『恋するフォーチュンクッキー』(AKB48/2014年)
(非)日常編1
ボクたちは、いつの間にかホテルのレストランに集まってた。アクトさんがあんなことになった後モノクマが現れて、ボクたちは夢中で逃げた。あのわけのわからないモンスターと、アクトさんの死体からはなれたかった。これがリアルだなんて信じたくなかったんだ。
だけど、逃げてもこのモノクマランドから出られるわけじゃない。ずっとここにいるしかないと逃げてから分かった。そうなるとボクは、とにかく一度ベッドに入りたかった。本当はこれは全部ゆめで、ベッドの中に入ればまたママのやさしい声が聞こえてきて、トースターでこんがり焼いたトーストのいいにおいがするんじゃないかと思った。だからホテルにもどって来た。
ボクと同じことを考えたのか、みんなレストランでくらい顔のまますわってた。ボクの後にも何人か同じようにもどって来て、15人になった。一人、足りない。
「あ、あれ・・・?あの・・・一人、足りないみたいです」
何回周りを見ても、そこにはボクを入れても15人しかいない。あと一人はだれだ?心の中で顔を思い出していくと、オレンジヘアーにしっぽみたいなヘアスタイルのあの人がいないことに気付いた。
「テ、テルジさんは・・・?」
「下越なら・・・」
「オレを呼んだかーーーっとぉ!」
アンウェルなワタルさんが答えるか答えないかくらいのときに、キッチンからテルジさんが飛び出してきた。どこにしまってあったのか分からないビッグパンから、テルジさんが見えなくなるくらいのスチームが出て来てる。それを広いテーブルの真ん中に置くと、ボクたち全員分の小さいお皿とスプーンを並べた。
「ああ何も言わなくていい。全員そろったんだったらちょうどいい!取りあえず飯にするぞ!」
ボクらはみんなポカンと口を開けてそのビッグパンとテルジさんを見た。お腹がへってたからじゃない。まさか今そんなことを言うとは思わなくて、まさか今クッキングなんてしてると思わなくて、何を言ってるのか分からなかったからだ。
パンの中には白くてどろりとしたスープが入ってた。その中に浮かぶポテトやキャロット、パセリ、それにこのにおい・・・クラムチャウダーだ。
「ほら極、苦手なもんねえか?ほっくほくのジャガイモだぞ!納見も食えよ。この人参のあまみがたまらねえんだ!」
「下越くん・・・あなた、どういうつもり?」
周りにいた人にクラムチャウダーをよそってあげてるけど、今はとてもごはんなんて食べる気分じゃない。ボクたちはここに閉じ込められて、出て行くためにはだれかを殺さなくちゃいけない。それだけでもブルーになるのに、ついさっき、ボクたちはアクトさんが殺されたのを見たばかりだ。
他の人たちの気持ちを、セーラさんが代わりにしゃべってくれた。少しおこってる。
「今がどういう状況か分かってるの?私たちはあのモノクマっていうヤツに閉じ込められて・・・コ、コロシアイを強いられてるのよ?それに・・・それに、みなぎりくん、が・・・あ、あんなことに・・・!それなのに・・・あなたは、何も感じないの・・・?」
「んなこと分かってる。皆桐は・・・あいつのことは、なんつうか、悔しい」
「じゃあ、なんでこんなときにごはんなんて」
「こんなときだから飯を食うんだよ」
セーラさんの手がぶるぶるしてた。こんなときにテルジさんを怒るなんてとっても勇気がいることだ。とちゅうで泣き出してもテルジさんからは逃げない。本当は女の人にそんなことをさせてる場合じゃないのに、ボクはそこで何もできなかった。こんなとき、何をすればいいのか分からなかった。
「コロシアイなんて下らねえことさせねえし、ここから出て行くのもあきらめねえ。モノクマのヤツがそれをさせねえとしても、オレは絶対に負けねえ。皆桐が殺されたのは悔しい・・・とか、悲しいとか上手く言えねえけどよ。あいつはオレらのためにモノクマに立ち向かったんだろ?だったらオレらが落ち込んでちゃダメだろ!皆桐は何のために勇気出したんだ。お前らがこうなってちゃそれこそ皆桐は浮かばれねえだろ!だからムリヤリでも元気出すんだよ!下向くんじゃねえ、前向くんだよ!そのために必要だったらオレはいくらでもお前らの食いたいもん作ってやる!オレにはそれしかできねえからな」
テルジさんはセーラさんに向かってしゃべってた。だけど、その言葉はセーラさんだけじゃない。そこにいたボクたち全員に向けての言葉だった。アクトさんが何のためにモノクマに立ち向かっていったのか、その理由と気持ちを考えて、だれよりも先にここに来てキッチンに向かったんだ。自分にできることをいっしょうけんめいやってるんだ。そんなこと、たぶんセーラさんもボクも、他のだれも考えてなくて、みんな少しの間、何も言えなかった。
「下越くん・・・そこまで考えてたの?」
「考えたっつうか・・・そう思っただけだ。直感だ直感!」
「いや、下越の言う通りだ。知らないうちに心を折られてた。けどそれじゃ皆桐を裏切ることになるな」
「ごめんなさい、私、あなたがそこまで考えてるなんて思ってなくて・・・」
「そんなホメんじゃねーよ!悪い気しねーぞ!ほら、冷める前に食っちまいな!」
ボクも、そんなことをテルジさんが言うなんて思ってなくて、おどろいた。でもそうかもしれない。ブルーになってるだけじゃ何も変わらない。何かをしないと何も変えられない。だからボクたちは明るくなってなきゃいけないのかもしれない。
「クラムチャウダー苦手なヤツは言えよ。ビーフストロガノフだろうが味噌汁だろうがトムヤムクンだろうが作ってやるぜ!」
「すげーな下越!なんでも作れんのかよ!どれどれ・・・うめえ!めちゃくちゃうめえぞこれ!」
「ふん、この状況でよく他人の作ったものなど食えたものだ。毒が入っているとも限らんのに」
「ぶふぁっ!!」
「いよおっ!?汚っ!!?なんですか城之内さん!!」
「ゲホッ・・・いやだって、星砂が毒とか言うからよ!」
「毒だと?」
「食べてすぐではバレてしまうから、数時間後に効き始める遅効性の毒か?無色にして無味無臭で致死性かつ遅効性・・・どこから調達したのやら、凡俗の考えそうなことだ」
「ばかやろう!毒なんか入れたら死ぬだろうが!」
「いや、そういう話だし」
「星砂くん、なんで下越くんの料理に毒が入ってるって思ったの?」
「ヤツはここを出るには誰かを殺せと言った。その言葉が嘘であれ真実であれ、間に受けた凡俗がいれば同じことだ。毒でも盛られたらたまったものではない」
「じゃあ分かった!!」
せっかくテルジさんのおかげでレストランがほんわかしたと思ったのに、ハイドさんがそれをまたいやな感じにした。コロシアイなんてそんなこと、間に受ける人なんているわけない・・・よね?
