アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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波立ちて

 第9刃によって元第3刃が破られたのは、どの破面にも少なからず衝撃を与えた。

 数字が近ければそういう事もあると片付けられたが、最弱ではないかと疑われていたアーロニーロでは大金星である。

 その波を、藍染は事細かに観察していた。

 

「いや〜大どんでん返しやったですね。ボクてっきり、あのまま第9刃が変わるかと思うてはりましたのに」

 

 飄々と笑っているのに、それが上っ面だけと感じ取れてしまう市丸ギンは気さくに先程の戦いの感想を自分の隊長に話す。

 

「そうでもないよ、ギン。速さだけが取り柄の下級(ギリアン)が、中級(アジューカス)相手に奮戦した方だよ」

 

 ギリアンにアジューカスは大虚を区別する為の物であるが、藍染達は破面の実力分けにも同様に使用していた。

 ミッチェルの事をギリアンと言い、アーロニーロをアジューカスと言ったということは、少なくとも藍染にとってはこの度の勝敗は順当であったという事だ。

 

 

「あの子やっぱしギリアンでした?霊圧低い低いと感じてましたけど、ボクてっきり抑えてるだけかと思うてました」

 

 ギンは、第3刃に選ばれているのだから、それくらいやっていても不思議ではないと思っていた。だが、実際にはそんな事もなく、ミッチェルの霊圧は終始隊長格に届かない程度であった。

 更に、霊圧を消すという死神なら鬼道か特殊な道具を使用しなければならない事をアーロニーロの方がやったのだ。純粋な身体能力にしろ技術力にしろアーロニーロが格上と判断するのには十分すぎた。

 

「彼女の能力の希少性と汎用性は、あの座(トレス・エスパーダ)が相応しいと判断したまでだよ」

 

 能力だけは褒めた藍染の言葉に、ギンは笑みを深くする。

 

「藍染隊長、その言い方やと能力だけ(・・・・)が相応しかったみたいに聞こえますよ」

 

「ここまで直接言わなければ伝わらないかい? 彼女には言った筈だ『これからは、君では力不足』だと」

 

 藍染の言った「これからは、君では力不足」の意味は、第3刃としてではなく“刃”として力不足と意味であったのだ。

 しかし、その意味を正確に捉えた者はどうやら少なかったようだと藍染は笑う。

 

「しかし、彼女は役目を全うした。緩んでいた虚夜宮の空気を引き締める、その役割を」

 

 組織は腐敗するもの。その例に何が適しているかと藍染が問われれば、尸魂界の中央四十六室と答えたであろう。

 中央四十六室は、尸魂界全土から集められた四十人の賢人と六人の裁判官によって構成される尸魂界における最高司法機関だ。

 されども、藍染は本当にそうなのかという疑問しか湧かない。まず、尸魂界全土から集められたというのが疑わしい。中央四十六室の選別は秘密裏に行われるのは、誰であろうとも現行の中央四六室との対面が板を挟んでのモノから想像は難しくない。

 しかし、声だけ確認した限り四十六室の面々は老成している。賢人と言うのだから別に不自然ではないが、時として天才というのは生まれる。そういった者がこれまでいなかったのを罪人から話を聞いたことがあるが、誰一人もそれらしき声を聞いた者がいなかった。

 

 そこから、「中央四十六室は尸魂界の貴族だけで構成されているのではなのか?」と疑うのは当然であった。

 そもそも、賢人という判断基準などどう測るというのか。何かしら基準があるにしても、その調査は隠密機動・鬼道衆・護挺十三隊の実行部隊を総動員でもすれば不可能ではないだろうが、どれか一つにしてもそんな大勢を動員すれば何かしら痕跡はあってしかるべきだ。

 

 だというのにそういった物は一切無い。それに、決めるのは交代する者以外の中央四十六室であろう。

 

 昔は知らないが、少なくとも今は貴族の慣れ合いと化しているのであろう。傲慢で、そのくせ権力しかないからそれに縋り付く老骨ども。そう表現すれば、一番亡者に相応しい集団であろう。

 だいたい、実行部隊の力が上がり過ぎないように細心の注意を払ったり、個人が多大の戦力を得られそうになったら投獄が当然といった具合で、力を恐れるのだから賢人が聞いて呆れる。

 腐敗しても、護挺十三隊にでも反逆されれば容易く蹂躙されるのを解っているのだから、賢しいと言えば賢しいのだが……

 

 無能ではないのであろうが、自分が率いる破面がそうなるのは避けるべきである。安定しているが故に、中央四十六室とまた違った腐り方を、本来の役目を忘れそうなどこか弛緩した空気が虚夜宮内には漂っていた。

