ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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今回少しこじんまりに纏まってしまって短いです


退かない奴には後押しを

【至高の41人レビュー byマタタビ】

 

No.7:たっち・みー

 

 類稀なる人間的魅力で周囲の人間を引っ張っていく先導者。周囲にはいつも頼りにされている一方で、実は本人はあまり他人を頼りたがらない。何かにつけて一人で抱え込みたがる部分があり、そんな彼と真の意味で対等に付き合える人物は極めて稀だ。

 ちなみにリアルの女性事情はドン引くくらいだらしない。

 

 

◆◇◆

 

「帰り道にはお気を付けください」

 

「どうもありがとう、それでは良いお返事を期待しておりますよ?」

「精々馬鹿なことは考えないようにな」

 

 下卑た笑みを浮かべた男二人組が離れていくのを、セバスは暗澹たる気持ちで玄関先から見届けた。やがて姿が見えなくなり、気が抜けて出そうになっため息を押し殺す。

 振り返ると背後の屋敷が迫るような重圧を放っていた。それは2階の窓枠からずっとこちらを睥睨していた者の正体と等しいと言える。その痛烈な視線を見上げてセバスは独り言のように話しかけた。

 

「今戻ります。ソリュシャン」

 

 あえて大きく声をかけずとも盗賊職であるソリュシャンの聴力なら先のやり取りを含めてすべて耳に入れていることだろう。その証として、視線は凍てついたまま金色をたなびかせた美貌はコクリと軽く上下に揺れた。それを見てセバスは屋敷に入る。

 

 

 困ったことになった。つい昨日、スラム街で今にも廃棄されそうになっていた女性の身を引き取り介抱したのだが、さきほど女性を雇っていた事業所とやらから人身売買のやっかみをかけられてしまった。主人からは荒事を起こさぬよう厳命されていたというのに、自身の愚かな行いによってそれに背いてしまったのだ。

 果たしてこれからどうしたら良いか。相手が八本指となれば公正な手続きでこの場をしのぐことは難しい。ハイエナのような連中には下手に金銭で解決しようとすると膨大な損失を被ることになる。

 

 結局碌な解決方法も見当たらぬままソリュシャンの部屋に辿り着いた。待ち受けていたソリュシャンの視線はやはり非難的である。至高の方々のそれとは違い、六芒星(プレアデス)の上下関係はあくまで形だけのモノであり尊敬や啓蒙は存在しない。あるいはレベル差や役職の差が多少はそうした感情をもたらしていたかもしれなかったが、それもセバスの背信によって容易く吹き飛ばされてしまった。

 しかし多少の失望を招いたからといって与えられた執事(バトラー)としての自負をセバスが崩すわけにはいかない。ソリュシャンもそれはわかっているだろう。

 だから毅然と、あくまで上官としてセバスは部下に話しかける。

 

「話は聞いていましたね」

「はい。ではどういたしましょう? 彼女をあの者どもに返しましょうか?」

「いえ、それだけでああいった手合いが手を引くとは思えません。アレは弱みを見せると骨の髄までしゃぶりつくそうとする手合いです」

「……本当にそうでしょうか?」

 

 目を細めチラリと横の壁を睨むソリュシャン。その壁の向こうにはすやすやと寝息を立てる女性 ――ツアレの気配があった。言外にソリュシャンが言いたいことは理解できる。

 彼女(・・)を返せば表向きは八本指がセバスを非難する理由は無くなる。無論それだけで手を引く連中だと考えるのは楽観的だが、時間稼ぎにはなるしそもそもツアレが居なくなってもセバスたちに損害はない。

 

 しかし今更地獄から拾い上げたツアレを再び地獄へ叩き落す選択肢をセバスは選ぶわけにはいかなかった。セバスの人助けが王都で知れ渡っていたのだろうか。八本指はそんなセバスの善性に付け込んだに違いなく、ソリュシャンが批難しているのはつまりそういった部分だった。

 

「ではこれからどうなさるのですか?」

「それは、少し外を歩きながら考えてまいります」

 

 時間だ。時間が欲しかった。

 忠義、正義、すべてを都合よく収める手段を求め、刺すような視線を背中に浴びせられながらセバスはその部屋を後にした。

 

 

 

 再び玄関口から外へと歩み出す。すると突然、悩ましい煩いに思考を奪われていたセバスの右方から虚を突くように快活な声が投げかけられた。

 

「どうもこんにちはぁセバス様」

 

