半人半ゾンビは数の暴力を繰り出した!ヴィランは死ぬ!   作:なのはな寮長

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どうも、最後に6話を投稿したのが1年半前という現実を見て書こうとするも、7話を書くのはなんか凄い気が乗らなかったからそれを誤魔化すために黒歴史をリメイクした者です。
今回は主人公がイスを取りに行くらしいです。


第1話 明らかにゾンビはヒーロー向けじゃないよね

 ある女性が1人、立ち尽くし絶句していた。

 まぁ無理もない。彼女の目の前に広がるのは見たことも来たことも、聞いたことも。来ようと思ったことさえない、だだっ広い花畑。

 彼女はそう、確かに少し前の時間。こんな自然豊かな場所ではなく、灰色と黒でいっぱいのコンクリートジャングルにいた。花など申し訳程度のものしか見かけなかったし、新鮮な土など久しく踏んでいない。

 女性は何が起こったのか、そして起きているのか、全くわからなかった。

 

「……っあー……待って待って待って……ん”ん”、なにこれ?なんで私こんなトコいんの……?」

 

 誰が見ているわけでもないのに女性は左手を顔に当て、右手を前に突き出しオーバーリアクションで待ったをかける。どうやら言葉は出せるようになっても、混乱状態は続いているようだった。

 

「私さっきまでほら……えーと……あれ何してたっけ……?……っそうだ!確か……」

 

 本当に少し前の時間、アスファルトの地面を踏んでいたあの時間。そこから現在に至るまでの過程を女性は振り返ってみる事にした。

 過程がスッ飛び、結果だけが残るなどありえない。そう思い続けながら目を瞑り、思考を深めていく。

 

「(あれは……そう。買い物をした帰りだ……結構行く店だったから、帰り道もいつもの固定された道だった……)」

 

 女性の頭の中には、買い物袋を持って歩き慣れた道を歩く自分が思い浮かんでいる。こんなにすっと思い付くのは、相当そこを歩いているからなのだろう。

 

「(あぁ……あそこは数日前おじさま方が工事していたところ……もう特に問題が無さそうだからそこを歩いたんだ……)」

 

 想像上の女性は躊躇わずに舗装工事されていた場所を歩き、マンホールの蓋に足をかけた。その瞬間。

 

「(……っ!!……そうだ……!!思い出したぞ……!!)……私はマンホールから落ちたんだ……!!あの時足をかけたマンホール、蓋はあったけど無かった(・・・・・・・・・・・)んだ……!!すり抜けた……!だから落ちた……!!しかもなぜか、真っ逆さまに(・・・・・・)

 

 彼女の言っていることは狂言に聞こえそうなものだが、確かにそうなのだ。彼女が踏んだマンホールの蓋はすり抜けた。まるで幻覚だったかのように。

 それに真っ逆さまというのもおかしい。成人した女性が足から落ちれば、下まで落ちる間にひっくり返る可能性はほぼない。

 というかそもそも、足を揃えて両足でぴょんとでもしない限り、全身がその狭さの穴に落ちるわけがないのだ。片足で踏み込んだのならもう片方はほぼ引っかかるはずだ。

 だが彼女は落ちた。あったはずのマンホールを片足で踏んで真っ逆さまに頭から。

 

「……って事は……頭から落ちたって事は……。私ってば──」

「あぁ、死んでいるぞ」

 

 突然、背後から自分の言おうとしていた質問に先回りして答える声がした。

 慌てて後ろを振り返り、声の主を確認しようとする。……が。

 

「……あれ?っかしーな……声が聞こえたと思ったんだが……」

 

 女性の視界にはおおよそ声を出せるような何かは見受けられなかった。正面はもちろん、右を見ても左を見ても、それらしき何かは一向に見つからない。……と、その時。

 

「……こっちだ馬鹿者!!」

「うおわっ!?……って……ん?」

「貴様っ……!我を見て見ぬ振りをしようとは……!!中々度胸があるやつだ……!!」

 

 女性の視界の下から自己主張するように大きな声が聞こえ、驚きながらそちらを見る。

 そこにいたのは、小学校低〜中学年くらいの身長の少年だった。髪の色は珍しくもない黒一色だが、顔立ちは大変整っていて、声もまあ身長にあっている幼くて可愛らしい声だ。

 ただ、その目は女性をひたすらに睨んでいるし、口調もなんだか高慢な感じがするが。

 

「……君もここで迷子なのかい?」

「〜〜〜っ!!子供扱いするなぁっ!!」

 

 女性がそんな言葉を少年にかけると、怒って顔を真っ赤にしながら抗議してくる。

 この少年は子供として見られるのが嫌いらしい。だがどう見ても言い訳のしようのないくらい子供である。

 

「う〜っ……!!舐めた態度を取ってくれるな……!我はそう……貴様らで言う神だぞ!もう少し何かあるんじゃあ無いのか!?」

「何か……?……はい、のど飴」

「いらぬわ!!我が言っておるのは、その態度のことだっ!これでは話が一向に進まぬぞ!?」

 

 女性がポケットから取り出したのど飴を手で弾き、更にきゃんきゃんと子犬のように吠え続ける神を自称する少年。

 女性はそれならとチョコレートを手に持っていたバッグから取り出そうとして……ふと、少年の言ったある単語が耳に止まった。

 

「話……?話って……この私の状況の事とか……?」

「そうだ!いいからほらっ!!そこに直れっ!!一から説明してやる!だが我は立ったまま話すぞ!我は上!貴様は下だ!!」

 

 どうやら見下されるのすら腹が立つといった様子だ。女性は頭に?を浮かべながらも、説明してもらえるのは大助かりなので、少年に言われた通りに正座して座る。

 

「こほん……まず前提を話してやろう。さっきも言ったが、貴様は死んでいる。穴に頭から落ちてな」

 

 薄々本人も気付いていたが、こうもあっさり告げられた。女性は少々へこんだが、ここで『前提』という言葉を思い出す。前提と言う事は、まだ何かあるのだろう。

 夢だったら万々歳だし、夢じゃなかったら純粋にブチ切れればいいと彼女は思い、冷静に話を聞き続ける。

 

「……じゃあ、私が死んでいて、君……いや、あなたが神だと言うなら、ここはあれですか?死後の世界とか言うやつですか?」

「貴様たちの言葉で言うならそうだ。ただし、ここはちょっと違うがな」

「……違う?違うって……何がです?」

 

 少年の何か引っかかる言い方に、急いで問い詰める。今のこの状況は何もかもが謎だらけだ。しれる事は少しでも多く知りたいと迫るのは不思議ではない。

 

「……全ての生物にはな、運命というものが決められており、決められたものは誰もがその運命に従って行動する。貴様らが選択しているつもりでも、実際は全て運命通りという事だ」

「……は、はい?いきなり何を……」

 

 脈絡のない話題の振り方に女性が困惑していると、少年は急に顔を青くしながら言葉を紡ぐ。

 

「……つ、つまり……だ。その……我が仕事で張り切りすぎて、死ぬのがまだ先だった貴様を間違えてこっち側(死後の世界)に連れてきてしまったのも……その……な、長い目で見れば運命通り……というわけ、なんだが──むぐぅっ!!」

「あ〜……ごめん……。聞き間違いかな?今君の口から間違えて殺しちゃった☆みたいな言葉が聞こえた気がするんだが……?」

 

 少年の両頬をつねりながらふつふつと怒りの感情を露わにする女性。感情が高ぶるあまり、身体が震えてすらいる。

 少年が女性の質問を肯定するようにつねられながら頷くと、その怒りは一瞬で我慢の限界を迎えた。

 

「……流石にこれは運命だなんだじゃあ納得いかねえなぁオイ!!?なぁ!!どう繋がっ、償ってくれるんだよなぁ!!とりあえず私を元の場所に返せやっ!!」

 

 少年の頬を上下左右に引っ張りながら、不平不満を男のような口調でぶつけ続ける女性。対する少年はと言うと、涙目になりながら腕を振って頰をつねられる痛みに悶えていた。

 

「ひゃ、ひゃめろひんげん!ふぁれをられらとふぉふぉろえる!!ふぁれはひらいなるふぁみらろ!!ひゃ、ひゃめろふぉいっへ──い、いふぁいいふぁいっ!!もうひゃめへぇええっ!!」

 

 その後も女性は降伏した少年の頬を4〜5分つねり続け、ある程度スッキリすると手を離した。

 

「うぅぅ……まだひりひりするよぅ……」

「何がよぅ、だ。キャラ全然違うじゃねえかお前」

「あ、あれはその……僕はこんな見た目だからせめて態度は大きくして舐められないようにと……」

「んなことのために私こんなに怒ってんじゃねえんだよ。お前とりあえず……この状況の詳しい説明しろよ……!」

 

 涙目でへたりと座り込み、すっかりしおらしくなった少年は赤くなった自分の頰を撫でている。対する女性はというと、ヤンキー座りをしながら彼の真ん前で睨みを効かせていた。性別を変えたら職質待った無しの絵面である。性別を変えずとも危ないことに変わりはないが。

 

