DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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七月十四日――『撒かれた種の芽吹く先』前編

 

 実のところ。

 牙絡雑賀と縁芽苦朗、そして彼等を襲う三体の電脳力者による激闘。

 それが繰り広げられていた事実は、離れた位置で別の敵――熊人形の怪物と交戦して辛うじて撃破した赤い竜人姿の司弩蒼矢と拳法着を着た兎の獣人姿の縁芽好夢も知覚していた。

 各々の話し声までは聞こえずとも、戦闘に伴った爆音や咆哮などはしっかり届いていたためだ。

 特に、兎の長い耳を有する縁芽好夢の耳には、聞こうと意識するまでも無く。

 

「……多分、戦いだよね。この音は……」

「…………」

 

 今更、自分の身の周りで起きている出来事が偶然であるなどとは考えられない。

 まず間違い無く、遠方で繰り広げられているであろう戦闘は自分の存在、あるいは磯月波音を利用して自分を無理やり連れ去った者達と関わりのある事だろうと蒼矢は思った。

 争っているという事は、少なくともそこには蒼矢を連れ去った連中の思惑を良しとしない者がいるのだろう。

 それはあるいは正義の味方と呼べる者なのかもしれないし、また別種の悪党の類かもしれない。

 願わくば前者であってほしいが、戦闘音だけでは何も判別する事が出来ない。

 ただでさえ知らない事が多すぎる今の彼等にとって、遠方で巻き起こっている戦闘の構図は知っておくべき事ではあるのだろう。

 だが、

 

「……悪いけど、今は波音さんを連れて逃げる事を優先しよう……」

「……うん……」

 

 今の彼等には優先事項がある。

 悪意ある者達に利用された挙句に蹴り捨てられた磯月波音を、急ぎ病院に運び出すことだ。

 何せ、時間的猶予が見えない。

 炎の魔人の人外の脚力によって放たれた蹴りが、ただの人間の肉体にどれほどのダメージを与えているのかどうか――医者でも何でも無い彼等には診断のしようが無い。

 素人目で見て解ることは、とにかく急を要する容態であることだけ。

 少なくとも、肋骨が折れて内臓が損傷している可能性は十分に考えられたが、それが命のタイムリミットをどれだけ削ぎ落としているのかどうかが解らない。

 であればこそ、他の事柄は切り捨てておくべきなのだ。

 たとえ景色の向こう側に大いなる真実が存在していようが、そんなものは後回しにしてしまった構わない。

 命を救える可能性を損なってまで得たいものなど、今の彼等には存在しないのだ。

 無論、司弩蒼矢の内に宿る怪物――リヴァイアモンもまた同意見だった。

 

『確かめようと覗き込んだ所でバレるかもしれねぇし、気配とか感知されたら接触は免れねえ。お前の方針が今回は正解だよ』

(……ありがとう。薄情なヤツだとか言わないでくれて)

『馬鹿、あんな今にも死にそうな奴を放っておく方がよっぽど薄情だろうが』

 

 結論は出た。

 蒼矢は軽く頷くとその視線を好夢の方へと移し、問うべきことを口にした。

 

「それで、波音さんは何処に? 安全な場所に隠したんだよね」

「……それなんだけど……その……」

 

 と、そこで奇妙な反応があった。

 磯月波音を安全な場所に隠していた縁芽好夢の方から、歯切れの悪い言葉が返ってきたのだ。

 

「? どうしたの?」

 

 疑問をそのまま口に出すと、こんな回答が返ってくる。 

 

「……あの人を隠した場所、あの戦闘音のする廃屋の辺りなんだよね……」

『「え?」』

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 二人の電脳力者の死によって、状況は決した。

 二人の電脳力者をその力でもって討ち滅ぼした魔獣と魔王を、たった一体の――特別力で勝っているわけでもない――電脳力者がどうこう出来るわけも無い。

 苦朗が投げ放ったミサイルの爆発を受け遠くへ吹っ飛ばされた『フェレスモン』の電脳力者は、女墜天使と機竜の末路を遅れて認識するや否や、表情を僅かに曇らせながら何処かへと飛んでいってしまった。

 縁芽苦朗に、追撃の意思は無い。

 それが、他に優先するべきことがあるからであることは、事情を知る者からすれば容易に察せられる。

 故に、女墜天使をその牙と炎でもって殺めた『ケルベロモン』の電脳力者――牙絡雑賀は、すぐさま『ベルフェモン』の電脳力者たる縁芽苦朗の近くに跳び込み視線を向けていた。

 縁芽苦朗もまた、横目に視線を返す。

 その赤い瞳には親しみの情など微塵も宿っていない。

 つい先ほどまで共闘していた間柄に生じるものとはとても思えない、重い空気が満ちる。

 先に口を開いたのは、意外にも苦朗の方だった。

 

「……だから、来てほしく無かったんだ」

「…………」

「解っていた事だ。お前は、お前のようなお人好しは、俺のする事を知ったら必ず足を引っ張りに来る。なまじ電脳力者としての力が目覚めてしまった所為で、物理的に追いつくための足さえ手に入れてしまったのだからな」

 

 彼にとっても雑賀にとっても、やるべき事はまだ終わっていない。

 それでも言葉を吐き出すのは、あるいはそれが必要な事だと感じたからかもしれない。

 だから、雑賀もまた苦朗の言葉に対して思ったことを口にした。

 

「来てほしくなかったのなら、あのトリ侍に伝言なんて頼まなければ良かった。あるいは、伝言させるにしたって、偽の情報でも伝えさせてしまえば、この件に関わらせない事だって出来た。それでも、嘘の無い情報を提示したのは……お前自身、そんな事をしたくないと思っていたからじゃないのか? 殺さずに済ませるための方法を、模索しようとしたからじゃないのか?」

「……いつもこうだ。『怠惰』を司る魔王としての性質か、あるいは呪いか……やるべき事は解っているのに、ついつい自分が楽になれる道筋を探ってしまう。それが致命的な『大罪』になると理解していても。……忌々しいものだ」

「……それは『怠惰』と呼ぶべきものじゃないだろう」

「結果が伴わなければ同じ事だ」

 

 もし、自分が縁芽苦朗と同じ立場だったらどうしただろうと雑賀は思う。

 特別恨みを抱いているわけでも無ければ悪人でも無いかもしれない赤の他人を殺さなければ、家族や友人といった大切な者たちを失ってしまうかもしれないという、命の天秤。

 そんなものを提示されて、一切の迷いなく選択することが出来るか。

 なまじ知識があるからこそ、現実に危機感を強く知覚出来る立ち位置にあったからこそ、恐怖は強かったはずだ。

 それでも、彼はほんの僅かでも迷ってくれた。

 司弩蒼矢という人間が、最悪の結末に至らないための道筋を、考えてくれた。

 

(……もしかしたら……)

 

 自分よりもずっと多くの知見を有する彼のことだ。

 あるいは、こうも考えていたのかもしれない。

 

 もし仮に、司弩蒼矢の心が悪の力に染め上げられてしまったとしても。

 リヴァイアモンの力が最悪の形で目覚めてしまったとしても。

 たった一度、されど明確に一人、戦って言葉を交わした人間であれば。

 その心に触れられる機会があった、人物の言葉であれば。

 殺すことなく済ませられる道筋を、描くことが出来る可能性があるかもしれないと。

 であれば、返すべき言葉はただ一つだった。

 

「俺も手伝う。アイツ……司弩蒼矢を助けるためならな」

「……助けないのならまた足を引っ張る、というわけだ」

 

 魔王の口から深いため息が漏れる。

 彼等は共に大きく消耗しており、争っていられる余裕も無い。

 故に、決断は早かった。

 

「……あぁくそ、解った。思っていた以上に強情なやつだな……」

「!! それじゃあ」

「ああ。可能性を見い出せる内は、俺もまた司弩蒼矢を殺さずに済ませられるよう努めよう。これ以上の面倒はコリゴリだからな」

 

 言うだけ言うと、苦朗は静かに目を閉じた。

 こんな時に精神統一でもしているのかと雑賀が疑問を覚えていると、苦朗の方から問いが投げ掛けられた。

 

「一応聞くが、お前は司弩蒼矢のニオイとか記憶しているか? 犬らしく」

「犬らしくは余計だ馬鹿。悪いが初対面の場所がプールだったし、嗅ぎ取れてなんていないぞ。ここまで来るのに辿ったのは病院で覚えたお前のニオイの方だ」

「そうなると、やはり勘に頼る事になるか」

「? というか、お前はそもそも蒼矢が連れ去られた場所を知ってて動いてたのか?」

「そんなもの知っていたら魔術で爆撃でもしている。俺は魔王として邪念……というかさっきの連中が発するような悪意の類に敏感なだけだ。少し集中すれば、クソ野郎共の位置は把握出来る。お前が解らないのなら、面倒だが俺が感知する他にあるまい」

 

 要するに、縁芽苦朗は『ベルフェモン』としての第六感に頼る事にしたらしい。

 人間としての常識で考えれば、非現実的な捜索手段だろう。

 だが、目の前に存在するのは不思議な力を用いる存在の筆頭とも言える存在――その最強格だ。

 デジモンという存在を知る身として、雑賀もそれは可能であると考えられた。

 故に、特に疑うことはせずに精神を集中させた様子の魔王を眺めていたが、

 

「――む?」

「見つかったのか?」

「逆だ。周囲の邪念が先ほどまでより薄すぎる。リヴァイアモンの力が覚醒してしまっていないにしても、先ほどの連中の仲間が潜んでいるはずだが……」

「……単にうまいこと邪念を消しているだけって可能性は? そういうものを感じ取れる奴が敵だって解っているのなら、そのぐらいはすると思うが……」

「その可能性は無いでも無いが……邪念というものは簡単に消せるものではない。ましてや『組織』のトップの電脳力者から力を与えられている場合、先の奴等のように場合によっては悪意を制御しきれていない可能性の方が高いはずだ。実際、つい少し前までは奴等以外の悪意を感じ取ることが出来ていたしな」

