ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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一話ぶんで18000文字まで長引いていしまいました。
これでも事後処理が多すぎるのでかなり省略してます。




懲役5年まで

9――ギルド:アインズ・ウール・ゴウン崩壊から5年後

 

 カッツエ平野『シン猫様大王国』ノイカッツェルン・ボーゲン城。

 

 ここは、ぴかぴかキラキラ白亜のお城。

 白い城壁にトマトみたいに真っ赤な屋根のコントラストは、誰もが一度は思い浮かべたメルヘンファンタジーなキャッスルそのままです。

 カッツェという名前の通り、ところどころに猫の特徴が押し出されているのもポイントでした。壁面にデフォルメされた猫のシルエットアートや肉球の模様が可愛らしく描かれていたりとか。中庭の緑の庭園では花壇が猫も様だったり、猫じゃらしがワラワラ生やされていたり、池の形もこれまたニャンコ。

 城内も基調は典型メルヘンチックだけど、絵画や壺やら石像やらことごとく猫モチーフでなのです。 

 

 最上階にある尖塔の一室は、城主である女王の私室。

 漆喰のロココ調な扉を開けば、最5上級スイートみたいに広い部屋。

 一段とフワフワなカーペットにクリスタル製のテーブルとイス、高級木材(ザイトルクワエ)で造られたタンス、前衛的でよくわからない壺、姿見、などなど最上級の家具たちが取り揃えられています(例の如くぜんぶ猫モチーフ)。

 その中でも寝屋は特に目を引かれ、高さ長さ横幅3メートル四方のビックサイズなキングベッド。羽毛布団のフワフワは一度埋まれば病みつき必至。

 

 アニメデフォルメされた可愛らしい猫のぬいぐるみと共にぎゅうっと埋まっているのが、この城の城主でもある女王様でございました。

 

 黒を基調に金糸の刺繡が織り込まれた、フリルたっぷりのゴシックドレス。

 女王とはいえ今はオフタイム。女王の証である希少金属スタープラチナ製のティアラは今は寝台の横に投げ置かれていて、すらりと伸びた手足は野放図にじたばたシーツを叩いておりました。

 

「うー!!!」

 

 枕にむかって唸り声を挙げてから、女王は嫌々と顔を挙げます。縁取りにオリハルコン製の装飾がされた大きな姿見には、ふくれっ面な可愛らしい少女の顔が映っていました。

 黒いツインテールに黒い猫耳を生やした、生意気そうな女の子。

 彼女こそ、私こそがノイカッツェルン・ボーゲン城の城主にして『新生ネコさま大王国』の女王でもある、マタタビだったのです。

 

 マタタビだったのです、よりにもよって。 

 

「どうしてこうなったの?」

 

 まるで夢みたいな話でした。ただし夢は夢でも悪夢に近いでしょう。

 女王など柄でも無いし、そもそもマタタビ自身猫好きでも少女趣味でもないのです。

 むしろ猫は大嫌い。ユグドラシルで種族ケット・シーを選んだのも、こうなんというか、当時9歳の自己肯定感の低さからくる自傷行為に近い理由だったのです。本当は犬好きですよ、ルプスレギナさんとかペストーニャさんとか、あとアルベドさんとかそっち派です。

 

 服装だって部屋だってこんな25歳(リアルと異世界通算の年齢)にもなって、少女趣味全開とかキツすぎるにもほどがあります。

 

 マタタビ自身の趣味だったら部屋中を武器とポスター写真まみれにして飾っているところなのですが、それは厳重に禁止されているので仕方ありません。

 

「だるぅい……」

 

 どれだけ中毒的に魅力あふれたフワフワベッドでも、眠気も無いまま1時間埋まれば飽きるというもの。

 観念して立ち上がり軽くツインテを整えてから、晴天の映えるテラスの風景へとマタタビは足を延ばしました。

 

「どうしてこうなったの?」

 

 かつてアンデッドの群生地帯として恐れられてきたカッツエ平野。死の螺旋を伴ってかの地を覆っていた〈死者の軍勢(アンデスアーミー)〉による不浄の霧は跡形もなく、青い空と白い雲に夏晴れの日差しが気持ち良いくらいに澄み渡っています。

 

 死臭に腐り切っていた土壌も、最上級の森祭司(ドルイド)の力を持つマーレさんに掛かれば、僅か一か月で生命溢れる生態系の出来上がり。

 

 アインズ様製アンデッド達が集めた石材木材を、シャルティアさんが〈異界門(ゲート)〉でじゃかじゃか運び込み、それらを用いてアウラさん主導で都市開発というか開拓? 復興?

 遠い山から湧き水を引っ張って地下水路を整えて、その上に石畳の街路を碁盤のように張り巡らせて。

 それから、デミウルゴスさんが世界中から集め寄せた異種族たちの文化に合わせて農耕地、住居や商業店舗や神殿とかギルド施設を爆速で設置。

 まさに都市シミュレーションゲームの速度を現実で完遂した勢いでした。そんなシムシティじゃねぇですから……

 

 都市のシンボル兼行政施設であるこのノイカッツェルン・ボーゲン城は、旧ネコさま大王国に潜入した時の()()()()()()()を頼りに、拠点作成能力を持つパンドラズ・アクターさんが完全再現。

 

 元の城の住人だったNPCパーミリオン曰く『完璧すぎて怖い』だそうで。いやおっしゃる通り。

『余所者のくせに一度侵入して元の城を完全に覚えていたあんたが一番怖い』とまでも言われたがそこは心外。この世界で色々ドンパチしてきたマタタビですけど、本質は戦闘職じゃなくて生粋の探索役なのだから、これくらい当たり前のことです。 

『『いやその理屈はおかしい』』 とタブラ アインズ様は珍しく息を合わせましたが、マタタビとしては遺憾なのでした。

 

『パンドラズ・アクターに記憶を吸わせる発想が一番狂ってる』と言われると……まぁ返す言葉はありませんが。

 

