DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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 読者の皆様がた、大変長らくお待たせしました。
 これにて第二章、完結です。


七月十四日――『撒かれた種の芽吹く先』後編

 

 無事に戦いは終わった。

 司弩蒼矢、縁芽好夢、そして牙絡雑賀は戦う決意を胸に抱き、それぞれ帰るべき場所へと足を進め始めた。

 

「で」

 

 ……と、何もかも都合よく進むわけが無いのが世の中だったりするわけで。

 司弩蒼矢の病室にてフレースヴェルグと遭遇し、司弩蒼矢と縁芽好夢の二人共々いろいろなものを掻き乱されて、散乱した食べ物などを片付け終えて、そうして話すべき事も終えて、トイレに行くと口実をつけて足早に帰ろうとした途中で――牙絡雑賀は(激戦で大怪我をしているので当然と言えば当然だが)病院に来ていた縁芽苦朗と遭遇するのだった。

 流れ流れに屋上へ連れられると、彼は振り向かぬまま一つの質問を投げてくる。

 

「一応聞くが、尾行とかはされてないだろうな?」

「されてない……と思うけど。好夢ちゃんのニオイはもう覚えたし」

「そうか」

 

 苦朗の問いに雑賀は嘘偽りなくそう答える。

 不本意な流れの中での事とはいえ、雑賀は『ケルベロモン』の力を行使した状態で縁芽好夢と隣接していた――同じ部屋にいた司弩蒼矢共々、そのニオイは魔獣の嗅覚によって記憶に焼き付けていた。

 少なくとも病室を出て屋上に来るまでの間、二人のニオイは感じなかったと彼は判断している。

 確認事項を終えると、苦朗は振り向きながらこう言った。

 

「……まったく、次から次へとヒヤヒヤさせられたぞ。あの『グリード』の連中との戦いの時といい、さっきのフレースヴェルグが来た時といい……」

「……ニオイで何となく解ってたけど、やっぱり近くにはいたのか」

「急に風が強くなったんでな。奴が来たのだと潜んでみれば案の定だ。お前も好夢も、そして司弩蒼矢も……つくづく心臓に悪いことばかりしてくれやがるよ」

「というかお前もお前で体は大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思うか? こちとらお前を庇って脇腹刺されるわ傷口に『ブワゾン』されるわで散々だ。応急処置は済ませたが、まぁ今の状態でフレースヴェルグの野朗と戦うのはキツいな」

「……悪い」

「気にするな。結果論ではあるがお前が止めに来た事で想定以上の成果があったのも事実だしな。こいつは借りにしておく」

 

 そう語る苦朗の表情は、どこか疲労を感じさせるものだった。

 苦朗からしても、司弩蒼矢が『シナリオライター』に加入することも無く、どちらかと言えば雑賀や好夢の味方として立つことを選んでくれた事――そしてそんな相手を殺そうと必死になっていた事――について、思う所が無いわけでは無いのだろう。

 とても、今の状態であの二人と面と向かって会うことは難しいと言外に語られている。

 だが、動機がどうあれ彼が現場に駆けつけ、結果として雑賀と共に敵を打ち破ったことで彼等の手助けになっていたこともまた事実。

 司弩蒼矢の決意も、苦朗の非情も、雑賀の選択も、好夢の偶然も――今回の決着には必要な要因だった。

 とはいえ、

 

「で、そんな事を言うためだけに呼んだわけじゃないんだろ」

「まぁな」

 

 どれだけ事態が丸く収まったように見えても、実際のところ何も解決などはしていないのだ。

 司弩蒼矢は明確に『グリード』という組織に反抗し、その力を欲される限り狙われ続ける身となっている。

 彼が逃げるために協力した者の顔がどれほど割れているのかは知らないが、生き残りのメンバーの口から最低でも自分の事は喋られるだろうと雑賀も思う。 

 そして、司弩蒼矢を誘い込むために利用された磯月波音の家族の身柄だって無事だと確認出来てはいないのだ。

 今のままでは、日常に戻ったところで安心など出来るわけが無い。

 その事は、雑賀や蒼矢などよりもずっと以前から電脳力者という存在と関わってきた苦朗の方が理解していることだろう。

 彼は何よりもまず、警告をしに来たのだ。

 これから雑賀や蒼矢、そして知らず知らずに好夢もまた敵として戦うことになるであろうものについて。

 

「今回、司弩蒼矢を狙ってきたあの連中が所属している組織は、フレースヴェルグの奴が所属している『シナリオライター』ともまた異なる組織。強欲の大罪を司る魔王バルバモンのデータを宿す電脳力者がトップに立ち管理している『グリード』と呼ぶ組織だ」

「…………」

「宿している大罪、そして組織の名前からまぁ察するだろうが、欲張りだらけの集団だ。人員だろうが資源だろうが心だろうが何だろうが、欲するものを手に入れるためならどんな事だってする。今回も司弩蒼矢を、その内に宿るリヴァイアモンの力を手に入れるために磯月波音を人質まで用意して利用していたようにな。一応調べはつけさせてるが、恐らくあの子の家族は既に手の届かない場所に捕らえられてることだろうな」

「……何でそう言い切れるんだ?」

「結果として重傷を負わせられてたが、欲張りな連中の考える事だ。あの子の事だって司弩蒼矢と一緒に仲間か……あるいは道具として引き込むつもりだったんだろう。そして、奴等のトップにそういう欲がまだ残っているのなら、人質はいくらでも役に立つ。あの子に対する交渉材料としてな」

「……クソったれ。用済みだから開放する、なんて話にはならないのか……」

「司弩蒼矢があの子に好意を寄せている事を知ったら、下手をするとそっちに対する人質としても機能するかもしれない。利用価値は高いほうだろうよ。忌わしい話だがな」

 