「ひぃいっ……!!わ、わかりましたぁっ……!!だから怒らないで下さいっ……」

「おーし良い子だ。じゃあ言えっ、早くっ、ほれっ、言えっ」

「あうぅ……急かさないで下さいぃ……」

 

 一転して、なよなよした雰囲気を纏う少年にさっさとしろと急かす女性。花畑という大変ファンシーでメルヘンな場所ではあるが、この状況はそれでは誤魔化しきれなかった。

 

「えっと……さ、さっきも言った通り、僕が貴女のことをミスで殺してしまったんですが……ご質問などは……」

「……もう質問に移るのかよ」

「い、今話したことが一応全てなので……」

 

 極シンプルな説明だけしてすぐに質問に移る少年に思わず突っ込みを入れる女性。

 それに対し、少年は申し訳なさげにそう言った。

 

「……まぁいいや……。じゃあ聞くが、私は元に戻れるのか?」

「いえ……っ。それは……ちょっと……」

「なんで?」

 

 その質問に対し明らかに出来ない風な態度を取る少年に、女性はかなりの殺意を込めて再び質問をする。どうやら色々なことがかなり頭に来ているようだった。

 

「……僕も良く知りません……上が決めた事ですから……」

「じゃあ私をそのお偉いさんの所に連れてけよ。直談判するわ」

「もちろん無理ですよ……」

「……ですよねー……。……はぁ、じゃあ私はこれからどーすりゃいいの?よくある閻魔様に会って天国か地獄に連れてかれんの?」

 

 ダメ元で言った策をあっさりと断られ、頬杖をつきながらため息混じりにこれからの自分の事を聞く女性。

 それを聞いた少年は、やっとか、と言った表情を浮かべながら、再び語り始める。

 

「……いや、貴女の場合は違います」

「……?私の……場合……?どういう事……?」

「かなり最初の話になるんですけど、貴女の、ここは死後の世界ですか?という問いに、僕はここはちょっと違うと答えましたよね?」

「ん?あー……うん……そうだね……」

 

 少年のその質問に、目を泳がせながら歯切れ悪く答える女性。ここまであからさまに忘れている感を出されると、一周回って怪しく見えない。

 

「……忘れてましたね……まあいいです。あの時僕はとりあえず今の貴女の状況を教えることが先決だと思い、そちらを優先しました。……という事で今度は、この場所の正体について教えます」

「なんか話が急展開だな。長くなりそうなら三行でまとめて」

「ここは一応死後の世界ですが、

転生する運命を持つ人を、

転生させる場所です」

「……また運命か」

「また運命です。今のを普通に説明していたらもっと聞けましたよ」

 

 見事に三行でまとめた少年に対し、食べ飽きた物が食卓に出された時のような表情で呟く女性。

 少年も我慢してくれという顔で話を続ける。

 

「じゃーもう……さっさと転生させてくれ。もうこれ以上その言葉は聞きたくない」

「……分かりました。しかし対応力が高すぎて逆に不気味ですね……」

「下界では転生って言葉もわりと食傷気味なくらい聞くからさ、予習はバッチリなの」

「えぇ……ま、まあいいです。でもその前にいくつかやることがあります。まず、転生する先の世界を見て、説明しなければなりません」

「いーよそんなの説明しなくて。ノーサンキュー」

「ダメです。その世界の状況は知っておかないとダメなので説明します」

「いいです」

「ダメです」

「いいです」

「ダメです」

「いい」

「ダメ」

「……教えて」

 

 女性は結局押し切られ、しぶしぶと少年に説明を求めた。

 

「はい、では説明させて頂きます。貴女が行く世界は……まぁかなりざっくり言えば、『個性』という不思議な力を備えた人が沢山いる世界です」

「……個性……?」

 

 早速気になるワードを耳にして、それに疑問を持つ女性。少年はそれに対し、まさかと言う顔で聞き返した。

 

「……ご存知で?」

「いやさ……私は読んだことないんだけど、知り合いが私に読ませたくて最低限の基礎を必死に説明してきた漫画があってね……そん時聞いた説明が、ドンピシャでその世界の世界観と一致してんのよ。あくまで偶然だろうけど……」

「……その漫画のタイトルは?」

「え……?た、確か……『僕のヒーローアカデミア』……だった気がするけど……そんなこと聞いてどうすんの?」

 

 少年の質問に一瞬戸惑い、うろ覚えの頭からなんとかタイトルを引っ張り出した女性。それを聞いた少年は目を瞑り、額に手を当てて何かを考えるようなポーズを取る。それを30秒ほど続けると目を開けて、女性にこう伝えた。

 

「……はい、ドンピシャビンゴです。貴女の言った『僕のヒーローアカデミア』と、貴女が転生する世界は、寸分の狂いもなく合致します」

「うわぁ……マジで……?」

 

 自分が過ごす第二の人生の舞台が漫画の世界、と心の中で驚愕する女性。別の世界をオーダーしようとも考えたが、おそらくこちらに世界を決める権利は無いのだろう。どうせ運命で片付けられる、と察して提案するのをやめた。

 

「……そういえばさっき言ってましたよね。最低限の基礎を教えてもらったと……」

「んまぁ……そうだね……」

「それならここの説明飛ばしていいですね」

「飛ばすの!?」

 

 まさかの言葉に声を大にして突っ込みを入れる女性。

 

「いやだって……知ってるなら言う必要ですし、貴女も時間短縮できていい事ずくめだと思いますが……」

「……それもそうだったわ……ってか待って。僕のヒーローアカデミアの世界って確か……バリバリのバトル系だったよね……なんか……雄英?とかいう学校の生徒が主人公でしょ?キャラ自体は知らないけど……」

「えぇ、一般人を除いて結構どんぱちやる人が多いようです」

「……私どーすんのよ?個性的な自覚はあるけど個性なんてもってないぜ?もしかしてデビルの実とか幽波紋とかくれんの?」

 

 人差し指を立てて説明する少年に、不安そうな顔でそう質問する。だが、ジョークを交えれるあたり余裕もありそうだった。

 

「貴女がお望みとあらばそれでもいいでしょう。貴女が望む何かを授けられて送り出されるのも運命」

「まあ、便利な言葉ですこと……しかし何か……ねぇ……戦いに使えるもんがいいよね多分……」

 

 なんだか上品な雰囲気で皮肉を呟きながらも、顎に手を当ててその望む何かとやらについて考え始める。

 

「ええ、貴女の転生先での運命は、一般人の送る植物のような平穏な生活ではありませんので」

「やっぱりかよ、ふざけんなこの野郎運命」

「それは僕に言われても……」

 

 少年のお告げを聞いて静かにガチギレする女性に対し、困った顔で応対する少年。

 そんなふざけたやりとりを終えると、女性が閃いたように言った。

 

「……あっ、そうだ。じゃあさ。こういうのってアリ?」

「……?どういうのです?」

「ば、バイオハザードのウイルスを操って、感染させたものを使役できる……みたいな……」

「……」

「……」

 

 望む能力を要求しているうちに、なんだか中学二年生レベルの妄想を垂れ流している気分になり、少しずつ顔が赤くなっていく女性。

 その心境は、穴があったら入りたいなんてものではないだろう。次第に両者無言になっていき、女性のメンタルがそろそろ砕け散りそうになったところで少年が助け舟を出した。

 

「……出来ますよ」

「マジで!?」

 

 それを聞いた女性の顔がとても嬉しそうになると同時に、心の耐久値もギリギリのところで回復した。

 

「ええ、でもさっき言ってたような物じゃなくていいんです?もっとこう……とんでもないもの要求するものだと思ってましたが……」

「いーのいーのっ!」

 

 なぜ女性がここまでうきうきとしているのかというと……多趣味な彼女の漫画アニメゲームその他諸々の『娯楽』に分類される知識の中では、もちろん好きなもの嫌いなもの多々ある。が、その中で取分け好きな物が『バイオハザード』である。

 別にゲームについて特別詳しかったりとか、プレイが凄く上手かったりとか、敵が話すスペイン語の空耳を集めた動画を小一時間見続けたりとかをするほどのガチ勢ではなく、ただ単に彼女はバイオハザードが好きなエンジョイ勢なのだ。

 それに彼女は操作するキャラクターより、敵であるクリーチャーの方がよっぽど魅力的に映るらしい。

 好きを優先してこれからの人生でトップクラスに大事になるものを決めてもいいのか不思議でならないが、まあ彼女がいいならいいのだろう。

 

「……ですが、さっきの願いはかなり大雑把過ぎます。もう少し細かいところまで具体的に言ってもらえたら助かるんですけど……」

「……言わなきゃダメ?」

「ダメ」

「どうしても?」

「どうしてもです。まあ、不明瞭な情報で作った能力でトラブルが起こっても、僕は責任取れませんから」

「……説明させて頂きますぅ……」

 

 さっきみたいな説明でもメンタルが爆音で危険信号を発していたのに、再びあの中二妄想をより詳しく細かくぶちまけたら確実に心が弾ける自信があったので、女性は説明を全力で拒否しようとしたが、流石に自分の命が関わってきたら話は別なのだろう。不本意を固めて作ったような表情で、しぶしぶと自分の欲しい能力について説明を始めた。

