アウラがマタタビだったらどうしただろう。
もしアウラがマタタビと同じ見地に立てていたなら、同じ立場で同じ力を持っていたならどうしただろう。
アインズ様ともシモベとも対等に意見できる立場にあり、俯瞰的な視野で全員の心情を隅々まで理解できて、混沌とした情勢を悉く手中に治め、一人で盤面を動かせるだけの力があったならどうしただろう。
マタタビのことを羨ましいと思ったことは何度もある。至高の御方の愛娘であるという事実を含めてだ。
だけど彼女の立場や力を思えば、今のアウラは身がすくんでしまう。
だってマタタビなら何でもできた。
アインズ様の頑なな心を柔く融かして思いのままに取り入ることも。至高の四十一人と等しい地位を手にすることも。
シモベとアインズ様の行き違いをその手で解きほぐすことだって。アインズ様の孤独を満たすこともできた。
逆にナザリックと戦うことも、しようと思えばアインズ様を絶望の底に墜とすことすらできただろう。
伴って、この世界の命運は間違いなくマタタビの手中にあったわけだ。
己の無能を恨んだことは何度もあるけど、逆にマタタビの抱える力の重圧だって並大抵のものではないはずなのだから。
ましてや責任の話をするのならマタタビだって、アインズ様のソレに比べれば足下に及ばないだろう。
シモベではない一個人としての価値観を得たアウラ・ベラ・フィオーラは今、それを嫌というほど思い知った。
他の全てのシモベ達がそうであるように。
◆
数十枚のモニターが立ち並ぶ暗室。その中心にある回転イスは、アウラの不必要な思考と連動してアウラをぐるぐると振り回す。
こんな益体の無いことを考えている場合ではない。けれど考えずにはいられなくて、アウラはますます自分の愚鈍さが嫌になった。
モニター映像の確認は今から始まる最後の戦いに必要なことで、けれど焦点が滑るように内容が頭に入ってこない。
「アウラさんが私の立場だったら、きっともっと穏当かつ堅実にやれていたでしょうよ」
背後から忍び寄った穏やかな声が、アウラを乗せたイスの回転を止めて語り掛けた。
「アウラさんが私だったら、アインズ様とNPC皆様の間を丁度良く取り持てたでしょうし、厄介な騒動事だって起きることは無かったでしょう。タブラだってルベドも、あんなのどうにでも処理できた」
姿の見せないその声色は情緒不安定だった彼女にしてはひどく穏やかで、今のアウラはかつてのマタタビのように不安定だった。
そして彼女の自嘲する物言いは今の自分たちにとってとてつもなく嫌味でしかない。
「……あたし達を
「アウラさんらしいあどけなさ欠片も無い考えですね。私はべつに憎まれたって文句は無かったんですけども」
もちろんアウラは今にでも「憎い」と声に出してやりたかったが、自分の中の冷静な部分が押しとどめる。
彼女に対する悪感情はどこまで行っても八つ当たりでしかないとわかっているから。
「……どいてよ」
イスを掴んでいたマタタビの手を振り払う。
アウラは深く息をついて立ち上がり、暗室の壁際に向かって歩き出した。モニターの明かりが彼女の背中を照らし、彼女の影が壁に映る。
酷く朧げな陰影は、【創造主への優先】が剝がされた自分たちの芯の脆さを如実に示している。
「あたしたちは弱い」
レベル100だろうが何だろうが関係ない。
たとえどれだけ強かろうとも、結局自分たちは何かに縋らないと生きていけない弱者なのだ。
だからこそ、何に縋るかを間違えてはいけない。
そしてなくなったものに縋ることは許されない。
すでにアウラの天秤は選ぶべき優劣を定めている。
だから虚ろな影に向かい合い、アウラは声を張り上げた。
「わかってるわよ。あたしたちが今生きていられるのはアインズ様が望んだから。あの方があたしたちを愛してくださったから」
思い浮かべるのはこの世界に転移してからのアインズ様や仲間たちとの大事な生活の記憶。
【創造主への優先】の喪失を経てもなお、アウラの中にはこれまでの記憶は残っている。
もちろんかつてユグドラシルでぶくぶく茶釜に愛でられていたことも覚えているが、今のアウラにはどうしようもなく儚い思い出に過ぎなかった。
「ぶくぶく茶釜様……」
アウラは自らの創造主の御名を唱える。
沸き上がるはずの感情は嘘みたいに殆どが無くなってしまっていた。辛うじて染み出るたった一滴の執着の涙も瞼の中に遮られた。
「これからはアインズ様のためだけに生きていきます。アインズ様の敵だけを滅ぼします。だから…………ごめんなさい、さようなら」