 日常に帰還する事が出来た者もいれば、出来ずにいる者もいる。

 磯月波音はその内の一人であり、そして彼女を助けようとするであろう司弩蒼矢もまた、完全な意味で日常に帰還したとは言えないのだろう。

 磯月波音の家族が助けられない限り、二人が安心して日常を過ごせる時は来ない。

 助けるためには、今後は『シナリオライター』以外に『グリード』の足掛かりも追わなければならない。

 しかし、当然ながら雑賀にも蒼矢にも身一つで組織の力に対抗出来るほどの力は無く、頼れる相手にも心当たりがあまり無い。

 つまり、

 

「単刀直入に聞こう。身内を守り、好き勝手やる連中の企みを食い止める。そんな思惑で集った組織があるとしたら、お前は入るのか?」

「それが、お前みたいな信用に足る奴がいる枠組みならな」

「後で司弩蒼矢もお前から誘っておけ。同類の助けがいる状況で強がる馬鹿では無いんだろう」

 

 縁芽苦朗もまた、勧誘に来たのだ。

 以前にも彼は言っていた。

 デジモンの力を用いた不可視の犯罪、理不尽な暴力が横行する事を望まない者たちの枠組みがあると。

 小規模ながら『シナリオライター』の行いにも対抗しようとしている勢力があると。

 そして、縁芽苦朗もまた己の理由でその勢力に入っている、とも。

 

「一応聞くんだが、好夢ちゃんはどうするんだ?」

「……ああして『グリード』と戦った以上、いずれ事態に巻き込まれる事は確定している。であれば組織の中で力を蓄えてもらった方が身を護れるだろうよ。というか、無知を埋めるために闇雲に調べをつけようと動き回られた方が危険だ」

 

 確かに、と雑賀は素直に思った。

 経緯を聞いた限り、好夢が蒼矢の窮地に駆けつけたのは偶然の事らしい。

 絶叫じみた声が聞こえて、それの聞こえた方向に足を進めていくと違和感を感じ、その感覚を頼りにした結果だという。

 聴覚が優れているとか強い力を持つデジモンが宿っているとか、そんな事が問題なのではない。

 そもそもその自発的な行動力、危険を顧みず知りたい事のために動くその意思こそが、野放しにしておくと取り返しのつかない事態を招く可能性を引き上げる。

 彼女にもまた、誰かの助けを得られる環境というものは必要なのだと――彼女を危険に晒したくない一心で戦ってきた彼ですら、判断したのだ。

 とはいえ、

 

(……何にせよ、コイツの口からそれを言わせるのは……酷だよな)

 

 適当な言い訳を用意して、蒼矢と同じく俺の方から誘っておこうと雑賀は心の中で付け加える。

 デジモンの力を用いての争いに、義理の関係らしいとはいえ兄の方から妹を誘おうとするなど、あってほしくないと思ったために。

 どうあれ、縁芽苦朗が所属している組織であれば、少なくとも『グリード』や『シナリオライター』よりは信用出来ることだろう。

 勢力としては小規模だと苦朗は語っていたが、それでも現在に至るまで他の勢力の手で潰されていないという事実がある以上、構成員の強さについても期待が出来る。

 ふと、この日に会った一人の男のことが脳裏に過ぎり、雑賀は問いを出した。

 

「そういえば、あの……自称お前のパシりとかいうトリ侍もその組織に入ってるのか?」

「ああ、アイツはウチの情報収集係の一人だ。基本的に気の抜けた奴だが、腕は確かだから今のお前よりは強いと思うぞ」

「……え、マジで?」

「マジで。当人は疲れるからとあまり力を振るう事をしないが、普通に完全体の力も使える」

 

 それなら何故先の『グリード』の電脳力者たちとの戦いにおいて加勢させなかったのか、と雑賀は疑問を口に出そうとしたが、寸でのところで思い留まる。

 そもそも苦朗が戦闘において利用している『ベルフェモン』の力は、手加減しなければ巻き添えを増やさない事の方が難しい類のものだ。

 本来であれば単独での戦闘が好ましく、結果としてそうはならなかったが、彼は『リヴァイアモン』の力が悪用されることを前提として現場に向かっていた。

 仮に『グリード』の想定通りに『リヴァイアモン』の力が悪用されてしまっていたら、完全体の力を扱える程度で太刀打ちが出来る状況ではなくなってしまう。

 であればこそ、魔王の戦いで無駄に巻き添えを食うリスクを含んでまで、情報収集の役回りを放棄させるべきでは無いと判断したのか。

 他のメンバーについても同様の理由か、あるいは情報を伝える暇が無かったのか。

 何にしても、情報を掴んだその時点で猶予など殆ど無かったのであろう事は、想像がついた。

 

「あの抜けてるっぽいのまで完全体の力を使えるって、まさか他の奴もそのぐらい強いのか」

「弱いやつだらけなら、一つの勢力として生き残れていないからな。少々変わったヤツもちらほらいるが…………………………まぁ、少なくとも強さについては信用して大丈夫な部類だ」

「何だよその含みのある言い方と間は」

「大丈夫大丈夫、多分きっと仲良くなれるから。多分」

「何で二回言ったし」

 

 どうあれ、この男が信用している相手ならきっと頼りになることだろうと雑賀は結論付ける。

 多少の疑念こそあれど、今は無理やりにでも前に進まなければならないのだから。

 

「ちなみに、その組織って名前とか拠点とかはあるのか?」

「一応はな。シンプルな名前と、そこまで大題的ではないが集まるための場所がある。お前も組織に加わる以上、ちゃんと顔は出せよな。情報だってそこに蓄えてんだから」

「解ってるって。俺だって情報には飢えてる方なんだ、頼りになるものならいくらでも頼っていくさ」

「……お前はやけにこっちを信用してくれてるようで何よりだが、お前もお前で信用されるよう立ち回れよ? 俺から見てもなんかイマイチ信用しきれないからなお前」

「そういう割りには連中との戦いであの女を倒す役を俺に託してたわけだが」

「戦闘能力についての信用と一個人としての信用は別だ馬鹿」

 

