浜風は提督に甘えたい   作:青ヤギ

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浜風は叫びたい

 人類の希望たる艦娘に不埒なマネをすれば即憲兵によって連行。

 よこしまな感情をいだくことすらもNG。

 そして提督の動向は常に憲兵所属の妖精によって24時間監視されている。

 

 これほど過酷で、理不尽な環境で、提督業を続けようとするのはなぜか。

 提督によってその理由は様々だが、多くの場合、故郷を滅ぼした深海棲艦に対する憎しみ、家族知人を奪われたことによる怒りが原動力となっている。

 ゆえに大本営がどのようなルールを設けようとも、己の目的を完遂するまでは提督を続けようとする。

 

 そういった確固とした決意を持った人間が『提督の素質を持つ者』として妖精から選ばれるのかは不明だが……

 少なくとも、ここにいる提督もまた、同じ理由から提督業を続けていた。

 深海棲艦から、この世を守りたい。

 ただその一心で。

 

 もちろん憲兵妖精の容赦のない監視に参る日もあるが、そんなときこそ彼は己の原点を思い返し、初心へと帰るのだった。

 

 忘れてはならない。

 故郷が襲われた日を。

 深海棲艦に対する憎しみを。

 そして……

 

『兄さん……』

 

 掛け替えのない存在を失った、あの瞬間を。

 

 

 

 

 

 

「提督さ~ん! ちょっといいっぽい~?」

 

 ドア越しから、気の抜けるような声に、意識を引き戻される。

 声の主からして、夕立だろう。

 提督は強ばっているに違いない顔を両手で叩いて、表情筋をほぐす。

 考え事をしているとき、一人きりで過去に思いを馳せているとき、つい深刻な表情を浮かべてしまいがちなのだが、そういった顔はなるべく艦娘たちの前では見せたくはなかった。

 特に、自分を父親のように、あるいは兄のように慕ってくれている無邪気な駆逐艦の前では尚更だった。

 

「どうした、夕立? こんな夜遅くに」

 

 提督が返事をすると、ひかえめに開けられたドアの隙間から、ひょこっと夕立の顔が現れる。

 彼女は「えへへ♪」とイタズラを楽しむ少女のような笑顔を提督に向けた。

 

「あのねあのね? 提督さんに見てもらいたいものがあるんだ~」

 

「見てもらいたいもの?」

 

 なんだろうか。

 夕立のことだから、心臓に悪いサプライズをするようなことはないと思うが。

 

「ほらっ、いつまで恥ずかしがってるっぽい? 提督さんに見せるって決めたんでしょ?」

 

「ま、待ってください夕立さん! わ、私まだ心の準備が!」

 

「もう! さっきもそう言って逃げようとしたでしょ! ここまで来たら覚悟を決めるっぽい!」

 

 なにやらドアの向こうで、何者かと小競り合いをしている様子。

 聞き覚えのある声のような気がするが、あまり聞き慣れない慌てふためいた声のような気もする。

 はて、誰だろうか。

 

「んもう~だらしないんだから~! こういうのは勢いで行くっぽい! そ~れっぽ~い!」

 

「はわわ!? お、押さないでください夕立さん! ひゃああっ!」

 

 夕立のかけ声と共に、強引に司令室の中に入室させられる人物。

 その者の姿を目に収めた提督は……

 

「え?」

 

 思わず、素っ頓狂な声を上げた。

 同時に、胸に去来するひとつの感情。

 それは提督に、ひとつの幻影を見せた。

 

「……、……っ」

 

 衝動的に口から出そうになった名前を、提督は引っ込めた。

 いや、そんなはずはない。あの子はとっくの昔に……

 では、目の前にいる少女は……

 

「えへへ♪ どう提督さん? かわいいでしょ?」

 

「はぅ~……」

 

 ニコニコと微笑む夕立に反して、顔を真っ赤にして縮こまる少女。

 そんな少女の背を、夕立は後ろからグイグイと押して、提督の前へと突き出す。

 一瞬、新しく着任した艦娘を夕立が連れてきたのかと思った。

 だがそんな報告はない。

 となると……。

 

 間近で少女の姿を観察してみる。

 見覚えのある眩い銀髪。夕立と同じ背丈でありながら、大人も顔負けの抜群のプロポーション。

 まさか……

 

「……浜、風、か?」

 

 恐る恐る、提督はそう尋ねた。

 それほどまでに、記憶にある浜風と、目の前にいる少女との印象は……

 

「て、提督。その、あまり、見ないでください……はぅ」

 

 あまりにも、かけ離れすぎていた。

 

――――――

 

 顔から火が出そう。

 夕立さんは「絶対に大丈夫! 浜風ちゃんすごくカワイイっぽい!」って勇気づけてくれたけど。

 でも、やっぱり無理。恥ずかしくてしょうがありません!

