斬魄刀の屈服は卍解に至る為の試練。斬魄刀の真の姿を現実に具象化させ、その上で斬魄刀の出す条件を満たすのが屈服となる。条件と言っても、アーロニーロが知るその条件は斬り伏せる事だけ。何も力でねじ伏せるだげが屈服させる手段ではないので、他にも様々な条件があるのかもしれない。
屈服させるのには戦う線が濃厚であったので、アーロニーロは虚夜宮から出て特に何もない砂漠まで足を運んだ。
〈久しいな〉
具象化された『捩花』は相変わらず巻貝であった。変わったら変わったで困るのだが、どういう訳か海燕の記憶での『捩花』の姿に関するものは靄が掛かってハッキリとしない。
だから、今の姿が『捩花』本来の物か、それとも自分と一体化した事で変質した物かの判断がアーロニーロには不可能であった。
「お前を屈服させる」
〈ならば斬り伏せろ〉
意識的に具象化させる理由などただ一つ。両者共にわかっており、気安く語り合う間がらでもないので事実のみを告げる。
〈水天逆巻け、『捩花』〉
貝の中から斬魄刀とアーロニーロと同一の触手を出し、『捩花』は即座に解放した。ならばとアーロニーロは『剣装霊圧』で右手で武装する。
どちらも戦闘スタイルは近接型。互いの間合いに踏み込むのは必然で、アーロニーロが踏み出す。対する『捩花』は待ちの姿勢で、触手を幾つも出して器用に解放した事で三叉槍となった斬魄刀を回転させる。
アーロニーロにはその動きは見覚えがあった。海燕の『捩花』の使い方で、高い構えで槍を回転させて常に波濤を巻き上げ追従させるといった戦法。波濤は専ら攻撃に使われるが、タイミングを合わせれば盾にもできる。
実力はほぼ同等と仮定すれば、荒れ狂う波濤を追従させる槍をどうこうするには骨が折れる。
「虚閃」
だが、いくら嵐の海のように波濤が荒れ狂ったところで極小規模な海だ。アーロニーロの虚閃で飲み込むのは容易い。
同格の相手には決定打にならないことがほとんどの虚閃であるが、隙を作らせるのには十分役立つ。
迫る虚閃を前に回避が迎撃の選択を強いられても、『捩花』は廻すのを止めない。ただ、虚閃と槍がぶつかる様に調整をするだけであった。
虚閃と衝突し、そのままダメージを与えるのをアーロニーロは幻視した。槍と虚閃がぶつかる瞬間、その直後に訪れる好機を逃さまいと駆けた。
〈無駄だ〉
だが、『捩花』は虚閃を受け流した。虚閃を波濤で巻き取り、直進するだけの虚閃に別の流れを作り出して逸らす。本来であればそんな芸当は不可能だ。
アーロニーロが撃った虚閃は当たれば爆発するタイプであり、防ぐか抑え込むかしか至近距離での対処法は無い。ならばなぜできたのか、その理由はアーロニーロと『捩花』の関係に起因する。
アーロニーロは『捩花』と融合しており、普通の死神よりも深く繋がっている。その結果、霊圧の差は誤差程度で同一となっている。霊圧への干渉が難しかろうが、アーロニーロと『捩花』であれば互いの霊圧が互いの霊圧であり、自分と相手との霊圧の差は無いに等しい。
故に『捩花』は外に放出された霊圧の塊たる虚閃を、自分の霊圧を操作するように干渉できたのだ。しかし、例え同一の霊圧であっても、一度離れた霊圧を自在に操るのは出来ずに、逸らす事しか出来なかったのだ。そうであっても、妙技なのは変わらないが。
〈死ぬべきなのだ。私も、お前も〉
隙を突こうと近付いたはずなのに、予想外の結果に気を取られたアーロニーロの頭に突きが迫る。
「死ぬ? お断りだ」
右手が傷付くのを厭わずに、アーロニーロは目前にまで迫った槍を掴んで止める。
「ソウ、駄目ナンダヨ。死ヌノハ、絶対二駄目ナンダヨ」
迫る波濤を虚閃で吹き飛ばして、『捩花』の懐に入る。懐に入ってしまえば、槍のような長物は途端にその取り回しの悪さを露呈させる。
〈だが、死ぬべきなのだ〉
―――虚閃
『捩花』の虚閃が、身を守る貝殻を打ち砕くべく殴り掛かろうとしていたアーロニーロを飲み込む。
まさかの虚閃でダメージを受けて右手の力が緩む。そこを突いて槍を抜くと、そのまま振り下ろす。先程は虚閃で吹き飛ばされたが、波濤の威力は―――硬い鋼皮を持つ破面には、斬撃よりも打撃の方が通り易いとの相性もあるが―――槍での攻撃よりもある。
だが、そのまま連続で攻撃を受けるアーロニーロではない。響転で距離を取り、割れた仮面を捨て去る。
〈生き続ける意味も意義も無かろう〉
声に同情と憐れみを乗せながら『捩花』は続ける。
〈命を賭してまで護りたいモノなど、私と同じようにとうの昔に失っているであろうに……〉
「なんの…話しだ……」
アーロニーロは『捩花』の言葉の意味が解らなかった。
〈憐れ。それとも、救いを求めた結果か〉
「ヤメロ……」
〈ならば思い出して、死ぬべきであろうな。それが、手向けになろう〉
「ヤメロ……」
〈お前は、虚となったその瞬間に……〉
「嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ!!!!
