ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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傍迷惑な隣人

 

 マタタビたちがルべドを止めたのを見届けたアインズは、この場にいる者たち以外のNPCが待っているはずの、玉座の間へと戻る必要があった。

 マタタビのギルド武器破壊によって何が引き起こされたのか、しかと自分の目で確かめなければならない。そしてどんな結果にせよ責任をとらなくてはいけないのだ。

 

 マタタビが宣う【創造主への優先】の解除の結果、確かにギルドが崩壊してもなお目の前の階層守護者たちが力を貸してくれたことはこの目で見た真実だ。

 シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、セバス、デミウルゴスに、そしてアルベド。

 

 けれどそれは、NPCの中でも最も接する機会が多かった彼らだからこそなのではないか、とも思わずにはいられなかった。

 この世界に訪れてからすべてのNPCには一人ずつ最低一回以上は顔を合わせたし、全体招集も何度か繰り返したことはある。だが逆に言えばそれだけだ。

 

マタタビも守護者たちも、誰一人としてその心配はしていないのが不思議で仕方なかった。

 

 

 

 むしろ浅はかで感情的な選択によってナザリックを守り抜けなかったことで、失望されているのではないかとすら思うのだ。

 マタタビと折り合いをしっかりつけていれば、NPCの皆と腹を割っていれば、彼らの力をきちんと借りようと思えば、もっとみんなを信じることができれば、ギルド崩壊などという結果にはならなかったのだから。

 

「そう思っているならむしろ大丈夫ですよ」

 

 主犯者であるマタタビがやけに強気に断言して、守護者たちもそれに鷹揚に頷いていた。

 

 皆を危険から遠ざけようと格好つけたアインズが、挙句の果てに蚊帳の外。よくできた因果応報である。

 

 知らない間に、勘違いで勝手に話が出来上がっていることは何度もあった。

 アインズはここでようやく、自分の無知と無理解を白状する。

 

「話がまるで分からないんだが。デミウルゴス、わかるように教えてくれ」

 

 もっとずっと早く、こうしていればよかったのかもしれない。

 

「我々も、今ここでアインズ様に(まみ)えて初めて理解できたことでございますから。どうか御身が玉座の間にお戻りくだされば、一目でご理解くださるかと存じます」

 

「行けば分かるということか……なら一人で行こう。守護者達、彼らを頼む。氷結牢獄に」

 

 アインズが指さす先に居るのは、外傷の治癒されたルベドと棺に寝かされたニグレド。そしてタブラさん、パンドラズ・アクターにマタタビの5人である。

 特にマタタビとタブラさんはこれ以上何かされたら困るので、鎖で厳重に簀巻きにしてあるところだ。

 

 

 

「そこの影分身を借りますよ」

「どうして分身と? 私でいいのに」

 

 彼らとも深く話し合う必要があったが、今はそんな余裕は無い(・・・・・)

 ただマタタビとはすぐに話をしたかったので、折衷案として彼女の影分身の手をとる。

 

 

「いってらっしゃいませ、我らが愛しきアインズ様」

 

「行ってくる」

 

 アルベドと、遅れて首を垂れる守護者達にだけ応え、アインズは影分身とともに転移する。

 空洞なはずの胸の奥が、じわりと暖かかった。

 

 

 

 

 行先はナザリックの地表部。ギルド指輪で内部に転移することもできるのだが、ギルド武器が壊された今どんな変化が起きるのかわからないから使わない。

 

 不用意に転移を使ったが最後、地中や壁の中に生き埋めにされるような気がしたからだ。

 

 皮肉なことに、転移の代わりにマタタビが掘り進めてしまったという玉座の間への直通トンネルがある。

 だから〈飛行(フライ)〉を使いながら飛び込めば一直線。マタタビの影分身はアインズの背中にしがみついている。

 

 影分身と話せる制限時間は、トンネルの先に着くまでの僅かな時間だ。

 

「……マタタビさんにはいつも驚かされますよ。外部から掘り進めるなんてよく考え突きましたよね。おかげで今後は地中外殻にも気を配って防衛を見直す羽目になる」

 

「それじゃあ、かつての沼地が恋しいですか?」

 

「今は今で好きですよ。グレンデラ沼地と違って星空が奇麗で、空を飛んでも邪魔されないので。ナザリックに夜帰りする時には、たまに〈飛行(フライ)〉で上昇して空を見に行くんです」

