朝、起きたときに体がだるかった。昨日の晩飯はスタミナ付けるために鉄板ホルモン焼きに卵スープまで付けたんだ。飯のせいじゃねえ。この見慣れねえ部屋に気が滅入ってるだけだ。しゃーねえ、オレ以外のヤツらもきっと同じだ。こんな日は、朝からテンション上げてくしかねえか。
「ふわぁ・・・」
ぐねぐねに絡まった髪の毛にクシを通して一本に結ぶ。こうすると気合いが入るんだ。女みたいだって言われたこともあったし、料理人なのに髪が長いのはどうなんだって言われたこともあったな。いいんだ、オレは美食家、食う方が得意なんだから。今日も赤いジャージでテンション上げて、腰に結んだ。さてと、朝飯は何にすっかな。
まだ誰も起きてない、ほのかに暗いホテルの廊下を通って、レストランまで行く。ホテルの外は朝焼けでオレンジ色だったり緑色だったり紫色になってて、入口からその光が差してくる。今日は晴れだな。
「どれどれぃ?今日はお前らどうなりたい?」
厨房の灯りを点けて、冷蔵庫やその周りの食料庫に並んだ食材たちのコンディションをチェックする。さすがに16人分を一日三食使ってったらあっという間になくなりそうだったが、昨日使った食材は全部元通りになってた。あのモノクマってヤツがやったのか?
「朝からあいつらのテンション上げてかなきゃいけねえからな!口当たり軽くて腹に溜まる、でも遊びがあるもんがいいな・・・さて」
目に留まる食材がいちいち自分をアピールしてくる。みずみずしいキャベツはキレイな葉色をちらつかせて、たっぷり脂ののった肉はほんのりいい匂いを漂わせてくる。けど、やっぱこういうときに使う食材っつったらこれだろ。
「よっしゃ!小麦粉!お前に決めた!」
まろやかな牛乳をタネに落とすと、黄色く輝いてた生地に白が混ざって見るからに甘そうなクリーム色に変わった。生地ができたらしばらく寝かせて馴染ませてる間に、トッピングの方の準備を進めておく。黄身と白身に分けた卵の白身に粉砂糖を混ぜて一気にかき混ぜてメレンゲにする。それからフルーツは小さく賽の目切りにして・・・あとは何があるといいか。
厨房で料理してると、いつの間にかいいくらいの時間になってたらしい。レストランの灯りを見つけたらしい、デケえ影が近付いてきた。
「なんだ、下越か。朝早くからご苦労なことだな」
「よう鉄!早ええじゃねえか!」
「いつも朝餉はこのくらいの時間だ。俺より早く起きているとは驚いた」
「お前ら全員の飯作ってやらねえといけねえからな。いつもよりちょっと早く起きた。まあそこでそれ飲んで待ってな」
「なんだこれは?」
「ココナッツジュースだ。ココナッツがごろごろしてて危なかったから、くりぬいてジュースにした」
「そんなに手軽なものではないと思うが・・・いただこう」
生真面目なヤツだとは思ってたけど、朝飯も自分で作るつもりだったのか。けど残念だったな、こと飯に関しちゃオレが全部仕切らせてもらうぜ。それから少しの間起きてくるヤツはいなかったけど、次に雷堂と茅ヶ崎と相模が一緒にレストランに来た。
「おはよう鉄、それに下越も」
「はよー」
「いよーーーっ!?ななな、なんですかこれは!?椰子の実ですか!」
「ココナッツジュースだそうだ。朝餉の用意は下越が全てしてくれるらしい」
「悪いな下越、何か手伝うぞ?」
「そうか?じゃあ、茅ヶ崎」
「うぇっ!?な、なんでいきなりあたし?」
「こん中で一番料理できそうだからだ!まあ深い理由はねえよ。ちょっと果物の準備手伝ってくれ!」
「俺は?」
「ココナッツジュース飲んどけよ!」
「いよは南国の果実の汁を啜るのははじめての経験です!なんとも珍妙な光景ではありませんか!それに味も・・・いよーーーっ!!まっこと美味なりですな!!」
「朝からテンション高いな相模は」
鉄は体もデケえし手もデケえからこういうのは似合わねえだろうな。あ、でもジュエリーナントカだっけ?まあいいや。こういうのは女子の方が分かるだろ。相模はちょっと違う感じだからナシだ。
厨房にはクリーム色の生地にふわっふわのメレンゲ、つやつやのフルーツを一口サイズに切って色や味で分けて、生クリームもチョコソースもバターもチーズもなんでもござれだ!あとはオレが生地を流して焼いて、茅ヶ崎がそれを飾り付けるだけだな!
