ダンガンロンパカレイド   作:じゃん@論破

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【タイトルの元ネタ】
『津軽海峡・冬景色』(石川さゆり/1977年)


第五章『縋る大望狂わしき』
(非)日常編1


 また朝がやってきた。幾度のコロシアイを経て、一休みしたいと思う私たちの思いとは裏腹に、時間は残酷なほど平等に流れていく。時間が経てば何もしなくてもお腹は減ってきて、厨房で下越君が朝ご飯の支度をする軽やかな包丁の音とコーンスープの温かく胸に染み入るような香りが、自然と足を食堂に向かわせる。

 だけど、星砂君の裁判の後で、私たちのために料理を作ることを止めた下越君が、どうしてまた朝ご飯の支度なんかしてるんだろう。自分のための料理だとしたら、まだコロシアイが起きる前のあの下越君からはだいぶ変わっちゃったな、なんて朝から悲しくなる。

 

 「・・・おはよう」

 「Good morning(おはようございます)です、こなたさん」

 「おはよう」

 

 私より先に来てたのは、スニフ君と極さんの2人だけだった。奥ではまだ包丁がまな板を叩く音がするから、下越君もいるんだろう。私が来てから少しして、正地さんと雷堂君がやって来た。納見君もその後ほどなくしてからやって来て、これで全員が揃った。そう。たったこれだけで、全員だ。

 

 「・・・」

 

 食堂の空気は重い。前みたいに励ましてくれそうな下越君には、もうあんまり期待はできない。期待ばかりしてたらいけない。だったら私がみんなを元気づけよう、なんてそんな気にもならない。友達を、仲間を、大切な人たちを10人も喪って、何を言ったって気休めにしかならないような、そんな気分だ。

 

 「おっ、全員揃ってんな。色々あったけど取りあえず食えや。飯食わねえとやってらんねえだろ」

 「テルジさん、もうCooking(料理)ダイジョブなりましたか?」

 「ま、大丈夫かそうじゃねえかで言ったら、かなり辛ェ。また2人分、分量が減ったしな。もうテンションで誤魔化すのも限界だ」

 「その割には吹っ切れたような顔してるけどねえ」

 「諦めたんだよ。ただ落ち込んで部屋に閉じこもったりしてたら、ここにオレがいる意味が本当になくなっちまう。もし今後お前らの中でコロシアイが起きるとしても、オレは今目の前で腹を空かしてるヤツを放っておけねえ。それだけは間違いなくオレの気持ちだからな」

 「・・・信じ抜くことを諦めた、か。ある意味では成長かもな」

 「でもまあ辛ェことに代わりはねえから、もしかしたら途中で投げ出すかも知れねえぞ。それだけは知っといてくれよな」

 「うん、下越くんが自分なりにその辛さに向き合おうとしてるなら、私は応援するわ」

 「俺もだ。いつもありがとうな下越」

 「私も、いつも美味しいご飯ありがとう、下越君」

 「・・・なんか改めて言われっと照れるな」

 

 困ったように頭の後ろをかきながら、下越君は厨房に戻っていった。辛いことがあったのは消せない事実、それを受け止めて、辛いことを隠さない、辛いことを我慢しないって決めた下越君は、なんだか逆にすっきりした顔をしていた。ひとまず前みたいに私たちでサポートしてあげる必要は、今はないみたい。

 そんな下越君に触発されたのか、暗い顔をしてた極さんやスニフ君も顔をあげて、フルーツヨーグルトを自分のお皿によそっていく。

 

 「テルジさん、Honey(はちみつ)ください」

 「ん?出てんだろ?」

 「ここにある。雷堂、渡してやれ」

 「え。ああ、これか。ほらスニフ。グラス袖にひっかけんなよ」

 「Thank you(ありがとうございます)

 「雷堂氏、袖にケチャップ付いたよお」

 「っあ、しまった・・・。はあ、またクリーニングかよ」

 「だらしないヤツだな」

 「悪い」

 

 高い空と同じ青色のスーツの袖の一部が、鮮やかな赤色で塗り潰されていた。極さんがそこをティッシュで拭ってあげてた。雷堂君はバツが悪そうにして、ため息を吐きながらスクランブルエッグを口に運ぶ。

 その光景を見て、私の意識は相変わらずちょっと抜けてる雷堂君のことよりも、自然にその袖を拭ってあげた極さんの方に向いていた。胸の真ん中がぎゅっと握りつぶされるような、月並みだけど、そんな感覚がした。仲が良いとか、息が合ってるとかそんなレベルじゃなくて、そうすることが自然みたいな。あっ、いけないいけない。今はそんなこと考えてる場合じゃない。

 

 ───キミの幸運は、キミの気持ちに呼応する。それを止めたいんだったら、幸運なんか必要なくすればいいんじゃないの?要は運任せにしてないで行動を起こせってこと───

 

 「!」

 

 昨日、モノクマに言われた言葉が頭の中でリフレインする。私がこんなこと考えてたら、次に何が起きるか分からない。少なくともいま()()が起きたら、極さんがそれに巻き込まれる。そんな確信があるっていうことは、もうモノクマに操られてるのと同じなのかも知れない。

 

 「ところでさあ」

 「そろそろだな」

 「ァボクのワンマンショータイムだね!みなさんおまっとさんでしたーーー!!ここからはボクが、この弛みきった空気をビシッと引き締めて、オマエラのコロシアイライフを次の展開へビシッと導いてあげるよ!」