 そして十分ほど経ち、女性がある程度の説明を終えると今度は少年が最終確認としてオーダーをとったファミレスの店員のように欲しい能力について繰り返した。

 

「ふぅ……これでいいです?」

「……っはいっ……ぐすっ……!いいですぅ……」

「泣かないでくださいよ……僕だってこんな長いこと喋るのしんどかったんですから……それに、細かく設定してくれたおかげで僕もイメージを掴めました。だから貴女の恥ずかしい思いは無駄じゃないですよ」

 

 自分の妄想を他人の口からリピートされ、羞恥心のあまり顔を真っ赤にして泣き始める女性。なんだかいたたまれなくなった少年は背中をぽんぽんと叩きながら慰めの言葉をかける。

 

「えぐっ……うぐっ……」

「ほら、いつまで泣いているんです。もう能力も作りましたし、後決めることは任意ですし、それ終わったら転生ですから。もうひと頑張りして下さいよ」

「……その任意の事って……?」

 

 あと少しと聞くと、女性はごしごしと手で涙を拭ってその任意の事とやらの詳細を少年に問う。黒歴史となるであろう情報を知られた者から出来るだけ早く離れたいのかもしれない。

 

「ええ、せっかく転生……新しい人生を始めるんです。見た目や名前……変えたかったりしませんか?」

「……そうねぇ……まぁ、ここまで来たら妄想ぶちまけちゃいますか。見た目はそうだな……赤髪赤目で。出来れば上の中くらいの容姿にして欲しいかな……。名前は……うーん……骸牙……骸牙菌華でお願い出来る……?」

「ええ、お安い御用ですよ。そのように手配します」

 

 その要望に少年はこくりと頷き、さらっと了承した。その程度は神からしたらお茶の子さいさいなのだろう。

 

「あ、あぁ……ありがと……」

「……まだ何か不明な点など?」

 

 が、しかし、自分の要望にお安い御用と自信に満ち溢れた答えを返されてなお、女性は不安そうな顔をしている。

 それがあまりにもわかりやすく態度に出ているものだから、見兼ねた少年はつい女性にどうかしたかと質問をした。

 

「いやさ……私ってこれからいわゆる特殊能力を持って、僕のヒーローアカデミアの世界に転生するわけでしょ……?」

「ええ、その通りです」

「……私それの使い方とかもちろん知らないんだけど……いざ使う時どうすればいいの……?使い方はご存知のはず、とか言われても分かるほどの理解力は私には備わってないんだけど……」

「そこをなんとかアドリブで頑張れません?」

「もしかして実は死神だったりする?」

 

 この先のことを考えるとかなり重要そうな悩みを女性は打ち明けるが、それに対して少年は物凄く軽く端的に死刑宣告にも等しい言葉を女性に投げかけた。

 少年から結構どんぱちやる世界と聞いていた彼女からしたら、ちょっと遠回しに死ねと言われているようなものである。よく言われる言葉だが、やはりどんなものもいくら凄いものだろうが使えなければ意味がないのだ。

 

「違いますよ。もちろん冗談です」

「本当にか……?」

「……本当です。で、ちゃんとした質問の答えがあるんですけど……」

「おい待てい。お前今答えが出るのになかなか時間かかってただろ」

「いやかかってませんけど」

「嘘こけぜってーかかってたぞ」

 

 事実、少年は本当です、と答えるのに5秒ほど何も言わなかったのだが、彼はそれを頑なに認めようとせず、別の話題に逃げようとする。神のくせにやる事がなんとも小賢しいものだ。

 しかし女性も命に関わる事なので、流石に食い下がって少年を問い詰めていく。だが少年はすっとぼけ続け、目を明後日の方向にそらしていた。

 

「まぁそんなことは置いといてですね」

「置くな、今消化しろ」

「それで能力の使い方についてなんですけど」

「スルー?ここにきてまさかのスルー?お前この野郎……」

「転生した直後から、最低限の能力の使い方を知識として貴女の頭の中に入れておきますね」

「いいじゃん。気に入ったわ」

 

 もはやこちらの意見や言い分を全く聞こうとせず、1人で喋り続ける少年に女性がそろそろその頭に拳骨を落としてやろうかと考えていると、自分がついさっき彼にした、能力を使うためにどうすればいいか、という質問の答えがとても良い物だったので、つい怒りを忘れてそちらに食いついた。

 というか、彼女は自身の安全を守るためにそう彼に質問したのであって、最終的に自分が無事に生きていく何かしらの術を持てるのなら、少年が答えるのに時間がかかったかかってないなんて下らない過程はさして問題ではないのだろう。

 

「それは何よりです」

「……でもこれ……すげーご都合主義だよね……人の知識に介入とかどうなってんの……?」

「……詳しくは言えません。ただ言えることは、能力や容姿、名前などと一緒で、出来るサポートはやれるだけやりますよ」

「……ま、こっちは助かるからいっか」

 

 自分では到底わからない事象についてこれ以上深く考えるのが面倒になった女性は、早々に自己完結してこの事について思考するのをやめた。

 そして少年はその様子を見て、ようやく転生に必要な全ての行程を終わらせたと思い、最後の仕上げに取り掛かる。

 

「……さて、ようやく転生の時間です。最後に何か聞きたいことはありますか?

「はいはいはいはい一つありまーす」

「何でしょう?」

「……お前さ、言葉遣いとかコロコロ変わってたけど、多重人格か何かなの?」

「えっ……?あ、あ〜……あれはですね……」

 

 少年は転生についての疑問か何かを聞くかと思っていたが、まさか自分の態度の事だとは予想もしていなかったので一瞬戸惑ったが、特に隠すような事でもないのですぐにその質問に答え始めた。

 

「これは言いましたけど、最初の僕は舐められないように虚勢を張ってたんです。こんな見た目ですし、態度くらいは大きく……と」

「その結果あんな一部の性癖に刺さりそうなもんが出来上がったってのか」

「言い方が良くないです……で、あのなよなよした僕は、単純に頰をつねられたり怒鳴られたりで縮こまっちゃったんです」

「いやむしろそれで済んだだけありがたく思えよ。殺されたんだよこっちは」

「それに関してはすみません。……で、今の僕が素です。こんな感じでいいですか?」

「なーるほど……ま、大体わかったわ。じゃあもう聞くことねーよ」

 

 少年の性格の変わった理由を聞いて頭の中の疑問が無くなった女性は、スッキリとした顔ではよ転生させてくれと言わんばかりの態度を取る。

 

「それは何よりです。……では、始めましょうか……」

 

 少年もその態度を見て早々にこの話題を切り上げ、真剣な表情で両手を女性の方に向ける。すると、女性の足元が緑豊かな地面から、青と紫と黒をいたずらにかき混ぜてぶちまけたようなおぞましい色の何かに変わっていく。

 彼女の足がゆっくりとそのサイケデリックな何かに沈み始めているあたり、材質は泥や沼のそれだろう。

 

「……ねぇこの……何?これ何?このいかにも口にしたら頭弾け飛んで死にますみたいな色してるドロドロ何?」

「あぁ、それは転生するためのゲートみたいなものです。全身が沈んだら転生完了です」

「いや……どうせならもっと神秘的な感じに送り出してよ……めっちゃベタベタして気持ち悪いんだけど……」

 

 女性が興味本位でゲートを掬うと、手に収まりきらない分がこぼれ落ち、粘着質な音を立てて沼に着地する。そして同時に、女性はこのゲートに触れた事を心底不快そうな顔をして後悔した。

 温度は冷たくもなければ暖かくもない、一番気持ち悪い温度。重さはそれなり。質感は噛み終わったガムと泥を足して2で割った感じ。新しい人生の始まりとしては最悪である。

 

「あ、そういえば言い忘れた事いくつかあったんで伝えておきますね」

「それこのタイミングで言う?」

「すいません。で、その言い忘れた事というのがですね……」

 

 腰辺りまで沈んだ女性に今更言い忘れた事を伝えようとする少年。女性が突っ込むも、少年は軽く流して本題へと入った。

 

「まず、貴女の能力についてなんですが、多分真っ当な人間をやってたら動物ならともかく人の死体なんて手に入らないでしょう?サービスで30人分。転生した直後から出せるようになってます」

「え……あ……ありがとう……」

 

 少年から告げられた内容が予想していたことよりも悪くなく、それどころか良いことですらあったので少し拍子抜けしてしまう女性。しかし、人生楽あれば苦もあるもので、それで終わりとはいかなかった。

 

「次に、貴女は転生した瞬間から高校一年生です。設定としては小さな頃に両親が亡くなり、親戚の人に引き取ってもらってその歳まで育ち、親戚が海外に移住するタイミングで高校生になって、親の残した遺産で一人暮らしを始めた16歳……です。ちなみに高校の名前はさっき貴女も言っていた『雄英高校』。貴女はどうしても行きたかったその学校に見事受かり、入学した……という設定……もとい運命です」

 