 閑話休題。 

 新生ネコさま大王国と銘打ってるものの、城と都市の防衛力のほとんどはアインズ様製アンデッド。

 流石に城内は傭兵NPCからケット・シーやらネコマタやらを目立つところに配置してるものの、かつての如く猫だらけ猫沢山とはいかないのです。マタタビ同様猫嫌いの犬派のアインズ・ウール・ゴウンにだって猫型NPCは一人もいなかったし。

 

 行政も、名目の首長はマタタビだけど実際はアルベドさんデミウルゴスさんトップ主導、官僚や役人は全部アインズ様製死者の大魔法使い(エルダーリッチ)。見た目グロイので猫の仮面とタキシード着せて誤魔化しています。

 

 まぁつまるところ、ネコ様大王国の銘をパクってケット・シーであるマタタビをお飾りトップに据えつつも、実態はギルド:新生アインズ・ウール・ゴウンが統治している国家ということでした。

 

 

 どうしてこんな回りくどいことをしているの? と言いますと、全てはアインズ様の思し召し。あの方の端倪すべからざる知恵によるモノ。

 

 

 ありていに言えば、嫌がらせです。

 

 

「私に女王なんて無理よ無理……胃がねじきれるぅ……」

 

 

 テラスから眺める街並みは、本当にキラキラとしていました。

 

 何一つ滞りない行政統治による、甘い蜜に浸したような市民生活。能力があれば好きなだけのし上がれて、弱くて馬鹿でも頑張れば安心して暮らせるそんな理想の支配。

 

 

 マタタビは目が良いので、城を見上げる城下町の皆様の顔がよく見えます。こうして女王たるマタタビが顔を出したのに気づいて、皆崇拝と感謝を欠かしません。

 神様でも見たわけでないのに、有難迷惑なくらい敬虔でした。

 

 マタタビが手を軽く振ると、幾人かは足を止めて涙を流しておりました。いいって行けって、マジで勘弁してください。

 

 

 この胃痛。きっとアインズ様も、ずっとこんな気持ちだったのでしょう。

 これこそが、アインズ様から与えられた罰であり、元の世界に戻るために課せられた試練なのでした。

 

 優しくて悪辣なアインズ様の御企み。

 そしてどうしようもないくらい、マタタビの自業自得です。

 

「だぁあるぅい」

 

 

 溜息を吐いて、それからマタタビは扉の方を睨みました。

 今日は特に気怠い一日です。

 

 案の定、わかり切っていた来訪者が扉をこんこんノックします。

 

 その気配がベテランメイド長ツアレ・ニーニャであることは、マタタビにはわかり切っておりました。

 

「お時間でございます」

 

 女王の許可も待たず、慣れたように扉を開いたツアレさん。

 かつて愛嬌のあった丸顔は、凛とした仕事人の風格によって研ぎ澄まされておりました。作法講師だったマタタビも追い抜いて、今ではペストーニャさんが太鼓判を押す使用人の完成形です。

 

 そんな彼女はレベル差も身分さも意に介しません。鋭い眼差しでダラけた女王を一喝しました。

 

「起きてください女王陛下、式典の用意が整いました」

 

「はいはい、わかりましたよー」

 

「『はい』は一回です」

 

 レベル一桁のザコのくせ、超越者でも女王でもなく一人の人物として接してくれる彼女のことを、マタタビはとても気に入っています。

 

 自分が何者であるのかを忘れないでいられるからです。

 

 

 

 

 部屋を出てしまえばマタタビの自由は消え失せる。

 

 ペストーニャさん、アクターさん、アルベドさん、そしてアインズ様、数多くの演技指導監修によってマタタビのアイデンティティがロイヤリティに塗りつぶされることになりました。

 

 姿勢、言葉遣い、表情、目線、手足の動き、食事作法、なにより感情制御。

 ありとあらゆる自己表現が、女王あるいは貴人として相応しくなるよう徹底的に、2年ほどかけて調教された成果です。

 

 マタタビの抵抗は悉く、自ら受け入れた【傾城傾国】の精神支配によって封殺されたのでした。

 

 ツアレさんの視線を背に負いながら、マタタビは女王陛下として相応しい振舞を意識して堂々と上品に闊歩します。

 

 「どこに出しても恥ずかしくない立派な女王」とはアインズ様の弁ですが、猫耳ツインテールのゴスロリドレス少女と、ニャンコ全推しのふわふわ城内装ではどう足搔いても羞恥プレイな気がします。

 

 

「本日もご機嫌麗しゅうございます女王陛下」

 

「ごきげんよう()()()()()()()()

 

 廊下でばたりと鉢合わせたのはデミウルゴスさん。

 恭しく胡散臭い一礼を女王へと差し向けます。

 

 今の彼は表向き、リ・エスティーゼ王国の悪政を粛清した正義の悪魔にして、女王マタタビに遣える忠臣の一人でもあります。

 つまるところ、マタタビの指示でヤルダバオトがリ・エスティーゼ王国でゲヘナを起こして、血の粛清で内政改革を促したというカバーストーリーになっているのです。

 実態がアインズ様のワンコでありこの国の事実上の支配者であることは言うまでもありませんが。

 

 デミウルゴスさんは今にも裏切りそうな胡散臭い笑みを張り付けながら、宰相として女王であるマタタビに語り掛けます。

 時間が無いのでマタタビは、歩きながら背中で応じました。

 

「長きにわたりこの日を待ち望んでおりました。本日、この世界が我が国の元で()()()()を迎えることができますのは、全て女王陛下のご尽力の賜物です」

 

「身に余る評定ですのよ? わざわざわたくしでなくとも、かの地下墳墓が盟主殿であれば更に迅速かつ確実に為せたことでしょう」

 

(所詮私は傀儡ですよ? アインズ様が矢面に立てば、世界征服なんてもっと楽勝だったでしょうに)

 

「女王陛下が為すことに大きな意味があるのです。かの盟主様は俗世の(まつりごと)に関わることを望まれなかったのですから。……私がもっと早くにその事実に気付いていれば良かったのですが」

