DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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第五節「一日目:ファイアーブリッジの遭遇」①

 

 見慣れた悪夢があった。

 何もかもが手遅れの惨劇が巻き起こっていた。

 夜に見る悪夢そのものとしか言えない光景が目の前にあった。

  

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

 僕は息を切らしそうになりながらも走る。

 橋の上に造られたらしい町の全ては炎を帯び、多くのデジモンたちにとっての害悪と化していた。

 炎の熱の強さもそうだけど、炎に込められた毒か何かが強烈なのか、炎でダメージなんて大して受けそうにもない体をしてるはずの、全身が炎で形作られた人型のデジモン――メラモンや、ティラノモンからも悲鳴が聞こえてくる。

 炎に耐性を持たないデジモンがどうなったのかなんて考えるまでもない。

 崩れて役割を失った建物、燃える瓦礫、その下敷きになって、焼かれながら潰れて消滅――死んでいく住民デジモン達の姿が目に入る度、それを助けようと手を伸ばすけれど、そのどれにも間に合うことはない。

 今、この状況から住民たちが助かるためには、湖に身を投げてでも町から脱出する以外に無い。

 どんな手段を使ってでも、それが出来ないデジモンの助けにならないといけない。

 

 僕自身さえ、建物の倒壊に巻き込まれてしまいそうになりながら――そんな風に考えていた矢先のことだった。

 まだ助けられるデジモンが何処かに残っていないのかと、走りながら周囲を見回していると、その先で耳を突く声と音を聞いた。

 

「――そぉーら、よっと!!」

「――ぎゃあああ!?」

 

 何処か楽しげな声。

 どこまでも苦悶に満ちた叫び。

 それ等に混じる、肉が抉られる水っぽい音。

 

 それ等が聞こえたほうへ視線を送ると、そこで――赤い複眼を有し、真っ黒な体色をした悪魔のようにも竜のようにも見える姿をしたデジモンの――デビドラモンが、住民デジモンのはらわたを引き裂いて赤色を撒き散らしているのが見えた。

 何もかもが手遅れだった。

 僕が何かをする間もなく、目の前で、おそらく成長期と思わしき四人のデジモンが、悲鳴を上げながら――潰されたり、いくつかに分けられたり、食べられたりした。

 やめて、たすけて、の一言すら他の音に掻き消されて。

 手をかけたデビドラモンも、その事実に何の興味も無い様子で、次の獲物を見つけようと視線を右往左往させるだけ。

 気付けば、辺りではデビドラモン以外にも全体的に黒だったり白だったりなデジモン達が楽しげに暴力を振るっていて、手足をもいだり体の『中身』を覗き込もうとしてみたりそうして当たり前に見ることになる反応を愉しんだりしていた。

 きっと、僕の視界にいないというだけで、他の場所で同じようなことをしているデジモンは、いるんだろうなと思った。

 何故か自然と、そんな悪意しか無い予測が頭に浮かんだ。

 

 ――たすけて。

 

 ――たすけろ。

 

 いつかのように。

 ヒーローは、来なかった。

 救いの手は、間に合わなかった。

 

「――ぁ、ぁ――」

 

 何をしているつもりなのかは、不思議と察せられた。

 狩りをしているつもりなんだ、こいつらは。

 愉しんでいるんだ、この状況を。

 つまりそれは、こいつらは何処かからあの大きな爆弾を放ってきた誰かの、仲間であるということ。

 大体のことを理解した途端に、僕は僕の胸の中にグチャグチャな何かが沸き立ってくる感覚を覚えた。

 答えなんて貰えるわけがない言葉の羅列ばかりが頭を過ぎる。

 怖い、嫌だ、なんで、やめて、殺さないで――許せない。

 視界が真っ赤に染まる。

 僕は、自分がどんな顔をしているのかも、どんな姿をしているのかも、解らないまま走り出して。

 

「――ん?」

「うわあああああああああああああああああ!! お前たちっ、お前たちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!!!」

 

 泣き出すような叫び声と共に、襲いかかっていた。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 ドォォォォォン……!! と、橋の上で倒壊のドラムが鳴り響く。