 もう既に肩まで浸かっている女性に、もはや言う側も聞く側も飽きたであろう言葉「運命」口に出す少年。

 というかさらりと言ったが、16年を一気に短縮され、さらに行く高校まで決められているというのはどうなのだろうか。

 

「……え?いや……え?ちょっと待ってマジで言ってるそれ?」

「マジです。ちなみに入学には成功したけども、初登校の日に運悪く体調を崩し、後日改めて行く……という運命でもあります」

「いや嘘だろお前!?この状況で言わねーだろ普通!!今私首まで浸かってんだよ!?早よ言えやそれ!!死体の話ならともかくさ!!そうなるんなら色々あるんだよこっちにも!!心の準備とかよ!!」

 

 案の定、女性は最初に死んだと告げられた時のように声を大にして怒り始めた。まぁ自分の前世と来世をここまで引っ掻き回されたとなれば、怒るのも当然であるが。

 

「……実はその……もう一つあるんですけど……言い忘れた事……」

「……何?」

 

 怒鳴り散らしている女性を前に、おずおずと挙手しながらまだあった伝え忘れた事を言おうとする少年。女性はあからさまに不機嫌になりながら、その忘れた事について問う。

 

「えー……っとぉ……その……て、転生した日が、貴女が学校に登校する初めての日なので……ち、遅刻しないように──」

「間ァ置けや!!なんで転生直後に登校しなきゃいけねぇんだよ!!せめて1日か2日前に出せよ!!マジお前ちょっ……今度会ったら──がぼっ!ごぼぼぼっ!!……ごぶっ……!!」

 

 少年がすっかり縮こまりモードで話した内容にさらに怒りの炎を燃やして叫ぶ女性だが、タイミング悪く話している途中で全身が沼に沈み、意識がどんどん薄れていく。

 

「……今度会ったら……何だろう……」

 

 女性が全身沈んだことを確認して、再び手を前に出してゲートを閉じる少年。そして青空を仰ぎ見ながら、女性の捨て台詞にも似た言葉を反芻した。

 

「……僕のせいじゃあ……ないんだけどなぁ……」

 

 少年は、今度会った時は何かされる前に説明し直さなければと心に誓った。

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「……クソッ……ぜって……許さん……。……って、どおおおぁっ!!?何ここっ……!?え……!?どこ……。……いや待て……そういえば私の部屋なわけがねぇや……ま、しかし、いきなり知らない部屋ってのはびっくりするもんだな……」

 

 何やら寝言を呟きながらゆっくりとまぶたを開くと、そこにあったのはいつもの見慣れた部屋ではなく、全く見覚えのない部屋。

 汚れてはいないが特別綺麗というわけでもない。勉強道具がびっしりと並んでいるわけじゃないが、アニメのグッズなどがたくさんあるわけでもない。普通の女子高生らしい部屋だ。

 女性……もとい菌華が驚きながら凄い勢いで起き上がり、改めて自分の今の状況を把握する。

 彼女が寝ていたのはセミダブルほどのベッドで、ご丁寧に近くにある棚の上に目覚まし時計が置いてある。菌華はベッドに座り込みながら、さらなる新しい発見を求めてもっと部屋を見渡してみた。

 

「はぇ〜……生活に必要そうなものは一通り揃ってるなぁ……ってこんなことしてる場合じゃねえ!!部屋の物色は帰ってからだ!なんたって今日は登校日だからなちくしょう!!いつまでに登校すりゃいいか分かんねえから急ぐしかねえ!!えーと……制服どこだ制服どこだ……!探すぞ〜……!!っと、あったぁ!!多分これだよな!?多分!!」

 

 そういえばと自分のやるべきことを思い出し、ベッドから秒で降りると全力で制服を探し始める菌華。あらゆる所を探し尽くし、クローゼットの中にハンガーにかけてあった制服らしき上下の衣類を引っ掴む。そして今来ているパジャマらしき衣服を全て脱ぎ捨て、クローゼットから引っ張り出したそれらを着る。

 

「……うし……!!制服は完璧……次はカバン……!!え〜……これだな!?うん!!中身もそれっぽいし!!ならこれで準備OK!!洗顔は妥協!!歯磨きは夜倍やる!!朝飯は外の空気!!っし、行くぜ!!」

 

 一周回ってなんかもう逆に楽しくなってきた菌華はハイテンションでカバンを持ち、自室を出てからまた周りを見回して、玄関を見つけるとそこに真っ先に向かっていった。

 

「オラもう私は止まらんぜ!!おはようございます!!」

「えっ……!?あ……おはよう……ございます……」

「は……?……〜〜〜っ!!?」

 

 菌華が新しい世界に向けて精一杯のおはようを告げたと思ったら、たまたまドアの前を歩いていた人と鉢合わせになり、その人に向けて言ったようになってしまった。

 おそらく初対面であろう、緑色のくせ毛とそばかすが特徴的な大人しめの男性は、かなり驚いた様子をしながらも突然の挨拶に律儀に返事を返した。

 だが一方で菌華は、あれだけ止まらないなどと豪語しておきながら、顔を真っ赤にして完全に停止している。

 男性の方もこれ以上何をどうすればいいのか分からず、止まっており、ただただ嫌な静寂が流れていく。

 

「……ってあれ?その制服……もしかして君も雄英の生徒……?」

「……え?君も……って事はあなたも……?」

「うん、僕も……ほぼほぼ運が良かったから受かったようなもんだけど……」

 

 しかし、男性の方がこの静けさを打ち砕いた。

 菌華の着ている衣類を指差して、そんなことを聞いてくる。菌華が逆に質問を返すと、男性はあははは……と苦笑いしながらそう答えた。

 

「私も……まぁそんな感じかなー……。……私は……骸牙菌華。死体の骸に、牙で骸牙。ウイルスの菌に華やかの華で菌華」

 

 そんな事を呟きながら、ここであったのも何かの縁と自己紹介を始める菌華。一瞬なんて名乗ればいいのか迷ったが、この世界での自分の名前を思い出し、指で漢字を空書きして男性に見せた。

 

「へ〜、いい名前だね。あっ、僕は緑谷出久。緑に谷で緑谷。出るに久しいの久で出久。緑谷って呼んでくれたらいいかな……えーっと……」

「菌華でいいよ、緑谷くん。今日からよろしく」

 

 同じく空書きで名前を教える緑谷。しかし、自分の呼び方は言ったとはいえ、菌華のことはどうやって呼べばいいかと迷っていると、菌華が手を差し出しながらフォローを入れた。

 

「あっ……こっ、こちらこそよろしくっ……菌華さん……」

 

 緑谷はがちがちになりながらもその手を握り、恐る恐る菌華の名前を呼んだ。

 女子を下の名前で呼んだことなど久しくないので慣れていないようだった。

 

「いや、さんは柄じゃないよ」

「えっ……じゃ、じゃあ……菌華ちゃん?」

「うん。それがいいな。ハイ、ヨロシクゥ!」

 

 すっかりテンションが元どおりになった菌華は、ちゃん付けが気に入ったのか握った手をぶんぶんと上下に振りながら再びよろしくと緑谷に伝える。

 

「えっと……自己紹介も終わったし……向かおっか?」

「あっ!そ、そっか!時間って大丈夫……!?」

「ん?全然大丈夫だよ!余裕持っていけるよ!」

「な、ならよかった……安心して行ける……!」

 

 緑谷の発言を聞いて菌華もそういえばと焦って質問するが、遅刻しないという情報を聞き、ほっと胸を撫で下ろした。

 そして緑谷の手を離すと、右手を真っ直ぐに伸ばして額に当ててまるで敬礼のような仕草をとって一言。

 

「では、道案内よろしく頼んます!」

「え……!?う、うん……いいけど……入試行ったんだったら場所知ってるんじゃないの?しかも初登校日今日じゃないし……」

「え……あ、あ〜……!それがさ……入試は行ったんだけど……実は登校すんの今日が初めてでさ……。入試受けた次の日くらいに思いっきり体調崩……いや、頭を机に強打してちょっと飛んじゃったんだよね、記憶……だから覚えてなくて……」

 

 何気なく言った発言から生じた矛盾を指摘され、慌てて少年に言われた設定を多少のアドリブ混ぜつつ説明する菌華。順応力は高い割に、転生したという自覚があまり無いようだった。

 

「(……どうだこれ……?行けるか……?いや私なら金積まれても信じないようなこのクソザコシナリオじゃあ流石に無理か……?)」

 

 菌華自身も言っておいて本当に信じてもらえるのか心配になり、少し冷や汗をかきながら緑谷の返答を待つ。確かに「忘れた」や「記憶にない」は状況によっては秒で嘘だと断定されるくらい信用性に欠ける言葉だ。

 それにこんな不信の念に拍車をかけるような怪しさ満点のシナリオでは、菌華の不安も仕方ないと言える。

 

「……なるほど……!そんな事情があったから登校日にも来れなかったんだね……!そういうことなら任せて!案内するよ!」

「(……うしっ、乗り切ったぜっ!まさかこれで信じてもらえるたぁ思ってなかったけど……まぁいい!終わり良ければ全てベネ!全くちっともノー問題!!……とか自己暗示しないと危うく緑谷くんに「もしかして壺とか買っちゃうタイプ?」って言っちゃいそうだ……)あ、ありがとー!いやー助かるわマジで!」