ハイドさんの言い分に怒ったのか、テルジさんはよそったお皿を一つ取りあげた。どうするのかと思ったら、そのクラムチャウダーを一気に食べた。びっくりするぐらいストリリングに、でもワンドロップもこぼさずきれいに。
「これでどうだ!毒なんか入ってねえだろ!」
「・・・警戒を怠るなと言っている。実際に毒が入っていようがいまいが、怪しまれる行動は損にしかならない。俺様は忠告してやっているのだ。貴様ら凡俗にはせいぜい賢く立ち回ってもらわんと、面白くないからな」
「面白いってえ・・・なんのことだい?」
「このモノクマランドの掟を見ていないのか。つくづく危ういヤツらだ。まあ、読めば凡俗どもにも分かるだろう。これはゲームだとな」
「ゲーム?」
「俺様は単独行動を取る。寝床は限定されているようだが、それ以外は好きにさせてもらうぞ!せいぜい俺様を楽しませてくれよ凡俗ども!わっははははは!!」
「お、おい待てよ星砂!こんな得体の知れないところ一人でなんて・・・!」
「放っておけ雷堂。ヤツは好きにするそうだ」
「いやでも、あいつが好き勝手してモノクマ怒らせたら、あたしたちにまで何かあったりしない?」
「それならハイドさんも同じだと思います。きっとダイジョブですよ」
ワタルさんが引き止めようとするけど、ハイドさんはそれを知らんぷりして行っちゃった。こんなところでこんなときに一人でいるなんて、そっちの方がボクには考えられない。
「しかし、よく分からんことを言っていたな。ゲームだとか掟だとか」
「モノモノウォッチに書いてあることじゃないかな。ここで暮らす上でのルールだよ」
「え・・・こなたさん知ってたですか?」
「なんとなく調べてみたら、ね」
「これか」
みんなが自分のモノモノウォッチを見た。パネルの右下に本のマークがあって、それをタッチするとルールブックが広がった。イングリッシュバージョンもあるなんて、変なところで親切だなあ。
『みんなの夢の国!モノクマランドの掟』
1.生徒達はモノクマランド内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。
2.モノクマランドについて調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。
3.夜10時から朝7時までを『夜時間』とします。『夜時間』は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。
4.就寝はホテルに設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。
5.ゴミのポイ捨てなど、モノクマランドの美観を損なう行為を禁じます。
6.オーナーことモノクマへの暴力を禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。
7.仲間の誰かを殺した『クロ』は“失楽園”となりますが、自分が『クロ』だと他の生徒に知られてはいけません。
8.掟は順次追加されていく場合があります。
「な、なんだこりゃ?」
「読んでそのまま、掟だ。これを破るとどうなるか・・・」
「・・・ひとまず従っておくべきだな」
「これからどうなっちゃうのかな・・・?たまちゃん、ちゃんとおうちに帰れるのかな・・・?」
「今のとこは、望み薄だな」
「やめてよ!もうなんなの!?いきなりこんなところに連れてこられて、帰れなくなって、その上コロシアイだなんて・・・!もういや・・・おうちに帰して・・・!」
モノクマからむりやり押し付けられたルールは、ボクたちにとっては何の意味もなかった。ここから出るには人を殺すしかない。それをもう一回教えられただけだった。
「ちょっと正地ちゃん・・・泣かないでよ。あたしだって本当は・・・か、帰りたいんだから・・・」
「帰りたいと願うのはぁ!!みなみなさま同じでぇございますぁ!!いよーーーっ!!はあ・・・空元気も底を尽きそうです・・・いよぉ・・・」
「ったり前だ!こんなとこでじっとしてるつもりはねえぞ!なんとかしてすぐにでも外に出るんだ!」
「ほあー?」
ついにセーラさんがガマンできなくて泣き出した。それにつられてマナミさんもいよさんも、ハルトさんも声をあげた。ボクだって今すぐホームに帰りたい。だけどそのためには・・・ううん、そんなことできるわけない!
