DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語 作:紅卵 由己
そして気付けばデジスト三周年。記念も何もやれてねぇぞオラァン!!
とりあえず本編をどうぞ!!(ヤケクソ)。
防犯オリエンテーションが終了し、一汗を掻いて昼飯を食する時間になった頃。
全体の比率から見て弁当持参の生徒が少ない方なのか、あるいは単に行事で使われたスタンプカードにスタンプが溜まった事からか、食堂には数多くの生徒が集まっていた。
辺りでは(一部は限定モノらしい)学食やらを食べながら雑談をする声が群がっており、無関係な人間が特に意識する必要は無いにしろ、少なくとも(『怠惰』を司る魔王デジモンを脳に宿している)縁芽苦郎にとっては居心地の悪い空間と化していた。
(……いつも思うが、あんな茶番劇を真面目にやつ奴もいるんだねぇ……)
隠そうともせずに溜め息を漏らすが、当然それを気にかける者はいない。
ちなみに縁芽苦郎の本日の昼食は購買で手に入れた『導火線握り』と言う名のギャンブル食で、安価な代わりに中身が何なのかを全く明かされていない(高確率で残り物の寄せ集めが入っている)大きめのおにぎりである。
夜中になって半額のシールが貼られた惣菜に近い扱いな故に、コストを気にする一部の学生からは賛否両論な人気を得ているらしい。
一口ずつじっくり食べていると、相対する席に座る者が居た。
紫と黄色の縞模様な長袖上着と深緑色のズボンを履いた、何とも個性的な服装の女。
そいつは、無遠慮に苦郎へ声を掛け始める。
「やぁ、縁芽苦郎くん。
「……自称中立女」
「いくらなんでもその呼び方は無いんじゃないか? もっと捻ってくれないと困る」
「サツマイモ女。年齢詐称女。一番簡素なものだと腐れ女もあるが」
「……随分と嫌われてるようで残念だよ。いやはや……というか誰が年齢詐称だ」
視線の先に見える女は、一日前に牙絡雑賀へ
苦郎は特に表情を変えず、握り飯を貪りながら言葉を紡ぐ。
「何の用だ。『シナリオライター』への勧誘だったらお引取り願うが」
「いやいや、そんな事は鳥野郎や『ラタトスク』の役割だからやらないさ。私は単に雑談をしに来ただけだよ」
「……雑談、ねぇ……雑賀の奴もそんな風に
「失礼な。至極普通に語ってあげただけだよ」
「あいつは普通の人間として過ごしていた。
会話自体に嫌気が差しているのか、苦郎は苛立った口調で問いだした。
日常の彼を知る者なら、あるいはその口調から伝わる響きに身をすくめていたかもしれない。
紫と黄のサツマイモのような色合いの上着を来たその女は薄く笑ってから、
「関連性が無い……だからでこそ、とは考えないのかな? 計画の重要なピースと友人関係を持った人物。胸に抱く感情が何か大きなイレギュラーを生み出すかもしれない。私はそれが愉しみなんだよ」
「……確かに、アイツに
「何がかな?」
「わざわざ特定した人物を最初に闘う相手として設定した事だ。アイツをただ覚醒させるってだけなら、あんな回りくどい方法を取らなくてもよかった。それこそ下らない事に力を使うチンピラ共に相手をさせるとかな」
「いきなり多人数と闘わる方が死ぬ可能性だって高いだろう? まぁ、それはそれで違う展開を見られたかもしれないし、私としても構わなかったのだが――」
「死ぬ可能性なんて最初から考えてなかったんだろう。少なくとも、優先順位が高い方は」
苦郎は遮るように言葉を切り出して、断言する。
「雑賀の奴が闘う事になった司弩蒼矢って男。率直に言うが『シナリオライター』の計画に使えるピースの一つなんだろ。それも、何らかの『重大な要素』って奴を含んだ、な」
「否定も肯定もするつもりは無いが、それならキミはどう考えているのかな?」
