『I Need to Be in Love』(CARPENTERS/1976年)
We Need to Be in Killing
エルリさんは何をおもって、あんな言葉をのこしたんだろう。ボクたちのことをおこってたのかな。エルリさんを
だからきっと
「悩んでるみたいだね〜、スニフクン」
「!」
そんなボクにこえをかけたのは、モノクマだった。いきなりだったからびっくりしてとびあがったけど、
「
「辛辣辛辣ゥ!スニフクンってば、研前サンの前じゃ絶対そんな汚い口きかないのに、城之内クン相手やこんなときばっかりそんなこと言ってさ!逆に心開いてくれてるのかな?」
「
「うへえ、12歳のガキんちょにそんなこと本気で言われたら開いてた心にクリーンヒットだよ・・・!」
「
ボクはまたあるきだす。エルリさんがのこした言葉についてかんがえる。何かいみがあるはずだ。ただボクたちがコロシアイをするのが、エルリさんがいのちがけで伝えたかったことなわけがない。ここを出る、それが何よりだいじなはずなんだ。
「まあまあ、色々考えすぎてるスニフクンにアドバイスの一つでもしてあげようと思って来たんだから、そう邪険にするもんじゃないよ!」
「
「ろくでもなくなくないよ!あれ?ろくでもなくなくなくなくないよ!あれあれ?今どっちだ?」
「
「今のスニフクンが一人であれこれ考えても、荒川サンと同じ結論は出ないってことだよ!荒川サンはあることを知って虚戈サンを殺す決意をした。だからスニフクンも、そうなってみればいいってことさ!」
「そうなる?」
「うぷぷぷぷ♬
「
そんなバカなことするわけない。エルリさんが何をしったのか分からないけど、そんな
「・・・
自分でかんがえてて、おもわずこえが出た。どうしてエルリさんは、そのことをつたえなかったんだろう。
「うぷぷぷぷ♬気になることがあるんじゃないの?スニフクン!自分に素直になっちゃいなよ!知りたいんでしょ?明らかにしたいんでしょ?それがキミの“才能”の根幹だもんね!世界の全てを解き明かす数学者の“才能”!知的好奇心と論理的思考の塊だもんね!」
「うぅ・・・!」
なんでか
「だけど、そんなのどうやってしるんですか。エルリさんがどうやってしったかも分からないのに」
「おほっ!ようやく自分に素直になったね!まあその辺は色々頑張って探してみたりしたら?ボクはそこまで面倒見れないから!」
「
「それでも確実に、このモノクマランドのどこかにあるんだよ!荒川サンが知った真実ってヤツがね!うぷぷ!頑張って探してみてね!そのためにも良い子は早く寝るんだよ!」
「
それだけ言って、モノクマはまたどこかにきえてった。何しにきたのか分からないけど、ボクのきもちはモノクマが来るまえとあとではぜんぜんちがった。ボクはもう、エルリさんがしった何かをしらべようと
不必要なほど大きなベッドの上で、私は枕を抱きしめて一人考えに耽っていた。それは、このコロシアイの真相だとか、黒幕の正体だとか、荒川さんが遺した言葉とか、そんな大それたものじゃない。私だけの、個人的な気持ち。私だけの、身勝手な迷い。私だけの、独り善がりな感情。今からちょっと前に自覚して、それからちっとも消えることも高ぶることもなかった、この気持ちに、今になって私は頭を抱える。
私は、雷堂君のことが好き。それは友達以上の気持ちとして、愛おしいと感じている。あの人の笑顔、仕草、声色、指先に至るまでが、胸の内側を直接くすぐるような、心地よさともどかしさを私に与える。それは普通の感情なんだろうか。もしこの曖昧な感情を恋心というのなら、きっと私は罪深い。
「どうしたらいいのかな・・・もう、分かんないよ」
枕に顔を埋めて呟く。私のこの想いは、既に私だけの問題じゃなくなっている。雷堂君に向けられたこの想いは、常に周りを巻き込みながら、取り返しのつかない事態にまで発展していってしまった。つまり、恋敵が自然と排除されてきたってこと。それは私が望む望まないにかかわらず、私によって引き起こされる。私の、“超高校級の幸運”によって。
「自分が一方的に好意を抱いてる相手に近付く他の女を、自分が直接手を下さない形で排除できるなんて、便利な“才能”だよね。うぷぷ♬」
「!」
いつの間にか、ベッドの側にあるミニテーブルの上にモノクマが腰掛けていた。可愛い装飾のランプをどかして、お伽噺に出てくるゆで卵みたいに足をぷらぷらさせてる。くっくと笑うその口元は鋭く、私は警戒の意味を込めて思いっきり睨み付ける。
「そんな顔しても怖くないもんねー!だって研前サンはその幸運以外はただの女の子!どこにでもいるJKの一人だもんね!」
「・・・出てってよ」
「おーこわいこわい。研前サンの“才能”でまた運命が曲げられたらたまったもんじゃないよ。そのせいで、もう何人も死んでるわけだしね!茅ヶ崎サンを皮切りに!」
枕を抱きしめる腕に自然と力がこもる。そう。私の“才能”は幸運。でもそれは、誰かの犠牲を伴うという形でしか叶わない。それも、確実に私の都合の良いように事は運ぶ。例えそれが、無関係な誰かにとっての不幸でも、大事な友達の死でも、人類レベルでの損失でも・・・全ては私にとって幸運かどうか。それだけだ。
ただの偶然と片付けてしまうにはあまりにも都合がいい。あまりにも私至上主義的だ。だからこそ、希望ヶ峰学園が毎年選定するくじにも選ばれたんだろう。私の“才能”にとって、くじ引きなんて得意分野中の得意分野だ。
