DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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ようやっと書き終わりました……更新、完了です。


七月十四日――『轟く稲妻は深闇を貫く』

 冷静に考えて、戦闘能力を奪うだけなら簡単だろう。

 裸の上半身から青色の炎を迸らせている魔人――デスメラモンと呼ばれるデジモンの能力を行使している男は、そう考えながら、赤色の鱗に覆われた竜人――宿す力を一段階『進化』させた司弩蒼矢へと視線を向けている。

 誰がどう見ても化け物の類であろうに、倒れている女を背後に立つその姿はまるで正義の味方でも気取っているように見えた。

 

(……メガシードラモンか。まァ、シードラモンから一段階上がルとするト大体そうなるだろうが……くソッ、さっサと意識ヲ落とシてしまウべきだッたか。あの女余計な真似をしヤがって……)

 

 その滑稽な構図に冷めた表情を鉄の仮面の裏側で浮かべつつ、魔人は眼前の標的の能力を分析する。

 今、司弩蒼矢が行使しているのが魔人の同じ『完全体』クラスのデジモンの力なのは、右腕の外郭の籠手から『生えて』いる稲妻の形をした刃の存在から考えても間違いはない。

 メガシードラモン――シードラモンという水棲型のデジモンが進化を果たす種族の一つだ。

 表の情報として知る『図鑑』の通りであれば、本来その稲妻の形をした刃は頭頂部の外郭から生えていたはずだが、これもまた人間の体を原型(ベース)とした結果生じた変化の一つなのかもしれない。

 

(重要ナノは、メガシードラモンに進化シた事によッて電撃ヲ使えルようにナっていルって所だ。水や氷の攻撃だけナら問題は無いが、流石にそレばっカりは受けらレねェ。いクら体が硬かロうが感電しちャァ意味ねェからナ)

 

 軽く予想するに、赤い竜人が自らの力として攻撃に『使う』事が出来るものは冷気と水と電撃の三種類。

 魔人の知る情報が正しければ、メガシードラモンという種族はシードラモンだった頃から使う事が出来た冷気や水を放つ能力に加え、新たに備え付けられた稲妻の形をした刃から電撃を放つ能力を獲得しているはずだ。

 氷や水の攻撃はともかく、電撃の攻撃については注意が必要だろう。

 だが、逆に言えば電撃の攻撃以外に対しては然程警戒心を抱く必要が無い。

 確かに、進化の段階の話として赤い竜人は魔人と『同じ』領域に立ったが、そもそもの問題として発揮される性能(スペック)には明確な差が生じているはずだ。

 その理由として挙げられるのが、環境に対する適正。

 元々、シードラモンのような水棲型デジモンは文字通り水中で生きる事が基本とされる類の種族だ。

 人間の体を原型(ベース)とする事で二足歩行が可能になっていようと、肉体を変化させる過程で種族の性質を宿している以上、その運動性能は水場でなければ発揮されない。

 対して、デスメラモンというデジモンは火炎型と分類されながらも人型の特徴を元々併せ持つ種族。

 陸上での戦闘、まして夏の暖気が篭る空間ともなれば好条件だ。

 今も尚、体から溢れ出る熱気が建物の中を暖め続けており、赤い竜人にとっての苦しい状況は加速の傾向にある。

 つまるところ、

 

(サンダージャベリン。そレ以外の技を警戒スる必要はネぇ。そシて、ここガ水場じゃねェ以上、本領を発揮する事ガ出来ナい。オレに通用すルだけの水や氷の攻撃ガ使えン以上、刃の状態にさえ注意しとケば単ナる力のゴリ押シでも勝ツ事は容易イ)

 

 そう結論付け、魔人は右脚を前に出し、地面を踏みしめる。

 直後に、魔人は人外の膂力でもって赤い竜人に向けて走り出した。

 単なる一騎打ちであれば、赤い竜人にも回避という選択が出来たかもしれないが、その後ろには庇護の対象である少女が倒れている。

 一気に接近しようと一直線に走る魔人の進行を遮れなければ、どうなるかは明白。

 放つ攻撃を真っ向から受け止められたとしても、その護りごと吹き飛ばせるという確信がある。

 

充電(チャージ)すル暇なンて与えねェ。一撃デ吹き飛びヤがレ)

 

 恐れる理由は無かった。

 故に、電撃の攻撃を放てるだけの余裕も与えずに接近した魔人は、走りの勢いのままに青色の炎を帯びた右の拳を振るう。

 直後に。

 

 ガァン!! と、まるで金属と金属がぶつかり合ったかのような音が響いた。

 

 魔人の放った炎を帯びた右拳が、赤い竜人の右腕を覆う形で存在していた外殻の鎧に防がれた音だった。

 鉄の仮面の奥で、魔人の目が疑問に細まる。

 防がれた――それだけならば然程驚くほどの出来事ではなかった。

 問題なのは、攻撃を真正面から受けた赤い竜人の足が僅かにしか下がっていない事だ。

 少女の体に触れる寸前で、耐え切られている。

 

(……コいツ、勢いヲ付ケたオレの一撃を『受け』たッてのニ、耐エられタ、だト……?)

