DIGIMON STORY デジモンに成った人間の物語   作:紅卵 由己

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幕間①「教育」side:ベアモン

 

 僕は暗がりの中にいた。

 橋の上に造られた街で、無様に何も出来ないままデビドラモンに倒されて、死んだはずの僕を待っていたのは、もうすっかり見慣れてしまった真っ暗闇。

 意識を失った時、眠りに就いた時、いつも僕の目前には最初にこれが広がっている。

 同じ暗がりでも、死んだデジモンのデータの行き先と言われている、ダークエリアのそれとは違う。

 死んだデジモンの意識がどうなるのかを、実際の体験として知ってるわけじゃないし、そんなことを知ってるデジモンがそもそも存在するのかも知らないけど、いつも見ているものと同じであるという時点で、僕はぼんやりと思うだけだった。

 

 あぁ、また僕は生き残ってるんだな、と。

 誰も守れなかった役立たずの分際で、自分だけ助かっているんだな、と。

 

 昔からそうだった。

 直前の状況から、どう考えたって自分は死んだと確信出来る状況になって、意識を失ってしまっても。

 夢から醒めて、現実に叩き起こされてみれば、降り掛かった死など最初から無かったかのように、僕は生き延びてしまっている。

 誰かに助けられたのか、死ぬ原因のほうが勝手に離れていったのか、無意識の内に僕自身が何かをしたのか、原因なんて解らない。

 解っていることは、少なくともそうなった経験が一回二回では済まないという時点で、僕の生存は奇跡でも偶然でもないということぐらい。

 この目で現実を直視しているはずなのに、どこか夢の中にいるかのように感じられて、たまに自分が視ているものが現実のものなのかどうか、わからなくなる。

 起きる事が既に決まっている完成済みの絵本や文を目にしているだけで、自分というデジモンが本当はそこにいないかのような、そんな仲間はずれのような錯覚。

 

 どの方向に進めば良いのか判るはずもないままじっとしていると、これまたいつも通りに景色が変わる。

 殆ど黒一色の暗闇の中に絵の具でもぶちまけるように、あるいは絵本のページをめくるかのように目いっぱいに広がる黒の色が取り払われて、代わりに見慣れた風景が目の前に広がっていく。

 どこでも変わらない青空の下、太く大きな白い樹木の生える丘の上に、レンガで造られた建物がいくつか建っている村。

 周辺が森になっている発芽の町よりも住まいとなる建物や住民の数は少ない代わりに、学校や教会といった『教育』のための施設が整っていて、活気は同じかそれ以上に沸き立っていたその村は、僕が産まれてそう経たない頃に住んでいた、いわゆる故郷というべき場所だった。

 

『ワニャモン、おはよー!!』

『あ、カプリモンおはよー』

『おーい! 早く行こうよリーフモン!!』

「わー!! まってまってよぉー!!」

 

 そこでの一日は、基本的に同じことの繰り返し。

 朝にはいつも決まった時間に起こされて、決まった時間に学校にみんなで集まって挨拶をして、その後には夕日が見えるぐらいまで勉強の時間を過ごして、夜にはそれぞれの住まいで寝る。

 その繰り返しの果てに、知識と正義感を培った住民が、やがて正義感を胸に外の世界に踏み出していく。

 僕も、そんな先輩のデジモン達を羨ましいと思ってたりしていた。

 自分もいつか、胸を張って旅立ってみたいなって。

 

『いんべりあるどらもん、いちばんかこいよねー!!』

『えー!! うぃざーもんがいちばんだったよー!!』

『みんな「おこさま」ですねー!! おめがもんがいちばんだったにきまってるじゃないですかー!!』

 

 発芽の町では、主に成長期のデジモン達が経験を得て自立して仕事持ちになれるように、ある程度行動の自由が与えられている。

 誰かの許しを得ないまま外出して、帰りが遅くなっても、少し注意を受ける程度で、問題にはしない。

 こういうのを、ホーニンシュギって言うんだっけ? まぁ大怪我とかして帰った日にはめちゃくちゃ叱られた覚えもあるんだけども、これが発芽の町における『教育』の形なんだと僕は受け取っている。

 まぁとにかく、同じことを日々の中で繰り返すという点では、僕の故郷は現在住まわせてくれている発芽の町と似ているものだった。

 異なるのは地形と、そもそもの『教育』の方向性。

 