 

 言葉に疑問を覚え、牙絡雑賀もまた『ケルベロモン』としての嗅覚でもって悪意の類を嗅ぎ取ろうとした。

 だが、苦朗の言った通り――悪意や邪念の類と思わしきモノを感じ取ることは出来たが、先ほど戦った者達と比べずともそれは圧倒的に『薄い』と直感出来る程度のものだった。

 建物にこびり付いた染み付き、あるいは残滓とでも言うべきもの。

 確かに苦朗の言う通り、気付けば辺りから邪念の類は殆ど消えていた。

 

「奴等の仲間のものと思わしき邪念が薄れていて、リヴァイアモンの力が暴走している様子も無い。……となると……」

 

 その事実が何を意味するのか。

 なんとなく、雑賀には答えが解った気がして。

 釈然としない様子の苦朗に対し、雑賀はこんな言葉を切り出した。

 

「司弩蒼矢が自力で敵を倒して逃げたんじゃないか?」

「……いやいや、それは流石に無いだろう。お前が戦った……つまり昨日の夜中の時点では成熟期の力までしか使えていなかったんだろう? 先の奴等を基準に考えても、司弩蒼矢を洗脳なり何なりするために完全体相当のデジモンの力を扱う電脳力者が複数ついていたはずだ。お前のように土壇場で完全体デジモンの力に目覚めたと仮定しても厳しいぞ……?」

「でもお前曰く魔王の力を宿してるんだろ? 蒼矢のやつ。要するに滅茶苦茶強い力を秘めてる」

「……そりゃあそうだろうが……」

「ていうか、お前という優しい魔王がいる時点で……蒼矢もそうなる可能性があるわけだし……」

「とりあえずテメェこのクソ犬は現実の話をしような?」

 

 到底、苦朗には信じられない可能性だった。

 だが魔王としての第六感も回答を出し続けている――三体の電脳力者と戦う以前と比べて、邪念の類が半分以上かき消えている、と。

 この場に飛んで来るまでに掛かった時間、そして戦いの中で経過した時間、そして司弩蒼矢の心を自分達の都合に合う形に変貌させて『リヴァイアモン』の力を覚醒させるために『組織』が用いるであろう手段を加味すると、もうとっくの昔に辺り一帯に邪念の類が撒き散らされていて然るべきはずなのに。

 追っ手などが迫っているのであれば尚更だ。

 信じられないが、事実から考えても信じるしか無い。

 

「……しかし、だとしたら司弩蒼矢は何処に――」

 

 そこまでの言葉を吐き出した、その直後のことだった。

 ふと何処からか、獣の聴覚を震わす声があった。

 

 ――急いで急いで!! 戦いがあったのならいつ崩落してもおかしくないんだ!!

 

 ――解ってるわよ!! あーもう、よりにもよってこんな所で別の戦いが起きるとか……!!

 

 片方は、雑賀にとって聞き覚えのある声だった。

 もう片方は、苦朗にとって聞き間違いを信じたくなる声だった。

 ぎぎぎぎぎ、とゼンマイ仕掛けの玩具のようなぎこちなさで二人の首が動く。

 

「「………………」」

 

 恐る恐るといった様子で、彼等は屋上の端から自分達の立っているものとは向かいの方に見える別の廃墟――元は賃貸マンションの類だったらしく、一階の部分がコンビニになっている――の下層を見る。

 ちょうど、明らかに急いだ様子の拳法着装備の兎の獣人と、体の各部に黄土色の甲殻の鎧を纏った赤色の竜人がコンビニの中から出て来たところで。

 見れば、赤い竜人の両腕の中には見覚えの無い女の子がお姫様抱っこの形で担がれており、担がれている女の子に意識は無い様子だった。

 

 ――こっちこっち!! 街にさえ出れば迷いはしないわよ!!

 

 ――い、急ごう……!! 正直、もうかなりキツい……!!

 

 屋上の端から覗き見ている雑賀と苦朗の存在になど気付くことも無く、彼等は廃墟の立ち並ぶ悪党達の『隠れ家』から、見慣れた街並みの方に向かって駆け出していく。

 あまりの状況に、雑賀も苦朗も理解を得るのに七秒は掛かった。

 どうにか冷静に、事実をゆっくり飲み込んでいく。 

 

「……おい、あの子ってもしかしなくても……好夢ちゃんだったよな? 声が記憶通りならもう一人は司弩蒼矢で、明らかに協力して動いてるっぽかったが……」

「いや本当に待ってくれ。何でよりにもよってウチの好夢がこんな所に来てる? どういう経緯でヤツと一緒にいる? いつの間にかアイツら交友の関係にあったの? しかもあの姿は……」

 

 いつも落ち着いた様子を見せていた苦朗でも、流石に動揺を隠せないようだった。

 無理も無い、と雑賀は素直に思う。

 交友関係があるとはいえ、家族としての関係まで持っているわけではない自分さえ、驚きを隠せないのだ。

 義理とはいえ兄妹の関係を持ち、護ろうと必死になっている相手が、いつの間にかデジモンの力を使って事態の中心人物――それも、当初は殺すつもりだった相手――と協力して動いている事を知って、落ちついていられる事のほうが不自然だ。

 とはいえ、今は戸惑っていられる状況でも無い。

 動揺した様子の苦朗に対し、雑賀は確認のためにこんな問いを出した。

 

「……お目当ての野朗が見つかったわけだが、お前はどうする気なんだ? 前言撤回してでも殺す気はあるか?」

「……人質でも取られた気分だ。間違っても、アレを見て殺す気などもう起きんよ……」

「そうか。じゃあ、俺は行かせてもらうよ」

 

 言うだけ言うと、雑賀はその両手の獣口から炎を噴き出させ、駆け出していった二人の方に向かって飛んでいった。

 その背中を眺める縁芽苦朗に、言葉は無く。

 代わりに一つ深いため息が漏らすと、彼は姿を元の人間のそれに戻してズボンのポケットからスマートフォンを取り出していた。

 

 

 

 そして、牙絡雑賀は。

 

(多分、あの抱えてる女の子が病院の人が言っていた友達なんだよな。一緒にいたって事は確実に巻き込まれてああなったってワケだ……)

 

 目の前で駆けている赤い竜人――その、懸命に友達を助けようとする姿を見て。

 

(二人の焦りっぷりから考えても危険な状態である事は確実。急いで病院に送ってやらないといけないんだろう)

 

 拳法着を纏った兎の獣人――その、事情を知らずとも力を尽くしてくれた献身に感謝をして。

 

(……やっぱり、お前は優しい奴だったって事だな。司弩蒼矢……)

「おおーい!! お前達ー!!」

「「――っ!?」」

 

 久しぶりに会った旧友に対して発するような呼びかけをした直後、

 

 

 

「――だぁッ!!」

「――はぁっ!!」

「ぶぐへぇ!?」

 

 

 

 縁芽好夢が反射的に放った回し蹴り、そして赤い竜人と化している司弩蒼矢の長い尻尾の一撃が左右から顔面に直撃し、あえなく撃墜された。

 あんまりと言えばあんまりな反応だが、そもそもの話として彼女は電脳力者としての牙絡雑賀の姿を知らないし、司弩蒼矢もまた彼の『ケルベロモン』を原型とした姿を知らない。

 そして、彼女達から見ても『ケルベロモン』を原型とした雑賀の姿は、どちらかと言えば悪党面で。

 故に、総合的に見ればこの対応は当然なものだと言えて。

 彼女達が疑問を覚えたのは、ドグシャァッ!! と反射的に一撃を見舞った直後のことだった。

 

「――え? 待って、その声まさか……」

「……グ、グゥ。こ、好夢ちゃん。いくらなんでもその反応は酷すぎると思うんだ……俺だよ、雑賀だよ」

「ちょ、えぇー!? さ、雑賀にぃ!?」

「え? さ、サイガって、まさか……え? あの時の!?」

 

 え? と好夢と蒼矢は互いに顔を見合わせる。

 どちらの表情も「え? コイツと知り合いだったの?」と言外に語っていた。

 

「ごっ、ごごごごごごめん雑賀にぃ!! てっきり悪党の手先だと思って……」

「ぼ、僕も……全体的に黒いし怖いし……敵の追っ手かと……」

(え、初見であいつ等の仲間扱いされるぐらいに怖いの今の俺の姿!?)

 

 あまりにもあんまりな言い草に半泣きしそうになりながらも、ちょっと不細工になった犬面は両腕の獣口を支えに顔を上げる。

 今は互いの事情説明などしている場合ではないのだ。

 

「……は、話は後だ。その子、病院に運ばないといけないんだろ? だったら俺に乗れ。二人とも、見た感じもう走るだけでもキツいみたいだしな」

「いや雑賀にぃも雑賀にぃで明らかに疲れてるみたいだけど……」

「そうだよ。というか、両手も塞がってて僕と同じぐらいの体格なのにどうやって……」

「こうする」

 

 言葉の直後だった。

 成り行きで四つん這いの姿勢になっていた牙絡雑賀の姿に、更なる変化が生じる。

 ガゴン!! と機械の駆動するそれにも似た音と共に両腕の先端にあった獣口が開き、まるで服の袖を捲くるかのように雑賀の両肩に向かってその位置を移す。

 そうして露となった両手は、五指に鋭利な鉤爪を生やした『前足』とも呼べるものに変わっていた。

 見れば、両脚の関節はそれまでより四足歩行に適した形に近付き、体格が少し大柄になって尻尾も伸びている。

 人狼とでも呼ぶべきだったその姿は、よりその姿の基となった魔獣の名に相応しいカタチに寄ったものに成っていた――人間を二人ほど乗せて駆ける程度は可能かもしれないと思える程度には。

 驚いた様子の二人を横目に、

 

(……まさかとは思ったが……我ながら便利な体になったもんだな)

 

 自分自身驚きながらも、雑賀は急かすように言葉を紡ぐ。

 

