DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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第四節「一日目:片鱗、未だ眠りて」②

 

 所変わって、樹海の中に見つけ出したらしい安全地帯にて。

 一匹の子供が涙目になっていた。

 

「いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたーっ!!!???」

「こらっ! 強いんですから塗り薬一つ程度で暴れないでくださいっ!! 痛いのはきちんと染みて効き目が出ている証拠なんですよ!!」

「痛いモンは痛いんだってばぁ!? なんなのこの新感覚の痛みっ、これならフライモンに刺された時のほうがマシ――あ待って目にまでやるのは聞いてないってもう大丈夫だから唾でもつけてれば勝手に治るからそれ以上――ぎゃーっ!!!!!」

 

 目がー!! 目がー!! と痛みに悶え暴れるベアモンをハヅキが羽交い締めにして封じ込め、彼が持参していたらしい塗り薬をホークモンが爪に乗せてベアモンの傷口に塗りたくっていく。

 ラモールモンから受けたダメージはベアモンの想像していた以上に酷いもので、彼の予想に反して退化程度で「無かったこと」にはならなかったのだ。

 目を含めた顔面の右半分に3本の線として大きく刻まれた裂傷、カマイタチによって幾度となく付けられた全身各部の切り傷は、ベアモンの姿に戻ってなお残っていて、元通りになって何事も無しとするつもりだったベアモンは言い逃れも出来ない状態になってしまったわけで、怪我人扱いは必然だった。

 薬が染みる痛みに悶えながらも、ハヅキによる羽交い締めから開放された彼は内心で呟く。

 

(うぅ……毎回ここまでの傷を負うことは無いから過信してた。退化で無かったことにならない傷もあるんだ……ガルルモンと戦った後の時だってここまでは残らなかったのに……)

「しかしまぁ、見事なまでにザックリやられてますわね目玉。クスリ一つで回復させられるのでしょうか」

「問題ないでござるよ、これは個々が持つ再生力を活性化させる薬。塗って少し時間が経てばアルス殿自身の再生力が勝手に治してくれるはずでござる。痛いのはまぁ、良薬は口に苦しという言葉を信じて我慢してもらう他に無いのでござるが」

「苦くないというか痛くない薬とか無いの!?」

「あるわけが無いでござろう砂糖やハチミツを塗っても呑ませても傷が治るわけではあるまいし」

「正論も痛いッ!!」

 

 ベアモンがぐだぐだ言っていると、ハヅキは少し思案するように左手を口元に寄せ、直後にその三指の間から(どこに隠し持っていたのか)銀に光る針を出し、こう告げた。

 

「ふむ、それほど薬が嫌だというのであれば仕方ないでござるな。薬の制作ほど得意ではないのでござるが、ちょっと全身の傷口を十数本ほどの針で縫うとし」

「もう痛くないたい!! お薬ありがとうねッッッ!!!!!」

「どんだけ刺されたくないのですかあなた」

 

 そりゃあただでさえ塗られた薬が傷に染みて痛いってのに追加で針を刺しますなんて言われたら効能がどうあれ拒否したくなるのは当たり前なのであった。

 自分が大丈夫であることをアピールしたいのだろう、やせ我慢の笑顔を向けるベアモンの様子に呆れ顔になったバステモンことレッサーは、彼のことを一旦放っておいてこんなことを口にする。

 

「しかし、まさかラモールモンと出くわすなとわ思いませんでしたわね。犠牲が出なくて何よりですわ」

「本当ですよ。正直、こうして生きていられてるのが不思議なぐらいです。『ギルド』の依頼って、いつもこんな感じなんですか?」

「流石に、ここまで深い樹海に足を運ぶことは滅多にありませんわね。命の獲りあいという意味であれば、別に珍しくもありませんが」

「……その、怖くはないんですか? 死んでしまうのとか……」

 

 突然物騒な、されど現状を考えれば自然な想起がホークモンの口から出る。

 問われたレッサーは僅かに思案するように沈黙してから、こう返した。

 

