DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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長らく時間を掛けましたが、ようやく最新話の完成です。
いやぁ、ニコニコ動画の方でアップしてる動画の事もそうですが、流石に事件を掛け過ぎました。というか、最大の要因は『ポッ拳』かも……絶賛ハマりなうです。
今回の話ですが、相変わらずデジモンメインの小説なはずなのにデジモン関連の戦闘シーンが無い、という「お前いつになったら燃えさせてくれんの?」な話となっております。
でも、その上でも必要な話でもあるので、一種の導入回とでも認識してくれれば幸いです。
それでは、長ったらしく前書きを読ませるのもアレなので、本編をどうぞ。


七月十四日――『Q&Q 疑問は疑念を生んで』

 時刻が午前10時過ぎな頃。

 裏路地での割りと命賭けな戦いを終えた雑賀は、自宅のあるマンションの玄関前で嘆息していた。

 彼の眼前には鍵穴を差し入れる部分とは別に、3ケタの番号をボタンで打ち出す事で指定した一室へインターホンを流す、マンション特有の機械が設置されている。

 尤も、その機能は本来宅配便を届けに来た業者や遊びに来た知人などを含めた『来客』が主に使う物であり、マンションに住まっている人間は基本的に合鍵を保有しているので大抵の場合は出番が無い。

 そう、大抵の場合であれば。

 

「……やられた……」

 

 彼は現在、自宅に帰るために必要な合鍵を保有していないのだ。

 司弩蒼矢との戦いに出向いた時点では持っていたはずだが、病院で目覚めたその時点で彼が保有していたはずの合鍵はいずこへと消えていた。

 フレースヴェルグと名乗る男に文字通り吹き飛ばされる過程でポケットから抜けたのか、あるいは司弩蒼矢と戦っている中でプールの中に混入させてしまったのか――特に後者だと不法侵入罪に問われる可能性もあってとても拙いのだが、彼の頭には別の可能性が浮かばれていた。

 それは、

 

「……母さん、病院に来たのと同時に俺の履いていたズボンからカギを抜いてやがったな……」

 

 実際どうなのかまでは定かになっていないが、経験から最も可能性を感じられる答えだと雑賀は思っている。

 というのも、彼の母親こと牙絡栄華は抜け目や容赦が無い人間として家族の間では有名なのだ。

 隠し事でもしようとすれば、微かな違和感から怪しみ手がかりを探ろうとし、実際に見抜かれる。

 月間で配分される小遣い不満を覚え、こっそり財布から小銭を少しだけ抜き取って割り増しさせた次の日の朝には、抜き取った分どころか全ての残金を財布から堂々と抜き取ったり――その行動に思わず反発して手を出そうとすれば物理的な反撃でもって黙らされる。

 現在の時刻では仕事に向かっているのであろう父親の牙絡(がらく)大上(おおかみ)が酔って帰宅し、泥酔のノリで度を越えたスキンシップをやらかしてしまった際の出来事は、とてもでは無いが当時小学生だった頃の雑賀には恐怖心を刻み込むに十分な効果があったらしい。

 

「……懐かしいなぁ。今でも震えちまうわ……」

 

 とは言っても、別に当時の牙絡栄華は複雑な事をやったわけでは無い。

 単に、一本背負いよろしく床に叩き付けてマウント取って両方の拳で顔面を以下略――それを、気絶するまで繰り返し、その後『木材で作られていて背が三角形に尖った何か』に乗せ、色んな意味で殺そうとしただけである。

 そんなわけで、

 

(……帰ったら何らかの攻撃が来る事は確定。足狙いか胴狙いか顔狙いか……そこは反射的に見極める。大丈夫だ。俺はもうガキじゃない。少なくとも初撃を避けるかガードしてやり過ごすぐらいは出来るはずなんだから)

 

 そうこう思考を練っていると、機械に内蔵された小型カメラ越しに雑賀の顔を視認したのであろう母親は、何も言葉を発することも無いまま自動ドアを開かせた。

 雑賀は開いたドアを通り抜け、次にエレベーターに乗って六階にある自宅の扉の前に立つ。

 