 そろそろ起爆剤が必要だろうとして、ミッチェルを第3刃から外したのだ。そして、その結果は予想通りとなった。

 第9刃(アーロニーロ)元第3刃(ミッチェル)を破るという結果に。

 

 これによって破面達に広がった波は二つ。喰われるという虚なら持ち得ていた根源的な恐怖を呼び覚ます。もう一つは、下剋上という気風。

 数字と戦闘能力がだいたい合っている“刃”において、1の違いでも壁があると感じている破面は多い。だというのに、アーロニーロその壁を同時に何枚もぶち抜いたのだ。

 

 “刃”で最も虚に近いと公言したアーロニーロがだ。

 

 自分でも、“刃”に成れるのではないのだろうか?その考えを諦めていた者達には、アーロニーロの下剋上は心を揺さぶられる物であった。

 消えかけていた闘争心を再び燃え上がらせるには、十分な起爆剤であったのだ。

 

 弛緩していた空気は嘘のように張り詰められ、それぞれが殺気立っているのが肌で感じる霊圧だけでもよく解る。

 戦闘における駒でしかない破面が、護挺十三隊の1つ―――戦闘専門部隊の異名を持つ―――十一番隊よりも殺気立つのは藍染にとって喜ばしい事であった。

 笑みを深くし、藍染は自分が意図的に作った流れを観察するのであった。

 

――――――

 

 アーロニーロ宮にて、アーロニーロは名目上だけの従属官に距離を置かれていた。

 理由は言わずもがな。アーロニーロが自分達、引いては敬愛する主たるハリベルを喰らおうとするのではないかという疑念からだ。

 

 されども、ハリベルはアーロニーロをまったく警戒せずにこれまで通りであった。

 ハリベルはよくアーロニーロの外出に付き合っていた関係上、アーロニーロの能力がどのようなものかは察していた。それでも、始めて会った時のような餓えた獣そのものになる事はあれ以来一度も無かった。

 だから、特には喰われるとの疑念は微塵も持ち合わせず、藍染から護衛を任されているのもあってアーロニーロを信頼しきっていた。

 その信頼は、ミッチェルを喰らった事に小言を漏らしても揺らぐまではいかない強固なものである。

 

 だが、アパッチ達はそうもいかなかった。割と軽く見ていたアーロニーロの実力がミッチェルを倒せるものの上に、名目上だけだろうとも仲間だろうが平気で喰らう奴だったのだ。

 何度か会えないようにとやったが、流石に無理と判るとハリベルを一人にしないようにするようにした。

 

「…済まないな、アーロニーロ」

 

 小さ目のテーブルを挟んで椅子に腰かけたハリベルは、まず三人の事を詫びた。この部屋に来るまでに、三人をなんとか押し切っての行動だ。その表情は多少影が差している。

 

「気にするな、気持ちは判る」

 

 下手に機嫌を損なえば、それが死に直結する問題ならアーロニーロも解らなくもない。自分に置き換えるなら、藍染の世話係にでもなったものだろうと想像し、背筋が凍る。

 

(確実に寿命が縮むな…)

 

 藍染は出した命令さえやれば特に問題なさそうであるが、東仙は嫁をいびる姑の如く口うるさそうである。藍染と正義を盲信するあの盲目が、アーロニーロはどうにも苦手であった。

 

「そう言ってくれると助かる」

 

 そう言いながら、チラリと扉を見てみると、しっかりと閉めた筈なのに僅かに隙間が開いている。三人が覗いているのが丸判りである。

 

「ハァ……」

 

 アーロニーロへの最初の印象が悪いのは判る。用事などないからか、まるで空気のような扱いでもあるようなきらいもある。一つ屋根の下にいるのに、まったくもって会話をしないのは不自然にすら感じるが、人の領域に自分からは入らないのが―――興味が無いとも考えられるが―――アーロニーロの姿勢なのだろう。

 それでも、自分を嫌っているのを一切隠さない三人にアーロニーロは良くしている方だ。それが当然だとしても、本当に空気として扱わないのだからマシなのだろう。少なくとも、受け答えをしているのは何度か見た。

 

「仲良く、するつもりはないのか?」

 

 歩み寄る気の無いアーロニーロに、警戒心バリバリの三人。その両方に思わずハリベルは零した。

 

「仲良ク? アレジャア無理デショ」

 

「そーゆーとこだけは気が合うじゃねぇかアーロニーロ! 今すぐハリベル様から離れやがれ!!」

 