「そりゃあ私も怖くないわけがありませんわよ。生きてやり遂げたい事の一つや二つぐらい、あるのですから」

「危険なのが解っていたのに、どうして護衛の依頼を受けてくれたんですか?」

「私にとってはこれもやりたい事の一つだから、とでも言えばあなたは納得しますの?」

「…………」

「まぁ、事情は知りませんが、あなたも大変な目に遭った様子ですし。死というものに敏感になるのも無理は無いでしょうけど……今は私達のことより自分の心配を第一になさいな」

 

 返事を聞いたホークモンの視線がレッサーからベアモンの方へと移る。

 向けられたその目には少し暗いものが滲んでいるように、ベアモンには見えていた。

 

「ベアモンさんも、同じ考えなんですか?」

「……そりゃあそうでしょ。君は護衛対象で、僕達は護衛なんだよ? 怪我の一つや二つで心配されても困るよ。信じられてないんだって思っちゃう」

「二つでも一つでも怪我は良くないんですよ。そんな風に自分の命を軽んじられるのは、その……気分が良くないんです」

「…………」

 

 その言葉にベアモンは僅かに沈黙した。

 心配をされている、ということを察せられないほど彼もニブくは無い。

 自然と、こんな考えが浮かんだ。

 

(……僕が弱いから、不安にさせちゃったな……)

 

 ラモールモンを相手に無傷で倒せるほどに強くなっていれば。

 そこまででなくとも、目に傷を負うなんて大怪我をしないぐらいに強ければ。

 そう思うだけで自身の未熟を、非力さを思い知らされる。

 なまじ自分よりも頼りになる相手が目の前にいるのだから、より重く感じられる。

 

 自分が知らなかっただけで、レッサーは自分よりもずっと強かった。

 ラモールモンを相手に、いっそ遊ぶかのような振る舞いで、無傷で戦闘不能に追い込んでみせた。

 自分にもあのぐらい出来れば、きっと心配させる余地なんて無かった。

 あんな風に出来たいと、思った。

 

(……こんな時、主人公なら……絵本に描かれてるような、カッコいいヒーローなら……)

「……心配させたのは、ごめん。次はもっと上手くやるよ」

「次が無いことを願います」

 

 弁明の言葉は、果たしてホークモンにとって信じるに値したかどうか。

 どうあれ応急処置は済み、直近の出来事に対する問いかけも終わり、再出発の時間がやってくる。

 数分経って塗り薬の効果が浸透しきったのか、右目の傷の痛みも収まってきたベアモンは『ひそひ草』のスカーフに囁き声を流す。

 

(ユウキ、少し連絡遅れたけどそっちは大丈夫? ドゥフトモンに話は聞けた?)

『――あ、ああ。その辺りはたぶん大丈夫だ。なんか面倒なことになりもしたけど、諸々のことは合流してから話す。メモリアルステラまでそっちはあとどのぐらいだ?』

(もうそこまで遠くはないはずだよ。……あ、こっちが大丈夫だったし、そっちはドゥフトモンが一緒にいるなら尚更大丈夫だとは思うけど、完全体のデジモンが襲ってもきたからユウキもトールも気をつけてね)

『……わかった。それじゃあ、また後でな』

 

 必要最低限の情報交換をユウキと済ませ、ベアモン達は改めて歩きだす。

 幸運にもラモールモンのように狂暴化した完全体のデジモンと二度遭遇するようなことにはならず、特に不都合なども無いまま、てくてくと樹海の中を進んでいく。

 途中、おかしなことがあったとすれば、

 

「あ、戻りましたねレッサーさん」

「僕達のと比べても随分と長く進化をしていたみたいだけど、大丈夫? いやまぁ一番大丈夫か心配したいのは言葉遣いとかのほうなんだけども」

「――だー!! やめろー!! バステモンの時のことは言うんじゃねぇよ!! ただでさえこうして退化する度に自分が自分で恥ずかしくなっちまうってのに!!」

「……もしや、無理して口調を変えていたのでござるか? 何の意味があって?」

「意味なんかねぇよ。あの姿の時は正気じゃねぇだけだよ。正気ならあんな口調にわざわざするか!! 誰も得しねぇだろ!!」

「良かった、あの元の振る舞いとかから考えるとふざけてるとしか思えない喋り方ってやっぱり元のレッサーにとっても正気じゃなかったんだ。僕はてっきりオトナになるってああいうものなのかなと思ってたよ。ユウキやトールまで完全体に進化したらあんな風になっちゃうのかなとか考えたら恐ろしくて恐ろしくて……」

