どうもごめんなさい
あと前回の救出時にアインズ様がマタタビに話したセリフを大幅に修正しました
時系列的には、アインズがパンドラズ・アクターの力を借りてマタタビを救出してからそう経たない頃です
【至高の41人レビュー byマタタビ】
No.6:ペロロンチーノ
自由人。
女性の前で厚顔無恥に猥談を語るこの男は、軽蔑を通り越していっそ憧憬にすら値する。
ちなみにエロ翼王というアダ名は、クラン時代の騒動でマタタビが流行らせようとしたものだが、言うまでもなく流行ってない。
◆◇◆
ナザリック地下大墳墓9階層:バー・ナザリック
生まれて初めて自棄酒というものをした。
飲み場は当然、先日エクレアさんと共に夕食時を過ごしたバー・ナザリックである。
とはいえ月月火水木金金なナザリックにおいて、ましてや真昼間から飲酒に付き合える使用人なんて居るはずがない。
ちなみに私はアレだ、体裁的には懲戒解雇って奴。
多分、このナザリックにおいて死よりも重たい重罰なのだろう。
凹んでフラフラしていた私を拾ってくれたのが、バーテンダーのピッキーさんというわけだ。……いや別に、解雇されたことに凹んでいたのではないんだけど。
彼には彼の仕事があるはずなのだが、曰く「わざわざ厨房でなくとも夕食分のドリンクならここでも作れますから、気の済むまで居ても構いません」というハードボイルドっぷりである。情緒が不安定であったこともあり、彼が菌糸類でなければあるいは惚れていたかもしれない。
最初こそ浮遊感に似た快感と深くも透き通る美酒の香りに舌鼓をうち我を忘れていたものの、脳漿や舌もとろけて味覚が鈍り次第に何を飲んでいるのかわからなくなる。
あっと言う間に
「少々飲み過ぎではないですか?」
「うるさいでずっ!……おかわりください」
飲酒経験の浅さからたちまち酔っ払ってしまったのだった。
ハァ、とため息をつきながらも、ピッキーさんは七色で10階層を模したカクテル:ナザリックを差し出してくれた。
面倒な女を憐れみつつも内心やっかんでる心象が、読心感知でありありと伝わってくる。ごめんね。
いっそ毒耐性を切ってるのが丸わかりなのだから、睡眠薬でも調合して一服盛ってくれればいいのになと思った。
調理人としての矜持なのか、はたまた発想自体がないのだろうか。少なくとも、ピッキーさんが優しいということだけが事実だった。
飲んで忘れるなんて言葉があるらしい。けどむしろ飲めば飲むほどネガティブシンキングの振れ幅が広がっていき、より憂鬱の坩堝に嵌っていく感じがした。
さりとてグラスを手放すのも今更怖い。薬物依存とはこういう感じなのだろうか。
うつらうつらと鉛のように重くなった瞼。だが決して下ろしはしない。
肉蓋の裏側には悪夢がこべりついているとわかっていたからだ。
隣人に刃を向けるという凶行を、なんの躊躇いもなく実行できてしまったという悪夢を。
でも
「許されちゃったんですよねぃ……」
彼が、よりにもよって私のことをである。
まったくもって信じられなかった。
『俺だってあなたにはひどい仕打ちをしてしまった。やはり最初から誤解を解くべきだったんだ。メイドなんてさせてしまって申し訳ない』
彼は――だから気にしないでください――と。また、こんなふうにも言っていた。
『こちらの損害は皆無で世界級アイテムのオマケまで付いたんですから、こちらから言うことはありません。
もしマタタビさんがいなかったなら、シャルティアだけ連れ去られて最悪だったかもしれませんし』
もっとも、かく言う彼自身の顔に陰りがあったのは間違いなかった
だから私は、その後尋ねられた『世界級を所持していた謎の集団』については「何もわからなかった」と答えたのだ。実際は〈地味子のメガネ〉の効力で〈スレイン法国特殊部隊:漆黒聖典〉とバッチリ判っていたが、今のアインズ様が知れば碌なことになるまい。流石に国家相手に報復を成す気にはなれなかった。
最早アインズ様にとって、私とはそういう存在であるらしい。邪険にされてるのは相変わらずだが、体感的には「るし☆ふぁー」の二段階下程の扱いのように思う。
まさか彼が、私のことを『仲間のために居場所を捨てた』なんて風に思ってたなんて思いもしなかった。
