ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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ほんとは勢いで展開流しても良かったんですけど
やることがやることなので大事にしていきたいなって下心が出ました。
カタルシスまで遠いです。もうちょっとグダります


マーレ・ベロ・フィオーレ

 

 この世界で最も美しいものとは何か。

 

 もしマタタビが問われたならば、心の内で声高く「アインズ様」と答えるだろう。

 マタタビは、彼ほど一途に何か一つを執着し、深く愛する人を知らなかった。

 

 アインズ様は愛する者たちを守るためなら、あらゆる外的、あらゆる味方、自分の心も蹂躙し、どんな悪よりも黒く染まる。

 ためらいもなく人を殺し、裏切り、あるいは時に自分の心も切り崩して、がむしゃらに味方の利益だけを尊重するのだ。

 

 そんなアインズ様の行動を、人間性や善悪で語ることなどナンセンスだ。

 

 汝隣人を愛せよ。

 その人の、一番大切なものを守り抜くこと以上に正しいことなんて、この世界には無いのだから。

 

 お人好しなマサヨシも、その悪影響を受け継いだマタタビも、無駄に目移りばかりで大切なものを取りこぼしてばかり。

 善行という名の醜く浅ましい自己満足に、神が報いることは決して無い。

 

 故にこそどんな善や正義よりも、アインズ様の信念は尊く正しく美しい。

 マタタビは心の底からそう思う。

 

 これこそが、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る友人に抱く、マタタビの秘められた敬愛だ。

 きっとこの世界のだれにも何にも、アインズ様にだって理解されることは無いだろう。

 

 別に良かった。それでよかった。

 私は幼稚で歪んだ自己完結を胸に抱いたまま、アインズ様の前から姿を消して元の世界に戻るだけでいい。

 そうして2度と会えなくなっても、きっと次元を超えた向こう側では彼の信念が揺らぐことは無いだろうから。

 

 きっとこれからもアインズ様は自らを蔑ろにし続けるだろうけど、その時はアルベドさんを含むNPCの皆様方が咎めてくれると期待しよう。

 最初のころはアインズ様ともアンジャッシュしてばかりだった彼ら彼女らも、今では真摯にアインズ様の御心に向き合おうと懸命に努めている。

 意固地なマタタビと違って、日々目まぐるしほど成長を続ける彼ら彼女らだ。マタタビが余計な口を挟まなくたって、きっとみんなうまくやることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「なんて、わかってますよ。こんなの私の……身勝手極まりない我儘な期待だってことくらい」」

 

 

 玉座の間に座すマタタビは、そして【山河社稷図】内部の影分身も、異口同音に独り言ちる。

 

『…………』

 

 マタタビの眼下に屈するNPC皆様方は、そして影分身と向かい合うアインズ様も、今は黙って聞くだけだ。

 ギルド武器という首級を抑えられた彼らには、選択肢なんて残されてないから。

 

 脅した成果だとわかっていても、私は彼らの拝聴にただただ感謝するばかりだ。

 

 せめてソレに報いるために、私はなるたけ理路整然と話すことに努めた

 

「「私は、許せなかったんです」」

 

 

 ニグレドがアインズ様とナザリック全てを裏切ったと知って、それが当然の帰結だと理解してもなおマタタビは、深い失望の念に囚われていた。

 

 【創造主への優先】という忌まわしき法則。

 何があってもNPCは自身の製作者のことを優先する。たとえどれだけアインズ様が彼らのために支配者として尽くしても、NPCがアインズ様のことを深く愛しても、製作者がアインズ様を裏切るように言えばNPCは従わざる得ない。

 

 それはさながら魅了魔法にかけられてしまった傀儡のようであると、マタタビは思う。

 

 会話したことも理解もしていない相手に、ただ創造主だからというだけで無条件に忠誠と愛情と服従を誓うというのだろうか。

 

 

 確かに、元はと言えばアインズ様との関わり合いも同じような形から始まったけれど。

 でもアインズ様は、誰かに造られただけの服従関係を、そのままで受け入れようとはしなかった。

 