「好夢ちゃんはともかく、お前は義肢に頼ってる身だろ。デジモンの力を使って誤魔化しているみたいだが、実はもう限界が近いんじゃないか」

「……それは……」

「議論してる時間も惜しい。適材適所ってやつだよ。どちらにしたって俺はお前達についていく気だからな」

「……解りました。お願いします」

 

 司弩蒼矢は渋々とそう回答すると、磯月波音を担いだまま魔獣の背に跨っていく。

 乗馬などの経験を持たない蒼矢としては特別良いとは言えない乗り心地だったが、それはそれとして磯月波音の体を左腕で抱えたまま彼は体重を前に倒し、右手で魔獣の両肩にある内の右の獣頭を掴みバランスを取る。

 準備が整ったと認識した雑賀が四肢に力を込め、駆け出そうとした直前、縁芽好夢はこんな事を聞いていた。

 

「ねぇ、ちなみに私は?」

「定員オーバーだ。好夢ちゃんがもう少し軽そうなら頑張れるんだが」

「雑賀にぃ。事態が事態だから了承するけど流石に怒るよ」

 

 言うだけ言って、赤き竜人と重傷の少女を背負った魔獣と拳法着を身に纏った兎の獣人が向かうべき場所へと向かう。

 いつかに壊れて荒れた街並み、廃墟だらけの悪党どもの『隠れ家』を駆け抜け、彼等は揃って人の気を感じられる世界へと帰還する。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 結果から言って。

 牙絡雑賀、縁芽好夢、そして磯月波音を抱えた司弩蒼矢――彼等は何事も無く病院へと到着した。

 人目のつかない場所で各々は元の人間の姿に戻り、磯月波音を連れて入り口の自動ドアを過ぎると、彼等の姿を見た病院の看護師達は迅速に動いてくれた。

 いっそ、事前に誰かが連絡を取っておいてくれたのだと言われた方が納得出来る手早さで、全員それぞれ異なる医者の下で診察を受ける事になり、応急措置も行われた。

 戦いの傷を体に残した雑賀と好夢、そして意外にも蒼矢は奇跡的にも応急処置で事足りる程度の怪我だったが、磯月波音の怪我は比べ物にならないほど酷かった。

 折れた骨が肺を傷付けかねない危険な状態にあり、他の三人とは異なり即刻の手術を余儀なくされていた。

 故に、現在彼等は磯月波音の手術室――その手前側に設置されている簡易ソファの上に腰掛け、手術の終わりを待っていた。

 

「…………」「…………」「…………」

 

 重々しい空気だけが、空間に満ちる。

 磯月波音の怪我の度合いを詳しくは知らなかった雑賀は当然のこと、他の二人もまた――目的地に辿り着いていながら、まったく安心なんて出来なかった。

 特に蒼矢は気が気ではなかった。

 今にも泣き出しそうな顔を隠すように俯き、祈るように合わせた両手を力いっぱい握り締めている始末だ。

 どんな言葉を投げ掛けてやればいいのか、雑賀にも好夢にも検討がつかず、しばし沈黙の時間が続く。

 最初に言葉を発したのは、意外にも蒼矢の方だった。

 

「牙絡、雑賀さん」

「……何だ」

「あの子を運ぶのを手伝ってくれて、ありがとうございます。あなたの言う通り、あの時点で僕の体……特に足は殆ど限界だった。多分、ここまで走り続けることなんて出来なくて、その……ウサギの子に運んでもらうしかなくなっていた……」

「……気にするな。一番頑張ってたのは、お前と好夢ちゃんだろう。俺はただ偶然、一番オイシイ所を持って行っちまっただけなんだ」

「……あなただって、頑張ってたんでしょう。戦いの音は僕達にも聞こえていた。……波音さんを利用して僕を連れ去った、あいつ等の仲間と戦っていたのは、あなただったはずだ」

「…………」

 

 気付かれている、その事実に雑賀は軽口一つ返せなかった。

 気まずくなって視線を泳がせると、縁芽好夢がこちらに視線を向けている事に気付く。

 その表情は、暗にこう語っていた。

 

 ――あんなタイミングで現れておいて、バレないとでも思ってたの?

 

(……とはいえ、あそこで介入しない選択は無かったよな……)

 

 彼女達がどこまで雑賀の行動に気付いているのか、そこまでは解らない。

 だが、返答次第では逆に怪しまれることは確実だと言えた。

 一度デジモンの力を行使して対峙した司弩蒼矢だけならまだしも、縁芽好夢は雑賀自身が過去に明確な嘘の言葉を吐いた相手であり、吐いた言葉の嘘もこうして行動に出た事で露呈してしまっているのだから。

 下手に嘘を吐けば、逆に怪しまれてしまうことは容易に想像がつく。

 牙絡雑賀は彼女の義理の兄である縁芽苦朗から『警告』を受けている身であり、今となっては『警告』が無くとも心情的には彼女に苦朗の事情を知ってほしくないと思っている。

 だからこそ、どう答えるべきか悩んだ。

 が、そんな雑賀の気持ちを知ってか知らずか、蒼矢はこんな事を聞いてきた。

 

「どうして、僕なんかを助けようとしたんですか?」

「? どうしてって……」

「何も、今回だけじゃない。あなたはプールで初めて会った時だって、加害者だった僕を『助ける』ために戦っていた。関わりなんて一度も無くて、そんな気持ちが浮かび上がる切っ掛けなんて殆ど無くて……そっれなのに、あなたは力を尽くしてくれた。一度ならず、二度までも」

「それについては既に答えたはずなんだがな。お前が『人間』だからだって。自分自身の言葉を『嘘』にはしたくなかったからだって」

「……正直に言うと、今でも信じられないんです。お金を貰えるからとか人を傷付ける悪者を許せないからとか、今となっては僕を連れ去った奴等と同じように僕の中の『リヴァイアモン』の事を狙っていたからとか……そういうことが理由ならまだ納得が出来た。けど、きっとその全部が間違いだった。あなたは本当に、助ける事だけを目的に戦っていた」

「…………」

「あなたの事を、僕は何も知らない。だから改めて聞くんです。あなたは――」

 

「――あなたはどうして、顔も声も知らない誰かを助けるために戦おうと、そう思えたんですか?」

 

「……友達が、いたんだ」

「!!」

「気のいいやつでさ、趣味も合ってて、よく絡んで……一緒に何度も馬鹿をやった」

「……雑賀にぃ……」

「……そいつが、少し前にいなくなった。何処の誰がやらかしたのかも解らない、ただ自分の知ってる世界から『消失』したって事実だけが遅れて伝えられる、そんな『事件』に巻き込まれて」

 

 一度言葉にしてしまったら、もう止まらない。

 次々と、言葉に乗せて生の感情が漏れ出てくる。

 

「……助けたかった。取り戻したかった。そう思って行動した。だけど、何にもならなかった。的外れな推理を打ち立てて、全く関係の無い場所を駆け回って……結局、俺はアイツを見捨てたわけじゃないんだって、自分に言い聞かせようとしていただけなんだって思い知った。訳知りなヤツから突然呼び出されて話を聞くまで、俺は何一つ……アイツを助けるための行動なんて出来てはいなかった」

「…………」

「なりたかったんだ。どんな方法を用いてでも、どんなに危険な道を進むことになるのだとしても……つもりじゃなくて本当の意味で、誰かを助けることが出来る自分ってやつに。だから俺はあの時……お前一人助けられないようじゃ、アイツを助けられる自分になることなんて出来ないって、そう思ったんだ」

「……それが、あなたの本当の理由ですか」

「本当の、というのは語弊があるな。それが一番最初の理由だっただけだ」

 

 行動の始点。

 人ならざる力を受け入れるようになった切っ掛け。

 決して綺麗なものばかりではない本音。

 

(……誰かを助けることが出来る自分、か……)

 

 その返答は、司弩蒼矢にとってあまりにも眩しいものだった。

 本音で理由を答えてくれた以上、自分もまた理由を答えるべきだと――解っていながらも躊躇してしまう程度には。

 怖くなったのだ。

 だって、大切な友達を救うためという理由に対して――自分の最初の理由は、あまりにも自己中心的でどうしようもなくて、軽蔑されたっておかしくないものだったから。

 軽蔑される事が怖くなる相手が出来るなんて、今まで考えもしなくて。

 少しの間、蒼矢は沈黙していた。

 そうしてやがて、彼は自分の意思で口を開いた。

 あるいは、本音を打ち明けられる程度には牙絡雑賀と縁芽好夢のことを信じられるようになったのか。

 

「……僕は、あなたほど立派な事は考えられなかった」

「…………」

「僕はただ、認められたかった。父さんや母さんに、褒めてもらいたかった。そのために苦手な勉強も頑張って、満点とまではいかなかったけどそれなりに高い点数を貰えもしてた。……だけど、いつからか誰も僕の頑張りに見向きしなくなった。学年を重ねるごとに反応は薄くなって……代わりに弟に対する褒め言葉ばかりが多くなって……」

 

 蒼矢自身、醜い告白だと思った。

 今更自分のやってきた事が帳消しになるわけでも無いのに、わざわざ言葉にする意味があるのかとも。

 だけど、彼もまた雑賀と同じく、と紡ぐ口を止められなかった。

 

「……頑張りが足りないんだって、もっと優秀に出来ないといけないんだって思った。だけど、それまで以上に勉強を頑張っても、大して成績は伸びなかった。母さんと父さんの反応も変わらなかった。だから、どうにか得意分野だった水泳だけでもすごいと言われるような結果を残そうって、そう思っていた。だけど……」

「そんな時に、交通事故の一件があったわけか」

「……結果として失ったものを、許容する覚悟が無かった。手足を一本ずつ失って、水泳なんてまず出来なくなって……その事実を受け入れられなかった。あの選択は、他の誰でもない僕自身のものであったはずなのに……もう二度と母さんや父さんの期待に応えることは出来ないんだって、もう僕を気にかけてくれはしないんだって、絶望してしまった」

 

 そんな時に、彼は怪物の導きに従ってしまった。

 フレースヴェルグと名乗る男の言う方法を、結果として実行してしまった。

 文字通り、怪物と化して。

 