(……司弩蒼矢との戦いにも勝てた。フレースヴェルグとか言う野郎には為す術も無いまま吹き飛ばされたけど、チンピラ三人組の時だってどうにか出来た。慢心してるわけじゃないけど、今の俺には力がある。こんな事で悩んでてどうするんだ)

 

 ……そもそもの問題として、自宅の前でラスボス手前の勇者様ご一行な雰囲気を醸し出している時点で何かが歪んでいるはずなのだが、ともあれ雑賀は自宅のインターホンを鳴らす。

 数秒経ってからドアが開かれ、雑賀の目の前には母親の姿があった。

 彼女は雑賀の表情を見るや、開口一番から呆れた口調でこう言った。

 

「……何でそんな警戒心剥き出しなの?」

「自分の過去を思い出して。こういう時はいつも恐ろしいんだよ!!」

「親が恐ろしく無い家庭なんて、子供に対する抑止力も皆無だと思うんだけどねぇ」

 

 言いながら彼女自身はリビングの方へと歩を進めていく。

 何事も無かった事が意外に思ったのか、雑賀は若干怪訝そうな目になりながらも家に入って靴を脱ぐ。

 手を洗ってからリビングに向かうと、さっそく栄華は雑賀に向けて問いを飛ばしてくる。

 

「で、まず当然の事から聞かせてもらうんだけど……何があったわけ?」

「……路地裏に連れて来られて不良にボコられた……」

 

 流石に『モンスターと化した人間を探しにプールへ不法侵入してました』なんて事実を口にするわけにもいかないので、それらしい事を言って誤魔化そうとする雑賀。

 尤も、発言した出来事自体は実際少し前に発生したわけで、半分ぐらいは嘘でも無いのだが。

 

「一応聞くけど、本当に?」

「この期に及んで嘘吐いてどうなんのさ」

「本当だったら今すぐにでもその不良共の住所とか特定して社会的に殺してやりたいんだけど」

「顔や衣類に関しては覚えてないよ。思いっきり後頭部を不意討ち食らったから」

「……そう。まぁ、冗談でそんな怪我をするとは思えないけど」

 

 栄華はそこまで言ってから、浅く息を吐いて、

 

「とりあえず、お帰り」

「…………」

 

 その言葉に対し、雑賀はどんな表情をすれば良いのか解らなかった。

 恐らく、遅れ気味だとしても食事を作ろうとしているのであろう牙絡栄華は、雑賀の身に『何か』があったのだと感付いている。

 その上で追求してこないのは、確信が無いからか、あるいは気遣いからなのか。

 どちらにせよ、自分から話して信じてもらえるような内容とは思えないし、そもそも話す勇気も無い。

 

「ただいま」

 

 どちらにせよ、雑賀にはそう言うしか無かった。

 そんな言葉しか、思い付かなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「おーい、もう朝だぞー。起きろ変温動物」

 

 病室にて深い眠りに就いていた司弩蒼矢の意識を現実へ引き戻したのは、そんな声だった。

 本心から鬱陶しく思いながら首だけを声のした方へと向けると、紫色のタンクトップを着たパンクヘアーな男の顔が見えた。

 司弩蒼矢は訝しげに目を細めながら口を開く。

 

「……またアンタか」

「そんな目を向けられてもなぁ。こうして会うのは一応二回目なわけだが、何か嫌われるような事したっけか……? 流石にそんな対応ばっかりだと傷付くと思うんだがどう思う?」

「疑問の言葉はこっちの台詞。あと馴れ馴れしい」

「かーっ、いくら自分が不幸だからってそういう対応はよくないと思うぞ。本能のままに飛び回る野鳥でさえ身内とのスキンシップとかはやんのによぉ」

 

 来る事を望んだ覚えも無ければ、呼んだ覚えすら無いにも関わらず馴れ馴れしいこの男の名前は、フレースヴェルグだったか――と、蒼矢はぼんやりと確証も無いような調子で思い出す。

 一日前、どうやら蒼矢に宿っている(らしいが詳しい事は何も知らない)デジモンの力に目を付け、接触を図ったのがフレースヴェルグと名乗る男だったのだが、当時の蒼矢からすれば自身に宿る力に関する事以外の情報はどうでも良いものでしか無く、詳しい事は覚えていなかったりする。