 

 根性論で説明出来る事だとは思えなかった。

 これがまだ、完全体の更に上――究極体の段階に至っているデジモンか、あるいは同じ完全体かつ重量級のデジモンの力を行使する相手であれば納得は出来る。

 だが、司弩蒼矢が現在行使しているのは『魔王』とは違う同じ完全体クラスのデジモン――それも、本来であれば手足を持たず水の中を『泳いで』活動する種族の力だ。

 陸地に『二本の足で立って』活動する事など、骨格の時点で想定出来る話ではない。

 重心の支えとなるものが尾鰭(おびれ)から二本足に変わったとしても、獣型デジモンほどの膂力は得られないはずだが……。

 疑問を覚える魔人に対し、拳を受け止めた赤い竜人が口を開く。

 

「……させないって、言ったはずだぞ……!!」

「カッコ付け野朗ガ……ッ!!」

 

 言葉と同時に聞こえた火花が散るような音に、魔人は悪態をつきながら後退する。

 赤い竜人が、警戒していた必殺技(サンダージャベリン)を使うための『充電』を行おうとしていると考えたからだ。

 予想通り、鎧から生える刃に膨大な青白い電気のエネルギーが溜まる所を肉眼で確認出来た。

 充電は終わった――であれば、次に意識すべきは刃の切っ先。

 恐らく、電撃を用いた技は切っ先を向けた方向に向けて放たれるはずだ。

 知っている情報とは異なり、実際は特に狙いも定めず電気を広範囲に放射するような攻撃だという可能性も否定は出来ないが、どちらにせよ距離を取っておくに越した事はなかった。

 

(電撃が届く速度なンて目で追エるモンじゃねェ。発射の予兆ガ見えタら横に動く……)

 

 跳躍しながら対応の方針を決め、即座に魔人は警戒の視線を向ける。

 判断そのものは、決して間違ったことではなかっただろう――しかし、赤い竜人の行動は再びそんな魔人の予想を裏切りに掛かって来た。

 赤い竜人は刃に電気のエネルギーを『充電』した状態のまま、咄嗟に後退した魔人に向かって自ら走り出したのだ。

 飛び道具では外してしまうと判断したのかもしれない――接近戦を試みようとする動きである事は明白だった。

 確かに、至近距離に近寄って直接刃を当てさえすれば、確実に感電させる事は出来るだろう。

 

(――つクヅく思い通リにイかねェ野朗ダ!!)

 

 魔人は着地し、両の手から腕までを青色の炎で覆い、真っ向から振るって来る赤い竜人に対して対応しようとする。

 赤い竜人はまるで忍者のように姿勢を低くしたまま走り、青白い稲妻を迸らせた刃をさながら侍の居合い切りのように振り抜く。

 

「グっ、おオおおオアッ!!」

「がああああああああっ!!」

 

 再び、金属と金属が衝突したかのような甲高い音が響く。

 赤い竜人の繰り出した稲妻の刃を、魔人は青い炎を纏った右の裏拳で受け止めていた。

 強い痺れの感覚が触れた拳を通じて全身を駆け巡るが、体を覆う青色の炎が電気の通りを阻害したのか、どうにか耐える事が出来た。

 

「調子に……乗ルなァ!!」

「――ッ!!」

 

 感電の影響で動きが鈍りそうになるが、右の拳で受け止めた刃を強引に弾き返し、体勢を崩した所へそのまま左の拳を抉るように振るう。

 狙いは、赤い竜人の腹部にあたる外殻の鎧に覆われていない蛇腹。

 鈍い音と共に赤い竜人の口から苦悶の声が漏れ、打撃の衝撃に押された体が後退する。

 

(チッ、痺れテたかラ上手ク力が入ラなかッたカ。ダが……)

「……十分効いテるみタイだなァ?」

「…………」

 

 拳に打たれた赤い竜人の腹部から、黒い煙が立っていた。

 振るう拳そのものの威力は抑えられてしまったが、その表面を覆う青い炎が竜人の蛇腹を拳の直撃と同時に焼いたのだ。

 その痕はしっかりと残っており、赤い竜人が火傷をしてしまった事は間違い無かった。

 痛みを感じているのか、その表情もまた苦いものに変わっている。

 

(……意外と電撃モ耐えラレるもンだな。こンな程度なラ、わザワざ下がル必要も無かッたか)

「あンま抵抗すッと、そノ女の命だケじゃ済まサねェゾ。こチトらそノ気になリャお前ともッと『近い』ヤツを狙ッてモいインだ」

「…………」

 

 言葉に、竜人は身構える。

 そんな事をさせるつもりは無いと、言外に告げるように。

 しかしその一方で、身構えるだけで具体的なアクションに入ろうとはしていない。

 単に魔人の動きを警戒しているのか、あるいはどうすれば魔人に有効打を加える事が出来るのかを思案しているのか、どちらなのかは当人にしか解らない話だが、どちらにせよ魔人がやる事は変わらない。

 赤い竜人――司弩蒼矢の脳に恐らくは宿っていると推測されている『魔王』の力を引き出させ、その力ごと自らが属する『組織』に取り込む。

 その目的を果たす過程で何らかの形で司弩蒼矢の精神に負荷を与え、その脳に宿る『魔王』への覚醒を促さなければならず、そのためには倒れている女こと磯月波音を殺す事が現状最も有用な方法となったのだが――当の司弩蒼矢が盾になるような形でそれを妨害してくるのは、率直に言って好ましく無い流れだった。

 何故なら、

 

(……洗脳すルには、悪意ヲ溜メ込ませル必要ガあル)

 