「デジモンの力のことを教えられて、それを使えば失ったものを取り戻せるかもしれないと言われて……その時の僕には躊躇っていられるだけの余裕が無かった。どんな手を使ってでも、どんな力に頼ってでも元の自分を取り戻すって、それ以外のことは考えられなかった。……実際はこうして、元通りとまではいかずとも補うための方法があったのに」

「……義手と義足、か。両方付けてるやつを実際に見るのは初めてだな」

「……あのプールで止められて、最初はもう終わりなんだなと思いました。だけど違った。僕を大切にしてくれる人は、確かにいた。僕自身がそれに気付こうとしなかっただけで、答えを知る事を恐れてしまっていただけで……たったそれだけの事で、許されない事をしてしまったんだって思い知った」

 

 人間は、いったいどういった瞬間に怪物になってしまうのだろうと雑賀は考える。

 得体の知れない力で姿形も変わってしまった時か、それとも理性や知性を失って獣のように振舞うようになった時か。

 どちらも、生物学的には人間ではなくなったと言って差し支えの無い回答ではあるのかもしれない。

 だが、少なくとも今の牙絡雑賀は――誰かを頼ろうと考える事すら出来ず、誰も助けてくれないと思い込んで、心が一人ぼっちになってしまった時にこそ人間は怪物になってしまうのだと、そう感じた。

 

「……ずっと、僕は僕自身のことしか考えられなかった。何度もお見舞いに来てくれた家族の優しさにも、すぐ近くで僕の事を大切にしてくれていた波音さんの苦しみにも、気付こうとさえしなかった。もっと早く気付いていたら、何かは変わっていたかもしれないのに」

 

 実際、今の司弩蒼矢のことを雑賀も好夢も怪物だとは思わなかった。

 完全体デジモン『メガシードラモン』を原型とした赤い竜人の姿を見た時から、その印象に変わりはなかった。

 今の彼は間違い無く、誰かを助けるために戦える『人間』なのだと。

 

「……僕のせいで、学校の生徒も……磯月波音さんも……」

「それは違う」

 

 だから、その言葉だけは紡がせまいと雑賀は声を上げた。

 突然の言葉に疑問の表情を浮かべる蒼矢に構わず、彼は言葉を叩き付ける。

 

「水ノ龍高校で生徒が襲われた事件は、確かにニュースでも取り上げられていた。お前自身が行動を……あの学校に向かった事を自覚している以上、お前があの事件に関わっていたことは確かだろうよ。だけどな、俺には生徒を傷付けたのがお前だとは思えないんだよ」

「……何を根拠に……」

「生徒達の怪我の内容だよ。お前が仮に、プールで会った時の姿で行動に出ていたのなら、使っていたのは『シードラモン』の力だったはずだ。だが、生徒達の怪我は切り傷でしかなかったんだ、明らかに、あの時の姿のお前が出来る傷付け方じゃない。ついでに言えば『シードラモン』に切り傷を作れるような攻撃手段はそうそう無い。凍傷か嚙み痕、あるいは絞めつけの痕。お前がやったんだとしたら、最低でもそういった痕跡が無ければおかしいんだ」

 

 言われて、蒼矢は戸惑っていた。

 フレースヴェルグから教えられた事実、そこから薄っすらと思い出した光景から、自分の通っている学校の生徒達が傷付けられ怯えていた件は、デジモンの力を本能に引っ張られるような形で行使していた自分の行動によるものだと思い込んでいた。

 思い込んで、正確な情報に触れる機会も余裕も無かったために、具体的にどのような怪我をさせられたのかまでは知らなかったのだ。

 雑賀の言葉に、蒼矢の頭の中から声が響く。

 あるいは、当時から蒼矢と見識を同じくしていたかもしれない魔王の声が。

 

『――確かに、考えてみればおかしいな。アイスアローをブッ放したわけでも、牙を剥いて噛み付いたわけでも、尾で絞めつけたわけでも無いってなると……俺にも見当がつかん。ソーヤ、プールサイドってトコには切り傷が出来そうなものって置かれてるのか?』

(そんなものは無いよ。転んで擦り傷が出来るか出来ないかってぐらい。鋭く尖ったりしてるような所も……多分無かったはず)

『……俺もその時は自我も何もかも色々曖昧だったからな……むしろその影響でお前も理性とか失ってたののかもしれねぇが、結果として俺は記憶なんてロクに出来てなかったし、だからこそお前の見解についても疑問は無かった。だが、こうなると……確かにツジツマが合わねえな。本当に切り傷だけだってんなら、少なくとも使われたのは刃物か……あるいは爪とかであるはずだ』

 

 原因が他にある。

 生徒を傷付けたのは、別の誰かである可能性がある。

 だが、記憶が曖昧な今はその誰かの姿さえ思い浮かべることが出来ない。

 発言者である雑賀もまた、当事者でない以上は見覚え一つ無い。

 だが――加害者が自分ではない可能性、という情報に少なからず安心は得たのか、二人の会話を静観していた好夢には蒼矢の表情から僅かにだが陰りが消えたように見えた。

 言葉を挟むなら今だ、と意を決して彼女もまた口を開く。

 

「それに、波音さんがあんな事になったのはあなたのせいじゃないでしょ。悪いのは全部、あの人の事を利用した挙句に暴力までしでかしたクソ野郎たち。あなたが言葉や暴力であの人を傷付けたわけでもなし、その事で自分のせいなんて言うのは筋違いよ。そんな事、波音さんだって思ってほしいわけがないじゃん」

「…………」

「戦って、護って、運んで……出来る事は全部やったの。後はお医者さんと……生きて済むという幸運を信じるしかない。だから……自分を責めるなんて馬鹿なことはやめてよ。みんな頑張って、やっとここまで来たんだから……」

「!!」

 

 好夢の言葉に、蒼矢は目を見開いた。

 彼女の言う通りだと、確かにそう感じたからだ。

 今この場にいる誰もが、皆で助かり助けるために頑張った。

 誰か一人でも欠けていたら、そもそも磯月波音を病院に運ぶ事も何も出来なかった。

 にも関わらず自分のせいだ、などと――それは他の二人の努力を無駄だったと嘲るのに等しい言葉だ。

 

「……ごめん」

「解ればいいの」

 

 それっきり、蒼矢からは一言も無かった。

 好夢も、雑賀に対して問いたい事がたくさんありはしたが――何を思ったのか、それを口にはしなかった。

 そして雑賀もまた、これ以上の言葉は無いとでも言うように口を閉ざしていた。

 

 そうして、短くはない時間が過ぎて、

 手術中であることを示す、手術室入り口上部のランプから光が消えた。

 扉が開き、手術室の中から磯月波音を乗せた手術台が複数の医者と看護師の手で運び出され、その中に雑賀と蒼矢にとって見覚えのある老人の医者の姿が見えた。

 ほぼ反射的に手術台の上の磯月波音の様子を覗きこもうとする蒼矢を老人は片手で制すと、何処か朗らかに笑って――手術の結果をこう告げた。

 

 

 

「――もう、大丈夫じゃよ」

 

 

 

 その言葉が示す意味を、ゆっくり噛み締めて。

 緊張の糸が解けた司弩蒼矢は、その場にくず折れていた。

 その表情から痛みの色は抜け、代わりに喜びの色を浮かばせて。

 抑え込んでいたものを吐き出すように、彼は泣き出した。

 本当に、嬉しそうに嬉しそうに――泣いていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 磯月波音の手術が終わって、一時間ほどが経過して。

 少しずつ青空がオレンジ色に焼け始めた頃、司弩蒼矢はようやくの休息に安心を覚えていた。

 

(……本当に、良かった……)

 

 磯月波音の容態は、もう安定した。

 手術を監督していたらしい老人曰く、本当に奇跡的な状態であったらしい。

 骨の折れ方が少しでも違えば、病院に運び出すのがもう少し遅れていたら……肺以外にも内臓のいくつかが深く傷付いて、まず助からなかったと。

 当然、命の危機が去ったとは言っても、三人と同じようにすぐ外を出歩ける状態にはならない。

 最低でも折れた骨が治るまでは医者の許可なく動くことは許されないし、意識が戻るまでは見舞いだって出来やしない。

 とはいえ、どうあれ命が繋がったことに変わりはなく。

 色々安心した司弩蒼矢は今、自分の病室に戻って来ていた。

 

(……リヴァイアモン)

『何だ』

(ありがとう。波音さんを助けるために、一緒に戦ってくれて)

『よせやい。こうなったのはお前自身の頑張りの成果でもあるだろ』

(それもそうだけど、だよ)

『……ったく……』

 

 デジモンの力を使って炎を操る怪物をぶっ倒したり、廃墟だらけの場所を駆け回ったりしていようが、現実には彼もまだ入院患者の一人でしかないのだ。

 退院するその時まで、人間としての彼の居場所はまだ此処であり。

 故にこそ、彼は病室のベッドの上に座り込んでいる。

 デジモンの力を行使して戦ったその影響か、あるいは病院に戻って来てからメンテナンスを受けたお陰か、義手と義足の扱いに関しては生活に支障が出るものではなくなっていた。

 満足に動ける状態であることを提示出来れば、そう遠くない未来に退院出来るはずだ。

 そうなったら今度は、蒼矢の方がお見舞いをする側になる。

 満足に退院出来るその時まで毎日――傷付いた磯月波音の心に寄り添う事を、彼は既に決意している。

 

(ところで、あの時は状況が状況だから聞けなかったんだけどさ。リヴァイアモンの言う『デジタルワールド』ってどういう世界なの?)