アンナ思イハモウ嫌ダ! モウ苦シイノモ、辛イノモ嫌ダ!!!」
アーロニーロには解らなかった。
ジクリと、穴に切れ込みを入れられて広げられるような痛みが奔った。実際に切れた痛みではない。心を痛めるとか、そんな幻覚の類いの痛みであった。
痛みと激情に身を任せ、アーロニーロは『捩花』を攻めたてる。『剣装霊圧』で槍を受け止め、虚弾や虚閃で波濤を相殺する。狂いそうなくらいに感情が動いているのに、もう一方のアーロニーロは冷静であり続けた。
(全ての技を共有しているに違いない。でなければ、斬魄刀が虚閃など撃てる筈が無い。
なら、『捩花』と相性が良く、使われると厄介な能力は……)
〈卍解〉
身体は激情で動き、思考は冷徹であったアーロニーロは信じられない言葉を聞いた。『捩花』が卍解と言ったのだ。アーロニーロの驚愕など後目に、槍が追従させていた波濤とは比べものにならない量を吐き出しながら形を崩していく。完全に槍が姿を消せば、其処には奇妙な海が生まれていた。
〈――――〉
海がドーム状に広がって包み込み、その天蓋を支えるように柱がそびえ立っている。その柱とドームの中の辺り一帯には、『捩花』の名前の元となった植物のように花が螺旋を描くように咲いている。
月光で照らされるその全てが、波濤で出来ているのも相まって幻想的な光景を作りだしていた。それでも、アーロニーロは見惚れはしなかった。そんな光景より、卍解の名が聞こえなかったのが気になったのだ。
精神世界で斬魄刀と相対しても、相応しい時にがくるまではその名が聞こえないのと同じであろうか?解らない事ばかりであるが、今は気にしている場合ではないと切り替える。
卍解を手に入れる屈服の為に、卍解に立ち向かうなど普通ではない。死神なら、まず突破が不可能な試練だ。卍解は始解の2倍から10倍の戦闘能力を有するとされている。それに始解で挑むなど、無謀であって勇敢だとかではない。
だがしかし、アーロニーロは死神の力を有しているが死神ではなく、無謀とは言い難いのも事実であった。
「跳ねろ、『乱夢兎』」
ならば、破面の帰刃を使うのが当然の帰結であった。基本的に外さない超速再生があるせいで、他人の帰刃は1つしか使えないが、それでも『乱夢兎』は便利であった。足場が実質どこにでもあるのは、小回りを利かすに必要不可欠であるし『霊子凝縮』を使った爆弾の威力も申し分ない。
響転を繰り返し、瞬く間に距離を詰める。途中で柱が倒れるように襲ってくるが、『乱夢兎』を使っているアーロニーロに届くには遅すぎる。
〈無駄だ〉
速さでいくら後れを取ろうとも、『捩花』は焦らなかった。『捩花』の卍解は東仙要の卍解である『
始解では叶わなかった常に大量の波濤を控えさせ、攻撃と防御のどちらでも転用可能。
攻撃すれば使い方次第で点から面まで自由自在に範囲を選べ、始解の頃より持ち得ていた圧砕、両断する力を発揮する。
防御に使えば液体の盾はスピードがあればあるほど減速させ、パワーのある攻撃ならばその衝撃を飲み込んで飛び散る事で失わせる。
虚閃、虚弾、『霊子凝縮』といったアーロニーロの攻撃はこの如く無効化された。攻撃が届かないのは『捩花』も同じであったが、場を支配しているのは『捩花』であった。
――――――
(どうすれば、届く……)
千日手となっている現状に、いつも冷静なアーロニーロの心に焦りが出始めていた。
生き物にとって最大の難敵は同族である。
誰が言ったのか、そもそも著名人が言ったか怪しい言葉であるがアーロニーロはこの言葉が正しいと感じていた。あくまで難敵、難しい敵だ。戦えば勝ち辛く、かと言って逃げようとしても逃げきれない。そういったのが難敵とアーロニーロは思っている。