 「1つの台詞にビシッて二回も言うなよ」

 

 納見君と極さんの言葉を前ふりみたいにして、モノクマがテーブルのど真ん中に飛び降りてきた。慌てて下越君と正地さんがお皿を動かしてなかったら、ケーキバイキングの真ん中に突っ込むところだった。いつになくアクロバティックな登場だけど、もう私たちの誰も、モノクマが登場したこと自体には驚かなかった。いつものことだ。裁判の翌朝の朝食会のときに、モノクマは私たちに新しい情報を持ってくる。それはいつでも一縷の希望もない、絶望への呼び水だ。

 

 「今度はどこのエリアを開放したんだ。手短に話せ」

 「もう極さんってば、先に全部言っちゃうんだもんな。空気読めよ!そんなんじゃ普通の女子高生たちから浮くぞ!」

 「・・・捻り潰してくれようか」

 「お、落ち着いて極さん。まともに取り合ったら負けだって」

 「さて、KY(空気読めない)JK(女子高生)CO(カミングアウト)してしまいましたが、お察しの通りエリア開放のお知らせだよ。うぷぷ♬だけど今回のエリアは、オマエラにとってはただの新エリアってことにはならないだろうね」

 「What do you mean(どういうこと)?」

 「それは行ってのお楽しみだよ。もう人数も少ないし、全員で行ってみたら?今回はそうだなあ・・・倉庫エリアの奥から行けばいいんじゃない?」

 

 モノクマの含みのある言い方からは、嫌な予感しかしてこない。新しいエリアには発見なんかなくて、この無限に続くようなモノクマランドの広さを再認識させられるだけだ。今日のモノクマの発言で納得できるところがあるとすれば、数が少ないから全員で探索してみるっていうことだけだ。たった7人じゃ、チーム分けして後から報告しても、まとめて行っても効率はそれほど変わらない、と思う。だったら全員がまとまって行動した方がいい、はずだよね。

 朝ご飯を片付けて、私たちはモノヴィークルで倉庫エリアの奥へと出発した。暗くてどこまでも続くような気がする倉庫エリアを、モノクマが取って付けた案内看板に従って進む。すると。倉庫の暗がりに隠れてたゲートが姿を現した。

 

 「この道順で行かないと辿り着かないようになってたんだねえ」

 「っていうか、このエリア行こうとしたら毎回こうしなきゃいけないのか?面倒さしかないな」

 「それだけ私たちに隠したいエリアってこと?」

 「でもボクらにOpen(開放)しましたよ」

 「うん・・・もう人数も少ないから、隠すより開放しちゃった方がいいってことなのかな」

 「行ってみれば分かることだ。開けるぞ」

 

 極さんと雷堂君が先頭になって、ゲートを押し開ける。扉の隙間から光が漏れ、倉庫エリアの暗がりに慣れてた私たちの目を突き刺す。さび付いた金具が軋んで不快な音をたて、流れ込んできた風が肌や髪にべたつく。だれかが呟いた。

 

 「潮の匂いだ」


 ゲートが開ききって、私たちはその先のエリアにモノヴィークルを進めた。でもすぐに降りて、そこから先の景色をただ茫然と眺めていた。それは、思いもしなかった光景だったからだ。

 倉庫エリアへと続くゲートのすぐ前には、モノヴィークルを走らせるためのアスファルトが道を為していた。常夏を思わせるヤシの木が道沿いに等間隔でそびえ、景色の奥から吹いて来る風が穏やかに葉を揺らしていた。ヤシの木の向こう側は足跡が1つもない砂浜で、白い線が左右にどこまでも伸びて波打ち際をなしていた。空から照りつける太陽を反射して水面はきらめき、一定間隔で繰り返す波の音は静かながら力強く、こんな状況じゃなければきっと思いっきり羽を伸ばせてたんだろうなんて思う。

 この浜辺を構成する全ての要素が、今の私たちにとっては、()()()()()()にしか感じられなかった。

 

 「な・・・なに、これ?」

 「・・・海だねえ」

 「うむ。塩辛い。田園エリアのような作り物ではなさそうだ」

 「ウソだろ・・・!?なんだよこれ・・・!?」

 

 広大な世界の片隅にいるような、自分が途轍もなく小さい存在になってしまったような不安感。視界を大きく横切る水平線の向こうには、きっと島があるはずだ。大陸があるはずだ。あったとして、その距離は?そんなところまで、どうやって行くっていうの?

 

 「まだ結論を出すのは早い・・・まあ、もう出ているも同然なのだが。ひとまず、モノヴィークルでこの道を行けるところまで行ってみよう」

 

 打ち拉がれる私たちの中で、極さんだけは唯一冷静だった。ゲートの前に横たわる道は、緩やかにモノクマランド側にカーブを描いて、先が見えない。それは前も後ろも同じだった。このまま進んでどこに辿り着くのか、ひとまず私たちは、この『パシフィックエリア』を探索することにした。

 

 「言っておくけどお、船を造るところまではなんとかなるよお。おれとスニフ氏、後は雷堂氏が協力すればねえ」

 「お、俺も?」

 「流体力学の知識や天候、風のことなんかは雷堂氏が一番詳しいだろお?実際の計算はスニフ氏にしてもらってえ、おれがそれを実現できる完璧な造形ができるはずだよお。材料はまあ、なんとか揃えるけどもお」