 ただでさえ慣れないおしゃれをした上、その格好を、提督の前で見せるなんて!

 

「……浜、風、か?」

 

 提督が困惑した具合にそう尋ねてくる。

 うぅ……やっぱり、似合いませんよね、私がこんな女の子らしい格好をするだなんて。

 

 中身を変えるならまず見た目から。

 そう言った夕立さんのコーディネートは確かに私の印象を劇的に変えるものでした。

 

 まずは髪型。

 いつもは前髪に髪留めだけをつけている私。

 でも今回は夕立さんの案で、子どもらしさをアピールする髪型に変えました。

 短い後ろ髪をシュシュで無理やりふたつ結びにした、いわゆる、おさげになっています。

 鏡で見たとき、確かに普段より幼い印象になったなとは思いましたが……

 あう。でも絶対に似合ってないですよねコレ?

 活発で明るく幼く愛らしい漣さんや龍驤さんならともかく、堅物な私には不釣り合いですよぉ。

 恥ずかしくてカラダが小人さんみたく縮んでしまいそう。

 

 辛うじて前髪はいつものように片目だけ隠れている状態なのがありがたいです。

 本当は夕立さんに「両目が見えるように全開にしよう!」と言われたのですが、頑としてこれだけは勘弁してもらいました。

 片目だけ見られるのだって恥ずかしいのに、これで両目も全開にしていたら緊張通り越してショック死しかねませんよ!

 

 そして服装。

 いつも身に着けている陽炎型の制服から、普段なら絶対に着ないであろう私服に着替えています。

 フリルのついた白のブラウスに、腰部がコルセット状になったハイウエストの暗色スカート。

 清楚的で愛らしい洋装は、もちろん私の持ち物ではありません。

 夕立さんが姉である村雨さんに頼み込んで、借りてきたものです。

 白露型の中でも特に大人びていて女性らしく、おしゃれにも気を遣っている女子力の塊のような村雨さん。

 そんな彼女ならこういったセンスのある私服を何着を持っていても不思議ではありませんが、なぜわざわざ村雨さんから借りてきたのか、と夕立さんに尋ねると、

 

『だって姉妹で一番おっぱい大きい村雨の服じゃないと浜風ちゃんのサイズに合わないっぽい!』

 

 はい、おっしゃるとおりです。

 私があまりおしゃれに興味を持てないのは、ひとえにどんな服を選んでも胸元がキツすぎたり、生地が歪んで不格好でだらしない感じになってしまうことに、嫌気がさしているからに他なりません。

 ……ああ、まったく。この胸は本当にどこまでも私を困らせるんですね。

 

 でも夕立さんは、そんな私のように胸に無駄な脂肪がある人でもおしゃれに見えるという服を選んできてくれました。

 そのお気持ちはたいへん嬉しかったのですが……

 

 ギチギチと悲鳴を上げているブラウス。

 ボタンはいまにも弾け飛んでいきそう。

 

 はい、収まりきりませんでした。

 おかげでブラウスの胸元はだらしなく隙間が開き、無駄に大きい胸の谷間がお下品な感じに露出してしまっています。

 村雨さんほどの発育良好なかたの服ならさすがに合うんじゃないかと期待していたのですが……

 これには夕立さんも予想外だったようで「し、信じられないっぽい! 村雨のサイズでも入りきらないだなんて! 浜風ちゃん、どんだけおっきいの!?」と驚いておられました。

 

 結果、そこには幼さをアピールにするには、なんとも中途半端でアンバランスなファッションをした可愛げのない駆逐艦の姿がありました。

 

 うぅ、恥ずかしいよ~。絶対似合わないって思われてますよ~。

 もしここに谷風がいれば「うわ~。大学デビューのために流行のファッションに手を出したけど着こなせなくて結果的に周りから浮いて笑い物になる奴とおんなじ感じだね~」と腹を抱えて笑うことでしょう。

