ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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回帰不能点

◆◇◆

 

 決闘を終え、ツアーの住処である聖堂に戻ってきたマタタビは、モモン姿のアクターさんを交えて3人で今後の話をすり合わせを始めた。

 まずは約束通りに、ツアーに対してリアル世界への帰還の協力を取り付けた。そこまではいい。

 

 しかしツアーは微妙に乗り気ではなく、というのも竜帝が世界の壁に穴を開けた始原の魔法(ワイルドマジック)『偽世界降誕』という技は、出力が不安定でコントロールが非常に難しいのだとか。

 今のままツアーが同じことをしようとすれば、かなりの確率で失敗してしまうらしい。

 

 ツアーは当時のことを、かなーり暗い表情で嫌々ながらも教えてくれた。

 

 

「千年前のことだ。私の慈母(マザー)は夫である竜帝の酒癖の悪さに我慢ならず、一族秘伝の竜の秘宝を使ってまで異世界へと逃げ出した。

 それをこの世界へ引き戻すためだけに、竜帝……私の父は『偽世界降誕』を使ったんだよ」

 

「え? そんな夫婦の痴情の縺れがすべての始まりなんですか?」

 

「……Oh 呆れてものが言えませんね」

 

「この技はただでさえ微細な魂のコントロールが必要なのに……竜帝は酒に酔っていたこともあって、結果は大失敗だ。全く異なる異世界、すなわちユグドラシルから君たちプレイヤーや れいどぼす達を招くことになった。

 そして当事者である竜帝はと言えば、魂を消費し過ぎて消滅だ。笑い話にもならないさ」

 

 

 

◇以下回想

 

『くそー!! かあちゃんめ、可愛いツアーをのこしたまんま異世界になんぞ逃げやがってー!!』

 

『父ちゃんもういいよう!? とりあえず酔い止めのもう? ねぇ?』

 

『こうなったらやってやんぞー!! 逃がしやしねぇどりゃー『偽世界降誕』!! かあちゃん帰って来いやおら―!! おらおらおらー!!』

 

『酔ったまんま始原の魔法(ワイルドマジック)なんて危ないよぅ!?』

 

『グワーッ!? 出力ミスった?! やべぇ俺消えちゃいそう!!』

 

『父ちゃん!?」

 

『ごめんツアー!! 愛してるぜー!!』

 

『ふざけんなくそおやじ!!』

 

 かくして世界の壁がバリバリパリン

 

 100レベルプレイヤーと強力なレイドボスが空からドバドバー

 

 世界中が大迷惑の大混乱

 

 まさに全ては竜帝の汚物、吐しゃ物というわけです

 

 これにておしまいゲロゲロオェー

 

 

 

 

◇回想終わり

 

 

 

 

 

「うわぁ……うわぁ……」

 

「ほほぅ……言い伝えられていた『竜帝の汚物』がまさか文字通りの意味であったと、よもやよもや」

 

 マタタビは余りのアレさに頭を抱えてしゃがみ込み、アクターさんは失笑しながらお手上げみたいなポーズしてる。

 そりゃそうだ。私たちがこの世界に来てから沢山色んなことがあったし、来る以前にもプレイヤーたちによって多彩な歴史が紡がれてきたはずだ。

 

 なのにそれら全ての発端が、こんなくだらない真相だったなんてあまりにも馬鹿げてる。

 リアルで例えれば、酔っぱらって核のスイッチ誤発射したせいで、数百年単位で世界大戦が巻き起こるという話だ。

 やるせないにも限度があるってもんだろう

 

「……まったく、竜帝やその配下たちは間違っていたし、慈母(マザー)は正しかった。『飲み過ぎは良くない』」

 

「うんうん良くない。飲み過ぎ良くない」

 

「…………ハッ」

 

 そしてそんな真実を世界で一番許せないのは、ツアー自身に他ならない。

 

 だからなるほど、八欲王との戦争に竜王の中で唯一立ち向かった理由も良くわかる。

 わざわざギルド武器を守るため聖堂に一人引きこもり、父さん母さんたちに自分の力を頑なに貸さなかった決断だって責められない。

 

 この世界でツアー程、自分の持つ力に責任感を持っている奴はいないだろうから。

 

「だから、ね? わかるだろう? もちろん君に完敗した手前、今更力を出し渋るなんてケチな真似はしたくない。

 けれど竜帝の二の舞になるくらいだったら死んだ方が遥かにマシなんだ。

 

 だから力を貸してほしい。私の始原の魔法(ワイルドマジック)を確実に成功させるための研究に、どうか協力してくれ給えよ」

 