「・・・ねえねえねえねえ!みんなどうしたいの?まいむはなにがなんだかこんがらがってきたよ♠」
「決まってるだろ!ここから出る!そんでもってうちに帰るんだ!」
「ははあ、じゃあみんなだれかを殺すつもりなんだね!」
あっさりと、当たり前のことみたいに、マイムさんは言った。今、ボクたちはだれかを殺すなんて話にはとくにナーバスになってるんだ。それなのに、マイムさんはそんなこと知らないとばかりににこにこ笑ってる。
「虚戈さん・・・?何言ってるの・・・?」
「だってモノクマちゃんも言ってたよ?ここから出るにはだれかを殺さないと出られないんだよねー♠まいむはちょっと悩んじゃうけど、みんなは出たいんでしょ?じゃあもうだれかを殺そうとしてるってことだよね♡うわー♡ドキドキするよっ♣だれがだれを殺すのかな?まいむも殺されちゃわないようにしないとっ♠」
「頭がおかしくなりそうだ。虚戈、お前はなぜ笑っていられるのだ?」
「だってまいむはクラウンだからっ☆クラウンはね、苦しくったって悲しくったってステージの上では平気なんだよ☆クラウンはね、いつもいつもみんなを笑顔にするために笑ってなきゃいけないんだよ☆」
「そうじゃねえよ!なんで皆桐のあれを見て殺すとか殺されるとか、ヘラヘラ言えるんだよ!」
「な、なんで?え?だってみんなが出て行くためにだれかを殺そうとするのと、アクトが死んじゃったのって関係なくない?もしかしてまいむ、何かかんちがいしてる?ああううう・・・わかんないよー♠」
「もうやめろ!!」
急にたくさんしゃべりだしたまいむさんは、マイムやコントでしてるわけじゃない。リアルにこの、コロシアイっていう場を楽しんでる。かと思ったら、なんでって聞かれてコンフューズしたのか、小さく丸まった。どうしてそんな風にいられるんだろう?アクトさんが目の前でああなったっていうのに、何も思わなかったんだろうか。なんだかホラーだ。
そんなマイムさんに、じっと座ってたサイクロウさんが大声を出した。
「殺すだなんだと・・・死ぬのがどうだとか、もうたくさんだ。やめてくれ」
「・・・はーい♣」
苦しそうに、辛そうに言うサイクロウさんを見て、マイムさんは不満そうに言った。きっとまだ分かってないんだろう。なんだか、ついさっきクラムチャウダーを食べようとしてたのがウソみたいだった。ハイドさんとマイムさんが思いもしなかったことを言うから、レストランはとってもスティープな感じになっちゃった。
「とにかくだ」
こんなとき、声をあげるのはやっぱりワタルさんだった。リーダーとして何かしなきゃいけないと思ったのか、ナチュラルにそう思ったのか、ボクたちをエンカレッジしてくれる。
「ルールを読む限り、俺たちが何もしなければあいつも何もしてこない。不安要素はあるけど、行動の自由も保証されてる。一通りの探索はしたけどまだ調べ切れてない場所があるかも知れない。それに、外からの助けもあるはずだ。ひとまずはここでの暮らしを受け入れて、機を見て脱出するんだ」
「暮らしって・・・本当にここで暮らすの?やだやだやだあ!たまちゃんおうちに帰りたい!」
「わがままを言うな。辛いのは皆同じだ」
「希望ヶ峰学園の生徒が17人も一気に誘拐(はこ)ばれたんだ。学園だけじゃなく警察や・・・下手したら国家レベルで動くはずだもんな。だ、大丈夫だよな!?」
「大丈夫、すぐに助けが来る。その間俺たちは、余計なことはしないようにするしかない。だから一致団結してここで暮らすんだ」
「ふふふ・・・では私からも一つ提案だ」
ワタルさんの言葉にエンカレッジされるけども、やっぱり心配は消えない。本当にダイジョブなのか?キボーガミネやポリスの助けがすぐに来る、そう思いたいけど、でもどこかで不安なままだ。こんなとき、ワタルさんやハルトさん、エルリさんみたいにポジティブになれたらって思う。
「共同生活を送るのならば、全員の生活習慣を統一した方が合理的だ。互いの行動を監視し、秩序を作る。そのために朝食と夕食の場所と時間を共有しておきたい」
「飯の話か!!だったら任しとけオラァ!!」
「うるせえな!音飛ぶだろうが!」
「ちなみに私は低血圧で朝には弱い。早くとも8時半に朝食にしてくれるとありがたいのだが」
「いよーっ!のんびりしてございますなあ!いよは毎朝5時には寝床を飛び出して、何をしているかと申しますとそれはもちろん朝稽古に弁を一つ二つ回してからぁ、ほんのささやかな朝食にする!これが身に染みついてェおりますです!」
「起きる時間は自由だが、朝食は8時半にこのレストランにしよう。全員集まって起きたことを共有するのが目的だ」
「余裕!!」
テルジさんだけなんだか話のポイントがズレてる気がするけど、取りあえずブレイクファーストはAM8:30、ディナーはPM7:00に決まった。そこで、その日に起きたことや見つけたものをシェアするんだ。ブレイクファーストがその時間だったら、モーニングティーはまとめちゃった方がいいかな。
ごはんの時間を決めたら、ボクたちはバラバラになった。ひとりぼっちになるのはちょっと心配だったけど、みんなすぐ近くのルームにいるからダイジョブだ。ボクもホテルにあるマイルームに行ってみた。どうしてマイルームって分かるかっていうと、ドアのプレートにボクの名前が書いてあったからだ。
「ボク、ホテルはじめてじゃないです」
「そうなんだ」
「でもひとりでステイするのはじめてです」
「そっか。こわい?」
「こ、こわくないです!ボクはもうハイスクールスチューデントですから!ひとりでステイくらいできます!」
「ふふ、えらいね。こわくなったらいつでも私の部屋に来ていいからね」
「Really!?」
おとなりさんがこなたさんな上に、いつでも行っていいなんて、それってもうカップルじゃないか!やったね!
じゃあね、と言ってこなたさんはルームに入っていっちゃったから、ボクもまずはマイルームを見てみることにした。これだけハイグレードなホテルだから、きっと中もゴージャスなんだろう。パパとママと行ったアイランドホテルやシティホテルもいいルームだったけど、こっちはどうかな。目の前のドアノブを回して、ドアを開けた。
中は、ボクがイメージしてたものの2ランク・・・いや、3ランクはハイグレードだった。ドアを開けてすぐにリビングが広がっていて、真ん中におっきなスクエアテーブルがあって2つのキャスターチェアが用意されてた。ブックシェルフにはボクの大好きなマスマティクスの本がすきまなく並んでて、手の届かない段の本を取るためにステップラダーもある。ホワイトボードもキレイになってるしライトもあたたかくて安心する。アンティーククロックやパズルインテリアがあちこちに置いてあって、テレビの横にはニッポンのスナックまで用意してある。
「Wonderful!!」
思わず叫んだ。これじゃまるで、ボクのために用意したみたいじゃないか。シャワールームにはお気に入りのフレーバーのシャンプーもあるし、ベッドは場所をとらないようにボタン一つでかべから出てくるギミックだ。もちろんトランポリンみたいにジャンプできるくらい(ボクはやらないけど!)ふかふかで、干したあとのいいにおいがする。あとニッポンのトイグッズもテレビの下にあった。Wonderful!Marvelous!Fantastic!!
「Oops」
これだけ用意があれば、いつでもマイルームでマスマティクス・スタディできる!つい、このホテルにずっといたいと思ってしまった。でもちょっと待てよ。このホテルってあのモノクマが用意したもののはずだ。じゃあルームに何かおかしなものがあったりするんじゃないか。ベッドのそばにある小さいライトテーブルのドロワーを引いてみた。やっぱり、ツールキットがある。もちろん英語でインストラクションも。
ーーこれは、鍵開けキットです。このキットは、個室のドアを外側から開けるための道具です。この道具を使ってドアまたは鍵を破壊することはできません。また、この道具は個室以外のモノクマランドのいかなるドアにも使えません。この道具は、宿泊者様全員に同じものを配布しております。ーー
その後は、ツールの名前や使い方、アンロックのやり方なんかが書いてあって、ラストには
ーーあなたの健全なコロシアイを応援します。モノクマランドスタッフ一同よりーー
とまで書いてある。ボクはそれをすぐにトラッシュボックスに突っ込んだ。こんなもの使うわけないじゃないか!というか、インストラクションに書いてあって気付いたけど、なんでこれだけハイグレードなホテルでゲストルームのキーがスライドロックなんだ!トイレみたいじゃないか!
