DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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やっとここまで進められた……他に言う事は無いので、お楽しみください。


電子世界にて――『悔しさという凶暴な炎』

(何……で……)

 

 目の前の光景を理解出来なかった。

 

 自分が死のうとしているわけでも無いのに、走馬灯のように背景がスローモーションに見える。

 

(何故……俺なんかのために……)

 

 まだ出会って一日程度の仲だったはずだ。

 

 まだ仲間ですら無いし、会話もロクに交わしていない相手のはずだ。

 

(代わりに……そんな目に遭わないといけない……?)

 

 理解出来ず、僅か一分にも満たない時間の間に起きた出来事に呆然とする事しかできない。

 

 体の震えが、更に大きくなる。

 

 動いて、何とかして助けないといけないのに、やはり動けない。

 

 まるで恐怖心や罪悪感が、四肢に鎖を巻き付けているようにすら感じられる。

 

(動け動け動け動けッ……動いてくれッ……!!)

 

 内心で叫び続けても、状況は変化する事無く進んでいく。

 

「ぐぅっ……!! ぐああああああっ……!!」

 

 毒針を右肩に受けたベアモンは、震える左手で強引に毒針を引き抜く。

 

 それと共に刺された部位から赤い血が漏れ出し、毛皮の一部を紅く染める。

 

「くっ……うっ!?」

 

 ベアモンは応戦しようと拳を構えようとしたが、右肩を自分の意志のまま動かす事が出来ず、右足もそれと同じく満足に動かせる状態では無くなっていた。

 

 ベアモンの体が、それによってバランスを崩して背中から倒れる。

 

 フライモンの毒針に付属された神経毒が、ベアモンの体の自由を奪ったからだ。

 

 本来なら全身を動けなくするほどの強力な毒だが、咄嗟のファインプレイで引き抜いたおかげで、毒が全身にまで回る事は無かったようだ。

 

 しかし、針自体が高い殺傷能力を持っている事もあり、毒が無くともベアモンが受けた損傷は決して少なくない。

 

 事実上、利き腕と片足を失ったベアモンは、誰が見ても戦闘不能と言わざるも得なかった。

 

「……!!」

 

 人間(ユウキ)は知っている。

 

 特に好きと言えるようなデジモンでは無かったが、ユウキの知識には様々なデジモンの『設定』が記憶(セーブ)されており、当然フライモンというデジモンについての詳細な情報も知ってはいる。

 

 故に分かってしまう。

 

 逃げられないと言う残酷な現実が、瞬間的に思考を過ぎり、絶望一色の思考では打開策も思いつかず、余計にそれが恐怖心を煽る。

 

「う……あぁ……」

 

 フライモンの羽から出るハウリングノイズに鼓膜を叩かれながら、ユウキは気付いた。

 

 次にフライモンは、エレキモンを狙ってくると。

 

 知性の有無は知りようが無いが、損傷が激しく戦闘行為を行えないベアモンよりも、敵意より恐怖心の方が勝っていて、相手からすれば脅威を感じない自分よりも、まだ戦闘行為を行えるであろうエレキモンの方が脅威だと、フライモン自身の本能が優先順位を決定するのだと予想した。

 

 そして、その予想は残酷にも外れなかった。

 

「ッ……!!」

 

 フライモンの視線が、真っ直ぐにエレキモンを捉える。

 

 その敵意にエレキモンは思わず後ずさりし、二匹とフライモンを交互に見る。

 

(……クソッたれが、見捨てられるわけねぇだろ!!)

 

 逃げたいと思う恐怖心と、知り合いと友達を見捨てたくないと思う人情の間で少しだけ葛藤したが、やがてエレキモンは自身の尻尾に電気を溜め始める。

 

 無謀にも、応戦するつもりなのだ。

 

(駄目……だ……)

 

 その応戦の先にある未来が、簡単に想像出来る。

 

 否定の言葉をただ心の中で呟くしか出来ず、悲しさと自分自身の無力さに対する悔しさで涙が流れ出す。

 

「スパークリングサンダー!!」

 

 エレキモンは尻尾の先に充填した青色の電撃を、フライモンに向けて一気に放出する。

 

 だが、フライモンは背中から生えている四つの羽を使って高速で飛行し、周囲に風と雑音を撒き散らしながらそれを回避する。

 

「チッ……!!」

 

 簡単に当たってはくれない事ぐらい分かっていたが、時間稼ぎにすら至らない結果に対してエレキモンは小さく舌打ちした。

 

 そして呟いている間にも、フライモンは鳴きながらエレキモンに向かって突撃して来る。

 

 体格差もあって、その突進を避ける事すらエレキモンには困難。

 

「ギィィィィ!!」

 

「んの野郎……」

 

 自分に向かって一直線に飛行して来るフライモンに対して、エレキモンが行った行動はとても単純だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ギィィィッ!?」

 

 四つの足で、逆にフライモンの方へ向かって突撃し、目をつぶって頭からぶつかったのだ。

 