 突如動き出して忠義を尽くそうとするNPC。そんな彼らの価値観を一人一人重んじて、無理に従わせるでもなく、邪険にするでもなく、アインズ様は宝物のように扱った。

 

 彼らが進んで仕えたいと思うような理想の支配者を演じて、感謝を忘れず、褒美と罰をしっかり与え、親のように成長を見守り、ズレのある価値観も寛大に受け入れ、仇成す者は過剰なまでの報復によって叩き潰す。

 

 誰にもできることではない。この世界でアインズ様にしかできなかったことだ。

 もし仮に他のギルドメンバーがアインズ様に伴っていたとしても、アインズ様ほど深く愛することは無かっただろうと確信できる。

 

 

 そんなアインズ様を創造主なんかのために裏切るだなんて、なんて不条理な話だろう。

 

 

 【創造主への優先】だなんて、それが世界の真理だとでもいうのだろうか。

 

 

 きっと、アインズ様は優しいから仕方ないと受け入れるだろう。

 ニグレドのことも、自分らの争いに巻き込んで申し訳ないとか思ってるんだろう。

 恩に仇、裏切りに傷ついた自分の心なんてそっちのけで、慈悲を与えようとするのだろう。

 

 そして悲劇は、これだけにとどまらない。

 

 

 

「「臆病者のアインズ様のことです。今でこそ庇護対象である他のNPCの皆様も、創造主との対立を考慮して無意識に潜在敵として認識していることでしょうね」」

 

 

 守るべき宝物でありながら、いつか敵になるかもしれない相手。

 彼はそんな矛盾した庇護意識を当然のように受け入れて、葛藤することもなく飲み込んでしまっている。

 

 

 このままでは不条理な心理的一線が、アインズ様とNPCの間に残り続けることだろう。アインズ様が死んでナザリックが滅びるその時まで。

 つまり未来永劫ずぅーっとだ。

 

 

 

「「だから考えたんです。どうしたらNPCの皆様方が、アインズ様を一番に優先できるようになるんだろうって」」

 

 

 そのためにマタタビは、プレイヤーとギルド拠点にまつわる情報をがむしゃらに集め続けた。

 

 蒼薔薇のリグリットやイビルアイから魔神戦争の様子を。

 スレイン法国からはNPCとプレイヤーの文献を。スルシャーナが自ら作り上げた副官の死の支配者(オーバーロード)から六大神たちの実際の動向を。

 ツアーからは八欲王と六大神の幅広い情勢を。

 もちろんこの世界に400年滞在したタブラからも。そんな彼に頼んで会わせてもらった、ネコさま大王国の生き字引であるパーミリオンまで直接事情聴取に及んだ。

 

 

「「調べましたとも。時間をかけて精査して、正確な情報だけを搾り出すには苦労しましたけど」」

 

 結果、ただ一つの方法がマタタビの前に示された。

 

 

 

「「それこそが、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを破壊して、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンを滅ぼすことだったんです」」

 

 

 

 

 

 この異世界においてギルド武器の破壊は2回だけ確認されている。

 

 1度目は約600年前、ギルド:ネコさま大王国において。

 2度目は約200年前、スレイン法国の六大神において。

 

 この2回どちらにおいても副作用として拠点NPCの自立化が引き起こされた。具体的に言うと、彼らの中のプレイヤーへの「忠誠心」が失われて、言動に大きな変化が起きたのだ。

 200年前においてこの状態の彼らが「魔神」と呼ばれ暴れまわったことから、NPCが自立化するこの現象を仮に【魔神化】と定義しよう。

 

 

 200年前の【魔神化】は現地住民において『魔神戦争』という名で歴史に深く刻まれている。

 記録において、種族様々な数多くの魔神達がこの世界に癒えない爪痕を残したとされている。そして彼らはマサヨシ燈子ツアーなどの十三英雄と呼ばれる屈指の異種族連隊と長い戦いの末に滅ぼされた。