 そう。

 そもそもの問題として、彼の言う『組織』が用いる事が出来る洗脳という手段自体が、無条件で相手を従わせられる都合の良い方法では無いのだ。

 明確な条件が存在し、それを満たせなければまず成功しないもの。

 そして、その満たさなければならない条件の核こそが、人間なら誰しもが持ってて当たり前の感情――悪意だった。

 それは怒りや悲しみ、絶望や嫉妬のような負の念を抱くような出来事、あるいは要因と共に湧き上がるものだ。

 初対面の目で傍から見ても判るレベルで、間違い無く赤い竜人に成る前の司弩蒼矢はその条件を満たすに足りる程の悪意を溜め込んでいるはずだった。

 だが、今は違う。

 磯月波音という庇護の対象を得た事で、善悪の天秤が定位置――あるいは善性の方へと傾いてしまっている。

 こうなると、まず洗脳は成功しない。

 とはいえ、磯月波音を殺し司弩蒼矢に強い悪意を抱かせるためだけに時間を掛け過ぎると、突然乱入して来た兎耳の女のように予定外の障害(イレギュラー)が湧き出る可能性もある。

 手間を後回しにしてでも、この場を手短に済ませるべきだ。

 速やかに司弩蒼矢を一旦戦闘不能な状態にし、身柄を回収して『組織』の拠点へと向かう。

 車を用いて人気の無い建物にわざわざ寄ったのは、この一件を察知して動くかもしれない()()()()()()()を誘き寄せ、事前に待機している『組織』の戦闘要員達の手で対応させるために過ぎないのだから。

 司弩蒼矢の身柄さえ確保出来れば、このような寂れた場所に用事は無い。

 

(手負イとはいエ、縁芽苦朗ガ発揮しテいるノは『魔王(ベルフェモン)』の力。奴等が失敗すル可能性も否定ハ出来ねェ。サっさトこッチの用事ヲ済ませルべきだ)

 

 魔人は、無言で両腕の鎖を伸ばす。

 先の攻防で、竜人が取り扱う電気の力が、デスメラモンの能力で抵抗可能なものである事は理解出来た。

 現実世界においても炎と電気の関係性は未だ謎が含まれている所もあるが、デジモンが放っている攻撃が個々の属性に基づいたデータの塊だとすれば、炎と電撃という二種類のデータが互いに互いの侵入を拒み合った結果だと解釈する事も出来る。

 だとすれば、魔人はただ自らの火力を高く維持しておけば良い。

 電撃を皮膚で直接受けてしまうと痺れてしまうのであれば、燃える鎖を拳に巻き付けたりする事で間に挟んでしまえば良い。

 それだけで、赤い竜人が用いる攻撃のほぼ全てを確実に耐える事が出来る。

 

 ――そう結論付け、いざ駆け出そうとした時だった。

 

「――――」

 

 赤い竜人の口元が、小声でも漏らすように動いていた。

 その視線は確かに自分の方に向けられているにも関わらず、魔人には何か別の意図を感じずにはいられなかった。

 そして、その考えは間違っていなかった。

 直後に、動きがあったのだ。

 赤い竜人ではなく、その戦闘能力から脅威を感じていなかった兎耳の女の方に。

 その端役はダメージを感じさせない機敏な動きで赤い竜人の近くに寄ったかと思えば、その後ろで倒れている磯月波音の体を速やかに両腕に抱き抱える。

 ――この場から逃がすつもりだ。

 

(――チィッ!!)

 

 意図を読み取った魔人がようやくそこで駆け出したが、それよりも早く赤い竜人もまた魔人に向けて再び駆け出していた。

 走りの勢いのままに稲妻の刃と鎖で覆った拳が衝突し、その衝撃が音となって響く。

 その間に兎女は磯月波音を抱えたまま、建物の出口へ向かって行く。

 視線を魔人に向けたまま、赤い竜人は言葉を放った。

 

「彼女を頼む!! 何処か安全な場所まで逃げてくれ!!」

「頼まれたけど!! この人を悲しませたくないのなら、あなたも無事に帰って来るように!!」

 

 そう言葉を返し、兎女は磯月波音を抱えたまま建物の外へと出て行ってしまった。

 司弩蒼矢に悪意を抱かせるために使う予定だった要素(ピース)を見す見す逃がされ、魔人は苛立ちに火力を増していく。

 

「テメェ……何か口走っテルと思えバ……!!」

「もし聞こえてたら、間違い無くお前はあの子を連れ出す事を邪魔したはずだ。あの兎の長い耳なら、例え小声でも『聞き取って』くれると思ってたよ」

 

 至近距離で炎の熱に炙られているにも関わらず、赤い竜人の表情には微かに笑みさえ浮かんでいた。

 その表情は自分の狙い通りに事が進んだ事に対する喜びからか、あるいは苛立つ魔人に対する一種の強がりのようなものなのか。

 どちらにせよ、状況が赤い竜人の望む形に近付いている事に対し、本来悪意を抱かせようとしていた魔人の方こそが負の情を燃やしていく。

 その有り余る熱に、思わずと言った調子で悲鳴を漏らす者がいた。

 兎女の不意討ち染みた一撃によって気絶し倒れていた、魔人と同じ『組織』の一員である男だ。

 

「――(あつ)っ!! (あつ)ゥッ!! ちょっ、何がどうなって」

「よウやく起キヤがったか馬鹿野朗!! さッサと逃げタ女どモヲ追いやガれ!!」

「はぁ!? おまっ、逃げたってどういう」

「イいカラ行け!!」

 

 熱に叩き起こされて早々に怒りの声で鞭打たれ、男は半ば状況も把握出来ぬまま建物の出口へと向かって走り出す。

 それを見た赤い竜人は稲妻の刃を振るう腕の力を意図して弱め、腕力に押される形で魔一から一旦離れると、口からその体積には収まらないはずの量の水を高圧で素早く吹き出す。