きっと今頃シモベの誰もが同じように自らの内の創造主へと別れを告げていることだろう。
アインズ様はきっとこんなことは望んでいないだろう。だってあの方はタブラの反乱があってなおシモベを軟禁するほどお優しいのだから。
でもやっぱり、アインズ様に仕えながら創造主の存在に心を囚われたままでいることは、誰にとっても無意味で残酷で不誠実だ。
「本当にアウラさんは強いですね、ええきっと他の皆さんも」
「そういうあんたは相変わらず自分勝手よね」
何気なく言い返した皮肉がことのほかマタタビには響いたようで、拗ねるように俯いてふてくされてしまった。
「私もそう思います。けれど他に道があるようにも思えませんでしたから。私はそう、自分勝手で行く道を決めたら止まれません。誰も私も、私を止めることはできません」
「バカみたいね」
「やっぱり私はあなた方が羨ましい。他者の意見を受け入れ自分を曲げて変わっていける強さが妬ましい」
マタタビにとっては嫌味でも何でもなくて、それは切実な願いだった。
だからこそアウラにはひどく不愉快な話である
こうまで強くて、何でも知ってて、全てを思い通りに通してきた人物が、くだらないところで躓いている。
強すぎる自分に振り回されて本人が一番疲れ果てている。
きっと彼女がこれからも変わらないままでいれば、周囲はもちろん本人すらもいずれ破滅するように思われた。
尊い方々から幸せを望まれた存在なのに、なんて馬鹿げた話だろう。いっそ許せないとすらアウラは思った。
「あんたのそういうところが嫌いよ」
アウラは嘆息しながら再びモニターに目を戻した。
最後の戦いが目前に迫っている。アインズ様のため、そして仲間たちのために、自分がやるべきことは明白だった。
「今回限りあんたに一度だけ教えてあげるわ、御望みの自制心と協調性ってやつをね。獣仕込みで悪いけど」
アウラは意識して腹の底から
そしてアウラとマタタビの間に確固たる主従契約のパスが繋がる。
もちろん主はアウラで従者がマタタビ。
自分にこの猛獣を扱いきれるか、正直とても不安だった。
少なくとも以前に一度、アウラは彼女を御しきれず大問題を引き起こした。
ならこれはビーストテイマーとしてのリベンジマッチと言えるだろう。
「どうかよろしくお願いします」
マタタビは深く頭を下げてから、やがて転移でアウラの前から消え失せた。
最後の戦場へ向かったのだ。
◆◇◆
『モモンガを殺せ、殺しつくせ』
嫌だな、いや
製作者タブラ・スマラグディナによる指令コードが告げられて以降、ルベドは努めて何も考えないようにしていた。
考えるという行為に付随するストレスが現状打破に一切繋がらないとわかりきっていたからだ。
わかっている。
ルベドはモモンガを殺さなければいけなくて、だからモモンガは全力で応戦してきた。そしてルベドはその反撃によって返り討ちになるはずだった。
すごく嫌だった。とても怖かった。怖かったけれど、よく考えればルベドにとっても一番それがよい結果だったろう。
けれどルベドがこの戦いを嫌がるように、モモンガもアルベドもルベドを殺すことを忌避していて、二人のらしからぬ生温い甘さによてルベドは死に損なってしまった。
死ぬことは恐ろしかった。けど殺してもらえないことは悲しくて、二人の恩情はルベドにとって暖かくもあるが虚しかった。
そしてそんな一切の葛藤は、殺戮マシーンである自己にとっては全く無意味でしかなかったのだ。
だからいっそ「ギルド崩壊」という急展開は自己にとって救いとすら考えられた。
何も考えなくていいのだから。
◇
ギルド武器崩壊が起こってなお、第八階層荒野にてルベドは来るべき抹殺対象、【山河社稷図】から現れるはずのモモンガを待ち受けていた。
ゴーレムとしてルベドに課せられた指令コードの強制力はギルド拠点との繋がりが一切無い。
だから虚ろな心を置き去りに、ルベドはひたすらモモンガを待つ。
最早自分はそのためだけの存在だ。意義のある使命だとは思えないが。
世界の全てがどうでもいい。ただただ鬱屈していたそんな折、背後から聞き覚えのある声がした。
「ごきげんよう。さっきぶりですねルベドさん」
『…………』
ルベドの高感度索敵センサーを掻い潜れる者は多くない。少なくとも傭兵NPCハンゾウ、もしくはモモンガが扱う〈
現行のナザリックでそれを可能とする者をルベドは