 「じゃ、じゃあこっから脱出できんのか!?」

 「問題はあ、モノクマはそれを承知でこのエリアを開放したってことだよお。まだ掟に変化はないみたいだけどお、いずれ出航を禁止する掟が出来てもおかしくないしい、そもそもさっきから船影はおろか他の陸が全く見えないねえ。こんな状況での出航はかなりハイリスクだよお」

 「っだよ!だったらなんで言ったんだよ!無駄に期待持たせんじゃねーよ!」

 「後から言うより先に言っておいた方があ、まだ精神的ダメージが少ないと思ってねえ。名案を潰されるっていうのはかなりのストレスだしさあ」

 「つまり、ここからの脱出は不可能じゃないけど、現実的じゃないってことだね」

 「それこそ、奇跡か幸運に賭けるしかないくらいにはねえ」

 

 モノヴィークルを走らせながら、納見君が先手を打って私たちに話す。確かに、さっきから走ってて右手に見える景色はずっと変わらない。これじゃあどっちに行けば陸が近いのかも全然分からない。それに、ずっと同じ景色が続いてるのは右側の海だけじゃない。前に続いてる道路も全く変化がない。頭の中で自分たちの移動した軌跡を描くと、すぐに答えに辿り着く。

 その答え合わせをするように、ようやく前方にあるものが見えてきた。それは、私たちの心をへし折るのには十分過ぎるくらいに、見覚えがあった。

 

 「倉庫エリアのゲート・・・やっぱりかよ」

 「あぁ!?オレらはゲートから左に出てったはずだろ!?なんで右側から帰ってくるんだ!?」

 「要するに、このパシフィックエリアは、モノクマランドを大きく囲む、環状のエリアということだ。私たちは今、それを一周してきたのだ」

 「マジか!」

 「途中、ところどころにゲートがあった。色んなエリアから行き来できるみたいだ」

 「ここって、モノクマランドの一番外側よね?もうモノクマもネタ切れっていうことなのかしら」

 「失礼な!ネタ切れなんかじゃないよ!まだコロシアイもせずに脱出しようなんて甘いことを考えてるヤツがいるかと思って、完全にその心をへし折ってやろうと思っただけだよ!ホラ、いざ脱出の手立てを考えて、でもまさかモノクマランドが、絶海の孤島だったなんて知ったら凹むでしょ?可哀想だから先に言っておいてあげようと思って」

 「どっかで聞いたようなこと言うねえ」

 「で、これが今回の開放エリアというわけか」

 「それだけじゃないよ!そんじゃ、お次は西の浜へ行ってみようか!」

 「西の浜?」

 「パシフィックエリアはどこも同じ見た目だから、方角で便宜的にエリアの中を分けた方が分かりやすいでしょ。ここは東の浜」

 「なら植える木を変えるなりして、変化を付ければよかったんじゃないのか?」

 「なるほど!頭良いね雷堂クン!」

 

 興奮したモノクマが、ものすごいジャンプをして雷堂君の肩を叩いた。とにかくモノクマは私たちに、西の浜に来て欲しいみたいだった。モノヴィークルを使えば5分くらいで着いちゃうから、私たちは言う通りに移動した。ランド内を移動しようとすると障害物が多いけど、パシフィックエリアなら道を迷いようがないから、ちょっとだけ楽に感じたり。


 西の浜のゲートは、まだ私たちが行ったことのないエリア、今回パシフィックエリアと同じく新しく開放されたエリアに繋がってた。全員が集まったのを確認してモノクマがそこを開いた。そこは、なんだかよく分からない設備やメーターや機械がたくさんあった。

 

 「じゃじゃじゃじゃーーーん!!ここがオマエラの健康で文化的な最低限度の生活を支えている、『インフラエリア』でーす!」

 「社会科見学じゃないんだから、こんなの見せられても別になんとも思わないよ」

 「ガスは天然、水は海水を濾過、電気は波力や風力、太陽光から生産するクリーンエネルギーを導入!この狭いエリアの中で、オマエラ17人がいくらでも生活できるようインフラを支えてたんだよ!すごいだろ!」

 「そう言われるとすごいかも知れないけれど、よく分からないもの」

 「インフラって言うならあ、今の時代ネット環境もインフラの1つに数えてもいいんじゃあないかい?ここじゃああんまり意味なさそうだけどお」

 「ぐぬぬ・・・!これだから環境問題に関心のない現代っ子はあ・・・!いいか!オマエラの数世代前はなあ!こんなインフラが整備される前、水も電気もガスも当たり前じゃなかった時を生きてたんだぞ!ありがたみを感じろ!」

 「そう言われてもわからないですよ」

 「うん。生まれたときから当たり前だったものをありがたがれって言われても」

 「ゆとり乙!!」

 

 なんだかいつもよりモノクマのテンションが高いような気がする。それはさておき、私たちはみんな、物々しい音と熱を吐き出しながら動く設備の迫力に圧倒されながらも、いまいちその凄さは理解できずにいた。クリーンエネルギーっていうのは、良いことだと思う。

 

 「ちなみにここのエリアは入ってきてもいいけど、生活基盤を支える重要なエリアだし危険も多いから、必ずボクの同伴が必要になるから!水道に毒を混ぜて無差別殺人なんかされたらたまんないし、勝手にいじるのもダメだから!」

 「じゃあホントにただのSocial studies tour(社会科見学)ですね」

 「はい、じゃあ次はこっちのエリアだよ!みんなボクについてきて!」

 