 課題は山ほどある。

 デジタルワールドに転移させられた友達を助けるために、そして欲望を満たすために手段を選ばない者達に対抗するためには、牙絡雑賀にも司弩蒼矢にも縁芽好夢にも力を高めていく必要がある。

 それこそ、未知の話ではあるが、究極体相当のデジモンの力を使えるようにならなければ――望みを叶えることなど出来そうにない。

 どうすれば力を高める事が出来るのかなんて解らない。

 だが、やるしかない。

 

「で、そのシンプルな組織の名前って何なんだ?」

「『専守防衛《セキュリティ》』だ。特撮のヒーローじゃあるまいし、変に気取った名前になんてする必要は無いからな」

「もしかしてお前発案?」

「何だどうしたロイヤルナイツとか名乗りたかったのかカッコつけ」

「今でこそ色々複雑な気分だけど俺はどちらかと言えば七大魔王デジモンが推しだからそんな名乗りする気はねぇよ!!!!!」

「……え、まさかだがお前、司弩蒼矢を助けようとしてたのって……え、色々キモっ……」

「どういう勘違いだよ!!!!!」

 

 病院の屋上に強い風が吹く。

 一つの戦いが終わったと安堵した時には、既に新たな戦いが芽吹き始めている。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 同じ頃、病室の司弩蒼矢と縁芽好夢は言葉を交わしていた。

 牙絡雑賀の方は話すべき事も無くなったために出て行ってしまったが、二人の間にはまだ解消出来ていない疑問があったのだ。

 それはすなわち、

 

「……そういえば、結局私たちってデジモンの事をよく知らないよね」

「そう、かな。雑賀さんは当然のように知ってたみたいだけど、確かに僕もあまり詳しくは知らない。リヴァイアモンの説明を聞いただけだと、デジタルワールドって所のこともうまくイメージ出来ないし」

『そりゃ断片的な聞き話と専門用語だけじゃあな。むしろ何でアイツはあそこまでデジモンの事を知ってたんだ? ダークエリアや七大魔王の事も知ってたみたいだしよ』

 

 彼等は共に、デジモンという存在についての知見が浅い。

 牙絡雑賀や敵対者である『グリード』の電脳力者たちが当たり前のように語り、その力を頼りきりにしている存在のことを殆どと言っていいレベルで知らない。

 デジタルワールド? 七大魔王? ダークエリア? 何だそれは? といった状態なのだ。

 学業においては何一つ役に立つ気がしない情報だとは思うが、今後の戦いにおいてはそうした情報が必要になってくることは間違いない。

 なので、

 

「確か、アニメとか漫画とかになってる『作品』だったと思うから、スマホで調べればいろいろ解ると思う」

「アニメや漫画かぁ………………ははは、勉強ばかりでロクに見てなかったな僕」

『急に闇深そうな事言うなし』

「今から見ればいいでしょ。とりあえず検索ワードはシンプルに『デジモン』っと……うわ色々出た」

「……これを今から全部知らないといけない、の……?」

 

 検索結果を表示したスマートフォンの画面を好夢にも見せられ、自らもまた自前のスマートフォンで検索をかけ、結果として開いたウェブサイトの内容に思わずげんなりとする蒼矢。

 主に子供が見るアニメや漫画となっている『作品』だけでも片手の指の本数では収まらない数があり、それ等に登場しているのであろうデジモンの事が記載された『図鑑』にはたくさんの種族の名前がある。

 文字情報だけではぼんやりとしたイメージしか浮かべられないため、最低でもアニメを視聴して映像としての情報は得ておくべきだろうが、それをするにも一作一作の確認に要する時間が途方も無い。

 一話につき約25分、それが一作につき約50話分。

 流石にある程度の要点を絞らせてほしいと切に願いたくなる話だった。

 これでは勉学はおろか自由時間などしばらく取れそうに無い。

 

「……雑賀さんに聞いたら何処に見ればいいかとか教えてくれるかな」

「無理じゃないかな……雑賀にぃって割とオタクっぽい所あるし……開口一番から『全部観ろ』とか言い兼ねない気がする」

「いやいやまさかそんな……え、雑賀さんってそういう人なの……?」

「蒼矢さんは知らないみたいだけどね。グッズとかカードとか集めて部屋に飾ってた覚えがあるよ。前に遊びに行った時に見たもん。金髪に染めてるのだってその趣味由来じゃない?」

「駄目だ一気に頼りなくなった!! それ完全にオタクじゃん!!」

 

 どちらかと言えば知りたくない話ではあった。

 蒼矢の中で、どちらかと言えばヒーローのようなイメージがあった男の印象ががらりと崩れていく。

 実際、リヴァイアモンの言う通りあんまりな言い方ではあるのだが、一般人の視点から見たオタクのイメージなどロクなものが無いのだ。

 変な服着てて、好きなモノを語る時には変に早口で、変な笑い方をする。

 いやそんな事は、そんな事は無いはずだと頭の中で言い聞かせても、頭の中で『キャラ物のTシャツを着てデカいリュックサックを背負ってペンライトを振り回すノリノリの牙絡雑賀』のイメージ映像が流れるのを止められない。

 と、思わず頭を抱える蒼矢に向けて、彼の内に宿るリヴァイアモンは突然こんな事を言った。

 

『ソーヤ』

(……何、リヴァイアモン)

『いやな、そもそもの疑問なんだけどよ。何で人間の世界で俺達デジモンの事が書かれてるんだ?』

(? それってどういう……)

 

 思わず疑問を覚えた蒼矢に向けて、頭の中でリヴァイアモンは語る。

 

『確かに俺達の世界においても、人間って存在の事は伝えられていた。御伽噺の形でな。だがそれはデジタルワールドが人間の世界からデータを流入されて発展してきた世界だからだ。だが、デジモンのデータが……俺達に関するデータが人間の世界に流れ込むなんて話は聞いた事が無い。そんな「通り道」は無かった気がするんだ』

(……人間の世界のデータがデジタルワールドに流入してるのなら、その逆もあるって事じゃないの?)