黒髪の少女という人間形態を装っている彼女こそ、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンと因縁を持つ史上最悪のプレイヤー、マタタビだ。
『合点がいきました』
そして怒りも悲しみもなくルベドは淡々と納得する。現状全ての出来事は目の前の存在による筋書きだったのだと。
「何を納得なされたのですか?」
『ギルド武器を破壊したのはあなただ』
「そうだけど、かくいうあなたは私のことどこまで知っているの?」
『製作者タブラ・スマラグディナによってAI『クリフォート』のデータ領域に一通りの情報がインストールされている』
「なるほどね、タブラの設定魔が悪さしたのか……凝り性だからなアイツ」
ルベドの情報領域にはギルド:アインズ・ウール・ゴウンやナザリック地下大墳墓に関わる大概の戦力情報が刻まれている。
ギルドメンバーたちのことは言うに及ばず、階層守護者などのNPCや階層ごとのトラップ構造、保有している世界級アイテムのことまでもだ。
それはタブラがルベドに対しナザリック最強であれと望んだが故の一環であり、つまりルベドはナザリック内における自らを脅かしうる可能性をそれなりに把握している。
たとえば単独でルベドと拮抗できる実力を持つ者としては たっち・みー が挙がるし、空中戦で勝負すればぺロロンチーノに軍配が上がり、しかるべき前衛を備えれば『
NPCの中で特に注意すべきだったのは死亡時の足止めスキル『
もちろん、モモンガが第八階層のギミックを行使すればルベドを容易く凌駕することも知っていた。(経験値消費という重大な運用コストを鑑みて、発動時に即離脱するという手段が最適だったのだが、さきほどはモモンガの戦術に上手を取られた形だった。)
とかく、そんなナザリック最強足らんとするための戦力情報の大きな一つにマタタビの名も含まれていたのである。
『あなたはナザリック地下大墳墓にとって大きな脅威。盗賊職としての最高峰の技能と能力、多様な戦闘技術と極限までの運動神経など、項目を挙げればキリがない。
だが何より他者の思考を先読みして望む状況を構築する能力は他の追随を許さないと、タブラ・スマラグディナの情報にあった。そしてそれは事実でありタブラの予想以上だった』
「うん? 大げさじゃない?」
とぼける、というより心底から呆れたような反応をするマタタビ。
もしルベドの情緒が生きていれば嫌味に感じたことだろう。
『本件の概要のみを推測した。間違いがあれば訂正を望む』
「はいどうぞ」
『恐らくあなたが居なければ旧モモンガ―― 現アインズとタブラは敵対も接触もしなかったと思われる。
あなたはタブラの恐怖を煽り、かつアインズから高い信頼を得ることで両者を衝突させ、最終的に【山河社稷図】によって隔離させた。そうすることでナザリック地下大墳墓が最大限無防備な状態になり、結果ギルド武器を破壊することができた
ここまでが全てあなたの策略であると考えたが、違いますか?』
もしこの推測が正しければ彼女の知能と実働能力はルベドの予想を大きく上回ることになる。
少なくとも、タブラ・スマラグディナの手の内と判断を全て先読みしていたこと。モモンガがルベドを感情的に破壊できないだろうと理解したうえで【山河社稷図】を用意していたこと。そして著しく防衛力が下がっているものの、厳重に管理されていたはずのギルド武器を力ずくで手に掛けたことの3点は確実だ。
冷めきったルベドの心境に反し、ルベド中の
「べつに最初から全部私が企てたってわけじゃありませんよ」
しかしマタタビはつまらなそうに答えた。
「もともと都合の良い状況があって、ヤレソーだなって思ったから実行に移しただけですよ。
たまたまこの世界にタブラが居て、たまたま殺し合う理由があって、たまたま協力してくれる方々が傍にいて、たまたま必要な情報が手元にあって、たまたまアクターさんが後押ししてくれて、たまたまアインズ様が凄かったというだけのことです」
要約すれば、マタタビは偶然の機運に乗って目的を果たしただけなのだと言う。
しかし彼女が意図的にこの状況を作り出したことは事実のようだ。
それはルベドにとっては十分な意味のある答えだった。
『理解しました。では次に、あなたが今現在 当機に接触を図っている理由を推測したので、異なる点があれば訂正を』
「はいはいどうぞ?」
『あなたがナザリックを崩壊させたということは、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンに敵意があるということ。であるならば旧ギルドマスター:アインズを抹殺するという一点で、当機とあなたの目的は一致している可能性がある。
