DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語 作:紅卵 由己
今回は前回の話を見ての通り、牙絡雑賀と司弩蒼矢の異能バトルの後半戦となっております。この話を書くために色々と調べ上げたり知人に色々質問したりしたのは秘密です。
まぁ、本当なら分割する事で合計3部構成にするって手もあったんですが、無駄に間延びさせるわけにもいかず、結局二部構成(二つ前の話は『戦闘』として換算出来るか微妙なライン)になりました。
つまり、何が言いたいかと言うと……本編に続く!! というわけです。
ユウキ「いくら何でも放り投げすぎじゃね?」
まず、大前提として。
このウォーターパークという戦場で有利を取れるのは、圧倒的と言っても良いほどに司弩蒼矢――正確に言えば、彼に宿っている『シードラモン』というデジモンだろう。
雑賀は様子を
(……多少でも知性を取り戻した以上、アイツはこれまでの単調な攻撃パターンから切り替えてくるはずだ。近づけさえすれば、勝機はあるんだが……)
蒼矢も同様に、相対する相手の能力を推察している。
(……奴の力は姿を見るに、オオカミのそれに準じた物だろう。この場は万人に受け入れてもらえる事を想定し設計された巨大なプール。深さも広さも、学校のそれよりもずっと上だ。そんな環境科で、あくまでも地を蹴る事が主な移動の手段である以上、奴が速度を発揮するのには『跳躍』という手段以外に無い。それ以外は運動に対する水の『抵抗』によって殆ど抑制される)
……もしもこの状況を『普通の人間』が見て、それに至る事情も知り得る事が出来たら、何故この日に至るまで一度の『戦闘』もこなした事の無い者達が、この状況において思考を練り上げる事が出来ているのかという根本的な疑問を抱く者も居るかもしれない。
だが、彼等に宿っている『デジモン』と呼ばれる存在は、元来から闘争本能が激しい『闘う種』と呼ばれる者たちなのだ。
ここに至るまで脳に記録された知識は、戦況を分析するための力として機能する。
普通ならば冷静でいるのも難しい状況でも、彼等はその空気にある程度順応出来てしまう。
だから、思考を練り上げる速度も常人のそれよりも上だった。
(……水の浮力で前屈みにもならずに立ててるが、足元から首元のすぐ近くにまでが水に浸かってやがる。床に足を着いて『走る』事も、このままじゃ難しいな……しかも)
(……更に言えば、プールという場所には『目に見える汚れ』と『目に見えない汚れ』の両方を防止するため、消毒剤による処置が行われている。元々水場だから辿る事は出来ないだろうが、イヌ科特有の鋭い嗅覚は機能しないだろう。むしろ、鋭い嗅覚はそのまま奴自身を蝕むことになる)
そして、
(一方で、この場は今のオレにとってホームグラウンドと言ってもいい所だ。あちらに有効な飛び道具が無い場合、取れる手は限られる。そして、一回の運動で動ける距離とスピードならば、水場に居る限りこちらが圧倒している。わざわざ奴の土俵に付き合う必要も無い。言葉の通りに止めるつもりだろうが、背を見せ逃げようとしても、どちらにしてもやる事は変わらない。確実に追い詰めてやる)
だから、
(……当然、このプールに入った時点で『逃げ』は出来ない。言ってしまえば、海上で人間が肉に飢えたサメから泳いで逃げるぐらいに難しい。どちらにしたって、俺はコイツに勝たなくちゃならねぇんだ。自分でそう宣言したんだしな)
互いに交わされた言葉は無い。
言葉によって解決出来る段階は、既に踏み越えた。
僅か数秒の様子見と思考は終わり、二体は非現実の力を持って激突する。
◆ ◆ ◆ ◆
最初に仕掛けたのは、獣人――つまりは牙絡雑賀の方だった。
単純に考えても、地の利を活かしながら飛び道具で攻撃が出来る司弩蒼矢に対して真正面から立ち向かった所で、距離を取られるなり鈍い動きを狙撃されるなりされるので勝てるわけが無い。
だから、彼の選択肢も簡潔だった。
右足でプールを水を一気に蹴り上げ、水遊びの要領で司弩蒼矢に向けて飛ばしたのだ。
当然、そんな事をした所でダメージなど入るわけも無いし、その眼も『水中での活動に適した』形で変化しているため、防ぐ必要も蒼矢には本来ならば無い。
だが、それを頭で理解していながらも、彼は咄嗟に左腕で目元を覆っていた。
覆って、しまっていた。
「……小賢しい真似をするな」
イラついた感情を込めた言葉を呟く蒼矢。
彼が無意味に目元を覆った一瞬に、雑賀は再び跳躍して接近を試みる。
(やっぱりな。いくらデジモンの力を持っているからと言っても、元々そうなる前は人間だったんだ。だとしたら、人間の頃にやっていた『反射的な行動』は、本能に近い部分で根付いている。プールの水遊びで目や鼻に水が入ってしまうのを嫌がって、咄嗟に『そう』してしまうようにな!!)