「あれは・・・」
「
「うるさい!出てって!」
「一つ一つは些細な偶然に見えるけど、それが積み重なった結果、最後に美味しい思いをしてるのはいつも研前サンだ!キミはいつも自分の手を汚さずに自分の都合の良いように運命をねじ曲げてきた!」
「・・・違う!私じゃない!そんなの違う!」
「それに、気付いてるんでしょ?それだけじゃないって」
「やめて・・・もうやめてよ・・・!!」
モノクマの声を聞かないように、枕と掛け布団に逃げ込む。それでも僅かな隙間から縫ってくるように、モノクマの声は私の耳に忍び込んでくる。聞きたくないのに、耳を塞げばそれでいいのに、それができないのはきっと心のどこかで私がそれを認めてるからだ。気付いてるからだ。それだけじゃないことに。
「どうして荒川サンが虚戈サンを選んだと思う?真実を話すだけなら虚戈サンじゃなくてよかったでしょ?自分の死を納得させることができるほどの真実なら、極サンみたいに覚悟を決められる人でもよかったでしょ?どうしてそうしなかったと思う?」
「はあ・・・!はあ・・・!」
「それはキミが、虚戈サンに嫉妬してたからだよ!」
「うぅっ・・・!!うううっ・・・!!」
嫉妬なんて歪んだ感情じゃない。羨ましいと感じただけだ。虚戈さんの無邪気さを。自分から人に近付いていける人なつっこさを。雷堂君との間にある関係性を。ただそれだけだ。虚戈さんがいなくなったって私と雷堂君の関係は変わらない。荒川さんが虚戈さんを選んだのは・・・彼女がそう判断したからだ。虚戈さんが適役だと。それはどうして?サーカステントを殺害現場に決めたからだ。どうして?考えついたトリックに打って付けだったから。どうして?・・・
「虚戈サンがいなくなれば、雷堂クンは心の支えにしていた人を失う。そうすれば自分が付け入る隙が生まれるとか考えたんじゃないの?」
「そんなこと・・・!」
「考えてなくても、ちょっとでも思うだけでキミの幸運は力を持つんだよ。それがキミの“才能”、キミの運命なんだよ!」
「でも・・・!!そんなの・・・!!」
「うぷぷぷぷ♬さてここで質問です」
追い詰められていく私を嘲笑うように、モノクマはまだ何か言おうとする。茅ヶ崎サンのことも、虚戈サンのことも、なんとか否定しようとするけれど、結局は同じ結論に行き着く。自問自答を繰り返しても、いつも答えは私の幸運だ。この幸運という名の呪いが、私を幸せにして、不幸にする。
「いま、雷堂クンと一番仲良くしてる女子は誰でしょう?」
「・・・!」
そうやってモノクマは、また私の幸運を弄ぶ。質問なんか聞く気なかったのに、考えるつもりもなかったのに、私はその問いかけに頭の中で応えてしまった。あの人の顔が、ほんの一瞬だけ、浮かんでしまった。
「うぷぷぷぷ♬さてさて、次はどんな幸運が舞い込むのかな?」
「いや!!ちがうちがうちがう!!こんなのちがう!!私はそんなこと望んでない!!」
「そんなことって、どんなこと?」
「・・・ッ!」
否定することもできない。心のどこかで僅かにでもそれを望んでしまえば、それは現実になってしまう。
「あーあ、これじゃ次の事件の被害者は決まったようなもんだね。つまんないや」
「ま、待って・・・!そんなのダメ・・・!もうこんなことイヤだよ・・・!」
「イヤって言われてもボク的にはウェルカムなんだけど」
「だけど・・・!止めないと!そんなこと止めさせないと!私、どうしたらいいのか・・・!」
なんで私は、モノクマなんかに頼ってるんだろう。こんなこと言ったって、モノクマがコロシアイを止めるようなアドバイスをくれるはずがない。だけど、一人で解決策なんか見つかりっこない。藁にも縋る気持ちで、満足して帰ろうとするモノクマを引き留める。
「じゃあ、ちょっとだけ教えてあげようかな。さすがにキミも自分の“才能”を持て余してるみたいだからね」
「えっ・・・!?」
「キミの幸運は、キミの気持ちに呼応する。それを止めたいんだったら、幸運なんか必要なくすればいいんじゃないの?要は運任せにしてないで行動を起こせってこと」
「へ・・・こ、行動を起こす・・・?」
「うぷぷぷぷ♬じゃーねー!」
「あ」
思いがけずモノクマがアドバイスをしてくれたことと、その意味が分からなかったことで、私は虚を突かれた。あっという間に消えてしまったモノクマに置いて行かれて、私は個室で一人ぼっちになった。
幸運なんか必要なくするってどういうこと?私の幸運に任せないで行動を起こすって・・・それってつまり・・・。
「不可解だねえ」
ぽつりと一人で呟いた。自分の“才能”の研究室に籠もってあれこれ考え事をするのが日課になってる気がする。趣味の悪い造形がおれの仕事だとは思いたくないけれどお、彫り方といい素材の扱いといい、やけにおれに馴染むんだよねえ。この研究室の鬱屈さもよくよく考えたらあ、しばらく人が出入りしてなくて空気が籠もってるだけでえ、きちんと換気すれば静かで作業に集中できそうな環境だねえ。
「気に入ってくれた?」
「まさかあ。おれは芸術家だからねえ。合理より感性を優先するのさあ。そこへいくとこの部屋は中の下ってとこだねえ」
「下の下じゃないだけ、少しは理解してくれてるってことなんじゃないの?」
「否定はしないでおくよお」