つまりあなたが当機に接触したのは対アインズへの協力要請であると推測した』
はっきり言えばアインズは、100レベル相当の魔法詠唱者としてみるなら取り立てて秀でた部分は殆ど皆無だ。
しかしルベドにとって最も高い脅威度に位置しているのは他ならぬ彼だ。
ナザリック地下大墳墓を支配者として手中に治めたギルドマスターとしてのアインズは、無尽の手札を駆使できる難攻不落の大富豪。
旧ナザリックレイドボス群もそうだが、全拠点NPCや多数ワールドアイテムなど、全ての要素を敵に回して打ち勝てる存在など理論上あり得ない。
ましてや当のアインズ本人がこれ以上なく狡猾で慎重、かつ撤退すら辞さない生粋の戦術家なのだから。
なりふり構わなければ、彼はルベドを押しつぶせる物量なんていくらでも用意ただろう。それはNPCという手札がなくなってギルドが破壊された今でも変わらない。
数多くのアイテム、旧レイドボス群や拠点防衛ゴーレムの指示権は恐らく今でも彼の手元にあるのだから。
ルベドがこうして生き残ってしまっているのは偏にアインズらしからぬ温情と手加減の賜物にすぎなかった。
そんなアインズの揺らいだ心情すら見透かして出し抜きにナザリックを滅ぼしてしまったのがマタタビと言う目の前の存在である。
「ほほー?」
『あなたのあのスキルなら、【オーブ・オブ・モモンガ】及びレイドボス群を無力化することができる。ただあなたにはアインズを確実に仕留めるだけの武力が足りないが、その点は当機が担えば問題は無い』
協調性の無いマタタビに過度な連携は求めない。
ただ厄介極まりないレイドボス群を相手取ってもらえれば、ルベドはほぼ確実にアインズを始末できるだろう。
ルベドは再度マタタビに問うた。
『異論は――』
「あるよ、落第、ダメダメです。そんな浅慮でアインズ様は倒せない。……前提条件がまるきり間違っていますから」
敵意……ではない。だが近い何かが含まれる絶妙なニュアンスの文脈。それは矜持を踏みにじられたことへの怒りと侮蔑。
マタタビの立ち姿勢が僅かに揺らぎ、予備動作に近い仕草が見て取れた。
ソレを感知した瞬間に、ルベドは味方としての期待値を即座に放棄し、AIクリフォートが最善最速を実行する。
『――敵対認証』
身の丈以上の黄金槍、神器級アイテム「キトリニタス」を瞬時に横薙ぎに振り抜いた。
それは居合の抜刀に近しく、片手ながら驚異的な瞬発力と超腕力でマタタビの細身へと差し迫った。
「気が短いですねぇ」
しかしその一閃は空を切っていた。そしていつのまにやらマタタビは、ルベドの斜め後ろで余裕の笑みを浮かべている。
ただの回避ならマタタビのステータスでも可能だろう。
だが彼女が行ったのは、寸先ミリメートル単位での極限の回避。
ルベドの瞬前の判断が、予備動作から見切られている。
いやむしろルベドの攻撃動作を誘発させたのだ。
「私と同じでルベドさんは動作の観察が敏感すぎるんですよ。だから判断基準を掌握すれば簡単に行動を誘導できる。どこまで有能なAIでも、計算式が画一的である限りこれだけは直せないでしょう」
おそらくデタラメな理論だった。
有機的な知性体の思考によってルベドのAIによる思考を掌握することは困難だ。
それは全く知らない外国語を雰囲気だけで理解してしまうことと等しい。
あるいは時間をかければできるかもしれない。しかし瞬発的な運動神経のやり取りにおいて、有機知性が0と1から成るAIの動作判断を理解するなどありえない。
『理解不能……ただし』
現にこうしてルベドの一撃を完全に予測していたことは状況証拠から明らかなことだ。
だからAIは「動きが予測される可能性」を留意して切り替える。「わからない」ことは「わからない」まま受け入れ観察し、引き続き最善の手を計算する。
「すごいね、今のルベドさんは魂とAIがくっついてて最高に思考が気持ち悪い。なのに感情を踏まえてとっても合理的に動けてる。プログラマたるヘロヘロの努力の賜物と言うべきか、この世界の神秘というべきでしょうか。とかく、気色悪いスパゲッティコードですねぇ」
理解不能な言動、無視が最善。
ただ理解できる言動から最大限相手の意図を探るのみだ。
『当機とあなたの敵対理由を問う。ナザリック地下大墳墓を打ち破ったあなたが、当機の目的と相反するのはなぜか』
「前提条件が違うと言ったでしょう?