「雑賀の奴はともかく、司弩蒼矢が宿しているデジモンはシードラモンなんて成熟期程度のデジモンじゃない。そういう事だろ」
明確な情報は、無かった。
あくまでも、直感を口にしているだけ。
「つーか、わざわざ組織の構成員が自身じゃなく他人の意志に従う形で、そいつ自身からすれば縁の無かった人物と接触したって時点で気付くに決まってる。接触を図った理由は? 四肢の半数を失った事も含めた事情で、感情がマイナスの領域に移行していたであろうこのタイミングを選んだ理由は? 何より、ただ
「…………」
しかし、それでも苦郎は一つの推論に到達する。
どのような『理由』があれば、行動は実行に移されるか――それを推理する形で。
「答えは簡単だ。『それ』を指示したヤツが想定しているデジモンを、厳密には宿している
「……ふむ」
女は感心でもしたかのように声を漏らすと、いつの間にか自動販売機から購入していたらしい缶ジュース(ラベルには『煎り胡麻サイダー』とある)を一度口に含んでから、今度は自ら問いを出してきた。
「そこまで言うのなら、もうキミにも『正体』は掴めているのではないかな?」
「デジモンの事を知っていながら、この時点で気付かないのは馬鹿しかいないさ」
「それなら、何故キミは関わろうとしなかったのかな? キミほどの力を持つ者なら、今回の一件をより簡単に終わらせる事が出来ると思うのだが」
「ハッピーエンドかバッドエンドかは別としてな」
苦郎は吐き捨てるような調子でそう言った。
自身の『力』を理解している者の、忌々しげな言葉だった。
「そう言って『誘導』でもするために来たのか?」
「毎度毎度人聞きの悪い事だよ。君に恨まれるような事をした覚えは無いんだが」
「好きになる理由にも覚えが無い」
あくまでも素っ気無い調子で言葉を口にする苦郎に対して、女はあくまでも薄く笑みを浮かべていた。
この会話も、彼女にとっては娯楽の一種に過ぎないのだろう。
それを理解しているからでこそ、付き合わされている苦郎からすれば不快感を感じずにはいられない。
さっさと飯食って帰るか、と考えるぐらいにはイラついて来た頃、
「まぁ、残念な事にキミの推理には一つだけ間違いがあるわけだが」
「……へぇ」
その指摘には何らかの興味を抱いたのか、苦郎はその言葉の先を促した。
女はスラスラと原稿でも読むような調子で述べる。
「今回の一件は確かに『シナリオライター』の計画の平行線上に存在こそするし、司弩蒼矢くん自身が望むのなら加入させても構わなかったらしいけど、今回の一件を仕組んだのは別の組織だよ。まぁ、目的の規模から考えるとファーストフード並みに安っぽい組織なんだが」
「……その安っぽい組織が、わざわざ『アレ』を狙うのか? 制御出来なければ滅びるのは自分達だってのに」
「デメリットを考慮した上での行為なのか、あるいは欲望が先走りしてしまったのか、どちらなのかは知らないがね。まぁ、所詮は格下の組織だよ。『シナリオライター』からすれば、好きにしろって感じなんだろうね。結果的にその動きが計画の進行を早めているだけだし」
「誰かが事を起こせば、それに応じる形で
「いやはや、近頃のチンピラグループといい、こうも簡単に組織化した枠組みが増えてくると勢力図がステンドグラスのように色分かれしそうだよね。面白い事になりそうだし、望むところではあるんだけど」
実際のところ『シナリオライター』以外の組織も司弩蒼矢に宿るデジモンの力を狙っている、という情報は苦郎からしても初耳であったため、得にならない情報では無かった。
尤も、肝心の『狙っている組織』の潜伏場所が解らない以上、潰すにしてもどうするにしても苦労しそうな話だが。
これはどちらにせよ後で羽鷺の奴と情報の交換が必要だな、と内心で方針を決める苦郎だったが、
「あのね。他人事のように言っているが、その組織の中にはキミのお知り合いが居るんだよ?」
