参考文献は漫画版Sts
『……ター、マスター、起きてください』
「………ぅえ?」
クレスに声をかけられ、眠たい目を擦りながら体を起こす。
薄ぼんやりとした視界に映ったのは、低い天井と足元が見える程度に灯された明かり。
ああ、だんだん思い出してきた。
たしかネカフェで戦闘した後、人ごみに紛れて逃げて。しばらくして疲労が限界に来たんだっけ。
幸い、レールウェイの設備管理用地下道への入口が開いていたから、そこに潜り込んだんだった。
「……おはよう、クレス」
『身体の調子はどうですか?』
「全快……とは言えないなぁ、だいぶ回復したけど。俺、何時間くらい寝てた?」
『おおよそ六時間ほどです』
地下通路には朝も夜もない。
それでも、何となく空気で朝を感じるのは気のせいだろうか。
立ち上がって、うーんと伸びをする。地べたにダンボール敷いて寝たのに身体がバキバキと鳴らない。
流石、十代の身体だ。
「……はあ、風呂入りてぇ」
『諦めましょう』
「わかってる、言っただけだ……」
頭ではどうしようもないことだと理解しているのだが、どうしても心が納得してくれない。
頼むよ「私」、今は耐えてくれ。
『マスター、そろそろ移動しましょう』
「はいはい……ところで、これから何処に向かうんだ?」
『この通路を進むとE29番地下道へ繋がります。そこからE44番地下道を通り、クラナガン44地区へ向かいましょう』
クレスがネットに接続した際に調べたところ、44地区は少々治安が悪いらしい。
マフィアやギャング、ヤクザ、呼び方は何でもいいが、そういった輩が力を持っている地区であるため、管理局の手が伸びにくいそうだ。
ここならば、フェイトに連絡を取り、それが追手にバレたとしても身を隠せそうだ。
『マスター、移動は徒歩ですよ?』
「わかってるって、センサーがあるんだろ?」
クレスをネットに接続したことで、もう一つ良い事が知れた。
どうやら、首都クラナガンというのは街にある監視カメラを一括で管理しているらしい。しかも、顔認証で映った人を簡単に識別出来るとか。
「俺」の記憶の中にもそういったものがあるが、ここまで大規模にはやっていない。精々、空港とかそのくらいだ。
だから監視カメラが付いているであろう大通りを避け、地下道へ逃げ込んだ。
それと、移動は徒歩の理由だが、クラナガンは飛行魔法の使用は緊急時を除いて禁止されているらしく、使うと配置されているセンサーに引っかかるらしい。
おそらく、奴らはこの二つを組み合わせて俺たちのことを追ってきたのだろう。実際、注意して潜伏した結果、こうして睡眠を取れたのだから。
「しかしまあ、なんつーか、未来って感じだな」
『何がでしょうか?』
「いや、「俺」の記憶ってさ、ミッドチルダの技術力より数段劣ってるんだよね。だから、俺からすると未来にタイムスリップしたみたいでさ」
なのはとしては触れたことのあるものでも、俺としては初めてということが多くて。
何だろうな、物語の中にでも入り込んだような……あ、俺の記憶じゃ物語だったか。
『マスターの記憶は、「高町なのは」と同じ第97管理外世界の人をベースにプログラムされていますから』
「へぇ……ん? ベースってことは、「俺」にもオリジナルが居るのか!?」
『いいえ、記憶プログラムに矛盾が出ないように文化を参考にしただけです。マスターの記憶プログラムは一から組まれた……らしいです』
「らしいって、曖昧だなぁ」
『研究員の雑談ですから』
それもそうかと納得し、地下道を進む。
今いる地下道は普段使われていないのか、点々と置かれた非常灯の照明しかない。コンクリートが打ちっ放しで、二メートルほどの低い天井には配管が通っている。
さっき未来感があると言ったばかりなのに、こうした街の裏側はあんまり記憶と変わらないのは少々残念だ。気づかないだけで、このコンクリートが超高性能なのかもしれないが。
しばらく無言で進んでいると、T字路に突き当たった。
どうやら、この交差している通路がE29番地下道らしい。
クレスの案内に従い左折して、またテクテクと進む。ほぼ無警戒で済んでいるのは、この辺は使われていない地下道らしいからだ。
だが、何もかもがうまくいくわけではない。
『マスター、この次の扉の先がE44番地下道です』
「次ってことは、あれか」
扉の下まで行き、ガチャガチャとドアノブを捻って扉を押したり引いたりするも、開かない。
スライド式かと横へ引っ張ってみるも、これもダメ。
まあ、つまりは、
「鍵掛かってんじゃん」
ここで計画はつまづいたのだった。
「どーすんの、これ……魔砲でぶっ壊す?」
『そんなことすればセンサーに引っかかります』
「じゃあどうすんのさ?」
12歳の少女の力では鉄の扉を壊すなんて、とてもじゃないが無理だ。
ハンドドリルとか道具があれば、また別なんだがなぁ。
『仕方がありません、迂回しましょう』
「それしかないか。ルートは?」
俺の問いかけにクレスは、空中にウィンドウを映してそこに地図を表示させる。
