DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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第五節「一日目:ファイアーブリッジの遭遇」②

 

 なんなんだ、こいつは。

 それが、自分の尾で胴体を刺し貫き、退化を経てもなお死んだも当然の状態にしたはずの獲物の姿を見た、デビドラモンの率直な感想だった。

 この姿に至るまでの過程でそれなりの数、デジモンを糧として殺してきた身の実感として、どのぐらいの傷を負わせれば致命傷になるのか彼は理解しているつもりだった。

 だからこそ、目の前の獲物――ベアモンの平然とした様子に驚きを隠せない。

 一時的な進化の最中に受けたダメージは、確かに退化と共にある程度無かったことになる。

 だが、それは結局ある程度と呼べる程度の話でしかなく、まして致命傷を受けての退化であれば身動き一つ取れなくなって当然だ。

 

(どういうことだ。この頑丈さ、普通に考えてありえないだろ……?)

 

 にも関わらず、ベアモンは明らかに軽快な挙動で動けている。

 無理をしているとか、疲れを押し殺しているとか、そんな素振りは見当たらない。

 呪眼が通用しなかったことといい、変化した目の色といい、このベアモンはいったい何者だというのか――そんな疑問など答える気もないといった調子で、ベアモンは一度首をコキリと鳴らした後、デビドラモンに対して駆け出してきた。

 グリズモンの姿の時のそれを超えるスピードに対し、デビドラモンはされど動揺したりはせず、素早く右腕を振り下ろす。

 が、ベアモンもまた反撃に動じることなく、振り下ろされた右腕の真下をスライディングで潜り抜け、そのまま両手を地に着けると力を込めて跳ね上がった。

 身軽に放たれたドロップキックはデビドラモンの腹部に直撃し、成長期デジモンのそれが出力出来るとは思えぬ衝撃が彼の電脳核を揺らしていく。

 

「グ……!? お前ッ!!」

 

 即座にデビドラモンは左手で腹部付近にいるはずのベアモンの体を掴み取ろうとするが、その手に獲物を掴んだ感触は無く、別の部位から異なる感触が返ってきた。

 即ち、尻尾。

 自分の尻尾が掴まれている、と気付いた時には遅かった。

 ベアモンはその両手と右肩でデビドラモンの尻尾の先端に近い部分を掴み取ると、

 

 

「ふんっ」

「な……うおおおおっ!?」

 

 ぐい……っ!! と。

 デビドラモンの体を、一本背負いのような挙動と共に、燃えて倒壊した建物の瓦礫に投げ込んでいく。

 重量を感じさせる音が響き、苦悶の声が遅れて漏れる。

 瓦礫が帯びていた炎が体に燃え移る、なんてことにはならなかったようだが、自らの重量をそのまま攻撃力に転換した一撃を受けて、デビドラモンの口元からは血が滲んでいた。

 成長期、と呼ばれる普通のデジモン達とは一線を画す力。

 獲物でしかなかった存在が、続けざまに痛手を負わせてきている事実。

 その原因も理由も何も解らないデビドラモンの心に浮かんだのは、驚きや恐怖……ではなく、欲望であった。

 デジモンは、デジモンを喰らえば喰らうほどに強くなる。

 喰らうデジモンが強ければ強いほど、尚の事。

 

(こいつを喰らえば、俺は更なる力を手にすることが出来る!!)

 

 負ける、殺されるという可能性は、確かに恐れに繋がるだろう。

 だが彼にとって、自分を打ち負かしそうなほどの強さは、翻ってそれを踏み潰した時の成長の大きさ――そしてそれに伴う歓びに直結する。

 ある種、戦闘種族たるデジモンらしい欲求と思考回路。

 不測の事態さえもプラスに考えるその姿勢は、彼自身仲間から皮肉を交じえられながらも褒められたことでもあった。

 一方で、獲物としての位を知らぬ間に上げられたベアモンはと言えば、デビドラモンから視線を外しながら、少し困ったような表情を浮かべていた。

 

「……あ、いけね。加減を誤ったか。ガキ共と顔合わせする前には戻しとかねえと……」

 

 見れば、その視線は自らの左足に向けられており、デビドラモンの巨体を小柄な身の丈のまま投げ飛ばす際に支えとした反動なのか、視線の先にある左足からはどくどくと血が流れ出ていた。

 よく見ると、骨格も少し潰れているように見える。

 痛みに苦しんだりしている様子は無い。

 言葉が帯びる危機感も、玩具を誤って壊してしまった子供か何かのように軽いものだ。

 調子を確かめるように触れながら、その視線はデビドラモンのほうへと戻される。

 戦意が衰えるどころか強まった様子の邪竜を見て、僅かに呆れを宿した声色で彼は言う。

 

「力量差を察したなら、さっさと逃げればいいものを」

 

 直後に。

 ベアモンは、後ろに向けられていた自分の帽子のつばを前に向かせ直し。

 デビドラモンは構わず、自身の周囲に暗黒のエネルギー弾をいくつも展開させていく。

 闇の種族が好んで扱う攻撃技の一つ、ヘルクラッシャー。

 単なる物理攻撃と比較して、エネルギーの消費が大きい事も相まってグリズモンには使わなかったその攻撃手段を必要と感じる程度には、目の前のベアモンの能力を評価したのか。

 

「仕方ねえ」

 

 しかし、直撃すれば並みのデジモンの肉体は粉砕されかねない技を前に、特に動揺する様子もないままベアモンはその言葉を呟いた。

 死の宣告として。

 