『ん? んー、どういう世界かって聞かれてもな……俺って殆ど海の底の底で引き篭ってたからそこまで地上のことに詳しくはないっつーか……知ってる事にしたって嫌な事ばかりというか……』

(それでもいいよ。これからの事を考えても、出来る限りのことは知っておいた方がいいみたいだし)

『……まぁ、誰でも知ってる常識レベルの話なら、いいか……』

 

 もう戦いの場にいるわけではない、という状況も手助けにはなっているのだろう。

 自分を狙う『組織』の追撃がいつ来るかどうか、警戒心こそ忘れずにいるが、今の彼は自らの内に宿る存在と気軽に会話していられる程度には落ち着きを取り戻せていた。

 これから先、デジモンの力を使う限り付き合っていく事になる相手――リヴァイアモン。

 当人曰く、過去には『悪魔獣』だの『七大魔王』だのと呼ばれていたようだが、蒼矢からすればこの自分の中に宿っているデカいワニのような何かがそんな存在だとは考えにくかった。

 

(悪魔っぽくも魔王っぽくも無いし)

『それ褒めてんのか貶してんのかどっちだよ』

 

 それに、仮に彼が悪性を秘めていたとしても、それと向き合う事はその力を宿している自分のやるべき事でもある。

 お互いに、お互いの事をよく知らない間柄ではあるけれど、それだけは既に心に決めていた。

 そんな風に考えていると、ふとして蒼矢の病室のドアが開き、部屋の中に牙絡雑賀と縁芽好夢が入って来た――いくつかのレジ袋を手に。

 

「……えぇと、雑賀さん。これは?」

「差し入れに決まってるだろ。どうあれこういう疲れた時には美味いもんとか食べて気持ちを切り替えるのが大事なんだ。ちょっとコンビニまで飛ばして買ってきた。話しがてら一緒に食おうぜ」

「しそ味のサイダーとあずき味のコーヒーとしょうが味のコーラと、それの付け合わせでサイドメニューのチキンとかポテトとか肉まんとか、色々買ってるよー。蒼矢さんは何がいい?」

「すいません何で飲み物が全部ゲテモノ仕様なんですか???」

 

 言いながら、総じて味に期待が持てないラインナップの中から蒼矢はコーラとチキンを受け取り、次いで雑賀はサイダーと肉まんを、そして好夢はコーヒーとポテトを手に取り、看護師や見舞い客が座るために用意された簡素な椅子に二人はそれぞれ腰掛けていく。

 最初に口を開いたのは雑賀だった。

 

「まずは一つ聞いておきたいんだが、具合はどうだ?」

「もう大丈夫です。完全に元通り、とはいきませんが……生活する分には問題無いかなと」

「じゃあ次の質問に移るが、デジモンの力についてどのぐらい理解してるんだ? お前の中に宿ってるデジモンが何なのか、知っているのか?」

「デジモン……って存在のことはまだよく解ってませんけど、僕の中にいるやつなら自分で『リヴァイアモン』って名乗ってましたよ。知ってるんですか?」

「とてつもなく有名なデジモンだよ。七大魔王って枠組みに位置するデジモンの一体で、七つの大罪の内の『嫉妬』を司る存在だ。全てのデジモンの中で一番と言っていいぐらいにデカくて、現実なら多分東京まるまる一個分ぐらいは大きいと思う」

「……東京一個分……」

「雑賀にぃ、いくら何でもそれは盛りすぎじゃない? 東京と同じ大きさの生き物って、食べ物とかどうするのさ」

「そんな事を俺に言われてもなぁ……」

 

 東京一つ分の大きさ、という告げられた情報に現実味が無さすぎて、とりあえずの感覚で蒼矢は己の内の当人に聞くことにした。

 

(……リヴァイアモン、そんなに大きいの?)

『まぁ、そうだな。島一個分ぐらいはフツーに越すな。自分で言うのも何だが』

(……もしかして、引き篭ってるから肥ったとか……)

『ソーヤ君、テメェ一言多いとか言われた事無い?』

 

「……あ、本人にも聞いたけど本当みたいだよ好夢ちゃん」

「えぇ……マジなの……? 正直信じられない……」

 

 何やら不機嫌そうな声色が返ってきたような気がしたが、聞き流して蒼矢は好夢に回答する。

 蒼矢自身、己の内の『リヴァイアモン』に質問している事についても、それを口に出していることについても、特に疑問は無かった。

 が、そんな蒼矢の言葉に雑賀は目を丸くしていて、直後に驚いた様子で問いを出してくる。

 

「……ちょっと待て。お前、今何て言った? 本人? 名乗った? え?」

「? はい、夢の中で赤いワニみたいな生き物が『リヴァイアモン』って名乗ってたんですよ。で、今の雑賀さんが言ってたことについても直接聞いてみて……」

「話せている、のか? 自分の中に宿っている、デジモンと……?」

「……? はい、そうですけど。これってデジモンを宿している人の共通の事ではないんですか?」

「少なくとも俺は話したことなんて無いぞ……え、まさかだがお前、こうしている間にも話とか出来てるのか? イマジナリーフレンドとかそういうのじゃなくて!?」

「は、はい。一応、意識とか交代することもしたことがありますよ。ヤツ等と戦ってた時の事ですけど……」

 

 蒼矢の言葉に驚きを隠せない様子の雑賀を見て、好夢もまた自らの心当たりを口にする。

 

「……自分の中の別の誰かって話なら、わたしにも覚えがあるよ。兎の耳みたいなの生やした天使みたいな……よく見えなかったし名乗ったりもしてくれなかったけど、あの天使さんもすごいデジモンだったのかな。なんかピカピカした力をくれたし」

「――あぁ、うん。多分『リヴァイアモン』と同じぐらいビッグネームだと思う……」

 

 明らかに動揺した様子の雑賀に、好夢の目が僅かに細くなる。

 だが、彼女の眼差しを無視して雑賀はその視線を改めて蒼矢に向け、こんなことを言い出した。

 

「……蒼矢、お前さえ良ければの話にはなるんだが……『リヴァイアモン』と直接話をさせてもらえないか? いろいろと聞きたい事が色々あるんだ」

「……ちょっと待ってください」

 

 雑賀の申し出に、蒼矢はすぐさま己の内の存在へ言葉を飛ばした。

 

(頼んで大丈夫?)

『別に構わないが……あ、食い物ちょっと貰ってもいいか?』

(別にいいよ)

 

「大丈夫みたいです」

「そうか。じゃあ頼むよ」

 

 僅かに疑問を含むような声色だが、リヴァイアモンは雑賀との対話を了承したらしい。

 静かに目を閉じ、自らを深い海の底に沈み込ませるイメージを思い抱く。

 すると体の感覚が曖昧になり、蒼矢の意識の代わりにリヴァイアモンの精神が意識の表層へと浮上する。

 瞼が開かれた時、その瞳は黄色く獰猛な獣の色を宿していた。

 右手をチキンの袋に伸ばしつつ、司弩蒼矢という人間の声帯を介してリヴァイアモンが牙絡雑賀に対して問いを返す。

 

「――俺に何が聞きたいんだ?」

「『デジタルワールド』の事。具体的に言えばその地獄とでも呼ぶべき『ダークエリア』の事についてだ」

 

 ダークエリア。

 戦闘で死亡したデジモンのデータの行き着く先だとされている、デジモン達にとっての『あの世』とでも言うべき名前。

 そこは現実の、ホビーミックスの形で語られた『設定』の中においても、リヴァイアモンを含めた『七大魔王』の住まう場所とも語られる領域のことである。

 蒼矢の体を借りたリヴァイアモンには、それを自らに問う理由も察しがついていた。

 ずばり、

 

「……なるほど、要は『七大魔王』である俺なら詳しい話を知ってると踏んだわけだ」

「話が早くて助かるよ。インターネット上に掲載されてるような『設定』が、本当のことを指してるのか俺には解らないからな」

「だが、何故よりにもよって『ダークエリア』の事が知りたいんだ? 死んだ後の心配でもしているのか」

「そういうわけじゃない」

 

 死んだデジモンのデータの行き先、それに関わる情報の提供。

 それを求める理由を、雑賀はサイダーの味に首を傾げつつこう語っていた。

 

「俺の友達……紅炎勇輝を攫ったヤツと繋がりと持ってるらしい女が言ってたんだ。勇輝は今、ギルモンになって『デジタルワールド』にいるって。勇輝を助けるためには、まず大前提としてこっちの方から『デジタルワールド』への通り道を作る必要がある。それも、ちゃんと行きと帰りが出来る通り道を」

「……まぁ、それが道理ではあるな。それで?」

「さっきの姿を見てくれたら解るように、俺は今『ケルベロモン』としての能力を使えるようになってる。それを使えば、とりあえず『ダークエリア』に向かう事は出来る……と思ってるんだが……」

「……人間の世界でその力を使って、ちゃんと『ダークエリア』に向かう事が出来るのかって事か」

 

 今回の一件において雑賀が結果として手にしたケルベロモンという種族には、他のデジモンには無い特殊な能力が備わっている。

 即ち、現世と地獄――デジタルワールドとダークエリアを繋ぐ『門』を作り出す能力だ。

 まだ一度も試してこそいないが、もしもそれを使う事で現実世界からダークエリアに移動することが出来るのであれば、ケルベロモンの能力は雑賀にとってとても大きな意味を持つ。

 魔王は少しだけ考え込むような素振りを見せると、直後に回答する。

 

「実例に乏しい話だから憶測になるが、まず『ダークエリア』に向かう事自体は可能なはずだ。現世だの地獄だの、こっちの世界における言い方がどうあれ『ケルベロモン』ってデジモンが紐付けられているのはあくまでも『ダークエリア』でしか無い。それ以外の異世界と繋がる『門』を作れる可能性はまず無いと見ていいだろう」

「……『デジタルワールド』と『ダークエリア』は繋がってるんだよな? どうにかして『ダークエリア』から『デジタルワールド』に行く事は出来るか?」

「可能ではある。力をもった魔王型デジモンとかがむしろ頻繁に行き来して厄介事を撒き散らしてるわけだしな」

 

 その見解については、雑賀も映像作品として世に広まっている『アニメ』を介して察していた。

 デジタルワールドとダークエリアは、確かに繋がっており、力を持つ者でさえあれば二つの世界を跨ぐことは不可能では無い、と。

 デジタルワールドにいるとされる友人、それを助け出すための足掛かりを得たその事実に、雑賀は思わず笑みをこぼす。

 しかし、そこでリヴァイアモンが言葉を挟んできた。

 