「えっ・・・これ、下越が一人で準備したの?」
「もちろんだ!なんでも好きなだけ使っていいから、自由に飾ってくれ!」
「すっごい・・・でもアタシ、みんなの好みとか知らないよ」
「いいんだいいんだ。飾り付けることに意味があるんだからよ」
「そう?じゃあまず、平べったくて大きいの一枚焼いて」
「任しとけ!」
さっそく茅ヶ崎の言う通りに生地をフライパンや型に流し込んで火にかける。たっぷりバターを溶かしたフライパンの上で香ばしい匂いを立てながら気持ちいい音を出す。ふつふつと生地に穴が空いてきたら、すかさずひっくり返す。ここで躊躇うようじゃまだまだ二流だぜ。
「ほい、こんぐらいのデカさか?」
「うん。ありがとう。じゃあ次は、ケーキみたいに小さくて高いヤツ」
「なるほどな。そう言うと思ってもう焼き始めてるぜ」
「なに?エスパーなの?この品揃えといい」
「かっか!だったら茅ヶ崎に飾り付け頼まねえって!味は保証するけど、飾り付けはどうも苦手なんだよなあ。やっぱ女子にやってもらった方がいいぜ」
「・・・なんか、そう言われるとやりづらいっていうか、なんか恥ずかしい」
ぶつぶつ言いながら、茅ヶ崎はパンケーキの上にクリームやらフルーツやらを乗せて飾り付けてく。アイスにハチミツにミント、マシュマロまで使ってゴテゴテに飾り付けた一皿とか、逆に生クリームだけをひたすら乗せたり、フルーツでカラフルにしたり、色んなパターンが出てくるな。うっかり一枚焦がしそうになるくらい、手際がいい。こりゃあなかなかの料理の才能見つけちまったぞ。
「やるじゃねえか茅ヶ崎!想像以上だ!」
「いま集中してるから話しかけないで」
「あっはい」
そんな冷静に言われると思ってなくて、つい敬語で返しちまった。それにしても、見た目はもっとチャラチャラしてそうな感じだったのに、手伝いさせてみたら意外と真面目にやるじゃんか。
その後は茅ヶ崎の手際に関心して誰がいつ来たか覚えてねえけど、スニフと極と正地は約束通りの時間に来たらしくて、それ以外のヤツらは遅刻してきたらしい。こんな状況じゃ寝覚めが悪くてもしょうがねえか。とにかく今は体を休めることが一番だ。全員揃っただけでも上出来じゃねえか。
「おはようお前ら!今日もとびきり美味いもん用意したぞ!」
「おはようございます。テルジさんはモーニングもエネルギッシュですね」
「気合い入れて作らねえと元気でる料理はできねえからな!今日は茅ヶ崎が手伝ってくれたぞ!」
「茅ヶ崎さんが?」
「別に・・・下越が言うからやっただけだし。味付けとか準備は全部下越がやったんだからあたしはなんも・・・」
「うわ〜〜〜い♡すごいすごーい♡生クリームの山だ〜〜〜♡」
「Wow!!Looks Delicious!!」
厨房からパンケーキの皿を持ち出すと、虚戈とかスニフが跳びはねて喜んだ。こんがり焼けたバター風味のパンケーキの上に、これでもかとばかりに生クリームを乗せて、フルーツで彩りつけて、仕上げにメープルシロップを3周かけた一番ド派手な皿をテーブルのど真ん中に置いて、その他の小さいやつを周りに配置する。皿の置き方だって料理の一部だ。メインが引き立つように、けど他の皿も埋もれないように、なおかつ料理が冷めないように素早く、オレと茅ヶ崎の料理を完成させた。
「好きな皿持ってけ!」
「わーいやったー♡」
「マイムさん走るとあぶないですよ。子供じゃないんですからそんなにあせらなくても」
「お前はもっと子供らしくしていいんだぞ」
すぐに虚戈とスニフが飛びついて他のメンバーも一皿一皿持ってく。さすが茅ヶ崎の盛りつけだ。オレのより女子の目がキラキラしてる。
「これ茅ヶ崎さんが盛りつけたの?すごい、とっても可愛いしおいしそう」
「前に食べた事あるのマネしただけだし、別に大したことないって」
「茅ヶ崎さんって器用なのね」
「乗っけるだけだから誰だってできるよ」
「いよーーーっ!いよはこんな享楽の極みのような朝食は始めてです!乱雑に散らされたかと思いきや色合いと味の配置が素晴らしい!」
「やめてってば恥ずかしいから!」
茅ヶ崎は何をあんなに照れてんだ。料理を褒められてんだから胸張ってりゃいいのに。全員うまいうまいっつって食べてんのに・・・と思ったら、やっぱり一人だけ別のもんを食ってるヤツがいた。意地張りやがって、素直じゃねえなあ。
「おい星砂、お前もパンケーキ食べていいんだぞ。ヨーグルトだけじゃ物足りねえだろ」
「貴様には記憶力がないのか?こんな状況で俺様は他人が作ったものは口にしない。モノクマが用意したもの自体に害はないようだがな」
「んなこと言って本当は食べたいんだろ?ほれほれ」
「ふんっ、バカと半裸のどちらも、ここから出たいと思っていないなら少しは信じる気にはなるが・・・あり得ん話だ」
「バカ?」
「お前のことだ」
「バカって言うな!」
オレのことを無視して、空になった皿を厨房に行って洗ってしまった後、星砂はさっさとどっかに行っちまった。なんだよあいつ。でも生きてる限り飯は絶対必要なんだ。そのうち向こうから食わせてくれって行ってくるに決まってる。待つさ。
結局、今日もこの広漠なモノクマランドを探索することになった。未だ脱出口も、手掛かりさえも見つからない中、なんとなく士気が落ちている。仕方のないことだ。探索と言っても、もうほとんどの場所を探し尽くしてしまったと言ってもいい。どこをどう探せばいいのか、俺には何の宛てもない。ひとまず、運動ができるというアクティブエリアというところに行ってみる。気を紛らわすことぐらいはできるだろう。
須磨倉から教えて貰ったモノヴィークルというものに乗ってみた。急発進するんじゃないかとがっちりハンドルを握っていたが、走り出しも一時停止も静かで優しいものだ。思い出したくもないが・・・あの弾幕を生み出した機械と同じヤツが作ったとは思えない。
「む」
アクティブエリアに着くと、各エリアに設置されている駐車場にモノヴィークルが2台停まっていた。既に誰かがいるようだ。そして、金属の鳴る甲高い音も聞こえてくる。これは・・・金属バットか?
「バッティングセンターかなにかか」
職業柄、金属の音には敏感だ。これだけ何度も聞けば、どんな金属のどんな大きさか、色々なことが分かる。しかし音を聴くと、また刀を打ちたくなってくる。ただ眼前の鋼鉄とのみ向き合い、釜の中の如し鍛冶場で槌を振るいたくなってくる。いかん、俺にはもう・・・。
「あっ!・・・く、鉄君・・・!」
「ん?ああ、よう鉄」
心が乱れた。やはり俺にはもう刀を打つ資格はない。無心になれなければ美しい鍛冶などできない。そんなことを考えていたら、いつの間にか自然と金属音の鳴る方に足が向いていた。驚いた様子の正地と、バットを構えたまま振り向いた須磨倉がいた。
「お前も体動かしに来たのか?参るよな。こんな状況じゃ、俺みたいに体で稼いでるヤツにとっちゃ、毎日体が鈍ってくみたいだ。モノヴィークルなんて支給されてますますだ」
「いや・・・俺は別にそういうわけでは・・・」
「く、鉄君?もしかして疲れてる?マッサージしましょうか?うん、それがいいわ!」
「い、いや、結構だ」
相変わらず、正地は恐れるものなどないかのごとく迫ってくる。大人しい淑やかなヤツだと思っていたが、案外そうでもないらしい。須磨倉のように軽く話をしてくれるくらいの方が助かるのだが。
「お前たち、探索は・・・しないのか?」
「ん〜、っつってもあらかた探索はしたしなあ。よっ!これ以上新しい発見があるとは正直思えないし・・・ま、体動かしながらっ!考えてみるわ」
俺の問いかけに、須磨倉は飛んでくる球を打ち返しながら答えた。新しい発見が見込めないことは俺も賛成だが、それでも何か行動しないと何も変わらないんじゃないのか?雷堂がそう言っていたではないか。
「私たちにできることは限られてるもの。だけど、外じゃ今頃警察や希望ヶ峰学園が私たちを捜索してるはずよ。しばらく暮らしていける設備が整ってるんだし・・・一週間くらいは様子を見てもいいんじゃないかしら?」
正地が、深く考えたような言い方をする。もちろん、俺だってそう思う。17人もの希望ヶ峰学園の生徒が連れ攫われ、しかも1人は既に殺されている。こんな状況で警察も希望ヶ峰学園も手を拱いていられるわけがない。いくらモノクマが強大とはいえ、何かしらの動きがあるはずだ。
だが、俺はそんな楽天的にはなれなかった。モノクマはその気になれば、俺たち全員を今すぐにでも殺せるんだ。あの力を外に向ければ、警察や軍隊を抑え込むことだって不可能じゃない。そうしたら、俺たちは有りもしない希望に縋って、有り得る絶望から目を背けているだけじゃないのか?