マイルームにいても何かが変わるわけじゃない。今日中にここを出られなかったらきっとここでステイすることになる。だったらここは夜でいいから、今はランドで出る方法がないか調べてみよう。こなたさんといっしょに行こうっと。
私は、一人考えに耽っていた。別に感傷的になっていたわけではない。ただ、このわけの分からない場所で、わけのわからない状況に苛まれている今に、どういう説明をすればいいのか考えていた。今まで経験してきた修羅場はいずれも、今より明確な危険が間近にあったが、それだけに目的がはっきりしていた。だがこのコロシアイ・エンターテインメントとかいうふざけたものは、目的が分からない。
「・・・」
あのモノクマというヤツは何者だ?一介の高校生といえど、“超高校級”の高校生たちだぞ。私はもちろん、他の誰に聞いても確実に希望ヶ峰学園の門はくぐったという。つまりヤツは、希望ヶ峰学園の保護下にあったはずの私たちを、17人も攫ったというわけだ。そしてこんなところに閉じ込めている。
さらに不可解なのは、ヤツが皆桐を処刑と称して殺したことだ。私たちへの見せしめ、そう言えば説明がつくかも知れないが、皆桐もまたヤツが危険を冒して攫ってきた“超高校級”の高校生のはずだ。人質は丁重に扱い、ギリギリまで危害は加えない。その手の稼業をする人間なら誰でも知っている鉄則だ。それをいとも簡単に破り、剰え私たちへの牽制のためだけに殺したとするなら、ヤツは相当イカレている。
「む」
部屋の本棚に並んでいたものはほとんど読んだことのあるものばかりだった。仏教画集や動物の写真集、美術品や骨董品の画集、伝説の動物たちを描いた図鑑。絵や写真を見ていると落ち着く。描き手や撮り手はそこに想いを込めている。強烈な感情や信仰、夢、希望を。誰かの感情が宿った絵画や写真は、生き物と同じだ。美しくあり、時とともに老いて、やがて失われる。
「確か、図書館があったな」
気に入った絵や写真は、赤のサインペンで壁に簡単に模写する。どういうわけか、この部屋は私がいつもいる場所を再現していて、壁紙は付け替え可能な超巨大模造紙のようなものでできていた。絵のアイデアはすぐに残しておけるようにしているのだが、なぜこの部屋もそうなっている。モノクマというヤツは、私たちの何を知っている?
部屋を確認したらすぐにモノクマランドの探索に向かうつもりだったのに、うっかり画集を手にとってしまった。気付けば小一時間も夢中になっていた。頭では答えの出ない問いを延々と繰り返し、目と手は画集に夢中。こんなことをしている場合ではない、女子供もいる。早急に脱出策を模索しなければ。取りあえずは新しい画集を図書館で探してからだな。
「誰もいないのか・・・」
個室前の廊下は小窓を突き当たりにして片側にだけ伸びていて、私たちの個室は向かい合って並んでいる。男女別でも五十音順でもないから、特に並びに意味はないのだろう。皆桐が使うはずだった個室の前には虎柄テープが張られ、進入不可になっていた。あっても意味のない場所はああなる、ということか。
階段を使って降りてフロントと出入り口を横目に、図書館へ続く自動ドアへ向かう。まだここに来て数時間だと言うのに、ずいぶんと慣れたものだ。この異常を当たり前と受け入れてしまいそうで、早くも私の危機感が薄らいでいることに危機感を覚えた。
「ん?」
図書館は柔らかな陽光が傾き始めて少し赤みを帯び、弱々しい内装照明と互角に混じり合って何とも言えない退廃的な、それでいて懐かしい雰囲気を醸し出していた。そんな図書館の机の上には、大量の本が積み上げてあった。誰かいるのか。そう思って辺りを見回してみると、脚立に昇って頭より上にある本に手を伸ばす正地がいた。あの辺りは、医学書か?
別に声をかける理由もなかったから、私はそのまま美術コーナーの方へ歩いて行こうとした。正地は私に気付く様子もなく、あと少しで届かない本を取ろうと脚立の上で背伸びをしていた。危ない。
「大丈夫か?」
「ふえっ!?うあっ・・・きゃあああ!」
「ッ!」
思い切って声をかけてみたら、正地は驚いてバランスを崩した。あの体勢から持ち直すのは不可能だろう。そう感じた瞬間、体が動いた。落ちてくる正地の下に回り込み、足下に降ってくる本を蹴飛ばして着地点を作る。でたらめに伸ばした手足を痛めないように避けて、正地の頭と体をしっかりと抱きかかえた。
とっさにやったが、案外造作も無いことだった。正地は無事に、私の胸の中で落ち着いた。
「・・・」
「・・・?」
「・・・ふすぅ」
ばさばさと本が落ちる音だけがして、一瞬の喧騒が響いた図書館は静寂に戻った。それでも、私の中の正地は動かない。気を失っている、というほどのことではない。茫然としている、にしては呼吸ははっきりとしている。恐怖で固まっている、ならこの手つきは説明がつかな・・・手つき?