 首を垂れるツアーを見て、マタタビは後ろのアクターさんを振り返る。

 彼は「仕方ない」とでも言うように無言の首肯をしてくれたので、マタタビは振り戻ってツアーに応えた。

 

「事情はよぉーくわかりました。ではこちらも、ナザリック地下大墳墓としてご協力させていただきます」

 

「なざ……え? なに」

 

「いいから、全部一から説明させて。ややこしい話なんだよこっちも」

 

 元からマタタビは、ツアーには全部話すつもりだった。

 ギルド武器を奪い取った今どう足掻いたって彼はこちらに逆らえないし、それにツアーが完全にこっちに協力してくれることも確認できたし。

 

「……まぁ、いいけど」

 

 だからマタタビは、この世界に訪れてからのあらゆる経緯をツアーに対して語り始めた。

 彼に一部の不安も与えないように。要らない情報は隠したり、こっちの都合で少し嘘を混ぜながら。

 けれどバカみたいな勘違いも行き違いも起きないように、慎重に。

 

 

 この世界には、ユグドラシル一すごいギルド拠点を持つ友達と一緒に訪れたこと。

 そこでマタタビがかなりお世話になってしまったこと。

 

 マタタビが傾城傾国のせいでダークエルフと吸血真祖の友達を殺しかけた時、ツアーの横槍のおかげで踏みとどまれたこと。

 そして最終的にはモモン達に命を救われたこと。

 

 王国のマッチポンプについては多少顰蹙を買ったけど、ツアーの隠し事よりマシなのだから勘弁してほしい

 

 父マサヨシのことで友達と少し揉めたけど、結局マタタビに力を貸してくれることになったこと。

 

 ナザリックには3、4人頭のいい人たちが居て、豊富なマジックアイテムもあるから始原の魔法(ワイルドマジック)の研究に役立つだろうこと。

 

 出来る限りを話しつくすと、渋い顔をしながらもなんだかんだツアーは納得してくれた。

 

「よくあることだ、仕方ないよね」

 

「ありがとうございます」

 

 こんな風に互いに腹を割って納得し合えれば、どれだけ良いだろうか。

 そんな考えが脳裏を過ったマタタビは、自分の頭の花畑っぷりに辟易とした。

 

 この世界には、嘘で救われる人たちもいるだろう。

 嫌なことは出来る限り隠したいだろう。

 アインズ様とマタタビみたいに、下手に本音を晒したばかりに平行線で延々と大喧嘩をし続けることだってあるんだから。

 

 都合の悪いところは退け合って、互いに適度に心の距離を保つ方がずっと平和なんだろう。

 

 

 身に染みるほどわかってるけど、それでもマタタビは思ってしまうのだ。

 

 アインズ様とNPCの皆様方も、いつかこうなればいいのになと。

 我ながら能天気にもほどがある。

 

 そんな雑念に捕らわれながらもマタタビは、どうにかツアーとの交渉を成功させることができたのだった。

 マタタビは非常に口下手なので、横から挟むアクターさんの助言にはひたすら感謝しかなかった。

 

 

 

 一仕事終えたマタタビとアクターさんは地下聖堂から螺旋階段で地上に戻り、改めて地表にあった両親の墓に墓参りをすることにした。

 

 まずはお掃除。インベントリから箒と雑巾と無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)を取り出し、砂埃を履いて石碑を水拭きでピカピカにする。

 マタタビはそこそこ綺麗にすればいいと思ったのだが、アクターさんはNPCの悪癖か20分以上作業の手を止めなかった。しまいにゃ洗剤まで出そうとする始末だ。

 

「そういう凝り性、あなた方の悪い癖ですよ。棺の中で喜んでくれるわけでもあるまいに、やり過ぎたってしょうがないでしょ。ある程度でいいんですって」

 

「ある程度でいい、などと適当をのたまう連中に碌な者はおりません。そういう連中に限って、曖昧な判断で他人の基準に事細かに口出しをして来るものです

 第一、至高の御方に対する奉仕に手を抜けるシモベが居りましょうか。1時間は使わせていただきたい」

 

 アクターさんは頑固だった。

 その様子にマタタビはため息をつきつつ、彼が手に持つ洗剤の瓶を取り上げる。

 

「この頭でっかち。逆に聞くけど、あなたが死んで棺に入ったとして、1時間以上無駄に丁寧に掃除されたらどう思う? やめて欲しいと思うでしょう?  シコウノオン方々も同じなんですよ」

 

「はて、そんな道理は知りませんね。この世界に転移する以前、アインズ様はかなりの頻度で宝物殿の霊廟に参拝しては長時間かけて手入れされておりましたが?」

 

 アクターさん、親の背中で変な常識が育ってしまったらしい。

 霊廟なんて作るアインズ様もアインズ様だ。

 