 セバスをして驚愕に目を開かされた訳は、その人影が急に現れたことにもあるのだが、それ以上に彼女(・・)がセバスに話しかけたこと自体にあった。

 黒い長髪を背中まで流したメイド姿の少女。顔は真っ赤に上気していて、低質の麦酒の匂いをごまかすように香水がかけられていて、その混じり合った悪臭にセバスは内心眉を顰める。

 

「マタタビ御嬢様、どうしてこちらに?」

 

 声の主、マタタビはセバスにこれまで見せたことのない笑顔を向け、そして嗤いかけた。

 

「王都にって意味なら、アインズ様の密命を賜ったからとしか言えません。なにせ極秘なので。

 おまえの前にって意味なら、今のセバス様がおもしろおかしく困っていらしたからだよ」

 

 彼女の態度はセバスのよく知る上位悪魔(アーチ・デビル)を想起させた。以前から薄々わかっていたことではあるのだが、やはりセバスは彼女に毛嫌いされているらしい。

 

 というのもセバスが情報収集でナザリック外に出張する前、メイドとして仕えていたマタタビと接する機会があったのだが、その時はことごとく殺気の籠った視線で睨みつけられ邪険にされていたからだ。もっとも不思議なことにセバスはマタタビのことが嫌いになれなかったのだが。ともかくセバスがマタタビとまともに会話したのはこれが初めてだった。

 

「恥ずかしながら御嬢様のおっしゃる通り、私のくだらぬ失態によって少々面倒が起きています。解法を探るためこれから練り歩こうと思っていました所存です。

 僭越ですが御嬢様はどこまでご存じなのでしょう?」

 

 セバスがそう尋ねるとマタタビは、透かした嘲笑をより色濃くして悪魔のように微笑んだ。

 

「全部ですって。昨日セバス様がチンピラ風情に調子こいてた時から、ソリュシャンさんに軽蔑されつつ屋敷から逃げ出した今までずっと、傍にいてあげたんですよ?

 気配消してたから気付かなかったですかぁ? あら悲しぃわぁうぇんうぇん」

  

 マタタビはわざとらしく目の下に人差し指を擦り付けて衝撃的な事実を口にした。はじめは彼女の性悪さにあっけにとられ呆然としていたセバスだが、次第にその意図を鑑みて訳が分からなくなった。本当にただ嘲笑いに来ただけののだろうか? それならそれで相手にしないまでなのだが……

 

「要件は以上でよろしいでしょうか。では失礼します」

「そう邪険になさらないでくださいましぃセバスさまぁ」

 

 かつて散々邪険にしたのはそちらの方だろうと、さすがのサバスも胸の内から湧き上がる苛立ちを抑えきらなかった。

 セバスが振り切ろうとしたところ、案の定、マタタビが素早くセバスの手首を掴んで捕らえ引き留める。彼女を本気で振り切るのは不可能だろうとセバスは悟り、諦めて対話に応じた。

 

「一体どういうおつもりなのでしょう」

「どうって、そりゃ最初に言っただろうが。折角セバス様が困っていらっしゃるんですから、助けて差し上げるのが道理でしょ?」

 

 困っている人を助けるのは当たり前

 彼女の言葉は、セバスの心の中の芯の部分を足蹴にされたかのようで、強烈な不快感をもたらした。

 

「私にかかれば八本指なんてどうとでも料理できる。証人全員闇に葬りさるでもいいし、トップを牛耳って好き放題するでもよし、組織そのものをこの世から消し去るでもよし

 だからもしセバス様がお嫌で無いのなら、どうぞ望みを言ってくださいまし。このマタタビが、全力を尽くしてあなたを助けて差し上げますから」

 

 今度は一転、甘えるようにセバスの首に両腕を絡ませ、掌一重分まで顔を近づけて誘惑した。麦酒の残差を孕んだ吐息が顔にかかる。

 セバスはマタタビの柔い両肩を掴みゆっくりと、それでも力強く突き放した。

 

「ありがたいご提案ですが、御嬢様の御手を煩わせるわけにはいきません」

 

 マタタビの提案は確かにセバスには魅力的だったが、今の様子がおかしい彼女に全てを委ねるには信用が足りないのも事実だった。

 突き放されたマタタビは指先から爪を伸ばしてセバスの襟首に突き立てた。

 

「はぁ!? 何調子こいてですかあんた。そうやって自分の身の丈わきまえず不相応にあちゃこちゃ救いの手を差し伸べるくせに、自分が助けられるのが嫌だって?