 ベアモンの背中を追って走り続け、ようやく追い付きそうになった矢先、その間の空間を両断でもするかのように崩れてきた建造物の断末魔だった。

 危うく押し潰されそうになって、半ば反射的に跳び退いた後には、ベアモンの姿は見えなくなっていた。

 遮蔽でしかない建物の向こう側から、彼の声一つ聞こえない。

 というか、周囲が悲鳴と怒号まみれで、離れた位置では聞き取れそうにない。

 気付けば、ユウキ達の走ってきた道も倒壊した建物と帯びた炎に遮られてしまっている。

 ルートを狭められ続ける中、彼等は破れかぶれに言葉を吐き出していた。

 

「アルス!! おい、無事なら返事をしろっ!? おいっ!!」

「クソ!! ユウキ、こっちだ!! こっちから迂回してくぞ!!」

 

 いち早くルートを特定したエレキモンを追う形でユウキは再び走り出す。

 炎を帯びてない道は少なく、下手に進化でもして体を巨大化させようものなら、即座に焼かれるであろうことは想像に難くなかった。

 自分がなっているギルモン、そして進化後の姿であるグラウモンという種族は、どちらかと言えば熱に強い体質をしているとユウキは認識していたが、そんな彼でも無事ではすまないと直感してしまえる程度には強い熱が込められていると感じた。

 完全体デジモン、スカルグレイモンのものと考えれば納得こそ出来るが、その納得が安心に繋がるわけもない。

 こんな地獄の環境で、先に行ってしまったベアモンは無事なのか? 町の住民に助かっている者はどれだけいるのか? と、焦燥を帯びた思考ばかりが過ぎる。

 だからこそ、彼は一つ失念していた。

 

 ミサイルを放たれた――つまり襲撃の対象とされたこの町に来た時点で、彼自身もまた襲撃者の標的となりえることを。

 倒壊した町の中をエレキモンと共に進んでいった最中のことだ。

 先を行ったベアモンが聞いたように、彼等もまた悪意を垣間見る羽目になったのだ。

 

「――やめてよっ!! なんで……がぎっ」

 

 喉笛に岩石でも突っ込まれて潰された、とでも例えるしかない断末魔の声。

 それを認識した直後に、ユウキは自分の右頬と右肩に生暖かな何かが付着したことに気付いた。

 反射的に目だけが動き、その視界が捉えたものは、

 

 見ず知らずのデジモンの黄色い眼球と、

 

 何か鋭利な刃物のようなもので剥がれたと思わしき、恐竜のそれと思わしき牙を備えた顎の断片と、

 

 べとべとした、真っ赤な――

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?」

 

 ユウキは。

 状況も忘れて、思わず絶叫していた。

 体が震え、呼吸が荒くなる。

 恐怖が思考のノイズとなって頭を埋め尽くす。

 焼き付いた光景が、その大元がデータの粒子となって消え去っても、思考から離れない。

 何が、誰がこんなことを――そんな疑問の答えは、もうすぐそこまで来ていた。

 

「おや? まだ活きの良さそうなのが残ってるじゃないか。剣なんて握っちゃってまぁ……」

 

 嘲るような声に、自然と視線は誘導される。

 恐らくは町の商店通りと思わしき場所に辿り着いたユウキとエレキモンの目の前に佇んでいたのは。

 全身を白色の装甲で覆い、四肢から鋼鉄の刃を生やした、人に近い輪郭を有した赤い単眼の、凶器そのもの。

 エレキモンも、デジモンの種族に関しては『アニメ』を観た経験から多く知り得ているはずのユウキでさえも、その正体に確信を得ることは出来なかった。

 いや、例え出来たとしても、納得など出来るわけが無かった。

 何故なら、

 

(――何だコイツ。白い体色にクワガタの顎に赤い一つ目、鋼鉄の体と刃……まさかブレイドクワガーモン? いや、だけどコイツの体格は明らかに人型のそれだぞ……!?)