 ……なんか、本当に谷風なら言いそうで腹立ってきましたね。辛子練り込んだクッキー食べさせてやりたい(理不尽)

 

「提督さん提督さん♪ どう? 浜風ちゃんすごくかわいいでしょ♪」

 

「ゆ、夕立さん、だから押さないでくださいってば!」

 

 相変わらず縮こまってしまっている私の背を、夕立さんが後ろからグイグイと押します。

 

「ダメだよ浜風ちゃん。素直になるって決めたんでしょ? だったら恥ずかしがらないで、ありのままの浜風ちゃんを見てもらうっぽい」

 

 耳元で夕立さんがコソコソとそう囁いてきます。

 うぅ~、わかってはいるんですがやっぱり急すぎますよこんなの~。

 

「ほらほら提督さん、何か感想とかなぁい?」

 

 私の肩に顎をのせながら、夕立さんは提督に感想を求めます。

 まるで我が事のように爛々と期待に瞳を輝かせる夕立さん。

 こうしていると、本当に彼女は純粋で他人思いのいい人なんだな、と実感します。

 

 ……あう~。でもでも~!

 いくらおめかしをしてイメージを変えたからって、提督が『かわいい』と思うとは限らないじゃないですか~!

 だってだって、いつも可愛げのない無愛想なところばかり見せてきたんですよ?

 そんな娘がいきなり見た目を変えたぐらいで、提督の心に響くとは……

 

「ああ、その……すごく、かわいいと思うぞ?」

 

「……へ?」

 

 耳を疑い、思わず素っ頓狂な声が上がる。

 か、かわいい?

 いま、提督、私のこと、かわいいって……

 

「て、提督、あの、本当に、そう思いますか?」

 

 恐る恐る尋ねると、提督は「ああ」と、どこか惚けた表情で頷く。

 

「いや、冗談抜きで見違えたぞ、浜風。お洒落したら、もっと可愛くなるとは思っていたが……驚いたな、まさかこんなに……」

 

「へ、変ではないですか?」

 

「ああ、すごく似合ってるぞ? なんというか……すごく、女の子らしくなった」

 

「……」

 

 かわいい。

 女の子らしい。

 提督が、提督が……そんなことを、言ってくださるなんて……

 

「やった! よかったね浜風ちゃん? 提督さん『かわいい』だって! 勇気出しておしゃれした甲斐があったっぽい! ……って、浜風ちゃん、聞いてるっぽい?」

 

「……すみません。少々、お花を摘みに行ってきます」

 

「え? は、浜風ちゃん? あ、じゃあ夕立も行くっぽい! 提督さん、またあとで来るっぽい!」

 

「え? あ、ああ……。何だったんだ?」

 

 

――――――

 

 

「ちょっと浜風ちゃん待ってっぽい! せっかくいい感じだったのに、おトイレぐらい我慢するっぽい! って聞いてる浜風ちゃん?」

 

 司令室から出てまっすぐトイレに向かう私。

 夕立さんが後ろから何か言っていますが、私は聞く耳持たずトコトコとトイレの個室に入室。

 便器の蓋を開けて、まだ用も足していないのに水を流す。

 ジャーッと激しい水流の音。

 その音にまぎれて私は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うれしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 歓喜の絶叫!

 

 わああああああああああ♪

 ふにゃああああああああ♪

 提督に『かわいい』って言われちゃったああああ♪

 浜風嬉しい~♪

 嬉しすぎて変になるううぅう♪

 ダメ~♪ こんなニヤけたお顔、提督に見せられない~♪

 はううう♪ でもでも抑えられないよ~~♪

 提督が『かわいい』って! 浜風のこと『かわいい』って……はにゃああああん♪

 提督やっぱり優しいよぉぉおお♪

 浜風は、浜風は、そんな提督だから……浜風はあぁあ♪

 

「提督大好きいぃぃぃ♡」

 

「アホかあああああっぽいいいいいいい!」

 

「はまああああ!? ちょ、ちょっと夕立さん! 扉這い上って個室に入ってこないでくださいよ! えっち!」

 

「黙るっぽおおおいい! このヘタレ腰がああああ!」

 