無造作に転がった石膏像の上に座ったモノクマが静かに笑う。いつになく落ち着いた雰囲気で話すモノクマはあ、この研究室の雰囲気に溶け込んでいてえ、まるでこの部屋の一部になったようだった。そう感じるのはおれの感性なのかあ、それとも本当にこの部屋の一部としてここに置いてあったのか。
「ミュージアムエリアにあったあのバカでかい像も気になるところだけどねえ。あんな大仏級の造形をお、たった一人でできるとは思わないよお」
「ふーん、そ」
「そもそもこのモノクマランド全体の運営からしてえ、たった一人の人間が管理できる範疇を超えてるよお。それを隠そうともしてないあたりい、おれの知らないオ〜バ〜テクノロジ〜でもあるのかねえ」
「なんだかいつもと雰囲気違うね納見クン。もしかして覚醒しちゃう?開眼しちゃう?アイデンティティ一個捨ててチート設定ゲットしちゃう?」
「ははは、面白いこと言うねえ。ホントにおれにそんな力があったらあ、スニフ氏に頼ることなくおれが事件を解決してたよお。おれはただ怪しいと思うことを思ったときに言うだけの脇役が関の山さあ」
「ずいぶん自己評価が低いね。“超高校級”のクセに」
「“才能”とは別問題だからねえ」
星砂氏の裁判が終わるまでは分からないことだらけだった・・・というよりもお、そんなことを考える余裕もなかった。いつ誰が誰を殺すかあ、あるいはそのどちらかはおれかも知れないなんて不安感でえ、明日のことを考えるだけで精一杯だった。それでも呑気なヤツだって思われてたあたりい、おれって相当能天気に見られてるんだろうねえ。
それでも虚戈氏が殺されたときにおれはあ、それではいけないと強く感じた。誰かに殺されてからじゃあ生き残ったみんなに手掛かりを遺すこともできないしい、
「ぶっちゃけ納見クン一人にできることなんて限られてるだろうけど、あんまり嗅ぎ回られるとボクとしても困っちゃうんだよね!」
「へえ、そんじゃあおれの行動に制限でも課すのかい?」
「うぷぷ♬それができないの知ってるクセに。イジワルだなあ納見クンは」
「たぶん
思いっきり皮肉を言ってやったけどお、モノクマは相変わらず静かに笑うだけだった。さり気なく複数形にして揺さぶってやろうと思ったけどお、上手く躱されたのか意に介してないのかあ、結局何の反応もなかった。やっぱりおれの推理なんて的外れなのかなあ。
「ま、別に納見クンがみんなより一足先に真相に辿り着いたとしても、みんながそれを信じてくれるかは別問題だしね。そもそも生きてる保証もないわけだし、荒川サンみたいになるのもまた一興、だよね」
「ふうん、やっぱり荒川氏は真相の一部を知ったんだねえ。だとしたらあ、おれも覚悟を決めないとねえ。どうやって知ったのかは大方予想がつくしねえ」
「うぷぷぷぷ♬もしコロシアイで困ったら相談してくれていいからね。ボクは古今東西あらゆる人間の殺し方を知っているのです」
「頼もしくないねえ。ところでモノクマは何をしにきたんだい?」
「はにゃ?ボクの目的なんてどうでもよくない?」
「どうでもよくないよお。お前みたいに頭のイカレたヤツと一緒にいるだけでえ、こっちは常に気が気じゃあないんだからあ」
「辛辣だなあ。納見クンだって、ついさっきまで荒川サンの処刑を見てたってのに、こんなところで物思いに耽ってるんだからさ。イカレてるのはお互い様じゃない?」
「・・・」
言われてみると確かにそうかも知れない、なんて自己分析できるくらいにはまだ冷静だったけどお、否定できないあたりい、おれも完全に正常ってわけじゃあなさそうだあ。
「ちょっとずつイカレてってるんだねえ。おれもみんなも・・・この“セカイ”も」
「そうやって意味深なこと言ってボクから情報を引き出すつもりでしょ?そうはいかないよ」
「どうだろうねえ」
そんな漫画に出てくるような頭脳派の駆け引きはおれには向いてない。せいぜいちょっとしたカマかけくらいしかできっこない。それでも、おれが真相を嗅ぎ回ることが無意味なはずはないしい、もし黒幕がおれを警戒してくれればあ、他の誰かが動きやすくなるってことにもなるしねえ。それが信用できる誰かならいいけどお。
「うぷぷぷぷ♬」
「本当にい、どこまで見透かしてるのか分からないねえ」
「納見クンだって、そんな細い目してるから、何を見てるのか分からなくて厄介だよ」
不気味な彫像に囲まれた“才能”研究室で繰り広げられたおれとモノクマの静かなバトルはあ、結局どっちにも何の成果も失敗も与えずに終わりを告げた。
いつの間にか寝てたのかしら。気が付いたら、私は自分の部屋の床の上で無造作に四肢を投げ出してた。まるでその場で操り人形が糸を切られたように。足下に椅子がある。暗い。今は何時?時計が見えない暗闇の中で、モノモノウォッチを見る。
「こんな時間・・・あら?」
あと少ししたら日が昇りはじめるくらいだわ、と思って気が付いた。私の身体に薄いシーツがかけてある。どうしてかしら?なんとかして昨日のことを思い出そうとする。
昨日の記憶はところどころ曖昧だけど、裁判とおしおきの記憶だけははっきりしてる。思い出したくないものの記憶だけは、強烈に脳に刻まれてしまった。目を閉じても目を開いても広がる暗闇の中に、その光景が蘇る。
「あっ・・・」
やっと思い出した。裁判の後、なんとか部屋に戻ってきて、それから椅子に座ったんだったわ。そこから何にもする気が起きなくて、ただ茫然としてた。自然と眠っちゃって、そのまま倒れたのね。でも、そうしたらシーツは誰が・・・?