 

「過ぎたことです。こうして現に盟主殿のご負担を減らせたのですから、私の贖罪も報われるというもの。とはいえやはり私には分不相応には思えますが」

 

(終わった話なんですから。まぁ政治嫌いなアインズ様の負担を肩代わりできたなら、私も少しは罪滅ぼしが出来たってもんです。女王なんて柄じゃないのは変わりありませんが)

 

「それこそ謙遜でございます陛下。確かに盟主様の御威光があれば迅速に世界を征することもできたでしょう。しかし世界平和という形状で調停することは、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)を筆頭とした各国実力者《s》ニグン、漆黒聖典、蒼薔薇、《s》を従えた陛下だからこそ出来たことです」

 

「彼らには一時の手伝いを頼んだにすぎませんがね」

(大げさな。あいつらにはナザリック攻略のためにちょっと手を借りただけですよ)

 

「大墳墓が盟主様の威光もさることながら、しかしかの御方はアンデッドでありますから。原住民との生理的摩擦は如何ともしがたい」

 

「……そうでしょうか?」

 

「その点で見ると陛下は、この世界に根差した偉大な英雄様の正当な血統。実力も、そして何よりカリスマ性も盟主様と比肩しうることは、今日までの成果を見れば明らかです。

 確かに陛下は、地下墳墓連盟の発起人でもあった英雄様のカリスマ性を色濃く受け継いでおられます」

 

「皮肉な話ですわ」

(欠片も嬉しくねぇ才能ですね)

 

 

 マサヨシの魔性ともいえるカリスマ性。

 そんなどうでもいい才能がマタタビに受け継がれていたとして、マタタビが自然に生きていたなら生涯日の目を見ることは無かっただろう。

 

「どうでしょう? 陛下は昔から、放っておきたくても放っておけない御仁ですから」

 

「ふむ」

 

 オレンジスーツの悪魔の言葉に、マタタビは思わず足を止めた。

 なるべく優雅に振り向いて、ヤルダバオトを名乗る彼を見る。

 

 やっぱりその姿見は、マタタビの良く知る山羊頭の彼とは違う。

 まるで似ても似つかない。

 

 

「昔、同じことをヤルダバオト宰相の父君からも言われましたわ。『放っておけない』とね」

 

「……」

 

 失言だったと、マタタビは思った。

 

 魔神化現象を経た元NPCの内情を、マタタビは詳しく理解はしてない。

 ギルドとのペアリングが切れた彼が、今更驚くようなことなのだろうか。

 

 前みたいにならないように、他人を気遣うデリカシーを入念に培ってきたはずなのに。マタタビはどこまでもガサツな自分を辞められない。

 

 

「失礼、聞かなかったことにしていただければ」

 

「いえお気になさらず」

 

 宰相は止めた足を動かした。追い抜かれないようにマタタビも歩き出す。 

 

「かの創造主の地位は私の中で揺らぎありません。貴女様が述べた通り、悪に憧れただけの善良な凡夫があのお方の正体であったとして。

 故に「悪」であれと望まれて生み出されたのだとしたら、被造物である私にとっては福音です」

 

 悪魔が福音を語るとは皮肉なことだ。

 デミウルゴスさんの真っ直ぐな言葉に、私はあえて皮肉で返す。

 

「それは私がギルド武器が壊した今でも? あなた方の心は【創造主への優先】に縛られていないのに」

 

「他の者はわかりませんが。この結論は、無形の妄信的信仰が取り払われたからこそ至れたと考えています」

 

「はぁ……」

 

「単純な話です。自分の生まれが誰かに望まれていたほうが、何もないよりは嬉しいでしょう。それは忠誠や信仰の有無に無関係です。たとえ私という存在が、『誰かが望んだ妄想』だったとしても」

 

「前向きで素晴らしい考えだと思います」

 

 

 立派であると、マタタビは心から思った。

 ウルベルトに存在認知すらされていない今の彼が、【創造主への優先】を喪失し、全ての境遇を理解した上で胸を張って生きている。

 

「もっとも無意味だったとて、今の私が自らの意志でアインズ様の元に在ることは揺らぎません」

 

「おっしゃるとおりです」

 

 こんな姿がウルベルトの望んだ悪魔の姿だとでもいうのか。

 あまりに眩しく、マタタビは今日も彼らにコンプレックスを刺激され続けるのだった。

 

 

 あの日から5年、ずっとこんな日々が続いている。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 現在のマタタビの立場を一言で説明するのは難しい。

 

 真実は一つでも各々の立ち位置で見え方がまるで違うから。ある人にとっては怨敵で、ある人にとっては変革者だったり英雄だったり破壊者だったり。そんなものを一々羅列したってキリがない。 

 

 ただ少なくともマタタビ自身の認識では、現在の自分は「虜囚」というのが一番近い。

 

 

 起きた事実だけを並べていくと、だ。

 

 あの時確かにマタタビは、ナザリックのギルド武器を破壊した。

 そしてシステム的な枠組みとしてのギルドは壊滅したけど、【魔神化】を経てなおNPCとアインズ様との原義的な意味での集い(ギルド)はほぼそのままの形で残された。

 

 マタタビの推測通りに、この世界でアインズ様が積み上げた人間関係と絆は無くならなかったわけである。

 

 システム的にはナザリックという拠点地の所有権はマタタビに移行。だけどマタタビはそれを放棄した。

 だからなのか、アインズ様の頭上に【敗者の烙印】が浮かぶことも、マタタビの頭上に【勝者の刻印】が浮かぶことも無かった。

 

 壊れたギルドがそのままというのも納まりが悪いので、アインズ様と元階層守護者&セバスの9人でギルド:新生アインズ・ウール・ゴウンを再結成。

 スタッフ・オブ・アインズ・ウールゴウンの試作品を新たにギルド武器に定めた結果、加入メンバーである元NPCを含めて以前のように管理が可能になったのだと。

 