「……それはアインズ様がおかしいの。あの人の考えは知らんけど、ギルドメンバーってほぼ全員生きてるからね? 本人たちが知ったら絶対引くよ」

 

「生前葬も、至高の御方々ほどの御身分ともなればさして不自然でも無いのでは」

 

「知らぬ間に葬られてる人の身にもなれですよ」

 

「天上天下アインズ様独尊。あの方が世の理なれば、すなわち我が奉仕もまた真理。つまり私は正しい」

 

「アルベドさんに告げ口した奴が何か言ってる」

 

「あれは気の迷いでした。しかしあなたも強情ですね全く……仕方ありません」

 

 強情はどっちのことだか。

 アクターさんはマタタビから洗剤瓶を取り返すと、ドッペルゲンガーの能力でモモン姿からマタタビと瓜二つの姿へと変身した。

 それから指で印を組み、シノビの汎用忍術を発動させる。

 

「〈影分身の術〉」

 

 ただでさえ嫌いな自分の顔、それが6人も現れてマタタビは思わず口に手を添える。

 

「うげぇ、あいかわらずキモ」

「失礼な。せっかく折衷案を出させていただいたというのに」

 

 そう言いつつも、アクターさんはどこか楽しげに笑っていた。マタタビが嫌がってるのを見て喜んでいるのだろう。

 アクターさんの腐れ根性にへし折れたマタタビは、黙って同じ顔の7人とひたすら墓をピカピカにした。

 

 

 掃除が終わったら参詣。墓そのものは洋風だけど、やるのは和式のお墓参り。

 水差しで軽く打ち水をして、6階層に咲いていたカーネーションの花を水鉢に入れる。お供えモノにピッキーさんから貰ったワインを置き、御線香を立てて合唱。そして最後にご報告である。

 

「お父さんお母さん。私この世界に来て色々あったけど、なんだかんだ元気です。横の彼も含め友達もたくさんできました。

 あと近々冥土から二人を強制サルベージして、私も一緒に元の世界に帰ることにしたから。楽しみに待っててね」

 

 我ながら後半の方はどうかと思うが、とりあえずこんなもんでいいだろう。目を閉じ、両手を合わせてしばらく祈る。隣でも見様見真似でアクターさんが同じポーズをしていた。流石にモモン姿に戻ってだけど

 

「じゃ、帰りますかナザリックに」

 

 祈り終えたので両腕を空に伸ばし、うーんと唸ってからマタタビは振り返る。

 しかしアクターさんは胡乱げにマタタビに問い質した。

 

「おや、御遺体は持ち帰らないのですか? いくら竜王のひざ元と言えど、このような場所に野ざらしは危険でしょう。いざという時奪われていたら目も当てられない」

 

「いやうん、今更言われてもね」

 

 アクターさんの言い分は、まぁ間違ってはいない。間違ってはいないけど突っ込みたい。

 

「墓掃除云々の下りは何だったのよ……ピカピカにする意味ありました?」

 

「墓参りなど所詮は参詣者の気分の問題。やりたいだけやるのが正解と言う話です。

 お嬢様の気遣いや我々シモベや奉仕、アインズ様の御慈悲すら、思い遣りとは突き詰めていけば全て自己満足なのですから」

 

「へぇ意外。シモベのあなたが、そんな割り切った考えするんですね」

 

「反対されないようでしたらば、では」

 

 まるでNPCらしくない考え方に驚くマタタビをよそに、アクターさんはテキパキと墓を暴き始めた。

 石碑を丁寧に引っこ抜き、スコップを出して土を掘り上げる。やがて大きな棺が見つかった。

 

「高度な保存魔法が掛けられていますが、念のため先に私が御遺体を確認します。明後日に向いていてください」

 

「う、うん」

 

 見知らぬゲームアバターと言えど、流石に両親の死体は見るのに覚悟がいる。

 仮に腐ってたり骨だったりしたら、異業種の精神とか以前の問題で目を向けるのは怖い。

 

 アクターさんの気遣いに甘えて真後ろに首を曲げると、大蓋が開く音がした。

 ゆっくりとした布切れの音。アクターさんは、異様に淡々とした声で告げた。

 

「ご安心を。腐食も白骨化もしておりません。よければ確認為されますか」

 

「見たいです」

 

 マタタビが目を向けると、大きな棺の中に特大の安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)で包まれた、同衾する一組の男女の姿があった。

 わかってはいたけど知らない顔。面影すらも感じないけど、ツアーやリグリットやイビルアイなど指し示す多くの状況証拠がこの人たちをマタタビの、佐々木桜の両親であると証明している。だからマタタビはすんなりと実感を受け入れることができたのだった。

