『
アーロニーロ宮を飛び出した3人は、そこに足を運んでいた。わざわざそんな場所にまで足を運んだのは、修行の為だ。
その修行は実戦あるのみで、適当な数字持ちを選んで喧嘩をふっかけるという傍迷惑なものである。しかし、それで大概の奴は食い付くのだから、全体的に破面が喧嘩っ早いのがよく判る。
「何か、何時もよりもピリピリしてないかい?」
「そうですわね。まるで…」
ケダモノが殺し合っているみたいに。スンスンがそう言い切る前に、アパッチが警戒している2人の態度を笑い飛ばす。
「ハッ、何だよビビッてのんか!?ミラ・ローズにスンスン!!」
2人の警戒を怯えと一笑し、睨みつける。
「それであたしらがやる事の何が変わるんだよ!!
適当な奴を見つけて、叩き潰す!それだけだろうが!」
殺気立ってるだけで、スゴスゴとアーロニーロ宮に戻るなどする気は無い。環境が多少違うだけで止めるつもりは無いだろうと、確認と叱咤でアパッチは振り返りながら怒鳴る。
「まるで、私達がサンドバックの様な物言いだな。アーロニーロ様の従属官」
「あぁ?」
アパッチが前に向き直れば、1人の破面が立っていた。
鳥の嘴を彷彿とさせる仮面。左目元におそらくは仮面の名残りである棘が生えている。仮面が剥がれているのはそこから上だけで、他は背中にまで伸びている。そちらはステゴサウルスのように板状の突起まである。
足の方は標準仕様の袴でどうやら人型だが、腕の方はそうではないらしく腰辺りまでマント状の上着を羽織っている。腕を組んでなければ、腕が短くても手首あたりくらいは見えそうである。
しかし、それらしい膨らみも見えないのところを見ると、腕自体が無いか人間とは違った形なのは間違いない。
「NO.17、アイスリンガー・ウェルナール。相手を探しているなら、我々が相手をしてやろう」
人を小馬鹿にしているのが声音で判った為に、3人は目元を吊り上げる。
「17って事は、最初期組じゃねーか。相手にならねぇだろ」
最初期組。まだ藍染が破面の斬魄刀を確立してない状態で破面化を行われた者達を指す言葉だ。
最初期組の多くは、虚の姿を色濃く残しているのと、斬魄刀を持っていないのが特徴で、その実力は軒並み低くなっている。
その常識を知っているアパッチは、ッシッシと野良犬でも追い払うように手を振る。
「貴様等、我々最初期組を嘗めているな…」
その態度がいたく気に入らなかったようで、アイスリンガーは露出しているコメカミに青筋を浮きだたせて痙攣させている。
「貴様の主たるアーロニーロ様も最初期組だろう」
最初期組でありながら“刃”に上り詰めたアーロニーロは出世株。その従属官の3人なら、殊更よく解っているだろうと引き合いに出す。
「で?」
「…は?」
それがどうしたと言わんばかりの態度に、思わずアイスリンガーは呆けた声で聞き返した。
「アーロニーロの奴が強いの知ってる。それが、オマエと何が関係あんだよ」
アーロニーロが最初期組であるのは3人とも重々承知している。だが、目の前のアイスリンガーの共通点などそれだけである。偶々1つだけの共通点を言っただけで、どこか偉そうなのは滑稽ですらあった。
「ついでに言っておくと、アーロニーロの所は私等にとって仮宿にすぎないよ」
「虚に近いと知能が低いと聞きますけど、どうやら事実のようですわね」
ミラ・ローズは主を主と思わない従属官としては失格な補足をし、スンスンはアイスリンガーに毒を吐きかける。
「ッき、貴様等ぁ…!!」
事実を突きつけられ、ついでと言わんばかり毒を吐きかけられたアイスリンガーの震えは青筋だけでなくなり、今度は肩まで震えて怒り心頭であった。
「アーロニーロ様に温情を向けられておきながら、その物言い!やはり貴様等は、アーロニーロ様の従属官は相応しくない!」
「だったら掛かって来るか!?だったら丁度良い!! さっきから何度も何度もムカつく奴の事を様付けで呼びやがって、ボコボコにしないと気が収まらないからなァ!!」
中指を立てて挑発するアパッチに、とうとうアイスリンガーはマントに隠されていた手を日の下に晒す。
現れたのは2つの腕にコウモリの羽の骨に見える2つの腕っぽいモノ。どれも痩せこけたように細く、簡単に折れてしまいそうに感じる頼りない腕。だが、その腕に付いている手は普通ではなかった。どちらの腕も指に当たる部分が異常に長く、腕と同じかそれ以上の長さがあった。
「さあ、躱し切れるか!? この『
異様な指先から放たれたのは虚閃でも虚弾でもない、アイスリンガーの霊圧より生成された弾丸。
前腕の指の数、左右合わせて10本。後腕の指の数、左右合わせて20本。計30の発射口による一斉射撃。怒涛の勢いで撃たれるソレは、反撃させる暇さえ与えずに殺す本気が見て取れた。
「連射段数108発の『翼状爪弾』を避ける事さえできないか!ならば、そのまま『
避ける事すらできないアパッチに気を良くして、アイスリンガーは途端に饒舌になる。
「最初期組とみて侮ったな!だが、我々はこの『数字持ち』宮で下剋上に成功し、実質ここの支配者にまで上り詰めた!
