霞、猫になる。   作:坂下郁@リハビリ中

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 霞(改二乙)…ちょっと猫っぽい
 提督(変態)…どんな時もブレない


霞の日

 翌日、まだ夜が明けるにはかなり時間がある頃、あたしは目を覚ました。部屋の中はまだ暗いけど、猫の目には全然苦にならない。ひょいっと自分の部屋(段ボールハウス)から飛び出し、冷えた空気にぶるっと身震いする。うー、ちょっと寒いわね。アイツ、お腹とか出して寝てるんじゃないでしょうね…とてとてと歩いて寝室に入り込んだ。このクズは、執務室のドアだけじゃなく、いつの間にか寝室のドアにもキャットドアを作っていた。頭でくいっとキャットドアを開け寝室に入り込む。寝ている、ようね…。規則的な静かな寝息だけが満たす部屋で、身体を伸ばして前足をベッドにかけひょいっと登り、てこてこ枕元まで進むと、ぺろり、とクズの頬を小さく舐め、頬擦りを繰り返す。

 

 

 -あたしは、決めた。霞に戻る…正確には戻れるように、もう一度改装を受ける。

 

 

 正直言って、猫になって戸惑う事も困ることもたくさんあったけど、そ、その…楽しかったのよっ。知らなかったクズ司令官の色んな面が見れて、艦娘の時にはできなかったスキンシップ…ていうのかな、触れあう事もできたし…っていうか、それを遥かに超えてる気もするけど、今はそこを突っ込んでも仕方ないし。そ、それにその…あ、赤ちゃんがどうやってできるかまで…知っちゃったし。人型の体同士じゃないと、できない事…。

 

 ハッツ!? だ、だから艦娘に戻るっていう訳じゃないからねっ、勘違いしないでよね!

 

 アイツ…あのクズ、最近あたしの名前を呼ばなくなった。そりゃそうよね、猫相手に話しても返事はにゃーとかふぎゃーだけ。あたしが猫になった頃、アイツからすればあたしが行方不明になった頃、あたしたちは一緒に暮らしはじめた。何かにつけちょっかいを出してきて、『霞はこうだった』『霞はああだった』って事ある毎に口にしてた。色々あたしにちょっかいを出していた行動の意味というか、あのクズの変態っぷりを嫌というほど理解して、でもそういうことをあたしにしかしていないことも理解した。というか、多分…あたしは分かっていたんだと思う。分かっていて、不満や文句ってことにして、あたしとクズのことをみんなに伝えていた。誰も手を出さないで、じゃなくて、みんなが手を出す余地はないわよ、っていう裏返しのアピール。荒潮は…とっくにお見通しだったようだけど。

 

 あたしは、あのクズ…ううん、司令官の言葉に自分の言葉で返事をしたい。司令官の手に自分の手で触れたい。だから、あたしは霞じゃなきゃだめなのよっ。

 

 

 -さ、霞、出るわよ。

 

 

 

 「よく、というか、やっと、というか…とにかく来たんですね、霞ちゃん」

 「ふぁ…待ってましたよ~。てか…朝、早すぎませんかぁ」

 きっとあたしが来ることを予想して準備していた明石さんは、いつも通りの制服に白衣をまとった格好。ふっ…流石ね。そしてあたしが来ることは予想してたけど準備はしていなかった夕張さんは、白いレースの下着に白衣だけをまとって、寝ぼけた目を擦りながら登場。ふっ…違う意味で流石ね。

 

 とてとてと工廠の床を歩き、二人を見上げる。明石さんはあたしを抱っこし頭を撫でている間に夕張さんが改装ドックの準備をしている。

 

 私は…霞、艦娘。そうでなくちゃ、ならない。猫で段ボールハウスに丸くなって眠るのも、アイツの膝の上でのんびりしてるのも、ご飯を食べさせてもらったり歯を磨いてもらったりするのも、とっても楽しくて幸せだった。アイツがあたしのことどんな風に見てて思ってたのか、猫のあたしにぺらぺら喋ってたし。それはとても…恥ずかしくて、でも嬉しくて。

 

 でも、違う。

 