 

 一縷の望みにすらかけていなかったのに、すんなりと受け入れられて戸惑う菌華。

 とんでもなく失礼な本音を建前で隠しながらも一応お礼は言った。

 

「いいよお礼なんて……!ほら、行こう!」

「う、うん……!」

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「……あ、着いた。ここが雄英高校だよ」

「……いや……デカくない……?マジに学校なの?ここ……」

 

 緑谷と駄弁りつつ通学路の説明をしてもらいながら、特に何のトラブルもなく無事、雄英の校門に到着した菌華。目の前にそびえ立つ余りにも巨大な学び舎に圧倒され、少しボキャブラリーが貧困になっている様だった。

 

「うん。中もかなり広くてね、初めはクラスを探すのとか大変だったよ……」

「そりゃあだろうね……って、そうだ!クラス!!私自分のクラス知らな……じゃねえ忘れたんだけど!!」

「えっ……!?そ、それは流石に……案内しきれないかな……」

 

 緑谷の話を聞いていて思い出した……というか正確には思い付いたと言うべきか。ともかく、菌華が自分のクラスを知らないと慌てて騒ぎ始めた。

 それを聞いて、そこまでは無理だと申し訳なさそうに断っておく緑谷。元々はあの少年の説明不足と菌華の確認不足が招いた事で、彼が申し訳なくなる必要はどこにも無いのだが。

 

「大丈夫私もそこまでご厄介になろうとか思ってないから!!むしろここまでありがと!!じゃ!私はこのクソほど広そうな校舎を駆けずり回って関係者の方に聞いたりしてクラス探すから!!」

「いやいや!全然大丈夫じゃないよ!やめといた方がいいよそれ!!逆に遅刻しちゃうよ!?」

 

 超早口でお礼とこれからの予定を言い、見切り発車で走り去ろうとする菌華を全力で引き止める緑谷。早速ご厄介になっている。

 そんな実に合理性の欠くやり取りを見て、口を出す者が1人いた。

 

「登校日に来れなかった生徒がいるからと校門の前で待っていれば……緑谷。なんでお前もいるんだ」

「え……!?あ……ご、ごめんなさいっ!」

「……ねね、緑谷くん……この小汚い人……誰……?ホームレスの方……?」

 

 校門の側に立っていたくたびれた感じの小汚い男が2人に話しかけてきた。まるで手入れされていないぼさぼさの黒い長髪に、剃らずに放っておいたであろう無精髭を蓄えているので、初対面なら菌華の認識も間違ってはいないと言える格好だ。

 しかし、一見とても不健康そうではいるが、よく見ると結構引き締まった体をしている。それに首の周りに布のようなものを巻いており、ただのホームレスという雰囲気はしない。

 菌華が小さな声で緑谷に質問すると、同じく小さい声で答えが返ってきた。

 

「せ、先生だよっ……!!」

「先生ぃ……!?この……なんか……あの……合理性を突き詰めて辿り着いた結果みたいなこの人が……!?」

「……聞こえてるぞ」

『うひぃっ!?』

 

 こそこそと2人で話していたところに話の種である男からの返答が来たことで、びくりと震えながら変な声を出す緑谷と菌華。

 

「……まぁいい、緑谷。とりあえずお前は話してる暇があればさっさと教室に行け。いいな」

「は、はいっ……!じゃ、じゃあまたいつかね!菌華ちゃん!」

 

 男が校舎を指差しながらそう言うと、菌華に別れの挨拶だけ残して、緑谷は男に言われた通りに校舎の方に走っていった。

 

「……さて、早速だが君はこっちだ。ああ、後これ。更衣室もこっちにあるからこれにさっさと着替えて」

「え……あ……はい……」

 

 男は菌華に体操服のようなものを手渡すと、ついてこいと言わんばかりに手招きし、歩き始めた。よくわからない展開を前にとりあえず流れに乗っておく事にした菌華は、質問などは特にせずに男についていった。

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「よし、着替えたな。じゃあ一日遅れたが、君の『個性把握テスト』を行う」

「……個性把握……テスト……?」

 

 体操服に着替えて早々、聞きなれない単語に首を傾げる菌華。名前からしてどう言うことをするかとかは多少分かるのだが、なぜやるのかと言う部分で疑問を持っているようだった。

 

「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈、中学の頃からやってるだろ?”個性”禁止の体力テスト」

「(……最後にやったのいつだっけな……4年前くらいか?個性禁止って言われてもそもそも使えなかったし……)」

「……おい聞いてるか?」

「えっ……あっ、すいません……!聞いてます……」

 

 男の説明を聞き、少し昔のことを思い出す菌華。そんな彼女の様子を見て上の空になっているとでも思ったのか、男は少し苛立った雰囲気で注意をする。

 だが考え事をしていただけで頭には入っているようで、菌華は聞いていると答えた。……が、しかし、

 

「……いいか?俺は君が1日遅れて来たから、一度で良かったことを君一人のためにわざわざ二度目を説明してるんだ。そういう立場なんだからもっと真剣な態度で聞け。あと、俺は同じことを言うのが嫌いだから、三度目を言わせるなよ」

「……はい……ホント……すいませんでした……気を付けます……」

 

 朝のテンションは何処へやら。すっかり俯いて男に謝罪の言葉を呟き続ける菌華。

 そもそも、彼女が一日遅れた理由は、ただひたすらに理不尽な運命のせいなのだが。そんなファンタジーやメルヘンにすら通用しなさそうなストーリーをただでさえ苛立っている先生に向かって言った日にはもう、怒られるを通り越してとびきり哀れみを込めた視線を送られるのは火を見るよりも明らかだ。

 つまり彼女は特に聞きたくもない説教を自分の今後の体裁を守るためにじっと我慢して聞いているのだ。二度目の人生初日で担任に狂人扱いされるリスクを考えれば、このくらいならどうって事ないのだろう。

 菌華が心から反省していると分かったのか、あるいはただ単に早く終わらせたいだけなのか、どちらかはわからないが男はやれやれと言った感じで話を次に進めた。

 

「……まぁいい、とにかくだ。今言った8種目の事を”個性”使ってやってもらう。まずは50m走からだ。時間を取った分早くやれよ。あと、君の出した成績がクラス統計で最下位だった場合、除籍処分とする。では、始め」

「ちょいちょいちょいちょいっ!!えっ!?今……えっ!?すいませんちょっと待ってください?今聞き間違いじゃなければ除籍処分とか言うおおよそ入学初日に聞くことが無いような物騒極まりないワードが私の耳に入ったんですが……?」

 

 男は事も無げにスマホの様な機械を持ちながらそう菌華に告げた。早くやれと言う部分までは彼女も納得いっていたのだが、どうしてもその後の言葉が理解出来ず、自分の耳がおかしかったと言う可能性にかけて男に聞き返した。しかし……

 

「……二度言わせるなとさっき言ったはずだ……。いいか?生徒の如何は先生の”自由”。これが雄英高校ヒーロー科だ。見込みがない者に座らせるイスは無い。ヒーローになるんだったらこの程度の逆境は覆してみせろ?"Puls Ultra"。全力で”イス”を獲りに来い」

「……〜〜〜っっ!!!……っわかりましたっ……!!」

 

 菌華自身も気付いてはいたが、やはり先ほどの言葉は聞き間違いや幻聴の類ではなく、しっかりと男が発した現実だった。

 それを改めて突きつけられ、理不尽への怒りか、あるいは焦燥感か、とにかく行き場の無い感情にただ歯噛みをするだけだった。しかし、男から自分に与えられている選択肢の中にNOやいいえは無い。

 菌華は覚悟を決め、男にイスを獲りに行くと答えた。

 

「……よし、じゃあ始める……前に一つ聞く。準備は出来ているか?」

「へ……?」

 

 自分のこれからを左右する試験が始まると身構えたが、あれだけ合理性と効率を求めていた男が自分から横道にそれるようなことを聞いてくるとは思っておらず、菌華は間抜けな声を出した。

 

「だから……準備は出来ているかと聞いたんだ。俺は君の今出せる全てを見なければならない。これは君にとっても悪い話ではないはずだ。こちらには入学前に送ってもらった個性届で君の個性は知っているが……君がもし個性を発動する上で準備を必要とするクセ(・・)なんかがあるならやってもらった方がいい。今の状態で除籍を確実に回避できる成績を出せそうか?」

「え〜……あ〜……む、無理だと思います……」

「じゃあ今すぐ取りかかれ。さっさと終わらせろよ」

「は、はいっ!」

 

 まさかの展開に驚きながらも、願ってもいなかった自身の個性を試せる時間が出来たことを菌華は素直に喜んだ。男は菌華の全力を見なければいけないから、と言うが、おそらく彼なりの優しさなのだと思う。

 菌華は彼に心の中で手を合わせて感謝すると、言われた通り早速準備に取り掛かった。

 

「(……わかる……。どうやってウイルスを出すのか……どうやってそれをクリーチャーにするのかが……本当に15年間使ってきたかのように……手に取るようにわかる……!)」

