霞、猫になる。   作:坂下郁@リハビリ中

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 霞…猫になったばかり。
 司令官…言わなくてもいい本音をぽろり。


自覚した日

 わらわらと泊地にいる仲間が工廠に集まってきて、明石さんの指示に従って後片付けを始めたのを、猫になったあたしは鉄骨の上から眺めている。

 

 「と、言う訳だ。みんな、霞を見つけたらすぐに俺に知らせてくれ。よろしく頼む」

 そういうと深々と頭を下げるクズ司令官。みんなもうんうんと頷いている。戦艦や空母達は納得したような表情ですぐさま行動を開始し、駆逐艦たちは行動に移りながらもにやにやした表情を浮かべている。ちょ、ちょっと、そういうの止めてくれるっ!?

 

 言うべきかどうか迷うけど、やっぱり言うべきかもしれない。

 

 この泊地の司令官を、一言で説明するとクズ、最大限好意的に表現して変態。一部ではロリコンとも言われている。それはそうよね、戦艦にも空母にも重巡にも目もくれず、駆逐艦を追い回してくる。やらしい発言は日常茶飯事、時には触ってくる。何度オシオキしても懲りずに『ご褒美をありがとう』とか真顔で返してくる。秘書艦を務める私も頭が痛いったら!

 

 でもある日、荒潮の一言で事態はころっと変わった。

 

 「あらぁ~、そんな事されてるの霞ちゃんだけだよ~。愛されちゃってるねー」

 

 はあっ!? 目の前では朝潮型のみんながうんうんと頷いていた。え…じゃあ、何? おはようの挨拶と同時にサイドテールにした髪の匂いをかがれたり、秘書艦席で仕事をしていたらうなじの後れ毛の数を数えられたり、三時のデザートの後に無理矢理歯磨きをされたり、リボンの形が少しでも崩れてると結び直されたり、あたしが席を立った後の椅子に頬ずりされたり、『霞はあたしのママになってくれるかも知れない人だ』とか言ってお腹をさすさすされたりしてないって言うの!?

 

 …何よその『うわぁ…』っていうドン引きの目は?

 

 「だって、霞はぶつぶつ文句言うけど本気で嫌がってないじゃな~い? なら何で秘書艦を交代しないのかしら~」

 

 みんなが力強くうんうんと頷く。そ、そんなの決まってるでしょっ! 他の子にそんな事させる訳にいかないでしょっ! がーっと目を三角にして怒ったけれど、みんなにやにやするだけ。

 

 …けど、ひょっとして…やり方はアレだけど、あれは司令官なりに私を特別扱いしてるっていうの!? そして、もし、司令官が他の子に同じような事をしていると想像すると、胸の中にどす黒い気持ちが広がることも。私だけ、そう思うと………別に嬉しくもなんとも………ないこともないというか…。ああもう、そんな事考えたら、アイツの顔をまともに見れないじゃないっ!!

 

 他の艦種のみんなからの評価はまるで違うのも、頭に来る。きりっとした表情のイケメン、的確な指示と果断な判断、時折見せる笑顔…はあっ!? 誰の事を話してる訳っ!? そんなの私見たことないんですけどっ。

 

 「霞ちゃんにだけ、司令官はちょっかいを出してリラックスした表情を見せてますから、ね?」

 大和さん、あのクズが膝の上に私を載せてサイドテールを梳かしながら、もう一方の手で太ももをさわさわしてるの見ても、そう思うんだ。あれはちょっかいじゃなくてセ・ク・ハ・ラ。

 「私だったら、もっと色々お願いしちゃうかもしれません」

 ダメだ。でれでれと溶けるようにくねくねと身悶える大和さん…見てらんないったら…。

 

 

 でも、どうしようもない。今のあたしは猫。眼下ではみんなが一生懸命私を探していたが、見つけられずに司令官のもとへ集合している。それはそうよね、みんなが探している相手はここにいるんだから。

 

 

 

