司令官…黙っていればイケメン、でもどっか変な人。
「それじゃあ霞ちゃん、すぐに準備が済むから、その間に着替えてね」
工廠の中を、甲高い金属音と歯車が軋むような機械音を縫うように忙しく走り回っている明石さんの声が遠ざかってゆく。本当に忙しそうね。丸椅子をぎいっと鳴らし、ん~っと小さな声を漏らしながら、手足をぴーんと伸ばす。結構気持ちいいのよね、これ。
「はあ…あのクズ…ちゃんと仕事してるんでしょうね? あたしがいないからってサボってたら後でオシオキなんだから」
着替えてって明石さんは言ってたけど、改装の時は脱ぐだけ…全裸待機ってやつ。文句を言っても仕方ないので、丸椅子に踵を掛けハイソックスを脱ぐ。素足で立ちあがってサロペットスカートを脱いでブラウスだけになり、リボンの結び目に手を掛けた所で明石さんに呼ばれた。
「霞ちゃん、下だけは穿いてていいようにシステム変えたから、安心してね」
安心してください、穿いてますから。でも上は脱げ、と。止まっていた手を再び動かし、しゅるっとリボンを解きブラウスを脱ぐ。ふにふに、思わず自分で胸を触る。この改装で…どうかな…。ハッ、あのクズに言われた事、思い出しちゃったじゃないっ!
改装の原理は私達艦娘にもよく分からない。薬液で満たされた改装用ドックに浸かって意識を手放す。次に目が覚めた時には新調された艤装を身に付けている。第一次改装、第二次改装と体験済みだけど、今回はさらに第二次改装の乙版。単純に比べると対空仕様みたい。
「準備できましたよー、こっちへ来てください」
無言のままぺたぺたと足音を残して声の方へと向かう。歩きながら、あたしはあのクズ司令官に練度88まで到達したと報告した時の事を思い出していた。
◇
「ィエスッ、エイティ~…エイトォッ」
司令官は中腰で握り込んだ右拳を勢いよく突き上げジャンプする。…昇龍拳? そんなに改二乙が嬉しいんだ…。あたしは呆れたように掌を上に向け肩をすくめながら、ついつい憎まれ口をきいてしまう。
「良かったわね、戦力強化になって。これでクズ采配が少しでも直ればいいんだけど」
ぴたり、と動きを止めた司令官は、小ばかにしたような表情で口に手を当て、およ?およよ? とか言いながらこっちに近寄ってくる。睦月かよアンタ。…何かムカつく。
「クズ采配は演習でしかやらんよ。中破シーンを写すシャッターチャンスだしな」
「アンタ演習の時にカメラなんて持ってないじゃない」
「心のHDDにブルーレイ画質で保存してるからいいんだよ。それよりも、だ、霞ちゃん。あと11だけど、分かってりゅ?」
眉を顰めて思わず睨みつける。前言撤回、クズじゃなくて変態。それに、その似てないモノマネやめないと卵焼きぶつけるわよ。その間にも司令官は、嬉しやらしい表情でくねくねと身をよじっている。…マジでムカつく。
「あと11でレベル99だけど? 俺はケッコンカッコカリに乾杯、霞ちゃんはお待ちかねの初夜に乾杯、だろ?」
「はあっっっ!? な、何であたしがそんなのお待ちかねなのよっ!!………って、え? あたしとケッコン…? そ、そんなのアンタが勝手に言ってるだけで…」
今話してる改二乙よりも、ケッコンカッコカリ? 人の話聞いてんの? 目を三角にしてぎゃーっと怒り始め、ケッコンの言葉にハッとして思わずたじろいで、顔の前で勝手にもじもじもじし始める両方の人差し指。ああもう、何で頬が熱いのよっ! こ、これじゃああたしが…あ、あんなクズをす…す…き…いや、嫌いでは…ないけど…。
うろたえていると、がしっと肩を組まれ、思わず顔を見上げる。にやにやした表情…黙ってちゃんとしてればかっこいいのに…。
「心配すんな霞ちゃん、俺のこのゴッドハンドにかかれば、そのちっぱいもすぐに―――ぐおぉっ…効いたぜ、今のはいいハイキックだ…。だが…俺は…好きだぜ」
余りにもくだらないことを、馴れ馴れしくいやらしく言われて思わずキレた。抱かれた肩、クズ司令官の腕に沿うように上体を倒し、入れ替わるように足を持ち上げ、すぱーんと下からハイキックをお見舞い。天井めがけて飛んでくロケットマン………って、す、好きって…本気、なわけ? な、なら…少しは考えてあげないことも…ない…・・ち、違うぅ!
