場所を移して対峙する暴食を司るヴァスティダと挑戦者たるドルドーニ。戦う前からその身体から発せられる霊圧はぶつかり合い、空気を震わせて場を緊張させる。
「小さい奴だなぁ」
ヴァスティダは漸く対面した敵に率直な感想をこぼす。
別にドルドーニが小さい訳ではない。ヴァスティダが色濃く虚の面影を残して風船を膨らませたかのような巨体であるのに対して、ドルドーニは成人男性にしか見えない完全な人型である。
その人間と穴と仮面の名残り以外は人間や死神と遜色無い身体で、ラテン系のダンサーのように着飾っている
。
ヴァスティダの
―――始め
待ちわびた開始の合図に、ドルドーニは響転による一歩を踏み出す。響転によって得た勢いをそのままに、ドルドーニは突き刺さるような鋭い蹴りをヴァスティダの鳩尾目掛けて繰り出す。
「なかなか速いねぇ」
しかし、その初撃はしっかりと腕で鳩尾を隠すことで防御され、ヴァスティダは微動だにせずに受け止めていた。
しっかりと切られない言葉尻とは裏腹に、ヴァスティダはきっちりと動いていたのだ。
「だがまだまだ――」
「甘いねぇ」と続けようとしてヴァスティダは言葉を中断させられた。無駄に御喋りをして無防備だった顎を蹴り上げられたのだ。
「警告は痛み入るが、吾輩は
さながら指導をするようなヴァスティダの言葉。それを力尽くで中断させてドルドーニが言い放ったのは、ヴァスティダへの侮辱が入り混じった挑発であった。
ヴァスティダを指す言葉を前任とした事で勝利宣言と同等の事を言い、更にお前は隙だらけだとも取れる言も続かせたのだ。
「調子乗ってんじゃねェぞ!小さいくえになぁ!!」
その挑発に乗せられてヴァスティダの凶暴性が顔を出した。怒りの感情の赴くままに、戦いが始まる前より右手に握られていたモーニングスターに酷似した―――形を簡単に言うのなら、ドリアンに長い棒を突き刺したような―――斬魄刀を振り下ろす。
斬魄刀なのに刃すら付いていないその鈍器。筋力にモノを言わせた粗雑なものでも、その速度は軽視できるものではない。
だが、ドルドーニにとっては遅い。
ヴァスティダが動きが緩慢の代わりにパワーとタフネスさを備えた重戦車なら、ドルドーニは装甲など有ってないような代わりに高機動で縦横無尽に戦場を駆ける戦闘機。
そんな真逆な特徴の者同士が戦えば待っているのは千日手。片方は捕まえられず、もう片方は削り切れないという緩慢なる事態を引き起こす。
それはどちらにとっても望まぬ事態。ならばどうするかなど破面なら考えるまでもない。
「固めろォ!!『
「旋れ、『
己が方に流れを傾けさせようと、両者は帰刃して最大戦力で相手を迎え撃たんとする。
ヴァスティダの背中と腕には刺々しい亀の甲羅が装備され、足は完全に陸亀と同じ円柱形となった。仮面の名残りは元の形へと戻ったのもあって、ヴァスティダは虚となんら遜色無い容姿へと変貌した。
対するドルドーニは肩から前方を突き刺す角が生える。足を見れば、太腿から膝上までの鎧は螺旋状に包んで竜巻を模し、膝下からは足首あたりに突起物がある裾まで直線的な鎧といったところだ。
「くたばりゃああ!!!」
ヴァスティダがもう
それを見たドルドーニも手の平を相手に向け、両手の中指と薬指を曲げた状態で人差し指と小指を合わせてその間に霊圧を集束させる。
「虚閃」
放たれた閃光は両者の間で交わり、爆発して砂煙を巻き上げる。その巻き上げれた砂煙を巻き連ねる風が突如発生する。
その発生源はどこかと目を走らせれば、竜巻が2つの塔のようにそびえ立っているではないか。その間には、ドルドーニが立っている。
「ふん!」
気合を込める声と共に蹴りを繰り出せば、竜巻より鳥の嘴を模した風が伸びてヴァスティダに体当たりをする。
亀を喰らう為にまずは弱らせんとした体当たりを、ヴァスティダは真正面から両手で掴んで停止させる。
「んなもんかよぉ!」
掴んだソレを潰し砕き、ヴァスティダは駆け出す。しかしその速度は遅い。
見た目通りの遅さだがドルドーニは油断はしない。油断すれば兎でも亀に負けるとある童話から言われている。そんなマヌケな兎と同じ道をドルドーニは辿るつもりは無い。