「が、ここまで告げておいてなんだが、懸念すべき事がある」

「……懸念すべき事?」

「お前に宿っている『ケルベロモン』の力、それに紐付けられている『ダークエリア』が、はたしてお前の友達が連れ去られていった『デジタルワールド』と繋がっている『ダークエリア』なのか、という点だ」

 

 その言葉に、雑賀は表情を一変させる。

 リヴァイアモンの言葉は、それまで抱いていた雑賀の希望を限り無く打ち砕くものだったからだ。

 しょうが味らしいコーラを口に含みながら、人の身を借りた魔王は冷徹に事実を告げる。

 

「お前が知っていたかは知らないが、そもそも『デジタルワールド』と『ダークエリア』はそれぞれ無数に存在する。そして、一つ一つの『ダークエリア』と繋がっている『デジタルワールド』は一つだけ。……ここまで言えば解るな? お前に宿っている力が開く『門』の行き先が、お前の友達とまったく無関係の『デジタルワールド』にしか繋がっていない可能性があるんだ」

「……マジかよ……」

「真偽を知るためには、当然ではあるが辿り着いた『デジタルワールド』を隅から隅まで調べて回る必要がある。だが、一つの世界の中を探し回るだけでもどれほどの時間と危険を要するかわかったもんじゃねぇし、お前が聞いた話によると、お前の友達はギルモンに……少なくとも人間の姿ではなくなってるんだろ。同じ姿のヤツが何体も存在するなんて『デジタルワールド』じゃ当たり前の話だし、ピンポイントでお前の友達が『なった』ヤツを見つけ出すってのは……正直、かなり無理難題だぞ」

「…………」

「一応、全ての『デジタルワールド』と繋がっている『ダークエリア』の最深部――コキュートスと呼ばれる領域を介してなら、別のデジタルワールドに行くことも出来るらしい。だが、これについてはやめておけ。邪悪に身を墜としたりしたデジモン達を閉じ込めておくための牢獄でもあり、俺みたいな魔王クラスのデジモンの根城にもなっている領域だ。完全体デジモンの力を使える程度でそうそう生き残れる場所じゃあない。仮に運よく生き延び、通り抜ける事が出来たとしても――その先から向かった『デジタルワールド』がアタリだと確定するわけでも無い以上、推奨は出来ない」

 

 デジタルワールドが複数ある、という話までは解っていた。

 だが一方で、その同数もダークエリアが存在するというのは、初めて聞いた話だった。

 嫉妬の魔王の言う事が本当であれば、確かに今のまま『ケルベロモン』の能力でダークエリアに向かうのは失敗の確立が圧倒的に高いギャンブルでしかない。

 デジタルワールドに転移させられた紅炎勇輝がどんな目に遭っているのか、彼をデジモンに変えたと思わしき『シナリオライター』という組織の目的は何なのか。

 それ等の懸念を考慮しても、探すのであれば確実性のある方法を取るべきだろう。

 ハズレを引いた結果、どれほどの時間を無為にすることになるのか――そしてその経過時間で『手遅れ』になってしまわないか――わかったものではないのだから。

 雑賀は気持ちを切り替えるために肉まんを一口頬張ってから、率直に問いを出した。

 

「どうすればいい?」

「確実に友達を見つけ出したいのなら……やはり、当事者やその関係者から情報を手に入れるしか無いだろうな。わざわざデジモンに変えておいて、特に理由も無く別の世界へ放棄するなんてことはまず考えにくいし、きっとそいつ等が転移させた世界には、お前の友達をデジモンに変えた上で送り出さないといけない理由があったんだ。だからこそ、友達のいる『デジタルワールド』に向かう方法を知るには、お前の友達を連れ去ったヤツが使ったものと同じ手段を手に入れるしかない」

「……でもさ、その、世界がどうとかよくわかってないんだけど……勇輝にぃを攫った犯人が別の世界に勇輝にぃを送ったのなら、犯人も勇輝にぃが送られた世界に行ってるってことは無いの?」

「その可能性もあるが、現にヤツ等が起こしていると思わしき『消失』事件は今日のニュースでも新しい被害者を生んでいた。勇輝以外にも、何人か。少なくとも、事件の知らせが続く限り実行犯はこの世界に残っているはずなんだ――俺や蒼矢が会った、フレースヴェルグとかいうヤツの関係者が」

 

 そうなると、手がかりを探すためには『シナリオライター』と接触する必要がある。

 彼等の目的がどうあれ、紅炎勇輝を助けようとする雑賀に対して、無償で情報を提供してはくれないだろう。

 突然メールで呼び出して甘味を口にしながら談笑感覚で驚くべき情報ばかりを提供した、サツマイモ色の服装の女が稀有な存在であったというだけで。

 恐らく、戦って屈服させるなりして情報を引き出すことになる。

 しかし、そもそもの話として雑賀は彼等の拠点とでも呼ぶべき場所も、組織構成も何も知らない。

 現状では関係者一人を探しだすだけでも四苦八苦することは確実だ。

 どうしたものかと雑賀が思考を巡らせ、蒼矢の体を借りたリヴァイアモンがそんな彼の表情を黙って見つめ、好夢は会話の内容に疑問符が止まらずポテトをどんどん口に放り込みだして。

 そんな時、一つの言葉が病室内に一陣の風を吹かせた。

  

 

 

「――よう、俺の事を呼んだか~?」

 

 

 

 その声を、雑賀は覚えていた。

 その声を、蒼矢もまた覚えていた。

 縁芽好夢だけが、その声を知らなかった。

 

 声の聞こえた方へ、三人は視線を向ける。

 見れば病室の開かれた窓、その縁の上に猛禽のように足を乗せた状態で、話題の男――フレースヴェルグが来訪していた。

 

「ッ!?」

 

 雑賀は残った肉まんを一気に飲み込んで臨戦態勢を整え、

 

「…………」

 

 蒼矢の体を借りたリヴァイアモンは静かに目を細め、

 

(だ、誰……この人……)

 

 好夢はフレースヴェルグの雰囲気に更なる疑問符を重ねていた。

 

「おいおい、何も戦いに来たわけじゃねぇって。そう殺気立つなよ小僧」

 

 明らかな余裕の態度で、フレースヴェルグは雑賀に対して軽口を吐く。

 その内に宿るデジモンの名を(あくまでも当人の自己申告に過ぎないが)知る雑賀からすれば、今この場に彼がいるという時点で気が気ではなくて。

 意識の内か無意識の内か、気付いた時には牙絡雑賀の姿は再び『ケルベロモン』を原型とした姿に変貌していた。

 一触即発の空気、病室の中に嫌でも緊張が奔る。

 そんな中、人の身を借りたリヴァイアモンは確かに心からの言葉を聞いた。

 

『……代わって。そいつとは僕が話さないといけない』

(――解った。ヤバいと感じたらすぐ力を使えよ)

 

 返答の直後、表層に浮上していたリヴァイアモンの精神が司弩蒼矢の心の奥底へと沈み込み、入れ替わるように司弩蒼矢の意識は元の位置へと帰還する。

 体の感覚を軽く確かめてから、彼はフレースヴェルグに口火を切る。

 

「……用があるのは僕?」

「いろいろあったみたいだからなぁ。様子を見に来たのと、重要な確認ってやつだ」

「……そうか。雑賀さん、今は何もしないでください。少なくともこいつは、今は危害を加えようとしないと思います」

「お前、解ってるのか? そいつは……」

「解ってますが、どうあれコイツと話をつけないといけないのは僕の方ですから」

「……グゥ……」

 

 蒼矢の言葉に、納得のいかない様子ながらも魔獣は一歩後ろに下がる。

 今この場で戦いになったらどうなるか、それを理解しているからこそ――戦わずに事が済むならそれに越した事は無いと判断出来たために。

 とはいえ、目の前の男が味方と呼べる存在でも無いことは事実。

 だから蒼矢も『今は』と前置きしたのだろう――必要になれば、彼もまた戦う気であることは明白だった。

 そんな彼等の思考に興味も無い様子で、フレースヴェルグはあくまでも調子を変えずに言葉を紡ぐ。

 

「しばらくお前達の戦いを観察させてもらってたが、どうあれ生き残れて良かったな。次の段階に進んだというか、しっかり成長してくれやがって、俺としても嬉しいもんだ」

「……観察? いつからだ」

「一応、お前の動向を観測しとけって『上』に言われてるんでな。お前が病院を出てからの事、上空から可能な限り眺めていたさ」

 

 その言葉に、雑賀は思わず息を呑んだ。

 彼は縁芽苦朗と共に、司弩蒼矢を狙う『組織』の者と空中戦を繰り広げていた身だ。

 しかし、戦っている間にフレースヴェルグの姿を見た覚えは無い。

 ただでさえ究極体デジモンの力を宿しているのだ――その力を発揮していたのなら、その存在は嫌でも戦場の電脳力者に感付かれていたはずだ。

 ホビーミックスの『設定』にて語られている通りであれば、身隠しはおろか気配を隠すなどという行為が不可能だと言える程度には――この男が宿す『オニスモン』というデジモンは、巨体であるはずなのだから。

 誰の目も意識も届かぬほどの高さ――雲の浮かぶ高度から観察していたとでもいうのだろうか?