 あたしがぬくぬく幸せを味わってる間、アイツ…あのクズ…司令官は一人で戦っていた。もちろんみんなもだけど。司令官は人間だから戦場には出ない。けど戦場に出るあたし達艦娘が万全の状態で戦えるように資材も物資も不足させず、あたし達が何不自由なく暮らせるよう環境を整え、何より…絶対に負けないようあたし達を鍛え抜き普段ならあたしと一緒に分け合ってしている仕事を一人で全部抱えて、頑張ってた。いくら臨時秘書艦を付けたといっても、あたしには分かる。アイツは、作戦に関わるような大事な仕事は何も任せていない。

 

 あたしがアイツの秘書艦だというなら、アイツに好かれるのに値する艦娘だというなら、そしてアイツが口にした『ケッコンカッコカリ』に相応しい艦娘であるなら、どんな時も必ず隣にいなきゃ。まあその…せ、せくはらは、あれよ、そ、そう、ケッコンしてからだったら…許してあげないこともないというか…夫婦なら当然というか…ああああーーーーっ、これじゃあたしが期待しているみたいじゃないっ!

 

 「霞ちゃん、ほんと面白いですねー。くるくる表情変えて一人で身悶えて。さあ、改装ドックの準備が出来ましたから、行きましょうか。次に目が覚めたら、改二乙の姿ですよ」

 

 そう言うと明石さんはあたしに微笑みかける。向こうでは、見慣れた、それでいて真新しい上下二分割の細長い繭型カプセルのような改装ドック。あたしはコクリと頷き、明石さんの腕からひょいっと床に飛び降り、ドックに向かって駆け出そうとして、一瞬だけ足を止めて明石さんを振り返る。

 

-あ、ありがと。

 

 やってきた改装ドック。下から見上げるとかなりの大きさに思える。今度は夕張さんに抱っこされ、各種のセンサーやケーブルが取り付けられる。ぎぎっと重たい音を立てて改装ドックの蓋が開くと、あたしは薬液で満たされたドックの下側に静かに置かれて、夕張さんがセンサー類を上蓋の裏に接続している。

 

 「それじゃあ今から始めますから、リラックスしてくださいねー」

夕張さんはそう言うと改装ドックの上蓋をゆっくりとしめ、ドックの中は暗くなり、入れ替わる様にぼんやりと保安灯りがともりはじめた。リラックス、ね…。ちゃぷちゃぷとドックの中の液体を前足で弄んでしたあたしだけど、以前と異なり、すぐにうとうとし始めた。

 

 

 

 

 どおんっ!!! どおんっ!!! どおんっ!!!

 

 

 あたしを現実に引き戻す様に、地響きとともに改装ドックが上下に跳り、保安灯が落ちて暗闇になるる。断続的に続く振動、そして爆発音。遠くに聞こえるサイレン。聞き覚えのあるこの音、これは空襲!!

 

 以前、あたしが猫になるきっかけとなった際にも空襲があった。何か呪われてるのかしら、まったくもうっ! あの時、司令官は『強行偵察ついでの威嚇空襲(ハラスメント)』だろう、って言ってたけど…。その分析が正しかったとしたら、今回は本格的なやつよね。ドックの分厚い蓋越しにも着弾の音と衝撃、建物が爆発する音、その奥では防空戦隊の発動機特有の甲高い音、さらに対空射撃の乾いた連続音が聞こえてきた。

 

 あたしは…じっとしているしかできない。今の自分の状態がどうなってるのか、まったく見当もつかない。今、司令官は必死にみんなの指揮を取って戦っているに違いない。あたしにできるのは…例え自分がどうなっても、司令官の足をひっぱらないこと。ていうか、司令官はあたしがここにいることも知らないだろうけど…。

 

 一秒が永遠にも感じるような長さで、あたしはドックの中で体を丸くして耐え続けていた。どれくらいの時が経っただろうか、空襲の騒ぎは収まり、代わりに明石さんが叫びながら工廠の中を駆け回っているのが聞こえてきた。分厚い蓋の音ではっきりとは分からないけど、今回の防空戦で損傷を受けたみんなを運び込んだり、治療を開始したりしてる。でも、その言葉、雑多な音の中でその言葉だけで不思議なほど鮮明に聞こえ、あたしから理性、常識、冷静さ、そういった類のものをすべて奪い去った。

 

 

 -早く提督をこっちへっ!! 止血帯を急いでっ!!