「やっと起きたみたいだね!」
「きゃあっ!!?」
背後から聞こえてきた声に、びっくりしてその場から飛び退く。反射的に身を守ろうとシーツで身体を包んで、部屋の隅に縮こまる。声の主が誰かなんて、聞けば分かる。今、一番会いたくない人だった。
「こんなところで寝てたら風邪引いちゃうでしょ!ボクの優しさに打ち拉がれて涙の一つでも零しなよ!」
「や、優しさ・・・あっ、もしかしてシーツ・・・」
「そうだよ!」
私は今まで握り締めていたシーツを丸めて投げ捨てた。モノクマから受け取ったからイヤっていうわけじゃなくて、何が仕掛けてあるか分からないから。それを見てモノクマは明らかに落ち込んで、そばにあったランプの灯りを点けたかと思うと、私が座ってたであろう椅子から飛び降りた。
「で、何の用?って聞きたそうだね!もちろんボクが来たってことは、ただ単に正地サンの健康を気遣っただけじゃないってのは分かってると思うけど!」
「・・・も、もうイヤよ」
「イヤ?イヤって何がさ?」
「コ、ココ、コロシアイよ・・・!あなたはまた私たちを殺し合わせようと、何かするつもりなんでしょ・・・!もうイヤ・・・もうたくさん!!今すぐここから出して!!もういいでしょ!?4回もあんなこと繰り返して、もう十分でしょ!?」
自分でもびっくりするくらい、私の口は思うままを吐き出した。こんな狭い部屋の片隅で、私は縮こまってモノクマが目の前ににじり寄ってきてる。何をされてもおかしくないこの状況で、私は意外にも勇気を出して言いたいことが言えた。そのことに一番戸惑ってるのは、私自身だった。モノクマは、ただくっくと笑っていた。
「いいや、まだまだ全然、これっぽっちも満足なんかしてないよ。それどころかボクは、ちょっとだけ心が折れそうになってるところさ。オマエラの絶望ってこんなもんなのかって」
「・・・え・・・?」
「学級裁判を乗り越える度、コロシアイを経験する度、オマエラは絶望に喘いでるけど、ボクからしたらまだまだこんなもんじゃないんだよね。もっともっと大きなものを期待してるわけ!」
「な、何を言って・・・!」
「真の絶望はこんなもんじゃないんだよ!もっと途方もなく絶大で!何者も侵せないほど理不尽で!全てを飲み込むほど強力で!!最高に美しいものなんだよ!!」
こんなモノクマは初めて見る。私たちにとってモノクマは絶望の象徴だ。それこそ抵抗を許さない絶大な力で、わけもわからないままこんな理不尽なことをさせられて・・・そんなモノクマが、自分とは違う絶望を語っている。その声は陶酔や恍惚の色が混じりながらも、モノクマ自身、どこかで怖がっているような気がしてくる。そんな矛盾する感情を、このモノクマを操ってる人は持っているってことだわ。
「だから残念だけどまだまだ終わらないよ。真の絶望が生まれるまで、ボクは探求し続けるんだ。もしかしたら正地サンがその絶望になるかも知れないから、風邪なんかでダウンされてたらイライラしちゃうんだよ」
「け、結局あなたのための優しさじゃない」
「ったりまえだろ!ただ健康管理がなってないだけで何の生産性もないJKなんか誰も気にしねーっての!」
もう今更、モノクマの身勝手で行き過ぎな物言いに抗議する気も起きない。そもそも、モノクマとまともな会話ができるなんて少しでも考えたことが間違いだったんだわ。私たちとはきっと何かが違う。根本的な部分で狂ってる。そうでもなくちゃ、こんなコロシアイなんてことできるはずがないわ。
「てなわけで、コロシアイに後ろ向きな正地サンのために、ボクがちょっと元気づけてあげようと思ってね」
「よ、余計なお世話よ。というか、元気を無くしてる元凶はあなたじゃない」
「正論なんかきいてねーっつーの!いい?あのね、コロシアイがイヤになって落ち込んでるのは正地サンだけじゃないわけ。他のみんなもイヤだと思ってる人はいるわけ」
「そりゃそうよ・・・」
「たとえば下越クン!彼は今回、虚戈サンにも荒川サンにも裏切られて、結構精神的に参ってるところだからね!誰かが元気づけてあげないと、何をしでかすか分からないとボクは思うな!」
「・・・わ、私に、下越くんを励ませって?」
「どうするかは自由だよ。でも、このままだと何が起きてもおかしくないってのは事実でしょ?」
だから、何が起きてもおかしくないのは、モノクマのせいなんだけど。でも、今まで気丈にしてた下越くんが、裁判中や荒川さんのおしおきの前に取り乱してたのは事実だった。ただでさえ止まらないコロシアイに絶望しかけてたのに、虚戈さんや荒川さんに裏切られて余計に心が乱れてる。まさか誰かを殺すなんてこと考えるとは思わないけど・・・でも、それが甘い考えだって、私ももう嫌と言うほど思い知らされてきた。
「どういうつもりなの・・・?そんなことして、あなたに何のメリットがあるのよ?」