「………………」
その言葉が、どのような意味を指していたのかは当人以外知る由も無い。
少なくとも、苦郎の目は訝しげに細まっていた。
まるで、悪夢か何かでも思い出すかのように。
「ついでに言えば、そのお知り合いの狙いは司弩蒼矢
「……それが言いたくて痺れを切らせたわけか。下らねぇ」
殆ど嚙む事もせず握り飯を頬張ると、苦郎は席を立ち食堂の出口に向かって歩き出す。
紫と黄色の服を着た女もまた言いたい事を言い終えたためか、これ以上の言葉は必要無いと判断したためか、言葉でその足を止めようとはしなかった。
雑踏も雑音も無視し、誰も彼も楽しげな日常を謳歌している中で。
縁芽苦郎は、脳裏に非日常の現実を浮かべながら、呟いた。
「……休暇は終了だな……」
◆ ◆ ◆ ◆
病院を出て約一時間ほど経過し、現在時刻は一時半過ぎ。
磯月波音と共に、周囲にアスファルトやコンクリート製の建物が建ち並ぶ東京の街道を電動車椅子で進んでいた司弩蒼矢は、激しい運動をしていたわけでも無いにも関わらず絶大な疲労感を感じていた。
その原因が何かと問われれば、人によっては好ましかったり好ましくなかったりする、雲が殆ど見えない青天の空と言う以外に無い。
「……暑い……」
彼は、現在進行形で日光に焼かれていた。
夏という季節の中では中旬に該当される七月の気温も、本番とも言える八月に比べれば幾分マシだと言われているらしいが、直射日光と言う名の凶器の前ではそんな言葉は何の気休めにもならない。
所属している水泳部の部活動を行っている時を除くとインドアな生活スタイルの蒼矢は、本音を言えば夏の気温が苦手で、目的が無ければこんなクソ暑い日に外出などしたくは無かった。
失踪事件の関係で下校時刻が調整されているため、街道には寄り道をしている制服姿の生徒が多く見られると思われたが、やはりこの季節――涼しい場所の方が好ましいためか、何らかの建物の中で暇を潰したり娯楽を営んだりする者の方が多いらしい。
街道を歩いているのは単に何処かへ移動中の人間らしく、思ったほど人込みが形成されてはいなかった。
街道を歩く人間が少ない事自体は蒼矢からしても好都合だったのだが、その一方で夏の気温は無言で彼の体力を削る。
「地球温暖化ってホントに対策とか実行されてるの……? 去年よりも暑い気がするんだけど……」
「うーん、田舎とかだと解らないですけど……扇風機よりはエアコンの方がよく使われていると思いますし、あんまりされてないと思いますよ……。まぁ、気温って一度上がるだけでも相当変わりますし、蒼矢さんはしばらく病院に居たわけですし……慣れてないだけかも、です」
「……根性論なんて当てにならないけどさ。慣れでどうにかなるものなの? これ」
実際のところ、教科書を見ても解る通り生物は長い時間の中で環境に適応するため進化を果たしているらしいが、文明や科学が発展しなかったら人間は肉体的に進化出来たのか? と問われると怪しい所である。
猿やらゴリラやらチンパンジーやら、人間と同じ霊長類に該当される生物は確かに存在するが、あれ等が寒冷地や砂漠に放り込まれて生き続けられるのかと聞かれれば首を横に振るしか無いのだから。
現実の環境は、根性論でどうにか出来るほど都合良くは無い。
(……まぁ、僕や牙絡雑賀って人みたいに、実際どうにか出来てしまったパターンも有りはするんだけどね……暑さには全然対応出来てないと思うけど)
尤も、ファンタジーの世界観でも極端な暑さと寒さの両方に適応出来る生物などそう居ないわけだが。
喉が渇いたので事前に補充していたミネラルウォーターを口に含むと、大袈裟だが生き返ったかのような感覚があった。
しかし、思ったよりも飲み過ぎてしまったのか、もう一本目のペットボトルの中身は底を尽き掛けていた。