「ッ!!!」
「きゃっ!?」
「な、なんのマネだ・・・!貴様、正地じゃないのか?」
今、こいつ確実に私の背中と腹を撫でた。とっさに掴まったものを確かめるような、わけもわからず目の前のものを確認しようとするような、そのどちらとも違う明らかに品定めするような手つきだった。
「あっ・・・ご、ごめんなさい極さん!大丈夫?」
「私はこの程度でケガなんかしない。それより今、私に何をした?」
「何って・・・き、極さんがケガしてないかと思って・・・」
「・・・」
当たり前のことのように言うが、どうも信用ならない。私が思い込んでいるだけかも知れないが、さっきの手つきにはどこか、下心があったような気がする。悪意や殺気の類がないが、それが余計に不気味だ。正地はそれ以上この話をされるのがいやなのか、慌てて話を逸らそうとする。
「わ、私は大丈夫みたい。ありがとう極さん」
「・・・いや、私が無駄に声をかけて驚かせてしまったようだ。出過ぎたマネをした」
「そんなことないわ。心配してくれたんでしょ?実は困ってたのよ。あの本を取りたいのだけど、手が届かなくて」
「そうか。生憎、私も届きそうにない」
「みんな探索に行っちゃったみたいで、私の他には誰もいないのよ。だから正地さんが来たことも気付かなかったわ」
正地の妙な行動はさておき、この図書館に人がいないのなら、さっきの本の山は正地のものということになる。私が言えた義理ではないが、レストランで雷堂が探索をすると言っていたのに、こんな所で何をしているのだろう。
「極さんは何をしに来たの?」
先手を打たれてしまった。
「・・・画集を探しに来た」
「画集?ああ、極さんは確か“超高校級の彫師”だったわね」
「いや、それとは関係ない。ただ、絵が好きなんだ」
ウソをついてもしょうがない。少なくとも私たちは協力すべき立場だ。私が感じた違和感も、よく考えれば気のせいか、それとも何かの間違いだ。敵意を抱いたり警戒するほどのことでもない。何より、体を触られるくらいのことをいちいち気にしていられない。
「そうなのね」
「私のことはいい。お前は何をしている」
「私?私はちょっと、お勉強、かしら」
「勉強?」
「私、按摩でしょ。みんなを癒してあげるのが私にできることじゃない?だから、朝晩のごはんのときにできるセラピーとか、みんなの部屋にあるといいフレグランスとか、みんなの疲れを効率良くほぐしてあげる方法とか、もう一回勉強してるの」
「お前は、“超高校級”なんだろう?今更勉強する必要があるのか?」
「普通のお客さんだったら大体は分かるんだけど・・・今って普通じゃないじゃない?それに、みんなそれぞれのことも、お客さんとの時よりもよく分かるでしょ。だから、一人一人にベストな癒やしをしてあげたいの。そのためには・・・プロでも勉強は必要よ」
落ちた本を拾い集めて、正地は乱れたエプロンを直した。レストランで下越が料理をしていたことに一番に立ち上がり、そして一番感銘を受けていたのは正地なのかも知れない。自分にできることか。下越や正地は“才能”がそのまま役に立って、正直羨ましい。
「下越に感化されたか」
「えっ!?い、いや・・・下越君は・・・う、うん。そうね」
否定しかけたが、遠慮がちに肯定した。
「ということは私も世話になることだな。せっかくだ、一人では大変だろうから手伝う」
「え゛」
「何か不都合か?」
「う、ううん!とっても嬉しいわ!ありがとう極さん!でも・・・やっぱりあの高いところの本は届かないわよね?」
「そうだな・・・いや、少し待っててくれるか」
「うん?」
私と正地は身長がほぼ同じ。正地に届かないものが私に届くわけがない。どうしたものか、と考えていて、あることを閃いた。いるじゃないか、高いところのものを取ってもらうのに打ってつけの男が。どこかに探索に行っているだろうが、少し探せば見つかるだろう。
「ちょうどいいヤツがいたので連れてきた」
「お前たち、探索はしなくていいのか?」
「く、鉄君なら確かに・・・背が高くて、力持ちね」
「私と正地では手が届かない本があるからな。手伝ってもらいたい」
「それは構わないが、探索は」
「まずはあの本を取ってほしいんだけど」
「俺の質問は無視なのか?」
ショッピングモールをうろうろしていた鉄を捕まえて、図書館まで連れてきた。2mを優に超える体躯に隆々の体付き、ものを手伝わせるには打って付けだ。早速、正地が届かなかった本を指さして頼んだ。脚立に乗ってもまだ僅かに足りなかったというのに、背伸びしただけで簡単に取ってしまった。
「これでいいか?」
「ぅん゛っ!!」
「?」
「あ、ありがとう・・・あの、他にも取って貰っていいかしら?」
「ああ、構わん。ああ、ちょっと待ってくれ」
鉄は懐からたすきを取り出すと、作務衣の袖に通して動きやすいように結んだ。袖がまくれると、鍛え上げられた筋肉が露わになる。浅黒くなった肌と合わせて実に力強そうだ。
「あっ無理」
「は?」
「・・・ご、ごめんなさい。なんでもないわ。えっと・・・この本を取ってきてほしいの」
「ずいぶん多いんだな」
「無制限に借りていけるみたいだから取りあえずリストアップしたの。ごめんなさい、急にこんなこと頼んで」
「いや、正地が自分に出来ることをしようとしているのは分かった。俺も探索よりこういうことの方が得意だ。俺も俺にできることをする」
「ありがとう、鉄君」
ほんのり上気したような正地に、私はこのままここに留まるべきか逡巡したが、正地が渡したメモの本を全て持って行こうとしたらさすがの鉄でも一人では厳しいだろう。私も共に手伝うことにした。正地がどう思っていようと今はそんな場合ではないのだ。私は気付かなかったふりをした。
「アロマセラピー、マッサージ、鍼灸術に音楽療法に気功術まで・・・人を癒すためには手段を選ばないのだな」
「普通に肩叩きだけではダメなのか?」
「鉄君とか須磨倉君とか下越君みたいに体を使うことがメインになる人だったら物理的な療法がいいと思うけど、ぬば・・・たまちゃんみたいに心が不安定になってる子やスニフ君みたいにまだ体が未発達な子にはそれぞれ適したやり方が必要なの」
「勉強熱心なんだな」
「私にできることをしてるだけだから・・・むしろ、これしか取り柄がないのよ、私」
「いいや、十分人の役に立っている。俺とは大違いだ」
「“超高校級のジュエリーデザイナー”だろう?本意でないとは聞いているが、それでも宝飾業界には貢献しているのだろう」
「・・・」
鉄は黙っていたが、それは肯定の意味だろう。やはり本意ではない“才能”で褒められても困るということか。確かにはじめは意外だったが、だからといって“才能”自体は素晴らしいものだし、鉄自身がそれを否定しているわけでもない。自信を持ってもいいと思うのだがな。
あまり前に出る性格でないことは既に知っているが、どうにも自信を持ってなさそうな、後ろ向きな雰囲気が焦れったく感じ、私は妙な気持ちになってきた。正地のこともあるし、老婆心だろうか。
「そうだ、試しに鉄をマッサージしてみたらどうだ。手伝ってくれたのだし、それくらいはしてもいいんじゃないか?」