 

 

「――進化――」

 

 

 

 直後の事だった。

 ベアモンの体を光の繭が覆い尽くし、その内側で彼の体は瞬きの間に再構築されていく。

 存在の要たる電脳核が逆巻くごとに、表皮が剥がれ、輪郭は溶けて、臓腑の全てが掻き混ぜられ、異なるカタチへと書き換えられる。

 浮かび上がった輪郭を新たな色が満たし、剥き出しとなったワイヤーフレームに毛皮が張り付き、瞳に意志の炎が灯る。

 そうして現れたのは、四足歩行の骨格という一点こそ類似していても、グリズモンとは異なる種族だった。

 目元の蝙蝠の羽で覆い、四肢に鋭利な刃を束ねて備えた、血を貪る魔性の狼。

 成熟期の、アンデット型ウイルス種。

 

「――サングルゥモン――」

 

 夜風が、その毒々しさすら覚える紫の獣毛をなびかせる。

 暗夜に現れたその姿を、つい少し前に見せたそれとは異なる成熟期に進化したという事実を前に、されどデビドラモンは深く考えずに闇のエネルギー弾を解き放った。

 一発一発がデビドラモン自身の握り拳の三倍近くの大きさを誇るそれ等は、ほぼ同時にサングルゥモン目掛けて飛んでいく。

 サングルゥモンは直進する。

 エネルギー弾の隙間を駆け、デビドラモンとの間合いを詰める。

 ベアモンの姿の時点で、そのスピードが並みのそれではないことはデビドラモンも把握していた。

 だからこそ、続けて繰り出した両手の爪の一振りも含め、避けられるのは予定調和。

 本命は、死角からの攻撃を見切っての尻尾の鉤爪!!

 

「獲ったぁ!!」

 

 最初の噛み付きといい、尻尾を掴んでの投げといい、二度も死角から攻撃を繰り出されたのだ。

 目の前の敵が、グリズモンとは異なり死角からの攻撃を好むことは、傾向として読み取れた。

 スピードで追いつけないのなら、追いつこうとしなければいい。

 動きを制限させ、隙をあえて見せて、致命の一撃を見舞えるチャンスを錯覚させれば、その瞬間こそが逆にこちらから獲物を仕留めるチャンスとなる。

 攻撃を受けることが前提にはなるが、体の頑丈さには自信があり、痛みさえ我慢すれば勝ち筋があるという希望的観測は、少なくとも彼にとって最適解として感じられるものだった。

 が、

 

「選択肢としては悪くない」

 

 サングルゥモンは死角に回り込みながらも、近付いたりはしなかった。

 いや、厳密には近付こうとする動作自体はあったが、寸前で距離を置いていた――置き土産とでも言わんばかりに刃を投げ放ちながら。

 投げ放たれた刃が、先読みで動かされていた尻尾の先端の鉤爪に命中し、三つに分かれた鋭爪を傷付ける。

 

「チッ」

 

 思い通りにいかなかった事実に舌打ちが漏れる。

 ダメージを覚悟して構えている以上、この程度で音を上げている場合ではない。

 それを自覚しているデビドラモンは、すぐさまサングルゥモンの姿を目で追っていく。

 暗黒のエネルギー弾を牽制として放ち、大振りの一撃を囮に本命を叩き込む。

 時には攻撃手段の役割も変えて、タイミングもズラし、サングルゥモンのスピードにも目を慣らしていく。

 デビドラモンの選択は、ある程度は間違いではなかった。

 サングルゥモンは真正面から攻める事に危険が含まれると認識していて、攻め口が死角に限られている。

 ベアモンの姿の時には小柄な体格を活かして懐に潜り込むことも容易だっただろうが、成熟期相応に大きくなったサングルゥモンの体では、あそこまでの大胆な接近は出来ない。

 やはり死角からの致命の一撃を勝ち筋としている、と確信した彼は気付けば口角さえ上げていた。

 

(どんなカラクリがあろうと、一度退化に追い込まれた奴相手に削り合いで負ける道理はねぇ)

 

 ドラモンの名前を持つデジモンは、そんじょそこらのデジモンと比べても再生力が強い。

 多少の傷は気付けば塞がっている以上、致命傷以外に拘る理由は無い。

 殺されなければ、そのうち殺せる。

 魚が餌に食い付くのを待つ釣り人のように、機会を待つ。

 事実、最適解を選んだ結果として、サングルゥモンから致命の一撃を貰うことは無く、対してデビドラモンの爪は少しずつサングルゥモンの体を掠め始めた。

 あともう少しで、爪が血肉を捉える――そんな確信に明確な笑みが浮かんだ

 

 直後に。

 デビドラモンは、激しい眩暈に襲われた。

 

「――な……?」

 

 傷はそこまで多く負っていないはずだ。

 血は大した量流れていないはずだ。

 町の獲物も、コイツにやられた仲間も自らが喰らって、力は十分に蓄えられていたはずだ。

 突如として自分の身を襲った倦怠感、頭痛に吐き気に、デビドラモンはそれまでの勝利への確信も忘れて動揺していた。

 

 前提が、崩れている。

 それも、全く気付かない内に。

 息が

 

「……やれやれ……」

 

 倦怠感に動きを鈍らせたデビドラモンに向け、サングルゥモンは呆れたように口を開いていた。

 彼も彼で、デビドラモンの戦い方は間違いは無く、戦いが長引けば『もしも』は有り得るものと見ていた。

 無論、だからこそ戦いを長引かせる気など毛頭無く、サングルゥモンにとってこの異変は狙い通りのものでしか無いわけだが。

 