残る一本は残量に気を付けないとな、と内心で呟くと、何を考えていたのか波音が話しかけて来る。
「……ところで蒼矢さん。やっぱり、本当に、わたしの事は覚えてないんですよね……」
「さっきもそんな事を聞いたけど、覚えて無いよ。水泳部で練習してる時って、あんまり他人の事を意識してない事が多いし」
「……それは確かに残念なんですけど……うーん……」
何かを言いたげにしながらも、実際には何か躊躇う理由でもあるのか口を噤んでしまう波音。
頭上に疑問符を浮かべる蒼矢は、何とか自分の記憶と少女が一致する場面を想起しようとするが、やはり何も思い浮かばなかった。
深く意識するような事でも無いとは思うのだが、有り得る可能性を蒼矢は口にしてみる事にした。
「……もしかしてだけど、君と僕ってずっと前に出会ってたりするの?」
「!! は、はい。そうなんですよ!!」
とても解りやすく期待に満ちた声を上げる波音。
あ、これは正解みたいだ、と確信した蒼矢は続けてこう言った。
「じゃあ、どんな事があったのかを教えてもらえないかな? どうしても思い出せないみたいだから」
「………………えーっと………………」
すると、強く反応を示していた数秒前から一転、またも波音は口を噤んでしまい、更には顔を赤くしてしまう。
どうにも少女が過去の出来事を口に出来ない事情が解らない蒼矢は、首を傾げるしか無い。
ともあれ、特に何事も無いまま彼等は道を進めていた。
会話の数こそ決して多くは無いが、不思議と不快感が拭われているような感覚を蒼矢は感じていた。
明確な記憶こそ無いが、言われてみればこの少女と自分は何処かで
と、何やら回答に困っているらしい少女は、何やら強引に話題を変えようとしているのか、こんな事を聞いて来た。
「……そ、そういえば、蒼矢さん。もう一つ聞いてもいいですか?」
「何だい?」
「蒼矢さんが何処に行こうとしているのか、聞かないままここまで付いて来ましたけど……何処に行くつもりなんですか?」
「……ああ、その事か」
蒼矢自身、今になって気付いたようだった。
思えば、ただ目的が気分転換というだけで、そのための目的地に関しては特に決めては無かった。
元々娯楽施設に関心が乏しかった事もあり、その手の知識が殆ど無いという事情もあるのだが、言われてみれば目的地が設定されていない以上、このままではクソ暑い炎天下の中を電動車椅子まで使ってウロウロしているだけという始末になってしまう。
ただでさえ広い東京の街で、自分が気分転換のために行きたい場所――それを少しだけ考えて、蒼矢は口にした。
「……水の見える場所、かな。自分でもよく解らないんだけど、水のある場所の近くに居ると何となく安心するんだよ」
「あ、それ解ります。わたしもプールに行くのが楽しみだったりするので……」
「ふーん……奇遇な事もあるものだね」
蒼矢自身、水のある場所に近くに居ると安心出来る理由はもう解っている。
水の中で主に生息しているのであろう怪物を、宿しているから。
その環境が自分に最も好ましいものなのだと、宿る怪物と
だが、それを磯月波音に打ち明ける事は出来ない。
そんな事を言ってしまえば、自分が化け物であるという事実を晒してしまうも当然なのだから。
(……まぁ、何となく安心するってだけで納得してくれたのが救いなのかな……)
「うーん……海も湖も流石にここからだと遠いですし、水面の見える場所となると……うーん、プールは今行っても仕方ですし……水族館にでもします?」
「何処でも良いよ。無駄に時間を使うより、面倒でも有意義に時間を使った方が良いと思うし」
何にせよ、目的地は設定出来た。
蒼矢からすると、水族館が今の自分にとって気分転換を出来る場所かと問われると確信出来ない一面もあったのだが、少なくとも炎天下の街よりはずっとマシだと思っての判断だった。