「アルス殿、結構失礼なことを言ってる自覚はお有りでござるか?」

 

 進化が解けて元の姿――成熟期のミケモンの姿に戻ったレッサーが、顔を赤らめながら震えてしまっていた事ぐらいか。

 そうして一行は歩き続けて、そして、

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 結果から言って、二組の集団として分断されていた一行は、無事に合流を済ませることが出来た。

 彼等が集ったのは、神秘的な雰囲気を醸し出す板状の物体――メモリアルステラが鎮座、辺り一帯に光の線が奔っている樹海の奥地。

 ギルモンのユウキ、エレキモンのトール、ベアモンのアルス、ミケモンのレッサー、依頼主であるレナモン(銀)のハヅキとホークモン。

 離れ離れだった六名は互いの無事を実際にその目で確認出来たことに安堵し、自然と寄り添い合って。

 そして、予想通りと言えば予想通りの時間がやってきた。

 

「「「「…………」」」」

「……その、とりあえずその目やめてくれないかな……?」

「……本当にロイヤルナイツに助けてもらっていたのでござるな。いやはや……どんな天運でござるかコレ」

「運ってわからんもんだよな。オイラもアルスから聞きはしてたけどよ、どんなモノ食ってたらあの状況からブッ飛んで聖騎士サマに墜落して助けられるなんてトンでもない成り行きに至るワケ? レッサーさんもビックリだぜ」

「まぁうん、ユウキってば出会った時もいろいろアレだったし、なんかそういう星の下に生まれてきたんじゃないかなと思ったことが無くも無いんだけど……何なの? これがそのお腹の印の効力だったりするの? 今度は七大魔王とかに激突したりするの? 知らない間に剣なんて拾っちゃってさ」

「言うと本当になりそうだからやめてくんない???」

 

 これである。

 長くはなくとも同行していた時間があり、その(威厳がロクに感じ取れない)精神性を知れる機会があった分、ユウキとトールの二名だけは少しずつ慣れ始めこそしたが。

 やはり、ロイヤルナイツが一体、獣騎士ドゥフトモン(けもののすがた)と偶然出くわして、こうして合流するまでの間を協力してくれた上でこうして目の前にいる――などという事実は、普通のデジモンからすればそれなりの衝撃を受けるものだったらしい。

 こうしてデジモンになってデジタルワールドに来てしまうまで、フィクションのキャラクターとしてロイヤルナイツのデジモンを認知していたユウキでさえ緊張したのだ。

 人間で言えば突然目の前に有名なスポーツ選手か何かが現れて自分に話しかけてきた、ぐらいに相当するんだろうなとぼんやり思いながら、当事者なユウキは視線をドゥフトモンの方へと向ける。

 一身に注目を浴びるハメになった獣騎士は、一つため息を漏らすと、こう言葉を紡いだ。

 

「君達がユウキとトールの仲間、そして依頼主だね。始めまして。見ての通り、ロイヤルナイツ所属のドゥフトモンだよ。今後ともよろしく」

「……お、おう。オイラは『ギルド』所属なミケモンのレッサー。今後ともって、オイラ達の『ギルド』に何か用事でも?」

「あぁ、故あってユウキ君の先生をする事になってね。時間が取れたら色々教えに来るつもりなんだ。今は君達にも依頼があり、僕にも重要任務があるわけだから、すぐにとはならないけどね」

「――へ?」

 

 真っ先に反応を示したのは、意外にもベアモンだった。

 