『この先にあるE37番地下道へ。そこから一度地上に出て、地上からE44地下道へ入りましょう』
地上に出るのは少々怖いが、クレスが選んだルートだ。きっとそれが最適だろう。
何の疑いもなく、俺はそのルートを承諾した。
「うっし、ここは鍵が掛かってないみたいだな」
E37番地下道へ繋がる扉は、ガチャリと音を立てて開いた。
この通路も相変わらず、今まで通ってきたものと同じようにコンクリ打ちっ放しで、その変化のなさに嫌気がする。
結構な時間を地下道で過ごしているので、そろそろ空が恋しい。
『ここからレールウェイの地下通路に行き、そこから地上へ上がります』
「レールウェイの地下通路は今も使われているから注意、だろ?」
帽子をちょっとだけ目深に被る。
「んで、どっちに進むんだ?」
『左です』
だが、歩き出した足は幾ばくもしないうちに止まった。
薄暗くて分かりづらいが、前から何かの大群がやって来ているのが見えたのだ。
同時に、向こうもこちらに気づいた。
「あちゃー、人がいるっスよ」
声からして大人の女性。
その後ろからはゾロゾロと人ではない何がが続く。
「なんだ、一般人か」
こちらとの距離が20メートルを切ったところで、ようやく向こうの姿が確認できた。
ダイバースーツに篭手やらショルダーガードを付けた女性が二人。
一人は何かデカイサーフボードみたいなのを持っていてピンク髪を後ろでまとめている。もう一人はふよふよと浮いている玉子型の機械に座っているセミロングの水色髪。
特殊な格好をしているってことは、何かの作業員だろうか?
取り敢えずこういう時は、
「お疲れ様デース」
「え、あ、お疲れっス……」
挨拶をしながら、さも当たり前という顔をしてピンク髪の脇を通り過ぎる。
秘技、「従業員成りすまし」作戦。
「いや、ウェンディ、通すなよ」
「へ? あ!」
残念、水色髪の女性には通じなかった。
卵型の変な機械が行く手を遮る。ひーふーみー……19体、いや、椅子になってる奴を入れると20体か。
「何? 俺、急いでんだけど」
「じゃ、その予定は永久にキャンセルだね」
機械に座っていた女性が、ひょいと立ち上がる。それと同時に三体の卵型の機械が俺を囲み、触手のようなアームをうねうねと出した。うぇ、趣味ワル……。
ってか、これ、もしかして機械兵器か?
「……お姉さん達、何者?」
「それを知られちゃマズイから、君を始末しようと思ってるんだけど?」
「ああ、そういうことね」
彼女らも、俺と同じで日の下を歩けない人達か。
ただ、俺と違うのは、彼女らはどうやら犯罪者とかテロリストっぽいところだ。
「ねえ、俺もバレちゃマズイんだよね。ここでドンパチやるのはお互い得策じゃないでしょ? お互い見なかったことにしない?」
「ふーん。でも、アタシ達、ここで作戦開始することにしたから」
水色髪の女性が手を振ると、後ろにゾロゾロいた機械達がどこかへと移動していった。
残ったのは俺を囲っている三体と、お姉さんが二人。
「まあ、運がなかったんだね」
「バイバイっス」
その言葉を合図に、機械兵器の触手が俺に向かって伸びてくる。
けれど、ここまでの会話で戦闘は予想していた。素早くフライアーフィンを展開し、跳ねるように飛んでアームを避けて天井に着地する。
「何だ、魔導師だったのか」
好都合だという言葉に何やら嫌な予感がし、距離を取るべく後方へ飛ぶ。
だが、突然にフライアーフィンが消えた。
「っな!?」
慌てて再度発動させようとするも、魔力を編んだ傍から崩れていき、魔法が形にならない。
幸いにも後方へ飛んだ後なので、敵から距離が取れた。空中で投げ出された身体はそのまま地面へ落ちていくが、何とか体勢を立て直して着地する。
「落し物っスよ」
ウェンディと呼ばれていた女性が、俺の帽子を投げて寄こした。だがそれは、俺から少し離れた所に飛んでいく。
「よそ見してる余裕あるんっスか?」
気づいたときには、ウェンディとの距離が1メートルを切っていた。慌ててクレスを杖にし、放たれた回し蹴りを受け止める。
だが、彼女の体格以上のパワーにより、大きく後ろへ吹っ飛ばされた。
「おー、今のガード間に合うんスね。これは楽しみっス」
「っつぅ、何て馬鹿力……」
追撃を入れられないよう素早く起き上がる。地面を転がったときに出来た擦り傷が、ちくりと痛んだ。
「ウェンディ、クア姉から許可下りたよ。実戦訓練としてそいつで遊んで良いって」
「ホントっスかセイン? わーい、やったーっス!」
「ただし、確実に
「りょーかいっス!」
軽いストレッチを始めるウェンディを警戒しつつ、俺はクレスと相談する。
「クレス、さっき魔法が消されたの、何だか分かるか?」
『あの機械からジャマーフィールドが展開されたのを検知しました』
「ジャマーフィールド………
フィールド内の魔力結合・魔力効果発生を無効にする、あらゆる魔法への強い妨害効果を発生させる魔法だ。
だが、あれはAAAランク魔法防御のはず。どうしてあの機械から?
