霞、猫になる。   作:坂下郁@リハビリ中

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 霞(猫)…知ってしまった
 明石…工廠の責任者、教えてしまった
 夕張…工廠の担当者、余計なことまで教えてしまった
 提督(変態)…指先の魔術師
 鳳翔…猫にもグルメ


知ってしまった日

 「ふーん、それで血相変えて工廠に飛び込んできたってことですね?」

 「そうよ、いけないっ!? そんなことよりも改装用のドックはどうなってるの? まさかまだ直ってないなんて言わないでしょうね?」

 

 警戒しながら夕張さんをジト目で見つめ、ふーっと毛を逆立たせながら問い詰める私。私が恥ずかしさを堪えて、懸命に説明したっていうのに、夕張さんは、何かこう、笑いをこらえるような表情をしている。何よ、何がおかしいのよ? あたしは…キスされたのなんて生まれて初めてなんだからっ! あ、当たり前でしょう、赤ちゃんが出来ちゃうんだから、そういうのは絶対にこの人、って相手じゃないと許す訳ないでしょう!! と、とにかく、早く元に戻らないと、おなかの赤ちゃんまで猫化しちゃうでしょっ!

 

 夕張さんは…何ていうのかな、マッドサイエンティストっていうのか、正直言ってヤバい雰囲気なのよね。床にちょこんと座って夕張さんを見上げてると、ふふーんとドヤ顔で語り始めた。

 

 「改装される艦娘はエントリープラグ内で改装を受ける際、ドック内でLCL…あ、中に入ってた液体ですね、あれを皮膚から吸収するんですよ。LCLは皮膚の生体電流を感知して電荷され、艦娘の分子配列を変化させる…つまり一旦艦娘の体は分子レベルまで分解されます。で、妊娠した状態でその分解を行うと…」

 

 あたしはごくりと喉を鳴らして夕張さんの言葉を待つ。にしても、あの改装ドック、エントリープラグって言うんだ、知らなかったわ…。

 

 「艦娘が改装を経ても元の人格や姿を維持できるのは、それまで培った記憶や思い出、そして新たな姿を強くイメージできる知識があるからです。でもそれがない赤ちゃんは…」

 

 そっか…夕張さんは言葉を濁したけど、そういうことね。猫だけど思わずお腹をさすってしまう。そしてあたしは、確かに微笑んだと思う。なんだ、簡単な事じゃないの。あたしのことより、子供のが大事。なら、猫のままでいいや。だってあたしはママになる、子供を優先するに決まってるじゃないっ! あ…でも、そうなるとやっぱりケモ●レ化は避けられないのか…。

 

 

 べしんっ。

 

 何となく、してはいけない音がしたような気がする。あたしが自分の考えに浸り込んでいた間に起きた大きな音。びっくりして顔を上げると、夕張さんはお尻を抑えながら大きくのけぞり、ぷるぷる震えたと思うと、床にへたり込み動けずにいる。巨大なスパナをフルスイングしてお尻をジャストミートしたのは、工廠の女王・明石さんだった。

 

 「まったく…昨日見てたアニメの内容混ぜ込みながらトンデモ科学を霞ちゃんに吹き込まないでくれる?」

 

 なぜか笑いをこらえたような表情をしながら、それでも夕張さんに説教を始める明石さん。何かとんでもないことを言い始めた。え…どういうこと?

 

 「改装ドックはエントリープラグじゃないでしょう! 私達は汎用人型決戦兵器じゃないんですから。そりゃ確かに人型ですけど…。それに中の液体もそうじゃないですからねっ。何より…()()()()()で艦娘に…赤ちゃんができる訳ないでしょうっ!! まったく、霞ちゃんの無知に付け込んで…」

 

 はぁっ!? な、なによっ! …どういうこと、よ…?

 

 「そもそも改装は心身ともに健康な状態じゃないと許可が出ません。仮に艦娘の方でそういう身体の状態を隠していたとしても、私のバイタルチェック、さらにドックでのバイタルデータ測定のダブルチェックで発覚しますので必ずわかります」

 

 ふうん、そうなんだ…。ちゃんと艦娘の体のことを考えてるのね。いやでも、そうじゃなくて、このままだとあたしは猫のままで赤ちゃんを産んで、ケ●フレみたいな子になっちゃうのが問題なのよ。でも『あんなことで』って?