単鳥嘴脚による攻撃の手を一切緩める事無く、連続で鈍い動きしかしないヴァスティダに攻撃を命中させていく。
しかし、いくら叩き込もうともヴァスティダは揺るがない。元よりある巨体に防御力、それが帰刃によって更に増幅されたヴァスティダはさながら動く要塞。単純な頑丈さでは、おそらく十刃一であろう。
「手も足も出ねぇようだなドルドーニ!!」
痛くも痒くもない攻撃にヴァスティダが豪快に笑い飛ばし、再び虚閃を放つ。
「舐めるなよ」
「わかんねぇ奴だなぁ!? テメエの風なんざ、そよ風と変わんねぇだよ!!!」
しかし、いくら数が増そうと関係無いと、連続して虚閃が放たれる。
「ほぅ…では、先程から段々と減っていく霊圧はどういうことだね」
霊圧の減少は力の減少と同義。今もドルドーニよりも格段に速く減っていく霊圧を指摘されたが、ヴァスティダは余裕の態度であった。
破面の帰刃は死神の始解や卍解のように、霊圧がある一定まで減ってしまうと勝手に解除されてしまう。その為、自身の霊圧の管理は強者なら当然やっている。威力も範囲もある虚閃だが、霊圧を集束して使うので他の技よりも消耗が激しい傾向にある。だから、霊圧の管理上の理由から一回の戦闘では数える程か一度も撃たない者が多いのだ。
それが見られないヴァスティダの連続での虚閃。何か裏があると考えるのが普通だ。
「確かにテメエの言うとおり、霊圧は減っている」
いくら十刃であろうと消耗はする。そこはヴァスティダも否定するつもりは無いようだが、ソレがどうしたとも嗤っていた。
「だが、そんなのは関係無いんだよぉ!!俺様だけは!十刃で唯一、霊圧の急速回復できる俺様はなぁ!!!」
虚閃を撃つ時よりも更にヴァスティダは口を開け放つ。舌に虚の穴が開いているのが確認できるまで開けられた口を、ドルドーニは思わず凝視した。
しかし、
能力が風を操るといった物であるが為に、ドルドーニはその変化に気付けた。他にも知覚能力に秀でた者達も気付いているようだが、今は関係ないであろう。
霊子は虚圏や尸魂界といったいわゆる死後の世界を―――現在はと付ける必要があるかもしれないが―――構築している最小の物質だ。そんな大気中にも存在する物が、まるで意志を持っているかの如くヴァスティダの舌の穴に向かって移動をしているのだ。現在進行形で。
『
前例が無い訳ではないが、確かにこの手の能力は珍しい物だ。しかし、ヴァスティダは「十刃で唯一」と言ったが、新たな第2十刃が似たような能力を持っているのでその発言は誤りである。知らなかったのだから、仕方が無いと言えば仕方のない発言であるのがほんの少しの救いか……
「食った食った~」
満足そうにゲップをすると、軽く腹を叩きながらヴァスティダはドルドーニを嘲笑う。
貫けぬ護りに補給可能な霊圧。消耗戦に持ち込まれつつある今、ヴァスティダの優位であるこの2つはギロチンの刃のようにゆっくりと上げられている。
場は既に整えられている。これまでの経験上、ヴァスティダはドルドーニの消耗を待つだけで勝ててしまうのだ。焦る必要などどこにもなく、童話の亀のように自分のペースを守っていればいいのだ。
されど、ドルドーニの猛攻は緩まない。短期決戦でなければ勝てないのは明白、ならばいくら相手が固かろうとも攻撃を続けなければならない。
そしてその道は、彼の前の『挑戦者』達が通ったのとまったくもって同じ道であった。
状況は既に詰み。戦いを真剣に見ている者達の誰の目にも明らかであった。
ヴァスティダの詰みだと
――――――
その瞬間を、ヴァスティダは信じられなかった。自らの目と痛みを疑った。
自慢であった甲羅の鎧が砕かれ、風の嘴に体が抉られているなどありえない。いくらそう否定しても、流れる血は止まらずに砂に飲み込まれていく。
「甘いのだよ、チョコラテのように」
「って…メェ……!」
頑なに詰めなかったその距離を漸く詰めたドルドーニに、噛み付くという最大の攻撃を出来ずにヴァスティダは睨みつける他無かった。
「
実力は拮抗していた。だが結果はドルドーニは無傷で勝つという、実力差からはあり得ないものであった。
ドルドーニに言わせれば、これは気構えの差であった。