蹴りあげられ天井に半分頭を突き刺した男のダイイングメッセージ、それは―――。
「好きだぜ…その、ストライプのパンツ…まったくくちくかんは最高だぜ…」
「あたしは工廠で改装して来るからっ! そのまま刺さってろ、このロリコンクズッ!」
と、勢い込んで工廠に行ったものの、改装には提督の許可証が必要と指摘され、執務室にUターン。捨て台詞を残して飛び出した部屋に戻るのは、あまりにもカッコ悪い。
「おっ、改二乙お疲れっ。でも何も変わってなくない? ひょっとしてパンツが大人っぽくなったとか?」
…分かってて言ってるでしょ、このクズ変態っ。仏頂面で戻ってきたあたしの周りをくるくる回ってスカートをめくろうとしてくる。庁舎内じゃなきゃ艤装展開して撃ってやるのにっ! がるるーっと噛みつきそうなあたしからすっと離れると執務机に戻ったクズは、さらさらと一枚の書類を書き上げハンコを押している。書き終えるとひらひら動かしながらあたしの所へ戻ってきた。
「はいこれ、失くすなよ。今からの改装だと…昼過ぎか。迎えに行ってやるから、お祝いに一緒に昼でも食べるか」
「来なくていいっ!!」
ひったくるように許可証を奪い、ぷりぷり怒りながらもう一度工廠へ向かったのだった。
◇
上下二分割の細長い繭型カプセルのような改装ドック。薬液が満たされた下側に横たわる。人肌くらいの温度で少し粘性のある液体…意外とキモちいいのは内緒だ。
「それじゃあ今から始めますから、リラックスしてくださいねー」
機械の振動でドック内の薬液がちゃぷちゃぷ揺れる。私も慣れたもので、明石さんの説明も適当になった。思わず苦笑いを浮かべ、こくりと頷く。横になって各種のセンサーやケーブルが取り付けられると、ぎぎっと重たい音を立てて改装ドックの蓋が上から降りてきて、ドック内をぼんやり灯る保安灯だけが照らす。
-リラックス、か。改二乙…どんな風になるんだろ? アイツ…喜んでくれるかな?
頭に浮かぶのは、いやらしい顔で両手をわきわきさせながら近寄ってくる司令官の姿。
-ダメだ、ロクなのが浮かんでこないじゃないっ。まったく、ちゃんとしてれば、けっこう…か、カッコいいのに…。
苦笑いを浮かべてしまうが、それでも心が落ち着く。そして心がざわめく。な、なんであたしがアイツの事考えてリラックスしなきゃならないのよっ!!
どおんっ!!!
地響きとともに改装ドックが上下に跳ねる。断続的に続く振動、そして爆発音。遠くに聞こえるサイレン。これって事故…いいえ、空襲!?
電気回路が故障したのか、保安灯が落ち真っ暗になった。慌てたあたしは改装ドックの蓋を内側からがんがん叩くけどびくともしない。きっと時間にすれば数秒、長くても10秒もいかないだろう。でも私には永遠に続くような長さに感じられた。そう、あたしは恐怖していた。暗闇の閉ざされた空間、落ちてきた何かが当たりドックの蓋がひしゃげる音がして、激しく揺らされる。光が欲しい。新鮮な空気が吸いたい。同じ死ぬのでもこんな所じゃ嫌だ。
し、ぬ?
その言葉が私をさらに恐慌へと叩き込んだ。あのクズ…司令官はっ!? 執務室は無事かしら? 怪我なんかしてないでしょうね? あたしの目の届かない所でそんなこと…まして死んだりしたら許さないんだからっ!! 私…まだ何も伝えて…ああもうっ、こんな所でぐずぐずしてる暇なんてないったら!