「まさかとは思うが――」

 

 そう。

 デビドラモンの思考には、サングルゥモンの能力に対して一つだけ致命的な楽観があった。

 

「――吸血鬼が、牙からしか『吸血』出来ないとでも思ってたのか? 流石に見くびりすぎだぞ」

 

 サングルゥモンとは、そもそも吸血――敵対者の生命たるデータを根こそぎ吸い尽くし、自らの糧とする事――を得意とするデジモンの一種だ。

 同じような性質を有するデジモンは他にも多々いるが、基本的には鋭い牙で他者の血を吸い取ることを特徴として語られ、それ等は有名になっている。

 だから、デビドラモンも牙での攻撃を最大源に警戒していた。

 事実、サングルゥモンに進化する以前の段階で、どうしてかベアモンの姿でもその牙で吸血を行っていたのだから、牙に警戒心を抱くのも当然ではあっただろう。

 だが、そもそも根本的な話として。

 

 牙からしか吸血が出来ない、なんて情報は語られてすらいない。

 吸血鬼と呼ばれる存在を根源としているデジモン達の血肉は、どのようなカタチであれ血を吸うことを可能としている。

 つまり、

 

「指であれ刃であれ、血に触れさえすれば吸うことは出来る」

 

 デビドラモンの血液は、攻防の最中に吸われ続けていた。

 一撃一撃、体に傷をつける度に、そうして出血させると同時に、それこそ生き物のように。

 牙ではなく、サングルゥモンが四肢から合間合間に投げ放ち、デビドラモン自身も生じた傷の程度を軽んじた――鋼鉄の刃によって。

 傷はすぐに治るから平気、出血も少ないから問題は無い、などと楽観が許される話ではなかったのだ。

 吸血を特技とするデジモンの攻撃という時点で、それ等全てに吸血の効果は含まれている。

 だから、表面上の傷の塞がり様とは裏腹に、デビドラモンの体力は着実に枯渇の一途を辿ってしまう。

 

「博打は避け、抵抗する力を極限まで奪う。この程度は狩りの基本だぞ」

「――っ、ぐ……」

 

 力は入らない。

 呼吸は荒れ続ける。

 疲れが許容ラインを超える。

 狩る側と狩られる側、その優劣は反転した。

 

「さて、と」

「――まだ、だ俺、はもっと」

「仕上げだ」

 

 獲物の言葉を頭が受け付けられない。

 倦怠感と頭痛が重なり、思考も動作もおぼつかない。、

 そんな敵対者の事情など意に介さず、吸血狼は一気に駆け出していく。

 

「命を貰うぞ」

 

 あっけない幕引きであった。

 動きが決定的に鈍ったデビドラモンの喉元にサングルゥモンが食らいつき、その勢いのまま上体に体重をかけて押し倒す。

 デビドラモンの身体を構築していたデータが、彼が自らを高めるために糧としてきたデータが、恐ろしい速度で抜き取られていく。

 デビドラモンの意識は恐怖や後悔を覚える間も無いまま闇に途絶え、肉体は数秒のちパラパラと塵となって消滅した。

 燃え盛る町の一角には、もうサングルゥモン以外のデジモンの姿は無い。

 敵対者の生命を吸い尽くした狼は、その視線を別の方向へと移しながら、呟く。

 

(――クソマズいが、流石に闇の種族。糧としては最適か)

 

 向けられた視線の方角は、ベアモンが今に至るまで進んで行ったそれとは真逆。

 それまでの『自ら』の行動を拒絶するような形で、サングルゥモンは走り出す。

 

「……ったく。雑兵でこれだと、ガキ共は大丈夫なのかね」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 鮮血が飛び散る。

 進化して大きくなった体のあちこちが痛む。

 グラウモンに進化したユウキとコカトリモンに進化したトールの二人は、揃って白き凶器の人型に圧倒されていた。

 燃え盛る橋の上で、立て続けに肉を裂く音が響く。

 

「グウッ……!!」

「ユ――ぐあっ!?」

 

 喉の皮膚を浅く裂かれたユウキが苦悶の声を上げ、それに反応したトールもまた眉間を斜めに斬られてしまう。

 反撃を繰り出しても、腕を振るったり体格差を活かして踏み付けようとしている頃には、その怪物はとっくに間合いの外に出ている。

 攻撃にしろ移動にしろ、速度が段違い過ぎる、というのがユウキとトール二人の共通の見解だった。

 白き凶器の人型の取っている戦法は、言葉にすればシンプルなヒット&アウェイに過ぎない。

 攻撃しては離れ、攻撃しては離れを繰り返し、という堅実な立ち回り。

 それ自体は別に特別なやり口ではないのだが、それが実行される間隔があまりにも短い。

 一秒ちょいで肉薄され、二秒目には狙われた部位を斬られ、そして三秒目には離れられている。

 ユウキの――人間の感覚で例えれば、蚊や蝿などの羽虫が刃物を携えて、通常と変わらぬ速度で迫っているようなものだ。

 辛うじて致命傷だけは免れられている理由など、本能に引っ張られての反射行動のおかげ以外の何でもない。

 

(クソッ……このままじゃ嬲り殺しだぞ!! 何か……何か隙とか無いのか!?)