 しかし、魔人がその体でもって竜人の放った水のブレスに素早く割り込み、兎女の追撃に向かう『組織』の男に届かせぬようそれを防いだ。

 魔人の体に直撃した水流は瞬時に水蒸気へと変じ、その間に男は建物の外へと走り去ってしまう。

 赤い竜人は目を細め、疑念交じりの声を漏らした。

 

「……二人掛かりで戦った方が良かったんじゃないか?」

「笑わセンな。今ノお前如き俺一人デ十分だ」

 

 棄てられた建物の中にて怪物が睨み合う。

 炎の魔人の熱気に景色が歪み、竜人の額からは汗が滴る。

 どちらの力が上かなど、目に見えて明らかだった。

 

「いイ加減に諦メやがレ。オ前の性能(スペック)じゃ俺にハ勝てねェ。あノ逃げた女共モ、追ッた仲間ガ確実に捕まえル……いヤ、そウなる前にあノ裏切り者ハ死んじマうかもなァ?」

 

 それが現実のはずだ。

 それは簡単に覆せる事実では無いはずだ。

 にも関わらず、赤い竜人は焦りの色を一向に見せない。

 

「……何ダ、その自信。何処かラ湧いテ来ヤガる……?」

 

 思わず疑問の声を漏らす魔人には、確かな違和感があった。

 追い詰めているはずなのに、逆に追い詰められているかのような、予感が。

 それは、あるいは単純に自分(デスメラモン)よりも性能の高いデジモンの力を行使している者を相手にしたとしても感じる事が無いであろう未知の感覚だったのかもしれない。

 赤い竜人は真っ向から言葉を返す。

 

「そんな事解らないし、解ったとしてもお前に教える理由は無い。ただ、あの子達に死んでほしくない。不幸な目に遭ってほしくない。それだけだ」

「だッタらお前ガさッサと諦めレば良かッたダろうに。無駄ニ足掻こウとした結果、アの女ハ二回モ裏切るハメにナったンだかラな」

「確かに、事の原因はこっちにあるのかもしれない。けれど、それはあの子がお前達に殺される事を許す理由になんかならない!!」

「あノ女ニ、そンナ風に身を削ル価値があるもンか? ソもそモそレだケの力を振るエルのなラ、もット楽に幸福っテやツを手に入レる事が出来タだロウにヨ。自分かラ苦しイ目に遭ウ道を選びヤガって」

 

 事前に、司弩蒼矢が病院送りになった原因は魔人も調べて知っていた。

 トラックに轢かれる所だった少女を助けるために身を乗り出し、結果として助ける事は出来たものの片腕と片足を潰されてしまった事を。

 正直に言って、馬鹿な事をしたという感想しか思い浮かばなかった。

 仮に助けた相手が知り合いか何かであったとしても、下手をすれば死んでいたかもしれないのに。

 デジモンの力に覚醒していたならまだしも、ただの人間の体のまま行うにはあまりに無謀で愚かな行動。

 理解も共感も称賛も出来ない。

 まして今、似たような理由で身を削ろうとしているのであれば尚更だ。

 思わず、嘲る言葉が漏れた。

 

「そンナに楽しイか?」

「……楽しい、だと……?」

「ヒーロー気取りガ、偽善が。他人のたメに犠牲になッて、苦しサや痛みヲ引き受けテ何になル? 世の中にハもッと楽しサを、幸福ヲ感じラレる事があルってノニ」

「…………」

「本当に馬鹿馬鹿しイな、お前。そンナだかラ腕と足ヲ潰されンだヨ。助けらレた奴かラ礼でモ言わレたか? そンな言葉だケで、失ッたもンと釣り合イガ取れタとでモ思ってンのか?」

「……思ってなかったさ」

 

 意外にも、竜人は問いに対して肯定の意を口にした。

 素性も知れない相手のために失ったものは、得たものと釣り合っていなかったと。

 だが、直後にこんな言葉を発してきた。

 

「思ってなかったから、()はあんな事をした。意識の有無に関わらず、関係の無い人を傷付けた。それはきっと許されない事だし、()自身許したくない事だ」

 

 それは、自らに対する懺悔であり。

 

「だけど、そんなどうしようも無い()を助けてくれた人がいた。優しく声をかけてくれた人がいた」

 

 それは、誰かに対する感謝であり。

 

「……だから、今度は()の番だ」

 

 それが、戦う事を選んだ竜人の決意だった。

 言葉が紡がれる度に、魔人の耳が電気の弾ける音を聞き取る。

 最初、それは必殺の技を放つ予兆かと思っていた。

 しかし、よく見ると稲妻の刃にのみ溜まっていくはずの青白い電光が、刃どころか竜人の体表からも生じ始めている。

 

(パワーヲ高めスぎテ、電力ノ制御に失敗しテイる……? いヤ、これハ……)

「何処かにいるのかもしれない正義の味方が間に合わないのなら、それほどまでに救いが無い所に引き摺り込まれているのなら」

 

 それは、まるで。

 ()()()()()()()()かのようだった。

 このような技能を有しているなど、事前に知る事が出来た情報の中にも存在しない。

 いいや、そもそもの問題として可能であると思えない。

 下手を踏めば、それは紛れも無い捨て身の手段だというのに……っ!?