「そう怖い顔っ!すんなって。ただでさえタッパもあって体もいかついんだからよ。スニフが泣くぜ」
「スニフはそこまで子供ではないと思うが」
「そうよ。スニフ君はあの年でしっかりしてるわ。今から英才教育をしたら将来がどんな風になるのか楽しみよ・・・ね」
「・・・能天気だな」
拉致監禁され、コロシアイを強要されているとは思えない能天気さだ。俺が心配しすぎなのか?コロシアイなど起きるはずない、そうは思っているが、それをさておいても大いなる危機は常に俺たちの周りに蠢いている。まるでそれに気付いていないかのようだ。この生活に慣れ始めてしまっている。このまま、俺もこの生活に慣れて、いつ降りかかるとも分からない巨大な危機に見て見ぬふりをするようになるのだろうか。
「おやあ、いるもんだねえ」
「ッ!!」
「あら、納見君」
いきなり、後ろから今までいなかった声が聞こえて心臓が口から飛び出すんじゃないかというくらい驚いた。それほど気を張る必要もない相手だというのに、なぜこんなにも俺は肝が小さいのだろう。心底驚いた時に声も出ず体が固まる癖にも嫌気が差す。
「なんだ、納見も運動か?全然そんなイメージないけど」
「おれは基本的にインドア派さあ。けど昨日、ちょっと自分の運動神経の無さを痛いほど思い知らされることがあってねえ。少しは動かしておかないとと思ってさあ。鉄氏ほどになろうとは思ってないよお」
「いいえ納見君。人は誰しもムキムキになれるわ。ちょっと時間はかかるかも知れないけど」
「遊び程度でいいのさあ。鉄氏、何もしていないなら付き合ってくれないかい?」
「あ、ああ・・・構わんが、何をする?」
「まずはキャッチボールからにしようかなあ」
2人の能天気さに戦慄していたところに、更に能天気なヤツが来た。体を動かしておこうなど、なぜそう思い至ったのかは分からないが、そんな場合なのか?やはり俺が心配しすぎなのだろうか。
促されるままグラウンドに出て、用具庫からグローブを持ってくる。納見はグローブが入ったかごをやたらとまさぐって、ようやく見つけたグローブを右手に嵌めた。
「む、納見は左利きか」
「そうさあ。左利き用のグローブもあってよかったよお。どうも、おれたちの中じゃ左利きはおれだけみたいだからねえ」
「いたわね、中学校の時に。体育の時間にグローブがなくて困ってる子」
「おかしい話だとは思わないかい?左利きは国や人種、時代も文化も問わず一定の割合で存在しているんだあ。だったら同数とは言わないけどもお、その比率でグローブも用意して然るべきとは思わないかい?」
「ま、まあ・・・そうだな」
利き腕か。左利きの事情はよく分からないが、刀を打つときに利き腕で刃の向きを変える刀匠がいるという話は聞いたことがある。左右が反転するのだから通常の刀を打つよりも高度な技術を要するのだろう。俺は美術品として刀を打つのだから、あまり縁の無い話だが。
そんなことを思いながら軽くボールを投げた。納見はその球をぼんやり眺めていたかと思うと、慌てて追いかけて転んだ。ちょうど、ボールの落下地点に頭が来るように。
「あうっ」
「ボール投げただけでこけたぞ」
「・・・すまん、いきなり投げてしまったな」
「い、いやあいいのさあ。それっ」
気を取り直して納見が投げた球は、俺のいる場所とはまったく違う方向へ飛んでいき、しかも大して遠くへも飛ばない。まっすぐ俺に投げていたとしても、明らかに距離が足りていない。
「運動音痴ってレベルじゃねえぞ!男子高校生の運動神経かこれが!?」
「これは・・・トレーニングとかそれ以前のレベルかも知れないわね」
「ひどいだろお?おかげで体育の成績はいつも最低点さあ」
「折角左利きでスポーツに有利なのに、勿体ないな」
須磨倉も正地も思わず酷評してしまうくらい、納見の運動神経は酷かった。ここまでだと運動ができないと言うよりも、体を満足に動かすことすらできていない。この男、自転車を漕いだら途中で倒れるのではないか?
あまりにもあんまりな様子だったから、フォローするつもりで納見の唯一の利点を持ち上げた。つもりだった。だが当の納見の反応は思っていたものとはだいぶ違った。
「はあ?」
「そうだぜ!左利きなら絶対スポーツ有利なんだから、できるようになった方がいいって!」
「それはあ・・・本気で言ってるのかい?」
「だってほとんどの人は右利きだから、勝手が違う左利きは有利って・・・そうじゃないの?」
「左利きだというだけでえ、須くスポーツで有利になるとお?そんなことを本気で信じているのかい?」
なんだなんだ?急にどうした?