『あのなぁ。もし仮にそんな事になってるのなら、とっくの昔に生命体としてのデジモンが現れてるはずだろ。文字情報とかそんなレベルじゃなくてよ。そりゃあまぁ、この世界だと存在を維持出来ないとか、そういう制約があるのかもしれないが……それにしたって「図鑑」なんてものを作れてるのはおかしいだろ』

(…………)

 

 リヴァイアモンの言わんとしている事が、蒼矢にはなんとなく理解が出来た。

 そう、彼は考えてみれば疑問を覚えて然るべき、一つの難問に直面していたのだ。

 つまり、

 

『こういう「作品」とか「図鑑」やらを作ったヤツは、いったいどういう経緯でデジモンの事を知ったんだ?』

 

 大前提。

 デジモンという存在が、デジタルワールドという世界が、人間の世界に認知されて『作品』を作るまでになった理由、その在り処。

 

『偶然の一致か? それとも人間の世界の方で誰かにこういう「設定」が思いつかれて、そのデータが広まったから俺達デジモンは「その通り」に生まれ存在することになったのか? もしそうじゃなかったら、何をどうすれば人間の世界にデジモンやデジタルワールドの事を伝えるなんて事が出来る?』

 

 方法は解りきっている。

 だが、それが真実だとして、どのような目的が宿る事になるのか。

 解らぬまま、されど蒼矢は魔王の問いに回答した。

 

(……デジタルワールドから人間の世界に、デジモンの事を伝えた「誰か」がいる……って事?)

『それが何者で、何の意味があるかは知らないけどな。だが、明らかに意図を含んでるのは間違いないだろう。デジモンとしての能力で好き放題出来るのなら、人間達にはむしろその存在自体を知られない方が都合がいいはずだし。人間の世界でデジモンの事を知られる事、それが生命として確かに存在すると伝える事、それ自体に誰かの思惑があるようにしか思えない』

 

 不吉な予感を感じずにはいられない話だった。

 その声の聞こえ方に、リヴァイアモンもまた危機を感じているのだという事がハッキリ解る。

 聞いた話の通りであれば島一つを越す巨駆を有する怪物が、恐れている。

 

『偶然の一致で済む話ならまだいい。だが、かつて死んだはずの俺の魂……っていうかデータがこうしてお前の中に宿っている事、そして同じように人間の中に宿っているデジモンが少なからずいる事……それに誰かの意図が絡んでないとは考えづらいんだよ。偶然にしては出来すぎている』

(……というか、今更だけど死んでいるんだね。君みたいな強そうなデジモンも、死んでしまう事があるんだ)

『本当に今更だな。そして当たり前だ』

 

 自分を含めた多くの人間達の現在が、人間達に宿るデジモン達の現在が、誰かによって意図されたものだったとしたら。

 それは果たして善意によるものか、あるいは悪意によるものか。

 解らない、何もかも。

 解らないからこそ、恐ろしい。

 と、そこまで考えていたところで声が掛かった。

 

「――蒼矢さん? 蒼矢さんってば、何を急に深刻そうな顔になってるの?」

「……あ、ごめん。少し考え込んでたんだ」

「もしかして、蒼矢さんに宿ってるリヴァイアモンってデジモンと話してたの?」

「まぁそんな所だけど……」

 

 素直に答えると、好夢はその両手を腰に当てながらこう言った。

 蒼矢に対してではなく、その内に宿る存在に向けて。

 

「もう、急に蒼矢さんを不安にさせたりなんてしたら駄目でしょ? 島ぐらい大きいのなら、大きいなりにもっと度量も大きくないと」

『……まさかこんな小っこい子に叱られる事になるとは思わなんだ……』

「……今、リヴァイアモンが私の胸が小さいって言わなかった?」

『「言って無いけど!?」』

 

 聴覚が発達しているなんて次元じゃない地獄耳に揃って慄く二人。

 頭の中での言葉に過ぎないのに、何をどうしたら聞こえるのだろうか。

 結果的に話題が脱線したため、蒼矢は好夢に対して一つの疑問を投げ掛ける事にした。

 

「ねぇ、好夢ちゃん」

「何?」

「君は、自分の中にデジモンが宿っているのが、誰かのせいだとしたらどう思う?」

「……うーん」

『…………』

 

 聞いた蒼矢自身、リヴァイアモンに対して悪感情は特に覚えていない。

 リヴァイアモンだって好きで自分の中に宿る事になったわけではないだろうし、今に至るまで何度も自分の事を助けようとしてくれたから。

 だが、だからこそ聞きたかった。

 目の前の少女は、自らが知らず知らずの内に宿すことになった存在について、どう考えているのか。

 その見解を。

 少し考える素振りを見せた後、少女はこう回答した。

 

「……知らず知らずの間に、変な事してくれたなーとは思うけれど……でも、デジモンの方が自分の意思で好きで宿ったわけじゃないのなら、少なくとも私の中に宿ってる天使さんや蒼矢さんの中に宿ってるリヴァイアモンは何も悪くないってことでしょ? それならまぁ、別に怖くはないかな……なんて」