 

「テメェ、ソの電気ノ使い方ハまさカ……ッ!?」

「助けてみせる。どんなに自分勝手でも、()()の力でだ!!」

 

 言葉の直後だった。

 竜人が一歩を踏み出したと思った時には、既にその体が視界いっぱいに広がっていた。

 接近して来る、と認識する間もなく肉薄されたのだ。

 

「――ッ!!?」

 

 振るわれる稲妻の刃を鎖の巻き付いた腕で咄嗟に遮ろうとするが、構えが間に合わない。

 刃が、魔人の左肩から右腰までをなぞるように切り裂く。

 受けた傷そのものは浅いが、確かな痛みと共に強い痺れを感じさせた。

 しかし、魔人からすれば受けた痛みよりも、竜人の動きに対応出来なかった事実に対する驚愕の方が強かった。

 

(速イ……っ!?)

 

 負けじと右の拳を竜人の顔面目掛けて放とうとするが、竜人は刃を振るった勢いを殺さず回転するように動く。

 遠心力に従い、その長い尻尾が稲妻の刃に続いて回し蹴りかのように腹部へ振るわれる。

 バチィン!! と、軽快ながらも強く鋭い音が響き、威力に押される形で魔人の体が強制的に後退させられる。

 その力強さと、動作の速さ。

 思い当たる節は一つしか無かった。

 

(コイツ……!! 刃だケじゃネぇ、()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 世の中にはEMSという、筋トレに使われる器具(グッズ)がある。

 電気刺激によって筋肉を強制的に伸縮させ鍛える――基本的には肌に付ける事で効果を発揮する代物だ。

 恐らく、メガシードラモンの力を行使している司弩蒼矢の動作が急に速く、そして力強くなったのはそれと同じ原理だろう。

 元々、メガシードラモンという種族には『サンダージャベリン』という必殺技を実現させるため、頭部の外殻の内に発電装置が組み込まれているらしい。

 確かに、構造が同じであれば体の各部に存在する鎧にも同じように発電装置が組み込まれていてもおかしくはない。

 だが、もしも本当に同じ発電装置を用いている場合、今の司弩蒼矢は必殺技として用いられるレベルの電力を体に流し込んでいる事になる。

 そんなものに、筋肉は愚か内臓は耐えられるのか。

 サンダージャベリンはあくまでも、自身の生体電気ではなく『装置』という明らかに生物感の無い外付けの武装によって成り立っている必殺技のはずだ。

 メガシードラモンという、ただでさえ電気を通しやすい『海』の性質を宿した水棲型デジモンの生身の肉体そのものに、必殺技レベルの電気に対する耐性が存在するとでも言うのか……!?

 

(チィッ、こンナ情報『図鑑』にハ無かッたゾ!! さッキ不意打ちトハ言え吹っ飛バさレたのはアレガ原因か!!)

「調子に乗るナよ成り立テ風情がァ!!」

 

 憤怒の形相で共に魔人は両腕に巻き付いた鎖を伸ばし振るう。

 竜人は咄嗟に稲妻の剣で鎖を弾こうとするが、その対応が災いしてか左腕側の鎖が稲妻の剣に絡み付き、その動作を封じていた。

 それを確認した魔人は絡み取った左腕側の鎖を掴み竜人の動きを封じつつ、自らの必殺技を放つために一度息を吸おうとする。

 だが、直後に竜人は予想外の行動に出た。

 稲妻の剣に絡み付いている魔人の鎖を、帯びた炎で火傷する事にも構わず空いた左手で掴み取ったのだ。

 引き寄せ、もう一方の右手にも同じく鎖を掴み取らせる。

 そして、

 

「がああああああああああああああああっ!!」

 

 咆哮にも等しい叫び声が聞こえた、次の瞬間だった。

 魔人の体が、唐突に()()()

 

「――ッ!! 何ッ……だトッ……!!?」

 

 その原因を、魔人には信じられなかった。

 鎖を両手で掴んだ赤い竜人が、その膂力でもって鎖を伸ばし放った張本人たる魔人をハンマー投げでもするように振り回し始めたのだ。

 確かに体に電気を流す事で身体能力を向上させている事は既に予測がついていたが、それでも体内に溶けた重金属を蓄えた魔人の体重を鎖越しに振り回せるほどに強化されているとは思ってもいなかった。

 あるいは、魔人の方も両手で鎖を引こうとしていれば膂力の面で拮抗させる事は出来たかもしれないが、足が地から離れてしまった今となっては最早手遅れだ。

 渦でも描くような軌道で魔人の体を鎖越しに頭上で振り回すと、竜人はその勢いのまま鎖を振り下ろす。

 当然、魔人の体は地面に叩き付けられる。

 その衝撃は、落着した地点に広く亀裂が生じるほどだった。

 

「ぐ、ガァ……っ!!」

「……ぐっ、それだけ重いんだ。自分が与えた痛みぐらい、しっかり伝わっただろ」

 

 燃え続ける鎖を掴んだ事で火傷していると思わしき両手を放し、竜人はただ事実を告げる。

 辛うじて頭から落ちる事だけは避ける事が出来た魔人だったが、それでも自らの重さをそのまま攻撃力に転換したに等しい一撃を受けて、苦悶の声を漏らす事は避けられなかったらしい。

 実際、かなり堪えていた。

 皮肉にも、それは司弩蒼矢が赤い竜人に成る前の姿だった頃と殆ど真逆の形。

 屈辱だと感じ、魔人が更なる怒りを覚えるには十分な構図だった。

 

「仕返し、ノ……つもリかテメエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 体から噴き出ていた、あるいは漏れ出ていた青い炎の勢いが更に増す。

