アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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『嫉妬』

 個性的な無個性。そう評するしかない第8十刃ロエロハ・ハロエロ。

 体表を漂う霧のようなモノによって、絶えず輪郭が乱れている。更に声は無機質で、感じ取れる霊圧は一個人のモノとは思えないほどに多様に質を変化させる。

 本人も含め、本当の姿というのを誰も見も感じもしない。それが、『嫉妬』の死の形を司るロエロハ・ハロエロと言う破面である。

 

 そんな十刃に相対する破面が1人。狂気を宿し、破面で唯一の科学者にして最初の『十刃落ち』ザエルアポロ・グランツ。

 元十刃が現役十刃に挑む。字面だけで判断するならば、過去の栄光を取り戻そうと足掻いてるように感じられる。しかし、ソレが違うのはザエルアポロを見た者には明白であった。

 

 悠然と歩き、もう既に勝っていると言わんばかりの薄気味悪い笑み。良い噂など一切無い彼のそんな姿は、周りの不安を掻き立てる。

 他を圧倒する強大な力こそ失っているが、それでも嘗ては第二刃を勤めた破面だった事実には変わりが無い。

 第8の座なら手中に収めても不思議ではないナニカがあって然るべきだ。何より、わざわざ負ける戦いに身を投じるような輩ではないと誰もが知っている。

 

 誰も彼も思っていた。この場は戦場ではなく、結末の決まりきった劇場であると……

 

――――――

 

「一つ、提案があるんだが。聞いてくれるかい?」

 

 開始の合図がされる前に、さも良いことがあるとの言葉。それをそのまま受け止める訳も無く、無言でロエロハは続きを促す。

 

「無駄な時間は過ごしたくはないだろう?

 だから、君が降参してくれないか?」

 

 まさかの傲岸不遜な提案に、誰も押し黙って場は静寂に包まれる。

 

「駄目なら、最初から帰刃状態で戦おうか。お互い、小手調べなんてするだけ無駄だろう?」

 

 かつては“刃”として最初に選ばれた7人。いくら横の繋がりが希薄であっても、誰にも挑戦者はいた。戦いと呼べるモノの数が少なかろうと、力を振るうのは幾度も目にしている。

 互いの戦い方などある程度は知っている。その力が、当時と変わっていようとも。

 

「啜れ『邪淫妃(フォルニカラス)』」

 

 最初から全力で戦う。ソレは決定事項であったようで、躊躇い無く自らの斬魄刀を自身が鞘のように口から刺し込む。

 

「写せ『鏡面雌雄(エルナスペイゴ)』」

 

 ザエルアポロにだけ帰刃をさせると不利になると考え、ロエロハもやや遅れてだが解号を口にする。

 ザエルアポロは胴体が風船のようにいったん膨らみ、その膨らみの中身が外へと這い出るようにしてザエルアポロを新生させる。

 下半身は触手のような物に覆われてロングスカート見える。上半身は背中から枝のようなものが生えて、肘までぴっちりとした服になっている。肘より先は袖が広くなっていて、全体的にドレスのように見える。

 ロエロハの方は、霧がより濃くなったかと思えば、()()()()()()()()()()()()()姿()となって現れた。

 

「何度見ても、面白い帰刃だ」

 

 相手の姿と能力を写し取り、自身に付加する。ソレがロエロハの帰刃にして能力。

 必ず相手と同じになり、決して劣ることのない力でもって叩き潰す。搦め手にして正面突破という、相対する位置の事を平然とこなす、ロエロハの個性的な無個性のような戦法をロエロハは好んでやってきた。

 流石のザエルアポロも、自分とまったく同じ能力持つ者が相手なら、多少とは言え手間が掛かってしまう。

 そして、ロエロハの能力にはまだ続きがある。

 

「自分に殺されるがいい」

 

 不吉な宣言と同時に、ザエルアポロが増えていく。『鏡体(エスペホアオーラ)』写し取った相手の姿と力を実体化させる分身能力に近い技。

 本体である自分の姿と力を写し取ったロエロハに分身。そのどちらも相手にしなければ勝てないという、劣勢極まりない戦いをロエロハに挑んだ者達は強いられた。

 ほとんどの能力は本体が死ねば解除されるので、本体だけを狙えば多少は負担が減る。だがしかし、『鏡体』はソレを許さない。数の暴力で圧殺するだけが役目ではなく、どれが本体か判らなくする撹乱も兼ねている。