「…………」

「まだ蒼矢さんみたいに話せてはいないんだけど、私は私の中にいる天使さんが悪いやつだとは思えないの。だって、危なくなった時に助けてくれたから。助けるための力を、貸してくれたから。そうなる事を、変な事をしたやつが目論んでたのだとしても……それで天使さんの事を邪険にするのは、間違ってるように思う」

「――そうだね」

 

 それは、決して履き違えてはならない事だった。

 たとえ今の自分が、誰かの手で歪められたものだとしても。

 それで力を貸してくれたデジモン達の事を悪く思ったりするのは、間違っている。

 

「雑賀さんに宿って、力を貸してくれているデジモンだって、悪いヤツじゃないと思う」

「きっとそうだよ。見た目は怖いけど、雑賀にぃと似て優しいワンちゃんだと思う」

『……ダークエリアの番犬をかわいい扱い、ねぇ……当人が聞いたらどう思うやら……』

 

 経緯がどうあれ、望まざる形であれ、彼等はこれから共に戦うパートナーなのだから。

 と、意図せず蒼矢にとって納得のいく回答を口にした好夢は、何かを思い出したような口ぶりでこんな言葉を紡いでいた。

 

「そういえばさ、蒼矢さん」

「ん?」

「リヴァイアモンって、種族としての名称なんだよね?」

「当人はそう言ってたと思うけど」

「だったらさ、名前とかつけたらどうかな? 蒼矢さんと一緒にいる、パートナーとしての名前」

 

 蒼矢自身考えもしなかった提案に、魔王からも反応があった。

 

『……な、名前……種族じゃなくて個体としてのか……?』

「なんかリヴァイアモン凄く動揺してるみたいだけど」

「え、これだけの事で?」

『……デジモンが個体としての名前を持つなんて事は基本無いんだよ。種族としての名前一つあれば事足りるからな』

「デジモンにとってはかなり珍しい事みたい」

「ふーん……で、蒼矢さんどうするの?」

 

 うーん、と両腕を組んで首を傾げる蒼矢。

 よくよく考えてみると、以前リヴァイアモンは自らが「悪魔獣」と呼ばれていたと告げていて。

 その事について、彼は善く思っていない節がある。

 もしかしたら自分自身がそんな風に呼ばれてしまう種族である事自体、彼からすれば忌憚の対象でもあるのかもしれない。

 であれば、

 

(一応聞くけど、いいの? 僕が決めても)

『別にいいが……必要な事か?』

 

 これからは「悪魔獣」などと呼ばれるような存在ではなく、共に戦うパートナーであると考えてもらうためにも。

 新しい名前は、必要なものだと蒼矢は思った。

 

「名付けるよ。きっとその方がいい」

「そっか。それで、どんな名前にするの?」

『(ごくり)』

 

 まるでプレゼント箱の紐を解く時のような、一幕の緊張が走る。

 暫し考え、思い悩み、そして蒼矢はこう言った。

 

 

 

「デカワニ!!」

「ひどい」

『流石にありえねえ』

「二人揃って駄目出しされた!? 特徴押さえたのに!!」

『特徴だけでただの感想になってるじゃねぇか』

 

 

 

 あまりにもあんまりな提案と感想があった。

 好夢とリヴァイアモンの落胆の声に足りない頭を捻って案を出していくが、

 

「ジョニー!!」

「ありがち」

 

「ベニ!!」

『色じゃん』

 

「ポチ!!」

「ペットの名前じゃん」

 

「あぁもう、だったら何がいいのさ!! これでも気軽に話しかけられるように頑張って考えたつもりなんだけど!!」

「『あんた(お前)のセンスにはガッカリだよ』」

 

 ボロクソだった。

 名前をつけると決意したものの、そんな行為は彼にとって初めてのことで、彼は彼なりに良さそうだと思った名前を口にしてみていたわけだが、どれもこれも二人には不評な様子。

 もしかしたら自分にはネーミングセンスが無いのかもしれない、と知りたくもなかった真実に蒼矢は軽めにショックを受けてしまう。

 とはいえ、これは自分のパートナーの話である。

 他の誰かに任せるのは何かが違う気がする。

 変に凝った名前にしようと考えない方がいいと思い直し、改めて蒼矢はこんな提言をした。

 

「……じゃあ、タイヨウとか……どうかな……」

『――ん? 太陽?』

「蒼矢さん、それは……確かに先の四つよりはずっとアリだとは思うけど、どうして?」

「……前にリヴァイアモン自身が言ってた気がするんだ。輝きが好きだとか何とか。で、思いつく限り一番輝いてるものって言ったら……基本は太陽でしょ?」

 

 それに、と一度言葉を区切ってから、蒼矢はこう言葉を紡いでいた。

 

「それに、よくよく考えてみると、僕にとってリヴァイアモンはそういうものかなと思って」

「『…………』」

「……ん? どうしたの?」

 

 てっきりまた辛口コメントが飛び出てくると思い込んでいた蒼矢は、急に沈黙した一人と一匹の様子に疑問符を浮かべていた。

 少しの間を置いてから、改めて名付けられたリヴァイアモンが口を開く。

 

『……お、おう。そうかよ……』

「?」

 

 何やら戸惑った様子だった。

 次いで何かに納得した様子で好夢がこう言った。

 

「……なんか、波音さんが蒼矢さんの事を好きになった理由が解ったかも」

「? やっぱり、別のが良かった?」

「いやそれでいいから!! むしろそれしか無いから!! リヴァイアモンもそう言うんじゃないかなぁははは!!」

『そ、そうそう。タイヨウねタイヨウ。いいと思うぜタイヨウ。うんうん解ったよそれでいいぜよろしくなソーヤははは』

「ふたり揃って笑い出してどうしたのさ。変な感じだなぁ」

『げふん』

 