 人らしい肌色の部分も殆ど覆い隠され、炎の鎧は大気を焼き、生物が呼吸をする上で必要な酸素を奪う。

 酸素の損失は肉体的な構造が人間に近い魔人にとっても苦しさを覚える要因となるはずだが、怒りに身を焼く彼の意識はそちらの方にまで向かない。

 組織の目論見からも私情からも許し難い態度と行動を取った司弩蒼矢の希望を叩き潰す――そんな悪意が今の彼の燃料となっていた。

 

(馬鹿ニしやガって。イイ気にナりやがッて。潰しテやル。這イ蹲らセてヤる。くソ、何でこンな事にナってンだ。奴は明確に絶望しテたはズだッてのに。()調()すル切っ掛ケは作レていたハズだっタのニ。『魔王』の力ガ暴走しテ暴レたとカなラまだシも、俺ガあンな姿の力技で倒れサセらレるなンて。全テあノ女共の所為ダ。殺シてヤる。抗えナいようニした後、奴等の死体デ二度トそンな眼が出来ねェようニ心ヲ折ッてやル!!)

 

 思考は回る。

 今この状況で、司弩蒼矢の戦闘能力を奪うために最も有効で、尚且つ爽快感を得られる手段は何かと、彼の頭の中に根付いた悪意に基づいて行動が算出される。

 言葉の上では平静を装おうとしているが、現時点で竜人は最低でも両手と腹部の三箇所に火傷を受けており、それは今も尚鋭い痛みを発しさせ続けているはずだ。

 ここまで足掻くことが出来ている理由も、あくまで全身各部に存在する発電機能付きの外殻の鎧と、そこから流される電力の恩恵を受ける事で急加速的に能力を引き上げた脚力によるものだ。

 

(かと言ッて足ハ簡単にハ狙えねエ。鎖で叩いタり縛ッたリしよウとしてモ当たラナいなラ単なル隙にしカならン。……なラ、そモソも()()()()()()()()

 

 そこまで考えると、魔人は息を大きく吸い、

 

炎熱解鋼(ヘヴィーメタルファイアー)ァァァ!!」

 

 直後に魔人の口から放たれたのは、青色の炎のように見える何か。

 その正体は、体内に蓄えられた重金属を溶かした、ある種の溶岩にも等しいもの。

 デスメラモンという種族の代名詞たる必殺の攻撃方法。

 鋼鉄を容易に溶かす熱を伴ったそれを、魔人は自らの足元に向けて放っていた。

 灼け溶けた重金属は、さながらこぼれ落ちたジュースのような滑らかさで廃棄された建物の硬い床に広がっていく。

 

「――ッ!!?」

 

 それを見た赤い竜人は驚きの表情を浮かべると、すぐさま口から大量の水を吹き出し足の踏み場が奪われるのを阻止しようとする。

 だが、赤い竜人の放つ水の吐息(ブレス)は大量の水蒸気を発生させると共に重金属を液体から固体へと変じさせる事が出来ているものの、その行動によって青色の進攻を防ぐ事が出来るのは正面のみ。

 固まった金属の塊の左右からはその元の姿である青色の溶鉱が流れ、赤い竜人の陣地を確実に奪っていく。

 そして、魔人が青色の溶鉱を吐き出す事を止めた頃には、赤い竜人の足を付けられる場所が殆ど無くなっていた。

 左右に避け場は無く、逃げ場たる後方には建物の壁。 

 魔人の周囲には青い溶鉱が流れ込んでいて、下手に切り込もうとすれば足を火傷どころか炭化させかねない。

 最早魔人自身が手を下さずとも、肉を炙り尽くす環境そのものが赤い竜人の体力を確実に奪っていき、それを打破しようと力を振るえば魔人に対して隙を晒す事になる状況。

 実際問題、熱に晒されている赤い竜人は呼吸も荒く、苦しげな表情を浮かべていた。

 火傷の痛みもそうだが、熱に体力を奪われ続け、遂に疲れを自覚してきたのだろう。

 

(今度ハ油断しねェ。また鎖ヲ掴まレようガ、あンだけ疲労しテるなら膂力デ負けル要素も無い)

「終わリだ。そノ鎧のカラクリにハ驚いタが、どンなに速クなッても足場が無けレば意味ねェだロ?」

 

 後は飛び道具だけを警戒しつつ、鎖による攻撃で一方的に攻撃していけばいい。

 その事実に魔人は笑みを浮かべ、自らが放った青い溶鉱の上を歩き近寄っていく。

 自らの攻撃をしっかり命中させられるように。

 赤い竜人にはこれ以上、何も有効な手を打てない事を確信している故に。

 得意とする水や冷気を用いた技を用いても、魔人の火力の前には焼け石に水でしか無い。

 これまでの戦闘の内容からも、竜人は目で見て理解しているはずだ。

 不意打ちに等しい形で魔人に対して何度か攻撃を当てる事に成功こそしていたが、それでも水を用いた攻撃だけは大して通用していなかった事を。

 その結果を見れば、冷気を用いた攻撃がまず通用しない事も察しているに違いない。

 

「諦めロ。お前ニ味方すルもンはこれ以上誰モ、いヤ何もねェぞ?」

 