『悪を倒し、世界を平和にする。それが選ばれし子供達の使命であり、そんな選ばれし子供達を守護し戦い抜いたのがパートナーデジモンなのです』

『へぇー、せんせー!! ぼくたちもなれるかなー!! この、えほんのニンゲンやデジモンたちみたいな、カッコいいヒーローに!!』

『えぇ。私達の言うことをちゃんと聞いて、良い子にして育っていけばきっと、あなた達も書物に名を残すほどの勇者になれるはずです』

 

 答えから述べてしまうと、どんな経緯があれこの村で育つことになった子供デジモンたちは、物語の中で語られるような『選ばれし子供』のためのデジモン――パートナーデジモンになれるような、立派なデジモンに育つことを求められる。

 世界のために戦えるように、自分よりも弱い者を守り抜けるように、悪を挫ける『良い子』であるように、と。

 

 そのために、学校ではニンゲンにまつわる伝説などが記された書物の中身を、聞いたり読んだりする。

 僕を含めた子供達は当時、誰もそれ等が記された書物が何処から見つけられたのかとか、そもそもそれに記された物語が事実なのかとか、そういうことをいちいち疑ったりはしなかった。

 だって、それが本当のことなら凄いことで、それと同じになれることはとても立派で名誉なことだって思えていたから。

 きっと、教える側のデジモン達からしても、それが真実か嘘かは大した問題じゃなかったのだと思う。

 あくまでも、物語は指標。

 こんな風になれればいいな、これが正しくてこれが悪いんだ、と少しでも思わせることが出来たのならそれで十分なんだろう。

 実際、当時の僕だって、物語に出てくるニンゲンやパートナーデジモン達の活躍を文字や絵で知って、こんな風になれたらいいなと羨ましく思っていながら、それが本当であるかどうかまでは重要視していなかった。

 弱くて、小さくて、脆くて、それでも不思議な力で進化をしたパートナーと共に悪者に立ち向かう。

 そういうことがあったという文字列が、臆病でしかいられない僕にとってはとても光り輝いて見えたんだ。

 勇気を貰った、と言い換えてもいい。

 だから、僕も含めた子供デジモン達は頑張った。

 厳しい勉強も鍛錬も、ただ「立派なパートナーデジモンになるため」という夢のためになら、頑張れた。

 顔も知らない誰かの勇気になれるように、友情を築けるように、愛情を向けられるように、知識を蓄えておくために、誠実に生きられるように、純真を忘れないように、希望であるように、光を灯せるように、優しく在れるように。

 折れた樹木や大きな岩を叩いたり押したり、本を読んだりその内容について考えたり、まぁ色々なことをした。

 今になって振り返ってみれば、しばらくは遊びと言えることをしたことはあまりしたことが無かった気がするが、そのことについて当時から不満などを覚えたことは無かった気がする。

 理由は単純で、鍛錬と勉強そのものが僕らにとって意識的に遊びと同じ位置づけになっていたからだ。

 物語の中のカッコいい主人公たちの活躍を読んで、凄いな憧れるなぁ――そんな感想を抱きながら、それに近付けるようにと没頭することに、僕らはどこか楽しさを覚えていた。

 それこそ、鍛錬の疲れが気にならないほどに。

 

『すごいよね』

『カッコいいよな〜』

『あんな風に進化してみたいなぁ』

 

 そんな感想がちょくちょく口に出る事も珍しくなかった。

 そこにいるのが自分だったら、と夢想してしまう程に、僕を含めた子供達はこの村が集積していた物語に惹かれていた。

 幼年期のワニャモンから成長期のベアモンに進化して手足が生えてからは、村の先生をしているダルクモンっていう綺麗な格好のデジモンに読んでもらうだけじゃなくて、自分から空いた時間を作っては読書をしていた。

 そうしている内に、同じように人間の物語に惹かれていた子供――特に、手足が無くて本のページを捲れない幼年期の――デジモン達も、僕の読書に同席するようになったりもして、時には夜更かししちゃって叱られたりもしたんだ。

 ちゃんと決まりを守らないと悪い子になっちゃいますよ、と。

 