「うぷぷぷぷ♬希望と絶望は表裏一体、薄っぺらな紙一枚分の違いしかない。大きくて大きくて大きな希望はすなわち巨大な絶望の可能性を秘めてるってことさ」
「・・・?」
モノクマが言うことは相変わらず意味が分からない。だけどそれだけ言って、モノクマは部屋の闇に溶け込むように消えていった。私は、はじめからひとりぼっちだったように静かな部屋の片隅で、明日からどうすればいいかを考えていた。だけど、どういう結論になっても、黒幕の手の平から抜け出すことはできないんだろうって気もしていた。
一体どうすりゃいいんだ、と頭が痛くなるほど考える。なんで荒川はコロシアイを推し進めるようなことを言い残したんだ。そもそもあれは荒川が本当に遺した言葉なのか?モノクマが俺たちを混乱させるために適当にでっち上げたんじゃないのか?だとしたら荒川が本当に遺したかった言葉はどこにあるんだ?わざわざサービスした意味がないじゃんか。でも、荒川があんな言葉を遺す意味が分からない。
「クソッ・・・!」
洗面台の鏡に映る自分の顔は、生気を喪ってゾンビみたいになってた。蛇口から流れてきた水がどろどろの渦をなして排水溝の闇に消えていく。それをただなんとなく眺めてると、思考がどんどん削ぎ落とされていく。何も考えないまま、ただ時間だけが過ぎていく心地よさに溺れそうになる。
「はぁ・・・」
何も考えたくない。何もしたくない。何も見たくないし何も聞きたくない。このままこの部屋で眠って、気の済むまでそのままでいたい。もう俺は疲れた。コロシアイも、それを止めようと気を揉むのも、誰かに期待されるのも、誰かのために頑張ろうとするのも。本当は俺は、そんな人間じゃない。そんなにできた人間じゃない。
こんなことになるなら、最初に仕切りみたいなこと言い出すんじゃなかった。なんでか、俺がしっかりしなきゃと思って声をあげて、みんなに頼られて、結局失敗したけど寝ずの番にも名乗りを上げて・・・完全に調子に乗ってた。
「遅ェよな・・・後悔なんて」
自分の甘さを、弱さを、脆さを、一番理解してるのは自分自身だ。頭の中で意味の無い泣き言を繰り返す自分に、冷静で冷徹で冷酷な言葉を呟く。言い訳めいたその言葉を聞いて、洗面所のドアの向こうからきゃっきゃっと笑う声がした。それに少しだけ驚く自分に気付いて、まだ正気を保ってることに嫌気が差す。
「いやあまったく情けない姿だね、雷堂クン。こんなのみんなが見たらきっとショックだよ!みんなは雷堂クンのリーダーシップを頼ってるのにさ!」
「リーダーシップなんてねェよ・・・俺はそんな、人を引っ張るような人間じゃねェんだ。みんな勘違いしてンだ」
「そうやって勘違いさせたのは誰なのさ。みんなの不安に付け込んでリーダーに躍り出て、形だけのアピールで寝ずの番なんて引き受けて、一人で悦に入ってたんでしょ?」
「・・・」
「否定できないんだね!うぷぷぷぷ♬ホントに雷堂クンって、しょうもないよね!」
「ああ・・・どうしようもねェな」
「星砂クンだって、キミに助けてほしかったのにさ!キミが彼を引っ張って活躍させてあげられてたら、彼の自尊心も少しは救われたかも知れないのにね!」
「ああそうだな・・・俺は、あいつを救えなかった。茅ヶ崎も救えなかったし、相模も、虚戈も救えなかった。誰1人、俺の目の前で助けを求めてたヤツに気付くことすらできなかったんだ」
「まったく、何が“英雄”だよ!何が“超高校級”だよ!あ、
「・・・そうだ。俺は・・・“英雄”なんかじゃねェ」
「つまんねえなオイ!!」
モノクマの言うことは、的を射ていた。だから否定しないで同調してた。俺にとってはそんなの、もうどうでもよかった。いくらバカにされようが、なじられようが、非難されようが、それは全部事実だから。俺は人に誇れるものもないし、人と比べる何かもない。星砂は何にでもなれて自分を見失ってた。俺は何にもできなくて自分を見つけたことすらない。
「そこは否定してこなくちゃ、ボクがいじめてるみたいじゃないか」
「大して違わねェだろ」
「あーもう、今のは猛反発して『いじめられてる覚えもねえよ!』って来なくちゃ。そしたら『あんまりムキになるなよ。いじめられて見えるぞ』ってパロパロな件をやるところでしょうよ。雷堂クンってホントにつまんないヤツだよね。そういうところだぞ」
「何言ってるか分かんねェ」
「その乱暴な言葉使いも、みんなの前では抑えてるんだよね。そうやって自己肯定感低いくせにいい格好しぃなの、矛盾してると思わないの?」
「矛盾だらけだよ。俺が“超高校級のパイロット”なんて呼ばれてること自体が・・・もうな」
「うぷぷぷぷ♬それは単なる自己否定?それとも、自己弁護?」
「・・・」