 いつの間にか窓を開けられていたのか、夏の暖かな風が肌を撫でた。

 

「まぁ、一部始終を眺めさせてもらってたわけだが……駄目だねぇ。お前さん」

「……何が言いたいんだ。先日の……牙絡雑賀とか言う名前の『同類』との戦いの事か?」

「それ以外に駄目だと言える部分はほぼ無いからな。ハッキリ言って、駄目すぎる。伸びしろが良い奴だなぁと思ってたんだが、アレならまだ本能のまま動いてた時の方がずっと良かったよ」

「…………」

 

 散々な言い分だったが、反論しようとも思えなかった。

 実際、先日の牙絡雑賀との戦いの際――自分は躊躇していたかもしれないのだから。

 フレースヴェルグの言葉は続く。

 

「……ったくよ。もしお前が、自分自身が負けた原因を能力の強弱だと思ってるのならドン引き物だな。戦いの場は完全にお前の方が有利だったんだぜ? お前自身が『しっかり』していれば、負ける要素なんてほぼ無しの状況だったんだ。こんなのは、何というか自業自得だ。色んな意味で」

「……随分な言い方だな……まぁ、解らなくも無いけど」

「お前、本当に自分が負けた原因を解ってるのか?」

「……何だって?」

「今さっきも言っただろ。本能のまま動いてた時の方がずっと良かったって」

 

 こんな事は解って当たり前だと、常識でも語るようなフレースヴェルグの言葉に、蒼矢は思わず疑問の声を漏らしていた。

 構わず、戦いの一部始終を眺めていた男は言葉を紡ぐ。

 

「本能のままに動くって事を理性ゼロの状態で戦うって解釈してるんなら、そいつは大きな間違いだ。本能ってのは生き物が生き物らしく動くための原点。虫だの犬だの大抵が『生きる』ために動く事が多いから勘違いされやすいが、人間以外の生物にも生存以外を目的に行動する本能がある。デジモンの場合は闘争本能ってやつが高いらしいが、こちらも同じだな」

「……デジモン……僕の中に宿っている存在の事か」

「一応子供のオモチャとか、そういうので普通の人間には知られてるらしいが、お前は知らないんだったか」

「そういう物に時間を費やす暇は無かったから。別に、必要の無い事だったし」

「これからの事を考えると、知っておいた方がいい事なんだけどな。……つぅか、お前さんは今のままでいいのか? そんなベッドの上で引き篭もったままで」

 

 その言葉には、蒼矢も思う所があったのか口篭る。

 現在の彼は、何も取り戻すことは出来なかったどころか、誰かを傷付けただけで止まっている状態。

 そこから何をどうするのか、まだ何も決めてもいなければ考えも出来ていない。

 失った四肢を他人の物を奪い取る事で取り戻す――独善ですら無いその行動を第三者に否定された時点で、彼からは戦うどころか動き出すための決定的な力が失われている。

 宿る怪物の力も、行使出来ない。

 それ等全ての状態に対しての、質問だった。

 

「……僕は……」

「自分でも解らない、か。自分で自分のやりたかった事を思い出せなくなるなんて、頭いいフリしてて実は馬鹿だったのか」

 

 言われ続けて流石に苛立ちを覚えたのか、蒼矢はそもそもの疑問でもって切り返す。

 

「そろそろ人の事を馬鹿にするのは止めろよ。そもそも、何で此処にアンタが居るのかって疑問に対しての回答がまだなんだけど」

「……あ、そうだっけ……?」

「まだ三分も経ってないはずのにもう忘れたのか……」

 

 案外、記憶力は高い方では無いのかもしれない。

 フレースヴェルグは寝起きの直後のように呆けた声を漏らしながら、思い出すような調子で口を開く。

 

「まぁ、簡潔に言うと勧誘だな。この世界に対して嫌気が差してるのなら、変えようとする者達の味方らしいウチの組織で働かないかって誘いに来たわけ。やっぱり、こういうのは本人の意志も聞いておかねぇとな。俺としては命賭けた奴の意思を尊重したかったんだが、上の野郎が最低限確認ぐらいしろと言い急かすもんでね」