 多少の物理的損害、それにアインズ様と元NPC皆様方の心境の変化が大きいけれど、現実的には殆ど元鞘に納まったと言っていい。

 まぁ心境変化など諸々を深堀すると長くなるのでひとまず割愛。

 

 

 で、マタタビがどうなったのかというと。

 マタタビ自身とナザリック全体の総意によって、世界級アイテム【傾城傾国】の支配下に。

 捕虜として厳重に管理されることになった。

 

 好き放題にやらかして、恩人であるアインズ様の大事なモノを恣意的な感情で壊したのだから。殺されたり、更に酷い目に遭うこともマタタビ自身は覚悟していた。

 五大最悪全巡りツアーで触手塗れや寄生虫の苗床になるやもと。

 

 ただ実際どのような処遇が下されるのかはアインズ様の胸一つ。

 

 カンカンガクガク、円卓の間でアインズ様とNPCたちが議論を重ねた結果、ちょっと斜め上の評決が下された。

 

 それが「マタタビ大矯正計画」と「リアル追放の刑」。

 

『あなたの最悪に捻じれ曲がった性根を叩き直した上で、ご両親と共にリアルに追放します。それが俺の……俺の人生と、マタタビさんへの復讐です』

 

『ちょっと何言ってるかわからない』

 

 

 カルマ値最悪のナザリックにしては意外なことですが、主犯格であるマタタビを物理的に痛めつけても皆様の心は晴れないそうで。

 根本的な原因であるマタタビの性格そのものをねじ伏せて矯正することで、はじめて意義のある復讐になるのだと。

 

 

 あとまぁ、「リアル追放の刑」はマタタビがかねてよりアインズ様にお願いしていた内容を、照れ隠しで処刑風に言い直しただけでしょう。

 むしろ約束を取り消さなかったことが驚きというか。

 

 

 

 

 かくして始まった「マタタビ大矯正計画」。

 罪の贖いとしては軽微ながら、地獄と形容したくなるくらいにはハードな懲役でございました。

 

 

 まず1年目。

 世界級アイテム【傾城傾国】とビーストテイマーアウラさんによる調教によって抵抗の意志を無力化。そのうえでアインズ様ペストーニャさんアウラさんアルファさんセバスさん等々豪華メンバーによって、口調・身だしなみ・社会性・話術・道徳・各種礼儀作法を徹底的に叩き込まれることに。

 

 セバスさんアルファさんとペストーニャさんからは改めてメイド的な業務作法を。

 アウラさんからは感情制御と話し方。

 

 アインズ様の社会人マナー指導が特に厳しく(というか必要ある?)、今までの憂さを晴らすよう口うるさくいちゃもんを付けられました。彼のモットーとする営業マナーはなんというか……過剰に寄り添い過ぎているようで、イマイチ性に合いません。取引先の気を引くためなら一切興味の無いコンテンツでも学習して会話に繋げるのだとか、相手を優しく騙して心にもない誉め言葉を伝えるとか。それも相手に気取られないよう完璧に演技しなければいけないとか。

 

 極めて苦痛ではありましたが抵抗したり逃げたりもできませんし、段々と慣れていくしかありませんでした。

 鬱陶しい押し付けだとは思います。しかしマタタビが彼らにやった押し付けに比べれば、文句など言えるわけもなく。

 

 それにアインズ様が説く社会性は、リアル世界で生きていくうえで佐々木桜に必要だった知見であることは事実なのです。

 

 アインズ様から『リアルに戻っても同じことをマタタビさんがやらかしたら何の意味もない』と言われれば、まぁ全て受け入れるしかありません。

 

 そうして1年間。アウラさんから感情の制御をしつけられ、メイド皆様から改めて淑女として恥ずかしくない礼儀作法を習い、アインズ様直々に社会人マナーを仕込まれて。

 

「ちょっとは猫かぶりが板についた」というなんとも形容しがたい免許皆伝をいただきました。

 

 アインズ様曰く、更生の見込みがなければ何十年でも面倒を見る意気込みだったそうですが、現実にならなくて本当に良かったと思います。

 

 

 さて、マタタビがある程度の社会性を身に着けた時点で、「マタタビ大矯正計画」は2段階目へと移行。

 その内容はなんと、マタタビが「ネコさま大王国」の女王になるという、極めてトンチキな策略でございました。

 

『アルベドさんやアルベドさんや? なぜゆえほわい? あむあいくいーん?』

 

『ナザリックの利益と貴女の更生、そしてなによりアインズ様の憂さ晴らし! 3つを一括に進展させる至高の計略よ』

 

『嫌がらせメインかい!』

 

 

 

 詳しく聞くと真面目な話みたいでして。

 

 現状、ナザリック地下大墳墓は崩壊後を経てもこの世界で最大勢力のギルド組織です。

 ですから政治的な立ち位置を確保したうえで、きちんと現地国家と外交する必要がありました。

 

 とはいえそのトップであるアインズ様は忌み嫌われるアンデッド。類稀なるカリスマ性はあるものの、生物学的な忌避感情がどうしようもなく隔たります。

 

 これは客観的にどうしようもない事実です。

 どれだけアルベドさんやデミウルゴスさんが頭を回しても、どれだけアインズ様が全力でカリスマを発揮しても、ナザリックは外交に無駄な時間がかかります。

 

 

『でもだからって、私が?』

 

 

『自覚が無いようだけど、貴女のカリスマ性は本物よ。考えてもみなさいよ、貴女がこの世界で成し遂げた偉業の意味を』

 

『偉業と言われましても』

 

『法国の神人たちに陽光聖典のニグン、評議国の竜王、王国のアダマンタイト級冒険者たち、タブラ子飼いのアンデッドドラゴン、後一応カルネ村。この世界の相反する勢力を一手に束ねて、あなたは邪悪が蔓延るナザリック地下大墳墓に勝利したのよ。

 それも、十三英雄リーダーの正当血統である貴女がね』

 

『自分で邪悪と言って良いのですか?』

 

『相対的な事実よ』

 

『はぁ』

 

『つまり伝説的英雄の息女である貴女が、現地民と力を合わせてナザリックを支配下に治め、新しい国を作り上げるっていう王道建国ストーリーね』

 

『ナザリックの威厳台無しじゃないですか』

 

『台無しにしたのは貴女でしょう?』

 

『……』

 

 返す言葉もありませんでした。

 

 ナザリックという組織はカルマ値や種族的な理由で外見イメージが最悪です。

 だからなるほど、英雄の娘にして女王であるマタタビの支配下に置くことで、その最悪なイメージを踏み倒すという魂胆なわけですね。

 そして当のマタタビはナザリックの傀儡なので、ナザリック的に一切損する部分もありません。

 

『何より素晴らしいのが、アインズ様に外交という煩わしさを味わわせなくて済むってところよ!