 

今は今(・・・)……ねぇ。そうですか」

「そうですね」

 

 影分身の柔らかい声が、やけにトンネルに響いた気がした。

 生暖かい視線が背中越しに、アインズの瞳孔を貫くような錯覚がして、 相変わらずの感覚に溜息をこぼす。

 

 誤解も勘違いもなくどこまでも見通す彼女とのやり取りは、ユニークな不快感とともに得難い脱力感が伴っている。なんだかんだ、アインズにとっては恵まれた話し相手ではあった。

 

 ましてやマタタビ本人ではなく影分身なのだから、今のアインズにとっては輪をかけて気楽な相手だった。

 

「おやこれは意外。お気づきでしたか、本体と分身である私の違いを」

 

「あーはい。多分あなたは……影分身というスキルは召喚魔法に近いモノですよね?」

 

「おっしゃる通りです。厳密にいうなら影分身の術は、本体の人格を元に造られた、命令に忠実な召喚獣。製作者の性質に影響された拠点NPCとも類似した性質ですね。解除すれば体験は還元されるし、本体の人格を再現して動くこともできますが、本質的には別人ですから。あのクソ面倒くさい本体が抱え込んでいるプライドを、分身である私自身は持っていません」

 

「でしょうね。だから分身のあなたとなら、気楽に話せそうだと思ったんです」

 

「アインズ様にしては、よくわかりましたね」

 

「一目瞭然じゃないですか。あのウザさを再現するのは影分身でも無理なようですね」

 

「そうかな?」

 

 もちろんマタタビ本人と直接話をするのが一番良かったのだが、今の彼女の精神状態でそんなことをしようものなら盛大に口喧嘩になることは目に見えていた。

 

 逆に影分身も居た【山河社稷図】の内部では、ギルド武器破壊の結果が見えないアインズのほうが冷静ではいられなかったし。

 

 マタタビ本人の生き写しでありながら、本体の「利益」を意識して動ける分身だからこそ、今のアインズと話せているということだ。

 

「いやでも私はギルド武器壊したこと、もっと劇的に怒られるとか思ってましたけど。あるいは絶交レベルかと」

 

「……マタタビさんの、そういうところなんですよね」

 

 当然の可能性を平然と言って、きょとんと腑に落ちない影分身。

 

 だからアインズの頭は痛くなった。

 背中の彼女が、腹立たしいほどに輝かしいのだ。どうしようもなくアインズの持ちえない、無駄な強さがそこにあった。

 

「マタタビさん言いましたよね。俺の力を借りてご両親と共に元の世界に戻りたいって。なのに、あんな理由(・・・・・)で俺とナザリックの全てを敵に回して、どういうつもりだった?」

 

「本体にとっても分身の私にとっても、それは紛れもなく「利益」ですから」

 

「家族を取り戻して元の世界に帰るよりもですか?」

「……」

 

 影分身の、声が震える。アインズの、ローブの後ろ布を握る力が強くなる。

 

「理性では、こんなことするべきじゃないと理解していました。……でもニグレドさんの裏切りを目の当たりにして放置できなかったのです、私は。あなたのこの世界での行いが、すべて無意味だったと言われたような気がして、許せなくて、否定したかったから、だから」

 

 溜息を吐かざる得なかった。

 

「いいんですそこは」

 

 この時点で、本体のマタタビだったら会話にならなかっただろうなとアインズは理解していた。

 この影分身は、冷静な言語化と対話が本体のマタタビにとって必要だから、その利益のために辛うじて自己矯正できている。そうでなければ、怒鳴り合いになっていただろう。

 

 アインズとて精神が安定化されていなければギリギリだ。

 

「直接の理由は……もうさっき聞いたからいいんです。それに別にマタタビさんの、ご両親への想いを疑っているわけでもありません。……大事なんでしょう、この世界の体と力を捨ててまで戻ろうという覚悟を持っているんだから、あなたは」

 

 出まかせに口にすることすら難しいことだと、共にこの世界で最強になったアインズはよく知っている。

 

 元の、あんな、何もできない無力な人間に戻って、あんな世界に戻ろうだなんて、アインズにも誰にだって絶対にできない覚悟だ。

 

「……じゃあなに」

 