 なおスレイン法国のトップシークレットにおいて、法国の記録で確認された六大神のNPC(従属神)と十三英雄達が確認した魔神達の特徴は多くが一致したのだとかなんとか。六大神の伝承は長い歴史を経て色濃く残っている一方で、従えるNPCの具体的な伝承が殆どないのはこの事実を隠蔽するためだったらしい。

 これこそが六大神のNPC=200年前の魔神であるという状況証拠だ。

 

 しかし上記が正しかったとするなら不可解な点がある。

 いくら十三英雄がマサヨシやツアー含む現地住民の実力者であったとしても、ギルド拠点NPCの戦力を根絶やしにすることなんてできるのだろうか。

 

 魔神達が各地に分散していて、それぞれの個体を袋叩きで各個撃破するにしたって、高レベル帯の相手はプレイヤーですら手こずるだろう。

 

 この重大な疑問はイビルアイの証言によって解消された。

 

『たしかに魔神達の力量は我々各員を大きく上回り、仲間との連携を駆使してなお苦しい戦いを強いられた。それでもどうにか勝利をつかむことができたのは、魔神達の中に生きる気力がなかったからだ』

 

 どうやら魔神達は心神喪失状態にあったらしいのだ。

 

 つまり【魔神化】によってNPCの人格形成の根幹である「忠誠心」が失われた結果、精神のバランスを大きく損なって戦闘能力にも大きなマイナスを与えたのか。

 もっと飛び越え、戦意そのものが失われていたというならば、不可解な戦力比も十分に納得できる。

 

 ツアーも同様の証言をしてくれた。

 

『今では英雄などと謡われるがその実、やっていることは介錯人だったというわけだ。もちろん容易い戦いなど一度として無かったし、仲間たちのことは今でも誇りに思っているけどね』

 

 

 200年前のケースから統合すると、【魔神化】によって「忠誠心」を失ったNPCは、精神のバランスを崩して取り返しのつかない深い心神喪失状態に陥ると結論付けられる。

 

 

 ところが600年前のケースでは、200年前とは【魔神化】の様子が大きく異なっていたという。

 

 600年前当時、カッツェ平野の獣人国家を統治していたギルド:ネコさま大王国は、人類国家を統べていた六大神と激しい戦いを繰り広げ、果てに壊滅した。プレイヤー同士の愚かしい歴史だ。

 ネコさま側の所属プレイヤーは全滅。六大神がギルド武器を破壊したことで、この時世界初の【魔神化】が引き起こされた。

 

 200年前のケースに倣えば、ネコさま大王国に残されたNPCも「忠誠心」を失って自失状態に陥り、残党狩りによって瞬く間に滅ぼされることになる。

 

 

 ところが、この時の情勢を直に知る元NPCパーミリオンは、200年前とは大きく違う当時の出来事を証言したのだ。

 

 

『あの時おれは陰に隠れて、敵討ちに無謀な反撃を伺っていたんだが、その時だ。

 

 突然、胸の中から何かがスルっと抜け出ていくような、恐ろしい喪失感と寒気に襲われたんだ。怖くなってたまらなくって、大声で叫びたくなったけど、アンデッドとしての特性で感情が抑制されたからどうにか堪えた。

 死にたくなかったんだ(・・・・・・・・・・)。こんな感情初めてだった。

 

 ありえなかった。どうしてかって、直前まで自爆して道連れ上等だったんだから。

 守り切れなかったハウスのご主人様の仇討ち。そう思ってたのに。まるで嘘みたいに無くなっちまった。

 

 そんで、おれは本能で理解した。

 このハウスはもう終わっちまったんだって。

 そして本当はおれは、ハウスのこともご主人様のことも、どうでも良かった(・・・・・・・・)んだなって。

 

 んで、アンデッドであるおれはどうにか感情を抑えたけど、周りの仲間たちは違った。

 

 虚無感がものすごかった。

 

 胸の中の大穴をごまかすように、にゃーにゃ―喚いて、泣きじゃくって。

 中には呼吸を忘れて窒息死した奴もいたっけな。見てらんなかった。

 

 でもな、それだけじゃなかったんだ。

 

 