 本当に社会科見学みたいに、モノクマは走って私たちを誘導する。モノヴィークルで追いかけても追いつかないほどのスピードで走れることがちょっと意外だった。インフラエリアを通り過ぎて、その先にあるファクトリーエリアを抜けてテーマパークエリアに出た。そこからまたいくつかのエリアを抜けて、田園エリアの近くまでやってきた。そこにもまた、開放されてなかったゲートがあったはずだ。

 

 「はい!このモノクマランドでまだ開放されてないのは、あとここのエリアだけだよ!」

 「つまり、最後のエリアってことか」

 「バカみたいにデカいと思ってたけどお、ようやく全貌が明らかになったってことだねえ」

 「こなたさん、ボクの後ろにいてください。Danger(危ない)です」

 「うん、ありがとう」

 「うぷぷ♬そんじゃあ行ってみましょうか!最後のエリア、オープン!」

 

 モノクマの掛け声に合わせて、ゲートが開き始めた。ゲートの向こう側には田園エリアと同じくらいの広いエリアが待ち構えていて、そよ風に乗って土の香りがした。陽の光をたっぷり浴びた大地は、どことなく心を落ち着かせる不思議な感覚がした。

 景色の奥にはビニールハウスの群れが見えて、手前の畑は青々と茂った野菜の葉っぱが、美しい幾何学模様を描くように並んでいた。風に稲がそよいでキレイな波が田んぼを横切っていく光景が、すごくキレイだった。まだこんなに広いエリアが残ってたなんて。

 

 「じゃーん!ここがオマエラの食を支える『農耕エリア』でーす!」

 「食!?ってことはあの野菜や穀物はここで作ってたのか!」

 「そうだよ!こんな絶海の孤島にどうやって食べ物を持ってくるっていうのさ。自給自足ができる設備は整ってるに決まってるだろ!ビニールハウスで年中変わらない食事ができるし、空間ごと徹底的に管理することで農薬0を実現しつつ安全な作物を生産することができるようになった、ボクのハイパーテクノロジー!どう?すごいでしょ?」

 「今までこのエリアが閉鎖されてたってことは、モノクマがここから収穫して厨房に運んでたの?」

 「良い所に気が付いたね正地さん!もっと言っていいんだよ!そう!ボクがオマエラのためにここで毎日せっせと食べ物を収穫しては厨房に運んで・・・毎日毎日、来る日も来る日も白くて柔らかな肌を泥で汚しながら・・・!」

 「勝手にやってたことだろ」

 「でもこうやって開放したからには、今後はボクはそんなことしてやらないからね!種や必要な道具はくれてやるから、後はオマエラがこのエリアを管理しろよな!」

 「急に押しつけてきた!そんなのないよ!どうやってやればいいか分からないもん!」

 「そんなオマエラにモノモノウォッチ〜!」

 

 ピロリン、と音がして、モノモノウォッチが更新された。『農耕エリアの手引き』なんてファイルが追加されたことのお知らせが届いてて、色んな作物の育て方から収穫方法、畑や田んぼのメンテナンス方法なんかも書いてあった。台風の時には絶対様子を見に行ってはいけませんとか、ここに来てからろくに雨が降ったこともないのに。

 

 「そんじゃあ案内してあげる。あ、そうだ。このエリアに入る前に、必ずオマエラには全身消毒してもらうからね」

 「え。モノヴィークルはどうなるんだい?」

 「そんなもん使えねーよ!歩け!」

 「うへえ」

 

 農耕エリア内はモノヴィークル禁止と聞いて、納見君が唸り声を出した。ゲートから繋がる通路を通っていくと、学校のプールみたいに浅く水が溜まってるところと、シャワーが待ち構えていた。もしかして、服脱がなくちゃダメ?

 

 「靴も服もそのままでいいよ。消毒液で靴底の消毒と、シャワーで全身の消毒をするだけだから。これは出入りの時に必ずやることになるから。消毒しないまま農耕エリアに入るのは禁止ね」

 「つまり、エリア全体が巨大なビニールハウスのようになっているわけか」

 「まあそんなところかな」

 「ぷあっ!ぺっぺっ!口に入りました!苦い!」

 「はははあ、スニフ氏の背丈だとちょうど顔面に吹きかかるねえ。はははあ」

 

 吹きかけられた消毒液が口に入ったスニフ君が悶えて、納見君が笑う。下越君は慣れた様子で消毒液を腕や脚にすりつけて、私たちもなんとなくそれに倣う。消毒通路を抜けると、あぜ道のようなエリアをモノクマの先導で歩いて行く。畑や田んぼは見たままだから割愛すると言うけれど、これだけの自然があって、トンボの一匹もいない。カエルやセミの鳴き声も聞こえない。生物の気配が全くしないのは、なんとなく不気味でもあった。

 

 「ビニールハウスの中は、特にデリケートな野菜を育ててたり、果樹園になってたりするよ!」

 「こっちの小屋は?」

 「ここは農具をしまってあるところ。田植機や稲刈り機、収穫機なんかもあるから自由に使っていいよ」

 「おお!千歯こきもあるじゃあないかあ。教科書で見たときから一回使ってみたかったんだあ」

 「納見君、あんまりいじったら危ないよ」

 「まあ消耗品だから、よっぽど乱暴に扱わなけりゃ壊しても特に何も言わないけどさ。タダじゃないんだから気を付けてよね」

 「急にシビアな話すんなよ。こんだけ現実離れしたことしといて」

 