確かに、水中と水上では陸上に特化した獣人の姿になっている雑賀に地の利は働かない。
だが、彼が優位を取れる環境が全く無いというわけでも無いのだ。
彼が脳に宿しているデジモンことガルルモンは、現実世界で言えば狼の性質を色濃く反映した種族。
狼という動物の身体能力には、同じイヌ科の動物でも犬と比べて秀でた物が多い。
例えば、時として時速70キロメートルもの速度で獲物を追いたて、時として3メートルほどの高さを持った柵さえも跳び越えられる脚力と、それを可能とする鋭く強固な爪とか。
例えば、あらゆる獲物の肉を食い千切れる鋭い牙と、それを補助する頭蓋骨さえも噛み砕く顎の力とか。
例えば、
水飛沫を撒き散らしながら蒼矢の背後へと着水し、即座に振り向き、肉食獣のように両手を伸ばしながら一息に飛び掛る。
(……届け!!)
蒼矢が振り向いて迎撃する速度を越えるつもりで、雑賀は跳んでいた。
だが、
「
その呟きと共に蒼矢は自身の背後へ
その射線上には、接近を試みて飛び掛かろうとしていた雑賀が居て、
「ぐぶっ!! お、おおおああああああああああああああああ!?」
川の急流か何かにでも押し流されるかのように、人外と化している雑賀の身体は水流の直撃を受け、飛び掛かろうとしていた方向とは逆の方へと飛んでいかされる。
そして、飛ばされた先もまたプールの領水内だった。
盛大な水飛沫を三度撒き散らしながら、雑賀の身体は水場へと叩き付けられる。
その結果を確認した蒼矢は、そこで攻撃の手を緩めたりはしない。
射撃に使う『蛇』を、今度は斜め上方へと向ける。
「
その口から連続して放たれた氷の矢は、一つの大きさこそ今までの物よりも比較的小さい物。
しかし、その総数は軽く十本以上はあり、それ等は重力に引かれて地へと落ちてくる。
水飛沫の舞った地点――つまりは雑賀の落ちた場へと。
(や……べっ……!?)
一時的に水中へと沈んでいた雑賀自身も、偶然ではあるがその攻撃に気付く事は出来た。
だが、その軌道を読み取るにしても、そして避けるために動こうにも。
水面に激突して意識を揺さ振られ、ダメージを負った体は動きも若干鈍ってしまっている。
起き上がるのでは間に合わない、と判断した雑賀は咄嗟に両足を交互に動かして自分の位置をズラそうとしたが、複数の地点へ落ちる事を狙って放たれた氷の矢が落ち――――雑賀の腹部に突き刺さった。
(――――ッ!!)
運が良かったのか、あるいはその毛皮の強度からか、幸いにも深手には至らなかったが、突き刺さった部位から伝わる激痛と冷たさには震え悶えざるも得なかった。
だが、そんな事は敵である蒼矢の知るところでも無い。
次々と、それこそ次々と、雑賀の沈んでいる付近へ氷の矢は振ってくる。
(ちっく、しょうが……!! 何も考えずに数撃ちしやがって……!!)