 

 息つく暇もない、とはまさにこの事だろうとユウキは思った。

 攻撃は、離れている時にも飛んでくる。

 腕や脚が振るわれる度に、エアーナイフと呼ばれる真空の刃を放つ技が繰り出され、ユウキとトールの体のあちこちを刻み血を流させてくるのだ。

 これまで、チーム「チャレンジャーズ」として少なくない数のデジモンと対峙してきた二人だったが、ここまでの速さを備えたデジモンとは戦ったことが無かった。

 速度の一点だけ見ても、トールからすれば山で交戦した狂暴化ガルルモンなど軽く超えている。

 敵が少なく見積もっても成熟期かそれ以上の位に位置するデジモンである以上、対抗するためにグラウモンに進化したこと自体はやむを得ない選択だったが、体格と重量の増大が戦況の好転に繋がることはなく、むしろミサイルの炎が燃え広がり続ける今の環境下では頑丈さと引き換えの移動範囲の制限にしかなっていない。

 このままではただの延命にしかならない。

 

(エギゾーストフレイムは使えない。当たるとも思えないし、この状況で火気を増大なんかさせたら助かる可能性を余計に縮めちまう。出来ることは……)

「プラズマブレイドッ!!」

 

 言霊と共に、ユウキは両肘にある刃状の突起に青白いプラズマを帯びさせる。

 直後に真空の刃が迫り来るが、その軌道にプラズマの刃を添える形で構えると、真空の刃はプラズマに分解されて無害化される。

 続いて白き凶器の人型が直接切り込みに来ると、ユウキは即座に刃を備えた腕を振るう。

 ジャギン!! と金属同士が擦れ合うような音が響いた時には、既にユウキの右腕のプラズマ帯びた刃と白き凶器の人型の右手にあたる刃が鍔迫り合いを起こしていた。

 至近距離で最小限の言葉が交わる。

 

「――このぐらいは出来ないとね」

「――八つ裂きにすんぞクソボケ」

 

 余裕と悪態、言葉一つ取り上げても互いの優劣は見て取れる。

 回数を重ねたことで、姿こそ捉えられずとも攻撃の感覚は掴めたため、勘頼りの一撃が偶然にも当たりはしたが、偶然は偶然――そう何度も起こりはしない。

 防戦を続けていても、勝機など来ない。

 だが、かと言って反撃の糸口も無い。

 ユウキにもトールにも、白き凶器の人型のスピードに追いつける能力なんて無いのだから。

 

(どうすれば……)

 

 奇跡が起きて完全体に進化出来たとしても、その力でトールやアルスを助けられるビジョンが見えない。

 ただ強く大きくなるだけではどうにもならないのに、そのどうにもならないビジョンが頭から離れない。

 

「ぐ、ぎああああああっ!!」

「トールッ!!」

 

 そうこう焦っている内に、攻撃は更に苛烈になっていく。

 白き凶器の人型の刃がトールの体を横一線に切り裂き、ダメージの許容量を超えた体はすぐさまコカトリモンのそれからエレキモンのそれへと退化してしまう。

 マトモに立ち上がる力も残されていないのか、倒れ伏したままのエレキモンは息をするだけでも苦しげな様子だった。

 無理も無い。

 炎を必殺技として用いるグラウモンの体ですら、熱いと感じる環境――炎に関する攻撃手段を持っているわけでも無いエレキモンには耐え難いものだろう。

 そういう意味では同じ条件下にあるはずの白き凶器の人型は、何故こうも平然と動いていられるのか。

 何か、種族単体では説明出来ない何かを感じる。

 だが当然、それを推理している暇など、追い詰められている側の彼等には無い。

 

「まずは一匹――」

「――やらせるかッ!!」

 

 退化したエレキモンをそのまま即座に仕留めようとした白き凶器の人型の刃を、間一髪でユウキが左腕で遮ることでエレキモンを護る。

 だが、代償として刃はユウキの――グラウモンの左腕を貫き、直後に引き抜かれた箇所からは決して少なくない量の血が吹き出てしまっていた。

 激痛のノイズが思考に雪崩れ込む。

 意識するまでもなく瞳孔が細まり、苦しさに伴って怒りが増す。

 痛みを感じ続ける左腕どころか、脳髄さえ燃え上がるような感覚があった。

 

「グ、グゥ……ッ!!」 

 

 その灼熱を耐えるように、尻尾が地面を打つ。

 歯の隙間から炎をチラつかせつつも、意思を強く持つ。

 

(――出来ない、なんて決め付けている場合じゃない)

 

 白き凶器の人型のスピードには追いつけない。

 グラウモンの巨体では小回りが利かず、鋭さを帯びたあの人型デジモンを捉えることが出来ない。

 ――そんな前提で考えて、無理なものは無理だと決め付けている自分自身の思考に、熱を宿す。

 

(やらないといけないんだ。そんな自分に成れなければ、護る事も助ける事も出来やしないんだ)

 

 出来ない、という前提で考えてはどうにもならない。

 出来る、という自分自身を信じる他に道は無い。

 不可能だと思い知るに足る前例があるとしても、それを覆さなければ道が途絶えるというのなら。

 途絶えそうな道を、それでも進み続けたいと願うのであれば。

 

「……死んでたまるか。死なせてたまるか……」

 

 誓え、そして戦え。

 それが出来なければ望みが叶わないという一点において、人間とデジモンの間に差は無いのだから。

 

 

 

「――帰らないといけない場所があるんだッ!!!!!」

 

 

 