それがどういう事か判るか?貴様等がサンドバックにしていた連中よりも、強いという事だ!!」
自らの攻撃が砂埃を巻き上げて視界を悪くしようとも、高笑いしだしそうなくらいに気分が高揚しているアイスリンガーは気にも留めない。
そんなアイスリンガーを、ミラ・ローズとスンスンは冷ややかな目で見ていた。
「大体、雌が従属官などやっているのがおかしいのだ!弱い雌など、慰み者にでもなっていればいい!我々のような者こそ、アーロニーロ様の従属官に相応しいのだ!」
言いたい事を言い終えたのと、流石に連射し過ぎたアイスリンガーはようやく爪弾を撃つのをやめた。
「さて、ミンチにでもなったか?」
自身が撃ち出した爪弾の数を考えればそうなっていてもおかしくないだろうと、徐々に晴れていく視界に期待を胸に抱いて見つめ…
「なん……だと……?」
言葉を失った。
「ギャーギャーウルせぇ上に、嫉妬にまみれてるてっか?
何驚いてんだよ。最初に言っただろ、『相手にならねぇ』ってな」
無傷のアパッチが、撃たれる前とまったく同じ姿勢のままで立っていたからだ。
ソレを見て、漸くアイスリンガーは理解した。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かったのだと。そして、防御姿勢を取るまでもない、簡単にやり過ごせる程度であったことも……
(気に入らねえけど、やっぱり霊圧の鎧は便利だな)
無傷で『翼状爪弾』をやり過ごしたアパッチであったが、何もしないでやり過ごした訳ではなかった。アイスリンガーが放つ『爪弾』よりも高い霊圧でもって、その全てを弾いて弾丸の暴風を凌いだのだった。
響転で避ける事もできたが、敢えてその手段を取った理由は、圧倒的な強さを見せつける為だ。下剋上がどうとか知らないが、そんな事に度々巻き込まれたら堪ったものではない。だから、自分ではどうやっても勝てないと本能に刻み込む為に敢えての手段を選んだのだ。
ただ、この防御方法を自分に教えたのがアーロニーロという一点だけは、どうにも気に入らないのだが。
(このまま戦っても得るモンは無さそうだし、とっととケリつけるか)
「っや、止めろ…こっちに来るな……」
一歩。たった一歩の距離を詰めただけで、先程までの威勢が無くなったアイスリンガーの怯えようは笑えるくらいであったが、そんな事はお構いなしにアパッチは距離を詰める。
「来るなぁ!来るなと言っている!!」
後ろに下がりながら疎ら撃たれる『爪弾』は、アイスリンガーの心境を表していた。最早退くしかなく、どうしようもないと。
「聞こえないのかぁ!」
ついにはアイスリンガーは『数字持ち宮』の壁にまで追い詰められ、尻餅をついて退くことすらできなくなった。
「ゴチャゴチャ、ウルせーんだよ!」
腕を振りかぶり、鳥のような仮面を殴り砕こうとしたその瞬間、影が差した。
虚夜宮の天蓋の下で急に影が差すことなどほとんどない。そして、急に影が差したほとんどの場合が、
思わず、アパッチは空を見上げた。このタイミングで上から降ってくるなど、乱入者以外はまずありない。
そして見つけた。隠れる場所など何処にも無い空中で、口元以外がカミキリムシに酷似した仮面を身に付け、左腕がチェーンソーとなっている破面を。
「掛かったな、アホが!!」
見上げた事で丸見えとなった人体の弱点の1つである喉に、アイスリンガーの『翼状爪弾』が零距離一斉射撃がされる。霊圧の鎧を纏ってその攻撃を防いだアパッチであったが、その視線は尚も新手の破面から離されていない。