 

 転生前に少年から知識として貰った個性の使い方。それを駆使して、試しに菌華は上に向けた手のひらから黒いカビのようなものを放出した。

 

「うお……!マジで出た……!!これが『T-ウイルス』か……。私のは死体にしか感染しないとはいえ……ヤベーもんが今私の手のひらの上に乗っかってんだよな……」

 

 正直ちゃんと個性が出るのかどうか、菌華は自分の目で見るまでは半信半疑だったのだが、手のひらから何かが抜けていく感覚と同時に現れたそれを見て、ちゃんと自分も超人になっているという驚きと喜びを噛み締める。

 と、同時に。人に感染しないとはいえ恐ろしいパンデミックを起こしたウイルスが自分の意のままに扱えると思うと、かなりの恐怖と覚悟もその心に芽生えた。

 

「んで、えっと……ゾンビの出し方は……こうか……?」

 

 気を取り直して準備を再開した菌華は手順に従い、まずは大量のウイルスを前方の地面に放つ。そしてそれらを操り一点に集中させ、一つの黒いウイルス塊にした。

 次にその塊を多少歪な人型に変形させると、人型に意識を強く込める。すると、人型の足と思わしき部位が本当の人の足へと変わる。

 菌華は足から順にどんどん上の方へと塊を変化させて行き、最終的には人型の黒い部分を全て消して、代わりに少年から貰った女性の死体に置き換えた。

 

「……これは……出し方ってより作り方だな……。もう少し素早く出来れば出したように……見えるか……?。て言うかなんで服まで出てきてんだ……?そもそもこいつ今のままで動くの?」

 

 自分の分からない事が一つ、二つ、三つと瞬く間に増えて行き、参ったな、と頭を抱える菌華。しかし、背後から感じる強烈な視線が頭と手を止めるな、と訴えかけてくる。

 慌てて菌華は直立不動でいる目の前のゾンビにアプローチをかけた。

 

「……お〜い。起きろ〜?」

「……ん……あぁ……はい……?」

「あぁ……よかった。ちゃんと起きたな」

 

 まずは無難にと声をかけながら頰を軽く叩いてみると、菌華が思っていたよりも早くゾンビの意識は覚醒し、彼女に返事をした。

 その早さに少々驚きもしたが、遅くなるよりは圧倒的に良いので素直に安心し、ため息をこぼした。

 

「えっと……貴女は……」

「ごめん。説明してる時間はないんだ。諸事情あって君には今から進化して貰うけど……異論無いよね?」

 

 戸惑うゾンビの肩に手を置き、不気味なほど屈託の無い笑顔を浮かべながら既にほぼ決定している感じで話を進める菌華。聞き方からしてそもそもゾンビに選択肢を与えていない事がはっきりと分かる。

 

「え……?いきなり何を……」

「OK、オーダー通りたった3分で君を強くして差し上げよう」

「ちょ……!?私まだ何も言ってないんですけど……!!」

「えーと……?まずウイルスを液状化させる……こうか……?ああ出来た出来た」

「話聞いてます!?」

 

 ゾンビの意見どころかもはや言葉すら無視して、先ほどゾンビを出した時のように頭の中に入っている知識通りに事を進めて行く菌華。

 彼女の頭にはゾンビの使い方マニュアルはあっても、話し合いという概念はおそらく無いのだろう。

 

「次に……それを進化させたい対象に過剰摂取させる……?よし、まぁ九割方理解した」

「……一応聞くんですけど……コップとかありますか?」

「あ、飲んではくれるんだ。で、コップだっけ?」

「はい……コップ……」

「ねぇな。諦めて(じか)だ」

 

 既に自分の話を聞かないと理解したゾンビは進んで液状化ウイルスを飲む姿勢を見せ、せめて容れ物から飲みたいと要求するが、菌華はそれを無慈悲に断る。

 もちろん無いものは無いで仕方ないのだが、もう少しオブラートに包んだ言い方は出来なかったのか。

 

「……手から?」

「手から」

「……直で?」

「直で」

「……拒否権はあります?」

「ないです」

 

 そう言って菌華はゾンビを押し倒すと馬乗りになり、液状化ウイルスの滴る手を彼女の口目掛けて突き出した。

 ゾンビは間一髪でその手を受け止め、これ以上絵面がとんでもない事になるのを避けた。

 

「うわぁああぁあっ!!やめてくださいよちょっと!!」

「抵抗すんじゃねえ!!何が嫌なんだ言ってみろよほら!!」

「逆に何が嫌じゃないと思ったんですか!?そんなちょっと特殊なプレイ好きな性癖なんて持ってないですよ私!!他の人を進化させてあげればいいじゃないですか!!第一、直で飲ませる必要多分無いですよね!?」

「また別のやつ呼ぶ時間が勿体ねぇ!!あと直は素早そうだろ!?生ハムだってそう言ってる!!だからお前が嫌でもこっちにゃやる理由があるんだよ!!お前が進化するんだよ!!」

「やだぁああぁっ!!いきなり名前も知らない人に手から何かを飲まされるなんてやだぁあぁっ!……あっ、そうだ」

 

 まるで暴漢とそれに襲われている少女の様なやり取りをしていると、唐突にゾンビの方が何かを思いついた。

 

「んむっ!ん〜!!」

「何……!?小癪な……!!」

 

 ゾンビは唇を硬く閉ざし、加えて両手で口元を隠した。その行動に菌華は、心の底からではないが鬱陶(うっとう)しそうな表情を浮かべる。

 子供が苦手な物を親に無理やり食べさせられそうになっている時によくやる奴なのだが、中々どうして効いているようである。

 菌華のその表情を見て、ゾンビは勝ったとばかりに余裕そうな顔をした。

 

「……なんちゃってなぁ……!」

「むぐ!?」

「さっき私はさぁ……過剰『摂取』って言ったんだぜ……!飲ませようとしたのは進化するのが一番速い方法……。要は体内に大量のウイルスを取り込めれば良いんだよ……!」

 

 形勢逆転とばかりに今度は菌華の方が余裕のある顔をしながら、ウイルスまみれの手を構える。

 そして……。

 

「口が嫌なら皮膚からだオラアアァァッ!!」

「ん”〜〜〜っっ!!?」

 

 口を塞いだままのゾンビに顔面に手のひらに貯まったウイルスをぶちまけた。それらは彼女の顔とぶつかると弾けて、墨汁のような真っ黒な飛沫が辺りに飛び散るが。ゾンビの顔に付着したウイルスは不思議な事に、その死人にふさわしい不健康な肌に染み込んでいった。

 

「あ〜これじゃ足りんだろうな……って事で追加〜」

「ん”むぐぅううぅっ!!」

 

 だばだばと壊れた蛇口のようにウイルスを垂れ流し続ける手のひらをゾンビの顔の上に配置し、もはや水攻めと呼べるくらいの行為をする菌華。

 一方水攻めをされている側であるゾンビの肌はどんどんウイルスを吸収し、それに伴って彼女の腕や脚は長く太く筋肉質に。女性の象徴でもある膨らんだ胸は硬く平らに。少しずつであるが変形して行く。

 

「ほれ、おそらくもう少しだから辛抱しろ〜?」

「むぐうッ……!!グッ……ゴ……っ!!」

「おっと、結構キてるな。大丈夫か?」

 

 ゾンビの声が驚きなどの感情を表すものから、明らかに進化による負荷に悶える声に変わってもなお、ウイルスの投与をやめない菌華。

 だが少しでも心配する辺り、菌華も人としての情を完全に失った訳では無さそうだ。

 まぁやってる事は半ば拷問みたいなものなのだが。

 

「……さて……出来た……かな……?」

 

 先ほどウイルスを投与する際に馬乗りになっていた菌華だったが、進化した姿をちゃんと確認するために降りて、ただのゾンビ……だった者を見下ろす。

 今やあの女性らしい華奢な四肢は見る影もなく、代わりにあるのは真っ赤な血管の浮き出た丸太のような四肢。並の人間なら本気で殴れば一撃で()れそうだ。

 そして、元ゾンビにはまだ他にも特徴的な部分がある。

まず、頭髪は全て抜け落ちており、見事なスキンヘッドが出来上がっている。しかも、その頭を支える首もまた四肢同様極めて太い。

 もちろん、体格もその四肢や首に恥じないものであり、一見しても3メートルに迫る巨体である。

 更に右胸からは心臓が露出していて。それがまるでなんでもないかのように外に飛び出したままどくどくと脈を打っていた。

 だが極め付けはなんと言っても左腕だ。右腕と違い、拳や指は見受けられず、代わりに馬上槍のような鋭く長い爪が5、6本生えている。どう見ても武器だ。

 以上の点を踏まえた、ゾンビよりも遥かに人間らしからぬ化け物が今、菌華の手によって誕生してしまった。

 

「……すみません……私は一体どうなって……」

「こっちもごめんなんだが、さっきと同じように説明してる時間はないんだ。後でじっくり説明するから今は戻っておいてくれ。『タイラント』」

「ちょっと!またですかぁアァァぁあ……」

 