 司弩蒼矢は言葉で応じなかった。

 代わりに魔人に対して三度目の水の吐息を吹き掛けてくる。

 身体能力の強化の恩恵からか、水の勢い自体は強くなっているようだが、結局は魔人の青い炎の鎧に触れると同時に大量の水蒸気となって霧散するだけとなった。

 返す刃で魔人は炎を帯びた鎖を伸ばし、竜人の体を連続して打つ。

 竜人は稲妻の剣を用いて鎖の連撃を弾き、隙を見ては水の吐息(ブレス)を何度も放ち攻撃してくるが、結果は変わらない。

 やがて鎖の攻撃にも対応し切れなくなり、体から発せられていた青い電気も弱まり、遂には片膝を地に付け、息も絶え絶えな姿を晒していた。

 

「何ナら祈ッてみロよ。誰カが助けニ来てくレる事を。どウせまタ足手纏イだロうがナァ?」

 

 悦に浸った笑みと共に魔人は存分に嗤う。

 略奪者の、加害者の、悪党の愉悦がそこにあった。

 誰が見ても、最早勝敗など決まったと思える光景だった。

 なのに、

 

「……なら、本当に助けを求めてみるさ」

「――あン?」

 

 竜人は突如としておかしな事を口にした。

 その声に揺らぎは感じられない。

 まさかと思い、女達が逃げた建物の出口の方へ振り向いてみるが、誰の姿も見当たらない。

 ハッタリか、と結論付けて竜人の方へとすぐに振り返る。

 その時だった。

 

氷の吹き矢(アイスアロー)!!」

 

 不意打ち染みたタイミングで、竜人の口から技の名前が唱えられた。

 それは、竜人が今の姿に至る前の頃にも用いていた、口の中から冷気と共に氷の矢を放つ技だ。

 同系統の種族として、進化した後になっても使える事を元々予測は出来ていた。

 だが、水の息吹(ブレス)を放った時とは異なり、その狙いは魔人ではなく建物の天井に向けられていた。

 

(……何ダ、上……?)

 

 疑問を覚え、釣られるように魔人は上方に視線を動かす。

 そこで、彼は確かな異分子(イレギュラー)を目にした。

 

「……()、ダと……!?」

 

 廃棄された建物の、空など見えない天井(てんじょう)

 そこに、本来であれば空にしか見る事が無いはずの雲が形成されていた。

 

(馬鹿ナ……雲なンてこんナ場所ニ発生すルわけガねぇ。何だ、一体何ガ原因で……)

「驚くほどの事でもないだろ。雲なんて今時理科の実験でも作れるようなものだ」

 

 冷気を吐き出す事を止めた竜人が、疑問を生じさせた魔人に対して言葉を発する。

 

()自身物理学者じゃないから詳しくは知らないけど、雲っていうのは要するに大気中に固まって浮いた水滴や氷の粒の事。熱湯から出る湯気や氷から出てくる白い煙だって、ある種の雲と言ってもいいものだ」

「……まサ、か……」

「確かにこっちが放った水の攻撃は確かに水蒸気になって霧散した。けど、決してそれは『無くなった』わけじゃない。お前と言う焼け石に当たった後、あの天井に『溜まり』続けていたんだ。そして、お前は頼まれなくても勝手に熱気を作り、上昇気流を生み続けていた。その体だってそうだけど、何よりこの青い溶岩みたいなものがトドメになったよ。大量の水蒸気が上がった状態で、これだけの熱気。後は冷やすだけで条件は満たせる」

 

 そのために、竜人は冷気を上方に放っていた。

 確かに、魔人の言う通り、空に存在するほどに巨大なものは発生させられないが。

 広がる範囲を建物の天井に限定させれば、局所的と言えど『雲』を生み出す事は不可能ではない。

 そして、

 

「ある程度の大きさを伴った雲さえ浮かべば、()()()()

「……ッ!! テメェ!!」

 

 竜人の狙いに気付いた魔人が攻撃をしようとする。

 しかし、その前に竜人は口から再び冷気を雲に向け、素早く吹き掛ける。

 それが最後のピースとなった。

 魔人が鎖で竜人の体を打った時には手遅れだった。

 局所的に作られた雲に大量の細やかな氷の欠片が冷気と共に放り込まれ、雲の中の水滴を強制的に冷却させる。

 数多の水滴は瞬時に氷の欠片となり雲の中を落ちていくが、それ等は途中で全て魔人が生み出した溶鉱の熱気に溶かされ雨粒となり。

 結果として、これまで竜人が放ってきた水の攻撃と、大気中に存在していた水分全てが雨という形で降り注がれる事となる。

 自然現象としての雨に比べれば大した雨量にはならないが、それでもこの場に広がった青色の溶鉱を冷やし固めるには十分な量が降ることだろう。

 文字通り頭を冷やされた魔人が、声を漏らす。

 

「こレが、狙いダッたっテのカ……? 最初かラ、雲ヲ作るたメに水の攻撃ヲ……!?」

「……最初からではないさ。そもそもお前が辺り一面を青く燃やすまで、打開のためとはいえこんな回りくどいやり方はやろうとも考えなかった。ただ、闘っている内に作れる条件が勝手に揃ってくれていたから利用しただけだ」

 

 確かに、天井に浮かんだ『雲』を形成するための要素は戦闘の流れで自然と生じていったものだ。

 水の吐息(ブレス)から生じた蒸気と、魔人の体や溶鉱から吹き上がっていた上昇気流。

 あくまでも竜人はそこに冷気という最後のピースを放り込んだだけなのかもしれない。

 だが、足の踏み場を奪われた直後の攻撃に、電気による攻撃ではなく魔人に通用しないはずの水の吐息(ブレス)を選んでいた理由が、雨雲を作り出すための意図的なものであったのなら。

 この竜人は、ずっと早い段階で天井の水気に気付いていたという事になる。

 戦闘中、頭上に余所見をするような余裕を与えた覚えは無い。

 その目で見ることなく、大気中の水分を感知していたとでもいうのか?