 俗に言う頭突き攻撃は、フライモンの意表を突いた一撃を頭部へと炸裂させていて、予想外の出来事にフライモンは怯む。

 

 その間にエレキモンは頭に走る鈍い痛みに耐えながら、四足歩行で近くにあった木を素早く駆け登る。

 

「だああっ!!」

 

 そして、木の上からエレキモンはフライモンの体に飛び乗り、首元周りに見えるオレンジ色の毛と思われる物に前足でしがみ付く。

 

 羽から出るハウリングノイズで聴覚が使い物にならない状態だが、耳や頭の中に響く不快感を押さえ込み、エレキモンは尻尾に電気を溜め始める。

 

「ギィィィ!!」

 

「うおわっ!?」

 

 だが、そう簡単にいくわけも無い。

 

 フライモンは背中に乗ったエレキモンを振り落とすために、激しく暴れ出したのだ。

 

 視界が揺れ、前足が離れそうになるも、エレキモンは電気を更に溜める。

 

 フライモンも抵抗を見せるが、自慢の鉤爪も尻尾の毒針も、首元に届くはずも無い。

 

 そして、どんなに高速で動けても、攻撃が相手に到達するまでの距離がゼロならば、その状態から放たれる攻撃を避ける事は不可能。

 

 エレキモンは溜めた力を放出すると共に、自身の必殺技の名を叫んだ。

 

「スパークリング……サンダァァァァァ!!」

 

 バリバリバリバリッ!! と激しい火花のような音が、フライモンの悲鳴と共に辺りへと響く。

 

 その光景をただ見ていたユウキは、ただ一言だけ呟いた。

 

「……すげぇ」

 

 電撃がフライモンを痺れさせ、羽の動きが鈍くなるとフライモンの体は地面に落ちると、エレキモンはしがみ付いていた前足を放し、ユウキとベアモンの方に近寄る。

 

「おい、何モタモタしてんだ、早く村まで戻るぞ!!」

 

「……お、おぅ……」

 

 ベアモンの体が、右肩からほんの僅かに紫色に変色し始めているのを見て、このままだと命が危ない事を悟ったエレキモンはユウキに行動を急かさせ、ベアモンの体を持ち上げさせる。

 

「エ、エレキモン……解毒方法はあるのか?」

 

「そこは安心しとけ。町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる。だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!」

 

「あ、あぁ!!」

 

 質問を簡潔に答え、二匹はフライモンが痺れて動けない間に町へ一直線に走り出す。

 

 

 

 

 

 

 が、そんな二匹の背後から雑音が再び響き出した。

 

「チッ……時間稼ぎにすらならないってか……!?」

 

「そんな……倒せないのは解ってたが、こんな短時間で再起するなんて……!?」

 

 いかにも怒った様子のフライモンが、逃げようとしている三匹の獲物に対して敵意むき出しに向かって来たのだ。

 

 その動きは電撃で痺れていたとは思えないほどに、少し前より全く劣化しておらず、むしろ怒りによって更にスピードが上がっているようにすら見える。

 

 ベアモンを背負ったユウキにも、戦闘の影響で疲労しているエレキモンにも、そのスピードを退ける手段も時間は存在しなかった。

 

 怪物が猛スピードで向かって来る中、ユウキは突然ベアモンを背からおろした。

 

「おまッ……!?」

 

 その行動に対して驚くエレキモンを尻目に、ユウキはいつの間にか両手を広げて壁になるように立ちふさがっていた。

 

 自分が壁になっても、何の時間稼ぎにもならない事はユウキにも理解出来ている。

 

 だが、無意味と解っていてもそれ以外に出来る事が思いつかなかった。

 

 そして、それが正しい行動なのか、間違った行動なのか、ユウキには考える暇も無く。

 

(ゆうきぃ……っ……!!)

 

 ベアモンの心の叫びも虚しく、既にフライモンはユウキの目前にまで迫って来ていた。

 

 

 

 

 

 

 再び走馬灯のようにスローモーションになる背景の中、ユウキはただ悔しさと悲しみに身を焦がれる。

 

 このデジタルワールドに来てから、ベアモンとエレキモンの二匹には助けられた。

 

 食べ物も分けて貰ったし、寝る場所も与えてもらい、住む場所も与えてもらえるようにお願いもしてくれた。

 

 更には、役立たずである自分の命を自分の体を壁にしてでも救ってくれた。

 

 だが、彼自身は何か出来ただろうか。

 

 そして、このまま何も出来ずに死ぬ事を、はたして自分自身の心が許容出来るだろうか。

 

 答えは、言うまでも無かった。

 

(俺は……俺は!!)