波音は早速携帯電話のGPS機能を起動して目当ての水族館までの道順を調べ始め、蒼矢は回答が出るのを待つ間、無駄とは思いながらも自らに宿る力の事について考えた。
(……結局、僕に宿っている力……というか、怪物の『正体』は何なんだろう)
ごく自然な疑問だった。
実際のところ、司弩蒼矢は自らに宿る怪物の事を何も知らない。
現時点で理解出来ているのは、淡水か海水かはさて置いて水の中を生息地としているという事と、体内に取り込んだ水分を氷結化させ無数の矢として放つ事が出来る能力に、自身に宿る怪物は『デジモン』と呼ばれる存在であるという事だけ。
肉体を変化させている時でこそ自然に闘う事を出来てはいたが、そもそも『それ』自体がおかしい事だった。
(……取り込んだ水分を氷の矢に変換する。体の構造上でそれが出来るのだとしても、僕はそもそもその『やり方』を知らないはずなんだ。しかも、それを放ったのは失っていた腕を補う『蛇口』……当然そんな部位は人間に無いし、同じ理屈で僕は『やり方』を知らなかったはず)
実際、司弩蒼矢はフレースヴェルグと名乗る男から、自分自身を含めた身の回りに存在する物質の情報を『書き変える』能力について聞かされた覚えはある。
だが、そもそもその『やり方』を教えてもらってはいないし、そもそもあの男自身が蒼矢の目の前で『情報の変換』を実践していたわけでもない。
資材が有っても設計図が無ければ立派な家を作る事が出来ないのと同じで、蒼矢が『情報の変換』を実際に行うには、そのための『やり方』を知っているという前提が必要になるはずなのだ。
蒼矢に宿る力が現実に現れ、彼自身認識する事になったのはつい最近の事。
そして何より、その『力』を初めて使った際の記憶は不明確。
解っているのは、知らぬ間に自分が誰かを傷付けてしまったという事実のみ。
(牙絡雑賀って人は解らないけど、僕が生まれた時から人間とは違う存在だったなんて事は考えられない。少なくとも、『これ』はいつかの過去に後付けされた力だ。そうじゃなかったら、この年になるまで怪物――デジモンの力に覚醒する事が無かった理由が解らない。ただでさえ制御出来ていないんだから、何かの拍子に『暴発』してしまう可能性だって考えられるはずだ……)
何らかの出来事があって、それが切っ掛けでデジモンを宿すようになった。
宿ったデジモンの力は何らかの条件で覚醒し、人間を人外の存在へ変える。
予想を立てる事は簡単だが、その原因は想像も出来ない。
情報が、あまりにも足りていない。
(……一番最初に体を変える前……確かに頭の中で自然と『水の中を泳ぐ龍』のイメージが浮かんでいて、それを軸にして体が変わったけど、アレが怪物の正体なのか……? デジモンっていうのは、多分名前の事を指しているのでは無いと思うし……あれっ?)
必死に頭の中から情報を引き出そうとしていると、また異なる疑問が過ぎった。
牙絡雑賀と闘った時、よくよく考えてみれば『あの時』の自分には自我が確かに有った。
肉体こそ人外と化していたが、頭では人間らしく思考を練りながら行動していたはずなのだ。
にも、関わらず。
(……何であの時、僕は『
その場の思い付きだったという可能性は、確かにある。
だが、そもそも『蛇口』から放たれる飛び道具が『氷の吹き矢』である事を、何故あの時理性を取り戻した後の自分は攻撃を放つ前から知っていたのか。
知っていなかったのなら、何故『アイスアロー』という技の名を口走ったのか。
知らないはずなのに知っていた事があるというその事実に、本能という言葉が脳裏を掠めた。
だが、行動はともかく本能というものは知識にまで作用されるものなのか……?
(……デジモンの力、だけじゃなくて……記憶や知識まで……宿っているのか……?)