今でもときどき夢に見る。英雄だと、奇跡だと、伝説だと騒ぎ立てるあの事件がフラッシュバックする。あのとき何があったか、それを知るのは何人かしかいない。それでいい。誰も知らないままで、あの事件は終わりでいい。その真相までを俺の『弱み』にしなかったのは、モノクマのミスなのだろうか。
「でもそろそろ逃げ回るのも限界じゃない?極サンはお前の『弱み』を知ってるわけだしさ。嗅ぎ回られると困るんじゃない?邪魔じゃない?」
「・・・コロシアイさせようったって、俺にはそんな根性すらねェんだよ。もう、放っといてくれ」
「とことんつまんねーな。なんでこんなのが生き残って、星砂クンみたいなのがさっさと死ぬんだろうね。もっと暴れ回ってくれてたらなあ」
「もういいだろ。俺はお前の期待にも応えられないクソ野郎だってことだ。本当に・・・全部なかったことにして消えちまえればいいのにな・・・」
「あーもう!イライラすんなお前!!」
「ぐおっ!?」
いきなりモノクマに跳び蹴りされた。イライラするなんてことは自分でよく分かってる。自分のダメなところはよく分かる。だから否定する。そうやって自分を否定する自分が嫌いで、ますます世界は暗くなる。そんな俺の態度がモノクマの怒りに触れたのか、顔を真っ赤にして俺に馬乗りになった。っていうかこんなちっこいヤツに蹴倒される俺もどうかと思う。
「どんだけ根性ないんだよお前はあ!コロシアイしたくないって言うだけならまだしも、そのテンションだと明日から何もしないでいる気だろ!部屋に閉じこもるテンションだろ!」
「そ、そんなの・・・俺の勝手だろ。お前がなんでそんなこと気にすンだよ」
「お前が部屋に閉じこもったらコロシアイのチャンスが減るだろうが!それに、分かってるでしょ?雷堂クンはみんなにとってのリーダーなわけ。キミが自分のことどう思ってるかは関係なく、みんなにとってはそういう存在なわけ」
「それは・・・!」
「この重荷を極サン1人に背負わせるわけ?うぷぷ♬それはそれで何かが起きそうだけど、でもキミの居場所はなくなっちゃうんじゃないかな?所詮は英雄でもない、リーダーでもない、嘘と虚栄と欺瞞だらけの雷堂航クンは、どうなっちゃうのかな?」
「・・・」
「ま、最終的にどうするかはキミ次第だけどね。ボクとしてはどっこいどっこいだと思ってるよ。つまるところキミは、他人のために何かをするような人間じゃないわけだし。星砂クンを救えなかったことだって、
みんなが俺のことをどう思ってるか、それは自覚してる。それは俺が仕向けたことだからだ。今になって後悔したって遅いことも分かってる。もし俺の本性が知られたら、みんなから幻滅されることだって分かってる。嘘と、虚栄と、欺瞞・・・あながちモノクマの言うことも間違ってないかも知れない。
「どこまで知ってるんだよ、お前。エスパーか何かか?」
「うぷぷ♬ボクはこのモノクマランドのことなら、なんでも分かるんだよ」
俺の腹の上から飛び降りて、モノクマは笑いながらドアの向こうに消えていく。結局俺に何をさせたいのか分からなかったけど、俺がこのまま部屋に閉じこもってて状況が良くなるとは思わない。だからと言って、俺がこの状況に対して、みんなに対して何ができるっていうんだ。結局のところ、俺は何もできない。
「何もできない、なんてことはないんだよ」
「まだいたのかよ」
「いつかできないなりに、何かをせざるを得なくなる。何もしないでいられる内はまだいいよ。できもしないことをせずにいられない、そこからが本当の絶望は始まるんだ。うぷぷぷぷ♬期待してるよ雷堂クン」
モノクマがわざわざ戻って来て言ったのは、意味の分からないことばかりだ。期待してるなんて言われても、俺はコロシアイなんかしない。それは初めの頃に言ってたような意味とは違うけど、結果が同じだからまだいいだろ。
何もかもがどうでもよくなって、俺はそのままそこで大の字になって目を閉じた。
どうしても、思い出せねえモンがある。どんな見た目か、どんな種類か、どんな香りで何を使ってるのか、いつ食べたのかも分からねえ、思い出せねえ一皿だ。オレが“超高校級の美食家”なんて呼ばれるのは、きっとその一皿に出会ったからだ。あれに会ってからオレは、食べることが好きになった。
「これでもねえ・・・」
真夜中の厨房で、1人延々と食材を弄っては味見をする。ここに来てから、いやここに来る前から、思い付いたようにときどきこんなことをする。モノクマのヤツが『弱み』とかなんとか言ってバラしてからも、特に誰にも迷惑かけるわけじゃないからときどきやってる。
「・・・」
1人で黙々と作業しては味見を繰り返す。フライパンを振ってる間は、菜箸でかき混ぜてる間は、手の中で生地を転がしてる間は、辛いことを忘れていられる。ここに来てからは、前よりもこうすることが増えた。
「しっもごっえくーん!!現実逃避は順調ですかー!?」
「テメエが厨房に入るんじゃねえよ!!」