 よっぽど珍しいのか、農具をベタベタ触る納見君にモノクマがちょっと寂しげに注意する。納見君が言うように、教科書でしか見たことないような農具とか、どうやって動かすのか見当も付かないような大きい機械もあった。自由に使えって言われても、免許も持ってないのにこんなの乗れないよ。乗ってみたくは・・・あるけど。

 

 「ロマンですね!ボクもさわりたいです!」

 「スニフ君は危ないからダメ」

 「ヤスイチさんはいいのに!?」

 「納見もふざけている場合ではないだろう。行くぞ」

 「はいはい、ごめんよお」

 

 ダダをこねるスニフ君を引きずって、お気楽な納見君も引き戻して私たちは次の場所へ向かう。次はビニールハウスの中だ。ここはほとんどが果樹園になってて、苺狩りやブドウ狩りが楽しめそうな場所になってた。季節に関係なく美味しい果物が食べられるのはいいよね。なんだか朝ご飯食べたばっかりなのに、お腹空いてきちゃった。

 

 「はあ〜、大したもんだ。デケえのも小せえのもあるしどれも色つやがいい。品種も一通り揃ってやがる。クマ公、どうやって一気に育ててんだこれ」

 「うぷぷ♬企業秘密だよ♬」

 「これなんですか?」

 「これはビワっていう果物だよ。美味しいよ」

 「Beer(ビール)!?ダメですよ!」

 「ビワだよ。ビ・ワ」

 「ビ・ワ」

 「そうそう」

 「いやあビワなんて懐かしいねえ。なかなかいけるよこれえ」

 「勝手に食ってる!?いいのかよクマ公!?」

 「いやだから、元々オマエラに食べさせるために作ってるからいいよ。あんまりやり過ぎると困るんだけど」

 

 こっちには桃や柿やブドウが成って、あっちにはスイカやメロンが転がって、イチゴやレモンがたわわに実ってる。本当にありとあらゆる作物が、このエリアだけで作られてるんだ。下越君が色んな品種が揃ってるって驚いてるけど、まるで世界中の品種がここに集まってるみたいだ。これじゃ果樹園って言うより、果物の博物館みたいだ。

 

 「新鮮なフルーツ食べ放題エリアなんてえ、気が利いてるねえモノクマあ。桜桃もあるし花梨もあるし、ドラゴンフルーツやランブータンなんて珍しいのもあるんだねえ。おやあ、石榴までえ」

 「どんどんいってるわよ!?っていうか納見くん食べ過ぎじゃない!?研前さんじゃないんだから!」

 「ちょっと」

 「っていうか、納見のヤツ様子おかしくないか?」

 「これは・・・正地さん。納見君、あの時と一緒だよね」

 「ええ、そうね。これは・・・酔ってるわね」

 「はあ!?酔ってるだと!?テメエこの野郎納見!いつ酒飲んだ!オレに断りもなく!」

 「なぜお前に断る必要がある」

 「あばばばばあ、なんだい下越氏?顔が4つあるよお」

 「Drunk(泥酔)ですね」

 

 下越君がよく分からない理由で納見君に掴みかかるけど、納見君は相変わらずお気楽に笑ってされるがままになっている。朝食の場から一緒にいたんだから、納見君がお酒を飲んでないことくらい私たちが一番よく分かってる。だけど、納見君の場合は呑んでなくたって酔っ払うことがある。それを知ってるのは、私と正地さんだけだ。

 

 「納見くんったら、ウエスタンエリアのバーの雰囲気でべろべろに酔っちゃったのよ。お酒飲んでないのによ。ものすごい弱いの」

 「でも、Alcohol(アルコール)なんてどこにもなかったですよ」

 「あるだろう。あの消毒シャワーが」

 「消毒用アルコールに酔ったのか!?どんだけ弱えんだよ!?」

 「んにゃはあ。ゲプッ」

 「ほら見ろ。顔が赤らんでる。横にしておいた方がいい。モノクマ、納見を部屋に戻してくれよ」

 「ボクはメイドじゃないぞ!あ、でもボクのメイドコスは需要あるかも?チラリもポロリも数字upに貢献するかも?」

 「元はと言えば納見君がアルコールに弱いの知っててここに連れてきたモノクマのせいでしょ。なんとかしてよ」

 「分かったよもう、うるさいなあ。水飲ませて大人しくさせとけばすぐ復活するだろうから、部屋に戻しておくよ。よいしょっと」

 「おおう。ここの地面は独りでに動くんだねえ」

 「何を馬鹿なことを」

 

 口と手とシャツを色んな果汁で汚したままとんちんかんなことを言う納見君は、もう何体か出てきモノクマたちにアリみたいに運んで連れて行かれた。出るときにまたアルコール被るだろうから、もっとひどくなるな、なんて考えたら、ちょっとだけモノクマが可哀想になった。

 

 「さて、ここは私たちで管理しろとのことだったが、今のようなことがあったんだ。納見はこのエリアに立ち入り禁止でいいな」

 「ったり前だ!せっかくの野菜をあいつにめちゃくちゃにされかねねえ!」

 「私も賛成。納見くん危ないし」

 「ボクもです!」

 「私もそれでいいと思うよ」

 「満場一致だな。それで、収穫も俺たちでやるんだとしたら、交代制でやるのがいいんじゃないか?」

 「オレは毎日来るぞ!オレ一人に任せてもいいくらいだぜ!」

 「さすがに全員分の食糧を毎日運ぶのは骨が折れるだろう。毎日二人の手伝いを、交代で決めよう」

 「Fracture(骨折する)ですか!?」

 「大変だってことだよ」

 「正地と研前とスニフの三人は、私か雷堂と一緒の方がいい。女子供にとっては重労働だろう」

 「レイカさんもLady(女性)じゃないですか!」

 「私はいいんだ。力仕事なら心得がある」

 