『こらっ、貴方達。また夜更かしをして……いけませんよ!! そんな風にいつまでも続けては悪い子になってしまいます!!』

『げっ!! ……ごめんなさ〜い』

『……今げっ、とか言いやがりましたかベアモン?』

『言ってませ〜ん!! もう少しでいい所が読み終わるからあとちょっとだけ……』

『そーだよ!! いまきめらもんとのたたかいがいいところなの!! なんかよくわかんないけどまぐなもんがでてきて……』

『はいはいそういうのはまた明日!! はい、全員ベッドの中にヘブンズ送還ーっ!!』

『んゃーっ!?』

『ベアモンーっ!!』

 

 で、毎回毎回、見回りのピッドモンやツチダルモンにバレては逃げ回ったりしてたんだ……逃げ切れた時なんて一度も無くて、いつも他の子達ともども抱えられて住まいに戻される。

 

『いてててて!! 離してってばピッドモン!! 逆さに抱えるのやめてーっ!!』

『少しは痛い目を見ないと反省しないでしょう。まったく、これで何度目ですか? 元気が有り余ってるのは結構ですが、こんな暗さになるまであそこで読み物だなんて、こんなことをいつまでも続けていては流石に成長を阻害してしまいますよ』

『えへへ……ごめん。どうしても続きが気になっちゃってぇ……夢中になっちゃってぇ……』

『……やれやれ。ここまで読み物に惹かれるとなると、もしかしたら貴方はウィザーモンかソーサリモン辺りに進化するのかもしれませんね』

『悪者から大切な誰かを守って死ぬかもってこと?』

『夢中になりすぎです』

 

 でも、そうして聞くことになる叱りの言葉は、どれも僕達のことを心配してのものであるように聞こえて、怒られていると解っていながら僕は嫌な気持ちにならなかった。

 むしろ、そういう反応見たさで、ちょっといけないことをしようとしていた側面もあったと思う。

 良い事をすれば褒められて、悪い事をしたら叱られる。

 当時の僕にとって、そして故郷の村にとってはそれが当たり前のことで、それが続いたからこそ楽しいまま時間は過ぎていったんだって今も思っている。

 ……そんな時間が終わりを告げたのは、ベアモンに進化して二十数回ぐらいの数、日が落ちた頃のことだった。

 

『おや、寝不足常習犯のベアモンですね。いつも思いますが、眠くないのですか?』

 

 その日、鍛錬と授業の後に読書をして、そうしている内にいつも通りに日が落ちて夜になったから、いつも通りに自分の住まいに戻って眠りに就かないといけなくなった。

 夜空では黄金の満月が顔を覗かせていて、鍛錬と読書で疲れを覚えているはずなのに体中が元気なままという錯覚すら覚えながら、戻るために村の中を歩いて。

 そうして村の中を歩いて移動している途中、村の中の見回りを担当しているデジモンと鉢合わせになったんだ。

 そのデジモンの名前は、ダルクモン。

 微かに金色の帯びた白い翼と鉄の剣を備え、綺麗な衣装に身を包んだ、天使デジモン。

 村で、成長期にまで進化した子供デジモン達に向けて、主に戦闘技術に関する『教育』を担当しているデジモンだった。

 

『えへへ、本を読んでるとそういう細かいの忘れちゃって……』

『まぁ、私はピッドモンほど厳しくする気はありませんので、叱ったりはしません――二日前の時のように、学びの最中に眠りなどしない限りは』

『あ、あはは……ピッドモンから聞いたのそれ……?』

 

 基本的に優しくて、落ち着いてて、村の成熟期デジモン達の中で一番の人気者。

 子供達にとっても当時の僕にとっても、そういう認識だった。

 少なくとも僕は、そういう風に振舞うダルクモンの姿しか知らなかった。

 その日も僕への注意が終わると、優しげな表情と共にその場を後にしようとしていたんだ。

 

 それまでの日々と変わらないやり取り。

 だけど、その日は――満月が照らすその日は、僕の知らないところで何かが違ったんだと思う。

 いつものようにその場を後にして、別の場所を確認しようとしたダルクモンは、ふと足を止めると、夜中でよく見えないはずの僕の顔を怪しげにじーっと見てきたんだ。

 突然のことに疑問を覚えながらも、僕も(特に意味も無く)ダルクモンの目をじーっと見返していた。

 そんな、奇妙としか言えない状態のまま数秒が過ぎた時、突然ダルクモンは表情を一変させて、

 