 

 そいつは既存の知識に当てはめられない構造を有していた。

 本来であれば四肢など持たず、個体によっては体もそう大きくはない、下手をすると成長期のデジモンにも劣る小柄な体格の――大きいものでも大人の人間程度の――成熟期のデジモンであったはずなのに。

 目の前の白色凶器には、少なくとも人間のそれと大差無い四肢があり、指があり、単眼に加えて鼻と口を備えた顔がある。

 まるで、ブレイドクワガーモンと呼ばれるデジモンの特徴を、人型のそれに無理やり整えさせたかのような、異形の何か。

 クワガーモンの名前を有する種に人型の体格を有するデジモンが全くいないわけではないにしろ、こんなモノの存在は、少なくともユウキの知識の中には無かった。

 本能的にも所業的にも危険極まると直感したのだろう、トールはいつになく緊張を帯びた声で問いを放っていた。

 

「――何だ、テメェは……」

「何でもいいだろ。どうせお前達も俺の一部になるんだし、何より――」

 

 じじじ、じじがががが、と。

 刃の鋭さを帯びた両足から、街路をなぞる音が鳴る。

 たった今目撃した住民デジモンの死因が、ミサイルの炎に焼かれた事ではないと知覚したその時点で、ミサイルを発射した者とは別の襲撃者の存在は思考に過ぎっていた。

 だが、それにしたって予想外にも程がある。

 そもそも、何故こいつはミサイルに焼き尽くされた今の町の環境下で平然といられている……?

 

「――言っても解んねえだろ。ただのデジモンじゃあな」

「――ッ!!」

 

 疑問を解く余裕など、言葉を紡ぐ時間など、二人には与えられなかった。

 退屈げな言葉の直後、白き凶器の人型の姿がブレる。

 ビリ、と空気の弾ける音を知覚した時には、恐るべき速さでもって白き人型の凶器がトール目掛けて右手の刃を突き立てようとしていた。

 直前、直感的に駆け出し、白き人型の凶器とトールの間にユウキが割り込み、手に持った剣を盾にしていなければ、今頃トールは何かをする余地も無いまま串刺しにされていたかもしれない。

 

「ぐっ!!」

「ユウキ!? くそっ、お前ッ!!」

 

 突き出された刃の重みが、剣持つ手と腕と足に圧しかかる。

 剣を握る、なんて行為には到底向いてると思えない指代わりの三本爪が震え、思わず剣を放しそうになりながら、どうにか耐える。

 耐えられた、という時点で幸運と呼べた。

 拾い物である鋼鉄の剣の強度次第では、盾にした剣ごと体を貫かれてしまっていただろうから。

 

「……へぇ?」

 

 が、幸運がいつまでも続くわけもない。

 初撃を防がれた事実に意外そうな反応を示しつつも、白き人型の凶器は続けざまに左手の刃を振るおうとしてくる。

 どう見積もっても上位の進化段階に位置する相手、それを前になりふり構っていられるわけもなく、ユウキは二撃目が振るわれる直前に口から火炎の弾を白い凶器の人型の顔面目掛けて吐き放った。

 必殺の意志を込めて放った一方で、ダメージは期待していない。

 狙いはあくまでも、至近距離で炸裂した炎の爆発によって間合いを一度離すこと。

 自分自身の攻撃の威力に意図的に吹っ飛ばされながら、彼は仲間へ言葉を飛ばす。

 

「トールッ!!」

「解ってらぁ!!」

 

 ユウキが凶器の一撃を防いだその間に間合いを離し、その姿をエレキモンからコカトリモンの姿へと進化させていたトールが、力強くユウキの声に応える。

 

「ペトラファ

「エアーナイフ」

 

 瞬間、斬撃。

 必殺の言霊を紡ごうとしたトールに向かって、爆煙の向こう側から真空の刃が放たれた。

 それは白い羽毛に覆われたトールの胴部に直撃すると、強い衝撃によって上体を仰け反らせる。

 衝撃によって熱視線が上方に逸れ、石化の効能を有した必殺技は何もない空間を横断して消える。

 

「ぐ……っ……!?」

「トール!?」

 

 遅れて、苦悶。

 見れば、真空の刃が直撃したトールの胴部には浅くはない切り傷が刻まれており、そこから血が流れ出ていた。

 距離が離れていようと、この殺傷能力。

 加えて聞こえた必殺の言霊に、ユウキは目の前の異形がどうあれ自分の知る種族のそれであると理解させられる。

 進化して下手に体を大きくすると危険、なんて前提は最早無視する他に無かった。

 

(やるしかない……!!)