『幸い、それほど効果範囲は広くないようです』
ぱっとクレスがスキャンしたところ、AMFの範囲は機械からおおよそ二メートルほど。
距離が取れた今なら魔法が使える。もちろん、向こうも織り込み済みだろうが。
だが、不利な状態なのは変わらない。問題は、ここからどうやって逃げるかだ。
後ろに逃げ道はある。だが、この状況で背を見せて逃走するのはあまりにも危険だ。
逃げるにしたって、隙を突かなきゃならない。
「さーて、準備は良いっスか?」
ガチャリと音を立てて、ウェンディはサーフボードのようなものを抱え持つ。
先端をこちらに向けたことで見えたのは、砲身。
「っクレス、バリアジャケット展開!!」
「まずは小手調べっス」
バリアジャケットを装着しつつ全力でプロテクションを張った。
直後にウェンディの砲撃が着弾し、爆発で辺りは粉煙に包まれて敵が見えなくなる。
「何、一撃?」
「いやー、ちゃんと防いでるっスね」
この粉煙の中なら逃げ出せるかとフライアーフィンを展開して後退しようとした矢先、二発目が飛んできた。
慌ててプロテクションを張って防ぐ。
「逃がさないっスよ。ちゃんと見えてるんっスからね」
「クソッ、ディバインシューター、セット!」
プロテクションを維持しつつ、ディバインスフィアを4つ生成する。
粉煙で何も見えないが、それでも正面に敵がいるのは分かる。
ならば、
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる! シュート!!」
「おお、バリア張りながら撃てるっスか!? なかなかやるっスね」
魔法の並列処理と思考制御は「私」の得意分野だ。これを使えばそうそう遅れは取らない。
「けど、残念。全部AMFに防がれてるっスよ」
「ウェンディ、余計なこと言わないの」
「おっとっと、楽しくってつい口が滑ったっス」
ウェンディの発言を、セインと呼ばれた女性が嗜める。
そうか、これじゃさっきの奴に防がれるのか。
とはいっても、他に手は無い。弾幕を張って接近だけはされないようにする。
「ん? ………あーらら、もう嗅ぎつけられちゃった」
「どうしたんっスか?」
「機動六課だっけ? 例の部隊がこっち来てるみたい」
くっそ、会話してる時ぐらい、撃つの止めろよ。
いや、俺も止めてないけどさ。
「了解、クア姉………ウェンディ、遊びは終わり。さっさとそいつ殺って
「しょうがないっスね」
その言葉と共に、撃たれる砲撃の威力がぐんと増した。
プロテクションに割く魔力を増やして、何とか防ぎきるが、正直ジリ貧だ。
『マスター、下です!!』
「遅いよ!」
クレスの声に足元へ目を向ければ、青い魔法陣が展開されており、そこからセインが飛び出してきた。
突然のことに、防ぐことも避けることも出来ず、首を掴まれて宙吊りにされる。
「セイーン、上手くいったっスか?」
「ああ、捕まえた」
ぎりぎりと首が締まる。こいつ、本気で殺す気だ。
何とか逃れようと抵抗するも、セインの腕はびくともしない。
「後はポッキリやれば終わり………あれ?」
首が段々と締まっていったのが、唐突に止まる。
だが、呼吸を止められ脳にも血液が行かない。どんどんと意識が遠くなる。
「何か、こいつ見覚えないか? ほら、デバイスとかも」
「え~、んー……あ、わかった! 向こうの隊長っスよ、白いのそっくりっス!」
俺と……そっくり?