 言葉の直後だった。

 突如として、ユウキの体の周囲にノイズのような何かが生じたかと思えば、その姿がカゲロウのようにブレた。

 まるで、その姿が幻であったとでも言うように、深紅の魔竜の巨体がザラザラとした何かに変じ、直後に異なる何かが出現する。

 瞬きの間に現れたそれは、直進していた白き凶器の人型に対して同じく真っ向から突っ込むと、右手を拳の形に固めて殴りかかった。

 

「何……!?」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 突然の出現に驚いたという事も相まってか、右の拳は見事と言えるほどにクリーンヒットした。

 その威力に圧されて後方へ飛ばされると、硬く鋭い金属の体の持ち主にとって、快くは無い音が遅れて響く。

 今回の対峙において、白き凶器の人型が初めてダメージらしいダメージを負った瞬間であった。

 予想外の出来事、それを引き起こした張本人の姿を、白き凶器の人型とトールはそれぞれ凝視する。

 

 銀の髪、赤い鱗肌、長い尻尾、黒の線と危険視の刻印――それ等を兼ね揃えた、ヒトガタ。

 グラウモンというデジモンの特徴を余さず有しておきながら、人型の輪郭と体格を有する何か。

 ユウキの、これまで見たことの無い異質そのものな姿に、トールは言葉をかけずにはいられなかった。

 

「ユウキ……!? お前、その姿は……!?」

「――っ!? え、何だ、この姿っ!!」

 

 他ならぬユウキ自身、自らの変容に驚いた様子であった。

 実際、彼自身の感覚の話として、ギルモンからグラウモンへと進化を果たした時のような力の漲りは無い。

 しかし一方で、体が軽くなったような錯覚がある。

 竜種らしく延びた口元や、頭に生えた羽や角、両肘付近から突き出た刃を為す突起、前屈姿勢に適した骨格の両脚、そして腰元から伸びる尻尾など、デジモンとして――グラウモンとして馴染んだ感覚と特徴はそのままでありながら。

 ふと両手にあたる両前足――のはずであった部位を見ると、そこには人間のそれに近しい五指があった。

 指先から伸びる爪の長さも、人間のそれよりほんの少し長い程度で。

 身長も、ギルモンだった時のそれというよりは、人間だった時のそれと近しいものへと縮んでいる。

 

 それはまるで。

 グラウモンという種族が持つ特徴、および戦闘能力を、人のカタチに無理やり押し込めたような姿だった。

 さながら、深紅の竜人。

 突然の自らの変容を目にして、ユウキは内心で驚きながら、されど静かに知覚する。

 異なる何かの、実感を。

 

(……人間に戻れたわけじゃない。でも、人間に近付いたって感じだ……)

 

 細かい理屈など知りようは無い。

 だが、確実に言えることが一つだけあった。

 

「――この姿なら、やれるッ!!」

「チッ!!」

 

 明らかに血相を変えた様子の白き凶器の人型が、その身に電気を帯びて高速で動き回り、死角から右手にあたる部位の刃を正面に据えて突っ込んでくる。

 魔竜のカタチであれば、本能で感知することが出来ても体が追いつかないかもしれない速度。

 だが、人のカタチに成った今のユウキの体は、その動きを感知した上で動作を可能とした。

 矢の如く突き込まれた手刀に対し、ユウキはプラズマを帯びた左肘の刃を振り向きながら繰り出して受け止める。

 刃同士が衝突し、辺りに青白い電気が飛び散る。

 

「エアーナイフ!!」

「ふっ!!」

 

 一瞬拮抗した鍔迫り合いは、少し前の攻防の繰り返しのようにも見えたが、直後に白き凶器の人型は至近距離で真空の刃を放ってくる。

 即座にユウキもまたプラズマブレイドで応戦し、白き凶器の人型もまた苛烈な勢いで刃を繰り出していく。

 つい少し前までであれば、動きが間に合わなかった速度域。

 一つの動作に対して、二つ三つは動かれているかのような。

 でも、もうその優位は無いに等しい。

 

 速度は凄まじい。

 だが、もう感じてから動ける。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

「ようやく歯ごたえのある獲物になったな!! 予想外の形ではあるけど!!」

「いつまでもそんな風に、いられると思うなぁ!!」

 

 拳で、手刀で、プラズマブレイドで、凶器が人の形をしているような姿の怪物が生み出す刃を捌く。

 無論、全て完璧にとまではいかず、傷はどんどん増えていくが、それでも対応出来ている。

 残る問題は、

 

(決定打が無い)

 

 言うまでもなく。

 このまま傷を負い続けていては、いつか倒れて戦えなくなる。

 自分が倒れるよりも先に相手を倒す――言葉にすれば単純だが、実現は難しいというのが実情だ。

 

 現時点でユウキ一人に取れる攻撃手段は、雑に分けて三種類。

 腕っぷしにモノを言わせた殴打と、両肘の突起を用いたプラズマブレイド。

 最も攻撃力があると断言出来る火炎の攻撃――エギゾーストフレイムは使えない。

 体が変化したこととは関係無く、燃え盛る建造物に囲まれた今の状況で軽率に使っては、仲間の退路を塞ぎかねないという危険性から。

 そして、結果として残る二種類の攻撃方法は、共に攻撃射程が短すぎるという欠点がある。

 高速で間合いを離しては詰め、離しては詰めを繰り返す白き凶器の人型に対しては、初撃こそ(偶然にも)動揺を突くことでクリーンヒットさせられたが、二度目はそう都合良くいかないだろう。

 こちらから間合いを詰めようとすれば真空の刃を放ちながら距離を取られ、かと言ってこちらから間合いを離すことは難しい。

 であれば、

 

(――これしか無いな)

「……くっ!!」

 

 内心で回答を出すと、ユウキはふとして白き凶器の人型に近付こうとするのを止め、すぐ近くに落ちている――進化の際に捨て置いていた――鋼鉄の剣《アーティファクト》を右の手に取り、次いで倒れ伏すトールの方へと素早く駆け出していく。

 それを見た白き凶器の人型は、ユウキのその判断に若干の疑問を抱いた。

 

(今更手のひら返しして、どうしようも無いと判断して逃げる気か?)