 

「どんな相手にも有効で、面白い能力だ。だが…」

 

 完璧じゃない。ザエルアポロは『鏡体』の弱点をとっくに見切っていた。その対策と突破法までも用意して戦いに臨んでいた。

 

「本体の君は兎も角、ただ単に僕の力と姿を写している『鏡体』は、実体のある鏡像に過ぎない。僕の力と動きをそのままトレースしているだけで、生かす頭脳を持っていない哀れな人形」

 

 ザエルアポロが頭を掻けば、『鏡体』も同時に頭を掻く。動きが同じなら、自身が動かなければただの案山子も同然。尤も、自分までも案山子になるのに、ロエロハは自由に動けるので、ずっとそのままとは行かないのだが。

 

「そして、同じ動きをすると解っているなら、自分にだけ利するように動けば良いだけだよ」

 

 風向きを確認し、ザエルアポロは笑う。条件は揃っていると…

 背中より得体の知れない黒い液体を、噴水のように噴き出す。空に上がった物がいつか落ちてくるのは道理で、『鏡体』も同時に噴き出したことにより、黒い雨のようになって一度に降り注ぐ。その中で、唯一ザエルアポロのところだけ一滴も落ちていなかった。

 

「さて、そちらが鏡像なら、こちらは差し詰めクローンと言ったところか。ご覧の通り、まだ出来損ないだけどね」

 

 風向きに位置関係。そして噴き出す圧力を調節して自分にだけ当たらないようにしていたのは、ザエルアポロ製のクローンの素であった。

 当たった端から人型に変容し、のっぺりとしたザエルアポロの様に見えなくもないシルエットの白い者が何体も立っていた。

 

「動きはまだぎこちないし、顔などの細かい造形と着色がまだまだ上手くいかなくてね…」

 

 なぜ出来損ないかの説明をザエルアポロがしている間にも、クローンは予めされていた命令通りに行動する。与えられている命令は、出現地点から半径2m内に存在する者の殲滅。

 『鏡体』の3倍はいるクローンは、同じクローンだろうが『鏡体』だろうが関係無しに殺し合う。さながら地獄絵図で、ソレを簡単引き起こしたザエルアポロの精神の具現にさえ見えるものであった。

 

「…と、言う訳で、ぜひ君にこの能力を完成に役立って貰いたい訳だ。

 おや?まだ立っているとは、予想より君はしぶといようだね。よくできました」

 

 馬鹿にするように手を叩いて褒めると、口端を吊り上げる。

 

「それじゃあ、もう一つの実験も手伝ってもらおうか」

 

「ふざ…けるなァ!!!」

 

 激昂したロエロハは、指を突き出して虚閃の構えをする。ザエルアポロの帰刃の機動力は低く、近接戦闘の能力も決して高くは無かった。だから、コレが最善手だと信じて疑わなかった。

 

「残念だが、参加は強制だよ」

 

 嗤い、砂に潜ませておいた背中の触手がロエロハを飲み込む。

 

「ごちそうさま」

 

 飲み込んだだけで、特に傷付けもせずにロエロハは開放される。そして、今のやり取りで作られた人形を触手から取り出して、ロエロハに見えるように手の平に乗せる。

 

「さて、この人形がなんなのか気になるだろう?なに、すぐに何か解るから安心するといい。

 紛い物でも、僕と同じ能力を持っているならね」

 

 人形の腹の辺りから2つに分け、その中身を1つを摘み出す。

 

「右足の腱か…知って貰うにはこの辺りが丁度いいか」

 

 大した興味も無さそうに、無造作に取り出したパーツを砕く。それと同時に、ロエロハの右足の腱が切れた。

 

(コイツ、よりにもよって自分と同じ見た目の奴にこの能力を使ったのか!?)