思わずといった調子で毒づく雑賀は、止むを得ず刺さった氷の矢を抜き取る。
若干だが出血していたようで、赤い血がプールの水に混ざりながら漏れた。
今度は軌道を確認し、何とか落ちてくる氷の矢の安全水域まで泳ぎ避ける。
(……水場に沈んでいても、奴には俺の位置が丸分かりか。そりゃ当然なのも分かってはいるが……)
問題は、飛び道具を使い分け出来る上、水場を自由に動く事が出来るという点で雑賀自身が相手に劣っている事だ。
接近さえ出来れば勝機はある、が、目晦ましをした上で背後から接近しても、その目論見自体を読まれてしまった。
何か、普通とは違う方法で接近する事が出来れば、それで活路は開けてくるはずなのだが――。
(……ん……?)
そんな思考を廻らせていた時だった。
ふと、雑賀は疑問を覚えた。
ただしそれは、浮かべていた思考とは全く違う物で。
(何だ……狙って飲んだわけじゃないが……プールの水って、こんなんだったか……? こんな、
口に含んだ水の味に強烈な違和感を感じた後、喉の奥に痛みが奔る。
同時に、そもそもこの場が市内に作られた人工の水場である、という根本的な事実が揺らいでいく。
当然、学校の物だろうがウォーターパークにある物だろうが、プールに使われる消毒液を含んだ水が塩のような味を含んでいたなんて話は聞いた事も無い。
だが。
これでは、まるで海の中。
(何が……起きてやがる……!? そもそもプールの中に大量の岩塩を投げ入れたとしても、ここまでなるもんなのか……? これじゃ、まるで水質そのものを変えられたみたいじゃ……っ!!?)
その、自分で浮かべた言葉に。
つい先ほど、蒼矢の言っていた言葉が思い出される。
そう。
『だが、オレにこの「力」を説明した人物は言っていた。「オレ達」は自分自身を含めた身の回りにある物質の情報を「書き変える」能力を持っている、と。確かに「普通の方法」ならば無理だと思う。現実の法則に縛られない力を用いれば……もしかしたら、また戻れるかもしれない。だからこうして行動しているんだ』
特別な人間。
情報の意図的な書き変え。
現実――物理法則に縛られない力。
シードラモンの力を宿した人間と、プールの水。
(まさか……)
危機的な状況だからでこそ、思考は迅速に一つの答えを導き出した。
現実ならば決してありえそうに無い、現実的な出来事を。
(あの野郎……この辺り一帯の『プールの水』を『海水』に変えやがったのか!?)
それでどうなるのか、と答えを導いた後でも雑賀は想像する事が出来なかった。
そして、その結果は直後に来た。
(やべっ……!!)
……よく、プールや風呂などに入った際、身体が浮いたような感覚を体験してる者は多いだろう。
これは、何らかの『物体』を何らかの『液体』の中に入れると、その『物体』が押しのけた液体の重さに等しい浮力が発生する、という原理による物で。
簡潔に述べれば、液体そのものの重量が重ければ重いほどに、人体を含めたあらゆる物体は入った瞬間に液体が発生させる『浮力』によって浮かび上がるのだ。
つまり。
プールの水が『海水』に変わった影響で、より正確に言えば塩やミネラルの元となる成分が意図的に発生した影響で。
浸かっている水の重量が一気に上がり、それに応じる形で雑賀の体はそれまで以上に『水に浮きやすく』なる。
……雑賀の行動の起点となるプールの『床』に、変化した脚がギリギリ届かなくなってしまうほどに。
そして、都合良く水面に浮かんできた雑賀の姿を、遠方の蒼矢は捕捉する。
(身動きが……取れ、ねぇ……ッ!!?)
