらい並んでて、その真ん中は使用中だった。大きくて黒い中華鍋の中で、金色の米と色とりどりの具材がまるで踊るように跳ね回っていた。丸いお玉で調味料やスープを流し込む度に、蒸気と共に香ばしい臭いと心地良い音が厨房に広がる。その鍋を振るう人は後ろ姿しか見えないけど、後ろで結んだ尻尾みたいな髪の毛が鍋の動きに合わせてひょこひょこ揺れていた。
「人がいた。料理してるぞ」
「けしからん・・・実にけしからん。香りだけでこれほど食欲をそそるとは、なんという腕前だ」
「い、いかん。腹が鳴る・・・」
臭いでギリギリ我慢してたのに、鍋の中の食材と音を直に見聞きしたせいで、俺たち3人の腹は限界を迎えた。ぐうぅ、と情けない音が鳴った。その瞬間、鍋を振っていたその人がこっちを振り向いた。そして消えた。
「あっ・・・んむっ?」
「はむっ!?」
「おむっ!?」
消えた、と思った次の瞬間には、俺たちの口に一つ一つおにぎりが詰め込まれていた。柔らかく握られた米がふわふわで、ちょうどいい塩気に自然とよだれがあふれる。ぱりぱりの海苔の香ばしさが塩気と調和して、おにぎりを食べていると認識するより先に咀嚼してた。
「腹減ってんだろ?食いな」
「うっ・・・!うまあああっ!?」
「美味い・・・!こんな握り飯はじめてだ・・・!!」
「素晴らしい。これはいいものだな」
「うめえだろ?悪いな、今は3人分だとおにぎりしか用意できねえんだ」
そう言うと、その男は中華鍋から皿に中身を移した。盛りつけまで完璧な炒飯ができあがった。急須からお茶を淹れ、レンゲを添えて完璧に仕上げたその炒飯を、そのまま厨房で食べ始めた。
「なかなか良い食材がそろってるぜここ。火力もばっちりだ。料理ってもんを分かってるな」
「ごちそうさま。ありがたい。これほど美味いおにぎりが食べられるとは思わなかった」
「へへっ、オレを誰だと思ってんだ?美味えもんは死ぬほど食った!我流の料理術も編み出した!誰が呼んだか“超高校級”!美味い飯作るのなんて朝飯前だぜ!」
『“超高校級の美食家” 下越輝司(しもごえてるじ)』
「朝飯も作らなければ食べられないからな」
「あ?そっか、じゃあ飯作るのなんて朝飯の一部だぜ!」
荒川が変な指摘するからよく分からないことになった。自分から名乗ってくれたのはありがたいけど、つまりこの男も希望ヶ峰学園の生徒ってことか。ってことはやっぱり俺たちと同じ状況なんじゃないのか?
「そういえばあんたら誰だ?」
「知らない人におにぎり口に突っ込んだのか!?」
「腹空かしてるのに知ってるも知らないもあるか!飯は人を差別したりしねえ!」
「俺たちはついさっきこのホテルの別々の場所で目を覚ましたんだ。お前もそうなんじゃないのか?」
下越に俺たちが合流するまでの経緯を簡単に説明した。そして下越の話を聞くと、やっぱり同じようにこのレストランで目を覚まして、腹が減ってたから取りあえず炒飯でも作って気を落ち着かせようとしてたらしい。取りあえずより後がよく分からないけど、同じ状況だっていうのは分かった。ホテルの関係者かと期待したけど、ここには高校生しかいないらしい。
「なるほどなあ。気が付くと知らねえ場所にいて、同じ状況の知らねえ奴ら。それで全員が初対面ってのは確かに妙だな。知り合いがいても妙だけどよ」
「お前適当にしゃべってないか?」
「これ以上はこのホテルにい続けても無意味だ。外に人を探しに行くか、手掛かりを探しに行くか。いずれにせよこのホテルから離れても問題ないと思うぞ」
「客室を探すという俺の案は・・・」
「私たちが目覚めた時間帯はおおよそ同じだ。ならば私たちと同じように数人で固まって行動を起こしている可能性が高い。つまり外に探索しに行って合流する方が効率的だ」
「確かにそうだな。それに、このホテルが具体的にどの辺にあるのかも分かるかも知れない。場所さえ分かれば、帰り道の宛ても出てくるはずだ」
「おい雷堂、何の話してんだ?」
「お前、今の会話について来られないのか・・・大丈夫か?」
一応外に行くってことで方向性が固まってきたっぽい。それにしてもこの集団をまとめるのは大変だぞ。鉄に荒川に下越、全員“超高校級”だからって個性が強烈すぎる。唯一まともなのは俺くらいか。本当に、切実に、まともな人を見つけたい。このままじゃ俺が気疲れする。
はあ、と深いため息を吐いたと同時に、腕に付けてた例の機械がバイブした。いきなりのことでまた鉄がびっくりして、冷蔵庫に頭をぶつけた。何かと思って画面を見ると、時間の表示から地図みたいな画面に切り替わってた。
「なんだこりゃ?こんなもんあったか?」
「私も気付いたら嵌めていた。高性能な機械のようだが、正体が分からないな」
「お、おい大丈夫か?今の何か・・・危険信号かなにかだったり」
「心配しすぎだろお前」
画面の表示は、三角形が赤い点滅に向かっている。周辺の地図が表示されてるらしく、指で摘まんだり広げたりしてみると広域を見たり詳細を見たりできた。携帯のアプリみたいなことか。4人とも自分の機械を見て首を傾げていると、ホテル内に変な音楽が流れ始めた。BGMとかじゃなく、何かの放送だ。
『オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!オマエラ!おはようございます!ただいま、地図に表示された場所に、至急集合してください!』
機械のような、それでいて悪意に満ちた声。聞くだけで不快な気分になる。それがあちこちに反響して、何回も繰り返される。地図で表示された場所っていうのは、この赤い点滅のことだろう。外に出ればどこだか分かるんだろうか。それよりも、このわけの分からない状況でいきなり聞こえてきたこの放送に従うべきかどうか、それが悩み所だ。
「よし、行ってみるか」
「早っ!?怪しいだろ絶対!」
「だってここにいたって何も分かんねえんだろ?どうせ外行くんだったら、この場所行ってみようぜ」
「丸っきり信用するのも危険だが、従わないわけにはいくまい」
「そ、そうなのか?」
「この機械の地図表示とアナウンスはほぼ同時だ。故にこの端末を遠隔操作している者と今の放送をした者は同一人物、あるいは近しい関係と推察できる。現在位置も割れているのに、これを無視をして何も行動を起こさないわけがない」
「下手なことはしない方がいいってことか」
「結局行くんだろ?行こうぜ。ああちょっと待った。鍋洗ってなかった」
「いやそれどころじゃないだろ今は!」
「片付けまでが料理だろうがァ!!」
「遠足みたいに言うな!」
不安げな鉄を説得して、鍋を洗う下越を待って、荒川の言う通りに地図の場所まで行くことにした。集合ってことは、俺たち以外にもやっぱり誰かいるってことなのか。せめてまともな人がいてくれますように。これ以上クセの強い人はいませんように。向かう途中、俺はそう願ってばかりだった。
キャラが濃いもん同士を絡ませると思わぬキャラの一面を見ることができて書いてる方も面白いです。どんなやつも人間らしい面を見るとなんとなくほっこりするものですね。