 よくわからないが、今回の名付けは成功したらしい。

 リヴァイアモン改めタイヨウと呼ばれる事が決まったデジモンは、何かを誤魔化すように咳払いをすると、この話はもう終わりだと言わんばかりに話題を切り替えてくる。

 

『名前の事はもういいから、さっさと色々見ておこうぜ。知識はあればあるだけ得だからな』

(……それもそうだね、タイヨウ)

『…………』

(了承したくせにいちいち黙らないで)

 

 タイヨウの言う通り、今は少しでも時間が惜しい。

 知るべき事は多く、要点も解らない以上、とにかくがむしゃらに見ていくしかないのだ。

 意を決してスマホの画面をなぞり、ひとまずは『図鑑』の確認から始めていく蒼矢。

 レベル、属性、タイプなど検索の設定に用いられる用語に疑問符を浮かべながらも、ひとまずは今日遭遇した敵が成っていたと思わしきデジモンの事を調べてみようと考えて、

 

『……ん? ちょっと待ってくれソーヤ』

(? どうしたの)

『そこ、そこに見える……アルフォースブイドラモンって名前のところを調べてみてくれ』

(あるふぉーす……?)

 

 突然タイヨウの口から申し出が来たと思えば、確かに『図鑑』を開いてすぐ表示された名前の中には言われた名前が存在していた。

 ア行の名前から最初に出るタイプなのか、と内心で呟きながら言われた通りに調べてみる。

 名前をタッチして数秒経つと、何やら『V』のアルファベットの形をした胸当てが特徴的な蒼い鎧を身に纏った竜人のようなデジモンの画像と、それに関する詳細が記載されているのが見えた。

 見れば、詳細の中には『ロイヤルナイツ』という組織の名前らしい単語も記されている。

 また何か重要な事を聞けるのかな、などと思っていた矢先に、内なるモンスターはこんな事を言い出した。

 

 

 

『――マジか。うわーマジか!! こっちでも知られてるのか、俺の憧れの聖なる騎士ー!!!!!』

「うわぁうるさい!? ちょ、ちょっとどうしたのタイヨウ!!」

「……頭の中で叫ばれるって、相当キツそうだなぁ」

 

 突然脳内に響き渡る歓喜の声に不快感を表す蒼矢と、その様子に思わず同情してしまう好夢。

 よくわからないが、インターネット上の『図鑑』に掲載されたこの『アルフォースブイドラモン』というデジモンはタイヨウにとって憧れの対象であるらしい。

 しかし、それにしたって、

 

(聖なる騎士……このデジモンが?)

『カッコいいだろ? アルフォースブイドラモン、ネットワークの最高位である聖騎士団《ロイヤルナイツ》に所属する十三体のデジモンの内の一体だ。いやー、絵になっても本当にかっけぇなぁ本物はもっとかっけぇと思うと尚更昂ぶるなぁ!!』

「助けて好夢ちゃん!! タイヨウが急に手がつけられない状態に!!」

「助けてって言われてもどうしようも無いんだけど……」

 

『なぁなぁ!! ちょっと他のナイツの事も名前教えるから調べてみてくれよ!! どうせ後々必要になってくる情報だと思うしさぁ!!』

(解ったからいちいち大声出さないでってば頭が痛くなる!! 何なのさ急に早口にもなって……)

 

 どうにも疑問を差し込む余裕など無いらしかった。

 言われるがままに名前を検索にかけ、その度に画面越しに出て来た名前に触れてページを開く。

 オメガモン、デュークモン、ドゥフトモン、スレイプモンなど、それぞれ個性的な姿をしたデジモンの姿や詳細を見る度に、頭の中で悪魔獣と呼ばれていたらしいワニが興奮してうるさくなる。

 何が彼をそうさせるのか、ロイヤルナイツと呼ばれているらしいこのデジモン達は、人間の世界で言うところのアイドルか何かなのか。

 少なくともデジモンという存在に触れて僅かの蒼矢や好夢からすれば、ロイヤルナイツという存在に対する印象などその程度のもので。

 ふと、こんな言葉が出てきてしまうのも仕方のないことだったりした。

 

「……蒼矢さん。色々と騎士っぽくないのがちらほら見えるんだけど……この、ガンクゥモンとか」

『は?』

「……なんだろうね。騎士ってアレだよね。馬に乗って剣とか槍とか振るう人の事だったような……武器持たずに拳で戦う騎士ってアリなの?」

『あ???』

「うーん……というかこれどう見てもただのおじさ……」

『ん?????』

 

 そしてゼロ距離どころかマイナス距離で圧をかけられた蒼矢はもう無理だった。

 

「タイヨウさっきから怖いんだけど!! いや仕方無いじゃん。明らかに騎士っぽくないのが混じってるじゃん!! 好夢ちゃんが言ったガンクゥモンもそうだけどこのエグザモンってデジモンとか!!」

『何処が騎士っぽくねぇんだ何処からどう見ても立派な騎士だろ!! ったくお前らってば意外と視野が狭いというか節穴というか何も解ってねぇというか……』

「というか何で急にそんな盛り上がってるのさ。ロイヤルナイツって、君にとって何なの?」

『進化したかったデジモンベスト13。あと殺されるならこのデジモンがいいベスト13!!』

「色々と重いっ!!!!!」

「蒼矢さーん、誰と話してるのかは解るけど普通の人から見ると変な人にしか見えないって自覚は持とうよ? 具体的に言うとうるさい」

 

 どうやら、自分のパートナーとなる相手も相手で中々に変わり者らしい。

 超えてはならないラインを知らず知らずに超えてしまったらしく、それまでの冷静沈着な思考は何処へやら、ヒートアップした……というか童心に帰った様子のタイヨウは蒼矢の頭の中でこんな言葉を飛ばしてきた。