「へえ・・・そうかい。じゃあ左利きがスポーツで有利なのはあくまで集団対集団の中でイレギュラー的に存在するからであって少数対少数のスポーツでは左利きも勝手の違う相手と相対するから有利もへったくれもないとは考えないのかい?」
「お、おう」
「第一利き手のアドバンテージは体力や熟練度が同等の者同士の話であって須磨倉氏や鉄氏のように体の仕上がっている人とおれのようなもやし野郎とでは左利きであることを差し引いてもなお実力に天地の差があるんじゃあないのかい?それを差し置いてただ左利きという理由だけでやたらと期待されたり期待度が高いだけに運動神経が鈍いことが大袈裟に捉えられたりするのは右利きの無理解と勝手なイメージの押しつけに他ならないじゃあないかあ。これを理不尽と言わずになんと言うんだい?ねえ鉄氏!」
なんだこの納見、どうしたんだ。
「す、すまん・・・俺は別にそういうつもりで言ったのでは」
「そもそもどんなスポーツ用品も使用者が右利きの前提で作ってあって、左利き用の用品自体が少ないのさあ。練習する道具すら少ないというのに、勝手なイメージで有利になるなんて思われて、そんなものはもはや迫害と呼んでも差し支えないレベルさあ。この世界はいつになったら左利き差別がなくなるんだい!?」
「めんどくせえなあもう!」
その後、まったく歯ごたえのない投球とともに投げかけられる鬼のような左利きの主張に打ちのめされながら過ごした。怖かった。
人間、何をきっかけに豹変するか分からない、ということか。
ホテルの部屋は、各人ごとに趣向が異なっているようだ。いずれにしても部屋の主が満足できるように設計がされ、必要とあらばそれなりの設備や器具も用意されている。私の部屋は大きく二つのエリアに仕切られ、半分は試験管や小さな手術台が並ぶ実験室風の造り、もう半分は怪しげな薬品や不気味な置物、得体の知れない植物の根っこや動物のミイラが並ぶ黒魔術用の造りになっていた。
まったくモノクマめ、なんと理解のある誘拐犯だ!最新鋭の現代科学と古の黒魔術の融合、それこそが新たな人類発展の境地に至る道である。ふふふ・・・まさかこんなところで理解者と出会うとは。お前とは友として出会いたかったよ。
「しかし、さすがに至れり尽くせりというわけではなかったようだ」
おそらくどちらもイメージだけで器具は取り揃えたのだろう。必要なものもあったが、不必要なものや欠けているものもあった。まあそこまで贅沢は言わんさ。場所さえ用意してもらえれば自分で揃える。そのための施設はあるのだからな。
というわけで、私は今ショッピングセンターで買い物をしている。持っているモノクマネーだけでどれほど揃うか分からないが、なくなればカジノで稼げばいい。時には不確定な運に身を委ねてみるのも面白いだろう。
「ふふふ・・・はっはははは!!なんと面白い場所だ!!まさかビーカーとフラスコとメスシリンダーと試験管が別々の店で売られているとは!!しかしある程度、配置の傾向はあるようだな」
「エリアでショップのトレンドあるみたいです。グロサリーはまとまってます」
「しかしどの商品も常識的な値段であるが、実に質が良い。あのモノクマというヤツは実験器具にも造詣が深いようだ」
「ジャパニーズアニメトイもいっぱいありました!トランスフォーーーッム!ブシュゴワア!!」
「走ると危ないぞ少年」
おもちゃのロボットとは、モノクマが用意したものだというのに思い切った買い物をしたものだ。“超高校級の数学者”といえど、やはりまだ子供ということか。目にも留まらぬ速さで変形させたかと思うと、テーマソングを口ずさみながらショッピングセンターを走り回る。
「ブイィーーーンッ!!Wooo!!マジョンガーA!!You strongest and fastest♫Anyone can't stop you in the sky・・・うあっ!」
「うげえっ!」
「おっ、転んだ。大丈夫か少年」
「うう・・・いててですけど、だいじょぶです。ごめんなさい」
「先ほどまでの勢いがウソのようにしおらしくなったな」
「とりもちつきました。おしりいててです」
「しりもちか」
「それでした!」
いやいやいや、こういうのは研前とやる絡み方だろう。この二人の決め絡みと言ってもいいこのフレーズを私が言ってしまったことに一抹の焦燥と重圧を感じる。そもそもスニフ少年の言い間違いを一発で訂正することができる研前の方が優れているのだが、こうも面白く言い間違えるスニフ少年の天然さにも素直に舌を巻くばかりだ。
「それで、一体全体何にぶつかったと言うのだ?」
「う〜ん・・・ばたんきゅ〜♠」
「わわっ!マイムさんでした!どうしましょうエルリさん!女の人にぶつかってケガをさせてしまいました!」
「いや、見たところ大したケガをしているわけではなさそうだ。おい虚戈、大丈夫か?立てるか?」
「いたたのた、いきなり超合金メガトンパンチをお鼻にお見舞いされちゃったよ♠もーっ!まいむは巨大怪獣でも宇宙忍者でもないのに!」
「そんなつもりで見舞ったわけでもないだろう。原因はスニフ少年の不注意に間違いはないが」
「虚戈さん、ごめんなさい」
「あ、なんだスニフくんだったのか☆だったらいーよ☆まいむはおこちゃまにはやさしいんです♡」
「おこっ・・・!?ボ、ボクは子供じゃないです!コーコーセイですよ!」
「そうだねー♡おこちゃまの高校生だねー♡」
「ぐぬぬ」
模範的な大の字で転がっていた虚戈は、ぴょんという擬態語が聞こえそうな動きで立ち上がり、ぷんすかという擬態語が聞こえそうな怒り方をし、ぶつかった相手がスニフ少年だと分かるやケロッという擬態語が聞こえそうなほど態度を変えた。今度はスニフ少年の方が怒り出したが、虚戈に適当にあしらわれてしまう。悔しそうに歯を食いしばっているが、実際お前はお子様だろう。
「こんなところに一人で何をしている?」
「えっとねー、まいむは探しものをしにきたの♢小さいラジカセないかなー?」
「ラジカセなら家電エリアだろう。ちょうど私たちが行こうとしている生活用品エリアの隣の隣にある。ふふふ、運命的な巡り合わせだな」
「わーい♡じゃあ一緒に行くー♡」
「走るとあぶないですよマイムさん」
「ふっ」
お前だ、とは言わないでおいた。スニフ少年は純粋に己の経験則から虚戈のことを心配して言っているのであって、先ほどの衝突を虚戈の方に少なからず責任を擦り付けようとしているわけではない。それが分かっているからだ。そもそも私はツッコミをするようなタイプでも、かと言って進んでボケをするようなタイプでもない。そうした展開の外側から一歩引いて静観するのだ。だからスニフ少年と二人きりのときも彼の一人遊びを後ろから眺め、虚戈が加わってスニフ少年が心配そうに追いかける姿を後ろから眺め、常にそこにいるだけの存在なのだ。私のこの気配を消し何の役割も負わずにいられるスキルのおかげで、中学・高校ともに何のもめ事にもかかわらずにいられたのだ。決して相手にされなかったのではない。相手にさせなかったのだ。
「エルリー?」
「んっ?なんだ虚戈」
「さっきからぶつぶつ一人でなんか言って怖い顔してるよ♠」
「いや、なんでもない」
「おふたりとも!リヴィングウェアズエリアですよ!」
ショッピングセンターはかなり広いとはいえ、所詮は一つの建物だ。旅路はそれほど長くなく目的地に着いてしまった。相変わらずそれぞれのショップは強すぎる個性を主張していて、歯ブラシと歯磨き粉が別々に、シャンプーとリンスが別々に、亀の子たわしと金たわしが別々に売られている。どういう基準で店を構えているのやら。中にはおむつの専門店など、およそ必要性すら感じないものすらある。
「あははっ☆おむつだってー♡スニフくんのためにあるみたいなお店だね☆」
「お、お・・・!?ボ、ボクはおつむなんていりません!!シッケーな!」
「おつむが足りてない言い間違いだな。それにしても、これだけ無駄な設備を一体どうやって整えたのやら」
「無駄なんかじゃないよ!」
「うわっ♠」
ふと、私が溢した言葉に敏感に反応して、どこからともなくあの声がした。気付くとそいつは、私の白衣の下にいた。いつの間にどこからどうやってなぜそんなところにいるのだ。というか、女子のスカートの真下にいるとは、ぬいぐるみでクマのくせに不埒な輩だ。私に大して色気がなくて生憎だったな!ふははは!悔しかろうから、敢えてこのまま直立不動の仁王立ちで話をしてくれよう!