 

「そンな、コんな……ゴ都合主義な事ガ……あッテ堪るカ!?」

 

 雨が降り注ぎ、場を支配していた熱気が薄れていく。

 大抵の水や氷を用いた攻撃を霧散させていた炎の力が、削ぎ落とされていく。

 どんなに協力な炎であろうと、大量の冷水の前にはその熱を殺されるのが定めだと言うように。

 焼け石に水という言葉にも、限度があると言うように。

 そして、一方で竜人は疲労し片膝をついていた様子から一変――まるで雨に活力を貰ったかのように立ち上がり、再びその身から青白い電光を迸らせる。

 静かに、告げる。

 

「……終わらせるぞ」

「もウ勝っタ気になッてンじゃねェ!! たかダか雨ヲ降らセた程度デいい気ニなりヤがッて!!」

 

 竜人の言葉を断ち切るように魔人は叫び、再び必殺の技を放つため呼吸をしようとする。

 しかし、その前に赤い竜人は魔人に向けて左手を翳し、次なる言葉を紡ぐ。

 

海を制する竜の威(メイルシュトローム)ッ!!」

 

 まるで呪文のような言葉が発せられた直後だった。

 建物の内部に降り注ぐ雨粒や、充満する蒸気――そういったこの場一帯の水気の全てが一つの水流と化すように渦を巻き、横向きの水の竜巻へと変じて魔人の体を一息に飲み込んだ。

 それは本来、水中戦でしか使えないはずの技だった。

 自らの意思でもって海流を操作し、荒波や渦潮を作り出す――メガシードラモンという種族が用いる事の出来るもう一つの技。

 ……そのカラクリを、あるいはかつて司弩蒼矢と闘ったお人好しの男であれば即座に看破出来たかもしれない。

 辺りに存在する全ての水――その性質を海水のそれへと一斉に変化させ、メガシードラモンの『海流』を操る技の条件を強制的に満たさせたのだと。

 

(馬鹿、な……ッ!!)

 

 水の竜巻に飲まれた魔人はまるで身動きが取れず、何とか地に足を着けて流れに抗おうと踏ん張るのが精一杯な状態になっていた。

 体から炎を吹き出し、竜巻を構成する水を霧散させようと試みるが、それも失敗する。

 一方で赤い竜人は水の竜巻の中へと自ら飛び込み、そのまま流れに身を任せ魔人に向かって突撃する。

 全身から雷光を輝かせ、稲妻の剣を正面に構え、さながら敵を貫く一本の矢と化す。

 最早、魔人には回避する事も防御する事も出来なかった。

 故に、これがこの闘いに決着を着ける一撃だった。

 竜人が叫び、魔人が意識を失う直前に聞いた、その必殺技の名は、

 

深闇貫く雷光の矢(スプライトアロー)ォォォッ!!!!!」

 

 稲妻が轟き、悲鳴すら掻き消えて。

 魔人の意識は、暗闇の中に沈没した。




……というわけで最新話でしたが、いかがだったでしょうか?

途中に段落を挟む間も無くぶっ通しで戦闘パートです!! いやまぁ実をいうと好夢が波音を抱えて逃げた辺りで切って別の視点を取り入れる案もあったのですが、せっかくの初陣。せっかくの覚醒直後の戦闘回。ここは流れを殺すことはせず、一つの戦闘を最後の最後まで描写し切ることにさせて頂きました。

縁芽苦朗視点の一対多の戦闘とは異なり、完全体同士の一騎打ち。メガシードラモンの力を宿した蒼矢くんの力を表に出していく関係で、今回の視点は悪党サイドにしました。押しては引いてを繰り返し、互いに打てる手を打ち尽くす……を意識して書いたのですが、結果としてせっかくのスピード感を殺してしまったかもしれません。特にEMSのくだりの辺り。評価が絶対分かれるやーつ。

話を見てくれた方にはわかる通り、蒼矢くん完全体仕様の戦闘能力はかなりオリジナルに寄らせてます。本来頭部にあったブレードは普通に武器として使い、発電装置は外殻の鎧が全身各部に存在するようになった事で新たな使い道が生まれ、シードラモンの頃に使えていた水冷系の技も完備……と。今回でこそ最後を除いて陸上戦闘だったのですが、これが水中戦になると更に性能が向上するので、普通に強キャラです。

……なので、対抗馬として視点を担わせたデスメラモンのデューマンも必然的に強キャラになりました。デューマンとしての『変換』の能力は大して活かされていないのですが、感情による火力のブーストなどもあって熱いわ硬いわで蒼矢くんにとってはマジで相手が悪い部類。ぶっちゃけ『雨雲を作る』という発想が浮かばなかったら足元潰された時点で殆ど詰んでましたからな!! 背後の壁をブチ抜いて逃げるしかねぇ!! 

さて、これでひとまず蒼矢くんサイドの戦闘は一段落なわけですが、まだ状況は終わってません。

逃げた好夢ちゃんや、縁芽苦朗と牙絡雑賀の話がまだ終わってませんし、そもそも磯月波音の問題だってまだ『解決』してませんからね。

次の視点が誰のものになるのか、時間は掛かるかと思われますが楽しみにしてくれると幸いです。

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