 

 「えっとですね、霞ちゃん? 大事な事をお伝えしなければなりません」

 

 明石さんは表情を改めて、真剣な表情を保とうとしている。これは…よほど重要な話なのね。私も毛づくろいをして(居住まいを正して)真剣な表情で向き合う。

 

 「その前に霞ちゃん、もう一度、どうやって赤ちゃんができたか説明してくれますか?」

 

 なっ!?

 

 くう…な、なんでそんな恥ずかしい事を…。明石さん、何気にどSなのかしら。でも、必要なことなのよね…ああもういいわ、もうヤケよっ!! あたしはあのクズになにをされたか、改めて説明した。あんないきなり、不意打ちなんて卑怯だわ。あたしの…はじめて、だったのに。

 

 

 ※猫の話ですよ、みなさんいい加減ご理解されてると思いますが※

 

 

 「えっとですね、霞ちゃん。大事な事と言うのは、きっと驚かせてしまうかも知れませんが、キスで赤ちゃんはできません、ということです…ぷっ、あはははっ! 霞ちゃん、可愛いっ!!」

 

 明石さんはもう我慢できない、という感じで、辛うじて言いたい事を言い終えると、大きな声で体をよじりながら笑い始めた。見れば夕張さんもげらげら笑ってる。はあっ!? な、なによ、何だっていうのよ! え…というか、今何と言いました? キスで赤ちゃんは…できない? え、えええええーーーっ!? だ、だって、大潮と霰がそう言って…。はっ!? そういえばその話をしていた時、荒潮がによによ生暖かい目であたし達を見ていたような―――。

 

 「結論から言うと、霞ちゃんは妊娠していません。といいますか、妊娠するようなことをしていないので当然ですが―――」

 

 ちょっと良く分からないんだけど。あたしは…妊娠していない。そっか…そうなんだ。猫だから撫で肩だけど。大きく肩を上下させてため息を一つ。なんか拍子抜けしちゃった…でも心のどこかで残念に思ってるあたしがいるのにも、気が付いちゃった。そして、ああもう…気付かなくてもいいことまで気付いちゃった。あたしは、自分で自覚していた以上にあのクズのことが好きだったってこと。

 

 「―――どうです、明石さん?」

 「そう…ですねぇ…今回みたいな騒ぎも困りますし、適切な知識は必要ですね」

 

 あたしは夕張さんにひょいっと抱き上げられる、そのまま工廠内の一角にある事務所みたいな所につれていかれた。明石さんと夕張さんのデスク、仮眠用にもなるソファーベッド、小さなテーブルと冷蔵庫…それ以外の大半の場所は、大量の工具と何かの部品で埋まってる。うわぁ…二人とも片付けられない系だったんだ…。夕張さんの腕からぴょんとソファーに飛び降りると、明石さんが隣に座ってきた。そして私の頭を優しく撫でながら、生命の神秘について話を始める。

 

 

 ――はるか昔、神様が人間をお作りになった時、こう考えたそうです。繁殖に快楽を与えなければ、人間はすぐに怠けて数が増えない。同様に、死に苦痛を与えなければ、人間はすぐに挫けて数が減ってしまう、と。

 

 

 うわぁ、うわぁ…うわぁ…。明石さんが深い事を言ったような気がするけど、あたしの頭には入ってこない。そういう考え方よりも、その具体的な方法の方が問題よっ!! あれをあれして、ときにはあんなかんじのこともして、ああなってああするとああなる…そ、そんなことをするのね…赤ちゃんは、キャベツ畑もコウノトリも関係なく、生身の人間と艦娘の()()の結果ってこと。もう川内さんが夜戦夜戦って騒いでるのが違う意味にしか聞こえなくなっちゃったじゃない…。まったく想像してなかった…というか誰よ、キスでできるなんて言ったのは! キ…キスはその前奏曲(プレリュード)ってこと、じゃない。

 

 そしてあたしの頭の中で、これまであのクズがあたしにしていた色々な事、あたしが猫になってからアイツにした色々な事が色鮮やかに甦る…ふ、ふぎゃあああああーーーーーーっ!! 死ねる、恥ずかしさで人は余裕で死ねるっ!! も、もう…次からあのクズの顔をまともに見られないじゃない…。

 

 ソファーで激しく身悶えのたうつあたしを、明石さんは温かく見守っている間にも、夕張さんはごそごそとあれこれひっぱり出してきて、(よこしま)な微笑みを湛えながら解説を始める。

 「えっとですね霞ちゃん、正しい知識が身についたところで、夜戦をさらに充実させる便利グッズを、こんなこともあろうかとこの夕張開発してきましたっ!! まずこのロー●ョン、皮膚に塗布すると感度が天元突破で快楽死するかも知れません、さらにこちらの―――」