「何の用だ」
「うーん、白衣の隙間から覗く脚がキレイだね。でもね荒川さん、無駄っていうのはこの脚みたいなことを言うんだよ。こんなに細くて長くてキレイな脚なのに、キミみたいな人間の元に生えてきてしまったせいでその魅力を半減、いやそれどころか崩壊さえしてしまっているね。逆にギャップがあって一部の層にコアなエネルギーを生み出すんじゃない?」
「人の脚を放射性元素の核変換によるエネルギー抽出技術に準えて侮辱するな」
「むつかしー話、まいむ分かんない♠」
「ボクもです」
意図したことか意図せずことか、そんな高度な科学技術を用いた特殊な暴言を吐かれるとは思ってもみなかった。だがそれに完璧なる切り返しをしたこの私も誰かしらにそれなりの評価をされるべきだろう。モノクマはくっくと笑って私の脚の隙間からそろりと抜け出した。勝った!
「無駄ではない、とはどういうことだ」
「ムダだよこんなにたくさんのおみせ!まいむ使ったことないもん!」
「むだ、ですね」
「無駄だ無駄だ・・・無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!オマエラの狭量な価値観で全部を計れると思うなよ!そういうのが争いの元になるんだよ!あ、でもこの場合いいのかな?」
「もう一度聞く。無駄ではないとはどういうことだ」
「無駄ってヒドい言葉だよね。駄っていうのは元々牛や馬に荷物を背負わせることを意味する言葉で、それはつまり乗馬に適さない駄馬ってこと。それが無ってことは、乗馬にも使えなきゃ荷物を運ばせることもない、それこそ全くの『無駄』ってこと!」
「三度聞く。無駄ではないとはどういうことだ」
「話が大幅に逸れちゃった。なんでだろ?なんでこんな無駄な無駄の無駄話しちゃったんだろ?」
貴様が無駄だ。よく無駄の一言でここまで無駄にべらべら喋れるものだ。
「そうそう!このショッピングセンターにあるものは全部、ボクがオマエラのために用意してやったものなんだよ。ここにある全てのものが、オマエラの誰かのために用意されてるんだ!」
「おむつも?」
「おむつも!」
「やっぱりスニフくんのためだ♡」
「それはちがいます!」
「もちろん買い物はモノクマネーでできるよ!ついでに教えておくと、モノクマネーは生徒同士の授受もできるから、使い切っちゃったら誰かから受け取ってね。ま、無償でお金をくれる人なんていないだろうけど!」
そう言うとモノクマは洗剤ショップに消えていった。なるほど。カジノで稼ぐにも元手が必要だ。モノクマネーは実際の金銭とほぼ同じと考えていいようだ。それにしても、ここにある全てのものが我々の誰かのために用意されているとは、これは何かの駆け引きか?生活用品や家電製品はさておき、かなり専門的な道具を扱う店もいくつか軒を連ねている。調理用品や鋳造器などは使い手が明らかだが、天体観測器具や占いグッズなど誰が使うのだろうか。
「エルリさん、トゥースペーストさがしましょう!」
「そうだった。歯磨き粉を探しに来たのだった。まったく、クマが無駄な話をするせいで当初の目的をうっかり失念するところだった。ろくに歯磨き粉も揃えていない部屋にしたばかりか邪魔までしてくるとは。私たちが虫歯になったらどうしてくれるのだ」
「ねえ、まいむのラジカセはー?」
「向こうに家電のエリアがある。そこを探してみるといい」
「うわー☆ホントに着いちゃったよ♡まいむだけだったら今頃ショッピングセンターの中を迷いに迷って、永遠に目的地に辿り着けない子供のオバケにでもなってたところだよ☆」
「さり気ない日常からそんな怪異譚が生まれてたまるか!」
「それじゃエルリもスニフくんもありがと♡まいむはドロロンするね〜♢」
終始マイペースにしゃべったり踊ったりして、虚戈はそのまま廊下の奥に消えていった。なんだかあっという間の時間だったような気がしたが、実際大して一緒に行動した時間は長くなかった。私の時間感覚もなかなか大したものだ。
「で、少年。お前の使っている歯磨き粉はあるのか?」
「ありました!アップルフレーバーのペーストです!ブラッシングなのにおやつみたいです!」
「私愛用の極小顆粒タイプまで揃っている・・・モノクマの言うこともあながち間違っているわけではないな。少なくとも、私たちが必要とするものは揃っているようだ」
「まとめよ。サラダ当たりません、ってヤツですね」
「突っ込まんぞ私は」
研前のお株を奪うようなマネはしない。私はキャラが薄いとは自分でも思うが、かといってそんなにキャラに貪欲ではないのだ。それはさておき、ここの買い物のシステムは実に合理的だ。必要なもののバーコードをモノモノウォッチにかざせば、必要な分のモノクマネーが引かれる。これだけの店があってもレジは一つも要らない。万引きし放題かと思いきや、初日に虚戈が日焼けクリームを万引きしてモノクマにしっかり怒られたらしい。掟にも万引き禁止の項目が追加されていた。この状況でヤツの逆鱗に触れかねないマネをできる虚戈は、やはり異常だ。
「今日からまた、おいしい気持ちでベッドにはいれます」