 菌華はまた質問をしようとしたタイラントと呼ばれた元ゾンビを無情にも話を聞かずにウイルスに戻すと、慌てて男の方に全力で戻る。

 

「すいません……えっと……あ、先生!やっと終わりました!!」

「……やっとか……遅い。8分47秒だ。次からは5分以内に終わらせるように。さて、準備も整った事だ。今度こそ始めるぞ。さっきも言ったが50m走だ」

「(測ってたのか……)りょ、了解です!」

 

 菌華が準備が終わった事を伝えると、男はポケットからストップウォッチを取り出し、かちりとスイッチを押して進んでいた数字を止めた。そこに出た時間を菌華に見せると、来いとばかり手招きしながら50m走をする場に案内した。

 

「さぁ、準備に時間をかけた分手早く行こう。今このタイムを計るロボを起動するから、それまでに準備体操くらいはしとけよ」

「(じゃあそのストップウォッチは何の意味が……)わ、わかりました……!えっと……準備体操……。って、待て待て……?この50m走は確か……個性使っていいんだよな……」

 

 心の中でそう突っ込みながらも、スターティングブロックの前で言われた通りに体操を始めようとする菌華。しかし、これは普通の50m走ではない事を思い出した。

 

「なら、私の脚を……タイラントの物に……!!」

 

 これもゾンビを出した時と同じように頭の中のマニュアルに従い、今度は内部から自身の脚にウイルスを集める。すると、菌華の脚がみるみるうちに膨らんで行き、先ほどの筋骨隆々なタイラントの脚に瓜二つ。というかタイラントの脚そのものに変化した。

 

「イチニツイテ……ヨーイ……」

「(先生に言われた通り……本気で行く……!!)」

 

 男が起動したロボがスタートの合図をすると、菌華もそれにつられて脚に力を入れていく。そして、パァン!と、小気味の良い音が鳴ると同時に一気に駆け出し、合図をしたロボの前を通り過ぎる。

 すると、ゴールした時のタイムをロボが計っていてくれた様で、機械音声でそれを伝えてくれた。

 

「3秒87!」

「さんびょ……!?や、やっぱ個性使うと凄いんだな……!!」

「驚いてる暇はない。次は握力だ」

「(あら……この世界じゃ……あんまり珍しくないのかな。この数字は……)」

 

 その結果を聞き、菌華自身もかなり驚いているのだが。男は間髪入れず、次の種目をやるために隣にある体育館に歩いていく。

 菌華はそんな事を考えながらも男の後ろに着いていった。そうして体育館に到着すると。

 

「これを使って握力を測るんだ」

「……これは……握力計……ですか……?」

「お前のいた中学では握力を測る時にそれ以外の物を渡すのか?」

「いや……そんな事はないんですけど……。あまりにも見慣れない形なもので……」

 

 着いて早々に男から手渡されたのは、なんだかごついデザインの握力計。少し前まで個性などない普通の世界で生きてきた菌華からしたらそれを見慣れないのも仕方ない。菌華は珍しいものを見る様に360度からその握力計をただひたすら見た。

 

「……おい、さっさとやれ」

「あっ……はいっ!ごめんなさい!!」

 

 その行動に男は再び苛立ちながら彼女を急かした。菌華は注意をされると慌てながら、今度は右腕にウイルスを集め、その身体に身体に不釣り合いな大きく太いタイラントの腕に変形させた。

 

「(本気……でっ!!)」

 

 菌華はその腕で握力計を持つと、50m走同様に男の言葉を思い出しながら本気で握力計のグリップの部分を握りしめた。

 すると、バギン!という何かが破損するような音が菌華の右手の辺りから聞こえた。嫌な予感がして、そっと握力計を見てみると……。

 

「……ごめんなさい先生……握力計、壊れちゃいました……」

 

 菌華の握ったグリップの部分が無残に砕けていた。彼女自身もまさか壊れるとは思っていなかったのか、とても混乱した様子で握力計を男に見せる。

 正直弁償云々より、この人に何を言われるかというのが一番菌華が怯えているところだった。

 

「……仕方ない……それはそこに置いとけ。ロボットに掃除させておく。それより次だ」

「えぇっ……!?そのっ……大丈夫何ですか……!?」

「いいから来い」

 

 また何か言われるのかと少し身構えていたのだが、何事も無くてつい拍子抜けする菌華。

 本当に良いのか……と思いながらも、早々に次の種目に移ろうとしている男に言われるがまま、壊れた握力計をその場に置いてまた彼の後ろに着いていった。

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「……よし、次はボール投げだ」

「はぁ……はぁ……はいっ……!!」

 

 握力を終えた後、菌華は第3種目の立ち幅跳びと第4種目の反復横跳びでそこそこな記録を出し、第5種目のボール投げに取り掛かろうとしていた。

 

「これをそこからあっちに向かって投げろ」

「わっ!……とと……!」

 

 男が投げ渡してきた不思議なボールを疲れからか、受け取り損ねそうになるも、地面に落ちる前になんとか両手でキャッチした。

 知識があるとはいえ慣れない事をしたせいか、菌華の表情にはかなり疲れが出ている。先程ボールを取り損ねかけたのも良い証拠だ。

 

「よォし……!!それじゃあ……!!」

 

 しかし身体は疲れていてもやる気はあるようで、男の指差した位置に着くと再び右腕を変形させ、投球フォームに入った。

 

「1、2の……フッ飛べぇ!!!」

 

 そして、1、2の3で投げる……と思いきや、3と言う代わりにおおよそ女子高生の出してはいけなさそうなドスの効いたかけ声をあげて手に持っていたボールを彼方へと投げ飛ばした。

 少しすると男の持っている機器がピピッと鳴る。どうやら今のボール投げの結果が出たようだった。男はそれを見ると、何故かため息をついてから菌華に結果を見せた。

 

「……はぁ……705.2m」

「あれ……もう少し……行くと思ったんだけどな……。使い慣れてないし疲れも出てんのか……」

 

 菌華はもはやこのくらいの記録には動じず、この世界では一般的な数字なんだろうな、と思う程度でしかなかった。だが、男から見るとこの数字は菌華とはまた違って見えていた。

 

「(……投げる時のバカみたいなかけ声もそうだが……この数値。偶然なのか、それとも……。彼女はあいつと仲は良くなるか悪くなるかは会わせて見なきゃ分からんが、どっちに転んでも面倒な事に変わりはない……)」

 

 男は先日、自分の担任するクラスに入ったある男子生徒の事を思い出していた。とてもインパクトの強い奴だったから印象に残っている。

 今男が頭を悩ませている理由は、まさに菌華と彼の相性についてだ。2人は全てにおいてとは言えないにしろ、共通点が結構ある。人によって違うだろうが、そういう奴らの大抵はとても仲が良くなるか、その逆かだ。

 共通の趣味があればそこから話が広がって親しくなる。これは割とある。だが同族嫌悪という言葉があるように、似ている者を激しく嫌う者もいる。

 男としてはトラブルは全力で避けたいので2人の気が合うことを切に願っているのだが、それが実現するのはとても低確率という事も認めたくはないが理解していた。

 なぜならその生徒の性格上、共通点のあるなしに関係無く菌華を滅茶苦茶に煽り倒して喧嘩に発展するまであるからだ。男は入学試験と個性把握テストでしか彼を見ていないが、彼の人となりはあらかた分かっていた。

 他人と仲良くする事からかけ離れた粗暴な者。男は雄英に入った事で変わっては行くだろうと思ってはいるが、現状の彼の評価はこれに尽きる。

 まぁ要約すれば、この2人の仲が良くなるなんてぶっちゃけありえないという事だ。良くなり過ぎても色々と不都合が出そうではあるが、悪いよりよっぽどマシである。

 男はこんな者達ばかりクラスに来る自分の不安を呪うと、もうこの事について考えるのはやめた。

 

「え〜っと……これで5種目だから……あと3つか……」

「……残りもちゃっちゃとやるぞ」

 

 これからこの2人を会わせなければいけないと思うと男は憂鬱な気分になるが、だからといって終わらせないわけにもいかないので嫌々ながらもテストを進行させた。

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「……終わっ……たぁああぁっ……!!」

 

 上体起こし、長座体前屈、持久走も立ち幅跳びや反復横跳びと同様にそこそこの結果で終わり、ようやく8種目のテスト全てをやりきると、菌華は地面だろうと構わず寝転がって思いっきり腕を伸ばした。

 

「まだ結果発表が残ってる。気を抜くな」

「あ、す、すみません……!(そっか……!これでもし良くない成績だったら……除籍……なんだよな……!!)」

「んじゃ、パパッと結果だけ言うぞ。昨日測ったクラスの結果やその順位は見る必要は無いと判断したので省かせてもらう」

 

 男に言われて起き上がると、このテストで今後の自分の生活が決まると言う事を思い出して心の中で覚悟を決める菌華。

 男が口を開き、何かを言おうとするのを見ると彼女の心拍数が途端に上がった。しかし自分は自分なりにベストを尽くしたと思い、じっと彼の口から結果を伝えられるのを待つ。

 