無論、アーロニーロと『捩花』は同族でこそないが、その質はほぼ同一。霊圧で押し切ろうにも、同じだけの霊圧を放つのは訳ない。
嫌でも消耗戦に持ち込まれるのは目に見えており、消耗しきるのはよろしくない。消耗戦ならアーロニーロが主であり、その付属品のような『捩花』なら確実に勝てる。しかし、勝てるだけでその消耗は限界ギリギリになるのもまた確実。
今居る場所は虚圏の砂漠で、いくら破面のアーロニーロでも消耗すればアジューカスに劣ってしまう。葬討部隊を使えば避けられるであろうが、生憎と連れてきてはいない上に虚夜宮から遠く離れていて今からこちらに向かわせてもかなりの時間が掛かる。
なぜそんな状況にアーロニーロは自分を追い込んだのかと言えば、
弱い所を見せればそこから喰われるのが虚という存在で、喰いやすいところを見つければまず喰らい付くのも虚という存在なのだ。故に、多くの破面より強かろうがアーロニーロは弱さを隠す。そうしなければ、嬲る様にその身体を喰い散らされ、そのまま全てを喰われるのが最後となる。
「まったく、嫌になる。喰い尽くせ、喰虚」
短期決戦には全力を出すしかなく、その手段が自分の帰刃であるというのは当然であった。蛸に似たその巨体が海に降り立つ。
そして、『捩花』が待っていたのはその瞬間であった。アーロニーロの帰刃の弱点はその巨体だ。膨大な量の波濤でも、一個人に攻撃できる総量は面積の都合上限られてしまう。
だがしかし、帰刃したアーロニーロは巨体。全力での攻撃ができる。いくら超速再生を持っていようが、卍解での総量による攻撃の前には再生が追いつきはしない。
『捩花』は運命共同体であるアーロニーロを本気で殺しに掛かっていた。アーロニーロと一体化した事で、詳しい過去を覗き見た『捩花』は
〈
柱が、花が、海を形造るその全てがアーロニーロに殺到する。全方位から一斉攻撃。どこにも逃げ場など無く、巨体であるかなど瑣事と言わんばかりに削りに掛かっている。
「嘗めるな」
迫り来る海の一部を左手と足にあたる触手の先端から撃つ虚閃の掃射で吹き飛ばし、『捩花』を正面に捉えて進む。
〈嘗めているのはどちらだ〉
無謀な進撃をしだしたアーロニーロに語気を強める。『捩花』の攻撃はまだ始まったばかり、波のように何度も打ち寄せるものではない。アーロニーロが吹き飛ばしたのは、ほんの少しの濁流に過ぎない。
「破道の七十三
〈なに!?〉
巨大な蒼炎がアーロニーロの手のみならずに、虚閃のように触手からも放たれる。迫っていた傍から逆に蒼炎に飲み込まれ、卍解が蒸発していく。
「ふん、やはり弱点は炎か」
何も無策でアーロニーロは突っ込んだ訳ではない。元が霊圧であろうとも、能力によって変換した物質は現世での物質と同質の特性を持つ。だから、いくら卍解であろうとも同格の霊圧を持つアーロニーロの双蓮蒼火墜によって蒸発させられたのだ。
〈ック…!〉
明確な弱点を突かれた『捩花』は初めて苦しげな声を漏らした。
「では、こちらも効くだろうな。破道の十一
〈その鬼道では、卍解を突破はできん!!〉
水は電気を通し易い。そんなのは常識だが、綴雷電は物体を伝って移動する電撃。直接触れている物質さえなければ、当たる事はまずない。海を退かせて触れている物をなくせば、届く道理は無い。
「自分ノ身体ヲ見テ、モウ一度言ッテゴランヨ!」
視認すら不可能に近いか細い糸、『反膜の糸』がしっかりと『捩花』の身体に巻き付いていた。それを確認すれば、既に手遅れであった。綴雷電は『反膜の糸』を伝い、減退することなくその電撃を叩き込む。