「ぬっ・・・!?マ、マッサージか?」
「えっ!?ちょ、ちょっと極ちゃん・・・!?え?いいの?」
「いいも何も、手伝いの礼だろう?」
「そ、それもそうね・・・うん、そうね。お礼しなきゃよね。分かったわ。じゃあ鉄君・・・肩と腰と全身と脚と全身、どれがいい?」
「肩で・・・あ、いや、俺の気持ちは関係ないのか?俺は別にそういうつもりで手伝ったわけでは」
「鉄」
馬鹿、遠慮するな。そういう意味をこめて短く名前を呼んだ。それを察したのか、単純に気圧されたのか分からないが、取りあえず鉄は黙った。そして正地に言われるがまま、作務衣をはだけて肩を露わにした。さすがにいい体をしている。この背中にキレイに彫り物をするのは骨が折れそうだ。
正地はさっきよりあからさまに顔を赤くして、おそるおそる鉄の体に触れた。少し触れては熱いものでも触るように跳ねてまたそろりと触る。それではマッサージも何もないだろう。
「じゃ、じゃあせっかくだから、練習中のやつと本に書いてあるやつを試してみるわね。その後でいつも私がやってるやつを・・・」
「これは期待できそうだな、鉄」
「なんで極が楽しそうなんだ」
「さすがに鉄君、んっ、いい体してるわね・・・僧帽筋も三角筋もあっ、棘下筋までしっかり鍛えられてる。はあ・・・すっごい・・・」
「正地、もう少し普通にできないのか?変な声が漏れてるぞ」
「あっ・・・ご、ごめんなさい。ちょっと緊張してるのかも知れないわね」
痛みか気持ちよさか分からないが、正地が指を押し込み手の平で肩を撫でるたびに鉄も絞り出すような声を出す。いかにも疲れが取れている、といわんばかりの声だ。
「鍛えられてるけどところどころ凝ってるわね。こことかホラ・・・痛いでしょ?」
「ぬがっ!?」
「あとここも」
「ぐおおっ・・・!!?」
「鉄君、一つの作業を長い時間続けてやるクセがあるわね。ずっと同じ姿勢をしてたり」
「あ、ああ」
「そうすると一部の筋肉が凝り固まっちゃって、それが疲れの原因になったりするのよ。ストレッチをきちんとしないとダメね。特に肩から首にかけての筋肉を適度にほぐしながら作業する必要があるわ」
「い、今の何回かでそこまで分かったのか?」
「もちろんよ」
流石と言うべきか、何度か鉄の体を触っただけで見事に鉄の体のクセを言い当てているようだ。必要以上にあちこちを触っているような気もするが、素人目にはそんなものなのだろう。
「羨ましいな」
言うつもりはなかったが、思わず口に出していた。正地に施術を受けている鉄に対して羨ましいと思ったのではない、鉄に施術をしている正地を羨ましいと思った。
「ああ、痛いが疲れがほぐれていくのが分かる。想像以上の腕前だ」
「よかったら極さんもマッサージするわよ。いやむしろさせて欲しいくらいだわ」
「そうじゃない。私が羨ましいと思ったのは、正地だ」
「私?」
一瞬、正地の目がきらりと光ったような気がしたが、無視しておこう。それよりも私は、こうして真っ当に人の役に立っている正地のことが羨ましかった。つい声に出してしまうくらいには。
「自分にできることを見つけて人の役に立とうとしている。胸を張ってこれが自分の“才能”だと言えるではないか。私にはそれが羨ましい」
「そんな・・・私は、私の好きなことをしてるだけよ。それに“才能”なら極さんにもあるでしょう?」
「まあ・・・いや、“超高校級”と呼ばれておきながら贅沢なことを言うが、私は自分の“才能”があまり好きじゃない」
「そうなのか?確か・・・“超高校級の彫師”だったな」
「彫師って私、よく知らないんだけど、どんな“才能”なの?」
「彫り物師、要は入れ墨彫りだ」
仕方のないことだ。私の“才能”を聞けば誰しも顔をしかめるか、一歩距離を置く。入れ墨がどうこうではなく、それについて回るイメージのせいだ。しかし正地の反応はそのどちらでもなかった。
「ああ、入れ墨ね。最近はオシャレで入れる人もいるわよね。アクセサリー付けてるのと変わらないじゃない。ね、鉄君」
「んっ?お、おう・・・そうだな。実際に入れてる人は見たことないが・・・」
「お客さんでたまにいるのよね。最初はびっくりするけど、もう慣れちゃった。むしろ話の種になったりして助かっちゃうわ」
あっけらかんと正地は話す。人の素肌を見る機会が多い正地は、入れ墨についてもかなり柔軟な考え方をしているようだ。一方の鉄は少し戸惑っている。私に気を遣って正地に合わせているのだろう。むしろこっちの反応の方が私は慣れている。
「どうしても悪いイメージがついてまわってしまってな・・・悪いが、あまり自分の話はしたくないんだ」
「無理に話すことはない。誰でも秘密くらい持っているものだ」
「あら、鉄君にも秘密があるの?」
「んっ?あ、いや・・・うぅん・・・」
「うふふ、男の子だもの。女の子に秘密にしておきたいこともあるわよね。その逆も、だけど」
「楽しそうだな正地」
「だって、ここにいる3人とも秘密を持ってるんでしょ?秘密の共有ってなんだか友達っぽくてステキじゃない?」
「・・・むず痒いことを言うな」
人は誰しも秘密を持っているとは言うが、私のは秘密とは少し違う気がする。それでも、正地はやけにテンションを上げて言う。流れで正地にも鉄にも秘密があることが分かったが、どちらも言いづらそうだ。知りたくもなかったが。
「じゃあ私たちみんな秘密があるっていう、私たちの秘密。守らなきゃね」
鉄の両肩に手を置いて、正地はそう笑った。いつの間にかこの妙な三人組を成立させられてしまった。
「探索っつってもなあ・・・めぼしいところはだいたい調べたっぽいし、どうすっかな」
雷堂の提案で、飯を食った後もモノクマランドの中を探索することにはなった。でも最初に分かれた時にほとんど調べられたっぽいし、モノクマがうっかり抜け道を見逃すとは思えねえ。大掛かりなことするヤツほど、細かいところまで目が行き届いてるもんだ。かと言ってホテルでじっとしてる性分でもない。
「あてもなく歩くにはちと広いな」
「おやおや?そこのお兄さん。お困りのようですね?」
「うおっ!?おおおおおっ!!?な、なんだ急に!!?」
いきなり足下から声をかけられて見ると、さっきの白と黒のぬいぐるみが立ってた。条件反射というか、勝手に体がそいつから距離をとって危うく転びかけた。裂けた口元からぷぷぷと笑い声を漏らす姿はどこか愛嬌があった。でもだからこそ、そいつの凶暴さや残酷さが余計に恐ろしく感じる。なんというか、ちぐはぐなんだ。
「そうビビらないでよ。ボクは困ってる様子の須磨倉君にスバラシー便利グッズを紹介しに来ただけなんだから」
「べ、便利グッズ?」
「そう、その名も『モノヴィークル』!いちご大福のいちごのように、モノクマランドに住むならこれは欠かせないよ!」
「はあ?」
急に現れたモノクマは、一方的に話を進めて俺の手を引いた。ホテルのエントランスから出て、正面に備え付けの駐輪場みたいなところに停められた17台の乗り物。気にはなってたが、これがモノヴィークルか?