「……あの後、何かあったのか……? あの、牙絡雑賀って人は……」

「怪我こそ()()()が死んではいねぇよ。もう病院には居ないらしいが、今頃家に帰ってるか何処かをフラついてるんじゃねぇの?」

 

 世間話でもするような調子の口調に多少の苛立ちを覚えながらも、蒼矢は質問を続ける。

 

「仮にだけど、その組織に入って何かメリットはあるのか」

「組織とは言っても、それに仕えたり従ったりするってより『目的を果たすための補助道具』ってイメージが強いかねぇ。全より個の意思とかが重視される。飴と言える要素も……まぁ『変える』事に関する補助とか、食う事や住む事に対する恩恵って感じだな。鞭と言える要素があるなら、別の個人の感に障るような事をしたら個人の手によって制裁される可能性があるって所かね。理解したか?」

「……それ、組織として機能してるのか……? 聞いてる限りだと、要するに全員が全員で好き勝手に力を使うだけって事に聞こえるんだけど」

「その『力を使う理由』で結合してる部分があるから、役割分担したり出来てるわけなんだがな。まぁ、好き勝手やってるって点は間違ってねぇよ。口頭で言える目的が同じでも、それぞれが考えてる最終的な目的は違う所にあるんだろうし」

「…………」

 

 蒼矢の表情が僅かに曇る。

 フレースヴェルグの言った事が本当であれば、彼の言う『組織』とは個人の意志が全てを決める、ある種独裁と言っても過言では無い一括りの事を指している。

 力を持った誰かが、別の力を持った誰かの意思を利用したりする可能性もある、一長にしても一短にしても悪意が混じり込む枠組み。

 普通の人間なら、悪人でも無い限りは拒否反応を起こしかねないだろう。

 だが、現実を変えようと思うほどの『理由』を持った人間なら、多少の躊躇を覚えたところで実行は出来る。

 現に蒼矢自身、近い過去にて自分の力で他社を傷付けてしまっているのだから、糾弾しようにもその資格があるとは思えなかった。

 だが、その上で、

 

「……家族は、母さんや父さん、弟はどうなるんだ」

「それについては何とも言えんな。俺やお前と『同じ力』を持った奴等が何かをしでかして、ぽっくり死んじまう可能性もあれば、何事も無い状態に出来る可能性もある。ここの部分に関しては、組織に入る入らないはそこまで関係無いな。どっち道、力の有無で全てが決まるわけだし。協力者の有無は……居ないとも言い切れないが、頼りにすべきじゃあ無いな」

 

 結局はお前次第だな、とフレースヴェルグは付け加える。

 実際問題、身内の安否に関しては彼からしても『確定的な』情報を提示しづらいのだろう。

 蒼矢に判断を委ねているのも、当の蒼矢自身ぐらいしか基本的に『怪物』から自分の家族を守る事が出来ない――より厳密に言えば、守ろうと思ってくれる人間がまず居ないのだと考えているからに過ぎない。

 自分と同じような力を持つ人間が悪意でもって家族に危害を加えようとした時、どうにか出来るのは大前提としてそれ以上の力を有している存在のみ。

 野生動物の『親』が『子供』を守ろうとする事に対する、殆ど逆のパターン。

 守られている側であるべき存在が、守る側のための身を削り、危険を冒す形。

 

 やがて、蒼矢は呟いた。

 

「……駄目だ、とてもじゃないけど決められない……」

「断りはしねぇんだな。その一方で入ろうとも思えない、と」

「…………」

「あの時のお前さんはかなり頑張れてたのにな。入るにしろ入らないにしろ、見てらんねぇよ。まだ夏なのに冬眠し始めの蛇みたいなツラしやがって」

「……ん」

 

 失望、あるいは落胆と形容出来る表情を込めたその声に、蒼矢は苛立ちを覚える前にふと疑問を覚えた。

 フレースヴェルグが何を思ってその言葉を発したのかは知らないが、忽然とした疑問点が蒼矢の頭の中で浮上する。

 

「ちょっと待ってくれ。あの時ってどの時だ? 記憶の限りだと、僕は開業前の市内プールの中で泳いでいた……んじゃ……? そこで、戦って……」

 