『……!? ベアモン、その眼は……その色の異なる両目はなんなのですか?』

『? なんなのですかって……?』

『……その眼は、この覚えのある感覚は、まさか……っ!!』

 

 まるで。

 僕のことがベアモンとは違う別の――何か恐ろしいデジモンに見えているかのような、恐怖を帯びた顔で、叫んでいた。

 

『――貴様ッッッ!!!!!』

 

 言葉の直後だった。

 最初、僕自身何が起きたのかを理解出来なかった。

 目の前が突然見えなくなってしまったのだから。

 けど、直後に駆け巡った目元の激痛で、嫌でも何が起きたのかを知ることになった。

 

 僕は、ダルクモンの剣で両方の目を切られた。

 それを知覚した途端にら痛みは更に強さを増して、僕は泣き出していた。

 

『何故……何故!? 旧世界で消え果てたと聞いていたのに……よりにもよって、貴様が……何故ッ!?』

『――ぅ、ああああああああ!? 痛い、痛いぃ……っう……!! ダ、ルクモン……なんで……っ!?』

『……っ、その眼を――あの方を堕とした眼を私に向けるなッッッ!!!!!』

『……ひっ……!?』

『――どうしたんだダルクモン!? っ、ベアモンその目の傷は……!!』

 

 何も。

 わかる事なんて無かった。

 当時の僕には、どうしていきなりダルクモンが豹変して僕の眼を切り裂いたのか、その理由が少しも考えられなかった。

 異常に気付いたピッドモンがダルクモンと言い争いをしていたみたいだけど、その内容も激痛のせいでろくに頭に入ってこなかった。

 理解が出来た事は、一つ。

 痛みの中、血混じりの涙を流す僕の前で、僕達子供デジモンに色々なことを、教えていた背の高いデジモン達が慌てた様子で言葉を発しあって、そうして決まったこと。

 

『……しばらくここに入ってもらう。呪われたその眼と声が、悪を増やさないように』

 

 僕は。

 その日から、村にとっての悪者になってしまった。

 いったいどこに作られていたのかのかも知れない、天井から少しの光が差し込むだけの場所に放り込まれた。

 ……そして、傷付けられた眼は、朝日が昇った頃にはすでに治っていた。

 

『出してっ、ねぇ出してよっ!! ピッドモン……!! もう夜更かしなんてしないからっ、ずっと良い子のままでいるから……っ!!』

『…………』

 

 お願いをしても、誰も返事さえ返してくれなかった。

 質問を飛ばしても、答えが聞けることは無かった。

 見張りとして誰かがいる、ということだけは気配とニオイで知覚出来たけど、殆ど一人ぼっちになったのと変わらない状況だった。

 誰も僕の声を聞いてくれないし、姿を見ようともしてくれない。

 出来たことは自問自答のみ。

 

 僕が悪い事をしていたからこうなったのか、と自分の中で答えを出すのに、時間はそう掛からなかった。

 頭の中で、ダルクモンに言われた言葉が繰り返されていた。

 その眼を向けるな、と。

 

『……この、眼が……』

 

 水面のように、自分の今の顔を映すものが無かったから、具体的にどうなっているのかは解らないままだった。

 だから、何が悪いのかについて、その時は聞いた言葉から考えるしか無かった。

 

『……この、眼が……ッ!!』

 

 潔白であるという証拠。

 何をすれば良い子だと信じてもらえるのか。

 幸いにも、それを実行出来るためのものが檻の中にはあった。

 少し丸みを帯びた、小石が。

 ……必然、感じることになると解りきっている痛みを前に恐怖を覚え、そして短くはない時間の後に僕は行動していた。

 

『――あああああああッ!!』

 

 僕は、小石で自分自身の眼を抉り潰した。

 漏れ出る血に涙を混ぜながら、いっそ必死になって繰り返した。

 あまりの痛みに、意識が飛んだこともあったっけ。

 結論から言って、それは無意味な行為だった。

 小石を使って潰したはずの眼は、ある程度の時間が経つと勝手に治って、僕に閉じられた景色を見せるばかりで。

 寂しいだけの時間、目を潰した回数が左右共に十回に届いた頃になって、ようやく僕は気味の悪さと共にどうしようもない事実を思い知らされた。

 

 僕は、化け物。

 物語の中で語られる、悪者のような、おぞましい、何かであると。

 今も、毎晩毎晩、夢の中で突きつけられる。

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