「……えっ、ちょっ、ロイヤルナイツが、ユウキの先生に……!? そ、それは……」

「えぇと、何か不都合でもあったのかな。ベアモン君?」

「い、いや。すごいなーって思っただけだよ。そっかぁ、すごいなぁユウキ。ロイヤルナイツが先生になってくれるなんてさ!!」

「お、おう……完全に勢いで押されただけでどちらかと言えば断りたいけどな……(ボソッ)」

「何か言ったかな不良生徒くん」

「うわあ地獄耳!?」

 

 断れると思うなよ、と遠回しに言われて戦慄するユウキを尻目に、ドゥフトモンはベアモンの反応に一つの思考を過ぎらせた。

 

(……なるほど、この子か。ユウキと『ひそひ草』のスカーフで通話していたのは。大方、いきなりの好待遇が変に思えて、ロイヤルナイツである僕がユウキのことを怪しんでると察して不安を覚えちゃったってトコかな。実際怪しんでて監視目的でもあるんだけど……はぁ……当然だけど信じられてないね……)

 

 当然、監視の建前としてもそれ以外の心境としても、ユウキとその仲間達の信頼を得られない流れは好ましくない。

 なので、ドゥフトモンは即断即決で提案してみることにした。

 

(予定に無いけど、そういうデジモンだって信じてもらうためには仕方ないか)

「……何ならベアモン君も生徒になってみるかい? トール君には断られたけれど」

「――え、それはまぁ願ったり叶ったりで是非ともお願いすることではあるけど……トール、断ったの?」

「だってベンキョーとかメンドくさいし。今から急いで学びたいことがあるわけでもねぇし。そういうのはユウキとお前に全部丸投げするよ」

「テキトーすぎない!? ロイヤルナイツの生徒だよロイヤルナイツの!! 生きてる内に一回あるか無いかのチャンスじゃないのこれって!?」

「そうだぞ。せっかくの機会なんだからどうせならお前も巻き添えになれトール」

「負け組のルートに俺まで巻き込もうとするんじゃねぇよ殺すぞユウキ」

「出会った時から思ってたんだけど君達失礼すぎというか実は僕達ロイヤルナイツのことナメてるだろ」

「失礼だな!! 俺とユウキは礼儀正しく敬意を込めてお前だけをナメてるわ!!」

「お前もお前で巻き添え狙うな殴るぞ」

「……三人共……そろそろ真面目に話をしようね……?」

「「「ごめん」」」

 

 話題が脱線に脱線を重ねそうになった所で、色々と混乱しながらもベアモンがちょっと苛立った口調で馬鹿ニ名と騎士一名を諭す。

 ロイヤルナイツ所属デジモンの生徒になれる、という(一般のデジモンにとっては)トンでもねえ好待遇に困惑こそするが、どうあれドゥフトモンの「今後とも」発言の意図を理解したレッサーはこんな事も聞いた。

 

「まぁ、こっちの事情を汲んでくれてるのなら別にいい。オイラ達の『ギルド』がある発芽の町の場所は知ってるのか?」

「知らないけど、民間組織のパイプラインが通ってる町なんだろう? それなら少し調べれば知れることだろうし、少なくともユウキとトールのニオイについては覚えたからね。ちゃんと足は運べるさ」

「随分と優秀なこって。そんな優秀な聖騎士サマに質問なんだが、デジモンの狂暴化について何か知らねえの?」

「二人に対して既に答えてるんだけど、まったくだね。技術を用いて人為的に引き起こされてる出来事ってことぐらいしか解ってない。一応ここを調べてる最中なんだけど、進展らしい進展も無し……ってところさ。何か解ったら、ユウキ達の授業のついでに伝えはするよ」

「そりゃありがたい。うちの方でも狂暴化の話は迷惑を被りまくってるからな。あのロイヤルナイツの一人、それも戦略家のドゥフトモンが情報提供してくれるってんなら、これ以上の贅沢はそうそうねぇだろうよ」

 