「君は最下位じゃなかった。したがって除籍もナシだ」

「……本当ですか?ウソとかじゃあ……」

「俺はつく理由の無いウソはつかん」

「……やっ……やっ──」

「まぁ、除籍するとかはウソだがな」

「たぁあああぁあっ!!?」

 

 予想以上にあっさりと伝えられて菌華は思わず男に真偽を確かめたが、本当に自分が除籍されずに済んだとわかると、大声で喜びを表そうとする。

 が、それを言い切る前に男から衝撃の事実もセットで伝えられ、歓喜の叫びが驚きに変わってしまった。

 

「君の全力を引き出すための……合理的虚偽」

「え……?ちょ……?それも本当……?」

「本当だ。さっ、そんな事より早く制服に着替えろ。クラスに行くぞ」

「えっ……?えぇっ……?……えぇ〜〜〜?」

 

 物凄い喜ぶタイミングを逃した事と、物凄い嘘をつかれていた事で、物凄く釈然としないまま菌華は男に急かされてまた更衣室に行き、制服に着替えた。

 

「よし、じゃあ着いてこい」

「……はい」

 

 不服、と言う感情を全力で表に出した表情で返事をしながら、菌華は男と校舎の方へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「……さて……後よろしくお願いしますね。”オールマイト”さん」

「……えっ!?せ、先生……!?」

 

 丁度昼休みの終わりの時間帯。菌華は男にまず職員室に連れて来られると、今度は目の前で座っているオールマイトと呼ばれた人にいきなり案内役をしてもらえる流れになっていた。

 突然の出来事に彼女が戸惑っていると、どうやら菌華を任されたらしいオールマイトという男が椅子から立ち上がり、男と菌華と向き合う。

 対面するとまず分かるのはその身長の高さだった。流石に人外であるタイラントと比べるとあれだが、それでも菌華の目にはこちらも十分人外レベルで大きく見えていた。

 しかし菌華は先ほどタイラントを見てしまっていたせいで、やはりどうしても身長や手足の太さにはそこまで驚かない。

 一番驚いているのは……顔だ。そう、顔。顔がふざけてんのかと言いたくなるレベルでアメリカンなのだ。ふと、菌華は横の男の顔を見てみる。そしてもう1回目のメリケン男の顔を見る。

 どう見ても違う。目鼻の位置とかそういうレベルではない。外国産のクソ厚いヒーロー物のコミックから飛び出てきました、と言われても肯定しか返ってこない顔だ。

 菌華はテストの疲れからか、不幸にもアメリカンコミックヒーローの幻覚が見えてしまっているのかと思い、一旦、目を擦ってからもう一度再確認してみる。

 元コマンドー以上に筋肉ムキムキマッチョマンのメリケン男がいる。もはやこれは現実だと認めざるを得なくなり、彼女は静かに観念した。

 すると、オールマイトとやらが口を開いた。

 

「……なぜいきなり私なんだい……相澤くん?」

「(こっちも今知ったのかよ!!)」

 

 どうやら菌華の案内役変更の件はオールマイト自体もたった今聞いたようだった。てっきり知ってる上でそう言ったのかと思っていた菌華は心の中で盛大に突っ込む。

 しかし、その突っ込みとは対照的に男……もとい相澤は静かに返答した。

 

「午後からうちのクラスで授業でしょう?俺がわざわざ連れて行くよりも合理的です」

「だからっていきなり言わないでよ……まぁいいけどさぁ……」

「(なんだよその仕草!!その身体でその仕草はどうなんだよ!!)」

 

 オールマイトは相澤の言葉を聞き、自分の人差し指同士をつつき合いながらそれを了承した。

 その良いガタイからは想像もつかない行動に、またまた菌華は心の中で叫ぶ。

 

「じゃあ俺は少し休憩を取りますが、最後に1つ言っておきます」

「ん、何々?」

「絶対爆豪と何かしらあると思うので、そっちの対処も任せましたよ」

「ちょっ……!相澤くんもしかしてそれがやりたくないから……!!」

「では」

 

 それだけ言い残すと、相澤はオールマイトの引き止める声も振り切って足早に去って行ってしまう。

 2人はそれをただ呆然と見送るしかなかった。

 

「行っちまったよ……ま、引き受けた以上はやるけどもね。む、授業までまだ少し時間があるな……ここらでお互い自己紹介でもしておこうか!君の名前はなんていうんだい?」

「え……あっ、む、骸牙菌華です!」

「OK、骸牙少女。ここにいるってことは相澤くんのテストを乗り越えたんだね。おめでとう!」

「あ、ありがとうございます……!せ、先生のお名前は……?えっと……おーるまいと……先生でいいんですか?もしかして外国の人……?」

 

 オールマイトは職員室の壁に掛けてある時計を見てまだ少し猶予があると思い、菌華と自己紹介を始めた。

 彼女が相澤のテストをクリアしたとわかると、オールマイトはそれを即座に褒める。フレンドリーでとても親しみやすいタイプの人間だ。

 その言葉に菌華は照れながらお礼を言うと、今度は彼女の方からオールマイトに名前を聞いた。

 

「えっ!?」

「っ!?」

「何……!?」

「えっ……?えっ……?」

 

 すると、周りにいた教師達が一斉に菌華をあり得ないものを見るような目で見た。

 その視線に当の本人は戸惑いながら何かまずい事でも聞いたのかと思い、焦る。

 

「あ、あ〜……!も、もしかして先生って結構な有名人だったり……するんですか……?」

「えぇっ!?」

「っっ!?」

「何ィ……!?」

「う、うぇえぇ〜……?」

 

 もしかしたらと思った菌華はそう聞いてみると、さっき以上に周りから奇異の目で見られ、もうどうしていいか分からなくなってしまった。

 

「……あ〜……なんていうかな……ってあれっ!?もうこんな時間じゃないか!!骸牙少女!そこらへんの説明はまた後でする!!とりあえず行こう!」

「あっ……は、はい……!」

 

 オールマイトがその質問の答えに困って不意にちらりと時計を見ると、もう午後の授業が始まる10分前だった。それに気付くと彼は慌てて菌華を連れ、すぐさま職員室を後にする。

 

「あ、骸牙少女。途中、クラスに行く前に少し寄りたいところがあるのだが……」

「私は全然問題ないです。でも授業が……」

「それならノープロブレム!なぜならこの用事のために私は授業開始の10分前に職員室を出たのだから!!……っと、ここだ。じゃあ少し待っていてくれたまえ」

 

 そうして2人で菌華のクラスに向かっていると、その途中でオールマイトが用事があると言い出した。

 菌華自身は特に今すぐクラスに行きたいという事は無いのでそれを了承すると、話しているうちにオールマイトの用事があるらしい保健室に到着していた。彼は菌華にドアの前で待っているように言うと、1人で中に入っていく。

 そして3分ほど経つと、ドアを開けて用事を済ませたオールマイトが出てきた。

 

「……なんです……それ……?」

 

 菌華は思わずそんな言葉を漏らす。そう、オールマイトには明らかに保健室に入る前と後で大きく違う点が1つあった。これを点や1つなどで評していいのかは微妙なラインではあるが、ともかく違う所がある。

 そう、それは服だった。先ほどのスーツ姿が嘘みたいな奇抜な格好である。服と言うよりかはヒーローの着る戦闘服と言った感じのデザインだが。

 まぁ似合ってるか似合ってないかと聞かれれば彼の姿にはとても合っている服である。正直格好いいとさえ思った。だが、それと疑問に思うか思わないかはまるっきり別だ。

 何故今から授業というこのタイミングでそんなマントまで付いているものを着るのか、そもそも今じゃなくてもあまり着なさそうな服ではないのか、菌華の頭の中にあらゆる疑問が出てくるがそれらを統計し、極シンプルに、それでいて一番聞きたい回答が聞ける質問の仕方をした。

 すると、それに返ってきたオールマイトの答えもまた、とてもシンプルだった。

 

「これかい?私の銀時代のコスチュームだ」

「……そう……ですか……」

 

 菌華は彼の言っていることの意味が全くわからなかった。シンプル過ぎてとかじゃなく、単純に言ってる意味がわからない。

 求めていたものとは遥かに違う答えに、菌華はもはやもう一度質問する気力すら失せ、仕方なくオールマイトのコスチュームを受け入れた。

 

「……っと、こんな話をしている場合ではない!生徒たちが待っているのだった!ハリーアップ骸牙少女!!」

「……はい……」

 

 素早く手招きして急かすオールマイトに、菌華は身体的ではなく精神的な疲れを感じた。

 クラスに着いてもいないのにこの調子だと先が思いやられると自分でも思いながら、せめてクラスメイトくらいは自分と同じ価値観を持つ人がいてくれと願って彼の後に着いて行くのだった。

 

 




イス取りゲームで昔痛い目を見て以来、少なくとも材質の硬いイスではやりたくない。

そんな事よりも、次回 2対2?いやいや32対2だよ もいつかリメイクするのでその時は見てくれたら嬉しいです。
ちなみにリメイクしていない今は2話と1話の繋がりがとても不自然なので1話だけ見る事をとても強く推奨します。
というか2話見ないで。
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