 猫たちも割と大事にされてきた連中だからな。仲間の猫たちの中には、ハウスのご主人様への想いを忘れられない奴がいたんだ。俺はそうでもなかったけどな。

 

 そいつが一匹「ギャー!」って叫んで、そしたら周りの奴らにも伝播して、みんなの心が復讐心が宿ったんだ。

 

 そっから始まるのは第2ラウンド。

 主人を失った猫たちの、血を血で洗うような自爆上等のゲリラ戦。

 

 失うものが無い我が身を顧みない猛攻は、六大神とその配下連中に手痛い損害を与えて逝ったのさ』

 

 

 【魔神化】による「忠誠心」喪失の後に巻き起こった、プレイヤー勢力を手こずらせるほどの猛反撃。

 アンデッドであるパーミリオンは特殊例として除外するにしても、猫の祟りとでも言うべきその現象は、十三英雄に討たれた200年前のソレとは全く異なっていた。

 

 パーミリオンの証言を鵜吞みにするならば、ネコさま側のNPCは「忠誠心」がなくなってもなおプレイヤーとの絆が残り続けていたということになる。

 

 その点、無為な暴力装置に成り果てた六大神のNPCとはまるで違う結末だ。六大神側のNPCにだって、八欲王の天空都市という遺物がうってつけの復讐対象として残されていたというのにである。

 

 200年前と600年前。

 この【魔神化】における二つのケースの差異とは何か。

 NPCの【魔神化】後の行動は何によって決定するのか。

 

 それは決して、難しくも複雑でもない当然の帰結だった。

 【創造主の優先】よりははるかに理にかなった現象である。

 

「六大神側とネコさま側のNPCの大きな違いは、プレイヤーから与えられた境遇の差です。あえて安直に言い換えるなら、愛情の差とも表現することができるでしょう」

 

 

 

 六大神筆頭スルシャーナの手記の記述及び、彼がスキルによって手ずから制作した死の支配者(オーバーロード) の証言によると、六大神側のNPCの境遇は最悪と言っていい有様だった。少なくとも現行のナザリックとは比べられないほどの惨状である。

 

 ただ前もって六大神のことを弁護させていただくが、決して彼らは自身を慕う者を意味もなく無碍に扱うような軽薄な人物ではなかった。あえていうなら力を与えられて多少歪んだだけの、どこにでもいる現代人でしかなかっただろう。

 

 だからこそ、常人たる彼らは現実化した拠点NPCという常識破りな存在とは解り合うことができなかったのだ。

 

 

 訳も分からず異世界に飛ばされたプレイヤーは、突如動き出し自我を得たNPCという存在を目の当たりにして、必然的に恐怖と困惑が先に来る。よほどの能天気者でもない限りは。

 

 そして理不尽なほどの深い忠義を尽くし始めるNPCを前に、困惑はより深まることだろう。

 

 徐々に慣れて距離感を詰めて行こうとすれば、やがてNPCとプレイヤーの埋めがたい価値観の差が露になる。

 

 未知なる異世界に飛び出そうと思えば、「御身の安全」を心配されて、大冒険は窮屈な大名行列に様変わり。

 現地人との新たな交流に胸を馳せても、現実は過保護な保護者が高圧的な態度で挟まり込んでうまくいかない。

 実像とかけ離れた盲目的な狂信は、される側からすれば鬱陶しくて仕方がない。

 自我を持つことを想定されず、思い付きで人格破綻者として設定されたNPCもいたことだろう。

 そうでなくても現代人にはマイナスカルマ値が現実化するだけで面倒だ。

 

 もちろん六大神らも少しでもすれ違いを減らそうと努力を試みはしたのが、しかし様々な偶然や間の悪さなどが積み重なって、結果的には失敗に終わってしまうのだった。

 そして次第にNPCを邪険に扱う空気が流れ始め、愛想を尽かされたNPC側がどうにか主人の心をつなぎとめようと暴走し、それがまた絶妙にずれて空回りを繰り替えし、最悪のスパイラルの完成である。

 

 その果てに出来上がったのが、現代人には窮屈すぎる六大神という称号だったのだ。

 