 

「どの能力を使ったかご理解いただけた所で、最終通告だ。

 これから、君の内臓を1つ1つ壊していく。できれば、サンプルは生きたままが望ましい。

 だから、僕の治療が間に合う段階で降参してくれ」

 

 嗜虐的な笑みを浮べ、ザエルアポロは新しいパーツを摘むのだった……

 

――――――

 

「やれやれ、強情だね。そろそろ、死んでしまうのは判っているだろう」

 

 最早ロエロハの負けは確定していた。だが、ロエロハは降参の一言を口にしない。

 諦めないという不屈の意思ではない。ロエロハとて、自分が今日ここまでなのは明確に理解している。だから、コレはただの意地だ。

 第一期“刃”に選ばれ、司る死の形に『嫉妬』を戴いた事を誇っていた。その胸に抱く誇りに傷を付けて逝くなど、最後だからこそ出来ようはずがない。

 その無駄な抵抗に、ザエルアポロのフラストレーションは溜まり続けている。

 

「君がいくら苦しもうと僕の知ったことではない。だが、僕の姿でそんな無様な姿は、甚だ不愉快だ。

 これで、終劇だ」

 

 死なないようにと、敢えて残しておいた重要器官のパーツを人形に納めて元の通りにする。その人形を足元に落とし―――

 

――――――

 

 自分の姿。それにロエロハは憧れを持っていた。虚であった頃は、自身の姿に何一つ疑問も不満も無かった。二足歩行に虫のような六足もいれば、植物のように根を張る千差万別の姿で、他人とまったく持って違うのが普通であった。そんな多種多様の中で、身体から漂う霧のようなモノを当然とすら思っていた。

 その当然は、破面になると同時に疑問に変わってしまった。外見は同じ人型であるのに、破面には確かに個性があった。獣型や植物型の虚では考えられなく、顔だけも見分けがつくほどだ。

 

 なのに、ロエロハにはソレが無かった。目も口も耳も鼻も。人型であるなら顔にある在るべき器官が何一つとて無かった。そして、それは顔だけに留まらなかった。触れたことがあるのがロエロハだけなので本人以外は知り得なかったが、爪や指紋に体毛すらロエロハには無かった。霧によって誤魔化されていたが、ロエロハの姿はツルリと何も無い人型であった。

 

 まるでバルーンで作られた人形。そんな姿はロエロハは嫌いであった。個性の無いその姿は、他に類を見ないとの点ではとても個性的であった。だが、唯一の能力たる『鏡面雌雄』は、他人に成る能力。触れて感じ取ったその姿でさえ、自分の物と断言できない。成り代わりやすいからと、何も無い素体として無意識に使っている可能性があった。

 

 他人を見るたびに、自分がロエロハ・ハロエロであるかという疑問が強くなる。誰もが断言できないのだ。この姿が、紛れも無くロエロハ・ハロエロだけの物であると。

 だから、ロエロハは他人が羨ましかった。美醜など関係無く、誰にでもコレが自分だと断言できる姿を持っている事が。その羨望が、『嫉妬』に成り代わるのは短い時間で済んだ。

 

―――なぜ、俺だけが俺と言えないんだ!

 

―――なんで、他人の皮を被れても、ソイツに成れないんだ!

 

―――誰でもいいから教えてくれ…俺は、一体何なんだ!?

 

『君は鏡だ』

 

―――カ、ガミ……?

 

 ロエロハの慟哭に答えたのは藍染であった。そして、その答えはすんなりとロエロハの中に浸透した。

 

『相対すれば何者でも映すが、そのものには決して成りえない。正に、君のその状態と同じだ』

 

 言われてようやくロエロハは気付いた。確かに自分の能力は誰かを映し取る代物。『鏡体』など、何でも鏡写しの分身を作る能力で、ソレを作れる己が鏡以外のナニカな訳が無かった。

 

 

――――――

 

―――まとめて踏み砕く。

 

「勝者、ザエルアポロ・グランツ。これより第8十刃とし、司る死の形は『狂気』」

 

 決まりきった勝者の宣言。出された結果は誰もが納得するしかないもの。だと言うのに、誰もが信じられないと目を開く。

 

「ほぉ…」

 

「と、言われると思ったかい? ザエルアポロ・グランツ」

 

 同じ声がまったく別の言葉を喋る。片方は観戦用の玉座で目を細めて2人の戦いを楽しみ、もう片方は悠然とザエルアポロの前に立っていた。

 藍染惣右介が2人。在り得てはならない恐怖がその場を包む。ロエロハが何をしたかなど火を見るよりも明らか。

 事もあろうに、自身の能力で藍染を写し取ったのだ。不敬になるであろうその行為など瑣事であると言わんばかりに、ロエロハはゆっくりとザエルアポロに向かって歩き出す。

 