 

 がいんっ。

 

 明石さんがどこかから取り出したおっきなハンマーで夕張さんを殴打した。うん、そうね、それでいいかも知れない、そう思ったわ。人を実験台にして何をさせようっていうのよっ!! 夕張さんが頭からぷしゅーって煙を出しながら床にめり込んでいるのと裏腹に、明石さんは優しいけど、真剣なまなざしで私に問いかける。

 

 「霞ちゃん、赤ちゃんの話は置いとくとして、改装ドックも直った事だし、そろそろ艦娘に戻った方がいいんじゃなかな? 確実に元の姿に戻れるかどうか…それは霞ちゃん次第よ。私も前に話しましたし、夕張ちゃんからも話があった通り、艦娘の強い気持ちが私達のこの姿を維持するための鍵…、もし霞ちゃんが今の姿や司令官と過ごす時間に未練があると、失敗しちゃうかもしれない。そうなると、今度はどんな姿になるかまったく分からない…」

 

 

 

 今晩一晩よく考えて明日返事を聞かせてね、という明石さんの言葉を胸に、あたしはクズの部屋に帰ってきた。今日はほとんどの時間を工廠で過ごしていたから、クズが何をしていたかあたしもよく知らない。あたしがいないかったからって、ご飯とか適当に済ませたんじゃないでしょうね? 三食ちゃんとバランスの取れた食事は健康のためにかかせないんだからっ。

 

 ちなみにあたしのご飯は、ミルクと鳳翔さん特製の猫ごはん。クズ司令官が鳳翔さんにお願いして用意してもらっている。お魚か鶏肉がメインで、他にも色々な副菜が猫の口でも食べやすい大きさに切られてる。味付けは艦娘だった時のご飯とくらべるとすっごく薄い、薄いというかほとんど素材の味だけ。体の大きさが全然違うから、人間と同じ味付けで調味料を使うと、猫はあっという間に腎臓とか濾過機能のための臓器がおかしくなっちゃうんだって。でもその代わりに、おいしいかそうじゃないかしか考えなかったお料理の味を、以前より噛み締めて食べるようになったと思う。お魚もお肉もお野菜も、それぞれに違う味が合ってそれが合わさって複雑な味を作りだしている。鳳翔さんのお料理がこんなにおいしいんだって、猫になってやっと理解できたんだから、皮肉なものよね。

 

 「お、ちゃんと食べてるようで何よりだな。食べ終わったら呼べよ、ちゃんと歯磨きしないとな」

 

 右手には猫用の歯磨きペーストと歯ブラシを持ちながら、クズが微笑みながら近づいてくる。…“霞”の時からそうだったけど、このクズは私の歯を磨く時、最初は指で磨くところから始める。目を閉じて、少しずつ口を開け、クズの指が唇に触れた瞬間顔が熱くなるのが分かる。少し甘い味のペーストの付いた指が、あたしの口の中でゆっくりと、口の中の粘膜に触れながら歯の表も裏も一本ずつ指の腹で磨いてゆく。それが終わったら、ようやく指では届かない歯の隙間とかを磨くため歯ブラシの登場。

 

 この全部の工程が終わるころ、あたしの息は荒くなり、顔は真っ赤になって体に力が入らなくなり、くたっとクズ司令官に体を預けてしまう。

 

 

 ※これは霞の話です、猫になる前の※

 

 

 でも…色んな意味を知ってしまった今は、恥ずかしくて堪らなくなって思わず―――。

 

 「あいてっ! 急に噛むなよ。いったいどうしたっていうんだ」

 クズ司令官は、歯磨きペーストにまみれた指をふーふーしていたけど、やっぱりクズはクズらしくいつもの通りの行動に移る。歯磨きペーストとあたしの唾液に塗れた指を自分のぺろぺろ舐めはじめる。うわぁ…何回見てもドン引きなのよね。ああ駄目だ、恥ずかしくてクズの顔がまともに見れない。あたしはたたっと自分の部屋(段ボールハウス)に行くと、丸くなって寝たふりをして、クズに何度呼ばれても聞こえないふりをしていた。今日は機嫌が悪いのかな、とかぶつぶつ言いながら、クズは諦めたような仕草を見せると一人で寝室に向かい、ドアが静かに閉められた。

 

 -ご、ごめんね。でも今日は…ダメ…。

 

 そのうちあたしも本格的に眠くなって、そのまま眠りに落ちてしまった。そして翌日、激動の一日が始まる。

 

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