「「スルシャーナは手記や副官のヤツに「自由になりたい」とか愚痴ってたみたいでしてね。もちろんNPCも両者気の毒な話です。後に「忠誠心」まで失って、だから彼らは虚ろな暴徒に成るほかなかった。

 その点ネコさま大王国は色々と運がよかったのです。連中ドのつく猫好きでしたから」」

 

 

 六大神が100年かけてNPCと相互不理解を拗らせてしまった一方で、ネコさま大王国がその惨状を脱がれたのはギルド拠点の性質が特殊だったからだ。

 

 ギルド:ネコさま大王国はユグドラシルの猫好きが猫型NPCを愛でるために作り出されたギルドであり、根本的にNPCの存在ありきで創設された経緯があった。

 

 よって彼らは異世界転移当初から、現実化したNPCの存在を盛大に歓迎して受け入れることができたのだ。もちろん価値観の相違も数多くあったが、それを乗り越えることができるだけの心理的な余裕や体力があった。中にはNPCと婚姻を結んだ業の深いプレイヤーもいたほどだ。

 

 

 そして結果的に【魔神化】を経てもなお主人の仇討ちを果たそうとしたネコさま側のNPCを鑑みるに、「忠誠心」を失っても実際に交流して育んだ関係性は無くならないと推測できるだろう。

 

 これこそが六大神とネコさま大王国で発生した【魔神化】の大きな違いと、その原因だ。

 

 そして【創造主への優先】を瓦解させるただ一つの方法論である。

 

 

◆ 

 

「「重要なのは、ナザリック地下大墳墓ならどちらのケースに至るのか、ということです。そしてそんなもの、考えるまでもありません。アインズ様の愛を皆様方が裏切るわけがないんですから。

 

 これが私の、ギルド武器破壊を試みようとした動機です。何卒ご理解いただきますようよろしくお願いいたします。

 

 御清聴どうも、ありがとうございました」」

 

 

 話を終えてお辞儀する。

 どこからも、欠片ほどの拍手さえ鳴らなかった。

 

 別に良かった。非難されようがどうしようが、私の意志は揺るがない。

 

「「ふふっ、あははは!!」」

 

 だけどもこらえ切れずに、私はおかしくて笑ってしまった。

 

 だって皆、タブラもアルベドさんもアインズ様もNPCの皆様方も、狂った奴を目の当たりにしたかのような恐怖と絶望の表情を浮かべていたからだ。

 

 

 皆さんそんな、私ごときを異常者呼ばわりできるほど、自分がマトモだと思っているの?

 

 どいつもこいつも、誰一人残らず碌でもないっていうのにさ。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「あなた狂ってるわ」

 

 アルベドは理解した。そして確信した。

 

 これまで何度も何度も、日々改めて身に刻むほど理解してきたつもりだったが、それでも認識が甘かった。

 

 マタタビの抱くアインズ様への激情は、アルベドの抱くソレなど比べようもないほど膨大であったのだと。

 

 シモベとして植え付けられた、彼女の言う「忠誠心」など言うに及ばず。

 日々膨れ上がり成長していく自らのアインズ様へ向けた愛さえも、彼女を前には霞んでしまう。

 

 ここまでするのか。やってのけるのか。

 

 仮にアルベドがマタタビの持ちうる手札を持っていたとして、同じ立場と能力を得ていたとしても、マタタビと同じ選択なんてしなかった。

 選択肢にすら入れないだろう。

 

 

 

「狂人呼ばわりは心外ですが……でも、これでよくわかったでしょ? 私はアインズ様にふさわしくありません」

 

「そうね。私が愚かだったわ」

 

 もしもかつてのアルベドの目論見通りマタタビとアインズ様を婚約に結びつけることができたとしても、3日と経たず世界を大騒動に巻き込みながら盛大な破局を迎えるだろうことは容易に想像がついてしまった。

 

「愛情深いアルベドさんとは全く違って、私はあくまでアインズ様の厄介ファンです。方向性こそ真逆ですけど、結局のところタブラ・スマラグディナとも同類ですね」

 

「言いがかりもは甚だしいね」

 