「フッ!!」

 

 彼は牽制するようにユウキとトールの間の空間に真空の刃を放つが、ユウキはそれを左腕で受けながら強行し、倒れ伏していたトールの首根っこを同じく左手で掴み取ると、そのまま自らの背にしがみ付かせていく。

 明らかに逃走最優先の動きと焦り様だ、と狩る側は判断した。

 

(本当に、逃げる気か)

「舐められたモンだな……!!」

 

 燃え盛る橋の上、倒壊した建造物だらけの戦場。

 その脱出ルートぐらいは彼の頭の中にも入っており、故にこそユウキの移動方向はしっかり読みきれていた。

 間合いも十分に離れ、獲物二匹は背を向けてこちらの姿など見てはいない。

 そして何より、深紅の竜人は疲弊している――魔竜として対峙していた時のダメージと疲労が消えたわけではないからだろう。

 絶好の機会、としか言えない構図と状況だった。

 

「スパーク――」

 

 だから。

 狩る事を目的としている白き凶器の人型が、その全身に電気の力を溜め、必殺の一撃を繰り出す選択をしたのは、当然と言えば当然ではあった。

 

「――ブレイドッ!!」

 

 言霊と共に、飛び込み姿勢にも似た体勢を取ったその身が光の刃と化す。

 明らかに、それまでの攻撃を超える速度で、一直線に突貫する。

 前に進むごとに、勢いを得るごとに、ただでさえ尋常ではない速度が更に増す。

 増した速度が、そのまま攻撃力として出力される。

 反応されて抵抗されたとしても、その抵抗ごと貫ける――そんな確信があった。

 だから。

 

「――ユウキッ!!」

「おおおおおおりゃあああああああああああ!!」

 

 反応ではなく、予測でもってユウキは抵抗した。

 右手に握り締めていた鋼鉄の剣を、今まさに突貫して来た白き凶器の人型に向けて、力いっぱい投げ放ったのだ。

 真っ直ぐに突っ込む光の刃に、それを回避するという選択肢は無く。

 鋼鉄の剣もまた、光の刃に吸い込まれるように、円を描きながら――命中する。

 ガギンッッッ!! という音が、強く強く響く。

 

「な……ッ!? くっ!!」

(――誘い込みか!? だが、このぐらいで……!!)

 

 鋼鉄の体を持つその怪物に、それ以下の硬度の剣を投げ放ったとしても大したダメージにはならない。

 だが、重量に伴う衝撃があった。

 竜の腕力でもって投げ放たれたそれは、光の刃と化していた怪物の速度を殺し、必殺の体勢を崩させ、思考を生じさせた。

 再び距離を置くか、それとも突貫を強行するか、彼は考えてしまった。

 

 そして、その思考こそが明確な隙だった。

 鋼鉄の剣を投げ放ったその時点で、踵を返して一転攻勢――勢いを殺しきれずに後退が遅れた白き凶器の人型に向かって走り出していたユウキは、その右腕に渾身の力を込める。

 もうこれ以上のチャンスは無い。

 ここで、この一撃で勝負を決めるしか無いと、己自身に言い聞かせる。

 

(動きに気付ける今、一気にキメるしかない!!)

 

 先に述べた通り。

 彼一人では、決定打となる一撃を放つことが出来ない。

 ここまでのお膳立てをしても、ただの格闘やプラズマブレイドでは仕留め切れる確信には至らない。

 根本的なリーチの問題もあるが、何より攻撃力が足りるかどうかが一番の問題だった。

 故に。

 

「トール!!」

「――解ってらぁ!!」

 

 今出せる手は、今全て出す。

 ユウキの呼び声を至近で聞いたトールが、その身から電気を放出し始める。

 一見すれば単なる仲間割れ、自殺行為。

 だが、彼等にとっては明確な協力行為。

 

 樹海の中を進んでいく中で、彼等は偶然にも同伴することになったドゥフトモンから、道中こんな事を聞いていたのだ。

 

『君達、仲は良いのか悪いのかイマイチ掴めないけど、息は謎に合うね』

『俺達のどこが仲良しに見えんだよ。こんな世間知らず馬鹿のギルモンと俺の何処が?』

『あのなぁトール、単にお前のツンデレがドゥフトモンにもバレバレなぐらい解りやすいってだけの話じゃばばばばばば!!』

『はいトール、ツッコミにいちいち電撃放たないでね。……というか、加減してるのか知らないけど案外平気そうだねユウキも』

『はぁ。まぁいつもの事なので……』

『いやうん平気とは言ったけど本当に何事も無かった風な振る舞いされると普通に怖いんだけども。……うーん、そこまで電気に体が慣れてる……というか馴染んでるなら、いっそそれも利用してみれば?』