 さらに! 女王という慣れない立場に胃を痛める貴女の姿を安全圏から眺めて、至上の愉悦に浸れるのだからやらない手は無いわ!』

 

『素晴らしく悪魔の発想ですね』

 

『アインズ様はアンデッドよ?』

 

『アインズ様発案ですかぁ……』

 

 

 それにしても、いろんな意味で感慨深い状況になったものだ。

 

 ある程度支配者の仕事は残るものの、これからアインズ様は政治的煩雑さから解放されて思う存分この世界での冒険や魔法研究に精を出せる。

 

 一方でマタタビの自由は大幅に制限。「理想の女王」として更なる調教が重ねられ、かつてのアインズ様の如く胃を痛めることになる。

 

 なるほど、なんとも彼らしい復讐方法である。

 

 はたしてマタタビは、かつてのアインズ様と同じ状況に追い込まれ、彼と同じ演技力を得ることが出来るのだろうか。この時はただただ心配で仕方ありませんでした。

 

 

『というわけで「マタタビ大矯正計画」フェーズ2よ! 今日から私が女王として相応しい作法を叩き込んであげるわ。これまでの憂さ晴らしも兼ねてね』

 

 アルベドさんはかつて見たことも無いくらいウキウキでございました。

 

『適任でございますわね』

 

 かつて「なんとなく」の振舞いで「絶対支配者」として相応しい威厳を獲得したのがアインズ様です。

 その彼の因子を濃厚に引き継いだアルベドさん直々に「女王学」を叩き込むともなれば、これはもう本気で嫌な予感しかいたしません。

 

 

 

 矯正という割に非常識を詰め込まれるのは、マジで如何なものでございましょうか?

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 というわけで5年目の今に至るワケ。

 

 

 我が国はナザリックのバックアップで無駄に有り余る国力と、世界最強で有名なツアーのコネが大きな武器です。即位5年目にしてマタタビとかいう女王は、懐刀乱舞の手腕によって大陸各国との外交に成功。

 

 具体的にはマタタビがツアーに跨って、各国首脳に顔合わせの飛び込み営業をリピートでした。

 

 大陸中央で繰り広げられていた戦乱を停戦に追い込み、最終的に世界平和を成就。

 

 かなり強引な手口ですが、戦争らしい戦争は殆ど起こしておりません。というか直接的な国家的武力行使は、マタタビとかいう愚かな平和主義者と協力者であるツアーのご機嫌を損ねるからNGだったそうですね。

……まぁ約定前にアインズ様がこっそり蹂躙してたビーストマンの群生とかはありましたが。

 

 おかげさまで挨拶回りから細かい式典の出席まで、行政実務をナザリックに丸投げしてさえ死ぬほど忙しい毎日でございました。

 

 今日はその集大成。

 大陸各国の王様やら族長やら皇帝様を集めまくって、このネコさま大王国で【世界連盟】の結成を調印する特大イベントが開催されるのです。

 

 

 さて場所は、城内にある白亜の巨大な会堂。

 ナザリック的に言えば『玉座の間』に位置する中枢です。

 

 マタタビが知る旧ネコさま大王国のギルド拠点において、本来の間取りはもっと狭いはずでした。ところが設計者であるパンドラズ・アクターさんの好みによって、ナザリックをめちゃくちゃオマージュした雰囲気にアレンジされています。

 

 

 ナザリックが黒と闇を基調としているのに対してこっちのテーマは猫と白。

 間取りこそ似ていますが、ステンドグラスで存分に日の光を取り入れているので正反対な印象かなと。

 

 宝石とガラス細工をごちゃごちゃ盛り込んだ超巨大シャンデリアが遥か天井にあって、場内の壁面にはギルメン共のマークフラッグの代わりに世界各国の万国旗が400本近く立てられています。

 

 大理石の床面はニャンコ模様の肉球マークの模様が描かれていて、うっすら微光する床照明になっています。

 入口の大扉から真っ直ぐ敷かれたレッドカーペット。その遥か最奥に壇上の玉座が置いてあって、デザインは【諸王の玉座】のガワを似せたレプリカです。

 

 

 マタタビは、体躯に合わせられた玉座に腰かけてから、心の中で深く息を吐き出しました。

 

(……すっげぇや。世界中の首脳連中が勢ぞろいでやんの)

 

 見下ろした風景は圧巻です。

 縦長の広間には左右両側に、合わせて400ずつの純金と宝石があしらわれた大小の王座がずらっと広がっておりました。

 体躯に合わせて作られたそれらには、世界各国の族長やら王族が難しい表情で座しています。

 

 

 女王に即位した王国のラナーを筆頭に、帝国のジルクニフやら法国の神官長やら、モグラみたいなクアゴアの白い王様。カルネ村のエンリさんリザードマン代表のザリュースなど近所の首長もまばらに並んでまして。

 ほかにもカルサナス都市国家連合の都市長や変態おバカエルフを挿げ替えた傀儡エルフ王とか酒好きドワーフの商会長、ふわふわ頭の聖王女。(人間は数が多くて一部族でまとまってないのでやたら目立つ)

 