「結構なことだ。スニフ少年の年齢で虫歯で抜歯などしたくないだろうからな。まだ生え替わりがあるとはいえ、乳歯の虫歯は永久歯にも影響するからな」
「エルリさん、このあとじかんありますか?」
「ああ。別に用事はない」
「ボク、こなたさんにプレゼントしたいです。えらぶのみてくれないですか?」
「プレゼント選びか。私が少年の力になるのなら付き合いは吝かではないが、私に女心が分かるだろうか」
「レディですよね!?」
スニフ少年の気持ちは分からんでもないが、私は研究のために女を捨てた身だ。それに研前はただでさえ謎めいていて、私でなくとも気持ちを理解できる者は少ないのではないか?それよりなにより、この状況でプレゼントをあげて気に入られようというスニフ少年は、なんというか、恋は盲目とはよく言ったものだ。
「ニッポンのハイスクールガールは何が好きなんですか?プリティスタッフドですか?スウィーツですか?」
「以前私が受け取ったもので言えば、希少な鉱石や珍味などが印象に残っているな」
「ボク、ニッポンのカルチャーまだベンキョー中です。でもそれうれしい人マイノリティ分かります」
「ふふふ・・・尋常ならざるものを求める者は、尋常ならざる感性を持たねばならんのだ。悲しき宿命だな」
「う〜ん」
私の感性がずれているのはさておき、研前は一体何をもらったら喜ぶのだろう。髪を降ろしているから髪留めか?新しいクツをあげたら喜ぶだろうか。それとも甘い菓子でもいいだろうか。って、これでは私が研前にプレゼントを渡すようではないか。いつの間にかスニフ少年の目的が私の目的になってしまっていた。
「ううむ・・・乙女心は難解だな」
「それはボクのセリフです」
「おっす。なんだ、意外な組合わせだな」
「む。須磨倉か」
二人して首を傾げて研前のプレゼントを考えていたところに、廊下の奥から須磨倉がひょっこり顔を出した。帽子のつばを持って整えながら、軽やかな足取りで私たちに近付いてくる。脇には段ボールを抱えている。何かを運んでいる最中なのだろうか。
「こんなところでなに難しい顔してんだ理系コンビ。ミレニアム懸賞問題でも解いてんのか?」
「ミレニアムプライズプロブレムはそんなイージーじゃないです!!」
「手の届く世界ではないが、ポアンカレ予想が解き明かされたときはなぜか悔しさを覚えたな」
「ボクはネクスト、スロヴするならヤンミルズイグジスタンスアンドマスギャップ・プロブレムだとおもいます。ラストナイト、ちょっぴりすすみました」
「こんな身近に100万ドルへの挑戦者が!?」
「いや、研前へのプレゼントを考えていたのだ。スニフ少年から相談を受けてな」
「え・・・いや、こんなこと言うのもなんなんだけどよ、スニフ。お前他に相談する相手いなかったのか?」
「ハルトさん!これでもエルリさんはレディなんですよ!」
「少年、なぜ私に相談した」
なんというか、カオスな状況になってきたな。須磨倉はこういったことには明るいのだろうか。
「それなら、アクセサリーでも贈ったらどうだ?アクセサリーエリアが向こうにあったし、鉄とか極に聞けば色々教えてくれるぞ」
「Really?おふたりどこいますか?」
「それは分かんねえけど・・・ジムとかじゃねえの?」
「さっそく行ってきます!」
言うが早いか、スニフ少年はショッピングセンターの出入り口に向かって走って行った。走ると危ないと言ったし、虚戈にもぶつかったというのに。やはり子供か。
「そういえば、お前はここで何をしているのだ?」
「ああ。ちょっとDIYショップで買い物だ。なんか知らねえけど納見の創作熱が爆発して、ペンキをんでくるよう依頼されたんだ」
「“超高校級の造形家”の作品が見られるというわけか。ふふふ・・・これは楽しみだな」
「あのぅ」
「なんだスニフ。ジムに行ったんじゃないのか?」
須磨倉の目的を聞いたところで、スニフがいつの間にか戻って来てた。何か言いにくそうにしているが、なんだというのだろう。
「言いわすれありました。ボクのプレゼントのこと、こなたさんにシークレット、おねがいします」
「・・・ああ」
「言わずもがなだ、少年」
律儀だな。
「うん、美味い!」
「やるじゃねえか茅ヶ崎!さすがオレが見込んだだけのことはある!」
「こんな美味しいおにぎり食べたことないよ」
「大袈裟だってば・・・」
朝ご飯を食べたレストランで、私たちはそのまま茅ヶ崎さんのおにぎりを食べてた。ちょうどお昼の時間だからお昼ごはんも兼ねてだった。パンケーキを作ってくれた茅ヶ崎さんの料理の腕を下越君がやけにホメるから、おにぎりを作ってもらった。とってもおいしい。
「塩気も少ないし、かたいしでしょ?具だって海苔しかないし」
「そのシンプルなのがいいんじゃんか。俺は好きだぞ、このおにぎり」
「べ、別に雷堂の好みに合わせたわけじゃないし!」
「そりゃそうだ。シンプルイズベスト!だれでも旨く食べられるってのが料理の原則だからな!」
「いよーーーっ!これは茅ヶ崎さん、料理上手で良き妻になれるでしょうなァ!」
「ちょっ!?バ、バカな言わないでよ!」
みんなに褒められれば褒められるほど、茅ヶ崎さんはどんどん赤くなって否定していく。でもだっておいしいんだもん。
