信仰は人類史上でも有数の多くの人々を死へ追いやった要因である。自分より上位の存在として神を崇め、心の拠り所とした。その神へと献上する供物の為にと、時としては建前に使われて争いの火種となった。
宗教戦争との言葉があるように、信仰は時として死の狂騒を巻き起こす要因であるのだ。
その『信仰』の死の形を司る第7十刃、ガンテンバイン・モスケーダ。彼が『信仰』を冠する理由は、神への信仰が見られるからだ。何を思って神に祈るから本人以外は与り知らないが、これだけは確かである。
彼もまた、何かに縋って生きる彷徨える子羊であると……
――――――
「
鋼皮の硬度は、殴ってるこっちが壊れそうになるくらいに硬い。膂力も、そんな細腕に見合わない怪力だ。
だが、てめえの速さだけは並みの破面と同程度だ。その程度の速さで、どうやって十刃を捉えるつもりだ?」
何度か打ち合ったガンテンバインのノイトラへの評価は、速さだけが足りない重戦車であった、
攻守が優れているが、どちらにも影響を及ぼす速さが欠けているのは時として致命傷になる。いくら威力があろうとも、当たらなければ意味が無い。いくら鋼皮が固くとも柔いところは存在し、ソコを守れる速さがなければそこから切り崩される。
「ッハ、俺に傷一つ付けれねえ奴が何を言おうが、負け惜しみにしか聞こえねえな。ええ、第7十刃様よぉ?」
「どうやら、戦士としての教育が必要なみたいだな。てめえに相手への敬意が感じられねえ」
「敬意だぁ? そんなもん殺し合いに必要かよ!」
斬魄刀の中ほどを握って振りかぶったノイトラの懐はがら空きとなった。その隙を逃すガンテンバインではなかった。
「だから、そんな大振りの攻撃は当たらねえと言ってるだろうが」
ノイトラはその強固な鋼皮に絶対の自信があるのか、ほとんどの攻撃が大振りであった。斬魄刀が槍の穂が三日月のような刃という変わった形というのも理由はあるだろう。
「
初撃は鳩尾を狙ったボディブロー。腹部において痛覚が鋭敏なソコは、強打されれば呼吸困難を瞬間的に引き起こす人体上での弱点となる場所だ。
硬ければそれだけ衝撃を吸収する余地がないということでもあり、打撃であるこの攻撃には流石のノイトラもくの字に体を曲げる。
「
二撃目以降は完全な乱打となってノイトラの体を襲う。一撃必殺は不可能と断じて、内臓へダメージを負わせる強烈なパンチを連続で叩き込む。何も殺す手段は相手を斬るだけではない。破面でも内臓が損壊すれば命に関わるのだ。
「
トドメとして、くの時に曲がって無防備に曝け出される後頭部に
(まったく、硬い野郎だ。どっちが攻撃している判らねえくらいに…)
バグ・ナグのように握りとちょっとした刃しかない自身の斬魄刀を見て、絶句した。
「欠けて、やがる……だと……!?」
ノイトラを硬い硬いと思っていたガンテンバインであったが、その硬さを見誤っていたのだ。
傷が付かない時点でノイトラの鋼皮の強度を察するべきであった。その強度が斬魄刀にすら勝り、その負荷によって欠けてしまう可能性を。
それは致命的な隙であった。斬魄刀の破損はそれだけ珍しく、初めての経験であったが故の隙。ソレを経験した事のあるノイトラには、ガンテンバインの心境が手に取るように解った。
そこから更に不意を打つべく、ノイトラが選んだ攻撃手段は手刀。突きとして出されたソレは、―――頑なに斬魄刀だけで攻撃していたので―――ガンテンバインにとっては初めて使われる攻撃手段となった。
「っク……!」
しかし、隙を突いたこれまでと違った攻撃でも、ガンテンバインは妥当な手段で回避する。ガンテンバインはインファイターだが、響転のある破面にとって間合いとは一瞬で変えられるもの。再び懐に潜り込むのが難しくなると躊躇わずに、ガンテンバインは退く。
その退こうとしたガンテンバインの背中が強く押される。