 

 この敵は。

 付け焼き刃でどうにか出来るような類ではなく、逃げようと思って逃してくれるほど鈍くもない。 

 殺す気で戦わなければ、自分も仲間もやられる。

 その認識、その実感、その危機感が。

 ユウキの体内の電脳核を急速に回転させ、鼓動を強め、その身を光の繭に包み込む。

 瞬く間に体格が何倍にも増大し、銀色の頭髪が生え、耳代わりの蝙蝠の羽のような何かに寄り添うような形で2つの角が生え、両肘には時に刃の役割を担う突起が生え、そうしてギルモンという種族はグラウモンという種族として成熟に至る。

 

「――ギルモン進化、グラウモンッ!!」

 

 ドスン、と。

 足から伝わる反動が変わった事実はおろか、ギルモンだった時に握り締めていた剣が手から離れている事実さえ意識に入れず、グラウモンに進化を果たしたユウキは敵を見据える。

 恐怖、混乱、焦燥――そして、それ等全ての感情が入り混じった怒り。

 彼自身、今の自分がどんな表情を、どんな眼を他者に向けているのか、把握出来てはいない。

 だが、少なくとも。

 それが、殺意という名の炎を帯びたものであることは、確かだった。

 

「ふぅん、進化出来るのか。随分とデカくなったなぁ……」

「――うるせえ。さっさと消えろォッ!!!!!」

 

 黄色の瞳が獣性を宿すと同時、グラウモンが咆吼する。

 構図だけで言えば同じ進化段階のデジモンが、二対一で襲い来る明白な数的不利。

 にも関わらず、特に焦りの無い様子で白き凶器の異形は涼しげに言い切っていた。

 

「デカいのは――狩り応えがありそうだ」

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 そして、同刻。

 ベアモンのアルスの背中を追って行った二人を追いかけに向かったミケモンのレッサー、銀毛のレナモンのハヅキ、護衛対象のホークモンの三名もまた、燃え盛る町の中で倒壊していく建物に阻まれ、迂回を強いられていた。

 

 

「チッ、なんつー惨状だ……湖に隣してる町なら消火活動の一つぐらいはとっくに行われてるもんだと思ってたが……」

「水を用いた器具自体はあるのでござろう。が、このレベルの破壊を突然差し向けられたことに伴う住民達の混乱がそれを遅らせている。何より、そうした『動ける』デジモンを優先して狙われれば、この混乱の最中に消化活動に勤しめるデジモンはいなくなってしまう……」

「全て織り込み済みってコトかよ。大火力で荒れ地にした上に皆殺しとか、どんだけこの町に恨みがあるんだか」

 

 レッサーとハヅキの二人のように、いかに身軽に動くことの出来るデジモンでも、完全体デジモンの放った攻撃によって生じた火炎、それを帯びた建築物の合間合間を縫って行くのはリスクの側面が大き過ぎる。

 ただでさえ、混乱の渦中にいる住民デジモン達の生き残りが数少ない道を通っているのだ。

 小柄な体格のレッサーから見ても隙間と呼べる空間がどんどん無くなり、どれだけ迂回しようとしてもある程度は停滞させられてしまう。

 まだ町の中に残っている住民デジモンは、頑張って消化活動に出ようとしているヤツか、単なる逃げ遅れなヤツか、襲撃者の手から逃れられなくなった不運なヤツか、先走ってしまったベアモンと同じく――可哀想なヤツを見捨てられないヤツぐらいだろうが、いずれも町の中を進まなければならない一行にとっては妨げとなる。

 

(状況が状況だとはいえ、合流場所も何も決めてないまま護衛対象を見えない場所に置いておくわけにはいかねえ。くそっ、こりゃまた恥ずかしい姿を見せるしかなくなりそうだな……)

「お二人さん、クソ熱いが大丈夫か?」

「僕のことは気にしないでください。それよりも、早く三人に追いつかないと……」

「ああ。ここを襲撃しているのが予想通り奴等であるのなら、三人の命が危ない。遭遇していなければいいが……」

「……さっきも訳知り顔で言ってたが、その奴等ってのは何なんだ? そんだけ危機感を抱くとなると、まさか究極体だったりする?」

「そうした世代の話だけでは説明出来ない奴等でござる。こんな状況でなければ、後で説明するつもりでござったが……ッ!!」

 