「自分のためにしか作ったことないし!海行くときのお弁当にしただけなんだからアタシ以外の人の口に合うわけないし!」
「茅ヶ崎さん、自分でお弁当作って海行ってるの?」
「だって朝早いからお母さん起こすの悪いし。おにぎりなら簡単に作れるから」
「簡単だとォ!?おにぎりをナメんじゃねえ!力加減とか手の形とか、温度とか塩梅とか、工程のひとつひとつが味に直結するデリケートな料理だぞ!」
「熱意至天のこだわりですね!いよは下越さんのおにぎりも食べてみとうございます!」
「そんなに食えないって」
やっぱり茅ヶ崎さんっていい子だ。お母さんに気を遣って自分でお弁当作るんだもん。
「下越君はホントにお料理好きなんだね」
「おいおい間違えんなよ。オレは“超高校級の美食家”で、専門は食べることだからな!飯作るのはついでだ。コンビニのレジに置いてある四角いチョコ的な感じだ」
「超高級チョコなんだろうなそれ」
「茅ヶ崎さんはなんでサーフィン好きになったの?」
「なんでいきなりアタシ!?」
「だって私、もっと茅ヶ崎さんのこと知りたいもの」
「俺も聞いてみたいな」
褒めたり話題をふったりするたびに、茅ヶ崎さんは大袈裟に驚いたり赤くなったりする。そのリアクションが面白いから、ついたくさんお話ししたくなっちゃう。恥ずかしがり屋ってわけじゃないんだろうけど、なんだか目が離せない。
「べ、別にもともとサーフィンが好きだったわけじゃないし・・・海が好きなだけだし」
「海かあ。キレイだよね。波の音も気持ちいいし」
「だよなあ。フライト中に眺める水平線は」
「そうじゃなくて、海の生き物」
「生き物?」
「浅いところだとヒトデとかナマコとかウミウシ、あとサンゴ。陸の生き物と違って不思議なことだらけでおもしろくない?」
「サンゴって生き物なの?」
「そうだよ。褐虫藻っていう藻を体の中に住まわせて、光合成のエネルギーをわけてもらってるの。それにサンゴの産卵ってすごくキレイなんだ」
「風化したサンゴは粉にして添加物にもできるな。生きたヤツは食ったことねえな」
「宝飾品としての利用が先だろ!」
「サンゴ礁には色んな魚や生き物が集まって来て、日光が透けるくらいの浅瀬だとキレイだよ」
なんとなくイメージはできるけど、実際に見たらきっと違うんだろうなあ。
「じゃあ、いつか茅ヶ崎さんと海に行ってみたいね。私もナマコとかヒトデ捕まえて遊びたい」
「ナマコは美味しいですよ!いよの好物です!ヒトデは食べられるのですか?」
「一部じゃ卵を食べるところもあるけど、基本的に食えたもんじゃねえな。骨が多すぎる。むしろ海産資源を食い散らかす害獣だぞ!牡蠣が食えるようになるまでどんだけ労力がかかると思ってやがんだ!」
「食べ物じゃないから!ヒトデはふにふにするものだから!」
「それも違うと思うよ」
「ウミウシだってミカドウミウシみたいにキレイなのもいるし、ヒトデだって動きを見てると可愛いよ」
「ヒトデって・・・動くのか・・・!?」
「すごいな茅ヶ崎は、何でも知ってるんだな」
「何でもは知らないよ。知ってることだけ」
なんだか海の生き物のことを話すときの茅ヶ崎さん、いつもより顔が晴れやかだった。好きなもののこと話すと笑顔になれる人ってステキだな。
そんな風にお話をしながらだと、おいしいおにぎりをぺろりと食べ終わっちゃった。午後は何をしよう。このままみんなでカジノに行っちゃおうかな。それとも遊園地で遊ぼうかな。
「晩ご飯も下越と茅ヶ崎に作ってくれるといいなあ。他のヤツにも茅ヶ崎の料理食べさせてやりたいな」
「うえぇっ!?きゅ、急になに!?ぶり返さないでよ!?」
「そんなに恥ずかしがることないと思うけどな」
「いよーっ!女心が分かってないですね雷堂さん!」
「ん?」
「はっ!?バ、バカじゃないの!?何言ってんの相模ちゃん!?」
「むふふ、照れていますですなあ茅ヶ崎さん。大丈夫です、いよと研前さんには全てお見通し、筒抜け底抜けでございますよ。ねえ研前さん?」
「へ?」
「分かってないじゃないの!」
「何を分かってないの?」
「そりゃ・・・い、いや!やっぱ分かんなくていい!」
「飯の後にそんなデケえ声出すもんじゃねえぜ。ゆっくり昼寝でもするんだな」
「茅ヶ崎の格好じゃ風邪引きそうだな」
「いえいえ、茅ヶ崎さんはいま体の芯からお熱くなっているので大丈夫でありましょう」
「やめてってば!」
によによと笑う相模さんに、茅ヶ崎さんは隠せないほど真っ赤になって怒る。ちょっとからかってるだけなのにそんな必死になってるのがやっぱり可愛くて面白くて、きょとんとする雷堂君と下越君を放ったらかしで、相模さんと一緒にからかい続けてた。あとでお詫びにショッピングセンターで何か買ってあげよう。って、一緒に買い物に行く口実なんだけどね。
このモノヴィークルというものは、指示しただけで勝手に目的地まで案内する機能がある。初日に探索の末に見つけた工場迷路の奥にある広場にさえ、最短距離であっという間に到着してしまった。あのモノクマとかいうぬいぐるみは、俺様たちに何をさせたいのだ?この場所は一体、何の目的で用意されているのだ?