 いきなり個室に侵入してくるやいなや、おっかない顔で私の両頬ぎゅっとつねってくる夕立さん。

 

「にゃ、にゃにしゅるんですかぁ?」

 

「浜風ちゃんさぁ……目的忘れてない?」

 

「も、もちろんでしゅ。て、提督に素直ににゃってあみゃえるって……」

 

「うん。だったら、なんで本来提督さんの前で伝えるべき気持ちを、こんな場所で吐き出してるっぽい?」

 

「そ、それはそのぉ……なんか、提督に『かわいい』って言われただけでも充分満足な気持ちになってしまって……」

 

 だって、そんなこと一度も言われたことなかったから。

 だから、嬉しさのあまりつい頭が真っ白になってしまって……

 

「えへへ~♪ どうしよう~思い出しただけでまたニヤけちゃいます~。はぁ~正直これでもう思い残すことはないってぐらい浜風的には大きなご褒美……ふみゅうぅぅう!?」

 

 だらしない顔つきになっているだろう私の頬を、夕立さんは無表情でさらにつねる。

 

「浜風ちゃん、提督さんに頭撫でてもらいたくないの?」

 

「にゃ、にゃでられたいでしゅ」

 

「浜風ちゃん、提督さんに抱っこされたくないの?」

 

「でゃ、でゃっこされたいでしゅ」

 

「だったらあ! こんなことで満足しないで、もっと押し押しで行けっぽいいいいい!」

 

 ひいいい!

 なんだか夕立さんが鬼コーチみたいに恐ろしい感じに!

 

「夕立、約束は絶対に守るっぽい! なんとしてでも浜風ちゃんには素直になってもらって提督さんに甘えてもらうっぽい!」

 

「あ、あのぉ、今日中じゃなきゃダメなんですか? やっぱり私的には段階を踏んでちょっとずつのほうが……」

 

「甘ったれたこと抜かすなっぽい! そうやって『いつか、いつか』って先延ばしにした結果、いまみたいな状況があるんでしょっぽい!」

 

 はう! 図星なので言い返せない!

 

「浜風ちゃん! イメチェン作戦はとりあえず成功したっぽい! 好感触っぽい! あとはちゃんと提督さんに自分の気持ちを打ち明けるだけっぽい! さすればそこには、提督さんとの甘々な日々が待っているっぽい!」

 

「あ、甘々な日々……」

 

「気持ちいいよぉ? 提督さんのナデナデは気持ちいいよぉ? されたいかぁ? されたいっぽいよね~?」

 

「は、はい~……」

 

「よぉし! じゃあもう一回提督さんのところに行くっぽい! 今度こそかわいく変身した浜風ちゃんのパワーで、提督さんをメロメロにしちゃうんだっぽい!」

 

「メロメロ……提督が私にメロメロ……そうしたら、もっと『かわいい』って褒められて、かわいがられて……え、えへへ♪」

 

「妄想に浸ってる暇があったら行動を起こして現実にしろっぽぉおおい! 時間は有限っぽい! 一分一秒たりとも無駄にするなっぽい!」

 

「ひっ!? は、はいコーチぃぃ!」

 

 

 何やらいつのまにかスポ根みたいな流れになった中、私たちは改めて司令室に向かうのでした。

 

 はう……。

 素直になれるようお願いしたのは確かに私ですけど……こんな過酷なのは望んでいませんよ~!?

 

――――――

 

 その頃の司令室……

 

(いやあ、意外だったな。浜風があんな女の子らしい格好をするだなんて。かわいいっちゃかわいかったが……でも)

 

 ブラウスを突き破らんばかりだった凶悪な膨らみを、提督は思い浮かべる。

 ただでさえ胸の輪郭がはっきりとわかる服装。

 その上でギリギリのサイズを浜風が身に着けようものなら……

 

「目の毒でしかないんだよなあ……」

 

 何がじゃあ? と横から憲兵妖精が睨んでくる。

 今日も今日とて、煩悩を必死に振り払いながら提督は思う。

 

 お洒落はたいへん結構。

 だか、できればもうちょっと大人しめの服を着てくれないと、こっちの身が持たないと。

 

 

 

 キリキリと痛む胃に合わせるように、外では黒雲が大きな雷鳴を轟かせ始めていた。





 ファンイラストで見た『おさげの浜風』が可愛すぎておかしくなりそうです。

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