「広い園内を歩いて移動するのは疲れちゃう!受精卵から遺骨までLGBT問わず楽しめる夢の国モノクマランドはそんな声に応えてこんなものを用意しました!オマエラの足に変わってどこへでも連れてってくれるハイテクマシーン、それがモノヴィークルだよ!」
「もう頭痛くなってきた」
「須磨倉君、どれでもいいからモノモノウォッチをモノヴィークルの画面に近付けてみてよ」
言われるがまま、俺はモノモノウォッチを画面に近付けた。ピロン、と音がすると画面に俺の名前が表示されて、地図と現在地が表示された。携帯の地図アプリみたいで、下に小さくモノヴィゲーションシステムと書いてある。
「これで個人認証完了。オマエラ専用、一人一台のモノヴィークルができあがるってスンポーだよ。地図上でポイントを指定すれば、そこまで勝手に案内と運転をしてくれる次世代モーターさ!」
「ええ・・・ハイテク過ぎてついて行けねえよ。自動運転って実用化されてたっけか?」
「ボクにできないことはないの!まあ最高時速は15kmだし、絶対安全運転システムと緊急用エアバッグも積んでるから、その辺は安心してよ。いざとなったらそのハンドルで手動運転もできるしね」
「無駄に至れり尽くせりだな!」
「オマエラには事故や病気なんかして欲しくないからね!そんなんで死んでちゃつまんないでしょ?」
「・・・」
つい普通に説明を聞いてたが、こいつは俺たちをここに閉じ込めて皆桐を殺した、とびきりヤバいヤツだった。コロシアイを要求して、このモノヴィークルといいホテルやらショッピングモールやらを整えることで殺しに繋がること以外の心配事を排除しようとしてやがる。いかれてんのか正気なのか分からないところが、余計に不気味だ。
「ナビには履歴機能もついてるから、何度も同じ場所に行くと勝手に連れてってくれるようになるよ。すごいでしょ?」
セグウェイみたいな乗り物だけど、馬力はそこそこあるみたいだ。こんなもんどうやって開発したんだか。安全が保証されてるならここから出ても使ってみようかとちょっと思ってしまった。
「それじゃ、他のみんなにも教えてあげてね。登録は一人一台までだから独り占めはできないからねー」
「あっそう」
モノクマが失せた後、モノヴィークルを使ってみた。目的地を設定した後は台の上に立って目の前の手すりに掴まってるだけで、快適に目的地まで連れてってくれた。走行音も全然気にならないし、ちょっとした段差や悪路でも全然バランスを崩さない。すごいなこれ。
「さてと」
探索ついでにモノヴィークルを使ってみて、ギャンブルエリアに来た。聞いた話じゃここは茅ヶ崎しかろくに探索してないらしい。野干玉も納見も役に立たなかったそうだから、改めて探索しに来た。あくまで探索だ。遊びにきたわけじゃない。まずはカジノの中からだ。
「・・・」
自動ドアを通って中に入るとまず、その広さに圧倒された。一通りのゲームは揃ってるみたいだけど、とんでもない広さだ。奥の方に見える巨大ルーレットがキラキラ光りながら回ってる。それよりも何よりも、もう既に遊んでる声がしてるんだがどういうことだ。
「はい、1−3−5の9だから1ね。あはっ、やったあ!」
「ごあああああっ!!クッソ!!」
「おいお前ら・・・」
「あ、須磨倉お兄ちゃん。一緒に遊ぶ?」
「よう!」
テーブルの上に転がったサイコロの出目を見て、野干玉と城之内が喜んだり悔しがったりしてる。見るからにギャンブルで遊んでるが、今は探索の時間じゃなかったのか?っていうか野干玉のヤツ、納見にべったりだと思ったらもう別のヤツと遊んでるし。
「何やってんだよ」
「これ?ファンタンっていう中国のギャンブルだよ。サイコロの合計を4で割った余りを当てるの、簡単でしょ?」
「なかなかおもしれーぜこれ!須磨倉もやってみろよ!」
「いやそうじゃなくて、探索は」
そう言うと、野干玉が明らかにふて腐れた顔をした。めんどくさいんだな。
「だってあちこち歩き回るのとか、たまちゃん苦手だしー。ブーツだから歩きすぎはよくないんだよ」
「それ歩いたヤツの台詞だろ!ってかそれとギャンブルとどう関係あるんだよ!」
「ヒマだったから城之内お兄ちゃん誘ったの!せっかくモノクマネーも賭けられるみたいだから、勝負しない?って」
「ハスラーだったらビリヤードじゃないのか?」
「分かってねえな須磨倉よぉ。本場じゃビリヤードプレイヤーのことHustlerとは言わねえんだぜ?」
「あっそう」
「Hustlerはまあ色んな意味があるな。Hustleの派生で敏腕家って意味もあるし、イカサマ師とか詐欺師って意味もあるな。あとは売スゴッ!?」
「おしゃべりな男の人ってダッサーい!!」
無駄に良い発音で聞いてもないのにペラペラ喋る城之内が何か言いかけたところを、野干玉がどっかから取り出したビリヤードの棒でのど仏を突いた。変な声を上げて城之内が悶絶するのを尻目に、野干玉は笑顔で俺の手をとる。ヤバい予感しかしないぞこの女。
「城之内お兄ちゃんもいい勝負できたけど、須磨倉お兄ちゃんともやりたいなー?」
「勘弁してくれ。悪いけど俺はギャンブルには手ぇ出さないって決めてんだ」
「えー?一回くらいやらないとさー、人生経験だって」
「悪いな」
「もうー!・・・ノリ悪ぃな空気読めよクソヒゲ」
「ウソだろ!?」