 

 自分の状態がどうなのか何でもいい、猫のままでも構わないっ! 何も考えず、改装ドックの上蓋に体当たりすると、拍子抜けするくらい簡単に跳ね上がった。騒然とする工廠内を走り明石さんを探す。何か体が重いわね…。司令官、何であたしがいない時に怪我なんてするのよ、ほっんとクズ! なによ止血帯って、重傷なのっ!? あたしがどうでも、アンタが元気じゃなきゃ、アンタがいなきゃ…アンタと一緒じゃなきゃっ!

 

 建造ドックのすぐ傍の開けた場所に設けられた臨時の救護設備に、アイツはいた。上半分を少し起こしたベッドに横たり、青白い顔色で目を閉じている。何かが、頭の中でハジけた。アイツに駆け寄ると、そのまま胸に飛び込み、叫ぶ。

 

 「し、しっかりしなさい、このクズッ!! 何やってるのよまったくっ!! は、早く目を覚ましなさいっ!! 目を覚ましなさいったらっ! まさか…死んだとか、ふざけたこと言うんじゃないでしょうね。目を…目を覚ましなさいよ…お願い、だから…。アンタ、あたしに言ったじゃないっ! 『あと少しでケッコンカッコカリだな』って。ほんとは嬉しすぎて、どうしていいか分からなかったんだから。でも…何の悪戯か分かんないけど猫になっちゃって。絶対、絶対元に戻るから…そうしたら、何でも…どんなことでも好きなことしていいから…。あ、あたしもいやじゃない、っていうか…アンタがいいっていうか、アンタとじゃなきゃ嫌っていうか…」

 

 さわさわさわ。

 

 え、なにこの感触? お尻を直に触られてるような…。てゆうか、触られてる。あ、ちょ、や、やめてよ、変な声出ちゃう………。

 

 「そうかそうか、これがあのストライプのぱんつの中身かぁ」

 

 ってゆーかーーーーーっ!! 目の前では病衣の司令官…じゃなくてクズがこれ以上ないくらいいやらしい顔でにやにやしていて、あたしは…何も着てない、生まれたまんまの、私自身…霞の体…正確にはぱんつだけは足首に引っかかってるけど、とにかくそんな恰好でクズに抱き付いていてた。あっ、てかまだ触ってんのか、アンタはーっ!! あたしはわなわなふるえ、たぶん顔からつま先まで真っ赤になって、口をぱくぱくさせながら、クズオブザクズを少しの間だけ指さす事しかできなかった。ぱくっとクズがあたしの指を咥えてぺろぺろ舐めはじめたから。

 

 最低。ひたすら最低。でもあたしも指を引っ込めない。

 

 「脚を怪我して血が止まらなくてさ、工廠に担ぎ込まれて止血され痛み止めを打たれて眠ってだけだ。俺がこんな怪我で死ぬわけないだろうが。まあ、痛いけどさ。でも、目が覚めたら霞が素っ裸で俺の胸に抱き付いているなんて、これ何てご褒美? ………つかさ、お前今までどこに行ってたんだよ? もう…絶対に俺の傍からいなくなるなよ…」

 

 そんなこと言われたら…。あたしは、やっぱり素直になれなくて、でもうんうんと何度も頷いてクズに思いっきり抱き付いていた。

 

 「あいてて、すぐに元気になるかなら。というか既に元気になってる部分もあるんだけどね」

 

 ほんっと最低っ! でも…こんなことでもなかったら、きっとあたしは何時までも素直になれなかったと思う。猫になる…在りえなくて不思議な体験だけど、きっとこれでよかったの、かな?

 

 ふにふに。ん? なに? クズが手を伸ばして何かを触っている。

 

 「しかし改二乙ってものいいもんだな。俺が考えてたのとちょっと違うけど。いやー、猫耳付の霞ってのも可愛いもんだなあ」

 

 クズの言葉に思わず両手で頭を触ると…確かに猫耳が付いてるじゃない!! ふぎゃあああぁぁぁーっ!!

 

(おしまい)

 

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