 

「……じゃあ、波音さんが危険な状態になっていた時も、何もしなかったって事だな」

「波音さん……って、お前とそこの……なんかやけに胸が小せぇお嬢ちゃんが運んでた女のことか?」

 

 誰の胸が貧相だゴラァ!? と条件反射的に殴りかかろうとした好夢の動きを雑賀が右の獣口で必死に甘嚙みして抑えている間にも、次々と言葉が紡がれる。

 

「……きっと僕なんかよりずっと強いくせに、何で助けようとしてくれなかったんだ」

「んー、あの時点だと俺から見てもあの女は『グリード』の連中の手先だと思ってたしなぁ。事情がどうあれ助けてやる理由も無ければ義理も無い。助けたいと思ってるやつが助ければそれでいいだろ。まぁ、そもそもお前が連れ去られた事にしたってあの女の行動が原因だったわけだし、俺からすればあの女をお前が助けようと動いた事が不思議だったわけだが」

「波音さんは何も悪くない。あの子にはどれだけ嫌だと思っていても、アイツ等に従うしか無い理由があったんだ!! お前は見ていただけで話を聞いてなかったから知らないだろうけど、あの子は土壇場で僕の事を庇おうともしてくれたんだ……!!」

「へぇ、それはまぁ……可哀想ではあるな。だからといって俺が出向く理由にはならねぇけど」

「可哀想だと思っていながら、何で……!!」

「何度も言わせるな。俺にはあの嬢ちゃんを助ける理由も道理も無いし、そもそも『上』の命令があった。役目を放棄するのも色々面倒だし。ガキの火遊びに首を突っ込んでられるほど暇じゃあない」 

 

 それとも、と前置きして。

 フレースヴェルグは静かに、憤る蒼矢に対してこう返していた。

 

「――本当に、俺のやり方で『解決』しちまって良かったのか?」

「……それは、どういう……」

「――蒼矢。悔しいがこればっかしはこのクソ野郎の言う事が正しい」

「雑賀さん……?」

 

 デジモンのことをまだ詳しくは知らないからか、蒼矢は疑問と共に雑賀の方を見た。

 元々デジモンの事を知っていて、尚且つ一度対面したことがあるからこそ、この男が戦闘に介入してくるそのリスクを雑賀はこの場の誰よりも理解していた。

 最悪の事態、そう呼べる『もしも』の話を彼は告げる。

 

「コイツが宿してると自己申告してたデジモン――『オニスモン』の力は、あまりにも大きい。翼を一振りしただけで暴風を巻き起こせるほどに。コイツが、もし本当に高高度から俺達の戦いを観測していて、それを終わらせようと考えて『必殺技』なんて使っていたら……あの廃墟だらけの場所を一瞬で壊滅させられたはずなんだ。その場にいた、俺達を丸ごと消し飛ばしながら……」

「な……」

「そうでなくとも、デジモンの力を使ったこいつの存在は歩く台風みたいなモンだ。仮に悪党共だけを狙って仕掛けてくれたとしても……周りへの影響は計り知れない。地上をマトモに移動することだって出来なくなってたかもしれないんだ。あの急ぎの状況で、それは絶対にまずかった」

『――オニスモン……古代に存在し、天空の覇者と呼ばれていた伝説のデジモンか。確かに、その人間がそいつの戦闘能力を自在に操れるのなら、あの辺りを消し飛ばすことぐらい容易かっただろうな。見方によっちゃ、俺と同じぐらい危険な種族だ』

(……もし、本当にそんな事になっていたら、あの状態の苦朗が対処出来たかどうか……)

 

 雑賀と、己の内のリヴァイアモンの言葉に蒼矢は言葉も無かった。

 フレースヴェルグと名乗るこの男が、今の自分よりも強いことはなんとなく察していたが。

 そこまで危険な力を扱っているとは、想像も出来ていなかったのだ。

 それも、当人曰く島一つを越える体躯を持つリヴァイアモンが、自らも『同等』と評価する力の持ち主であるという。

 確かに、それほどの力をあの廃墟だらけの場所で行使されていたら、デジモンの力を使って強くなっていた三人だけならまだしも、ただでさえ大怪我をしていた磯月波音はまず助からなかったことだろう。

 蒼矢は当然、予測を口にした雑賀も傍から話を聞いていた好夢も悪寒が止まらなかった。

 対照的に、フレースヴェルグは自らに対する評価など気にも留めていない様子で、話題の主導権を奪っていく。

 

「さて、話が脱線しちまったが、元気なのは確認出来たし……確認といくか」

「……確認って、何のことだ」

「決まってる。司弩蒼矢、お前……俺達の仲間になる気はあるか?」

「ッ!?」

「…………」

 

 その問いに緊張を奔らせたのは、問いを受けた蒼矢ではなくむしろ雑賀の方だった。

 それだけは認められない、と言わんばかりの声色で彼は言う。

 

「おいッ、お前……!! 蒼矢を監視してたのはやっぱり……!!」

「お前には聞いてないぞ」

「……雑賀さん。落ち着いてください」

「これが落ち着けるか!! いいか、コイツは……」

「お願いします。これは、僕が僕の意思で決めないといけない事だと思うので」

「……っ……」

 

 そう言われると、雑賀には何も言えなかった。

 確かに、蒼矢が『シナリオライター』への仲間入りをするかどうかの話は、あくまでも彼が自分の意思で決めるべきことであって。

 雑賀がそれを拒みたがるのは、あくまでも雑賀の事情に過ぎないのだから。

 納得出来ない感情は、歯軋りという形で表れる。

 すぐ隣で話を聞いていた好夢も、不安に染まった表情で成り行きを見守るしかなかった。

 蒼矢はフレースヴェルグを睨みつけ、そしてこう言った。

 

「一つだけ聞く。雑賀さんの友達を……紅炎勇輝って人を連れ去ったのは、お前の仲間か」

「ああ」

「それ以外の人間も含めて、ニュースで語られる『消失』事件は……お前が属している組織が起こした事か」

「俺自身は特に何もしてないし、全てが俺達によるものってわけじゃあないが、そうだな」

「そうか。それなら、答えは一つだ」

 

 そして。

 蒼矢は自分の意思で、目の前の暴威の化身に向けてこう告げた。

 

 

 

「――僕もリヴァイアモンも、お前達の味方になんかならない。絶対に」

 

 

 

 静寂があった。

 嵐の前の前触れ――今となってはそうとしか思えない、不自然な沈黙が。

 フレ^スヴェルグは蒼矢の返答に何故か口角を上げると、どこか楽しそうな声色で改めて問いを出した。

 

「……一応、理由を聞いておこうか。何でだ?」

「お前達が雑賀さんの敵である事に間違いは無いみたいだからだ。それに、ハッキリ言ってお前達のやっている事は僕だって認められない」

「ふーん。具体的に、何が認められないんだ?」

「自分達の都合で、誰かの当たり前を奪っている事だ」

 

 何も知らなかった頃の自分に、絶望しきって全てを諦めていた自分に可能性を伝えてくれた、見方によっては恩人と呼べなくも無い相手に向けてそう告げる蒼矢の表情には、既に明確な敵意が宿っていた。

 彼は既に、目の前の男だけに留まらず、男の所属する組織そのものを敵として認識していた。

 あるいは、最初から言い出したくて仕方がなかったとでも言わんばかりに――言葉が次々と紡がれる。

 

「紅炎勇輝って人や、他の連れ去られた人達が攫われた時どんな事を想ったのかは知らない。もしかしたら『デジタルワールド』って所に送られて、喜ぶ人だっているかもしれない。……だけど、嫌だと思う人だっている。家族や友達と強制的に離れ離れにさせられて、知らない世界に勝手に送り込まれて、お前達の都合ばかり押し付けられて……そこまでされておいて良かったなんて思えるわけが無いと思う。少なくとも、僕はそうだ」

「…………」

「僕は家族と一緒にいられる、ありふれた今を手放したくなんてない。そりゃあいつかは一人立ちしないといけないけれど、それがこんな形であっていいはずが無いんだ。そして、僕と同じことを考えている人が、攫われて『デジタルワールド』に送り込まれた人達の中にいるとしたら……僕は、お前達の行いを許せない」

「その当たり前ってやつを、少し前はお前も奪おうとした側だったわけだがな」

「それは否定しない。あの選択は他の誰でもない僕のもので、絶対に許されていい事じゃなかった。だけど、たとえ僕が赦されない罪を犯した人間であるとしても、それは誰かを助けることを諦めないといけない理由になんかならない。僕を助けてくれた人達に、僕を大切に想ってくれた人達に、立派に胸を張れるように……僕はこの力を、誰かを助けるために使ってみせる」

「そうかい」

 

 明確な拒絶、ある種の宣戦布告の言葉を受けて。

 フレースヴェルグはあくまでも不快さを表さず、楽しげな笑みのままこう返した。

 

「面白い、望む所だ。せいぜい『上』の筋書きを書き換えられる程度には暴れ回るといいさ。俺としても、お前達のようなヤツが敵である方が好ましいし」

 

 彼としては、元々蒼矢には敵であってほしかったらしい。

 思えば過去にウォーターパークの中で会った時も、彼は自分を殺せる所まで這い上がって来いとまで言っていたが、ある種の戦闘狂とでも呼ぶべき人種なのだろうかと雑賀は思った。

 そんなヤツを監視役として従わせている者が、彼が『上』だと呼ぶ存在がいる事実が、雑賀と蒼矢に超えるべきハードルの高さを認識させる。

 無論、彼等に今更折れる気は無かったが。

 問うべき事の返答を聞いた以上、フレースヴェルグにとってこれ以上の会話の必要は無い。

 雑賀も蒼矢も好夢も、彼に聞きたい事が山ほどあるのは事実だが、それを今ここで聞くことは難しいと思った。

 今でこそ彼は監視の役割に徹していて、故にこそ自らの能力を戦闘のために行使することは無いようだが、その気になれば彼はこの場の全員を皆殺しに出来るのだ。

 力ずくで聞き出そうとすることなど無理無茶無謀。

 そして、明確に『敵』となった以上、無償で益となる情報を与えてくれるわけも無い。

 今は、彼がこの場で何もせずに去ってくれる事を、幸運だと考えるしかない。

 ……そう、三人は思っていたのだが。

 

「しっかしまぁ――」

 

 蒼矢に視線を向け、フレースヴェルグは順序も関係無しにこんな事を口走っていた。

 

「――お前さん、もしかしてあの女の事好きなのか?」

 

 今更、彼の言う『あの女』が誰のことを指しているのかに気付かぬほど、蒼矢も間抜けではない。

 故に、問いの意味を理解した途端に顔を真っ赤にした。

 

「――は、はぁ!? 何でお前にそんな事を教えないと……」

(いや、まぁ……アレはどう見てもなぁ……)

(滅茶苦茶心配してたし。助かったと解った時に泣いてたし。アレはどう見ても脈アリでしょ)

「二人とも、そんな訳知りな顔で僕のことを見ないで!? い、いや確かに僕の事を想ってくれてたし助けようともしてくれたし大切な人であることは間違いないけど好きである事と大切である事はまた別の話であって」

 

 問いを出したフレースヴェルグではなく、味方であるはずの雑賀と好夢から無言のままに追い詰められてしまう司弩蒼矢。

 どれだけ親の期待に応えようとするために勉強や水泳ばかりに専念していようが、そのためにロクに同級生ともコミュニケーションを取れていなかろうが、彼もまた青春を生きる男子学生の一人――男女の好き嫌いの話に鈍感になれるほどご都合な認知はしていなかったのである!!