わがままを言う子供みたいに俺の手をぶんぶん振り回してたと思ったら、頬を膨らまして急に耳打ちしてきたと思ったら、信じられないくらいストレートな暴言を吐かれて思わず変なツッコミしちまった。ちょっとビビったが、それでも俺は絶対にギャンブルはしない主義なんだ。
「ケホッ、運び屋なんて仕事自体が命懸けのギャンブルみてーなもんなのによ!真面目ぶってんじゃねーよ!」
「真面目っていうか、ギャンブルするほど余裕がないんだよ。どうせろくなことにならないし、余計なお世話だ」
「つまんねーヒゲだな。溶けてなくなれ」
「お前の暴言トゲトゲしすぎるだろ!」
こいつらホント真面目にやらないな。後で雷堂や極に怒られても知らないぞ、とだけ言って俺はその場を離れることにした。このままじゃ本当にギャンブルに巻き込まれそうだ。他の場所に行こうと思ってたら、さっき見えたルーレットから軽快な音楽が鳴ってきた。大当たりが出たらしい。
「あっちでも誰か遊んでるのか?」
「ん?ああ、ルーレットか。確か虚戈がいたな」
「たまちゃん達より先にいたよ。こっちよりあっちの方が怒られるべきでしょ」
「お前本当・・・小学生みたいだよな」
それにしても、虚戈か。レストランの一件でそれまでの朗らかで間の抜けた印象が塗り潰されて、なんとなく不気味で近寄りがたい感じになっちまった。鉄が止めなかったらどんなことを口走ってたか分からないし、この状況で自分から敵を作るようなことをするなんて、考えられない。星砂とはまた違う、変なヤツだ。
「放っとけよ。しゃべっても頭痛くなるだけだぜ」
城之内にはそう進言されたけど、なんとなく放っておけなかった。もしかしたらあの一件で孤立したことを感じ取って、行き場がなくてここにいるのかも知れない。俺の足は自然と、巨大ルーレットの音を頼りに歩み出した。
キラキラ光って音を鳴らすルーレットを映し出したスクリーンを眺める虚戈がいた。たくさん並んだパネルの一つを占領して、だぼだぼの服をまくりもせずに、大当たりのスクリーンに釘付けになってる。
「すごいな、当たったのか」
そっと隣に並んでそう声をかけた。落ち込んでるのか、悩んでるのか、困ってるのか、どれにしたっていきなりその問題には触れないように、取りあえず他愛ない話から入ってみようと思った。そうしたら、虚戈は俺の方を向いて一歩分飛び退いて、身構えた。
「ほぉあ!なんだハルトッ♠マイムを殺しにきたのかー♠」
「・・・」
「さてはマイムの当てたモノクマネーが目当てだなっ♣お金ならやるから命だけはお助けーーーッ♢あちょう!」
「言葉と動きが合ってないな」
なんの拳法の構えなのか、俺に警戒心剥き出しで虚戈は叫ぶ。画面を見ると、確かに大当たりで大量のモノクマネーが配当されてるけど、それを含めても所持金が俺よりかなり少ない。きっと無茶苦茶な賭け方をして、たまたま当たっただけだろう。
「中国4000年の歴史の中で研ぎ澄まされた究極拳法『トドーフ拳』の奥義・・・とくと見よッ☆」
「殺さねえよ」
「あ、なんだ殺さないのかー♢マイムかんちがいしちゃったあ♢ごめんごめん♢」
俺の一言で虚戈はあっさり構えを解いた。それでいいのか。いや、どこまで本気なんだ?
「あのねハルト!いまマイムすっごいたくさんモノクマネーもらったんだー♡いーでしょー☆」
「お前、ずっとここでルーレットやってるのか?」
「そうだよ♢楽しいよねこれ♫みんながクルクル回って、ボールがコロコロ転がって、そんで当たったらパンパカパーン♫すごーい!たーのしー!」
「・・・」
虚戈の発言が引っかかって、ルーレット盤をよく見た。普通は赤と黒に分かれて数字が書いてあるはずのポケットには、俺たちの顔が描かれてた。こいつはずっと、俺たちの誰にボールが入るか賭けてたんだ。それに気付いた瞬間、またこいつが俺たちとは違う人間なんだって感じがして、背筋が寒くなった。
何より悪趣味なのがポケットだ。ポケットは俺たち17人とモノクマの顔が描いてあるものが2ヶ所ずつ、『H』と『D』のマスが一つずつ、合計38ヶ所ある。けどそのうちの2ヶ所、皆桐の顔が描いてあっただろう場所は、血みたいな色の詰め具で埋められてる。
「お前さ、こんなこと続けてたらマジで誰も寄ってこなくなるぞ」
どうも虚戈は落ち込んでるどころか反省も何もしてないらしい。鉄に怒鳴られて、あんなに白い目で見られて、それでなんで何も感じてないのか分からない。ここは、がつんと一回言ってやらなきゃいけない。そう思った。
「んー?あはっ♡ハルトはマイムのこと心配してくれてるのかー♫ありがとう♡」
「いやそこはありがとうじゃなくて」
「でも大丈夫だよ♫」
「なんで大丈夫なんだよ」
「だって、もしみんなが寄ってこなくなっても、マイムがみんなに寄っていけばいいんだもんね♡」
「は?」
あっけらかんと言う虚戈に、俺はそんな短い言葉しか出て来なかった。意味が分からなかった。
「モノクマ言ってたでしょ?ここからは誰も逃げられないし出られないんだよ♣だからみんながマイムから逃げても、マイムがみんなに寄っていけばいいんだよ♫」
屈託のない笑顔で、些細な発見を自慢する子供みたいに、宿題をやりきって褒められようとしてる子供みたいに、虚戈は言う。
「だってここに逃げ場はないんだもんね♫」
またこの感じだ。虚戈の口からこぼれる言葉と、虚戈の人なつっこい笑顔。そのちぐはぐさが、また俺の背中を冷たくなぞった。
コロシアイ・エンターテインメント
生き残り:16名
久し振りの更新です。思ったよりも長くなってしまったんだよねえ