「綺麗だな…この景色」
「ええ。そうね…」
秋風が木の葉をさわさわと揺さぶっているのを耳にひやりと聞こえ、そして潮のにおいを含んだそよ風が吹く今日このごろ。
私は、奉仕部の部員である彼。比企谷八幡くんと千葉の海の浜辺に来ている。
それは何故か……。
それは、彼が『大事な話がある。ついてきてくれ。』と彼のほうから誘ってきたから。
最初は戸惑った。
けれど、その戸惑いは期待へと変わっていた。彼からのお誘いなんて今まで一度もなかった。だからか、余計に期待してしまう。
もし、もしかしたら…なんてあるわけがない。
彼ならきっと、私ではなく、お団子頭の可愛らしい彼女を選ぶだろう。いや、選ぶというよりふさわしいという言葉のほうが正しい。私なんかより、彼女のほうが…。
彼のそばにはいつも彼女がいて、支えていた気がする。
だから…今日はきっとその報告なのだろう。
だから、その報告を受けとめられるように、冷静に、心を落ち着かせて、いつも通りの私で、彼に聞いてみた。
「で、比企谷くん。大事な話とは一体なにかしら?まさか、周りに人がいないことを言い事に私を襲う気?通報するわよ」
「いや、なんでだよ。違うわ。え、ちょ、なにスマホだしてんの?やめてね?」
そう慌てる彼を見てるともっと揶揄いたくなる。誰に似たのか…って彼なら言いそう。
て、私が聞きたいのはこういうことじゃなく…。
「比企谷くん。私は質問したのだけれど…答えてくれないのかしら?」
「え、あ、そうだな…」
もう一度彼に問いかけると、彼は目をあっちへこっちへと移動させる。それはどこか動揺しているようで…。
そして、比企谷くんは深呼吸を二回やってからこちらを振り向いた。
そんな彼の顔は何かを決心したかのように見えた。すると、比企谷くんは先程の動揺の目はしておらず真剣な眼差しで私を見ていた。
あぁ…もう彼の答えを聞いてしまうのか。
分かりたくて、それでも分からなかった彼の答え。
それがとうとう彼の口から放たれる。
「雪ノ下…大事な話ってのは…」
もう止めることなんかできない。自分が、もっと素直になれてたら…。
「俺、好きな人ができたんだ。」
聞いてしまった。彼の口から。好きな人ができた…と。その好きな人は?と聞こうとは思ったけど、聞く必要なんてどこにもなかった。
なぜなら、その相手が誰かなんてもう知っているから。分かっているから。聞いてしまったら、自分が耐えられないだろうから。聞いてしまっても彼は私を優しく接してくれるのだろう。
「そ、そうなの。頑張るしかないわね。」
「んぁ…そうなんだよな。」
だったら私は…彼を、彼と彼女を応援するしかない。いつまでも、彼と彼女が好きな人同士でいられるように。
でも、一つだけ。たった一つだけ。聞きたいことがあった。聞いてもなにもないけど、何も起こらないけど、それを分かっていながらも聞いてみたかった。
「その…比企谷くんは、好きな人のどこを好きになったの…かしら?」
「そ、それ言わなきゃダメか?」
「それはそうでしょ。」
「そ、そうだな…そいつが困ってるとき助けたくなるんだよ。最初はそいつ自分でやるって言うんだけどでも、見捨てられないっていうか…それに偶に照れるときもギャップがあって可愛かったりするし…まぁ、そんな感じだよ。もういいか?恥ずかしいんだが…これ」
「…えぇ。充分だわ。」
こんな熱心に語る姿をみるのは初めてかもしれない。やはりそんなに彼女のことが好きなんだ。彼女には…到底勝てないんだと改めて自覚した。
「そんなに好きなのね。その好きな人が…」
「ま、まぁそりゃ…な。好き…だからな」
「さっさと告白しなさいよ。きっとその好きな人は待っているはずよ。」
これでいいのだ。
彼と彼女が幸せになれるのなら私はそれでいい。