「タブラは孤立するアインズ様の姿見たさに、マサヨシと母さんをぶっ殺した。

 私はアインズ様を裏切る世界そのものが許せなくて、ナザリック地下大墳墓をぶっ壊す。

 美学のために悪辣な裏切りも辞さないという意味では、何の違いもありません」

 

「……君はもう少し自分の尊厳を大事にした方がいいよ。そんなだから他人のことも平気で軽んずる」

 

「実体験に基づいた貴重な意見ありがとうございましたクズ野郎」

 

「あら少しはマトモなことを言うのね、見直したわよクズ野郎」

 

「グへッ!!」

 

 縛られて寝そべったタブラの顎を、アルベドは鋼鉄のブーツで蹴り飛ばす。

 思いのほか快い蹴り心地に恍惚とし、グッズ化して人間の国にでも売れば大人気商品となり程よい経済効果が生まれるやもと閃いた。

 まもなく訪れるであろう終焉の皮切りを目前に、著しい現実逃避を催していたアルベド。

 

 そんな生ぬるい意識を閉ざすように、ぴしゃりと、絶対なる愛しい主人が荒げた声を発するのだった。

 

 

「ふざけるのもいい加減にしろマタタビさん!! あんたのソレは何の根拠もないただの仮説にすぎないじゃないか!! 今すぐ撤回して俺たちを【山河社稷図】から開放してください!!」

 

 

 アインズ様の、まっとう過ぎる怒りの声。

 

 確かに正論だ。マタタビの企みには不確定要素が多すぎて、何一つとして安心できるものがない。

 そしてそもそも、ここに来るまで覚悟を固めたアインズ様は、マタタビがもたらす結果を何一つとして望んではいなかった。

 

 だからこの場で正しいのはアインズ様で、どこまでもマタタビは間違っている。

 

 

 今日日様々な信頼に裏切られ続けた、痛ましい御姿のアインズ様。

 アルベドは深く同情し悲しくも思う。だが同時に少し、往生際が悪いとも思ってしまうのだった。

 

 虚しく響いた主人の怒りに、口を挟んだのはタブラだった。

 

 

「どうあれあの時モモンガ君は、彼女に縋ろうとした時点で負けたんだよ。だからこの場でモモンガ君がどれだけ正論を振りかざしたって、彼女が変わることは無い。君が彼女の暴論を受け入れないのと同じようにね」

 

「……自分もマタタビさんに負けたから、同じように受け入れろと?」

 

「勝者こそが絶対。弱肉強食のこの世界と、そして他ならぬ君自身のルールじゃないか」

 

「糞が!!」

 

「ぐへっ!」

 

 やり場のない自身への怒りを込めて大地を(ついでにたぶらもタブラ)蹴飛ばすアインズ様。それから御方は力なくうずくまってしまい、何もできないアルベドは、傍にかがんで背中に手を添えるほかなかった。

 

 

「不敬ですよタコヘッド。この世界の形勢は一度たりとも変わらずアインズ様です。

 誰が負けたって? 何が暴論だって? 減らず口もいい加減にしないと刺身にしますよ?

 こうして我々の目の前に、アインズ様という確固たる証拠があるじゃないですか」

 

「さっきからそれを暴論って言ってるんだけどね」

 

 勝者こそがルール。

 この場の全てを支配した絶対勝者マタタビは、がむしゃらに暴論を振りかざしてはアインズ様を讃え続けた。

 

 その有様は、世界征服計画とかその他も諸者ナザリックでやらかしたあれこれや、話に聞く六大神NPCの空回りよりも傍迷惑に違いない。

 

 

 

(どうしてこんなになっちゃったのかしら)

 

 

 そもそも考えてもみれば、最初のマタタビはまだしもこんなイカレ女では無かったはずだ。

 

 鬼と遊べば鬼になる。

 

 マタタビがこんな狂信モンスターに仕上がったのは、彼女をシモベとして取り囲んだナザリックからの悪影響なのではないか?