 何がいいのか分かんないけど、農作業なんかやったことないから何をどうすればいいのか全然分からない。心得があるなら極さんがやってくれるのも助かるな、なんて呑気に考える。でもやっぱり極さんや下越君にばっかり任せるのは悪いから、雷堂君の提案通り、私たちが交代で収穫することになった。

 

 「今日のところは下越と私に任せてくれ。ここが最後のエリアということは、ここ以外に探索する必要もないということだろう」

 「まだあっちの小屋だけ見てないけど」

 「農具があるだけじゃないの?」

 「安易な決めつけは危険だ。納見がいないが・・・調べておくに越したことはない」

 

 正地さんが、果樹園の奥にある小屋を指さして言った。農具がしまってある小屋よりはずいぶん大きくて、小屋というよりログハウスみたいだった。こんな風に自然に囲まれた場所で、ログハウスでゆったり暮らせたらいいなあ、なんて思っちゃう。

 

 「なんだかRabbit hutch(ウサギ小屋)みたいでPretty(可愛らしい)です!」

 「大陸の価値観だな。普通に暮らせるサイズだぞ」

 「掃除が行き届いているのが逆に不気味ね・・・クモの巣1つないわ」

 

 ログハウスは、木の感じから建てられてしばらく経ってるのは分かるけれど、隅から隅までぴかぴかに磨かれて、つい最近誰かが手入れしたのが分かった。きっとモノクマが、ここを開放する前に掃除したんだろう。なんでこういうところだけ律儀なんだろう。

 中は、人がやっとすれ違えるくらいの狭い廊下で各部屋に繋がってた。廊下を進んで左が寝室、正面に二階への階段、右手はキッチン付きのリビングルームへ続いてて、その手前に洗面所とお風呂があった。二階は倉庫になってて、リビングルームが見下ろせる窓がついてた。

 

 「本当に人が生活できるくらいの設備だな。見ろよこのキッチン。今すぐにでも飯作れるぜ」

 「狭い廊下、部屋同士の接続は一本の廊下のみ。窓や勝手口から外にはすぐ出られる。二階からは・・・着地点に障害物なしか」

 「お前はどこを見てんだ」

 「ね、ねえ?二階の倉庫なんだけど・・・どうしたらいいのか分からなくて・・・」

 「どうした正地?」

 

 二階の探索をしてた正地さんが、窓から一階にいる私たちに声をかけた。一緒に探索してたスニフ君の姿が見えないけど、窓の縁にさらさらの金髪がちょっとだけ見える。困った様子の正地さんに、ただ事でない気配を察した私たちはすぐに二階に上がる。

 倉庫には、色んな薬品や、私たちみたいな素人の高校生が触っちゃいけなさそうなものがたくさんしまってあった。薬品だって分かるのは、いかにも複雑な化学式や英語で書かれたラベルが貼られた瓶だったり、化粧品なんかが入ってる容器だったりするものだ。ただの化粧品・・・なわけないよね。

 

 「牛尿成分たっぷり肌クリーム、鮫油のリンス、オットセイエキス錠剤、ハブ酒、蜂由来の注入液・・・心なしかこの部屋が臭うのは、そういうこと、なのかな・・・」

 「要するに、生き物から造られた薬品を保存する倉庫か」

 「こんなの倉庫エリアやショッピングセンターに並べりゃいいだろ。なんでわざわざこんなところに?」

 「モノクマのIdea(考え)なんか分かんないです」

 「そもそも、このモノクマランドに私たち以外に『生物』なんかいたの?ここに来てから、蚊も見てないよ」

 「・・・ここの『生物』がどこから来たのか、一考の余地がありそうだな」

 「特に害のあるものはなさそうだけど、なんだか不気味なのよ。どうしたらいいかしら・・・?」

 「このエリアに入るのは、作物の収穫だけだ。こんなところにまで近付かなければいい。それだけの話だろう」

 

 正地さんの言う通り、ログハウスのこの部屋には、なんとも言えない空気が満ちていた。実際はちょっと空気が籠もってて臭うだけなんだけど、部屋の暗さとか生物由来の薬品の数々が並ぶ物々しい光景に、なんとなく恐ろしいものを感じずにはいられなかった。

 結局、このログハウスにはなるべく近付かないって結論になった。モノヴィークルで来られない以上、人目に付かずにこんなエリアの奥深くまで来るのも一苦労だから、こっそり近付くことも難しい。納見君だけいないけど、みんなそれで納得した。

 

 「よし、私と下越は、明日の朝までの分の収穫をしてからホテルに戻る。お前たちはこのエリアから出てくれ」

 「私、ちょっと疲れたわ。ホテル戻ろうかしら」

 「ボクも行きます!ヤスイチさんしんぱいです!」

 「じゃあ私も行こうかな・・・雷堂君は?どうする?」

 「ああ。俺も・・・行こうかな」

 