 不意に、ハヅキの言葉が途切れる。

 その理由を、レッサーもホークモンも疑問には思わなかった。

 情報共有一つしていられる状況ではなくなった――つまる所、自分達の目の前にも敵が現れた事を知覚したのだから。

 そいつはレッサー達の姿を視認するや否や、内に根付いた嗜虐心を隠さぬ様子で言葉を並べてくる。

 

「――おや? 迷子でしょうか。こちらは出口ではありませんよ? 案内してさしあげましょうか?」

「……この状況でそんな愉しげに喋れるやつが案内する場所を、都合良く信じてもらえると思うか? 口元から血の臭いが滲んでんぞ、ヘタクソ」

「酷い言い草ですねえ。まぁ、畜生に知性を期待するだけ無駄という話かもしれませんが」

 

 悪辣な売り言葉を発するそのデジモンは、レッサーにとって少し見慣れない姿をしていた。

 獣の双角に悪魔の翼、上が青で下が黒の高貴な衣装に見を包み、雨が降っているわけでも日が照っているわけでもないのに傘を携え、蹄の二足で立つ。

 人型のデジモンなど昔から珍しくはないが、顔つきや胸元の膨らみがバステモンのそれを想起させることも相まって、レッサーは少しだけ親近感のようなものを覚えていた。

 無論、それを掻き消すレベルの警戒心を伴って。

 

(……こいつ、確かに変な気配がすんな。姿を見たことがねえだけならまだしも、何だ……? この感じは……知っているような知らないような……)

「……マトモなデジモンではないらしいな。何モンだ?」

 

 問いに、敵は僅かに肩を竦めると、こう返した。

 

「答えてやる必要があるとでも?」

「無いだろうな」

 

 直後。

 山羊の双角を生やした悪魔が持つ傘、その内側に魔法陣のようなものが瞬時に浮かび上がる。

 避けろ、と口にする暇も無かった。

 カ……ッ!! と、紫色の毒々しい閃光が魔法陣の中より生じ、レッサー達目掛けて浴びせかからんとする。

 直前、ホークモンを抱き抱えたハヅキと、その様子を横目に知覚したレッサーが、真横へと飛び退き紫の光線を回避する。

 それに驚いたりすることなく、むしろ意味ありげに微笑しながら続けざまに光線を放つ山羊頭に対し、瞬間的にミケモンの姿からバステモンの姿へとその身を進化させたレッサーが、疾風の如き速さでもって肉薄する。

 首筋を貫かんとしたバステモンの右手の爪を山羊頭が魔法陣を盾とすることで防ぎ、女性的な要素を含んだ怪物二名が至近で睨み合う。

 

「火遊びなど、このご時世に褒められたものではありませんわよ――汚濁」

「おやおや、この程度は後の祭りに向けた余興に過ぎませんよ――メス」

 

 ガガガガガガッ!! と、猫爪の連撃と魔法陣から放たれる紫の弾が炎の橋に音響を撒き散らす。

 互いの攻撃は数秒拮抗するが、やがてレッサーの方が光弾の勢いに圧されだした頃に飛び退き、間合いを取る。

 僅かな攻防、それだけでレッサーは目の前の敵を即断で評価した。

 

(……まずいですわね。コイツ、少なくとも今この状況でやり合っても得はないですわ……)

 

 恐らくはバステモンと同じ、完全体の――それも上位の能力を有している――デジモンなのだろう。

 そして、もしもこのレベルの強さのデジモンがこの惨劇を産んだ何者かの手下か何かでしかないのなら、一行の誰もマトモに太刀打ちすることが出来ないであろうことは、容易に想像が出来る。

 このままでは、まず確実にチーム『チャレンジャーズ』の子供達は殺される。

 そして、そうさせないためにはこんなヤツと戦っている場合ではなく。

 同時に、誰を襲うかも解らない相手から目を離すわけにもいかない。

 どうすることがこの状況において仲間や依頼主達の生存に繋がるか、彼女は僅かに考えて、近くのハヅキとホークモンに告げた。

 