連射する必要が無いからか、今度は正確に狙う部位を撃ち抜くつもりらしい。
左手で『蛇』を掴んで狙いを絞り、その裂けた口の内部に大きな氷の矢を装填していく。
その姿は罠にかかった獣を仕留める狩人か、あるいは水中にて血の臭いを捕捉して肉を喰らう海の怪物か。
どちらにしろ、次の一撃によって生じる傷は決して浅くはならないだろう。
避けるためには、
(全力で泳ぐしか……無い!!)
と雑賀自身考えているのだが、心で思っていても体の方が動作に追い着かない。
その原因が周囲に落ちた氷の矢によって水温が低下し、少しずつ氷の膜を張りつつある、という事実にまで気付くまでには思考が追い着かず。
そして、
「
今度こそ動けなくなった雑賀に向かって、
◆ ◆ ◆ ◆
(…………これで、終わるはずだ)
仮の右腕として扱っている『蛇』から氷の矢を放つ瞬間、司弩蒼矢はそんな事を考えていた。
(動きはほぼ封じた。仮に避けられたとしても、奴にはもう打開策も無い)
そもそも、地の利の時点で勝機など無かった。
戦闘を有利に運べる材料を持っていない時点で、どう足掻こうともこの結果は見えていたはずだった。
背後からの攻撃を読まれ、迎撃された時点でもう勝ちの目も全て潰れているのに。
(……何で、諦めようとしない)
生きたいと思う意志ならば誰にだってあるだろう。
だが、彼が疑問を覚え、そして理解の届かない事はそれでは無い。
何で。
(……何で、そこまでしてオレを止めようとする……?)
そもそも、ただ生きるための行動をするだけなら、攻める以前に逃げるための行動を優先するべきだったのだ。
自身の背後を取ったあの跳躍を可能とする脚力があれば、背中を撃たれる事はあるかもしれないが、それでも逃げられる可能性が無いわけでは無かったのに。
よりにもよって、牙絡雑賀という男は生き残れる可能性の低い方を選んでしまった。
確かに、それが出来れば自分の行いによって生じる被害者、あるいは犠牲者の数を最小限に抑える事は出来るだろうけれど。
それは、自分の命を賭けてまで果たすべき事なのか?
「………………」
脳裏に、自分が助けてしまった女の子の姿が過ぎる。
あの交通事故で四肢の半分を失った事で、自分の人生は崩壊したのだ。
こんな事になるのなら、そもそも助けずに見捨てて、自分自身の幸せを優先するべきだった。
自分の命を賭けてまで他人の命を守るなど、そんなのは警察官や消防署の役割であり、決して学生のやるべき事では無かった。
あの時の自分が何を考えていたのかが思い出せない。
助けた所で、自分が得たものはあったのか。
仮にあったとしても、それは自分が失ったものに釣り合いが取れる物だったのか。
(……どの道、こうするしか無いんだ)
顔も知らない誰かの事なんてどうでもいい。
自分と、自分を支えてくれる家族だけでも幸せに出来ればいい。
そう考えているはずの心の何処かに、痛みが発している事を理解出来ない。
(過去に戻る事は出来ないんだ。だったら、戻る事が出来なくても、せめて元あった物は何がなんでも取り戻す。そのためにも、そのためにも……ッ)
何に対してここまで必死になっているのだろう。
別に、戦況を見れば自分自身が追い詰められているわけでも無いのに、何故左腕が震えを発している?
自分自身で放っている氷の冷たさからなのだろうか。
そうだ、そうに決まっている。
(……殺してでも、奪い取る……)
無駄な思考は放り出せ。
ただ目的を果たす事だけを考えろ。
(……都合の良い救いなんて、無いんだ。自分の力でやるしか、無いんだよ……)
ギリギリ、と。
歯から響くそんな音と共に、決定的な力が『蛇』に込められる。
(……これで、終わらせる……ッ!!)