 覗いていたのを隠す気がないのか、アパッチが勢いよく扉を開けて部屋に乗り込む。それに続いて、ミラ・ローズにスンスンも部屋に入ってくる。三対の目は、警戒心を隠す事無くアーロニーロを見ている。

 

「お前達、いいかげ…」

 

「いい加減にしろ!」 そう怒鳴りきる前に、アーロニーロがハリベルを手で制してやめさせる。

 

「お前等の言いたい事は判る。大方、ハリベルが心配なんだろ」

 

 ゆっくりと立ち上がると、アーロニーロは手袋を外す。

 

「ダケド、勘違イシテイナイカイ? 三人デ掛カレバ、時間稼ギクライナラ出来ルトカ」

 

 瞬間、アーロニーロの霊圧と姿が消えた。

 

「ッ! どこ行きやがった!」

 

 例え響転で高速移動しようとも捉えるようにと、三人の誰も瞬きなどしていない。だがしかし、アーロニーロはソレをあざ笑うかのように消えたのだ。

 

「ほぉら、首を刎ねられて今死んだ」

 

 後ろから聞こえた声に三人は思わず振り返る。同時に、皮を引っ張られて僅かであるが鋭い痛みが首から発せられるのを知覚した。

 触ってみれば、傷こそ浅いが五本の線になるように切られており、手で撫でるようにして切られたのが判った。

 

「ってめぇ…!」

 

 アーロニーロの指を見れば、見えにくいが指の腹の部分に『剣装霊圧』が棘の形で展開されており、それで切られたのが判る。

 

「コレガ実力ノ差ダヨ。何モサセズニ殺セル、ネ」

 

 勝負すらならない。それがアーロニーロと三人の実力差だと結果が物語る。

 その『結果』に、三人とも顔を歪める。一度はアーロニーロに完敗こそしたが、それは中級大虚と破面との差だと考えていた。ソレは、自らが破面化した事で、生まれ変わったと言っても過言でない力の上昇でより確かなモノとなっていた。

 

 だというのに、この体たらく。まるで変わっていないのではないか。

 

 完敗した時の事を思い出させる『結果』が、ソレを生み出した自身に胸からは怒りしか湧かない。

 

「クソッ…!」

 

 そのままアーロニーロに悪態なり罵倒でも浴びせ掛ければ、多少はその胸の内のうねりも静まったであろう。

 しかし、それは『負け犬の遠吠え』だ。負けたのに吠えるしかない憐れな犬に成り下がるつもりは三人には無い。そんな事よりも優先すべき事があるからだ。

 それでもアーロニーロを睨みつけ、その脇を通り抜けて3人は足早にアーロニーロ宮から出て行った。2度と、惨めな結果を出さなくて済むようになるべく。

 

「……」

 

「どういうつもりだ」という意味を込めて、ハリベルはアーロニーロを睨みつけた。

 

「名目上だけだろうと、あいつ等は俺の従属官だ。そこいらの破面と同じなのは許さん」

 

「だから発破を掛けたのか?」

 

「ソウダヨ」

 

 強くなるように促しているのはハリベルにも判った。三人とも自分の為に強くなろうともしているのも知っているのと、それが三人の自らの意志だから特に何かを言うつもりは無い。それを更に加速させるのに、アーロニーロが憎まれ役をやっているのも口出しすべきではないのだろう。

 しかし、それは形こそ違えどアーロニーロが犠牲になっているのではとハリベルは考えてしまう。

 

 別段アーロニーロは―――虚にしてはなどの前提が幾つか必要になるが―――悪人などではない。和気藹々としたのは想像が―――とてもではないが―――できないが、軽口を叩ける友人くらいにはなれてもおかしくは無い。

 だが、アーロニーロはそうなる可能性を捨てている。食事に修行と一人でできる事を一人でし、一応は従属官である三人の憎まれ役をやっている。

 

(寂しくは、ないのだろうか…)

 

 ふと、なんでも独りでこなしている姿にかつての自分が重なった。あの頃の自分のような虚しさは懐いてないだろうが、どうしようもなくアーロニーロは独りに見えた。

 

「そういえば、何か用事があったんじゃないのか?」

 

 ようやく席に着いたアーロニーロの言葉に、見えないであろうがハリベルは微笑んだ。

 

「ああ、次はいつ外に出るかを聞きたい」

 

「ソレナラ…」

 

(私が、近くに居てやれば良いだけだ)

 

 アーロニーロの話を聞きながら、ハリベルは一人で固く誓った。孤独を癒せるのは他人だけなのだから……


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