「なに…!?」
視界の隅で捉えたのは、自分が真っ直ぐ後ろに跳べばぶつかる様に配された斬魄刀。長物である斬魄刀とノイトラの怪力によって、ガンテンバインの退路は既に塞がれていたのだ。
逃げられなければ手刀に襲われるだけ。完全な迎撃はもう間に合うはずもなく、心臓を貫かれる代わりに他の場所を穴あきにさせる。
「虚閃!!!」
手刀が抜かれる先に、ガンテンバインは虚閃を零距離で撃ち込む。一度捕まってしまっては、怪力によって逃げたくとも逃げれなくなる。だから、あえて攻めたのだ。
「クソッ!」
苦肉の策であったが、ノイトラは予想通り拘束する力を弱めた。その隙を逃さず手刀と斬魄刀の挟み撃ちから逃れる。
だが、そうなる事もノイトラは予想していた。十刃が帰刃もせずに敗れ去るなど、有り得ないと頭から信じていたからだ。
舌先より、仕返しと言わんばかりにノイトラも虚閃を放たれる。
「ッな!?」
避ける術もなく、ガンテンバインは虚閃に飲み込まれる。爆発した虚閃は砂を巻き上げ、視界を遮る。
「これで終いな訳がねえよなぁ、第7十刃様よぉ!!?」
「ああ、そうだな」
巻き上げられた砂は地に落ち、虚閃を受けてもなお健在たるガンテンバインを隠すのをやめる。
「なァ、『
姿を現したガンテンバインは既に帰刃していた。
腕と背中を覆う曲線を描く装甲と尻尾は、どことなくアルマジロを彷彿とさせる。だが、右手は上顎、左手は下顎となっていてその名から判るとおり龍を模したものとなっている。アルマジロのようで、実際は大きく開く顎を持った龍であった。
その姿を見てノイトラは口角を大きく吊り上げて笑う。
「祈れ!!!『
振り上げられた斬魄刀を中心に霊圧が収縮し、濃い霧のようになってノイトラを覆い隠す。その霧を晴らす為に帰刃を終えたノイトラが得物を振るう。
角が細長い三日月のように生え、腕は四つになって其々が昆虫の外骨格のような鎧に覆われていた。その手には、それぞれに巨大な鎌が握られていて凶悪さが見て取れる。
それでも、ガンテンバインは気後れさえしない。たかが腕が増え、獲物がトリッキーな動きができる鎌になっただけなのだ。その見た目から物理型と判れば恐れは無い。
まずは力試しにと真っ向勝負で殴り掛かる。1つの鎌がソレを防ぐべく動き、残りは命を刈り取らんと迫る。
(見切れねえわけじゃねぇ!)
3つの命を刈り取る鎌でも、すぐにはガンテンバインの命には届かなかった。鎌の刃が付いているのは内側だけで、切り裂こうとすれば引く動作が必要とされる場合が多い。真正面の物を切ろうとすればそれは特に顕著で、有効打はかなり限られる。そんな扱いにくい得物なのに、ノイトラは4つの手で欲張って1つずつ持っている。
鎌が大振りなせいで、1つ振るえば必ず他の3つの動きを制限する。そうなれば、いくら手数があっても死角が生まれてしまう。しっかりと並べれば邪魔しあう事はないが、今度は動きが単調になってしまう。
「“
額にある仮面の名残りを目元まで下し、口で紡ぐは神への祈り。
「“
今戦っているノイトラさえも一括りにして、言葉は続けられる。
ナニカをやられると感づいたノイトラは攻撃の密度を高めるが、雑になった攻撃をガンテンバインは躱し続ける。
「“
両手が合わさり、ようやく口を開けた龍が姿を現す。神へと許しを求めてから撃たれたのは、虚閃のような閃光。だがしかし、似ているのは見てくれだけでより攻撃的な代物。
虚閃と違って決定打になりうるその一撃は、ノイトラを命を貪らんとしたが、なんとか半身になって避けた。
「降参するか? ノイトラ・ジルガ」
左上半身を包んでいたノイトラの死覇装は消え去っており、そこに先程の攻撃が当たったのがよく判る。なのだが、肝心のノイトラの体はほとんどが焦げ目が付いた程度で目立った外傷は見当たらない。
「それとも、