そして。
力を込めた『蛇』から、凍て付いた息吹と共に氷の矢が幾つもの数をもって放たれる。
敵対者には回避など不可能で、それを分かっている上で彼はその技を放ったのだから、予想される未来図に狂いは無かった。
だから。
氷の矢は次々と牙絡雑賀の全身各部へ突き刺さり、息吹はその体の芯までが動けなくなるほどに凍て付かせ、生命の火を文字通り吹き消していった、
◆ ◆ ◆ ◆
はずだった。
「…………」
攻撃は確かに全て命中した。
凍て付いたマイナスの温度は雑賀の体から体温を下げ、体を動かすための力を奪っている。
なのに。
なのに。
(……眼が、まだ死んでいない……)
体毛が防寒の機能を発揮している、という線はある。
だが、放った氷の矢は確かに突き刺さり、毛皮の奥にまで届いている。
その上で、牙絡雑賀の戦意は未だに消えず、その眼は司弩蒼矢の方を見据えている。
「……何でだ……」
思考に留めておくつもりの言葉が、思わず口から漏れて出てくる。
まるで溜め込んでいた何かを、暴力の代わりに吐き出すかのように。
「何でお前はそこまで拘る!? 逃げればいいだろ。腕や足を奪われたくないのなら、文字通り尻尾でも巻いて逃げればそれで済む話だろ!! そんな状態になるまで闘う事に拘って、本当に死にそうになるまでの『理由』がお前にあるのか!?」
暴力を放っている蒼矢自身、こんな事を言う資格が自分にあるのかなんて考えもしていない。
加害者がどんな事を言ったところで、その行動を正当化される事などありえない。
「…………へっ」
だが、その言葉を聞いても、雑賀は蒼矢の事を責めたりはしなかった。
ただ、喉の奥から必死に声を搾り出し、不自然な笑みと共に言葉を届ける。
「……やっぱり、お前は優しい奴だと思うよ」
「……何を……」
「右腕と足を失ったとか、明らかに重たい事情を抱えていても……それを言い訳に人殺しを認めているわけじゃない。現に今放った攻撃の殆ども、俺に対しては外しようが無い状態なのに、実際は全部急所から外れていた。……お前は色々と『理由』を述べていたが、実際は心の何処かでそれを躊躇する気持ちがあったんだろ?」
「…………」
そんなわけが無い。
確かに急所への直撃は成されなかったが、それはあくまでも偶然の出来事だ。
そう思考し、蒼矢は自己解決する。
「……そもそも、ただ片腕と片足を手に入れるだけなら、こんなプールでウロウロしている意味なんて無かっただろ。通っていた病院で眠っている患者とまでは言わないが、学校のプールで部活動に励んでいる同級生の物を狙っても良かったはずだ」
「……黙れ……」
「お前が掲げている『理由』は確かに重い。だけど、お前自身が心の何処かでは『そのために』誰かの物を奪ったりする事に納得していなかった。だから、誰も来ない開設前のプールで自分の気持ちを『発散』させて誤魔化していた。自分の欲求で誰かを傷つけてしまわないように、そんな事をしてしまうかもしれない自分を押さえ込むために!!」
「黙れ!!」
ふつふつと、胸の奥から黒い感情が湧き出て来る。
それは暴力的な言葉となって、怒声と共に吐き出される。
「人の事を好き勝手言うのもいい加減にしろ!! 現にお前はオレに傷付けられているんだぞ。どうしてそんな綺麗事を平然と言える!? 真っ当な思考で考えれば、そんな言葉は出てこないはずだ。狂っている。お前の方こそ、真っ当な思考で物を考えていないんじゃないのか!?」
「……だったら、そもそも『真っ当』な事ってのは何なんだよ」
「そんなの、この状況だったら加害者を糾弾する事に決まってる!! 確かにお前の方もオレと同じ側に立っていた可能性はあるが、今ではお前が被害者だろ!! いつまでそんな目を続けるつもりだ。それとも何だ、オレを止めれば親が認めてくれるとでも言うつもりか?!」