「……お二方。ここは私に任せ、先に向かってアルス達と合流してくださいまし」

「レッサーさん!?」

「ご安心を。依頼を放って死ぬ気は微塵もありません。生かしたいと思うのでしたら、急ぎなさい」

「――っ!!」

「……承知した。必ず間に合わせる!!」

 

 意図を汲んだハヅキが銀毛のその身をレナモンのそれからキュウビモンのそれへと進化させ、ホークモンがその背に乗ったのを確認すると、即座に炎の町の上を駆け抜けていく。

 その姿を見届けたりはせず、レッサーがあくまでも山羊頭の悪魔に視線を向けていると、当の敵対者から嘲るような言葉があった。

 

「そういう台詞、世間一般的には死亡フラグって言うと思うんですけどね? 知り合いにレオモン種でもいらっしゃったり?」

「知りませんわよ。低俗の騙る一般なんて」

「自己犠牲は得しない、と告げてあげているのですけどね」

「犠牲だなんて、決めつけるのは早計でしてよ? 持久戦は私の得意分野ですわ」

 

 煽り文句に拒絶の言葉。

 そのいずれも、それぞれの殺意と共に並べられる。

 レッサーは前後左右に不規則なステップを交えながら山羊頭の視界の外に出て、山羊頭はその度に紫の光線で薙ぎ払ったり、魔法の弾で狙い撃ったりしていく。

 真正面からの攻撃は完璧に防げても、死角からの攻撃は防ぎきれないため、視線は逸らせない。

 余裕ぶった煽り文句を口にしながらも、目の前のバステモンというデジモンが、自分を害しかねないレベルの殺傷能力を備えたデジモンであるという認識が山羊頭の思考にはあるらしい。

 そうでもなければ、この手の弱い者いじめが好きそうな悪党は、多少なり油断して隙の一つでも晒してくれるものだ。

 警戒心は、ある。

 だからこそ、山羊頭も隙は見せられない。

 それはレッサーにとって、速やかに殺すという困難においてはマイナスの要素でしか無い一方で、適度に注目を集めて仲間に及ぶ危険性を軽減させるという役割においてはプラスの要素であった。

 

(辺りの煙の濃さから考えても、ヘルタースケルターは効果が薄いでしょう。狂わせて自滅させられるのなら話は早いのですけれど、それには普段以上の時間と至近距離が必要。今はギリギリまでこの場に留めておくことを最優先とすべきですわね。子供達と依頼主達が合流して逃げ出す流れに持ち込めない限り、それで事態が好転するわけでもありませんが……)

 今、この場で襲撃者達を打倒することは出来ない。

 生きることをを最優先とし、善悪好悪を今は捨て置け。

 炎に包まれたこの町で戦い続けていたら、待っているのは確実な死だ。

 何故なら、

 

(急いで逃げ出しなさい子供達。長々と戦っていては、三発目が放たれた時点で全て終わってしまいますわよ……!!)

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 そして。

 無策で無謀な独断先行の結果など、考えるまでも無かった。

 

「っ……がぶっ……!!」

 

 グリズモンへと進化していたアルスの口から、少なくない量の赤が漏れる。

 見れば、その腹は裂かれ、右肩は防具ごと抉られ、あちこちに浅くは無い傷がつけられている。

 ラモールモンと対峙した時のように片目を抉られたりこそしてはいないが、流れ出る血の量は明らかにその時のものを上回っていた――血だまりと言える程には。

 ミサイルの炎に炙られ、嫌なニオイばかりが、充満する。

 そして、アルスが苦悶の表情を浮かべる一方で、

 

「ハハッ……手間取らせてくれたな、本当に。ここまで仲間がやられるなんてね……」

 

 元凶たるデビドラモンは嗤う。

 実際問題、単なる殴り合いの話だけであればグリズモンの方がデビドラモンとその仲間達よりも明らかに優勢だった。

 腕力にしても膂力にしても上回っていたし、飛行能力がある一方でデビドラモンには飛び道具の類の技が使えないらしく、空襲してきた所を逆にその勢いを利用してカウンターを見舞わすことが出来る程度には、技量も上回っていた。