 言葉を発してから、蒼矢自身が自分自身に疑問を覚えた。

 何か、自分自身の見解と記憶が入れ違いになっているような、何か勘違いを起こしているような。

 そんな、疑問だらけの表情を浮かべる蒼矢に、フレースヴェルグはむしろ自分の方が訳解らんと言わんばかりの呆れ顔でこう言った。

 

「? 何言ってんだ。お前が最初に向かったのはそっちのプールじゃなくて、お前自身が通ってた学校のプールだろ。姿を変えて、力を思う存分に振るってただろ?」

「…………」

 

 言われて、蒼矢は先日の出来事を思い出そうとしてみた。

 お節介な狼男との対決の前――何をやっていたのか。

 そこまで考えて脳裏に浮かんだのは、

 

 学校のプールサイドで血を漏らし、理解不能の恐怖に脅えた表情で倒れ込む人間の姿だった。

 

「……あぁ、そうだった……」

「思い出したか。まったく、あんなにハッスルしてたのに忘れるなんてよ。宿ってるデジモンの特徴なんだろうが、知性が欠落するってのも考えものだな」

「……ははっ……」

 

 何かを諦めるような、笑いにも似た奇怪な声が漏れ出ていた。

 状況を詳しく見定めるまでも無く、記憶の中の人間が血塗れで倒れたのか――それを想像出来た。

 

「……これじゃあ、本当に化け物だと認めざるも得ないよなぁ……」

 

 目的が果たせるなら、どんな事でもする。

 そんな風に考えての行動は、結局この程度の結果しか生み出せなかった。

 確かに生き残る事は出来たし、家族と再会する事は出来る。

 だが、こんな事をしていながら、どんな表情で顔向けすれば良いのか。

 そもそも、()()()()()会う資格があるのか、それさえ解らない。

 

「……? おい、何でがっかり顔になってんだ。アレがお前の『やりたいこと』だったんだろ?」

「…………」

 

 違う、と言いたかった。

 だけど、現実に答えは出てしまっている。

 フレースヴェルグは、何を思ったのか自分の頭を右手で掻いていた。

 

「まぁ、夜頃にまた来るから、その時に答えを聞かせてくれや」

 

 すっかり落ち込んでしまった蒼矢の表情を見て、フレースヴェルグは面倒臭そうにそう言ってから病室を出て行った。

 後に残されたのは、海蛇の力を宿すちっぽけな青年だけ。

 彼は、自分自身に問いを出すように、ふと呟いていた。

 

「……僕は、何をしたかったのかなぁ……」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 風呂に入った。

 食事をした。

 自室に戻った。

 

 ……幾分簡素に聞こえるかもしれないが、自宅に帰ってから雑賀が体験した出来事を述べるとそれに尽きるわけで、実際特に何事も無いまま雑賀は日常へと帰還出来た。

 この、ちっぽけでこそあれど、大切な物だと実感出来る当たり前の日常こそが、彼の動機でもある。

 

「……はぁ」

 

 人外の力に目覚める以前でこそ平凡だと思えた日常に温かさを感じる辺り、ほんの僅かな時でありながらも非日常の方へと順応し始めているのかもしれない。

 帰りたかった場所へと帰ってきたはずなのに、安心感を抱く一方で不安を拭いきることが出来ない。

 いっそ、このまま平穏の中で過ごしていたほうが良いのではないか――そう思えば、同時に疑問が浮かんでくる。

 人智を越えた脅威に相対出来るだけの力があるかもしれないのに、自分だけが幸せでいていいのか、と。

 

 その疑問は無論、現実にその姿を消されたのであろう紅炎勇輝の件に対しても向けられる。

 少しでも可能性があるのなら、リスクを冒してでも助け出そうとするべきではないか。

 だがその一方で、下手に首を突っ込んだ挙句、家族へ危害が向けられる事は無いのか。

 疑問が疑問を浮かべ、疑心は戦いに赴く方向性を強め、臆病な心は結局決意出来ぬまま問答を寸止めさせる。

 

(……どうすりゃ、いいんだろうな……)

 