「うあーっ!」
いきなり厨房の使ってない鍋の中から出て来たモノクマを、鍋をひっくり返して厨房から追い出す。こいつの言う通り、こんなのただの現実逃避だ。そもそも食べた記憶すら曖昧な一皿を再現しようなんて、究極まで暇じゃねえとやろうとも思わねえ途方もないことだ。それでも何度もやってンのは、美食家って“才能”だけじゃなくて、コロシアイなんて現実から逃げようとしてるんだ。オレにだって、それくらいの自覚はある。
「オレの前から失せろクソクマ野郎!お前がいると飯がマズくなるだろ!」
「深夜だってのによく食べるしよく怒鳴るなあもう。うぷぷ♬それにしても下越クンはホントに無駄な足掻きが好きだよねえ」
「あ?」
「自分でいつ食べたかも覚えてない、そもそも食べたかどうかすら不確かな、究極の一皿をこうやって探し求めるなんてさ。ボクだったら絶対やらないな!」
今まさに茹であがりそうになってるマカロニの鍋を見て、モノクマがからからと笑う。フライパンで湯気を立ててるベーコンチーズ入りのクリームソースと、黒胡椒の代わりに山椒を振ってさっぱりと和風に仕上げる。モノクマを無視してそれを一口食べる。やっぱりこれじゃない。一手間加えてあれこれ変えてみるけど、やっぱりオレの舌が覚えてる記憶には程遠い。
「そんなことしても目の前の問題は何も解決しないのにさ。まったく、どうしてこんなに惨めになっちゃったのかなあ下越クンは」
「クリーム系じゃねえのかな・・・」
「無視やめてくんない?」
「うるせえな。お前なんか無視してちょうどいいくらいだろ」
「ちょっと何言ってるかよく分かんない」
ったくうるせえクマだ。オレよりこいつの言ってることの方がよっぽど意味が分からない。自分で現実逃避って理解してるのにそれを邪魔しに来て、無理矢理オレを現実につなぎ止める。ほんのちょっとの間だけ、嫌なことは全部忘れてたいってのに、それもさせない。なんなんだこいつは。
「オマエラの記憶の話をしてんだよ!下越クンは理想の一皿を追い求めてるかも知れないけど、惨めにもそれは下越クンが現実逃避のために造り上げた妄想でした、ってそういう可能性もあるよってこと!」
「よく分からん。究極に美味いもん作ろうとするのは料理人として普通のことだろ」
「そりゃ普通だけど、ゴールが本当にあるかどうかも分からないでしょって言いたいのぼかぁ」
「どういうことだよ?」
「さっき言ったわ!だから、本当は全部嘘っぱちなんじゃないの?って言って不安がらせたかったんだよ!こんなに伝わらないし聞く気もないヤツはじめてだよ!」
「お前の話をまともに聞いたら損しかしねえって、もう何回も思い知らされてるからな」
「聞かないでする損よりも、それはマシなもの?」
今度こそ、モノクマが何の話をしてるのか分かった。結局、4つめに配られた動機をまだ受け取ってないのは、オレだけになった。一緒に見ないと約束した虚戈は、オレを裏切って見て、そして荒川に殺された。荒川が殺人を決意したのも、虚戈が殺される覚悟を決めたのも、全部モノクマの動機が原因になってるはずだ。だからオレはそんなものいらない。人を殺す理由なんて、欲しくない。
「だけど、キミだけ真相から置いてけぼりにされるよ?」
「真相?」
「うぷぷぷぷ♬ボクもそろそろオマエラにヒントをあげようと思ってね。知りたいでしょ?このモノクマランドの秘密とか、外の世界のこととか、ボクの正体とか」
「お前がよこすヒントなんて、あてに出来るか」
「まあそう思うのが普通だよね。でもボクだって、一方的な蹂躙とか嘘の情報で混乱させたりなんて、そんなヌルゲーじゃ満足できないんだよ。いっそのことオマエラに全ての真実を明らかにされて負けても、それはそれで絶望的だと思わない?」
「知るか」
「だから、下越クンにも頑張ってほしいわけ。キミだって易々と殺されるつもりはないんでしょ?生き残ろうって気はあるんでしょ?だったらいずれはボクとの直接対決にも参加するってことでしょ?」
「なんだよ直接対決って」
「それはそこまで生き残ってのお楽しみ!ともかく、キミもそろそろ本格的にコロシアイに参加してもらわないと困るんだよ。そろそろ交ざれよ!ってコト」
「余計なお世話だバカ」
交ざりたくねえっつうんだよコロシアイなんか。それでも、このモノクマランドにいる限りはどうしても関わらないでいられない。止めようったってオレにできることは、ただ飯を作ることだけだ。今じゃそれすらしなくなってるが、そうなるとオレがここにいる意味ってなんなんだ。
「うぷぷぷぷ♬全ての答えはオマエラの記憶のそばに・・・もしくは直接対決の後、だよ」
それだけ言ってモノクマは冷蔵庫の向こう側に消えていった。ゴキブリか。それにしたって、記憶のそばってなんだ?記憶の中ならなんとなく分かるけど、そばってどういうことだ?