 「工廠内をくまなく探しましたが…霞ちゃんの姿は見当たりません」

 「明石…考えられる可能性は?」

 最後に戻ってきた大和さんの報告を聞き、クズ司令官は質問を投げかける。明石さんは難しい表情で腕を組み、考え込む。

 「えっとですね…改装作業中、私達は『原初の状態』、つまり魂レベルまでいったん還元され、その後改装後の艤装と共に再構成されます。もし、ですよ…その還元された状態の時に改装ドックが破損したとすれば、そうなると存在を再構成できずに…霞ちゃんの魂は無に帰すというか…」

 集まったみんなも不安そうに顔を見合わせ、ざわめきと動揺がさざ波のように広がる。ちょ、ちょっと、改装ってそんな危ない橋を渡っていた訳っ!? 何でそういう大事なことを先に言わないのよ! それに…無になんか帰してないからっ。あたしはここにいるのよ、猫だけど。ってゆーか、何でそもそも猫な訳?

 

 「霞………」

 

 静かに私を呼ぶ司令官の声に、ざわめきが止む。その声は切なくて悲しくて、どこまでも透明な声。あたしはその声を聞いて居ても立ってもいられなくなった。ああもうっ、何そんな泣きそうな声だしてるのよっ。だらしないったら! あたしはここよっ!

 

 たたっと鉄骨を駆けおり、司令官の足元へと近づく。な、なによ、心配なんてしてないんだからっ! 慌てて駆け寄るなんて真似する訳ないでしょうっ。

 

 ーあたしはここよ、クズ司令官

 

 叫んでも猫の声。一斉に視線が集まる。どこから迷い込んだのかしら、綺麗な猫…色んな声が聞こえる。

 

 「ねこ…」

 キラキラを三重にまとった不知火が、嬉しさを精一杯押し殺したような表情をしながら近づいてくる。ど、どうしようって言うの? 伸ばされた両手が素早く私を掴み、武人の表情のまま不知火は私に頬擦りを繰り返す。それをきっかけにわあっとみんなが集まってきて、よってたかって私を撫でまわす。クズ司令官は少し離れた所で明石さんと打ち合わせをしていたが、その騒ぎに気付くと近づいてきた。不知火に抱っこされ、でろーんと体を伸ばした状態で見つめ合うあたしとクズ司令官。ゆっくりとアイツの口が動き始める。

 

 「か、すみ……?」

 そしてすぐに頭を振り、自分の言葉を打ち消す。

 「そんな訳ないよな。…いかんな、疲れてるのかな」

 

 ーそんな訳あるんだって…私よ、霞だってばっ!

 

 

 やっぱり猫の声しか出ない。じたばたと不知火の腕を逃れようと暴れ、必死に呼びかけるが、あたしの喉から出る声は猫の声。

 「…司令官の方へ、行きたいようです」

 緩んだ腕から逃れると、ダッシュで司令官の元へ走る。足の周りをぐるぐる回って呼びかけ続けるけど、やっぱりあたしの声は猫の声。

 

 「しれえにだっこしてほしいみたいですね、この子」

 じっと私を見ていた司令官は、雪風の声に従うようにしゃがみ込むと、私に手を伸ばす。そして恐る恐る近づくあたしの喉元をこちょこちょとくすぐり始めた。

 

 ーちょ、な、何すんのよっ…気持ちいいじゃないっ。

 

 「ちょっと似てるなあ。グレーの毛並にちょっと釣り目の金色の目。長くてふさふさのしっぽなんて霞のサイドテールみたいだ。きっとどこかの飼い猫が紛れ込んできたんだろうな。お、おしゃれだな、尻尾の先にリボンか。白とエメラルドグリーンのストライプ………」

 

 そこまで言うと司令官は黙りこみ、ややあってぽつりと小声で呟く。

 「………まるで霞のパンツみたいだ」

 

 ああ、やっぱりクズだわコイツ。

 

 

 

 どうやら空襲の被害は工廠の一部を破壊しただけで済んだみたい。応急処置というか最低限度の片づけをみんなで済ませた後は、工廠の妖精さんに修復はお任せ。だって…こんな姿(なり)じゃ何にもできないから。むしろ邪魔にならないようにしてた方がいいから。

 