 農耕エリアに残る極さんと下越君以外は、みんなホテルに戻ることになった。納見君のことが心配だしね。モノヴィークルを使っても、ホテルエリアから農耕エリアまでは距離がある。この距離を毎日、一日分の野菜を運んでくるのなんて絶対一人じゃ無理だ。下越君ってば、こんなことまで考えずに一人でやるって言ってたんだ。私が当番のときは、モノヴィークルで牽けるカゴとか持って来た方がいいな。

 自動運転機能のお陰で、緩やかに過ぎる風に吹かれながらぼーっとしてたらすぐホテルに着いちゃった。食堂に戻ると、すっかり酔いが覚めたのか、納見君が座ってた。

 

 「あっ、ヤスイチさん!もうダイジョブですか?()()()()()()ですか?」

 「()()()()、でしょ?」

 「それでした!」

 「酔ったのついさっきじゃない。本当に大丈夫?」

 「ああ・・・みっともないところ見せたねえ。どうにもアルコールには弱くてねえ」

 「はじめてじゃないからいいよ」

 「消毒のアルコールで酔っ払うって、弱いってレベルじゃない気がするぞ」

 「まだちょっと気持ち悪さが抜けないんだよお。こりゃあおれはあのエリアには行けないねえ」

 「そういうときはTea(紅茶)がいいですよ!ボクいれてあげます!」

 

 そう言うと、スニフ君は厨房にすっ飛んでいった。心配だから一緒に淹れてあげようと思ったら、自分でできるからいいって厨房を追い出されちゃった。すごすごと食堂に戻ったら、スニフ君が私たち全員分の紅茶を持って来てくれた。オシャレなカップに入った紅茶の香りが湯気と一緒に食堂中に広がる。ミルクとレモンスライスも一緒に付けてくれてた。スニフ君にこんな特技があるなんて知らなかった。

 

 「ふっふーん!どうぞ()()()()()です!」

 「()()()()()でしょ?」

 「それでした!」

 「うん、おいしい。スニフくん、すごいのね。身体の芯から温まってリラックスできるわ」

 「大したもんだねえ。スッキリするよお」

 「ボクはBlack tea(ストレート)です。やっぱりTea(紅茶)はこれですね」

 

 お茶請けがないのはしょうがないとして、スニフ君の淹れてくれた紅茶でみんな一息吐く。納見君もすっかり喉の気持ち悪さが洗い流されたみたいで、完全に酔いから復活したみたい。

 

 「そういやあ、農耕エリアってのはどんなエリアだったんだい?消毒用のシャワ〜浴びたくらいから記憶が曖昧でねえ」

 「そっから記憶ないのかよ」

 「極さんたちとも話したんだけど、納見くんは危ないから農耕エリアに立ち入り禁止ってことにしたんだけど、いいかしら?」

 「そりゃあ仕方ないねえ。おれだって酔ったおれが何しでかすか分からないしい、別に構わないよお」

 「そこの分別はつくのか」

 

 納見君に農耕エリアを一通り説明して、マップを見ながら実際の状況と照らし合わせていく。どちらにしても納見君はあそこに入れないし、入ったとしても何もできないくらいに酔っ払っちゃう。約束を破ったとしてそれを隠し通す判断力も無くなると思う。

 

 「ぷは、美味しかったよおスニフ氏。ありがとお」

 「()()()()()()

 「()()()()()()、でしょ?」

 「それでした!」

 「スニフくん、それわざとやってない?」

 「あう・・・Japanese(日本語)むつかしいんです」

 「研前も研前で、よく分かるな」

 「あはは、なんとなく、かな」

 

 そう言えば、スニフ君の日本語の言い間違いはいつも私が訂正してる気がする。なんとなくだけど、言いたいことが分かるんだよね。言い間違いがひどいとは思うけど、こういう時にスニフ君みたいな子が言うことなんて、何個かしか浮かばないし。

 

 「なんとなくのほほんとしてる感じがしてるけど、研前って意外と周りのこと見てるよな」

 「えー、なにそれ。私だってしっかりしてることあるもん」

 「雷堂くんが周りを見てなさ過ぎるのよ。みんなのこと考えるのはいいけれど、私たちの心配とか、あんまり考えたことないでしょ」

 「んえ・・・そ、そうかもな。まあ、今だって極に頼りっ放しだし・・・そんなに頑張ってるってつもりもないんだけど。茅ヶ崎のことだって、俺がもっとしっかりしてれば止められたかも知れないし」

 「・・・っ!」

 

 雷堂君のその発言で、食堂のまったりとしていた空気が急に緊張した。こういうことを天然で言ってしまうから、雷堂君はちょっと頼りない感じになっちゃう。でもそれが雷堂君らしいし、私たちが支えてあげなくちゃって気になる。私たちを助けようとしてる彼を、助けてあげたいと思わせる魅力がある。

 

 「雷堂君が責任を感じることじゃないよ・・・茅ヶ崎さんは、自分の気持ちを伝えようと思って夜中の厨房に残ったわけだし」

 「そう言えば、茅ヶ崎は俺の夜食におにぎり作ってくれてたんだよな、それも納見に食べられたから俺は裁判のときに初めて知ったんだけど・・・なんでそんなことしてくれたんだろうな」

 「・・・はあ?」

 

 雷堂君の口から飛び出した言葉を理解するのに、一瞬間があった。私だけじゃなくて、スニフ君も正地さんも納見君も、ぽかんと口を開けて雷堂君の顔を見てた。みんなから見つめられた雷堂君は戸惑ってる様子だったけど、もしかして雷堂君、本気でそんなこと言ってるの?