 そのほかそのほか少数民族の族長から数百万の民を束ねる王様までピンキリですが、一人残らず高貴な御方々。

 本当であれば各人それぞれ何十人もの護衛が必要な立場なのです。ただ広間のスペース上の問題によって精鋭2名しか傍にいることを許されません。

 

(何たる横暴でございましょう)

 

 その近衛に選ばれた方々も、この世界で見れば最上級の猛者ばかり。中でもプレイヤーの血を引いた神人連中でレベル70近いのもちらほらいます。

 決してザコではございません。ただし、相手が悪うございました。

 

 マタタビは心の底から彼らに向けて同情します。

 

 

(可哀そうに、自信満々だった強者皆様。すっかり青ざめてらっしゃいますね)

 

 

 

 広間壇上で一際デラックスな玉座に掛ける女王マタタビ。その傍にいる連中ときたら、えげつないというかいっそ大人げないレベルのラインナップなのでした。

 

 まず筆頭が私の右方にいる白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)こと世界最強で名高いツアー。

 マタタビがコイツを従えてるという事実だけで、世界平和の攻略は圧倒的にイージーモードになるレベルです。ギルド武器奪って脅してるのが実情ですが、マタタビが力づくで従えたってのが世間での認識になってます。勘違いも甚だしい。

 

 かたや左方がスレイン法国最高戦力であるハズの神人ふたり。アンティリーネさんと隊長さん(名前忘れた)でございました。

 アルベドさん曰く、国交最悪なはずの評議国と法国から最高戦力引っこ抜いて従えてる事実とが重要らしい。まぁ結局暴力がモノを言う世界ですからね。

 

 それからそれぞれ下の方にはヤルダバオト宰相。アインズ様に化けたアクターさん。義理で来ていただいた冒険者チーム『蒼の薔薇』フルメンバー。法国のスカッシュレモンという並び。

 

 もうこれだけで十二分にオーバーキルなのですが、場内壁際には一際存在感を放つ連中が並んでおります。

 

 始原の魔法(ワイルドマジック)を使いこなす真なる竜王のみなさんです。

 

 

 まずアクターさんがタブラから奪った朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)の遺体。

 

 次にシャルティアさんが蹂躙した常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)

 

 アインズ様が罠にかけて捕獲した七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)

 

 コキュートスさんが一騎打ちで倒した千刃の竜王(ソードマスター・ドラゴンロード)

 

 最後に、会場には収まらなかったので城外上空で浮遊していただいている聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)

 山のような巨体を誇る彼すらも、マーレさんとアウラさんコンビによって圧倒的蹂躙。そして服従しているのが現状でした。

 

 仕掛け人は、今では仲良し大親友なアインズ様とツアーの二人。

 

 ツアーが各竜王の能力と攻略情報をリークして、アインズ様が最適なマッチアップを仕組んだという次第です。

 

(情報を得たアインズ様は無敵ですからねぇ……竜王たちゲットした後の外交蹂躙劇とかマジでえぐかったなぁ)

 

 現存する最強種の竜王たちを勢ぞろいで従えてるという圧倒的事実たるや。

 ドラゴンたちと雁首揃えて訪問するだけで、どの国も泣くほど喜んで手を取ってくれました。

 

 今の我が国は竜王国より遥かに竜王国してるという意味わからない状況だ。

 マタタビの目測において国家降伏の最速記録は竜王国のドラウディロン先輩。

 国の象徴足る曾爺さんの七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)を連れて訪問したんだからそりゃねぇ。

 

 聞くと国民人気のために幼女を演じるだけの、やさぐれお姉さんが本性らしくて。ロリコン冒険者に媚びを売る健気な日々を過ごしていたとのこと。

 裏でこっそりと腹を割り、互いに猫かぶりの女王様を演じる苦しみを分かち合ったものでした。

 

『……お互い気苦労が耐えんなぁマタタビ』

『……マジそうっすねドラウディロン先輩』

 

 

 いやほんと、教育、調教、建国、治世、工事、蹂躙、恫喝、式典、国交。本当にいろいろありました。

 

 なーんて激動の数年間、振り返って思い出にふけるのもほどほどにして。

 

(さっさとこんな茶番式なんて終わらせよ……)

 

 

 

 腹をくくり、軽く息を呑み込んでマタタビは意識を切り替えました。

 

 

 ここまで我が国は、圧倒的な力を見せつけて無理矢理世界中を平伏させました。

 でもそれだけじゃ、世界の皆様の心は掴めません。大事なのは演技力です。

 

 思い起こすのはアルベドさんの演技指導。

 キリキリぐつぐつ煮えたぎる胃液をごくっと胃壁に押し込んで、マタタビは立ち上がります。

 それから厳かに足を進めて、やがて壇下の諸王みなさまを見下ろします。

 

『あなたはアインズ様には成れないわ。でもね、アインズ様もあなたのようにはなれないの』

 

 マタタビは嘘が苦手だ。アインズ様のように嘘八百でカリスマを掴む才能なんて、何度生まれ変わっても手にすることは無いだろう。

 

 だから自分の芯から出た言葉を使わなきゃいけない。ゴテゴテに女王っぽく飾り立てた上で、マタタビのままであることを忘れない。

 

 レベル100相当の心肺能力で、厳かな聖堂に声の刃を震わせた。

 

 

 

「各部族、諸国代表の皆様

 本日、この歴史的な場に立つ機会を与えていただいたことに心より感謝を申し上げます」

 

 そりゃ竜王見せつけて脅したら誰だって来るっつーの!