「無鉄砲なんかじゃない。冷静に優先順位を理解してるのに、自分が含まれない選択を選んでしまう人なんだろうな。俺とは違って」

 

 ずっとマタタビは、そうだったのだ。

 夫婦仲を慮って見当違いに家出したことも、クラン:ナインズ・オウン・ゴールをあっさり辞めたことも、シャルティアを庇ったことも、精神支配下でアインズと心中しようとした時も、今日の暴挙のことも。

 きっと自己犠牲とか優しさとか、そういうんじゃないんだろう。どこまでも他人を無視した暴虐な自己満足。

 

 たぶんそれは人格的な欠落だ。それもアインズとは正反対の欠落。

 だから無駄に、互いに、惹かれ合ってしまったのだろうか。

 

 

 

「そうだね、私は、私のそういうところが嫌い。だからアインズ様のことが好き。なのにアインズ様は違うの? あなたにとって私は何なの?」

 

 自分はあなたにとって何なのか。

 重い想いの込められた彼女の問いに、アインズは返した。

 

「……傍迷惑な隣人」

 

 それからアインズは息を詰まらせる。自分の心が、言葉になってくれないのだ。

 

 背中越しでなかったら、真っ直ぐに言えなかったかもしれない。

 本物のマタタビだったら、口をふさいでいたかもしれない。

 

「マタタビさんと一緒に居て、楽しいと思えたことは一度も無い。だけど、理解してくれて、認めてくれて、一緒に居てくれて、俺は嬉しかったんだ」

 

 いや違う、これじゃない。これだけじゃない。

 無いはずの胃が揺れて、今まで底知れなかった何かが、ずんずんと喉の先へとせりあがった。

 

 アインズはえずくように、吐しゃ物みたいな言葉を吐き散らす。

 形にならない醜い不定形を、ドロドロドロと。

 

「こんな、アインズ・ウール・ゴウンを、俺をナザリックとNPCの皆を、自分勝手に想ってくれて。ただの嫌な奴だったら簡単に切り捨てられたのに、最後まで残ってくれたのは結局あんたで、やることなすこと全部迷惑で無茶苦茶で、なのに全部俺たちのためで。俺と正反対に優しくて、だから、目障りで仕方ないから、たっちさんと一緒に元の世界に送り返すんです。何をしてでも世界を曲げても」

 

 トンネルの壁に散らしたまくった、ゲロ臭い言葉を見下ろしてアインズは、ようやく合点がいった。

 こんな心を他人に素直に、通わせれるわけがないのだ。

 そりゃあマタタビとは分かり合えるわけがなかったのだ。

 

「アインズ様……あの、私は」

 

「今は結構です」

 

 狼狽えるマタタビが、何かを言い返そうとするのをアインズは制した。

 だってズルいと思ったから。アインズだけが腹の底を抉りだすことに苦しみ、マタタビは分身が肩代わりするなんて卑怯だと思ったから。アインズが自分で分身を連れて来たことも棚上げして、アインズは身勝手に憤った。

 

 

「本体に伝えといてください。ナザリックを裏切った、マタタビさんに与える罰を。」

 

「罰は望むところですが、いったい何を?」

 

「あなたの捻じれた性格を、あらゆる手段で徹底的に真人間へ矯正してから、リアルに追放してみせます」

 

「バッカじゃねぇの! オメーら(異形種ども)にできるわけねぇだろうが!」

 

 怒鳴ると共に、影分身はアインズの背中を蹴って、アインズと反対方向へ飛び上がった。

 

 マタタビ本人より幾分マシな、影分身とすら円満に話せなかったのだ。

 そりゃあマタタビとアインズが解り合えるわけがなかった、かもしれない。

 

 それでいい。

 分かり合えず混ざり合えないから、互いの心を縛り合うこともない。

 

 アインズはアインズとして、マタタビはマタタビとして、自分を貫くことができる。

 

 彼女が蹴りつけた反作用は、心なしか〈飛行(フライ)〉の推進力を伸ばしてくれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 




影分身ちゃんは頭のいいお方。メンタル的には本体の上位互換。
最後のアインズの売り言葉に冷静に答えることもできたけど、決別の気持ちを汲んで感情的に言い返す演技をしてあげた
本体としょっちゅうケンカするのも、本体の嫌われたい願望を汲んであげた上で自己暗示してわからないようにしてる気づかいの達人
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