「・・・静かだ」
轟々と鳴る工場の稼働音と、その隙間を吹き抜ける風が高く鳴る音、そんなものは俺様の鼓膜には届かず、ただ周りに存在するだけだった。何もなく、誰もいない。他のエリアと違い、このファクトリーエリアだけは明らかに異質だ。他のエリアとは違う、『目的』があるはずだ。
「地図を公開しているということは、調べられても構わないということか」
或いは、この地図には調べられても構わないものしか表示されていないのか。いずれにせよこの程度で俺様の目を欺こうという気なのだとすれば、随分と舐められたものだ。
「どうせ聞いているのだろう、モノクマ・・・いや、黒幕」
背後に語りかける。もちろんそこには誰もいない。誰もいないが、常にいるのだ。俺様たちの行動を一挙手一投足、睫毛一本の動きまで見逃すまいと監視する視線が、このモノクマランドには満ちている。すなわちこれは決して俺様の独り言ではない。一方的な会話だ。
「貴様は巧妙に隠し、己にだけ分かるようにしていたつもりだろう。凡俗どもにはそれでいいだろうが、この俺様をここに連れてきたことは失敗だったな」
初日にこのエリアに足を踏み入れた時から違和感を覚えていた。この、頭上に張り巡らされたパイプに。
「実用物として存在しているのか、あるいはただのモニュメントか。どちらも正しかろう。何と言うことはない。数ある機能のうちの一つに、道標という要素を加えたに過ぎん」
奥へ進めば進むほど少なくなるパイプの数。そして1本1本の長短や太細、建物から建物へと続くパイプのそれぞれに、この迷宮全体の地図と道順を暗示させるなど、凡庸な発想だ。しかし暗に示しているということは、俺様たちにバレないようにしている。つまり誰かにだけは分かるようにしてあるということだ。
「このことから、俺様たち以外の誰かがこのモノクマランドに潜んでいる。もしくは・・・間者でも潜ませているのか?」
視線の送り主の緊張などは俺様の知るところではない。ただ、ここでヤツらにプレッシャーを与えることはできる。勝手なマネはさせない。俺様の邪魔をすることなど許さない、とな。
「さて、とはいえ俺様も的中率100%の予言者などではない。そんな者は存在しないし存在してもその能力を憂いて命を捨てるだろうからな。故に俺様も完全ではない。だが、そんな完全でない俺様の推論が正しければ・・・この迷宮には、何か隠しているものがあるな?」
俺様の言葉に合わせて、モノヴィークルはタイヤを転がす。中央広場を離れて出口とは異なる方向へ。頭上のパイプは出口までの道はこちらではないと何度も俺様に囁く。が、それは同時にこの先に進むなと言っているようにしか思えない。ありふれた芸人の馴れ合いが如し、ハッタリにも満たない浅はかで苦し紛れの工作だ。
そしてモノヴィークルは止まる。ここは迷宮の最奥部。意図して進まなければ足を踏み入れることすらできない、無意識の中に閉ざされた通路を進んだ先の道。
「お前は、ここにいるのか?」
もうもうと煙を吐く煙突、地響きが如く唸る機械、門前にいても肌に感じる熱量、そして繋がるパイプから漏れる得体の知れない濁水。他の工場のように浄水や発電をしているわけではなさそうだ。一体ここは、何を“造って”いる?
「立ち入り禁止区域への侵入は掟破りだったが・・・それも夜時間だけの話だったな」
モノヴィークルはこの先へは進もうとしない。仕方が無い。降りて、扉のない門の向こうへ歩み出そうとした。
だが俺様の足が地に着くか着かないかのところで、モノモノウォッチが震えた。刹那、俺様はすぐに足を門外へ引き寄せた。このタイミング・・・偶然ではなかろう。
「・・・ふんっ」
ーーーーー
掟8.一部エリアの特定区域内は、立ち入り禁止です。また、鍵のかかった扉を破壊する行為を禁止します。
ーーーーー
その掟が施行されたことを示すかのように、俺様のモノモノウォッチはアラーム音と赤い光を出して俺様に警告をする。お前のことだという声が聞こえてきそうだ。
「それはつまり、この工場には貴様にとって重大な秘密があるということだろう」
「あーーーーもーーーー!!うるせーーーんだよコンニャローーー!!好き勝手させてりゃ調子に乗ってこんなところまで来やがって!!」
「ようやくお出ましか」
「なんかっこつけて独り言ぶつぶつ言ってんだ!!見てるこっちが恥ずかしくて顔から火遁・豪火球の術しちゃうだろ!!」
「どこの里の一族だ貴様は」
モノクマが直々に出てきたということは、それなりの秘密がこの工場にあるのだな。俺様の侵入を許した時点で、いや、下手な暗号を仕込んだ時点で貴様らの負けだ。
「よほどここは触れられたくない場所だということか」
「うぷぷぷ!当たり前でしょ。まだ16人生きてるんだよ?もっと一ケタになってからとか片手で数えられるくらいになってからだったら、まだボクも許しちゃうかなーくらいの気持ちになるけど」
「ほう。それはまるで、俺様たちが何度もコロシアイを経ることが前提のように聞こえるな。それに、人数が一度に減るというよりも、徐々に減っていくようなシステムが用意されているとも推測できる」
「別に隠しちゃいないけど、ドッキリ的に教えようと思ったから黙ってただけだよ。推測したきゃ好きにしな!もちろん、いきなり全滅エンドってことも有り得るだろうけどね!」
「俺様が行動すれば、そうなるだろうな」
「テメーのナルシスト発言聞くために出てきたんじゃないの!ちなみに今回はボクの方も警戒が足りなかったから警告だけで済ませてあげるけど、次はこの工場に来た段階でアウトだからな!」
「秘めるものの価値と金庫の重さは比例する、という言葉を知っているか?」
「なんだそれ」
「俺様の言葉だ」
「知るかよ!!」
「強固に守りを固めるということは、守るものは相応に大切なもの、知られたくないものであるということだ。貴様がこんな掟を追加してまで守りたい工場ならば、それは貴様にとっての致命傷になるのではないか?」
「ふーんだ。何にも教えてやんないよー。それなりにボクを楽しませてくれないとね。ホラ、アニメを最終回から見てもワケ分かんないだけでしょ?順を追って、色んな話があって辿り着くから盛り上がるんじゃないか」
「知りたければコロシアイを起こせ、ということか?」
「ちょっと違う。コロシアイをしてれば、いつか知れるかもね」
なるほど。意地が悪い。
「どう?知りたいことができて、コロシアイする気になった?ボクとしてはそろそろ退屈になってきたんだよねー。命、懸けてみる?」
「・・・くだらん。命を懸ける価値など、貴様にはない」
「うぷぷぷぷ、ボクにじゃないさ」
「?」
「オマエラ自身にだよ」
意味深なことを言う。どうせ無意味なのだろう。俺様はモノヴィークルの行き先をホテルに設定し、その場から去った。工場の存在を知れただけでも収穫だ。それに、この生活についても知ることができた。
「くくく・・・」
コロシアイ・エンターテインメントか。
「・・・楽しませてくれそうではないか」
コロシアイ・エンターテインメント
生き残り:16名
ながーくなってしまいました。来年からもながーーいお付き合いをしていただければと思います。
それではみなさん、よいお年を!