私としては極めて個人的な居心地の悪さから距離をとっただけのつもりだったのだが、他人がどう解釈するかなんて案外読めないものである。
それからアインズ様は〈リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉を私に対して差し出した。湾曲的なギルメンの勧誘としてか、利便性を考えた単純な気遣いか、多分どっちも。
『いらんです』
けれど私は断ってしまったのだ。自らのこじらせっぷりが嫌になる。
酒色のため息を吐き出しながら、ぼやくように私は呟く。
「こういうの、本当に苦手。ただでさえ大迷惑をかけたっていうのにさ」
他者の好意に恐れを覚える性質は、昔から変わっていなかった。
腹立たしい事実だが、今辛うじて表面上を取り繕えるのはAOGの連中との付き合いがあったからだろう。
唯一救いだったのは、断られた彼自身がそれをあまり気にしてなさそうだったことだった。
『いつでも待っていますから』
それはそれで、気色悪い気もしたけれど。
◆◇◆
ナザリック地下大墳墓:宝物殿・霊廟入り口
壁面に所狭しと広げられた、ここに来る時点でもはや若干見飽きた宝物の山を見上げながら、アルベドは待合室のソファーにゆったりと腰を下ろした。
この待合室には普段何も置かれていないらしいのだが、緊急措置として仕方なくこういった形にしているのだと、向かい合わせに座るパンドラズ・アクターは不満げに語った。
今ここに積み上げられてるマジックアイテムは全て、警備上の問題、精神支配から解き放たれた直後ということもあって、一時的にマタタビから預かっているモノだというのだ。
ナザリック内でも屈指の知恵者であるアルベドといえど、立ち上がって驚愕の声を挙げるのも仕方がないことだった。
間もなく我に返り、席について再び財物の山々を細かく見てみると、品々からは確かに明らかな偏りが伺えた。
まず圧倒的に武器関係が多い。
刀剣関係や各種銃火器、はたまた飛び道具系や鎖鎌などの変わり者まで取り揃えられており、しかもその七割近くが制作困難な筈の神器級である。
耐久に乏しい盗賊系なためか、防具に関しては極々軽装なものばかりだ。
また、現状のナザリックでは貴重品であるスクロール関係。最上位のポーションなど、その他高位のアーティファクトばかりが取り揃えられている。
武装やアイテムの絢爛な装飾で誤魔化されているものの、物品一つとっても明確な目的意識が込められているようで無駄がない。コレクションというよりは武器庫と言い表すのがふさわしいだろう。
そしてそれらの圧倒的物量。
パンドラズ・アクターは無機質に答えた。
「世界級を除いた、ナザリック地下大墳墓が保持する全てのアイテム・武器の4分の1に値する財物が、現在一時的に仮置きされている状態です」
「4分の1……」
ただの個人が保有するには余りにも過ぎた値だった。
少々不敬な勘定ではあるが、単純計算で至高の存在10人分の稼ぎを立った一人でやり遂げたということになる。
マタタビ曰く、大体のモノが略奪品か、それらを資本に委託制作させたものらしい。礎として積み上げられたであろう死屍累々の山と、アルベドが知る彼女の人物像とは若干乖離があるように思えてならない。
(……見かけには寄らないということね。成り損ないとはいえ流石、至高の御方々に次ぐ存在なだけのことはある)
むしろ情緒不安定なあの娘がこれほどまでの武装、即ち戦力を個人で所有している事実というのも、それはそれで恐ろしいことのように考えられた。
先日こそアインズ様より大敗を喫したものの、そもそも精神支配の待機状態という極めて特殊な状況下にあったのだから、実力の底を見せたとはまだ言い難い。
そして忘れてはならないが、彼女の本職は盗賊であるということである。戦闘以外での戦い方など山程持っていることだろう。
アルベドは、把握しうる限りのナザリックが持つ防衛力とマタタビ個人の脅威度を頭の中で比較する。
ナザリック側が敗北することは万に一つもありえないだろうが、推算された被害額は収入源を絶たれた現状において馬鹿にできない程であった。
もっともこの手の悩みも既に杞憂と等しくなっていたのだが。
「ところでパンドラズ・アクター。先日彼女に『かけ直した』精神支配の経過は順調に行っているかしら?」