 

『よぉし解った。こっちの世界でも認知されてるって事は、その「作品」の中にはロイヤルナイツのデジモンが出てるものも何個かはあるだろう。さっさと観ようぜ!! ちゃんと聖騎士の活躍を見ればその間違った認知を修正出来るだろ!!』

「いや活躍も何もフィクションだよね? 架空の話だよね? 少なくともこっちの世界における『作品』については」

『架空の話だったら尚更解りやすく脚色されてるだろ。なんかこうドロドロとした感情とかは無い、子供に人気のヒーローみたいな感じに。そしてお前らみたいなニワカにはそれでちょうどいい』

「……うーん、あまりイメージはしづらいんだけど」

 

 そして最後に聖騎士オタクのワニ(年齢不詳)はこうも言い切っていた。

 

『大丈夫だって!! ちゃんと聖騎士である事は認知されてるみたいだし悪役にはならないだろ!! もしロイヤルナイツが悪役として書かれたりなんてしてたら 俺が覚えてる限りの恥ずかしい秘密の一つや二ついくらでも暴露しちゃっても構わないぜ?』

 

 必然として。

 あるいは、わざわざ言うまでも無いことかもしれないが。

 後に人間の世界におけるデジモン関係の『作品』のとある一作を蒼矢と共に視聴したタイヨウは、感情の消えた声でこう言い残したという。

 

 

 

 ――シナリオ考えたヤツを呼べ、今すぐ。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 同日、夜中。 

 牙絡雑賀も司弩蒼矢も縁芽好夢も、それぞれが帰るべき場所へと帰った後。

 一時は戦場ともなった廃墟の群れ、その内の一つの上に佇む一人の男性がいた。

 青いコートを身に纏った、数日前に紅炎勇輝と接触した男、その人である。

 

「…………」

 

 彼は感情の読めない目で、辺り一帯の建物を見ていた。

 かつては誰かが住んでいた、あるいは勤めの場所としていた、その残骸。

 人の気配も無く、夜の闇に彩られたその街並みは、ある種のゴーストタウンのようにも見える。

 されど静寂は続かなかった。

 何を思いてか独り佇む彼の近くに、闇夜に紛れて一人の女が現れたことで。

 

「おや、こんな所で何をやっているんです?」

「特に何も。かく言う君こそ今夜は何を?」

「夜中に気になる気配があったもので、つい」

 

 サツマイモの皮のように紫色な衣装を身に纏った女――牙絡雑賀に情報を伝えていた女だった。

 彼女は青コートの男の傍に近寄ると、気楽な調子で問いを投げる。

 

「こんな廃れた場所に思い入れでも?」

「あると言えばある。君に言う気は無いがね」

「おや冷たい。貴方がたの目論見を手伝ってあげているのに」

「君に何か弱みでも知られると、後が恐ろしいからな……」

「ひどい言い草ですねぇ。私の何が恐ろしいと?」

 

 互いの手が互いに届く間合い。

 見方によっては親密そうでありながら、されど微塵も気を許さぬ様子の青コートの男に対し、あくまでも女は調子を変えずに言ってのける。

 

「というか、だな」

 

 故にこそか、男もまた女に向けて素直に回答した。

 一つの真実を。

 

「『グリード』に縁芽苦朗の受けた傷の事を教えたのは、どうせ君だろう?」

「ええ」

「その上で縁芽苦朗に司弩蒼矢の情報を伝え、互いに衝突するように仕向けた。牙絡雑賀が居合わせる事になった事まで想定通りかは知らないが、結果として君の言葉を引き金にこの二日間の間に彼等は戦わざるも得なくなった。これで恐れるなという方が難しいだろう」

「ですか」

 

 あるいは、この場に関係者の一人でもいれば、怒りを買って当たり前の事実だった。

 されど仮にこの場に友達や義理の妹がいたとしても、女は問われれば平然と答えていたことだろう。

 男の言葉はあくまでも答え合わせ。

 だからこそ、女もまた特に驚きはせず、

 

「まぁ、結果としては良かったじゃないですか。戦いを経て牙絡雑賀は一気に完全体の力を手にし、その気になればダークエリアへの門を開く力すら得た。司弩蒼矢は内に宿る力を暴走させることもなく、街は海の暴威に飲み込まれたりせずに済んだ。全体的に見て、組織の目的には沿えていると思いますが?」

「…………」

「それに、苦朗君の事について私の事を責める気ならお門違いでしょう。そもそも……」

 

 変わらぬ調子でこう言ってのける。

 

「彼に致命的なダメージを与えたのは、結果的にそうなるに至った戦闘を繰り広げていたのは、あなたですし」

「必要な事ではあった」

 

 男もまた平然としていた。

 自らの行い、その結果に疑問など抱いていない様子だった。

 

「彼は間違い無く怪物の類だ。今回は一度目の戦いであったから私の勝ちとなったが、二度目ともなれば話も変わる。ベルフェモン……だけではなく、ベルフェモンに至る前の姿だったのだろう種族の力まで使える高レベルの電脳力者である以上、一度戦った相手の対策などいくらでも取れる。まだ殺すわけにはいかないが、あのぐらいダメージは与えておく必要はあった」

「あのぐらい、なんて言えるレベルでは無いと思いますけどね。結果的に面白い展開にはなりましたが」

「私も私で力不足を痛感させられたよ。このコートを着て、包帯を操ってみせれば私に宿っているデジモンがマミーモンである……などと偽れると思ったのは浅はかだった。侮っていたつもりは無かったが、手札をある程度切らされてしまった」

 

 言葉とは裏腹に、青コートの男の声に苦痛の色は無い。

 怠惰の魔王、それを宿す人間に打ち勝つ力を有する男の表情は窺い知れない。

 偽りを身に纏うその男は誰に告げるでもなく経過事項を振り返る。

 