 

 アインズ様を至上の存在としてたたえるシモベ達に囲まれて、マタタビの人間性も取り返しがつかないほど歪んでしまったのでは? 思うに彼女は、周囲に影響されやすい性格だし。

 

(反省しよう、うん)

 

 もし今後の機会が許されるなら、二度とこのような迷惑はアインズ様にかけないようにと、アルベドは固く誓うのだった。

 そして彼女が父母の元へと帰る前に、しかるべき人格矯正を施さなくてはとも思った。

 

「なんて、冗談半分はここまでにしまして。どうかお顔を上げてくださいアインズ様」

 

(半分なのね)

 

「……マタタビさん」

 

 マタタビの声に反応したアインズ様は、ゆったりと膝を持ち上げて正面に立ちなおした。

 お顔からうかがうアインズ様の感情の中に、マタタビや己に向けた怒りこそあれど、欠片ほどだってマタタビへの憎しみは感じることができなかった。

 

(ほんときらいコイツ)

 

 その意味を、知ることも知ろうともしないマタタビは、透き通るような澄んだ瞳でアインズ様を見つめ返す。

 そして神妙に口を開いた。

 

 

「おっしゃる通り確かに私は、この仮説において明確な証拠をお示しすることはできません。ですから代わりに一つの保険を用意しました」

 

「保険だと?」

 

「そうです。ある人物が私に勝つことができたならこの計画は中止しようと思ってます。そうなった時点で私の作戦はリスキーだったと証明されますからね」

 

「いったい誰だ、その人物とは」

 

 

 

 マタタビが告げたのはナザリックに属する一人のシモベの名前だった。

 

 アルベドは彼をよく知っている。

 彼こそがある意味において、ナザリック地下大墳墓が抱える闇そのものなのだから。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 マタタビが玉座から睥睨するNPC皆様方のリアクションは実に様々だった。

 

 アインズ様と他の至高の御方の衝突を知って顔面蒼白になる者。

 全てを差し置いてマタタビと言う名の眼前の敵に憎悪を滾らせる者。

 一切がマタタビのデタラメであると疑っている者。

 意外なことに、マタタビの言い分を理解して絶望と共に受け入れている者も少数ながらいる。まもなく自分らの在り様が大きく歪められようとしているのに、正気の沙汰とは思えなかった。

 

 

 我ながら吐き気がするほどの悪党ぶりだ。

 痛む良心も無いことは無いが、そんなものでこの破壊衝動を止められるぐらいだったらマタタビ自身苦労は無い。

 仁義も恩義も友情も、人間性も何もかも、私を律するには至らないのだ。

 

「それでは皆さま思うところあるかもしれませんが諦めてくださいね。間もなくギルド武器破壊と共に今までの大事なアレコレを消失してしまいますので、どうかご理解くださいな」

 

 

 マタタビは、酸で溶かして壊れかけのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを高く掲げる。限界まで耐久値がすり減った今ならば、全力で床に叩きつければ壊れるだろうか。どうだろう無理かな?

 

 とにかくマタタビが振り下ろそうとする行為を、止められる者はこの場に居ない。

 

 

「では……おや? あなたは」

 

「〈飛行(フライ)〉」

 

 誰もかれもが諦めていたその瞬間、異議申し立てに挙手するように、一人の男がゆっくりと空中に浮かび上がった。

 内心マタタビは待ってましたの心地で手を止めて、彼と真っ直ぐ見つめ合った。

 

(……来ましたねバケモノ)

 

 目の前の男の異様な表情を前にして、マタタビは今日一番の戦慄を覚えた。

 

 彼こそが、マタタビが倒さなければならない敵の本質。

 全ての理不尽の象徴だった。

 

「マーレ・ベロ・フィオーレさん」

 

 相対するは見目麗しいダークエルフの無垢な少年。

 平時の臆病で狼狽えるような擬態の姿はそこにはなく、一見して欠片ほどの感情も伺えない涼しい表情だ。

 

 その瞳には欠片ほどの迷いも葛藤も感じられない。

 他のNPCが抱くような、怒りも憎悪も恐怖すら彼の中には無いだろう。

 

 それでも彼は無造作に、神器級アイテムである魔法触媒の杖をマタタビ向けて突きかざす。

 