「現在のところ、特にこれと言って問題はありません。アインズ様にも未だ見抜かれてはおられないようです」
先日、アインズ様がマタタビを救出なさる時のこと。
仕上げとしてパンドラズ・アクターが〈傾城傾国〉の効果を解除する間際。パンドラは支配の解除ではなく上書き、更新を行ったのである。無論、アインズ様には内密で。
発案者はアルベドだ。アインズ様が救出作戦を発表した直後デミウルゴスと大揉めを起こした最中、パンドラに口添えをしたのである。
「しかし如何様な手段を閃くとは流石、守護者統括殿といったところでしょうか。ワタクシめでは到底思いもつかなかったでしょう」
確かにその通りかもしれない。マタタビの正体を知った上でそれを手篭めにしようなどと思いつくのは、全下僕の中でも恐らくアルベドだけだろう。
たとえ同等の知性を持つパンドラズ・アクターや、ましてやデミウルゴスでも同じことを考えられるとは思えなかった。
「共犯者がよく言うわ。それもあなたは、アインズ様の眼前で欺きを行った実行犯じゃない」
「あの時自分がとった行動が正しかったかは今でもわかりかねます。少なくともアインズ様が望まれることではありますまい
もしあの時統括殿がおっしゃった事が虚実であったなら、すべてを洗いざらいアインズ様に白状し、然るべき処罰を賜りたく存じます」
「残念ながら事実よ。疑わしいなら彼女に直接聞いてしまえばいいわ」
今のパンドラズ・アクターであれば尋問など容易なことだろう。
アルベドは既に、マタタビから聞かされていた。
かつてのギルド:アインズ・ウール・ゴウンの絆の薄さと、それに縋る他ない今のアインズ様の切なさを。
「そのような真似、できることならしたくはありませんがね」
現状〈傾城傾国〉でマタタビにかけてある制約は
【アインズ様及び、配下の下僕へ危害を加えないこと】
【アインズ様の赦しなく勝手に隠遁しないこと】
【精神支配されている状態であることを認識できない】の3つのみである。
今のところは万が一の枷に過ぎない。パンドラズ・アクターも彼女に手荒な真似はしたくないだろう。
「彼女は至高の存在に対する切り札よ。あなたの思いは理解できるけれど、そういうわけにはいかないもの」
最悪の事態も想定しておかねばならない。
その最悪とは言うまでもなく、他の至高の存在との衝突である
当初はアインズ様と対面する前に、秘密裏に抹殺してしまったほうが安全だと思っていた。だが今のアルベドの見解は、違う
もし他の至高の存在がこのままナザリックに帰還することがないのなら、アインズ様には永久に幸福は訪れない。
流石にマタタビだけでは役者不足だし、下僕ではまったく論外だ。
「至高の存在の選別を、いずれ行う時がやってくる
アインズ様と共に悠久の時を生きられる覚悟があるならば、心からの歓迎を
気安く捨て去ろうとする者は、排除する」
リミットは、アインズ様の眼が世界へと届くその前に
もし手遅れになれば最悪、下僕を絡めたナザリック地下大墳墓の空中分裂が予想された。これに比べれば、マタタビによる被害など到底生ぬるかろう。
「いいでしょう。地獄の底までお付き合いしましょうとも、守護者統括殿
アインズ様の思い出を守るためなら安いものだ。たとえそれで御方に憎まれることがあろうと」
アインズ様と我々下僕の目的が一致するとは、必ずしも限らない。破滅願望などもっての外だ。
もし、「アインズ・ウール・ゴウン」が御方自身へ牙をむくと言うなら、取るべき行動は言うまでもない。
「そうね……本当に」
その言い分は、どうしようもないくらい正論だった。
「おや、統括殿はアインズ様の正妻を目指されておいでではなられなかったのでしょうか?
しかしなんと言いましょう、今の貴女はどこか諦めているように見えますが」
「…………」
正妻なんて……今更何の意味があるというのだろう。
今のアルベドにはわからなくなってしまっていた。
真に愛されることが有り得ないのなら、肩書だけを背負っても惨めに思えて仕方ないのだった。
アインズ様が見ているのはアルベドそのものではなく、アルベドの背後にあるタブラ・スマラグディナの影に違いないだろう
所詮一シモベに過ぎない者への心象など大したものではない。
ましてや自分は、かの裏切り者の落とし子なのだ。
そもそも果たして、愛される資格なんてあるのだろうか?