 あなたはただ身勝手に自分で何でも背負いこんで楽したいだけだろが。さもなきゃどうしてアインズ様に報告しないんだよ、バレるのが怖いからだろ?」

「ッ! それは……」

 

 的確に、セバスの痛いところをマタタビの言葉が抉り出す。

 たしかにその通りだ。どうしてアインズ様に報告することをセバス考えなかったのか。それこそまさに背信ではないのか。

 失望されることへの恐れがその判断を捨て去ってしまっていたのだ。主人に騙りを働いて楽なほうに逃げたがる身勝手さ、それは断じて忠義と同じにしてはならない。

 

「だからさぁ、もし私に任せてもらえればアインズ様に報告しなくても丸く収まるようにしてあげるから。ねぇ?」

「……………」

 

 自分の弱さに気付かされたセバスは改めてマタタビに目を向ける。

 情緒は安定しておらず、先ほどからの滅茶苦茶な言葉遣いは彼女の支離滅裂な心情がそのまま現れ出ているように思えた。

 

 きっと真意と呼べるような一つの意思が定まっているわけではなく、セバスには推し量りえぬ様々な感情が彼女の内側で飛び交っているのだろう。

 どうしてマタタビがセバスのことをこうまで知り尽くしているのか、どうして毛嫌いされているのか、どうして施し紛いのような真似をしようとしているのか。

 セバスは何一つ理解できない。

 理解できないが、やはりマタタビのことはどうしても嫌いになれない。それだけは確かだった。

 

 掴みかかったマタタビの黒い頭頂に手を伸ばし、柔らかい感触を掌に感じながら優しく撫でた。

 

「我が身の至らなさをご指摘くださり深い感謝を申し上げます。そうですね、ただいま引き返してアインズ様に連絡させていただこうと思います。」

「!ッ~~~」

 

 暴れた獣がおとなしくなる具合でマタタビは静かになる。やがて何も答えないまま ポンッ という軽快な音が響いたかと思うと彼女の姿は煙となって掻き消えてしまった。

 

「おや? 影分身でしたか」

 

 

◆◇◆

 

 

「!ッ~~~」

「一体どうしたというの?」

 

 窓辺から玄関口で話し合う二人を静観していたソリュシャンは、同じく横で覗き見していたマタタビ(・・・・)の突然の豹変に目を丸くした。

 今先ほどセバスと話していた影分身が姿を消したのとちょうどのタイミングだったのでなんとなく状況を察する。

 

「ひょっとしてあなた、セバス様のことが」

「ないないない絶対にありえない! まだしもアインズ様の方が可能性あるから!」

「それはそれで聞き捨てならないけど……あ、セバス様が中に戻ってくるわ。まさか本当に説得できたのね」

「えっと……うん、なんかアインズ様に報告するらしいですよ」

 

 なぜかマタタビが微妙な顔をしたのを尻目に、ソリュシャンは手元に握っていた〈伝言(メッセージ)〉のスクロールを体内(・・)に押し戻す。

 

 本当はセバスが屋敷を出た時点でこれを使いアインズ様に報告しようと考えていたのだが、突然陰から現れたマタタビに止められしばらく待って欲しいと言われたのだ。

 半信半疑ながら玄関口でセバスに話しかけるマタタビの分身を眺めていたのだが、会話内容は〈(カーム)〉のスキルで聞こえないようにされていたのでソリュシャンにはわからない。

 セバスの人となりは部下であるソリュシャンもよく知るところで、彼が一度決めたことを折り曲げたとは信じられなかった。

 

「どうやってセバス様を説得したの? どうやら分身体は酩酊状態にしていたようだけど」

「……セバス様と素面話すのはキツかったんですよ、アイツ嫌いだから会話にならないと思って。

 (でも失敗したぁ、まさかアインズ様に報告するようにするとは思わなかったなぁ)」

「え?」

「なんでもないないんでもない」

 

 いろいろと聞き捨てならないことを聞いてる気がしたが、本当にどうしてこんな間抜けがセバスを説得できたのやら。

 色仕掛けで動く人物でもあるまいに。

 

「あーうんまぁ強いて言うなら、退かない奴には後押しするってかんじ?」

 

 わけがわからない

 戻ってきたセバスのノック音が聞こえると、悔しそうに慌ててマタタビは姿を消した。

 

「本当に、なんだったの?」

 

 結局戻ってきたセバスに問いただしても答えてもらえなかった。




オリ主×セバスも多分無い


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