 ひとまず、偶然の出会いながらもパイプラインを繋げる事になったらしいドゥフトモンの扱いが、当事者の納得の有無に関係無く決まったところで。

 ホークモンの護衛任務中な一行の視線はこの場で最も光を灯らせている物体ことメモリアルステラ――ではなく、その裏手側に見える景色へと向けられた。

 紆余曲折あったが、そもそも一行がこの場に集ったのは合流が目的であり、それを済ませた以上、この場に留まっておく理由は特に無いのだ。

 ユウキはドゥフトモンに視線を向けると、改めての質問をする。

 

「ここまで来たらあと少しって話でしたっけ」

「うん。メモリアルステラがあるここまで来れば、あとは一時間程度歩けば町に着くはず。トラブルの有無によってある程度遅延はするかもだけど……」

 

 返答しつつ、ドゥフトモンは空の色を見る。

 ユウキとベアモンも、それにつられて同じ景色を見た。

 気付けば少し前まで青色が広がっていた空には夕焼けの色が滲み出ていて、あとニ時間程度も経てば夜の帳が下りるであろうことは容易に想像がつくようになっていた。

 僅かに目を細めると、聖騎士はこのように言葉を紡いだ。

 

「――思ってたよりも夜になるのが遅いみたいだし、まぁその気になれば今日中に抜けられるんじゃないかな。安全な場所を見つけられるのなら、一度眠って夜を過ぎた上で再出発するのもアリだと思うけど」

「んー。オイラもその案は考えたが、抜けられるなら抜けちまったほうがいいだろうな。樹海と町、寝るとしてどっちが安全かなんて、考えるまでもねえし……」

「それが君達の判断なら、僕からこれ以上言う事は無いかな。ここまで来れるぐらいの強さがあるなら、御守りの必要はないと思うし」

「御守りも何もアンタ俺達が野生デジモンと戦ってるとき見てるだけだったけどな」

「見守ってあげてたんだってば。助けもしたでしょ」

 

 言うだけ言ったところで、ドゥフトモンはユウキ達一行に背を向け、彼等の行き先とは異なる方向に向かって歩き出す。

 ユウキ達に目的地があるように、ドゥフトモンにも優先すべき任務がある。

 その上で助けてくれて、その上で気遣って、その上で今後も関わってくれると言ってくれた。

 威厳の無さに突然の生徒扱いなどなど、色々と複雑な心境になりながらも、それ等の事実に感謝をしていないわけがなく。

 ユウキは思わず呼び止めて、こう言った。

 

「あの」

「……何かな?」

「助けてくれて、ありがとうございました。その、またいつか会いましょう」

「……うん。その内ね」

 

 静かに、どこか微笑んだのような声色でそう言い残し、ドゥフトモンはその場から姿を消した。

 単純な膂力でもって駆け出しただけと理解していても、そのスピードには驚かされる他無かった。

 見届けた一行は、確保しておいた食料である程度腹を満たしてから、メモリアルステラのある場所から再び樹海の中を歩き始める。

 合流を果たし、戦闘要員が増えた都合、戦闘において不足を覚えるようなことはなく、幾度か襲撃を受けながらも大事なく先へと進むことが出来ていた。

 それまでの緊張を解すように談笑する程度の余裕が出来た頃、ふとしてレッサーはベアモンに対してこう言った。

 

「しっかし、幸運なモンだなベアモン。まさかロイヤルナイツの教えを受けられる立場になるなんてよ」

「……あ、うん。そうだね」

「……なんか妙なテンションだな。気にかかることでもあったか? 偽物の疑惑とか? まぁ色々と都合良すぎるもんな」

「いやいや。そういうことは考えてないよ。嬉しいことは嬉しいし、ロイヤルナイツに鍛えてもらえるのなら究極体に到れるのもそう遠くないかもなーとか考えてただけだよ」

「思ってた以上にご都合だったわ」

 

 レッサーの問いに、ごく自然なテンションでそう答えながら。

 ベアモンは、言葉とは裏腹に疑惑の思考を奔らせていた。

 

(……本当に、ただ教えたいってだけの動機でユウキの先生になるって言ってたの? あっちの事情はよくわからないけど、ロイヤルナイツとしての自分の務めを後回しにしてでも……?)