 縁芽苦郎は、シナリオライターと呼ぶらしい組織に対抗するための枠組みが存在する、と話していた。

 そして、その存在を伝えた上で『選択する』ように言葉を紡いでいた。

 その情報を聞いた時は、仲間と言える相手が居るかもしれないのだと一種の期待を抱く事が出来た。

 だが、心強い仲間が居るとしても、縁芽苦郎と同じ枠組みに入るということは、引く事の出来ない戦いの非日常へと赴く事を意味する。

 

(……そういや……)

 

 ふと、雑賀は先日の出来事を思い返す過程で、とある疑問を抱く。

 実際の所、司弩蒼矢との対決は開業前の市民プールこと幻獣水流(モンスターストリーム)で行われたのだが、そもそも司弩蒼矢の一件に関わる以前に彼は見過ごせないファクターを目にしていた。

 それは、

 

(……結局、昨日は救急車が水ノ龍高校に向かってたけど……被害者が発生したのなら、もう事件として報道されてるのか?)

 

 先日起きた出来事も、本日起きた出来事も――電脳力者(デューマン)が発生させる力場の影響によって、一般には認識されていない。

 だが、救急車が来たという事は、少なくとも怪我をしている状況を誰かに確認された――つまり、何かが起きた『後』の状況は現実の物として残されている。

 何も、その原因がまたも電脳力者(デューマン)による物であると限られているわけでは無いが、心に引っ掛かる何かを拭い切れず、彼は自室のパソコンを起動させて情報を検索し始める。

 この手の傷害に関する事件の情報は、大抵の場合が地域警察のホームページかネットニュースのサイトに記されている事が多いが、それ等のサイトを真っ先にアテにする前に、事件のあった場所を検索ワードに取り入れて調べた方が目的の記事を目にしやすい。

 10分も経たない短い時間で、それは見つかった。

 タイトルに『水ノ龍高校 男子生徒二名が重軽傷 加害者は生徒か』とある記事にマウスカーソルを合わせ、クリックする。

 

「…………」

 

 記事の内容を見て、雑賀は思わず怪訝そうな表情を浮かべていた。

 加害者の正体が不明である事は、苦郎から聞いたARDS(アルディス)拡散能力場(のうりきば)の事を考慮すれば、電脳力者(デューマン)の仕業である可能性を示唆出来る。

 救急車が走っていた時刻から考えれば、事件が起きた時に目撃者がいない可能性は低いのだから。

 だが、雑賀はそれ等の情報とは全く異なる部分に関して疑問を浮かべていた。

 あるいは、彼ぐらいしか気付けなかったかもしれない違和感に対して。

 口から、言葉が漏れる。

 

「……被害者の怪我は……()()()()()()()()()()……?」





 ……と、いうわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

 今回の話は二人のキャラ……まぁ見ての通り牙絡雑賀と、割とご無沙汰レベルで出番が無かったと思う司弩蒼矢くんを軸にしたお話となっております。主なテーマは『家庭』……いや『罪悪感』でしょうか? 自分でも定まっておりませんが、二人の視点で描写されている内容には割りと接点があるはずです。
 何というか、すっかり雑賀くんもグレ始めてるなーとか思ってます。主人公の一人なのにこんなんでいいのかと思えなくも無いような……まぁ『第二章』というか現実世界サイド自体が結構ダークな路線なので、適合してはいるんですけどねぇ。逆に言うと下手にギャグパートを押し込めないっていう。シリアス路線を突っ走った方が良いとも言えますけど。

 後、フレースヴェルグが現在進行形で悪役っぽくないのも少し問題ですなぁ。いやまぁ、彼自身が語ったように例の組織が個人の意志重視な時点で、フハハ我々の目的は世界征服だーっ!! な思惑も無く、どちらかと言えば『自由』な野郎かなーって感じなのですが、。善悪よりも好悪っつーか。

 さてさて、色々と思うところもあるでしょうが、疑問は推理する物。
 次回は、予定のままなら縁芽好夢の『防犯オリエンテーション』の話になる予定です。ていうかもっと早く出しても良かったかもですが、直ぐに出すと一日中の時系列で『抜け』が生じる可能性があったので、ここまで遅く……ぐぬぬ。

 それでは、次回もお楽しみに。
 感想・指摘・質問などはいつでもお待ちしております!!

 PS ただ、その前にもしかしたら座談会をやるかも(50回記念)。
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