 

 思考の全てが感情を強く激しく揺れ動かし、人間としての心を昂ぶらせる。

 

 その悲しみと悔しさは炎のように荒れ狂い、デジモンの存在の核である電脳核《デジコア》を急速に回転させる。

 

 感情の(うず)がユウキの体を軸に赤色の(まゆ)を形成し、向かって来たフライモンを弾き飛ばした。

 

「ギィィィ……」

 

 空中で体制を立て直したフライモンは、突然目の前に現れたエネルギーの繭に警戒心を強める。

 

 エレキモンも目の前でおきている出来事に驚く事しか出来ず、その繭をただ見つめる事にか出来ずにいる。

 

 ただ、その繭が何を意味しているかは不思議と解っていた。

 

(進化……!!)

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 繭の中でユウキの体が粒子に包まれる。

 

 周りにはデジタルワールドの文字や人間の住む現実世界の英語や片仮名など、様々な情報が取り巻いており、ユウキの脳裏に一瞬だけ翼の生えていない巨大な竜の姿が映る。

 

 電脳核から引き出された情報が洪水のように繭の中を埋め尽くし、身体を構成している情報を次々と書き換えていき、ユウキの思考・肉体・精神を『人間の紅炎勇輝』から別の物へと変えていく。

 

 多くの情報がギルモンと言う名の小さな器を満たしていき、その肉体をどんどん巨大にする。

 

 その過程で体を覆っていた外骨格(フレーム)が剥がれていき、新たな外骨格が貼り付けられる。

 

 それに伴う痛みは無い、と言うより既に感じられていない。

 

 全ては自我も無いまま進行していき、僅か十秒程度が経った後、自分を取り巻く繭を爆風と共に吹き飛ばしながら、ギルモンのユウキだったデジモンは姿を現した。

 

「「!?」」

 

 体はギルモンだった頃に比べて巨大になり、爪は更に鋭く強靭な物に、両腕の肘からは鮫の背びれのような形をした刃が生え、頭部からは二本の角と白い髪の毛が生えている。

 

 その名は、グラウモン。

 

 新たに出現した脅威に対して、フライモンは自身の防衛本能のままに敵意を向ける。

 

「ギィィィィィ!!」

 

「グウウウゥゥ……」

 

 フライモンは再び辺りにノイズを発生させながら、空中を高速で飛行しだす。

 

 グラウモンはそれを目で追おうともせずに、ただ唸り声を上げながら口の中に炎を溜め始める。

 

 聴覚を叩く音などには一切、気にも留めていない。

 

 そんな事を知っているはずも無いフライモンは既に、森の木よりも高い位置にまで上昇していた。

 

 フライモンはグラウモンの爪や牙を警戒し、格闘が届かない高度にまで上昇した後に、確実にグラウモンを仕留めるために再び尻尾から毒針を放とうとした。

 

 何処かに当たれば、それだけでもフライモンの勝ちは確定する。

 

 だが。

 

「グゥゥゥゥ……!!」

 

 そこでやっと、グラウモンの視線が毒針を発射直前のフライモンを真っ直ぐに捉えた。

 

「デッドリースティング!!」

 

 フライモンが毒針を放つよりも少し遅れて、グラウモンはその口を大きく開く。

 

「エギゾーストフレイム!!」

 

 瞬間、口の中に溜めていた炎が、レーザービームの如き熱線を形成しながら一直線にフライモンに向かって放たれた。

 

「ギィィィッ!?」

 

 熱線は放たれた毒針を灰すら残さず消し飛ばし、その射線に入っていたフライモンの羽を掠めた。

 

「ギィッ!! ギィィィィィィィィ!?」

 

 フライモンの紫色をした禍々しい羽は、熱線を掠めた事で引火し、その機能を容赦無く奪っていく。

 

 羽から伝わる炎の激痛にフライモンは悲鳴を上げ、消火しようと羽を高速で羽ばたかせようと奮闘するも、グラウモンの居る方とは逆の方向へある程度飛行した後に、羽は無残に焼け落ちる。

 

 飛行中の勢いのまま、フライモンはグラウモンのいる地点から遠く離れた場所に墜落した。

 

「………………」

 

 エレキモンはその光景を、呆然とした表情で見ていた。

 

 助かったという安心感よりも、目の前にいるグラウモンに対する恐怖心の方が今では高い。

 

 その理由として、グラウモンの目に理性の色があるように見えない事がある。

 

 フライモンという脅威を退けたとしても、万が一、グラウモンがエレキモン達を襲ってしまうような事があれば、間違い無くお陀仏だろう。

 

「!? んな……」

 

 だが、エレキモンの予想を裏切るかのように、グラウモンはその両手でエレキモンとベアモンを背に乗せ、ドスドスと音を鳴らしながら村の方へと進み出す。

 

 まさか理性があるのかとエレキモンは疑問に思ったが、彼が声を掛けてもグラウモンからは何の返事も返ってこなかった。

 

 疑問を覚えながらも、エレキモンは疲れたような目をして一つ呟いた。

 

 

 

 

 

 

「……意味が解んねぇけど、お前を助けたのは少なくとも損じゃなかったな」

 

 小さな森の中を、負傷している小熊(ベアモン)電気獣(エレキモン)を背負った深紅の魔竜(グラウモン)が、ただ一つの願いを叶えるために疾走するのだった。




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