 

 「ウソでしょ・・・?茅ヶ崎さんが雷堂君のためにおにぎり作ってくれたんだよ?あの恥ずかしがり屋の茅ヶ崎さんが、夜食だって言って労ってくれてたんだよ?その意味が・・・分かってないの?」

 「え?意味ってなんだよ。普通に労ってくれたんだろ?」

 「こりゃあ思ったよりも重症だねえ」

 「かっこつけてるわけじゃないとしたら・・・私、なんだか怖いわ」

 「それはあんまりだよ雷堂君・・・茅ヶ崎さんが何のためにそこまでしてくれたのか、考えたこともないの?」

 

 ウソを吐いてるようには見えない。雷堂君は、そんなウソを吐く人じゃない。それは私だってよく分かってる。でもだからこそ、私はそんな雷堂君が許せなかった。私がこんな気持ちになっても茅ヶ崎さんは浮かばれないし、今更こんなことを雷堂君に言ったってどうしようもないことだって分かってる。だけど、それじゃあまりにも茅ヶ崎さんが可哀想で、カッとなって椅子から立ち上がった。

 

 「こなたさん?どうしました?」

 「雷堂君のそういう、人の気持ちに気付いてあげられないの、直した方が──ううん、直さなきゃダメだよ!」

 「と、研前さん!落ち着いて・・・!」

 「リーダーなんだったら、もっとみんなの気持ちを考えてよ!みんなの気持ちに気付いてあげてよ!茅ヶ崎さんは、私たちを引っ張ってくれてる雷堂君のこと見て、かっこいいって思ってたんだよ!雷堂君のことが・・・好きだって言ってたんだよ!」

 「・・・ぬぇっ!?す、好きって・・・茅ヶ崎があ?」

 「ホントに気付いてなかったの・・・」

 「いや、だってそんなこと言われたことなかったし、茅ヶ崎とはあんまり喋ったことなかったし・・・そんな素振りも特になかったしさ」

 「だから、夜食のおにぎり作ってたじゃん!」

 

 勢いに任せて、茅ヶ崎さんの気持ちを勝手に私が代弁しちゃってた。自分でも興奮気味で、何を言ってるのかよく分からなくなってくる。思うがままに口を動かして、自分の言ったことを自分で聞いてようやくその意味を理解してた。ぽかんとした顔をしてる雷堂君に全部ぶつけてやりたくなって、後先を考えられないほどに熱くなってた。

 

 「ああ、そうだったのか。んん・・・いやでも、そんなこと言われても、なんて答えたらいいか・・・。茅ヶ崎がそんな風に思ってたなんて、マジで意外だな。びっくりした」

 

 そんな呑気な言い方に、私はまた熱くなる。

 

 「何その他人事な感じ!雷堂君はホントそういうところあるよ!自分の物差しでしか周りを見てないじゃん!雷堂君が思ってるよりもみんな色々考えてるの!色んな気持ちを持ってるの!」

 「茅ヶ崎には悪いとは思う・・・けど、もうそんなこと言ったって遅いじゃんか。俺だってあいつが正面から言ってきてくれたら、ちゃんと答えてやれたしさ」

 

 悪いと思ってるのは本心なんだろう。茅ヶ崎さんの気持ちを今言ったって手遅れなことも事実だ。だけど、そんな正論じゃ納得できない。ただ私の感情を逆なでするだけだ。

 

 「それができないから、茅ヶ崎さんはああやって遠回しに気持ちを伝えようとしたんでしょ!雷堂君は1から10まで全部言われないと分からないの!?口に出さなくたって、もっと人の気持ちを察してあげてよ!」

 

 無茶苦茶なこと言ってる。自分でそう思う。

 

 「今だってそうだよ!男の子よりも色んな女の子と仲良くして、勘違いさせるようなことしないでよ!」

 

 雷堂君に悪気があってやってるわけじゃない。そんなこと分かってる。

 

 「私だって雷堂君のこと好きなのに!不安にさせないでよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ?」

 「──あっ」

 

 

 

 

 

 周りの温度が一気に下がって、空気が凝り固まったような感覚。私も、雷堂君も、見えない何かを胸に突きつけられて身動きが取れない。でも次の瞬間、私は自分でも驚くくらい身体が熱くなったのを感じた。そして──。

 

 「!」

 「と、研前さん!?どこ行くの!?」

 「こなたさん!走ったらあぶないですよ!」

 

 走り出してた。吐き出した言葉が戻ることを祈るように、両手で口を覆う。前もろくに見ないで、一心不乱に自分の部屋を目指す。冷静に考えられない。部屋のドアを開けてベッドにダイブする。

 

 

 

 

 

 呼吸が荒い。心臓が痛い。震えが止まらない。指の隙間から溢れる吐息がシーツを伝って頬を熱する。言った。言っちゃった。私いま、何も考えないで、雷堂君に・・・告白しちゃった。返事は?聞いてない。聞く前に私は逃げてここにいる。なんで逃げた──なんで言っちゃったんだろう。あんな言い方して、雷堂君はどんな顔してたろう。こんなの・・・ダメだ。絶対ダメだ。私・・・失敗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう・・・消えてしまいたい。


コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:7人

 

【挿絵表示】

 




遂に進展があったようです。
女の子から告白されると、男としては「言わせちまった」て感じるところです。

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