方や十刃として周りは格下ばかりと惰性にかまけた暮らしをして来た者。片や練磨を絶やさず、己こそが上に立つのが相応しいと勇んでいた者。
同じ実力であるならば、どちらが上に成れるかなど論ずるまでもない。故に、この結果は当然の物。
「決着だ。ヴァスティダ・ボママスはNO.101に、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオは第4十刃の座へと就く」
藍染の宣言により、戦いの終わりは告げられた。
「それでは御機嫌よう、
おそらくもう顔も合わせる事も無いであろう相手に背を向け、ドルドーニは帰刃を解除しながら藍染の元に向かう。これから、第4の数字を刻まれる作業と自らの物になる宮の引き渡しが待っているので、無駄にする時間などないのだ。
(ッフ、決まった)
紳士然とした立ち振る舞い。それをそつなくこせたと、戦い方がエレガントで無かった気がしたがドルドーニ本人はご満悦であった。
もし、(ッフ、決まった)などとの心の声が誰かに聞こえていたら、ほとんどの破面がガラリと彼への印象を変えたであろう。
ドルドーニの紳士然とした態度は演技ではないのだが、それは真面目な時はと限定される。つまりは、普段は紳士ではない、と言うと言い過ぎだがそれでも女性を尊重する以外は紳士らしさがない。どこかお調子者で、下心が見え隠れする男にしか普段は見えないといった具合である。
晴れて十刃に成れたのだから、是非とも従属官に女破面が欲しいと異性を意識する男破面らしい思考をドルドーニはしていたが、意識と足をふと止めた。
「止め給え。強い気構えも万全の身体も無くして、
振り返らずに、何とか立ち上がったヴァスティダに言った。
「ふざけんじゃ…ねぇ…殺しもせずに…勝っただと…コロス…価値も…ネぇとでもイイテェ…のか……」
息も絶え絶えで言った言葉からは力をまったく感じられない。立つのもやっとなのに、それでも倒れ伏したままなのを赦さぬ矜持があったのだろ。
「そのようなつもりは毛頭無い」
殺さなかったのではない、殺せなかったのだ。
追撃を掛ければ殺せたであろうが、そんな事をせずとも勝負はついていた。仮にそんな事をしでかしていたら、ドルドーニには自分で自分を許せなかったであろう。そんなただただ勝つためだけの行動など、唾棄すべき行いだ。
我を通す。
それがドルドーニにとっての最優先の行動理念だ。損得の勘定などせず、己が思うがままに行動する。それこそ、風のようにありたいとすらドルドーニは考える。
殺す気で戦っていたが、勝ちをもぎ取った後での敗者の生死はどうでも良いのだ。それが
「ふざ…けんじゃ…ねぇ!!!」
しかし、そんな考えは所詮ドルドーニの身勝手。ヴァスティダにとって情けを掛けられたと、敗者と言葉を掛けられた以上の屈辱だ。
腹から流れる血と霊圧を混ぜ合わせ、ヴァスティダは虚閃の構えをする。
『
「その技は御法度だ」
誰よりも速く、有事の際には直ぐに行動をできるようにと身構えていたアーロニーロと葬討部隊が動いた。まず、アーロニーロが溜め段階の『王虚の閃光』を抑え込んで潰す。次に、葬討部隊四名がヴァスティダの四肢に剣を突き立てて拘束する。最後に『剣装霊圧』にてアーロニーロがヴァスティダの首を刎ねようとした。
「なんのつもりだ、第4十刃」
首を刎ねようとした『剣装霊圧』はドルドーニの斬魄刀によって止められた。
「いささか、性急ではないかね? それとも、これが予定通りとでも言うつもりかね」
「処断ハ葬討部隊隊長トシテノ当然ノ仕事ダヨ。禁ヲ破ッタンダ、ソノ位ノ覚悟ハシテ貰ワナクチャ」
どちらも譲らぬ睨み合い。そのまま戦端が開かれそうな緊張が奔ったが、アーロニーロが先に剣を収めた。
「まあいい、機会なんぞこれからいくらでもある」
負け惜しみにも聞こえる言葉。だが、容赦も慈悲もないその行動は揺るがぬ強欲さが見て取れた。
ドルドーニが第4十刃
独自です。ドルドーニの回想でアーロニーロ、ザエルポロ、ノイトラらしきシルエットが出て来たので、「自分より下の数字でありながら崩玉入手後も十刃であり続けた者達」ではないかとの思って登場時はノイトラが5だったので4にしました。
ちなみに、司る死は『甘さ』