ぼんやり考えてると、眠気も相まってふらついてくる。もう今日は部屋帰って寝るか。そうしたら、また明日が来る。希望の見つからない、真っ暗な明日が。
溜めておいた水を湯沸かし器で沸騰させ、ハンドタオルを浸けてそれで身体を拭く。熱い湯が浸みたタオルが汗とともに疲れを絡め取っていく。すっかり慣れたこの入浴方法で、この油断ならない日常を私はやり過ごしていた。風呂に入っている間は、誰もが無防備に肌を晒す。須磨倉がいとも容易く破ったように、このホテルの個室の鍵は全く信用ならない。睡眠すら、まともに取れていない。
下着だけになり、肩から鎖骨にかけてをゆっくり温めて癒す。そのとき、背後に気配を感じた。
「今日も極サンはご機嫌うるわ」
「ッ!」
「ヒェッ・・・!!」
側にあった歯ブラシを声の方へ投げる。真っ直ぐに投げつけた歯ブラシが、モノクマの首元を掠めて壁に刺さる。通ってもいない血を引かせて、モノクマは青い顔のまま固まっていた。すぐに上着を羽織って身構える。
「普通の歯ブラシを手裏剣にするとかどんな技術!?チートだろ!」
「何をしにきた」
「い、いやあのですね・・・4回目の裁判が終わったことですし、荒川サンの遺言もあるですし、みんなどんな感じでこの夜を過ごしてるかと思いましてですね・・・」
「そんなものは監視カメラを通して筒抜けだろう。わざわざ出向いてくる理由はなんだ」
「こえぇ・・・!」
怖がるくらいなら出て来なければいい。鍵付き扉を突破した様子もないから、はじめからこの部屋にモノクマ自体が仕掛けられていたか、誰にも見つからない抜け道があるのか。
「あのね極サン。キミはちょっと他のみんなと違ってコロシアイで有利な経験があるでしょ?」
「・・・貴様に隠すつもりはないがな。どうせ全て知っているのだろう」
「うん知ってるよ!極サンがみんなに話してない、その
「正体、ときたか。ということは、やはり貴様はこの
「だから、極サンは他の人たちと違って、命のやり取りをここに来る前からしてたでしょ。公平を期すためには不公平も必要なんだよ。怒らないでね」
「今更、貴様のその程度の行いに腹など立たん。用を済ませてさっさと帰れ」
「別に用があるってわけじゃないんだけど、極サンにちょっと聞いておきたいことがあってさ。いつまでキミの過去のことは隠しておくわけ?っていうか半分以上隠せてないけど」
「貴様には関係ない」
「隠し事がヘタだよね、極サンって。隠し事をするときは、何か隠してることを悟られないのが一番大事なのに、強引に自分は普通の女子高生だって納得させようとしちゃってさ。逆に普通じゃないよ」
「そんなことはどうでもいい。私が軽率だっただけだ」
「今時の女子高生がいくら進んでるって言ったって、さすがにこんな」
「私に触るなッ!!」
「うひゃっ」
笑いを堪えるようにしてモノクマが言う。口から漏れてくる空気は愉悦の感情を含んでいて、私同様自分の気持ちを隠し切れていない。のっそり私に近付こうとするモノクマを声だけで制し、私は洗面所を後にする。まだまともに身体を拭けていないが、後は明日やればいい。今はとにかくこいつとの会話をさっさと終わらせることだ。こいつと話していると、余計なことまで知ってしまいそうだ。
「薄汚い手で軽々しく私に触れようとするな・・・!!」
「薄汚いのはどっちの手だろうね」
「ッ!!」
「うっぷっぷっぷ♬そんな見え透いた脅しはもう効かないよ。校則がある限り、キミはボクに手を出すことはできない」
「死を恐れていれば、な」
「それくらいシンプルな話だったら楽だったよね」
モノクマは全てを見透かした上で行動している。私が自分の死を恐れているか否かなど関係ない。ここで私がモノクマに手を出して処刑されたとして、何の意味もないことだ。雷堂たちはただ隣にいる1人を喪うだけだ。それこそ、荒川のように何か手掛かりを遺すこともなく。
「私を怒らせるためだけに来たのなら、もう十分だ。もとより貴様には一部の情けをかけるつもりもなかったが、今のやり取りで心に決めた。貴様は絶対に私の手で息の根を止めてくれる」
「それができるといいけどね。うぷぷ♬」
相変わらずふざけたヤツだ。モノクマは本当に私を怒らせるためだけに現れたようで、ひとしきり私をバカにしたかと思うとそのまま部屋の扉を開けて出て行った。後に残るのは私の怒りと、ヤツの言葉だけだ。
ヤツの言うことに私が腹を立てるのは、それが的を射ているからだ。私の手は薄汚れている。私はまだ雷堂たちに話していないことがある。私はここに来る前から、命のやり取りをしていた。それは紛れもない事実だ。否定するつもりはない。だが心のどこかで、それをなかったことにできればと思ってしまっている。その甘い考えに付け入られないように、せいぜい気を付けるしかないだろう。
8月中になんとか投稿できてよかった。
幕間です。話が進んでいるのか進んでいないのか。この辺りの調整は非常にむつかしいですね。