仮にそうだとしても、蒼矢の方から宿っているデジモンの記憶を閲覧する事が出来ない。
そもそも、本当に自分の中に一体の怪物が宿っているのだとして。
その、当の怪物自体はどのような形で『宿って』いるのか。
寄生虫のように宿主と共生関係にあるのか、それとも言い方を小奇麗にしただけで実際は違うのか。
どれもこれも、解らない事が多すぎる。
(……ダメだ。やっぱり答えを出す事が出来ない……知るためには、本当の事を知っている誰かに問い質すしか無いのか……)
どう考えても答えは出ず、蒼矢は一旦考える事を止める事にした。
そもそも、こんな事を考えても、過去に自身が惨劇を起こしたという事実は何も変わらない。
ただ引っ掛かりを感じたというだけで、所詮は自己満足でしか無いのだから。
「蒼矢さん。蒼矢さん!! 大丈夫ですか?」
「……ん。いや、ちょっと考え事をしてただけで特に問題は無いけど……?」
「いや、近場の水族館までの道順がわかったので、声を掛けていたんですが……」
(……言葉に反応しなかったってわけか。解らない事なのに、余計な事を考え過ぎたかな……)
どうやら自分で思った以上に熟考してしまっていたらしい。
ふと波音の顔を視界に入れると、その表情がこちらを心配するような不安感を伴った物になっているのが見えた。
その表情に、不思議と見えない傷を癒されているような錯覚を感じたが、それと同時にこのような表情を向けてもらう資格が無いという事実がその癒しを心から受け入れられない。
もしかしたら、これを最後にこの少女とは出会わなくなるかもしれない――そんな予感さえする。
その上で、蒼矢は思った。
(……それでも、それでもせめてこれは良い思い出として記憶に残したい。どうしようもない我が侭だけど、ほんの少しでも救われる気がするから。それさえ叶うのなら、もう僕の事はどうなったって構わないから……)
何処まで突き詰めても我が侭な、糾弾されでも仕方の無い願い。
無責任だというのは解っているが、今回の一件はきっと法で裁く事が出来ない。
裁く事が出来ないという事は、法に守ってもらう事が出来ないという意味でもあるのだから。
罰を受ければきっとロクな目に遭う事は無いだろうと思うが、罪を償う機会すら無いまま生きたまま腐り落ちるよりはマシだと思えた。
だから、せめてこの時だけは。
そう願い、目的地に向かうため電動車椅子を操作しようとした、その時だった。
考え事をしていた所為か、背後から迫る異質な気配に気付くのが遅れ。
首だけでも振り向こうとしてみたが、間に合わず。
相手の顔を見る間も無いまま後頭部を鷲掴みにされ、そのまま前倒しに地面に叩き付けられる。
鈍い痛みが炸裂し、視界がアスファルトの色に染まる。
(っ……なに、が……!?)
抵抗しようと試みたが、押さえ付けてくるその手の力は、とても人間が抵抗出来るような物では無く。
全ての判断が、対応が、遅すぎた。
バチィッ!! と電流が迸る音を認識する間も無く、司弩蒼矢の意識は寸断される。
◆ ◆ ◆ ◆
数分もしない内に牙絡雑賀がこの場に到着したが、その場には司弩蒼矢の姿も彼の『友達』の姿も無かった。
残されていたのは受付員が言っていた電動車椅子と、同時に携帯されていたのであろうミネラルウォーターのペットボトルと、居場所を示すはずだったGPS機能搭載の携帯電話――――そして、僅かながら足跡という形でこびり付いていたニオイ。
その場で何があったのか、目撃する事を出来ていない牙絡雑賀は知らない。
少なくとも、嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「……くそっ。いったい何処に……!?」
確かなのは、本来居るべき地点から司弩蒼矢がいなくなっているということ。
本人の意志による事なのか、あるいは第三者の悪意によるものなのか、定かでは無いが。
どちらにせよ、最悪の展開になってしまった事は確かだった。
そんな訳で最新話ですが、お待たせして申し訳ありませんでした。
今回は久方ぶりの苦郎視点と言う名の今回の一件に関する考察ですが、まぁあれですね。薄々感付いているお方も居たんじゃないか? と作者の視点からすると想います。
何故、シナリオライターは司弩蒼矢を勧誘しようとしていたのか。何故、感情がマイナスの方向へ傾いている時を狙ったのか。……第一章の時にも語った通り、この作品の人物は『理由』を重視して動く傾向がありますからね。何事にも理由……あるいは思惑があるって事です。
さて、そうなると重要なのは司弩蒼矢に宿っているデジモンの『正体』なわけですが、色々とヒントは残しています。というか、いっその事残しすぎた感じもするので、これで気付けないようなお方はそう居ないと思っています。
……割と精神がキツイ状態になっている彼ですが、彼が『どうなる』のか、次回以降の話をお楽しみに。
PS そういえば蒼矢くんサイドが際立ちすぎて好夢ちゃん出番無いな……。