 

 マタタビは、二つの顔を見比べてある違和感が引っ掛かった。

 なんかちょっと、頭の形が変な気がする。少し、内側からへこんでいるような

 

「え、これって……」

 

「どうなさいましたか」

 

 返事をするモモン姿のアクターさんは、極めて冷静で平たんに口調をそろえていた。

 まるで己の感情を押し殺してるみたいで、アインズ様が『精神安定化』させてる様子とすごく似ているように思える。

 

 マタタビはおもむろに、二人の髪を両手で掴んでゆっくりと頭を上に向けた。

 すると思っていたよりだいぶ軽いことに気付く。

 一般的な成人の脳みそは約1,5キロ。大体それと同じくらいの重量が、頭部から吸い取られたように無くなっているようだった。

 

「どう、なさいましたか」

 

 アクターさんは冷淡に、マタタビへ問い続ける。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

『ね、言ったとおりでしょ? ツアー、あなたに世界は守れない』

 

『ああ。私の負けだ、ササキ サクラ』

 

 

 〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉に投影された、タタビとツアーの決闘の記録映像。その顛末を見届けたアインズは、執務机に片肘をついて重たい溜息とドッと吐き出した。

 

「はぁ」

 

 案の定、リアルタイム視聴はしないで良かった。終わった後に勝ち勝負だったと報告を受けてから見たからこそ、アインズの胃痛はだいぶ軽減されている。

 そうでなければ肝が凍って情けなく動転する他なかっただろう。

 

「……信じられない。相変わらずなんて酷い戦い方なんだ」

 

 規格外の機動力と常識外の運動神経でほとんどの攻撃を凌ぎ切るという、狂気と紙一重の神業。

 アドリブの極み、手探りで能力を暴きながらの大味な立ち回り。

 己の片腕、第10位階相当の羊皮紙3枚、最上級回復ポーション7本、黒凝塊の酸(アシッド・オブ・ブラック・プディング)、神器級アイテム二振りを即座に使い捨てるという速過ぎる判断力。相手の人格に全幅の信頼を置いた、綱渡りの如き心理戦。

 

 その全てがアインズの哲学と真っ向から相反し、見るだけで疼いて仕方がない。

 もっと慎重に立ち回れないのか。貴重なアイテムを乱用し過ぎていないか。ゆっくり分析できないのか。そもそも手の内の知れない一発で勝算なんてあるのだろうか。

 

 突っ込みどころを数えたらキリがない。

 傍でアインズと共に見届けていたアルベドは、アインズに深く同調した。

 

「全くです。御身の心中お察しいたします」

 

「ありがとうアルベド。しかし、彼女が勝ってくれたのならばそれに越したことはないか」

 

 本来アインズとしてはマタタビが白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に敗けようとも、彼の手の内を暴け出せたのならばそれで良かったのだ。今のように記録映像からその能力と戦闘スタイルを分析し、確実に勝てる算段を立てるつもりだったから。

 仮にマタタビが破れていた場合、アインズは映像から分析して最も相性の良いセバスを刺客に送り込み、力で圧倒してギルド武器を奪い取る作戦を練っていたことだろう。

 

 とはいえ手札を切らずに済んだうえ、弱みを握ってツアー自身も納得して協力してくれるのならばそれ以上の結果はない。良くも悪くもこんな芸当はマタタビにしかできなかったことだろう。

 

「彼女がナザリックに訪れて、初めて明確に役に立ったと言えるかもしれませんね」

 

「ああそうだな」

 

 アルベドは冗談めかしながらにやけ、アインズも悪くはない気分だった。

 マタタビがナザリックに訪れてくれてよかったと、そう思える理由がまた一つ増えてくれたから。

 

 

 しかしふと、そんなささやかな喜びに水を差すように、一通の〈伝言(メッセージ)〉がアインズの思考へと受信された。噂をすれば何とやら、相手はマタタビ当人である。

 

「あぁマタタビさん、言いたいことはありますが一先ずお疲れ様です。どうしましたか?」

 

 先の戦勝の報告に起源を良くしたアインズは、珍しく朗らかにマタタビへと問いかける。

 しかし当のマタタビは、氷を思わせるような冷徹な声で、一方的に言い放った。

 

『今からタブラを始末しに行ってきます』

 

「は? 今ですか!?」

 

 今は敵対しているかもしれないかつての仲間、タブラ・スマラグディナ。

 もちろんアインズとて今では現実を受け入れているが、唐突過ぎるマタタビの宣言にはひたすら混乱する他ない。

 

 ただ流石のアインズも、この時のマタタビを全力で止めるべきだったと一生後悔することになるなんて、今は予想もつかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

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