 デビドラモンの周囲にいた仲間のデジモン達も、当の仲間の攻撃に巻き込ませたり、弾き返したりすることで速やかに倒し終えていた。

 その上で。

 身体能力も技量も上回っていながら、それでも血だまりが出来るほどの傷を負わされている理由は主に二つ。

 一つ目は、倒したデビドラモンの仲間のデジモン達のデータが、即座にデビドラモンの方へと吸収――ロ度され、戦いの中で回復も強化もされてしまっていること。

 そして二つ目は、その複眼に似て真っ赤な爪を生やした右手に、戦いの最中に掴まれてしまったものがあるからだ。

 

「それにしても、優しいんだな君って。人質のつもりなんて無かったのに、こうするだけで動きを鈍らせるなんて」

「――ぁ……ぅ……」

 

 コテモン。

 アルスには知る由も無いが、それは剣道と呼ばれる人間の世界の競技で用いられる衣装に身を包んだ、爬虫類型の成長期デジモン。

 本来であれば竹刀を手に敵と戦うデジモンだが、その手には既に竹刀が無い。

 頭に被った面も一部割れ、中に隠された顔が微かに見え、漏れ出る声はとてもか細い。

 瀕死、と呼ぶ他に無い状態であることは明白だった。

 

「……その子を、はな……せ……!!」

 

 別に、このコテモンはアルスの知り合いというわけではない。

 たった今、この惨劇の中で偶然生き残っているのを見つけただけの、微塵も繋がりの無いデジモンでしかない。

 だけど、弱々しい声を漏らし涙さえ浮かべるそれは、物語であればヒーローの手で助けられなければならない誰かのものにしか、アルスの目には映らなかった。

 

 とても見捨てられない。

 これが野生のデジモンの、弱肉強食の自然の摂理の話であればまだ飲み込めた。

 でも、町や村である種の枠組みを作って、繋がりの輪を作って協力しあっていたデジモン達の命が、こんな風に食い散らかされるのは。

 凄く、嫌だった。

 辻褄の合わない考えだと解っていても、嫌だった。

 どの道助からない、と心のどこかで気付いていても。

 

 当然、デビドラモンがアルスの訴えに耳を傾けるわけも無い。

 彼からすれば、戦いの最中に発見して捕まえたコテモンは、自らの糧として以外の意味も価値も無く、一度アルスと距離を離してから一息に食べてしまうつもりしか無かった。

 だが、その行為にアルスは過剰に反応してしまった。

 冷静さを欠いて真正面から突っ込み、それまでは喰らわなかった尻尾の刺突をマトモに受けてしまうぐらいに。

 

 その時点で、デビドラモンの視点から右手で掴み取った糧は別の価値を生むことになった。

 後のことは、明白。

 手も足も、腹も額も。

 意識を縛られた状態で、同じ成熟期への進化に至っている相手を前にマトモに抵抗することなど出来ず、アルスはデビドラモンのやりたい放題に傷付けられた。

 だからアルスは血まみれだし、その優劣が覆ることは無いと思える程度には血を流させたという確信を持つデビドラモンには、まだ余裕がある。

 もう、人質なんて使うまでも無く喰らえる。

 

「さて、と」

 

 だから。

 ぐちゃっ、バリッ、という音がした。

 アルスの目の前で、デビドラモンの口の中に放り込まれたコテモンの命が、あっさりと噛み潰され取り込まれた音だった。

 

「――――」

「食事はさっさと済ませないとだ。ちょうど良く強い肉も見つけられたしな」

 

 もう、アルスとデビドラモンの周りに他のデジモンの姿は見えない。

 見えないだけで、離れた位置にいる仲間の声は確かに響いているはずだが、その声も今のアルスの耳には聞こえない。

 助けられなかったというどうしようも無い現実と、頭の中で繰り返される誰かの悲鳴。

 そして、睡魔にでも襲われたような意識の明滅が、アルスを縛る。

 

 ――たすけろ。

 

 ――たすけろ。

 

 ――たすけろ。

 

「死ね」

 

 無論、そんなことなど知ってもどうでもいいデビドラモンがやる事は一つだった。

 鉤爪の尻尾を槍のように突き出し、アルスの――グリズモンの胴体を刺し貫く。

 瑞々しい音と共に胴体を灼熱の感覚が奔り、三本の鉤爪で掴み取られて持ち上げられた彼の体は、そのまま壊れた家宅の残骸に投げ付けられる。

 

