九月も終わり、十月中旬に差し掛かり、蝉の鳴き声も完全に消え、新たにスズムシやコオロギといった虫たちの音色が聴こえてくる。
そんな秋の気配を感じさせる音色や、肌にさわっと弱くそしてひんやりとした小さな風が吹く中、俺はある一人の彼女を待っていた。
「ひ、比企谷くん。」
するとソプラノの声音と同時に、後ろから服の袖をクイクイと引っ張られた。それに応えるように俺は後ろを振り向いた。そこにいたのは水色を主として椛が散らすかのように模様になっている着物を着た彼女の姿がいた。
その名は雪ノ下雪乃。容姿端麗。成績優秀者。学校一の美少女と言っても過言ではない。それが何故、俺と一緒にいるのかというと…付き合っているのだ。彼女と。簡単にいえば恋人関係である。あれ?あんまり言ってること変わらねーな。ま、とにかく俺の彼女ということになる。
「比企谷くん?何をぬぼーっとしているのかしら?」
「え、あ、いやっ…何でもないぞ。」
「…そう。まぁいいわ。で、祭り行くのではないの?」
そう。今日は祭りにデートをしにきたのだ。祭りといえば夏が定番という奴らも少なくない。だがしかし、夏だけではなく秋にも祭りが千葉にもあるのだ。ま、どこにでもあるだろうが。
そのおかげか、駅前には人と人とで埋め尽くされている。それに山車や屋台が並び、太鼓の囃子の音、山車を引っ張る人達の掛け声、そして祭りを楽しむ人達の賑やかな騒音。これらのおかげで夏祭りより賑やかになっているのではないかと感じる。
「んじゃ…行くか。」
「え、えぇ…」
そうやって雪ノ下と俺は並列して歩きだす。
だいぶ歩いたところで何やらものすごい視線とザワつきを感じた。その視線とざわつきの正体は…俺らのことを見る人達だった。
そりゃそうだ。誰が見ても美人だと思うやつと誰が見てもキモいと思うやつが並列して歩いているのだ。そりゃ、不釣り合いと思われても仕方ない。
「比企谷くん?何を先程からオドオドしているのかしら?」
「いやほら、視線が…ね?」
「視線?」
そんなキョトンとした顔で首傾けるなよ。可愛いから。
と、雪ノ下は周りを確認したあと腕を組み右手を顎に添えてまるで考える人かのようなポーズをとった。数秒間考えたあと何かを察したようでこう問うてきた。
「あなたまさか…私たちが周りの人達に見られているのを気にしているの?」
「いや…まぁはい。そうです…」
「はぁ…あなたって人はそうゆうの気にしないって思っていたのだけれど」
と、顎に添えていた右手をこめかみに添えて雪ノ下は深くため息を吐いた。
「いや…でもほら、俺なんかとお前じゃ不釣り合いに見えてるのかなって。第三者から見たら…」
俺は目線を逸らしながらそう応えた。今までにこんなことを思ったときが何度かあった。本当に俺は雪ノ下の彼氏でいいのか。許されるのかと。周りのことなんか気にしちゃいけないのだろうが、気にしてないっていうと嘘になる。そんな悶々とした考えを俺は密かに持っていたのだ。
「そう…そんなこと。」
「いやお前、そんなことって…」
「では、こうすれば良いのね。」
「……は?」
すると雪ノ下は俺の腕を両腕でがっしり抱きついてきた。て、ちょ、雪ノ下さん?何をやっているのかしらん?いくら慎ましい胸だからって柔らかい感触が…それにいい匂いするし。
「あの…雪ノ下さん?もうちょっと離れてくれると助かるんだが…」
「このままでいいでしょ。私も歩きやすいし。もしかして…嫌かしら?」
「いや別に嫌じゃねぇけど…」
「ならいいじゃない。このままで楽しみましょ?」
雪ノ下がこんな積極的になるのは初めてかもしれない。というか、上目遣いやめろ。頬染めんな頬。
「それにあなたが彼氏なだけで私は嬉しいもの。ふふっ」
「そ、そうか。」
そう言いながら雪ノ下は試すかのように俺を下から覗き込んだ。くっ…こいつ本当に良い笑顔してやがる。可愛いじゃねーか。クソっ。
そして俺は雪ノ下の手を優しく握った。多少雪ノ下はビクっとしたが直ぐに握り返してくれた。積極的になった雪ノ下には積極的になった俺で返さないといけないと思ったから。
それに、たまには俺を羨ましそうに見てくる奴らにわざと見せ付けるのも悪くないと…そう思った。
「なにか食べたいものあるか?」
「そうね…綿菓子食べてみたいわ」
「ふっ…」
「何を笑ってるのよ…」
「ははっ…いや、何でもないぞ。分かった。綿菓子だな。」
「…訳の分からない人ね。」
やはり雪ノ下と過ごす時間は…悪くない。