されども、所詮は十番台という弱い部類の破道。大したダメージにはならない。
〈おのれ…!〉
だがしかし、大したダメージにならずとも一撃は一撃で、『反膜の糸』をどうにかできなければ再度くらうのが確実。それでも、まだ『捩花』の優位は変わりない。卍解を幾らか蒸発させられたが、総量の5%にも満たない。全方位攻撃にまだ穴は無い。
「綴雷電!」
再び来た綴雷電は卍解の中を何度も潜らせて、今度はその威力を静電気程度まで『捩花』は抑える。
「ヤッパリダ。ドウヤラ、卍解ヲ使イコナシテイナイヨウダネ」
〈……〉
綴雷電に意識を割き過ぎて、アーロニーロへの攻撃が疎かになっていた。それで看破された『捩花』は歯噛みした。本来、卍解に限らず始解までも扱うのは死神だが斬魄刀自身も補佐をしている。だから、斬魄刀との対話と同調で斬魄刀の力をより引き出せるようになれる。そして、何かしら能力を持っていれば、本来ならば無い感覚でもいきなり使いだす事が可能となっている。
死神と斬魄刀。その両者が揃って、初めて両者は本領を発揮できるのだ。
「隙だらけだ」
左手の触手を切りつけて血を確保すれば、ソレを己が霊圧と混ぜ合わせる。その予備動作を見れば、何が来るかなど判り切っていた。
触手を持ち上げて、左腕以外を包み込んで防御姿勢を取られて再度歯噛みした。
『王虚の閃光』。一個人に向けるには範囲も威力も桁ハズレな攻撃は、十分に脅威となる。慌てて卍解を自身の前面に集中させてアーロニーロに殺到させる。
範囲も威力もある『王虚の閃光』だが、予備動作が判り易い上に溜めが長い。しかも、溜めの最中は動けないという大きな弱点がある。
足の遅い『捩花』は避けきれない為に、その溜めの最中にできる妨害して中断させる必要があった。
撃たれるよりも先に、卍解がアーロニーロに届く。だが、既に遅すぎた。
卍解がアーロニーロに触れると同時に、触れたカ所より爆発して極至近距離の卍解を吹き飛ばした。
『爆液』を着火剤にみたて、『霊子凝縮』の爆弾を炸裂させる擬似
「王虚の閃光!!!」
灰色の極太の光線が『捩花』の視界を覆う。
〈終わる、訳が無かろう!!!〉
念のためにと前面に集中させていた卍解を唸らせ、巨大な渦とする。
渦と光線はぶつかり合って互いを散らす。回転によってより相手を削りやすくなっていた渦であるが、それでも破壊の為の光線と五分であった。
互いをガリガリと削っていくが、『捩花』には
『捩花』の勝ちは、最終的にアーロニーロが死ねばいいのだ。限界まで消耗させれば勝ったも同然となる。
『王虚の閃光』の消えると同時に、再度海が形成される。
『自分』が眼前で止まった。
〈ハ、ハハ……〉
渇いた笑いが自然と漏れた。何もおかしい事は無い。アーロニーロが『捩花』を始解して、投擲しただけなのだから。それを寸でのところで卍解が受け止めたのだ。
「やはり、使いこなせていないな」
あと2、3歩詰めれば手の届く距離に、帰刃を解除したアーロニーロがいた。慌てる事などなかった。そんな至近距離であろうとも、防ぎ切った実績があるのだ。恐れる攻撃などありはなしない。
回し蹴り。一般的な蹴り技で、特に恐れるような技ではない。だというのに、その蹴りが狙った先を『捩花』は凝視して目が離せなかった。
蹴りは自分を直接狙ったモノではなく、『自分』の石突きを捉えていた。負傷を恐れる事無く、鋭く尖っていて刺突にも使える石突きに蹴りを叩き込んだのだ。その反対側の穂先は、『捩花』を捉えたままで……