 

 信じられなかった。

 ベアモン自身、ロイヤルナイツなどというビッグネームなデジモンと顔合わせするのは初めてで、ロイヤルナイツという組織がどういうものなのかまで詳しく知っているわけではない。

 あくまでも、一般的なデジモンが知れる範囲――世界の秩序と平和を守る聖なる騎士たちであるということぐらいしか、知見には無い。

 心の底から優しいデジモンかなんて、わからない。

 解ることは、ユウキという元は人間であったデジモンが、その存在が世界の秩序という観点から見ると、どうしても怪しいと判断されてしまうであろうことぐらい。

 

(ユウキや僕等が口を滑らせない限りは、基本的にバレないはずだけど、相手はロイヤルナイツ……楽観なんて出来ない……)

 

 デジモンではなく、人間としての姿でこの世界に立っているならまだ物語にもある範囲での話だった。

 自分のことを人間だったと思いこんでいるだけの正真正銘のデジモン、なんて話だったとしてもそれはそれで大事にはならない。

 だが、元は人間であったデジモン、なんて存在はどう考えても今までに無い話だ。

 

 特別も特別。

 なんならベアモン自身、ユウキという元人間のデジモンに何の危険性も無いのかと聞かれたらマトモな反論を出来る自信が無い。

 幸運にも、今まで大事に至ったことこそ無かったが、何も起きてなかったからこそわからないままの事も多いのだ。

 証明材料が無ければ、潔白さなんて誰にも示せない。

 

(……成り行きで僕も関われるようになった以上、ちゃんと見ておかないと。もしかしたら、なんか凄い謎の力とかなんかでユウキの正体か何かしらに感づいてるかもしれない。僕はユウキのことを信じてるからいいけど、ロイヤルナイツまで都合良くユウキのことを大丈夫なやつだと信じてくれるとは限らない。少しでも怪しいと思われたら、良くないことになるかもしれない。だって……)

 

 自分にとって信じるに値するものが、他者にとってもそうであるとは限らない。

 その事を、ベアモンはよく知っていた。

 痛いほどに、知っていた。

 

(――トクベツなやつは、ただトクベツであるだけで、フツウのやつに怖がられるから――)

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 考え事をするほどに、時間が経つのはあっという間に感じられる。

 気付けば、夜の帳は下りていた。

 冷たい風が長く伸びた草を撫でる中、静寂に包まれた獣道の上を松明片手にユウキ達一行は歩き続け、そしてようやく待ち望んだ光景を目の当たりにする。

 

「……やーっと抜けられたのか……」

 

 周囲に巨木や倒木は無く、土は乾いていて、広大な夜空は視界いっぱいに広がっている。

 樹海の閉じた深緑から平原の開けた黄緑に景色は移り、樹海を抜けたその事実を認識して、一行はほぼ同じタイミングで大きく安堵の息を吐いていた。

 当たり前と言えば当たり前の感想を、疲れきった様子のユウキが述べる。

 

「……いくらなんでもあの樹海広すぎだってマジで……今までの依頼はもちろんモノクロモンとかと戦ったあの山を登った時と比べても何倍も時間掛かってる気がするんだけども」

 

 その愚痴を皮切りに、各々の言葉が飛び交った。

 

「流石にそれは気のせいでしょユウキ。色々起こりすぎて感覚が麻痺してるってだけで、いつも今か今より少し前ぐらいには町に戻れてたじゃん。倍は無い。違うのは、ここまでがまだ目的の場所までの通過点でしか無いってことぐらいで……」

「アルス、そういちいち細かく言ってやんなって。ユウキはトールともども、あんなハチャメチャな体験までしてんだ。疲れもたっぷり溜まっている事だろうし、愚痴の一つや二つは出て当たり前だろ」