アイスリンガーよりも、そちらの方が危険と感じたからだ。
「シャララララララ!バレちまったか、お嬢さん」
笑ながら、新手の破面は左腕を振り下ろす。
「NO.19 シャークス・クルルス。すぐ死ぬだろうけど、よろしくぅ!」
シャークスのチェーンソーがアパッチの腕とぶつかる。途端に、獰猛な唸り声を上げてその牙が回転を始める。回転を始めた牙は容赦なくアパッチの霊圧の鎧を削りに掛かり、すぐに突破してしまう。
霊圧の鎧を突破すれば次は鋼皮。そして、その次でようやくお待ちかねの肉となる。
「このままぶった切ってやらぁ!!」
「させるか!」
このままでは本当にぶった切られてしまうと焦り、咄嗟に虚閃を角の先端より放つ。それを避ける為に、シャークスは一旦離れるが、すぐに間合いを詰め直す。
襲い掛かるチェーンソーを、アパッチは素手でいなす。本当なら、斬魄刀で応戦したいのだが、アパッチの斬魄刀は円の一部が欠けた形状のチャクラムで、普段はブレスレットのように両手首に着けているものだ。
受けようと思えば受けられるが、武器としては非常に扱い辛いのだ。チマチマとした戦い方を好まないアパッチは、もっぱらこの斬魄刀を距離を詰め切る前の第一撃などにしか使っていない。
敵が強力な剣を持っている場合に最も適しているのは、3人の中であったらミラ・ローズであった。自分が始めた戦いで、分が悪くなった途端に助けを求めるなどみっともないのでやらないが、アパッチは悪態をつきたくなった。
尤も、アパッチが助けを求めても、ミラ・ローズとスンスンの2人は助けに入れる状況ではなかった。同じように、乱入者に襲われていたのだから。
――――――
「ぷーくるるぷ」
気の抜けそうな声が、足元より聞こえてミラ・ローズは怪訝な表情でそれを見た。
「なんだい、こいつは…」
そこには、破面が生えていた。仮面は首から上を完全に覆う球体で、首に当たる部分から胸を守るように2枚の板状となって伸びている。
砂より頭を出しているとこを見ると、隠れていのだろう。
「ぎーこるるぽ?」
不可思議な鳴き声をまた上げたそれに、更にミラ・ローズの顔は険しくなる。
「まぁ、正に虚その物みたいで…」
知性をまったく感じさせず、更には破面かさえも疑わしいその姿に容赦無くスンスンは毒を吐く。
それが聞こえてないのか、それとも理解するだけの知能が無いのか2人を気にせずにそいつの全身は砂の中から這い出す。
(小さい…)
(小さい、ですわねぇ…)
砂から這い出したのは大体1メートルくらいの身長で、その身長にしても短すぎる足を持っていた。そして、身長と足の長さに反比例するように、腕は伸びまくっていた。
「ぎょらりりら?」
またしても鳴き声。今度こそ、2人はこの破面に大した知能はないと確信した。次の行動までは…
「*;xjc=%t@b:お」qp2cp3!!!!!!!!!!」
言い表せない狂音を、突如として発したのだ。いくら力の差があろうとも、五月蠅いモノは五月蠅い。それが耳を劈いたのだから、ミラ・ローズとスンスンは耳を塞ぐ。
そして、砂中より現れた、人を握り潰せそうな手によって叩き挟まれた。
狂音によって動きを止められ、そこに不意打ち。明らかな連携に、一撃受けてようやくミラ・ローズとスンスンは理解した。襲われているのはアパッチだけでなく、自分達全員であると……
数字持ち宮
独自です。描写こそされなかったけど、おそらくあるであろう宮。
でなければ従属官は虚夜宮内で野宿という変な待遇に……
最初期組
独自です。ぶっちゃけ破面もどきな連中。