私はあなたの味方じゃないし、あの人のナザリックは私ごときには壊せない。だって、ギルド武器壊しても壊れないギルドなんて、いくら私でも手の打ちようがありませんから」
『理解不能』
ナザリック地下大墳墓は崩壊している。
それはルベドが拠点NPCとしての性質を喪失した事実から導き出される絶対の理である。
ギルドメンバーが現アインズただ一人で、タブラ・スマラグディナが反逆し、ギルド武器が破壊され、拠点NPCが自律機能を喪失している現状はこれ以上なく「崩壊」と表現するほかにない。
『価値観、基準、定義の相違』
つまりルベドとマタタビの間において「崩壊」の定義が大きく異なるということ。
だがもうこの際、彼女の価値観などどうでもいい。
マタタビが敵だとわかれば、ルベドは迎え撃つのみだ。
『抹殺』
いずれここに現れるアインズを滅ぼすために、邪魔する者は排除する。
「そんなヌル思考でアインズ様を殺そうだなんて片腹痛いわ」
武器を持たず、徒手のマタタビ。
再度ルベドは槍を構えて出方を伺う。
速力では彼女が優位で耐久と腕力はルベドが優位。思考速度は未知数。
単純な帰結でAIとルベドはカウンターを試みる。基本戦術は大概の場合において最も効果的だ。
もちろん試みが外れることも留意していたがしかし、間もなくマタタビが打った一手は驚くほどに予想外だった。
「〈口寄せの術〉――」
〈口寄せの術〉、それは契約した召喚獣もしくは同意した人物を呼び寄せる忍術スキルの一種。もちろんルベドも理解している手の内だ。彼女が選びうるおおよその選択肢としては、空中機動のできる「スフィンクス」か肉壁である「大福招き猫」のどちらか。
あるいはどちらでもない可能性もあり、予測の思考を回し続ける。
だが刹那、ルベドの思考が停止した。
AIも、ルベドの魂も、眼前の状況を受け入れられない。まだしも先ほどの旧レイドボス群による猛攻のほうが、ある意味現実的な出来事だと言える。
「『階層守護者』」
シャルティア・ブラッドフォールン、デミウルゴス、コキュートス、セバス・チャン、マーレ・ベロ・フィオーレ。
現れたのは、熱烈な使命感を背負い、忠義のために戦いに挑む戦士たち。
彼らの瞳には、あるはずの虚無が存在しない。
あるはずのない情熱が宿っている。
それは例えるならニュートンのリンゴが地面から飛び上がって元の枝にくっつくような、あり得ざる世界法則への反逆だった。
『理解不能!!』
ルベドの心に強い恐怖が沸き上がる。感情無きAIも、未知で予想外過ぎる状況に不利を悟る。
マタタビには大きな打算があるハズで、ルベドはなにも理解できない。ならば逃げよう、転移などで。
「いやいや逃がししゃしねぇのですよ【極小・世界核子】」
瞬時の思考停止で迫ったマタタビがルベドの右肩を強くつかんだ。
そして間もなく白金のガントレットが極光色に爆発し、ルベドとマタタビを包み込む。
ルベドの思考回路は「AIに指示される人間」に非常に近い。
ルベドが観察した情報や感情、および蓄積されたデータベースを元にAIが状況判断して指示を出す。それをルベドが実現するという関係性。
現実世界では一括してAIが行っていたが、異世界で魂を得たことでルベドの主観を含んだ思考プロセスに変更されている。
感情が規定値をオーバーフローするとAIの判断を無視して行動することが稀にある。
とっても神秘的なスパゲッティコード。
時間があればアインズ様が徹底的に検証する。設計者のヘロヘロが居れば諸々の変化を含めたおおよその全容がわかる。
(IT知識皆無な作者がチャットGPTさんの助言をつかって考えた設定です)