 

「私の名はマタタビ・ササキ・サクラ、新生:ネコさま大王国女王

 そして200年前魔神戦争の戦線において、世界各地の民族と国家を束ねて大いなる脅威を退けた一人の人間

 ――ササキ・マサヨシの娘です」

 

「かつてこの世界は、出自も種族も思想も異なる者同士が、同じ敵を前にして肩を並べた時代を経験しました」

 

「それは理想の時代ではありませんでした。

 不信があり、衝突があり、多くの犠牲が払われました。

 それでもあらゆる種族が「自分たちでは勝てない」という現実を受け入れて、共通の戦線に立つことを選んだのです」

 

「私の父は、その中で指導的役割を担いました。

 彼が成し遂げたことは決して「一人の英雄の偉業」ではありません」

 

「異なる文化を持つ者を選び、互いの弱さを認め、共通の目的のために力を預け合う

 その一時的な統合こそが、魔神戦争を終結させた最大の勝因でした」

 

「重要なのは、その統合が()()()()()だけ存在したという事実です」

 

「脅威が去れば連携は解かれ、世界は再び分断された状態へと戻りましたが

 これは失敗ではありません。当時の人々にそれ以上を求めるのは酷でしょう」

 

「しかし、私たちは今、同じ過ちを繰り返さないだけの知見を得ています」

 

「父の時代が証明したのは()()()()()()調()()()()()という偉大な事実でした」

 

「ならばそれを一時的な戦時体制として終わらせるのではなく、平時においても維持できる形へと昇華させること

 それこそが後に続く世代の責任ではないでしょうか」

 

「この世界連盟は、争いが起きる前段階で、不信が暴力に代わる前に、世界が自ら調整するための仕組みです」

 

「魔神戦争の戦線では、力の大小にかかわらず役割を果たした者が評価されました」

 

「世界連盟もまた同じ原則の上に立脚すべきだと、私は考えます」

 

「声の大きさではなく、力の誇示ではなく、責任を引き受ける意志によって」

 

「父が成し遂げた一時的な統一は、決して奇跡ではありません

 あれは、世界が選択した結果です。だからこそ私はそれを無為にしたくない」

 

「本日の調印は過去を讃えるための儀式ではありません

 過去が示した可能性を未来に引き継ぐ()()です」

 

「各民族、諸国の皆様

 魔神戦争の集結がもたらした安堵が短かったこともまた事実。そしてこの連盟もまた、即座に完全な平和を約束できるものではありませんが

 それでも分断より協調を選び続けるという意思を、世界に明文化する価値は計り知れないでしょう」

 

「我が父が剣と覚悟で切り拓いた道を、私は制度と合意によって広げていきます

 たとえ争いを完全に無くすことが出来なくとも、争いが世界を壊さないようにすることはできます」

 

「そのために、ここにいる全員の署名が必要なのです

 世界が一度示した答えを、今度こそ持続可能な形にするために

 本日の調印に皆様の賛同をお願い申し上げます」

 

 

 デミウルゴスさんが考えた台本に、アルベドさんが演技指導を加えた演説。

 そりゃもうパチパチパチパチパチパチと、万国喝采の拍手でございます。

 

 二か月間同じスピーチの練習をさせられて、もう苦しかったのなんのって。

 

 見た目だけなら清廉潔白、平和主義者の上面奇麗なお姫様でございましょう。

 実態が「逆らったら潰す」の支配体系であることは言うまでもなく。

 

 ただナザリックの掌握的な世界征服を、マタタビの騙る正当性で包み込んでるだけなのです。

 

 各国皆様馬鹿じゃないんだから、そんなことくらいわかってるでしょう。

 自分の演技力の無さは理解しています。こんなのまるで、クラスの学級委員長が国会演説に立たされるようなものなのです。

 

 ただ建前と噓ってやつは、どうしようもなく大切なので。

 

 

 下の方から視線に刺されまくり、もうハチの巣になったような気分です

 

 食道からせりあがる胃酸を懸命に飲み込みながら、マタタビは調印の集結と追加の胃薬を待ち望むばかりなのでした。

 

 

 

 きっとどこかで彼は、こうして胃袋を痛める私のことを、因果応報と馬鹿笑いしてることでしょう。

 ねぇホント、幸せそうで何よりですよ、アインズ様。

 

 これで私の罪が償えただなんて、思いあがってるつもりはない。

 けれど彼が笑ってくれるなら、少しは気が軽くなるってものだ。

 

 

 くそったれがよ!

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 「楽しさ」とか「仲間」とか「友情」を、かつてアインズは無駄に神聖視してしまっていたように思う。

 

 

 

「ははははははは!!」

 

 

 

 もうあんな楽しい日々は自分の生涯で二度とこないだろうと、心の中で諦めていた。

 だからユグドラシルにおいてギルド:アインズ・ウール・ゴウンが過疎になっても、アインズは一人でナザリック寂しい抜け殻に執着し続けてたのだろう。

 

 過去は過去で大切だし、過剰な執着の過程があったからこそ今を得られた、という絶対的な事実は揺ぎ無い。

 

 ただそれでも、今を縛る必要性だって欠片も無いのだ。

 

「くふふふ!」フハハハハ!」あはははは!!」「あはは!」ムゥ……ブフォ!!」

 

 

 ようするに、だ。

 気心の知れた同士と、笑い合える共通の話題があれば、普通に楽しい。

 

 こんな簡単な現実を、アインズはずっと無駄に諦めていたのだ。

 

 それこそまさに、笑い話にもほどがある。

 

 

 

 第六階層の闘技場。

 ナザリックのシモベ一同を集め、スタジアムの観客席に座したアインズたちが眺めるのは中央特大の画面映像。

 

 

 〈水晶の画面(クリスタルモニター)〉に映し出されているのは、女王マタタビによる世界連盟の調停式の生中継そのものだった。

 

 傍目には凛々しく力強い大英雄にして世界最高権力者。竜王コレクションとこの世界の実力者たちを束ねた女傑による晴れ晴れしい大演説に見えるだろう。

 恐れ、崇拝、信仰、憧憬。喝采する首長たちの表情は様々だった。

 

 だが闘技場から観覧するアインズ達にとっては大爆笑エンターテイメントなコメディコント。

 

 あらかじめ『完全なる狂騒』で感情のタガを外していたアインズ含め、シモベ一同と共に心を合わせての大笑いだ。

 

 