「決めるのは貴方ではなくアインズ様だ。たとえタブラ・スマラグディナ様に何があったとしてもね」
パンドラズ・アクターは、アルベドの手に握られている漆黒のロッドを一瞥する。
「それに案外、我々下僕の立場というのも捨てたものではないかもしれませんよ?」
◆◇◆
目覚めると、いつの間にかピッキーさんは居なくなっていて、何故か代わり銀髪赤眼の吸血鬼。シャルティアさんが隣の席からジッとこちらを見つめていた。
「……っ!」
私を見定めるなり彼女は、やや怯える様子でビクッとなって半歩身を引いた。
彼女には結構ひどい仕打ちをしたのを覚えている。どうやら若干トラウマになったらしかった。
それでも何らかの矜持は持っていたらしく、引いた半歩を改めて踏み戻した。
「……目が覚めたのね」
「ええ、見ての通り。ピッキーさんは?」
「そろそろメイド達の食事の時間だからとか言って、通りかかった私にあなたを任せて行ってしまったでありんすよ」
「ですか」
不思議だ。このあいだまで殺し合った仲だというのに、思いの外普通に話している。
息苦しさは多少感じられたが、不快というほどでもなかった。
シャルティアの場合は一度痛い目を見ているから、というのもあるだろう。
けれど一番大きいのは、彼女側の中にある萎縮。同情というより、申し訳無さのような感情だ。
〈読心感知〉は相手の感情を読み取る事ができるが、思考の理解までは不可能だ。
聞いてやろうか少し迷い、そしてやっぱり尋ねることにした。
「なにか言いたいことでも?」
うつむきがちになる彼女に嫌なものを感じて、口調が尖りつつあった。わかっていてもどうしようもない。嫌な傾向だ。
「マタタビ。あなたにはあの時助けられた礼を言わなければいけんせん」
まさしく案の定な要件だった。
「……お前それ、意味わかって言ってんの?」
「わかっていんす。御方より与えられた任務を遂行できず、挙句の果てに無闇な突貫をして失敗してしまったのでありんす。
もしあの時あなたがわたしを庇わなければ、精神支配されていたのはわたしでありんした」
個人的にはなぁなぁで済ませてくれても構わなかったというのに、真っ直ぐすぎる性格も考えものだと思った。
無論、捻くれてるよりはよっぽどマシなんだけど。
「逆を言えば私は無事だったわけだ。つまり、私がアインズ様と戦う必要も一切なかった」
意識と切り離され脊髄反射で放たれ始めた悪舌を、止めることは出来なかった。
「まったくもってその通りでありんす。
でも、これがどれだけおんしにとって辛いことだったとわかっていても……
いざ自分がアインズ様へ牙を向くことを考えると、感謝せずにはおられせんのでありんすよ……」
「自分じゃなくてよかったぁって安心してるだけじゃん
ならもし私じゃなくて、あなたが精神支配されていたほうがアインズ様の心が傷まなかったとしたら?」
「……それは」
事の顛末を知っているのなら、シャルティアもわかっているはずだ。
アインズの中で、私がどれだけ大切な存在なのかということを。
愛され自慢をしたいわけじゃなかった。むしろ逆だ。
「お前が洗脳されてた方が、アインズ様にとってもまだ良かったはずだよ。
だから、どれだけ頭下げようと勝手だけど、私はお前を助けたことは心底後悔してる」
突き放すように言ってやる。
けれどシャルティアはまっすぐこちらを見据えたままだった。
「でも、あなたが私を助けてくれた事実は変わりありんせん」
どうして嫌味は何万編でも吐き出せるのに、本音は全然出てこないんだろう。
彼女にエロ翼王の影がちらついたのはこれで二度目だ。
どうしてこいつらは、自分の云いたいことをはっきり口にできるのだろう。たとえ下ネタでも謝罪でも。
真っ直ぐな人間は嫌いだ。自分が曲がっていると思い知らされるから。
そして
「……ごめんね」
憧れてしまうからだ。
「どうしてあなたが謝るのよ?」
もしもあの時、〈傾城傾国〉に捕捉されたシャルティアを見ても飛び出さず、冷静に対処していれば最良の結果が得られたはずだったのだ。
アウラさんの後方支援と私の突破力で協力すれば、ババアから〈傾城傾国〉を奪ってシャルティアを取り返すのはそれほど難しいことでもなかっただろう。
じゃあ何故出来なかったのかといえば、私が昔から連携プレイが大の苦手だったからだ。
仲間がいると理性的に動けず、クラン時代もレイドボス戦なんかでは大概お留守番だったのである。
私がちゃんとしていれば、アインズ様やシャルティアさんも変に気に病む必要はなかったんだ。
「……なんでもないよ」
「……そう、でありんすか」
なんだい、いっちょ前に気を遣いやがって。
吸血鬼相手に人格で負けたような気がして、なんだか可笑しかった。
ようやくこの章もおしまい
次からは王国かな? リザードマンなんて知らない