「――が、は……」

 

 ガラガラと派手な音と共に焦げた木材が砕け、鮮血が飛び散り、許容を超えたダメージにアルスの体はグリズモンのそれからベアモンのそれへと退化してしまう。

 ボロボロの状態で投げ出され、うつ伏せの格好になったアルスに、もう戦う力は残されていない。

 動きたいと思っても、既に意識のほうが限界だった。

 

(……ごめ、ん……)

 

 それが、この日のアルスの最後の思考だった。

 彼の意識は暗闇に沈み、そして……。

 

 

 

 目の前に転がったベアモンの死に体を見て、デビドラモンは静かに胸をなで下ろしていた。

 町を爆撃したことで抵抗するデジモン、そして生存するデジモンがいることは今回の出撃において前提としていた部分であり、報復によって多少なり子分がやられてしまうことも想定の範囲内ではあった。

 対峙した相手が、ミサイルの火力でも仕留められないほどの力を持っていたのなら、尚の事。

 だが、まさかたった一体の成熟期デジモンに、同じ成熟期デジモンであった自分の子分達がここまで倒されてしまうとは思わなかったし、何より強さとは異なる部分で不可解なことがあった。

 

(何でオレの呪眼が効かなかったんだ? あんなに視線を交わしたのに)

 

 デビドラモンの深紅の複眼には、睨み付けた相手の身動きを封じる呪いの力が宿っている。

 格上の相手にまで通用するものではないが、同格の相手にはまず通じる隠れた影響力を有しており、同じ成熟期であろう――いや、それどころか進化が一時的なものならばまだ成長期を脱却していない疑惑さえある――グリズモンには、通用しない理由など無いはずだった。

 にも関わらず、戦闘中のグリズモンはデビドラモンの呪いの眼の力を受けても平気な様子で、動きが鈍くなることは無かった。

 疑問は残る。

 が、彼はそのことについて今この時点で考える気にはならなかった。

 早く残飯を喰らって自分達の拠点に戻る。

 考え事は後回しで良い。

 そう考えて、彼はその右手を伸ばしてベアモンの体を掴み取ろうとした。

 

(まぁいいか。喰らってしまえば、それで終わりだ)

 

 その行為を止められる者はいない。

 ただ一人で突っ走ってきた愚者に間に合う者はいない。

 だから、

 

「――は?」

 

 その右手を閉じた時。

 掴み取ったはずのベアモンの体の感触が無い事に気付いたデビドラモンが疑問の声を発したのは、当然の反応だったのかもしれない。

 腕を上げると、つい数秒前まで自分の目の前に倒れ伏していたはずのベアモンの姿が、見えなくなってしまっていた。

 咄嗟に逃げたのか、誰かが眼にも留まらぬ速さで助け出したのかと思い左右を見回してみても、やはり誰の姿も見えない。

 

(消滅したか? いや、それなら少しぐらい粒が出てロードが出来ているはず……)

 

 獲物は何処へ消えたのか?

 解けない疑問に嫌な予感を覚えた次の瞬間、

 

「痛……ぇッ!? 誰だ!?」

 

 デビドラモンはその背中に灼熱の感覚を覚え、怒りの声を上げる。

 誰かが自分の背中に、その牙で噛み付いた。

 その事実を痛みから察し、デビドラモンは左手で背中に噛み付いた誰かを鷲掴みにしようとして、失敗した。

 鷲掴みにされるよりも早く、その誰かがデビドラモンの背中を蹴って間合いを離したからだ。

 そして、即座に振り向いたデビドラモンは不意を打った誰かの姿を視認し、その顔に驚愕の色を浮かべた。

 

「な……っ、何でそんな平然としているんだ!? 死に体だった癖に!!」

「――ひとつ星。あんまり良いモン喰ってねぇな、小僧」

 

 視界に映ったのは有り得ざる姿。

 十数秒前に確かに無力化し、自分の手で死に瀕させたはずの獲物。

 ボロボロな格好はそのままに、右瞳が赤色に左瞳が緑色に染め上がったベアモンが、その口元から血を滴らせながら立っていた。

 平然と、確かに。

 

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