『あん? 利用って何の話だ』

『だから、君の電気をユウキの必殺技に重ねるんだよ。必殺技と必殺技を重ねて、より強い一撃を放てるようにするんだ。都合良く、ユウキの方も電気の属性の技を使えるみたいだし、難しくはないと思うよ』

『……そんな都合良くいくか? というか、必殺技同士が重なり合うとか、ちっともイメージ出来ないんだが』

『そう珍しいことではないよ。相反する属性の技なら少し難しくもあるけど、同じ属性の技は簡単に混ざり合う。コンビで活動してるデジモンなんて、それをコンビとしての売り文句にしているぐらいだしね』

『……ふーん? もしかして、ロイヤルナイツの中にもそういう事が出来るやつがいるのか?』

『まぁね。そういう、連携を重んじるデジモン達は、その手の特別な必殺技のことを、こう呼ぶんだ――』

 

 エレキモンの電気が、人のカタチに留められたグラウモンの体に流れ込む。

 流れ込んだ電気が、両肘のプラズマブレイドに更なる力として重なっていく。

 青白かったプラズマは、赤色を帯びてより激しく鳴り響き、刃の大きさそのものを延長させる。

 これこそが、ユウキとトールが力を重ねた結果生まれた新たなる刃。

 

「これが俺達の……」

「連携技《クロスコンボ》だ!!」

 

 電気の力によって更に力強く跳躍し、肥大化した雷電の刃を構える。

 白き凶器の人型には、回避の術が無い。

 その身は確かに高速移動に適したもので、反応がやっとの速度を出す事など容易いが。

 転じて、一度出した速度を落とし、飛翔した方向とは真逆の方へ同じ速度で動くのには少し時間が掛かる。

 そして、その『少し』は近距離での戦闘において致命的な隙となる!!

 間合いは決定的に詰まり、そして言霊は紡がれた。

 

『双電重襲斬《エレクトリックメガブレイド》!!!!!』

 

 空気が弾ける音が瞬きの間に連続する。

 赤と青のプラズマの巨刃が白き凶器の人型を捉え、その両腕の刃と僅かに拮抗するが、やがてプラズマの巨刃が刃の両腕を押し始め、

 

「グ……くっ……!?」

『斬りッ、裂けェェェェェェェッッッ!!』

 

 二人の叫びと共に、拮抗は終わる。

 プラズマの巨刃が敵対者の両腕の刃ごとその胴体を切り裂き、絶叫を吐き出させる。

 直後に爆発が起き、その姿は爆煙に覆われ見えなくなった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 敵を仕留めた。

 そう確信、いや願いながら着地をした深紅の竜人は、息も絶え絶えといった様子だった。

 ただでさえ追い詰められた状況で、限界に近しい力を引き出したのだ――ここまでの道程も込みで、疲弊していない方が異常だと言える。

 半ば賭けに等しい選択から導き出した結果ではあるが、現実に上手くいった事に内心で安堵する。

 振り返り、敵を仕留めた証とも呼べる爆煙に念入りに視線を向けると、その背にしがみついているエレキモンのトールが声をかけてくる。

 

「……おい、大丈夫かユウキ……?」

「……なんとかな。まったく、アウェーな戦いにも慣れたものだけど、流石にしんどいって……」

「ハッ、そんだけ言えるなら大丈夫だろ……ホント、ピンチの時だけは役に立つよな」

「一言余計だって」

 

 こんな時だけはちゃんと褒めてくれるよな、という言葉を内心に隠しつつ、ユウキもまた言葉に応じる。

 とはいえ、そもそもこの戦いに勝つことが彼等の最優先すべきことではない。

 追撃から逃れられないその事実から強いられていただけで、二人がこの町に足を踏み入れた理由は別にあるのだから。

 故に、ユウキはトールの事を背負ったまま、近くに落ちていた鋼鉄の剣を改めて掴み取り、その場を後にしようとして、

 

 その声を聞いた。

 

 

 

「――やってくれるな」

「「――ッ!?」」

 

 

 

 ありえない。

 いや、ありえてはならない声があった。

 爆煙の中から、両腕と胴部を大きく損傷した様子の白き凶器の人型が立ち上がるのが見えた。

 まだ、生きている。

 動くことが、出来ている。

 

(……嘘だろ。今のは全力だったつもりだぞ……!? どんだけ頑丈なんだ……!!)

「ブレイドクワガーモンの、このクロンデジゾイドの装甲じゃなければ。そして機械の体じゃなければ、今ので死んでただろうな。まったく……」

 

 平気というわけではないのだろう。

 ダメージが無いというわけではないのだろう。

 だが、生きているという時点で二人にとっては絶望以外の何者でもなかった。

 既に体力も底をついている状態、そして竜人への変化があとどのぐらい継続するのかが解らない状態で、未だ底の見えない敵と戦わなければならない事実。

 事実を並べれば並べるだけ希望が見えない状況だ。

 身構え、次の手を必死にユウキが考えていると、しかし意外にも白き凶器の人型――もとい人型の形を成したブレイドクワガーモン(?)は仕掛けて来ようとはしなかった。

 彼はため息でも吐くような調子で、こんな事を言う。

 

「同類という時点で、想定は高く見るべきだったか。まったく、予定通りとはいかないものだよホント」

「……同類だと? おい、まさかお前……」

「まぁいい、そろそろ潮時だ」

 