「…………」
どんな言葉を叩き付けて見ても、雑賀の表情に変化は見えない。
むしろ、その目には力が宿っているような気さえ感じられる。
そして、
「……言いたい事はそれだけか?」
「……何を……」
「お前は言ったな。俺がここまでする『理由』は何なのかって」
何かが、ひび割れていくような音が聞こえる。
それに順ずる形で、雑賀の瞳に宿る力は増していく。
「答えを教えてやる。お前が『人間』だからだよ。人でなしの犯罪者でも、偶像に狂った思考の崇拝者ってわけでも無い。どんな力を持っていようが、どんな『理由』を持っていようが、誰かを助けようとするだけの善意を持った奴が自分から墜ちて行く光景なんて黙って見ていられるか。そして」
同時、雑賀の全身を凍て付かせていた氷の膜と矢は一斉に弾け飛ぶ。
「『理由』ならもう一つある。俺はお前の凶行を止めてやると言ったんだ。自分で言った言葉を自分で『嘘』にしちまうのは、嫌なんだ。俺自身でもその『理由』は分からねぇが、冗談でもない限り自分で言った言葉は自分で証明する!! 思惑を廻らせているクソ野郎共に利用されている『アイツ』を助けるって宣言も、他の誰の意思でもなく自分の意志に従って動くって台詞も!! 俺は自分で言った事だけは絶対に裏切らないッ!!!」
「……だったら……」
そこまで聞いて、蒼矢は諦めた。
この男に逃げるという選択肢はそもそも存在しなかった。
その『理由』を蒼矢には理解出来なかったが、それなりに重い物を背負っている、という事だけは伝わった。
だったら、せめて。
「……せめて、これ以上苦しまないようにはさせてやる。腕を千切られる痛みなんて感じたくは無いだろうからな。動きを完全に止めた後、腕と足以外を完全に冷凍して仮死状態にしてやる。運が良ければ、同じ『力』を持った誰かに助けてもらえるかもな」
それが、蒼矢にとっての慈悲だった。
だから、それ以上の善意は抱かない事を決めていた。
そして、雑賀の方も水に浮いた状態でありながら、無駄に両手を構えていた。
次で、決める。
◆ ◆ ◆ ◆
蒼矢の行動は至ってシンプルだった。
それまでと変わらず『蛇』を標的に向け、氷の矢を放っただけ。
避けられなければそれまでの話で、蒼矢はあくまでもそこから雑賀の行動を読み出している。
(……最初、奴は目晦ましをした後に底の床を蹴る事で高く跳躍し、背後を取っていた)
その行動から身体能力の高さは窺えたが、それはあくまでも『地に足を着いた』時に限られる。
プールの水質を『海水』と同じものへ変換している今、彼には跳躍という手段を取る事が難しくなっているはずだ。
だとすれば、懸念するべきは。
(……その脚力を利用し、泳いだ時の速度)
流石にそれだけでどうとでもなるわけでは無いが、万が一の事もある。
警戒し、その眼で氷の矢に対する雑賀の動きを確認する。
そして、明確な動きがあった。
ただし、それは。
(……潜った、だと……?)
横に泳いで逃げるのではなく、真下に向かって思いっきり潜る。
当然、蒼矢は動きを見逃さないように、自分自身も水の中へ沈ませて動きを見る。
そして、彼は見た。
牙絡雑賀が、その強化された腕力で強引に水を掻き、生じる浮力をねじ伏せ、底に見える床へと両足を付けた瞬間を。
直後、牙絡雑賀の体が上方へと跳び、そのまま蒼矢が居ると思われる場所に向かい始めた。
それを見た蒼矢の瞳が、怪訝そうに細くなる。
(目晦ましもせず、ただ跳んだ……? 距離だって足りていない……なら、狙い撃つだけだ!!)
「
空中ではどうやっても無防備になる、と判断した故の判断だった。
そして、司弩蒼矢は『ガルルモン』というデジモンの能力を知らなかった。
だから、次に起こる出来事を予測する事が出来なかった。
(……このタイミングしか無い!!)