外傷があったのはノイトラの左手だった。上下どちらの左手とも、手首より先は間接ごとにバラバラになって砂の上を転がっている。
なんてことはない。圧力を掛けられて、耐え切れなくなったその結果である。いくら鋼皮が硬かろうと、その下の筋肉なども硬い訳ではない。元々関節は外れる事があるのだから、より力を加えれば千切ることさえできる。
だが同時に、ガンテンバインがノイトラの鋼皮に傷を付けられない事の裏返しでもあった。当たった個所は消し飛ばす心算だったというのにこの結果。
「てめえ程度を斬る手は、2つでも多いくらいだ」
左手が無くなったというのに、ノイトラは目もくれずに再度構えを取る。まるで、取るに足らない事だと言わんばかりに……
「気にすんなよ。どうせ、てめえは俺に傷一つ残せやしねえ」
その言葉と、手が生え変わるのはほぼ同時であった。
「超速…再生…だと……!?」
超速再生。破面が失うとされるその能力を、ノイトラが持っていた事にガンテンバインは驚きを隠せないでいた。硬い上に再生能力も備わっているなど、相手にする側からすれば厄介極まりない。
(勝てるのか?この俺に……)
ここに来て、ガンテンバインは初めて自身の勝利を疑った。帰刃する前もした後も火力不足は明白。それなのに、物理型であるのでコレといった能力は持ち合わせていない。状況は、既に詰みであった。
能力型が能力を破られれば負けるように、物理型は自分より上の物理型とかち合えば負ける。当然で、抗い様のない結果しか見えなかった。
「どうしたァ!!恐怖で動けなくなったか!?」
動きを止めようとノイトラは構わずガンテンバインを襲う。途中で左手の得物を拾い直し、竜巻のように連続で斬りかかる。
ソレを回避するだけで、ガンテンバインは一切反撃しなかった。実力がハッキリとしてしまえば決着したも同然で、ガンテンバインは既に諦めたのだ。
「何をやっているのだ
それを良しとしなかったのは、ガンテンバインでもノイトラでもない
「ソレが第7十刃を務めた男のザマか!? 嘆かわしい、実に嘆かわしいぞ!!」
誰も止める者がいないので、独壇場と言わんばかりにドルドーニは己が主張を続ける。
「
「……ッハ、好き勝手に言うんじゃねえ」
ドルドーニの激昂を聞いて、俯き加減だった顔が上がる。その顔は、諦めの色が抜けた漢のものであった。
好き勝手に攻撃してきていたノイトラを力尽くで下がらせ、深呼吸をする。
「おまえが勝ち、俺が負けるのはもう揺るがねえ」
諦めは振り切った。しかし、心情の変化でどうにかなる状況でもない。詰みなのは変わりようのない事実となっている。
「こっから先は無駄な戦いだ」
そう前置きをして、ガンテンバインはこれまでで一番強く霊圧を発する。
「だが、俺なりのケジメだ」
言い切ると同時に、響転によって一息でインファイトにまで持ち込む。
「
破壊力を何倍にも増大させた一撃が、ノイトラの鳩尾に突き刺さる。
「
帰刃前にやってなんら効果を上げられなかった連続攻撃であったが、あえてガンテンバインはこの技を使うことにした。ただの乱打を、一か所だけを狙う物へと変えて。
「
最後は無防備な後頭部を打ち据える攻撃でなく、別の技に繋ぐ。
龍哮拳が爆発し、砂がまた巻き上げられる。ソレが晴れれば立っているのはただ1人。
勿論、ノイトラ・ジルガである。
倒れているガンテンバインは、霊力のほとんどを消費した事によって帰刃が維持できずに勝手に解除されている有様であった。
「ノイトラ・ジルガ、君を新たなる第7十刃として認める。司る死の形は『絶望』」
新たな第7十刃になったノイトラは、アフロを掴んでガンテンバインを無理矢理に起こす。
「
それだけ言うと、もう興味は無いとガンテンバインを放してやった。後は雑用あたりの仕事である。
十刃が2名も入れ替わり、加速が始まる。