「牙絡雑賀は短期間の間に戦闘を重ね、電脳力者としてのレベルを上げた。司弩蒼矢は護りたいものを見つけ、魔王の力を暴走させずに済んだ。縁芽苦朗はそんな二人を新たな戦力として手に入れた。一見、彼等は十分な成果を得られたように見える。だが『グリード』が成果を得られぬまあ黙っているわけも無い。勢力としては未だに『グリード』は解りやすく強大で、仕掛ける事に対するリスクをいちいち考えるほど利口な集まりでも無い以上、次の衝突は近い」

「何せ欲張りの集まりですからねぇ。我慢というものを知らないから、痛い目を見ても方針を変えたりしない。それでいて悪知恵は働くんですから、欲される側からすればたまったものではないでしょう」

「この街に入り込んだ殺人鬼も、おそらくは『グリード』の下につく事だろう。欲を満たしたいと願う者にとって、バルバモンの電脳力者である彼が管理するあの組織の環境は理想的であるわけなのだから」

「彼等は対抗出来ますかねぇ」

「出来てもらわなければ困る。あまり一般の人間を殺され過ぎるわけにもいかないのだからな。場合によっては私達も出向かなければならなくなる」

「おや、意外と博愛主義。少し前に何も知らない学生を拉致ったのと同じ人だとは思えませんね」

「彼をデジタルワールドへ送る事は必要な事だからな」

 

 此度の戦いはあくまでも、彼等にとって物語の1ページ。

 多少のイレギュラーこそ交えながらも、それ等全てはアドリブとして許容可能な範囲の話に過ぎず、本筋そのものが変更を余儀なくされたわけでもなく。

 結論からして、牙絡雑賀の成長も司弩蒼矢の改心も何もかも、シナリオライターと呼ばれる組織にとっては何の痛手にもならないものに過ぎず。

 その前提に基づいた脚本家の言葉は、まさしく予言に他ならない。

 

「戦いはこれから激しくなる」

「激しくなるほど『シナリオライター』の目的は達成に近付く、ですね」

「聡明な苦朗君辺りは気付いているだろう。だが『グリード』のような枠組みがある限り、力を振るう事を止める事は出来ない。それは大切なものを失うことを容認するも同然の選択であるのだから」

 

 命を賭した闘争も、自らを害しかねない成長も、その意味も何もかも。

 彼等にとってはある種の糧に過ぎない。

 誰かが前に進む度に同じ、あるいはそれ以上の速度で筋書きを先へ進めていく。

 

 もっとも。

 彼等の描く筋書きが、全て同じ未来を見据えてのものかどうかは、別の話であるのだが。

 

「種植えは完了し、芽吹きの時は遠からず来る。この世界でもデジタルワールドでも……争いは必ず起き、それに伴った変化が起きる」

 

 世界の行き先を描く脚本家、その一員でもある男はその視線を都市の方へと向け、終いにこんな言葉を吐き捨てる。

 

「――誰がどのような筋書きを描いていようが知った事か。私は必ず目的を成し遂げる」

 

 夜の帳が上がり、朝のひばりが鳴いた時、物語は次のページへと移り変わる。

 現実世界でもデジタルワールドでも、その摂理に変わりは無く。

 デジモンという存在に選ばれた、あるいは呪われた者達もまた、逃れられぬ運命に導かれるようにして新たな一歩を踏み出すしかなくなっている。

 牙絡雑賀も、司弩蒼矢も、縁芽好夢も、縁芽苦朗も。

 

 そして、デジタルワールドにいる紅炎勇輝や、彼と共にいるベアモンもエレキモンの下にも。

 新たな戦いの種は、とっくの昔に芽吹きつつあった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして。

 所変わって、夜のデジタルワールドにて。

 とある森林地帯の中で、とある二匹のデジモンが息を荒げていた。

 

「……大丈夫か? まだ歩けるか?」

 

 そう問いを出す片方は、銀色の毛並みを有し二足で立つ、狐の獣人。

 女性的な声質を有するそのデジモンの問いに、もう片方が返答する。

 

「――は、はい。どうにか……僕は、大丈夫です……」

 

 赤い羽毛に身を包み、二足で立つ小柄な、鷹にも似た鳥。

 気弱そうな声で、されど礼儀正しく返答するそのデジモンは、明らかに疲れた様子で返答していた。

 彼の様子に僅かに表情を曇らせながらも、銀の狐は言葉を紡ぐ。

 

「あと少し頑張れば、リュオン殿のいる町に着く。どうにかそれまで辛抱してほしい」

「…………」

「……里の事は気にするな。あの程度の襲撃で潰えたりはしないはずだ」

「……そうだと、いいのですが……」

「必要なら進化して運ぼう。少しの間にはなるが、時間の短縮にはなるだろう」

「いえ、大丈夫ですから!! 僕のことはお構いなく……!!」

「……そう言うのなら、そうするが……あまり気負わないでほしい。あの方も、お前のそのような顔をしてもらうために私を侍らせたわけでは無いはずなのだから」

「……ハヅキさん……」

 

 ハヅキ、と。

 そう鷹に名を呼ばれた狐は、優しげな笑みを浮かべながら姿勢を低くする。

 鷹と目線を合わせ、改めて告げる。

 

「さぁ往こう。辿り着くまで安心は出来ない」

「……はい……」

 

 返答し、鷹は狐と共に歩き続ける。

 じきに夜の帳が上がり、朝のひばりが鳴く頃。

 その表情はいつまでも、不安げに暗かった。

 

 人間とデジモン。

 現実世界とデジタルワールド。

 二つの存在と世界とを巻き込んだ物語は、これより第三の幕を上げる。

 

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