「愚痴ばかり言ってても仕方無いでしょ。そもそも護衛の依頼なんだからもっと真剣にさぁ……」

「今日のお前はやけに真面目だなぁ。いっつも昼前ぐらいまで寝て約束をすっぽかしたりしてたクセに、どのクチが真面目ぶってんだ」

「ちょっ!! トール、ホークモンとハヅキの前でそんな本当の事言わないでよっ!!」

「……ふむ、ご心配なされるな。眠気覚ましの手段については得手がある。アルス殿であれ誰であれ、寝坊などさせることは無い」

「――えぇと、その手段って?」

「香か、その材料が無ければコブシでござるが」

「起きる!! ちゃんと早起きするから!!」

「えぇと、ハヅキさん。別に熟睡は健康的に悪いことじゃないはずだからそういう物騒なのは……」

「無論、半分は冗談でござる」

「……どちらかもう半分は本気って事じゃん!?」

 

 行く先には広大に広がる湖と、その上に築かれた橋――そしてその上に建てられたらしい町『天観の橋』がある。

 ベアモン達の暮らす『発芽の町』と比べても明らかに建造物の数が多く、規模も数倍以上。

 月明かりに照らされた湖の美しさも相まって、ユウキはその景色に外国へ旅行にでも出たような錯覚がを覚えた。

 ここがデジタルワールドである以上、それこそ現実世界の外国の観光スポットか何かの情報が元になっている可能性もあるだろうが、それにしたって大規模なものである。

 

「宿は機能しているのでござろうか」

「流石に一部屋ぐらいは空いてるだろ。全員分空いてなかったらホークモンとハヅキ以外の一部は地面で寝てもらう事になると思うが」

「そっか。じゃあ厚意に甘えて俺達は宿で寝るんでレッサーは屋根の上とかで寝ててくれな」

「お、どうしたトール。オイラも誰もお前やアルスやユウキにベッド独占したいから出て行けなんて言う気は無かった気がするんだが」

「レッサーはアレだよね。いっつも『ギルド』の拠点で台の上とかで寝てるし、地面の上でも屋根の上でも変わらないよねきっと」

「アルス? いくらオイラでも夜中にまであんな風に寝ることは無いんだぞ?」

「何でもいいけど剣持ったまま入って大丈夫なのかねこれ。ドゥフトモンとのあれこれもあるから捨てるわけにはいかないんだけども……」

 

 誰もが安心していた。

 ひとまず今日の困難は突破したのだと、ゆっくり休むことが出来るのだと。

 

 

 そんな時だった。

 最初に、その音を感じ取ったのはレッサーだった。

 

「――ん?」

 

 何かが強く風を起こしているかのような。

 鳥デジモンが飛翔するそれとは異なる、そんな音にふとして視線を上に上げる。

 月光のみが視界を開く夜闇に紛れ、何かが見えた。

 よく見えず、目を凝らしてみた頃、次いでハヅキがその音を知覚した。

 二秒ほど経って、その表情は安堵していたそれから一変――青ざめる。

 

「――まさ、か……」

「ハヅキさん?」

 

 傍らのホークモンがハヅキの様子の変化に疑問の声を漏らすが、ハヅキから応じる言葉は無かった。

 そしてユウキ、ベアモン、エレキモンの三名もまた、遅れてその音を知覚する。

 

 ごおおおう、ごおおおう、と。

 さながら猛獣の低い唸り声にも似た上方から聞こえる音に、ユウキの表情が変わる。

 そうして皆が、同じ方向へ視線を送り、その飛翔を見た。

 

「――な、なんじゃありゃ!?」

「おいおい……何でこんなトコにあんなモンがあるんだよ!?」

 

 エレキモンとミケモンが、それぞれ驚きの声を漏らす。

 遥か先の夜空から轟音を伴って近付いてくる、魚か何かを想起させる輪郭と頭部を有する飛翔体。

 その造形は、ユウキにとってあまりにも見覚えのあるものだった。

 即ち、それは『アニメ』においても数多くの視聴者に大きな衝撃を与えた『間違いの象徴』。

 二つの作品を跨いで繰り出され、分類としては現代社会において最も恐れられる攻撃手段。

 すなわち、

 

(――スカルグレイモンの、必殺技の……グラウンド・ゼロ!?)