 重大な意味を含んだ言葉があった。

 だが、その真偽を確かめる間も無く、電気を体から発したブレイドクワガーモンの体が宙に浮く。

 その体の周囲に、ユウキと同様にノイズのような何かが生じたかと思えば、瞬きの間にその身は人型のそれではなくなっていた。

 一本のナイフに眼球とクワガタムシのハサミを取り付けたような、電気を脚代わりとする鋼鉄の蟲――ユウキの知るブレイドクワガーモンそのものの姿になったのだ。

 見る見る内に、ユウキとトールの手が届かない高度にまで上がりながら、人の形を成していたブレイドクワガーモンは言葉を紡ぐ。

 

「狩れなかったのは残念だが、まぁ仕方無い。リベンジの機会を楽しみにさせてもらおう……次があればだが」

「……!! おい、どうしてこんな事をしやがった!? この町のデジモン達に何か恨みでも……!!」

「恨みなんか無いさ」

 

 そうして彼は回答した。

 それがお前たちの勝利の戦利品代わりだとでも、言うように。

 

「試し打ちと経験値稼ぎが出来る場所が欲しかっただけだ。じゃあなご同類、生き残れたなら仲間にするのを検討しておいてやるよ」

「誰がお前みたいなヤツの……おい待てッ!! 同類って、攻略って、どういう意味だ!! 逃げるな答えろぉッ!!」

 

 それ以上の回答は無かった。

 鋼鉄の蟲は燃え盛る橋の惨状など無視し、閃光と化しながらその場を後にしていた。

 二人の力では、とても追い着けはしない。

 逃げられたと言うべきか、見逃されたと言うべきか。

 判断に困る決着と重大な事実を前に沈黙していたユウキに対し、トールは渇を入れるように耳元で怒鳴る。

 

「おいユウキ!! 疑問は後回しにしとけ!! 今はベアモンのやつを……!!」

「――くっ……あぁ、解ってる!!」

(そうだ、今はあんなヤツのことで時間食ってる場合じゃない!!)

 

 先にも述べた通り。

 強敵を相手に生き延びたからと言って、彼等の目的が達せられたわけではない。

 ただでさえ、時間の経過と共に移動出来る経路が縮小しつつある状況なのだ。

 最優先すべき事案を見誤ってはいけない――そう思って視線を先の道へと向けると、その声は聞こえた。

 

「――ユウキさん!! トールさん!!」

「!! ホークモンに、ハヅキさん!?」

 

 依頼主であるレナモンが進化した銀毛のキュウビモンことハヅキと、その背に乗っている依頼の護衛対象であるホークモン。

 二人もまた先走ったアルスを、そしてそれを追う自分達を追ってきたのだと今更のように理解し、トールは一緒にいないもう一人について問いを出した。

 

「アンタ等まで来たのか。……レッサーは?」

「レッサー殿は敵の足止めをしてくれているのでござる。それよりも、アルス殿は?」

「まだ先だと思う。死んではいないと信じたいが……」

「急がなければならない。また件のミサイルが飛んできたら、どの道ここで全滅してしまうでござる」

「……そういや、さっきのクソ野郎が潮時だとか何とか言ってたな。クソったれ、そういう意味かよ……!!」

 

 もう時間が無い。

 考えるまでもなく当たり前の事実を前に、ここまで来る事になったそもそもの理由である相手は何処にいるのか――そんな事を考えていると、

 

「――みんなっ!!」

 

 その張本人が、予想外にも自分から踵を返してやってきた。

 いっそ、自分自身よりも仲間達の方を心配してきたとでも言わんばかりの声色で呼ばれ、思わず怒りを覚えそうになりながらも、ユウキは声の主――ベアモンのアルスへと言葉を返した。

 

「ベアモン!! 無事だったのか!?」

「今はそっちじゃないでしょ。他のみんなと一緒に早く脱出しないと!!」

「……チッ、あぁそうだな!! だがお前この棚上げ野郎後で色々と説教は覚悟しとけよ!?」

「はいはい解ってるから!! ……まぁ記憶に無いことになるだろうけど(ボソッ)」

「何か言ったか?」

「何も!!」

 

 いっそ、違和感さえ覚えるレベルでいつも通りな調子のやり取りの直後であった。

 警戒心と共に夜空へ目を向けていたホークモンが、叫んだ。

 

「ッ!! 見えました!! 来ます!!」

「走れッ!! 湖に向かって飛び込むんだ!!」

「レッサーは!? 足止めしてるのなら、このままだと……!!」

「あの方にも見えてはいるでござろう!! 今は無事に脱することを信じて、自分の身を最優先にすべきだ!!」

 

 走る、走る、走る。

 燃え盛る橋の上で、倒壊した建物に塞がれていないルートを急ぎ見つけ出し、通り抜けていく。

 橋という構造でありながら横幅は広く、故にこそ町として十分に機能していたのであろう残骸だらけの道を進み、

 

「間に合え……」

 

 そうして、その時はやって来た。

 

 

 

『間に合えええええええええええええええええええええッ!!!!!』

 

 

 

 幾度かのミサイルが、天観の橋に着弾する。

 爆炎が撒き散らされ、残骸を吹き飛ばし、その一帯に存在していた全てのものを塵に還していく。

 絶滅の名を冠した凶器は、その名の通りに役割を果たした。

 真夜中、今この時をもって、一つの町は完全に崩壊し。

 そこに、デジモンは一匹たりともいなくなった。

 

 湖の水の冷たさを感じ、水面から一つの惨劇の終わりを見届け、自らの無力を思い知らされながら。

 暗雲広がる彼等の冒険の、一日目は終わった。

 

 

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