 彼の挙動に玉座の間一帯がざわめいて、次いで彼の傍にいた姉のアウラさんがが叱責を飛ばした。

 

「やめなさいマーレ! あんたじゃ相性が悪すぎる! それにもうこの状況じゃ、どうしようもないでしょうが!」

 

「ちがうよお姉ちゃん」

 

 普段なら姉に弱い弟として設定されたマーレはアウラさんに逆らわない。

 けれど本性を取り繕わなくなった彼は平然と姉の言葉を無碍にして、自らが考える最善のために動き出す。

 

「この人に逆らえるのは僕だけみたい。だから何もしないでお姉ちゃん、他の皆さんも」

 

「マーレのくせに意味わかんないこと言うんじゃないわよ!!」

 

 ギルド武器を抑えられ、ましてや魔法詠唱者であるマーレなど速攻型のマタタビとの戦闘相性は最悪だ。

 一見して筋の通らない彼の言い分は、しかしこの場の誰よりもロジカルであるとマタタビは理解していた。

 

 

(わかってやがるなぁ)

 

 

 

「もうこれくらいしか ぶくぶく茶釜様にしてさしあげられることがないみたいですし」

 

 マーレは機械的な思考で導き出した使命を背負って、混じりけの無い殺意だけをマタタビに手向けた。

 

 

「あなたは僕に、アインズ様を最優先してほしいと思ってます。でもそれはきっと ぶくぶく茶釜様の意向に沿わないから、僕が僕であるうちに、あなたを殺して阻止します」

 

 

「そんなことアインズ様は望まないと思いますがね? 凄く凄く言いたくないけど、これでも私はアインズ様に気に入られているようですから。あわよくば私を殺せたとして、今度はあなたがアインズ様に殺されちゃうかも」

 

 

 

「うーん、アインズ様には申し訳ないですけど……でもきっと、今はその方が都合がいいですよね?

 もしあなたの言うことが正しいのなら、僕の心が ぶくぶく茶釜さまだけにある限り、多分あなたは【魔神化】を起こさないでしょうから」

 

 

「……ご名答です」

 

 

 マーレの精神性は厄介だった。

 

 いくら創造主のためとはいえ、これまで散々忠義を尽くしてきたアインズ様のことを平然と切り捨てられるのはマーレくらいだ。

 

 そしてその精神性こそが【魔神化】を引き起こそうとするマタタビの計画において最大の障害なのである。なにせ、ぶくぶく茶釜に囚われた今のマーレを無視してギルド武器を破壊してしまえば、マタタビの予測において最悪彼は廃人化する。

 そうなれば、お優しいアインズ様の心を致命的に傷つけてしまうだろう。マタタビは断固としてソレだけは避けなくてはいけない。

 

 

 

 彼はマタタビの語った仮説と論理全て理解し、そのうえで自分とアインズ様の心を事実上の人質にとって、ギルド武器を握ったマタタビに抵抗しようというのだ。

 

 

「とてもとても正気の沙汰じゃありませんね」

 

 

 マーレは的確にマタタビの目的と仮説に則って、自分の全てを賭けに出し ぶくぶく茶釜のためだけに行動を起こした。

 それはつまり自分の創造主への忠義と好意が【創造主への優先】という法則によるものだという矛盾を受け入れたうえで、アインズ様を裏切るということだ。

 

「流石この状況で冷静な対応なさるとは。あなたの精神はどこぞの黄金姫なぞより遥かに異形ですよ」

 

 

 まさにマーレ・ベロ・フィオーレの心こそが、NPCという現実化した理不尽の象徴ともいえるだろう。

 彼を乗り越えずしてマタタビの求める未来が訪れることはない。

 

 

「アインズ様のことは大好きだし、あなたのことも嫌いじゃありません。けど僕の大切なものは一つだけです」

 

 

 

 ナザリックの命運をかけた最後の戦いが火蓋を切った




オリ主の計画全貌パートがあったんですけどこれ以上文章を詰め込めないので没にしました。活動報告に投げてます。


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