「各々方!! 急ぎこの場から逃げ――ッ!!」

 

 レナモンのハヅキはそれまでの堂々とした態度から一変、ホークモンの体を咄嗟に抱きかかえて走り出しながら、声を荒げて呼びかけてくる。

 が、軌道を確認する余地はおろか、考える時間も無かった。

 咄嗟に脅威を背を向けて走り出した直後、夜空を掻き裂いた弾頭は獰猛な笑みのままに着弾する。

 

 爆音が響く。

 その衝撃は、地響きと共に離れた位置にいたはずのユウキ達を転ばせる。

 何かが砕け、壊れる音、そして悲鳴と怒号とが連続する。

 

 

 

 ――同じ爆発が、同じ衝撃を伴って、続けて二回撒き起こった。

 

 

 

 急いで逃げるべきだとか他の誰々は無事なのかとか、そういった事を考えられる余裕など無かった。

 そうして結果的に伏せた姿勢のまま十数秒ほどが経過し、爆発音が響かなくなったのを知覚して、恐る恐るといった様子で転んだ状態から起き上がり。

 そうして改めて、元々見ていた方向を見た一行の視界に映し出されたのは、

 

「――何だよ、これ……」

 

 地獄。

 そう言う他に無いほどに壊され、火の海と化した『天観の橋』の姿がそこにあった。

 数多く築かれ、あるいは住民たるデジモン達が居としていたかもしれない建造物が壊れ、石材や木材が火炎を帯び、大火事の中で怒号と悲鳴が幾多にも重なっていく。

 ギルモンのユウキは、呆然とするしか無かった。

 ただの火災なら、まだ現実の世界でも見たことがあった。

 だが、その殆どはテレビのニュースで見るような、文字通り対岸のものばかりで。

 こんな間近で、ましてや町一帯全てが燃え上がるようなものを、見たことなんて無かった。

 受ける衝撃も、抱く恐怖も、浮かんだ嫌悪も――それまでに見てきたものとは桁違い。

 原因、というか元凶と言える存在が何であるかを察してながら、それでも思わず呟いてしまっていた。

 何だこれは、と。

 これは本当に現実に起きている事なのか、と。

 

 そして。

 衝撃を受けているのは、ユウキだけではなかった。

 

「――あ、あ――」

 

 その声に、ユウキは振り向いた。

 今日この時に至るまで、見たことの無い表情があった。

 自分やエレキモンの前では、一度たりとも見せなかった顔があった。

 

 ベアモンは。

 アルスは、震えていた。

 体どころか口元や瞳さえも震わせ、恐怖していた。

 そして、他の事になど意識一つ向いていないような様子で、こう叫んでいた。

 

「……う、あああああっ!! ダメだああああああああっ!!」

「ッ!? 待てベアモンッ!!」

「は? おい馬鹿っ!? お前が行ったところで……ッ!!」

「――!? ま、待つでござるアルス殿!! ユウキ殿!! トール殿ッ!!」

 

 彼はそう言うと、自ら大火事の巻き起こっている『天観の橋』に向かって走り出していた。

 その前進に戸惑いを覚えて二秒、遅れてユウキとエレキモンも後を追い始めて。

 結果的に、大火事巻き起こる町の方へとあっという間に向かって行ってしまった三人の背中を見て、ハヅキは明確に焦燥を帯びた表情でこう告げていた。

 

「レッサー殿ッ!! 急ぎアルス殿達を連れ戻し、この場から退かねば!!」

「……アレについて、何か知ってるのか!?」

「私の予想通りであれば、あの凶器を町に放ったのは……」

 

 問いに対し、速やかな返答があった。

 今まで以上の震えを見せるホークモンの傍ら、忍びの里から依頼に来た銀の狐はこう述べたのだ。

 

「……私達の里を壊滅させた、未知の化け物どもでござる!! 今あの町に下っ端であれ何であれ、関係する者が来ているのだとすれば、それはまずマトモに太刀打ちしていい相手ではないッ!!」

 

 直後にレッサーも遅れて駆け出していく。

 誰も彼も、樹海を踏破した疲れも癒えず、重い足取りのまま。

 弾頭の炎に照らされた夜闇の中を、進んでいく。

 

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