あたしはがんがんドックの蓋を蹴り始めた。いくら艦娘でも艤装を身に付けてなければ人間同様の柔らかい肉体で、すぐにあたしの足はひどく痛みはじめる。
「冗談じゃ…ないったら!」
落下物が当たったことで、恐らくはヒンジが緩んでいたのかも知れない。とにかく、あたしの渾身の蹴りで、上下分割式のドックの蓋が斜めにずれて光が差し込んできた。
「なによ…こんだけしか開かないの!?」
ああもう、あたしが猫とかならあの隙間から出られるのにっ。隙間を広げるのに、ドックの中で無理矢理体の向きを変え、光の方へ四つん這いで急いで向かう。力一杯蓋を押すけどなかなか動かない。早くここを出て、クズ…司令官の、アイツの所に行きたいのよっ!! 何度か繰り返し蓋を押すうちに、するっと体が外に出た。同時に激しい破壊音が背後で聞こえる。何か大きな物が落ちてきて改装ドックは完全に潰れてしまった。…間一髪って所ね。
無我夢中で走った。前足と後ろ足を交互に動かして工廠の中を走り回る。目の前にある障害物は、尻尾でバランスを取りながら急角度で躱す。たんたんたんっと工廠の中の鉄骨を駆け上がり、ぴたっと急停止し、ぶるぶるっと体を震わせ水気を払う。
うん? さっきから説明おかしくないかしら?
深呼吸をしてから自分の左手を持ち上げる。グレーの毛で覆われた前足。ぐっと力を入れるとにょきっと爪が出てきた。交代で右手を持ち上げるが、やっぱり同じ。意外なほど柔軟性が高い身体、左の後ろ足が顔のあたりまで軽々と届く。痛っ…なによ…怪我してるじゃない。お尻のあたりがむずむずする。軽く力を入れる。ふりっ。長いふさふさの尻尾が左に動く。ふりっ。今度は右に動く。…これじゃあまるであたしが…どんな改装してんのよ…本っ当に迷惑だわ………。
ーえええ~っ、なんで猫なの~っ!!
工廠にこだましたのは、あたしの声じゃなく猫の鳴き声。それは甲高い金属音と歯車が軋むような機械音にかき消された。機械音を圧倒するような大声で、無駄に体格のいいあの人が血相を変えて工廠に飛び込んできた。
-迎えに行ってやるから、お祝いに一緒に昼でも食べるか
あのクズ…本当に来てくれたんだ…。でも、まさか空襲を受けるなんて…そしてあたしが猫になるなんて。明石さんが司令官にすぐさま駆け寄ってあれこれ状況の報告を始めるのをぼんやりと見下ろしていた。
「強行偵察ついでの
明石さんとクズが改装ドックに向かって走る。明石さんの短い悲鳴だけが聞こえてきた。
「…こ、これじゃあ霞ちゃんは…」
「…待て、もし霞がこの中で潰されていたら、この辺は血まみれになってるはずだ。だがここには機械だけ。霞は退避してるに違いない…よかった、本当によかった…」
クズ司令官はへなへなと床に座り込んでいる。ちょ、ちょっと、二種軍装は白いから汚れると洗濯大変なのよっ…ううん…司令官、そんなにあたしの事心配だったんだ…。な、なによっ、こんなことくらいであたしがどうにかなるわけないでしょっ。…でも、ありが…とう。
「…そうと分かれば霞を保護しなければっ。改装途中で退避したということは…全裸、別な言い方ではオールヌードのはずっ! かすみーっ、今すぐ出てこーいっ!! ただちに俺の胸で保護するぞーっ!」
「司令官、何を言ってるんですか?」
取りあえずあたしの無事を確信したみたいで、クズ司令官は必死にきょろきょろ私を探している。ちょっとうるうるきたけど、やっぱりクズで変態、あたしの感動返せ。そんなクズを明石さんが真面目な顔で窘める。そうよそうよ! とっちめてやってよっ!!
「恥ずかしがってなかなか改装にこない子も多かったので、システムを変更済みですっ!! 下だけは身に付けたままでも大丈夫なんですっ」
「何と…そんな姿で霞は…この工廠のどこかで俺に抱きしめられるのを待っていると言うのかっ!
クズで変態のろりこん司令官がうがーっと吠え、ドヤ顔の明石さんが深く頷く。
ーあーもう、バカばっかり!
自分の声を聞いて改めて認識した。私、本当に猫になっちゃったんだ…。どうすればいいんだろう、これから…。