 「取りあえずの片づけは済んだかな。明石、工廠の完全復旧までどれくらいかかりそうだ?」

 「そうですねー…建造と入渠の中核設備は無事ですが周辺設備が少しやられちゃいましたからね…最大で一週間見てもらえたら、と思います。ただ改装用ドックは手ひどくやられちゃいましたので、妖精さんでは対応できない部品を大本営から取り寄せるので入荷次第ですが、こちらはもうちょっとかかると思います」

 「よし、全員撤収っ」

 

 みなバラバラと工廠を後にしたけれど、クズ司令官だけは残っている。そして…あたしの方を見上げて手を伸ばす。おいで、そう言っているように。

 

 ーし、仕方ないわね、いいわ、待ってなさい。

 

 たたたたっと鉄骨を駆け下りてダッシュでクズ司令官の足元へと駆け寄る。…何よ、あたしが喜んでるとでも言いたい訳? そんなことないんだからっ。

 

 「どこから来たのか知らんけど…これも何かの縁だろう、飼い主が見つかるまでここにいろよ」

 

 

 

 かたかたかたかた。

 

 キーボードをたたく音が滑らかに執務室に響く。へえ…そんな真剣な表情もできたのね。見たことなかったわ。秘書艦としての立場で考えると、被害軽微とはいえ、泊地が白昼堂々空襲を受けた事態は軽視できない。深海棲艦の活動が活発化している、ってことよね。…そっか、だから対空強化の改二乙にあたしがなれるって分かって喜んでたんだ。…ごめんね、こんなことになるなんて…。

 

 急ごしらえで用意された、段ボール箱に余った毛布とクッションを詰めた即席の部屋が、クズ司令官の机の右横に置かれている。左側にあるのは秘書艦用の机と椅子。いつもはあっちに座っていたんだけどな…。でも、このぬくぬくした感じも悪くないわね…あたしはクッションの上で丸くなり、時折姿勢を変え、のんびり寛いでいる。唐突に名前を呼ばれたので、箱の端に両手を掛けクズ司令官を見上げる。

 

 「霞、Vol.16を取って…そっか…いないんだよな…」

 

 そこから先、クズ司令官の声は言葉にならず、やがて静かな嗚咽が部屋を満たす。

 

 -あたしはここにいるんだって…。な、何よ…たかが艦娘一人いないくらいで…情けないったら…。

 

 自分一人がいなくても、この戦争に、この泊地の大勢に影響はない。それは疑いようのない事実。でも…自分がいない事をこんなにも悲しんでくれる人が、一番そばにいたんだ…。そんな姿を見てたら、胸の奥がきゅーんと締め付けられるじゃない…。ああ…だめだ、私、コイツの事、好きなんだ。いったん認めてしまうと、もう我慢が出来ない。ひょいっと箱を飛び出すと、クズ…いいえ、司令官の膝に乗り、前足を肩にかける。

 

 

 ぺろぺろ。

 

 涙はしょっぱい。今自分にできるのはこんなことくらい。一生懸命、小さな舌を出して司令官のほっぺを舐め、流れる涙を拭う。

 

 

 …………これってよく考えたら、自分から抱き付いて司令官の頬にキスしてるようなものよね。

 

 

 普段ならとてもじゃないけど恥ずかしくて照れくさくて、こんな事死んでもできない。でも今は猫だから。

 

 ふわっと頭を撫でられる。優しくて、少し悲しそうな目。

 

 「…ありがとうな、慰めてくれてるのか。優しい子だな、お前は…。俺にはさ、霞っていう秘書艦がいたんだよ。今回の空襲で行方不明になっちまったんだけどな」

 

 思わずうなずく。でも、あたしはここにいるから。少しでも伝わってほしい…そう願って頬擦りを繰り返す。

 

 「ははっ、まるで俺の言葉が分かるみたいだな。いつもなら、Vol.16って言うだけで、資材管理台帳を霞が取ってきてくれるんだよ。あの棚の上の方にあるやつな。背伸びしないと届かなくてさ、一生懸命爪先立ちでファイルを取ろうと体を伸ばすから、よくパンツが見えてさ。必要ないのにあのファイルよく頼んでたっけ…あいてててててっ! 噛むなっ」

 

 思わず肩に噛みついちゃった。あーそー、そういう事だったのね。やたらと資材管理台帳を取って来させると思ったら…。このクズクズクズクズクズクズ変態っ!!

 

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