蒼矢の攻撃を空中で確認すると共に、雑賀は唐突に思いっきり息を吸う。
それは、『ガルルモン』というデジモンの力を知っているからでこその行動だった。
そして、その行動はそのまま『必殺技』を発動するための予備動作を完了させ、雑賀は思いっきり息を吐き出す。
より正確に言えば、吐き出した物は二酸化炭素では無く、高熱を宿した
その名も。
「
「――――な、ぐ、ああああああああああああああああああああああああ!!??」
その放たれた青い炎は、雑賀に向かって飛んでいた氷の矢を容易に溶かし、プールから上半身だけを出していた蒼矢の体を容赦無く焼いていく。
冷たい水と衝突した影響からか、炎が放たれた周囲には白く霧のような水蒸気が散らばり、蒼矢の視界を覆っていく。
訳も分からずに痛みで暴れ出す蒼矢の近くへ雑賀は着水し、一切の迷いも無く接近する。
大量の水蒸気は失われた水の量を現し、水かさが減った事によって、一時的ではあるが雑賀は両足を床に着けて駆け出す事が出来たのだ。
そして、その状況と少しの時間さえあれば、今の雑賀にとっては十分だった。
いつの間にか四足ではなく二足で駆け出している事に疑問を挟む事も無く、その右手で拳を形作る。
(……もう一度)
一気に距離を詰め、
(……もう一度、自分の家族を信じてみろ)
その『人間』の顔を正面に捉え、
「お前の両親に比べれば、全然大した事は無いだろうが……」
右の拳に力を込めて振りかぶり、左の足に体重を乗せて。
「少しだけ『そこ』から救い上げてやる。もう一度やり直して来い、この大馬鹿野郎!!」
轟音が、炸裂した。
司弩蒼矢の変化した体が十数メートルは飛び、やがて彼が自由に動ける
戦いの決着の有無など、問うまでも無かった。
そんなわけで『VS司弩蒼矢』は決着です。まぁ当然続きがあるわけなのですが、少なくともこの二人の戦いはこれでひとまず終わりの形を取る事になります。
今回の戦闘を見ての通り、初戦闘でありながら牙絡雑賀の『情報変換』後の姿はその特性を活かした働きを『殆ど』出来ず、むしろ相手の司弩蒼矢の方が地の利もあってか大分圧倒していましたね。
アニメ『デジモンアドベンチャー』ではガルルモンがシードラモンを圧倒している感じでしたが、今回の戦闘では『知性や理性が互いに平等な条件だったら?』という問いも含め、何より現実世界編の戦闘ではこういう戦略性とかを意識したかったもので、こういう内容になりました。(途中まで雑賀が格好つかない感じだった気がしますが)。
後、何気に初めて披露した『情報変換』のもう一つの用途ですが……今回、司弩蒼矢は『プールの水』を『海水』に変換する事で雑賀を驚かせていましたね。
……『プールの水』が『海水』に変わってメリットとかあんの? って質問が来そうな感じもしますが、作中でも語った通り『水の重さ』や性質などの変化は、案外些細なところで効力を発揮しているのです。『浮力』の増加とか、単純に塩分過多による脱水症状狙いとか。同じ『水』でも、成分の違いだけで色々と変わるらしいです。『死海』とか検索してみたら中々面白い事を知る事も出来ましたし。
まぁ、肝心の『変換』の条件に関しては……まだ述べるべきなのか迷いがちな所ですが、要するに分子構造とかその辺りが似ていれば出来るって感じに思って頂ければ分かりやすいかな~と。何より『シー(海)ドラモン』ですからね。
……こうなると牙絡雑賀にもこんな感じで何らかの物質に影響を及ぼす力とかがある感じになりそうですが、正直こっちは蒼矢ほどのインパクトを与えられるかどうか……。
あと、これは『にじファン』時代の『デジモンに成った人間の物語』を読んでいたお方ならば覚えがあるかもしれませんが……牙絡雑賀の『自分の言葉は自分で証明する』ってスタンスは、当時の『主人公』が掲げていたものと同じだったりします。なので、雑賀のキャラクター性には『初代の主人公』を少し意識しているところもありました。
良い感じに『とある作品』の台詞をオマージュする事も出来ましたし、自分としては割と満足して書けた話でした。
では、感想・質問・指摘など色々お待ちしております。