「ッ!」

 

 この状況が不味いと動き出したのはザエルアポロ。

 

(僕の姿を写し取っていた時の身体的能力は僕とまったく同じだった…)

 

 能力は霊圧差が確然としていれば、効かない場合がある。自身を変える場合でもソレは起こりうる出来事だ。

 だがしかし、寿命を削るといった高い代償を払うことで、短時間だけでも己の限界以上の結果を出せる者もいる。ザエルアポロが警戒するのは、ロエロハの『鏡面雌雄』がソレである場合だ。

 万全の備えがあるならまだしも、藍染と同じだけの力を持った存在と戦うのは避けるべきであった。されども、今は十刃の座を賭けた戦い。勝敗が決するか降参しなければ戦いは終わらない。

 

「クソが!」

 

 悪態をつきながらも、ザエルアポロは攻撃のために虚閃の構えをする。しかし、撃つのは虚閃でも『王虚の閃光』でもない。『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』と呼ばれる黒い虚閃だ。

 この『黒虚閃』は霊圧色が黒にしか見えない程に圧縮、収束された虚閃だ。説明すれば簡単だが、通常の虚閃より遥かに消費が激しい上に、霊圧の圧縮と収束が十刃クラスでなければ使えない技だ。その為、威力こそ保障されるが使われる事が少ない。

 

 黒い死の閃光。十刃でもまず避けようとするその一撃を、ロエロハは腰に差していた斬魄刀で軽く払った。それだけで、『黒虚閃』は無力化された。

 

(間違い無い!何かを犠牲に限界以上の力を出している!)

 

 明らかに唯の十刃では不可能な芸当をやられてしまえば、ザエルアポロは嫌な予想が当たっていると認めるしかなかった。尤も、それで諦めるザエルアポロではない。

 何を犠牲にしてその力を出しているかは予想しかできない。だが、ソレが軽い物ではなく、一生涯付き纏うような物なのは確実だ。時間稼ぎさえできれば、後は勝手に自滅してしまうだけ。そう考えをまとめ、ザエルアポロは次の一手を打とうとした。

 

「この私を前にして、随分と悠長な考え事だ」

 

 その時既に、首に斬魄刀を添えられていた。横に滑らせれば、命が1つ刈り取られるのは想像するまでもない。

 1秒も経たない内に、ザエルアポロは絶体絶命に立たされていた。

 

「終わりだ」

 

 死刑宣告にしか聞こえない言葉に、ザエルアポロは死を覚悟した。復活の為の能力もあるが、ソレには下準備が必要で、とてもではないが間に合わない。

 終わりが足音を立てて、自分のすぐ傍にまで歩いてきた錯覚さえあった。だが、終わりが肩を叩いたのはザエルアポロではなく、ロエロハの方であった。

 

 石で出来た人形の風化を、早送りにしたかのようにロエロハの藍染部分が崩れ始めたのだ。手に握っていた斬魄刀は真っ先に崩れて無くなり、全体が崩れれば帰刃前のロエロハが姿を現す。そして、糸を切られた操り人形のように前のめりに倒れこんだ。

 

「―――ッハ、ハーーッハ、ハーー」

 

 緊張から開放され、無意識に止めていた呼吸をザエルアポロは慌しく再開した。

 ザエルアポロの考えは間違ってはいなかった。ロエロハは時間が来れば自滅してしまうしかない。そして、ザエルアポロに内臓や筋肉を好き勝手にされていたロエロハに残された時間など、長い筈もなかった。

 むしろ、動けたこと自体がおかしい事だったのだ。命さえ差し出した能力の行使にしても、ロエロハの最後の行動は理不尽に感じられるほどである。

 

「勝者、ザエルアポロ・グランツ。これより第8十刃とし、司る死の形は『狂気』」

 

 今度こそは、本物の藍染によって勝者の名を告げられた。呼吸を整えたザエルアポロは、手に入った戦利品を抱えながらも藍染に恭しく礼をし、足早にその場を去るのであった。


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