 面白い具合に慌てふためく蒼矢に対し、発言者のフレースヴェルグは更に言葉を紡いでいく。

 

「だってなぁ。事情があったにしろ自分を騙して誘き出しやがった相手を、見捨てるならまだしも助けるってのはなぁ。見た目やら性格やら、何かしらの理由が無いと流石に不自然だと思うんだよなぁ」

「うるさいな!? 何度も言うけどあの子は僕を助けてくれようとしたんだぞ!! だったら助け返しても別に不自然じゃないじゃないか!?」

「いやまぁそれにしたって結果として二回も助けるってのはどう見てもなぁ。いつ合体する予定なんだ?」

「ぶふっ!? が、がったいって、何のこと!?」

「ジョグレス進化だろ」

「雑賀さん適当なこと言ってないで――」

 

 そこまで言って。

 蒼矢はそこで、フレースヴェルグの言葉の中に聞き流していられない言葉が混じっている事に気付いた。

 それまでの慌てっぷりは何処へやら、疑問一色の表情で彼は問う。

 

「――ちょっと待て。お前今、何て?」

「いや、だからいつ合体する予定なんだって」

「そっちじゃない!! 二回? 僕が、波音さんを……二回助けたって……?」

「事実だろ。今回のことだけに留まらず、お前は前にもあの嬢ちゃんを助けていた。前にも言ったじゃねぇかよ。あの学校のプールで、存分に力を振るっていたって。その時の事も思い出したってお前自身言ってただろ」

「いや、言ったけどそこまで具体的な事は……というか、助けたって事はその時の僕って……」

「ん? あそこの女学生とかに襲い掛かってた……なんだっけな。イカみてぇな見た目のヤツを相手に戦ってたな。お前が戦ってなかったら、まぁ気に入られたヤツからひん剥かれてたんじゃねぇの? いやー、あの時の暴れっぷりときたらそそったなぁ」

「「「……………………」」」

 

 牙絡雑賀、司弩蒼矢、縁芽好夢はそれぞれ異なる理由で言葉を失っていた。

 

(……いや、そりゃあずっと監視してたって事は知ってて当たり前だろうけど……)

 

 雑賀は思わぬ形で真実を知った衝撃に、

 

(……学校の生徒を襲っていたのは、僕じゃなかった……?)

『……いやー、マジかー……』

 

 蒼矢は自分の通っている学校に本当に襲撃者が出ていたという事実に、

 

(……イカみたいな見た目のヤツって、もしかしなくても防犯オリエンテーションの時に襲ってきたアイツ……)

 

 そして縁芽好夢は記憶にも新しい出来事を想起したことによって。

 三人揃って沈黙してしまったことに対して疑問を覚えたらしく、フレースヴェルグは珍種の動物でも見るかのような眼差しになって声を掛けた。

 

「どうしたんだお前達? 俺、そんなに変な事は言ってないはずなんだが」

 

 返事を返すまで、数秒掛かって。

 当事者である蒼矢が、やや呆然とした様子で問いを飛ばしていた。

 

「いや、あの。何でそんな重要な事を話してくれなかったんだ?」

「だって聞かれなかったし」

「学校の生徒が傷付けられたのは僕の所為だと思ってたんだけど。襲撃者がいるなんて全く知らなかったんだけど。雑賀さんを傷付けてしまった事は間違いないけど、その事についてはお前が話してくれてたら罪悪感を覚える事も無かったと思うんだけど」

「だって覚えてないとは思わなかったし」

「あの、この気持ちどうすればいいの?」

「うーん」

 

 そして。

 空前絶後の罪悪感の空回りを実感する羽目になって呆然としてしまう蒼矢の問いに対し、全くもって悪びれた様子の無い監視者はこう総評した。

 

「……ドンマイ?」

「「ドンマイで済むかぁ!!!!!」」

 

 いっそ意図的ではないのかと疑わんばかりの情報伏せの事実にブチ切れる蒼矢と雑賀だったが、フレースヴェルグは軽い調子で「はいはい悪い悪い」と返すだけだった。

 興でも冷めたのか、彼は再度首を鳴らすと一言も残さずに窓の外へと飛び出していってしまった。

 無論、その姿を『オニスモン』を原型とした鳥人のものに変えていきながら。

 背から生える一対の大きな翼の羽ばたきによって彼の姿は一気に空に向かっていき、必然的に生じた強風が病室内を駆け巡り、雑賀と好夢が用意していた食べ物が辺りに散乱していってしまう。

 

「ねぇ雑賀にぃ、あの野朗本当に何だったの……?」

「知らないよもうクソ野郎って事でいいだろ」

「……なんか……色々疲れました……」

『ある意味もう会いたくねぇヤツだったなぁ』

 

 究極体デジモン『オニスモン』の電脳力者、フレースヴェルグ。

 突然現れて突然爆弾発言をし、終いには余計な置き土産までしやがるはた迷惑な台風野郎であった。

 

 

 

 そんなこんながありながら。

 風が止み、散乱してしまった食べ物を拾い集める羽目になった三人は、先の会話を思い返しながら思い思いに話をしていた。

 

「それにしても蒼矢、まさかあの野朗相手にあそこまで言い切るとはなぁ」

「……正直、断るとしてもあそこまで言うことは無かったなぁと後悔してます。恥ずかしい……」

「正直見直したよ蒼矢さん。今のは波音さんにも見せたかったなぁ」

「やめてよホントに……!? ああもう、いくら何でもカッコつけすぎだろ僕……!!」

「で、結局いつ合体するんだ?」

「雑賀さん、それ以上は罪悪感無しでぶっ飛ばしますからね!?」

 

 脚本家とでも呼ぶべき『組織』への、実質的な反抗の宣言。

 大切だと思うものを護り、助けるために戦うと決めて。

 彼等は既に『仲間』と呼ぶべき間柄になっている。

 

「……断っておいてなんですけど、家族についてはこれからどう護ればいいんでしょう……」

「出来る事をやっていくしかないだろ。誰かの助け……もっと言えば信用出来る『組織』を探してその力を借りるとか、狙ってくるような奴を先に倒すとか、そもそもそんな事を考えなくなるぐらいに強くなるとか。どっち道、手前の都合で拉致とかやらかすような連中を頼りには出来なかっただろ」

「まぁ、それもそうなんですが……」

「……これから大変だよね。いや、元々大変だった事にようやく気付けたと言うべきなのかな。今まで気付けなかっただけで、きっとずっと前からこういう戦いは起こってたんだろうし……」

「そうだな」

 

 蒼矢のフレースヴェルグに対しての言葉が、実のところ感情のままに吐き出しただけの何のアテも打算も無いものである事など、二人は当然気付いていた。

 そして、それでも構わないと思った。

 たとえ合理的でなくとも、あの男の背後にある組織の誘いは断らなければならなかったのだと、理解しているから。

 これからどうすればいいのかなんて、解らない。

 そもそも敵として戦うことになる『組織』は一つではない。

 先のフレースヴェルグが所属している『シナリオライター』とは別に、今回蒼矢の内に宿る『リヴァイアモン』の力を狙って磯月波音を利用した悪党達の組織――『グリード』の存在もまた決して無視出来るものではない。

 むしろ、後者については今回の件で、雑賀も蒼矢も好夢も明確な障害となりえることを行動で示してしまっている。

 こうしている今も、危機に立たされる可能性は存在しているのだ。

 それでも、彼等が笑いあえるのは。

 

「きっと、誰もが当たり前の日常を過ごせるように、戦ってくれた奴等がいたんだ。誰かを助けるために戦っているのは、俺達だけじゃないんだ」

「……そうですね」

「俺達は、自分一人だけで戦わないといけないわけじゃない。誰かと助け合って戦ってもいい。それが解っただけでも、俺は希望が持てると思う」

「……まぁ、嘘吐いてカッコつけて自分一人で何でもかんでも背負おうとしてた馬鹿野朗の雑賀にぃが言っても、説得力無いけどねー♪」

「い、いや俺はそんな言われる筋合いは――ひゃっ!?」

「というか、何で食べ物拾うのにその両腕が頭になってる姿のままなの? その頭からも食べる事が出来るの? 金髪染めだったのに銀髪になってるし、犬っぽいのにさわっても全然もふもふしてないし……あぁでもこのちょこっと伸びた尻尾はかわいいし赤い筋肉の質感もイイ感じだし……おー……」

「やめてくんない!? 戻るの忘れてたとはいえ一応今の俺って地獄の番犬だからね!? そんな好意的な目であちこち見たり触ったりするべきもんじゃ……ちょ、やだ好夢ちゃん何処触って!? あぉ!?」

(……下手すると僕もああなってたのかな……)

『さぁ?』

 

 きっと、自分が一人ではないという当たり前を、確かに知る事が出来たからかもしれない。

 七月十四日、あと一週間もしない内に多くの学生が夏休みに移行する頃。

 三人の学生はそれぞれ異なる苦難を越え、進化を果たしたその先で、新たなる戦いを予感しながらそれでも希望を抱いていた。

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