そんなことを思っていた矢先、彼はまた決心したかのような目をして私の目を合わせてきた。
「そうか…分かった。んじゃ、いまここで言う。」
「…はい?」
この男は一体何をしようとしているのかしら。普通、直接本人の目の前で言うのではないの?まさかこの男は恥ずかしいからって電話とかメールでする気なんじゃ…。
しかし、この思考は彼が叫んだ一言でかき消された。
「雪ノ下雪乃さん。好きです!俺と付き合ってください!」
「………えっ。」
彼の言葉に私は驚いて腰を抜かして砂浜に尻もちをついて固まってしまった。驚きすぎたせいか砂浜のサクサクとした音も聞こえなかった。
彼が叫んだ言動に動揺を隠せない…比企谷くんが私のことを好き?…わけが分からない。だって彼は由比ヶ浜さんのことを…。
「あ、あなた本気で言っているの?」
「いや本気も何も…てか、何でそんなに驚いてるんだよ。あ、もしかしてやっぱり無理だったりする…か?」
「いえ、そうゆうことではなく…て、てっきり私、由比ヶ浜さんのことかと…」
「え、あぁ…そうゆうことか」
すると、鼻の奥がツーンと痛み、目の縁から涙が染みでてくる。その涙を比企谷くんに見られないように唇を噛み締めた。
だけど、比企谷くんは私と同じように座り込み、そして私が涙を我慢していることを見抜いたようで…。
「お、おい…お前なんで泣いてるんだよ」
「っ!!…な、泣いてなんかないわよ。」
「いや泣いてるだ」
「泣いてないと言っているでしょ。」
「はぁ…で、返事は?」
驚きすぎて返事もしていなかった。もう答えは決まっている。あとはそれを言葉にするだけ。
それなのに…たったそれだけなのに…それが出来ない。
今ここでYesと応えたら、彼女はどうなる。彼女の気持ちはどうなる。
「私は…全然構わないのだけれど…むしろ嬉しいというか…。でも、由比ヶ浜さんはどうなるの?あなた、由比ヶ浜さんの気持ちに気づいてないとは言わせないわよ。」
「由比ヶ浜なら大丈夫だ。昨日、由比ヶ浜から告白された。その時に俺には好きな人がいるって…言ったんだよ。」
「そう…そうなのね」
本当に馬鹿な人。大丈夫なわけがないじゃない。あなたの前では涙を見せるわけがない。
「本当に馬鹿な人…」
「ん?何か言ったか?」
「…いえ。何でもないわ」
いまそれを言っても彼女をもっと傷つけるだけだと思って私は彼に聞こえないようにボソッと息を吐くように言った。
そして彼女は彼女らしく比企谷くんにぶつかった。
そうなれば私も私らしく、比企谷くんにぶつからないと。本気で。本当の言葉で。
それがきっと、本物なのだから。
「んんっ…それで、返事なのだけれど…」
「おう。お前の言葉でいい。聞かせてくれ」
「私も…比企谷くんのことが好き。だから、私と…付き合ってください…!」
そう応えると、彼は顔を紅くした。それは沈みかける夕日のせいなのか。それとも恥というものから顔を紅くしているのか。
「あぁ。こちらこそ」
「…ふふっ。」
彼の対応が少しおかしく思えたのか小さく笑ってしまう。まったく…本当に比企谷くんはおかしい。
「てか、本当に綺麗だよな…この景色」
「ええ…そうね。本当に。」
私たちが今観ている景色、海一面に広がる茜色の光。それから斜陽が水面に金色の影をキラキラと落とす。そんな景色に目を奪われていた。そんな景色を観ながら私は比企谷くんの手を握った。彼は少々驚いたのか手をビクっとした。しかしすぐに優しく握り返してくれた。
小さい子供の手を握るように。妹や弟の手を優しく握るように。
これから私たちの景色はどうなるのか。どう色を塗られていくのか。どう色を塗っていくのか。
私たちの景色、情景を。そして、未来へ。
会いたい未来へ。