それ……て…………。
…………………
…………
…
アタシ達の前に現れた魔導師。
腕はそこそこ立つようだったけど、アタシ達が苦戦するほどじゃなかった。
現に、今こうして地面に転がってる。
だが、このまま殺すには少々気になることがあった。
「いやー、こうして見ると、ホントそっくりっスね」
私たちの敵にして機動六課の隊長、高町なのはとよく似ていた。
違うところといえば、こちらの方は幼いってところか。
「クア姉、どう思う?」
『そーおね~え。今、情報を洗い直してるけど高町なのはに妹が居るなんてものは一つもないわね』
通信の画面ごしに、魔導師を見ながらクア姉は言う。
「こいつ、戦う前にバレちゃマズイとか言ってたっス」
『へえ~、ということは裏の人間よね』
「クア姉。もしかして、こいつ「F」の実験体なんじゃない?」
プロジェクトF.A.T.E.
アタシ達と根幹を同じくする、人造魔導師計画。
たしか、余裕があれば手に入れろって話じゃなかったっけ?
『セイン、それ、一応持ち帰って来てくれる?』
「はーい」
『それと、もう戻りなさい。今、最後のガジェットドローンが撃破されたわ』
「え、もう? はっやいなー」
ここに来るのも時間の問題だ。
ウェンディに魔導師を連れて来るよう指示し、地面に手を付けるとアタシの
あ、魔導師連れてくなら、ガジェット連れていけないな。まあいいか、機動六課の奴らの方へ向かわせて少しでも時間稼ごう。
ガジェットたちに指示を出して向かわせていると、ウェンディが魔導師を引きずってやってきた。
「じゃ、帰ろっか」
「りょーかいっス」
ウェンディがアタシの肩に捕まる。
後は潜って、はいさよなら。
そのはずだった。
「フラッシュインパクトッ!!」
突然、目を覚ました魔導師がISを展開していた地面に向かって杖を振り下ろした。杖がぶつかった地面は強い閃光とともに爆発を起こす。
咄嗟に身を守ろうとしてウェンディとアタシは魔導師から手を離してしまった。
それに、閃光によって目が眩んで一瞬魔導師を見失ってしまう。
見つけたときには十分に距離を取った場所で、こちらに杖を向けて魔力を貯めていた。
「っ、ウェンディ!!」
「え、うわ!」
「ディバイーン、バスター!!」
慌ててウェンディを引っ掴んで、地面に潜る。間一髪で、あの桜色の奔流から逃れることが出来た。
だが、今から戻って戦闘をしていては、機動六課の奴らとも交戦することになる。
悩んだが、ここで無理をしては後に控える祭りに支障を来すことから、退くしかなかった。
…………………
…………
…
僕たちフォワード隊がその連絡を受けたのは、訓練のため陸士108部隊に向かっている時だった。
何でも、E37番地下道に不審な反応があると警邏の人が気づいた直後、付近でガジェットドローンが出現したらしい。
AMF戦は他の人たちは不慣れということで、僕たちがメインで撃破することになった。
Ⅰ型のガジェットが17機と、Ⅲ型が2機。
Ⅲ型は多脚歩行型で初めて見るタイプだったけど、僕たちのコンビネーションが上がったおかげか、意外とすんなり倒すことができた。
それから、最初に反応があったE37番地下道へ向かおうとしたら、Ⅰ型のガジェットが3機出て来て、スバルさんとティアナさんが素早く撃破した。
まだ出てくるかもしれないと、警戒しながら地下道に向かったのだけれど、入口が崩れて土砂で埋まってて、すぐにはE37番地下道へは行けなかった。センサーの反応では、ここで戦闘があったらしい。
スバルさんとティアナさんが災害担当部に居た経験を活かして、土砂を退かしたり破壊突破して何とかE37番地下道へ降りたのだけど、もうそこには誰もいなかった。
残されていたのは、子供用の帽子だけ。
ちょっと釈然としなかったけど、そこから先は陸士の方たちに引き継いで、僕たちは地上で警戒態勢に移ることになった。
いったい、あそこで誰が戦ってたんだろう……怪我とかしてなきゃいいけど。
日間ランキングに乗ったこと、大変驚きました。
この場でもお礼を申し上げます。
慌ててNanohaWIKIを引っ繰り返して時系列や世界設定を調べ、漫画版Stsも買って色々新しい知識が付きました。
そんなわけで、細かいところ修正しております。主人公の年齢が10歳⇒12歳になったり、一話の日時が八月中旬⇒下旬になったりね。
活動報告で「風邪にお気をつけて」ってメッセージ貰った次の日に風邪引く奴。
……はい、私です。もう治ったけどね。