 だってこんなに痛快な復讐はないだろう。

 アインズも、アルベドも、守護者たちもプレアデスも一般メイドも他の多くの者たちも。ずっとマタタビには煮え湯を飲まされてきたのだから。

 出し抜かれ、劣等感を刺激され、存在意義を否定され、情緒を狂わされ、ズタボロに叩きのめされ、振り回されて、果てやナザリックそのものすら打ち壊されたのだから。

 

 そんな彼女が調教の果て、アインズ以上の虚像を背負って胃痛を隠しながら世界の大舞台に立たされているときたものだから。

 こんなに愉快なことがあるだろうか。

 

 

 

「見ろ! あのクソ生意気猫の死んだ目つき。今にも胃が潰れそうな青白い顔! こんな愉快なことがあるか!? ざまぁみろってんだ散々人のこと安全圏で口出ししやがって!」

 

 堅苦しい王座ではなく、座り心地抜群の柔らかいクッション席。アインズは、拳と共に身を乗り出して今までのうっ憤を晴らすように喚き散らした。

 

 そんな豹変したアインズに驚くことも無く、他の守護者やシモベ達もむしろ同調して喝采した。

 

「昔のトゲトゲしたのが嘘みたいだねお姉ちゃん」

「あれで今アイツ相当メンタルにキテるのよ!? よく見ると手足が小刻みに震えてるってのに。王族共もみんな、アイツが大英雄だって勘違いしてやんのバカみたい!!!」

 

 アウラはマーレにポップコーンを分け合いながら、これまでの調教の苦労を語っている。

 一定以上のストレスがかかると、昔のマタタビはすぐに喚いて逃げ出すのが毎度だった。逃げずに壇上で堂々としてるだけでも凄まじい成長ぶりではあった。

 

「あぁなんと、ご立派な姿になられてお嬢様」

 

 マタタビとは創造主との親子関係の因子が繋がれていたセバス。本人のカルマ値の高さも相まって、マタタビが世界を平定する女王になったことでだぞや感慨深い想いだろう。マタタビからは心底ウザがられているが、ギルド武器破壊を経てもなおセバスからマタタビへの奇妙な愛着は残り続けているようだった。その事実を含めてマタタビにとっては腹立たしいだろうから、輪をかけていい気味だ。

 

「凄マジイ威容ダ」

「……実物知らないとマジで強靭な英傑にしか見えないでありんすね」

 

 どこか引き気味に見ているのはコキュートスとシャルティアの二人くらい。マタタビに嫌悪感を抱いてないのはナザリック全体で極めて少数派だ。

 マタタビと直接接してなくても、各階層の守備担当にとって存在意義と尊厳を叩き壊したマタタビをよく思う奴など決して居ない。

 

 一般メイドは言わずもがな。プレアデスでも特にルプスレギナなどは腹を抱えて盛大に笑いこけて悶絶しているし、ほかのユリやソリュシャンやシズたちも似たり寄ったり。眷獣共々半殺しにされたオーレオールなどは特に恨み骨髄である。

 

 

 

 そしてそのなかで一際リアクションが大きいのは、そりゃあもちろんアルベドだった。

 

「くふははははは!! 長かったけど訓練した甲斐があったわね! ざまぁみやがれクソ猫がよおぉ?!!」

 

 

 天使の相貌をゴリラさながら雄々しく歪め美声を野太く響かせて拳を掲げるその異様。凄まじいギャップだが欠片も萌えない。 

 大画面から一転して皆の注目がアルベドに集まり

 

「大口ゴリラらしい下品な笑いでありんすねぇ」

 

「あ、違うわ! いえその……アインズ様これは!」

  

 どこかの誰かを思わせるような、クスクスとしたシャルティアの冷笑。

 顔を赤くしながら口を押えるアルベドにぎゅっとギャップ萌え心を感じつつ、再びアインズは心から笑った。

 

「ははははは!」

 

 可笑しくてたまらない。

 

 散々な目に遭わされ続けたナザリックからの、マタタビへの憂さ晴らし。

 

 マタタビを女王に仕立てるというバカみたいな復讐計画を真面目に取り組んで。

 まさかの大成功して、みんなで大笑いして。

 

 

 もう二度と、こんな楽しい瞬間は訪れないと思っていたのに。

 一歩を踏み出してみれば、こんなに簡単に取り戻すことが出来たのに。

 

 自分はなんて愚かだったろう。

 輪をかけて、可笑しくてたまらない。

 

「はははははは!」

 

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンは世界で誰よりも幸せな男だ。

 大好きなゲームと仲間を想った末に、奇跡の果てで愛しい家族と出会えたのだから。

 

 アインズは、アインズを名乗った時からずっと幸せだった。

 マタタビの居ようが居まいが幸せだった。

 ただマタタビが居なければ気づけなかっただろう。でも全て彼女のおかげだとは思わないし、感謝なんて決してしない。

 

 マタタビがアインズを救う気なんて欠片も無いエゴイストだと知っているから。

 誰よりもマタタビ自身が、アインズの感謝を否定するだろうということを知っているから。

 

 だからマタタビがそうしたように、アインズもエゴイストとして彼女の運命を捻じ曲げよう。

 

 両親と共にマタタビを元の世界へと送り返そう。

 そのためだけにアインズは、マタタビを利用して世界平和を実現させた。ナザリックに全ての竜王を束ねて、政治をマタタビに押し付けながら、アインズは5年間の魔法研究を積み重ねた。

 

 何のためかって、あえて言うなら運命への逆襲だ。マタタビが『創造主への優先』を許せなかったのと同じように、アインズは佐々木桜の悲劇を許さない。

 彼女に理解されることは無いだろうが、それこそ知ったことではない。

 

 

 あとそれと、大事な理由がもう一つ。

 

「あなたの借りは返しますよ、たっちさん」

 

 

 彼に恩返しする機会があって、本当に良かった。

 

 

 

 

 

 




次が最後とオマケが一話


コイツどうなったの、みたいな疑問が万が一あれば質問を受け付けます。ネタバレ催促ではなく描き切れない内容の捕捉なので規約的には平気なはず。
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